説明

クローン苗の生産方法

【課題】植物のシュートからの発根を促進して、その発根率を向上させることより、クローン苗の生産性を向上させる。
【解決手段】植物のシュートを、酵母抽出物の存在下栽培し、シュートから発根させる。酵母抽出物として好ましくは酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90質量%以上含むものを用いる。酵母抽出物の存在下の栽培は、酵母抽出物を含む発根用培地をシュートに接触させて行い得る。これにより、植物のシュートからクローン苗の大量かつ迅速な生産が可能となり、その産業的利用に道を開くことが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クローン苗の生産に関するものであり、詳しくは、植物のシュートを発根させて行うクローン苗の生産方法及び該生産方法に好適に用いられる発根用培地に関する。
【背景技術】
【0002】
目的に適った形質を持つ均質な植物体(苗)を大量に生産するステップは、農業生産、植林、育種、その他の目的で植物体を産業的に利用しようとする場合に、必ず要求される。このとき植物体の大量生産手段として有用なのが、伝統的な挿し木法や、近年のバイオテクノロジーの発達により生まれた組織培養法である。これらの方法によれば、単に、苗の大量生産ができるばかりではなく、同一の遺伝的性質を有する植物体、即ちクローン苗を大量かつ迅速に生産することができる。特に、遺伝子組換えを行った優良な樹木の系統を大量増殖する場合には、選定された系統を用いて栄養繁殖による効率的な苗生産を行うことが必須である。
【0003】
挿し木法においては、増殖しようとする植物の個体から枝や茎、場合によっては頂芽、腋芽、葉、子葉又は胚軸等を切取って挿し穂とし、これを挿し床や培地に挿し付けて発根させ植物体を生産する。一方、組織培養法において植物を大量増殖しようとする場合には、増殖しようとする植物の個体から適当な組織を切取って培養し、不定芽、不定胚、苗条原基又はこれらの組織から伸長してくる茎葉(シュート)を採取して発根させる。つまり、いずれの方法を用いてクローン苗を生産するにしても、発根という過程を経ることとなる。
【0004】
従って、植物組織の発根能は、クローン苗の生産性に大きな影響を与える。特に、これらのクローン苗を産業的に利用しようとする場合、発根能が低い植物種では、これは深刻な問題となる。
【0005】
植物組織からの発根に影響する要因として様々な物質が関与することが知られている。例としては、植物組織自身が放出するエチレンの関与が考えられている。そこで、エチレンの発生を抑制するため、前記不定芽等の組織を培養するにあたり、培地中に硝酸銀を添加することが試みられている(特開2001−346464号公報(特許文献1)参照)。しかしながら、この方法では、植物組織の枯死率は、ある程度減少するものの、発根自体は抑制されたり、遅延したりしてしまうため、植物組織からの発根率に対しては、向上効果が小さいか、むしろ阻害的に働くものであった。
【0006】
さらに、銀イオンとしてチオ硫酸銀(AgS46、Silver Thiosulfate Complex、以下STSと略記する。)、抗酸化剤としてアスコルビン酸を含有する培地において、特にユーカリの発根率の向上が認められ、さらに光源としては白色光に比較して赤色光がより望ましいとの報告がある(特開2006−141252号公報(特許文献2)参照)。しかしながら、これらの改良によっても、発根率の向上が十分とはいえない植物種や有用形質を持つユーカリの系統があり、発根率が低いために苗の生産効率が低く、大きな問題となっていた。
【0007】
一方、グルタチオンがカルスからの不定胚の分化に関与することが報告されている。例えば、特開2004−352679号公報(特許文献3)において、イネやトルコギキョウのカルスを、グルタチオンを含有する培地で培養すると、再分化が促進されることが開示されている。
【0008】
しかし、特開2008−120815号公報(特許文献4)においては、タバコのカルスからの不定芽形成に対して、グルタチオン1mMの添加はむしろ阻害的に働き、グルタチオン合成阻害剤であるブチオニンスルフォキシミン(BSO)の添加によりカルス当たり不定芽分化数が顕著に増加することが開示されている。このことは、グルタチオンのカルスの再分化への影響は、カルスの植物体の種類によって異なるものであることを示している。
【0009】
このように、シュートからクローン苗を実用上十分な程度に得る技術はなく、また、グルタチオンについては、限られた植物種のカルスの不定胚形成に関わることが報告されているに過ぎなかった。以上の背景より、シュートを効率よく発根させクローン苗を得る、産業上有用な技術が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−346464号公報
【特許文献2】特開2006−141252号公報
【特許文献3】特開2004−352679号公報
【特許文献4】特開2008−120815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、植物のシュートからの発根を促進して、その発根率を向上させることにより、挿し木法や組織培養法などによるクローン苗、特に発根能が低い植物種に属するクローン苗の生産性を向上させることを目的する。さらに、クローン苗の大量かつ迅速な生産を可能として、その産業的利用に途を開くことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは鋭意研究の結果、植物のシュートを、酵母抽出物の存在下で栽培すると、前記シュートからの発根を促進させ、発根率を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は以下の発明〔1〕〜〔6〕を提供するものである。
〔1〕植物のシュートを酵母抽出物の存在下栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。
〔2〕前記酵母抽出物が、酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90%以上を含む、〔1〕に記載のクローン苗の生産方法。
〔3〕前記栽培を、前記酵母抽出物を1mg/l〜200mg/l含む発根用培地を用いて行う、〔1〕または〔2〕に記載のクローン苗の生産方法。
〔4〕前記植物が、ユーカリ属植物である、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のクローン苗の生産方法。
〔5〕酵母抽出物を含む植物の発根促進剤であって、前記酵母抽出物が酵母抽出物の全質量に対して、リボ核酸またはその塩を90%質量以上含む、植物の発根促進剤。
〔6〕酵母抽出物を含む植物の発根用培地であって、前記酵母抽出物が酵母抽出物の全質量に対して、リボ核酸またはその塩を90%質量以上含む、植物の発根用培地。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、植物のシュートを、酵母抽出物の存在下栽培することにより、前記シュートからの発根を促進させ、発根率を向上させることができるので、クローン苗の生産性を向上させることができる。しかも、このような効果は、発根能が低い植物種で特に顕著である。従って、本発明は、広く様々な植物種のクローン苗の大量かつ迅速な生産に寄与するものであり、特に、発根能が低い植物種であっても、クローン苗を大量かつ迅速に生産することを可能とし、その産業的利用に途を開くものである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、植物のシュートからのクローン苗の生産に関するものである。すなわち、本発明においては、植物を、酵母抽出物の存在下栽培し、前記シュートから発根させる。
【0016】
(対象植物)
本発明は、どのような植物に対しても適用することができる。中でも木本植物に適用されることが好ましく、草本植物よりも発根能が劣っている木本植物に適用されることが、本発明の効果を顕著に発揮できる点でより好ましい。木本植物としては例えば、ユーカリ属(Eucalyptus)植物、マツ属(Pinus)植物、サクラ属(Prunus)植物(サクラ(Prunus spp.)、ウメ(Prunus mume)、ユスラウメ(Prunus tomentosa)など)、アボカド属(Avocado)植物、マンゴー属(Mangifera)植物(マンゴー(Mangifera indica)など)、アカシア属(Acacia)植物、ヤマモモ属(Myrica)植物、クヌギ属(Quercus)植物(クヌギなど(Quercus acutissima))、ブドウ(Vitis)属植物、リンゴ(Malus)属植物、バラ属(Rosa)植物、ツバキ属(Camellia)植物、ジャカランダ属(Jacaranda)植物(ジャカランダ(Jacaranda mimosifolia)など)、ワニナシ属(Persea)植物(アボカド(Persea americana)など)が挙げられる。このうち、ユーカリ、マツ、サクラ、マンゴー、アボカド、アカシア、ヤマモモ、クヌギ、ブドウ、リンゴ、バラ、ツバキ、ウメ、ユスラウメ、ジャカランタ等に適用した場合に、より本発明の効果を発揮しうる。中でもユーカリ属植物、マツ属植物、サクラ属植物、マンゴー属植物が好ましく、特に、難発根性として知られるユーカリ、マツ、サクラ、マンゴー、アボカド等に本発明を適用すれば、大きな効果が得られる。
【0017】
ユーカリの中でも、ユーカリ・グロビュラス、ユーカリ・ユーログランディスなどのユーカリ属植物は特に難発根性であるため、本発明を適用すれば、大きな効果が得られうる。
【0018】
(シュート)
シュートとは、発根能を有する組織全般をいう。該組織としては、枝、茎、頂芽、腋芽、不定芽、葉、子葉、胚軸、不定胚、苗条原基等が例示される。シュートの由来は特に限定されず、温室や屋外に生育している植物個体から得られたものでもよいし、組織培養法により得られた培養組織であってもよいし、天然の植物体の一部の組織であってもよい。また、クローン苗とは、これらの組織が発根して得られる苗をいう。シュートの由来は特に限定されず、温室や屋外に生育している植物個体から得られたものでもよいし、組織培養法により得られた培養組織であってもよいし、天然の植物体の一部の組織であってもよい。シュートは、挿し穂の母本植物や、多芽体から効率良く取得することができる。中でも、挿し穂(母本植物から得た挿し穂)、母本植物から採取した器官を無菌的に培養することにより得た多芽体、もしくは前記器官を無菌的に育成して得た茎葉であることが好ましい。
【0019】
多芽体は、本発明を適用してクローン苗を生産しようとする植物から、頂芽や腋芽等を切取って、これを組織培養して誘導することができる。多芽体を、母本植物から採取した器官を無菌的に培養して得る方法としては、例えば、前記の木本植物から、多芽体を形成させるには、特開平8−228621号公報に記載の方法、条件に従って行い得る。その方法、条件は概ね次の通りである。まず、材料とする植物から頂芽、腋芽等の組織を採取し、採取した組織について、有効塩素量約0.5%〜約4%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液又は有効塩素量約5%〜約15%の過酸化水素水溶液に約10分〜約20分間浸漬して表面殺菌を行う。次いで、これを滅菌水で洗浄し、固体培地に挿し付けて芽を開じょさせ、伸長してきた茎葉を同じ組成の培地で継代培養することにより、多芽体を形成させる。ユーカリ属やアカシア属の組織(例えば腋芽)を用いる場合には、固体培地は、ショ糖1〜5重量%、植物ホルモンとしてベンジルアデニン(以下、BAと略す。)約0.02mg/l〜約1mg/l、ゲランガム約0.2重量%〜約0.3重量%若しくは寒天約0.5重量%〜約1重量%を含有するムラシゲスクーグ(以下、MSと略す。)培地又はこのMS培地の硝酸アンモニウム成分と硝酸カリウム成分とを半減させた改変MS培地を用いるのが好ましい。こうして形成された多芽体からは活発にシュートが伸長してくる。多芽体自体は、適当に分割して多芽体形成に用いた培地と同一組成の培地で培養することにより維持し、増殖させることができる。
【0020】
(挿し穂)
本発明においては上述したように、植物のシュートを栽培するにあたり、シュートとして挿し穂を用いてもよい。挿し穂としては、緑枝(当年枝)や熟枝(前年以前に伸びた枝)の他、芽や葉も用いることができる。木本植物の場合では緑枝や熟枝を挿し穂として用い、草本植物の場合では葉や芽を挿し穂として用いるのが普通である。
【0021】
(酵母抽出物)
本発明においては、上記シュートを栽培するにあたり、酵母抽出物を用いる。酵母抽出物とは、酵母を原料として、自己消化や酵素、熱水などの処理により抽出・濃縮されたエキスである。精製度は特に問わないが、酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90質量%以上含むものを用いることが好ましい。その製造条件は特に限定されないが、例えば、酵母の自己消化能力を利用する方法、酵素を利用して酵母を分解する方法で製造することができる。得られた酵母抽出物をイオン交換樹脂、あるいは吸着樹脂により精製することで、リボ核酸の含有量を高めることができる。
【0022】
植物のシュートを酵母抽出物の存在下栽培する方法は、植物の種類やシュートの状態、栽培方法などから適宜選択でき、酵母抽出物を含む発根用培地でシュートを培養する方法;酵母抽出物を含む溶液をシュートに接触させる方法、が例示される。シュートとして組織培養法により得られた培養組織を用いる場合には前者が好ましく、シュートとして挿し穂を用いる場合には前者、後者のいずれでもよい。なお、本発明においては上記例示した両方法の併用、すなわち、酵母抽出物を含む発根用培地でシュートを培養しつつ、酵母抽出物を含む溶液をシュートに接触させる方法を採用することも、もちろん可能である。
【0023】
酵母抽出物を含む発根用培地でシュートを培養する場合、発根用培地中の酵母抽出物の濃度は、好ましくは約1mg/l〜約200mg/l、さらに好ましくは約40mg/l〜約160mg/lである。
【0024】
発根用培地での培養の際に、後述のように支持体を用いる場合であって、支持体がオアシス等の活性成分の吸着の少ない支持体のときには、酵母抽出物の発根用培地における添加量は、好ましくは約1mg/l〜約200mg/l、さらに好ましくは約40mg/l〜約160mg/lである。
【0025】
酵母抽出物を含む溶液(酵母抽出物溶液)をシュートに接触させる場合、その接触の方法は特に限定されず、植物の種類やシュートの状態、栽培方法などから適宜選択しうる。例えば、シュートへ酵母抽出物溶液を直接散布する方法、支持体を酵母抽出物溶液で浸潤させる方法が挙げられる。
【0026】
酵母抽出物溶液は、酵母抽出物を、適当な溶媒(例えば、水など)に溶解させて調整され得る。水としては、脱イオン水、蒸留水、逆浸透水、水道水などが例示され、いずれも利用可能である。酵母抽出物溶液における酵母抽出物の濃度は、約1mg/l〜約200mg/lであることが好ましく、約40mg/l〜約160mg/lであることがより好ましい。
【0027】
酵母抽出物溶液をシュートに直接散布する場合は、酵母抽出物溶液を、スプレーなどを用いて霧状に、シュートの一部または全体に散布すればよい。酵母抽出物溶液の散布量は、酵母抽出物溶液中の酵母抽出物の濃度にもより、一概には規定できないが、一般には1つのシュートあたり約0.5ml〜約5.0mlが好ましく、約1.0ml〜約3.0mlがより好ましい。散布回数は、1回でも2回以上であってもよいが、少なくとも栽培開始時に散布することが好ましい。さらに栽培条件に応じて、栽培期間中に適宜(例えば数日(2日〜3日)おき)追加で散布を行ってもよい。
【0028】
支持体を酵母抽出物溶液で湿潤させる場合は、酵母抽出物溶液を支持体上部から散水する方法、酵母抽出物溶液を満たした容器内に支持体を置床し底面から潅水させる方法などが例示される。支持体上部から散水する場合、上部からの散水量としては、1つのシュートあたり約1.0ml〜約30mlが好ましく、約5.0ml〜約10.0mlがより好ましい。底面から潅水させる場合は、酵母抽出物溶液が支持体に、実質的に均一に湿潤されればよい。支持体を酵母抽出物溶液で湿潤させる場合、酵母抽出物溶液のほかに別途発根用培地を用意し、両者で支持体を湿潤させてもよく、このことは前述したとおりである。
【0029】
(発根用培地)
本発明において発根用培地とは、植物のシュートから発根させるために用いられる培地を意味する。発根用培地は、銀イオン及び/又は抗酸化剤を含有することが好ましく、銀イオン及び抗酸化剤の両方を含有することがより好ましい。銀イオンは、STSや硝酸銀等の銀化合物(銀イオン源)として培地中に添加すればよい。中でもSTSは、培地に添加してシュートを培養すると、健全な根の発根・伸長が促進されるので、本発明で用いる銀イオン源として好ましい。これは、このSTSに由来する銀イオンが、培地中で、チオ硫酸銀イオンの形態を取り、マイナスに帯電しているためと考えられる。発根用培地中に添加する銀イオンの濃度は、銀イオン源の種類その他の培養条件などにもよるが、銀イオン源の濃度として約0.5μM〜約10μMが好ましく、約2μM〜約6μMがより好ましい。
【0030】
一方、抗酸化剤としては、例えば、アスコルビン酸や亜硫酸塩等、公知のものを用いることができる。中でもアスコルビン酸は、培地への残留性が低いので、本発明で用いる抗酸化剤として好ましい。発根用培地中に添加する抗酸化剤の濃度は、約5mg/l〜約200mg/lが好ましく、約20mg/l〜約100mg/lがより好ましい。
【0031】
本発明で用いる発根用培地は、上記成分に加え、無機成分、炭素源、ビタミン類、アミノ酸類及び植物ホルモン類等を含み得る。
【0032】
無機成分としては、窒素、リン、カリウム、硫黄、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、モリブデン、塩素、ヨウ素、コバルト等の元素や、これらを含む無機塩が例示される。該無機塩としては例えば、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、リン酸1水素カリウム、リン酸2水素ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、硫酸ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ホウ酸、三酸化モリブデン、モリブデン酸ナトリウム、ヨウ化カリウム、塩化コバルト等やこれらの水和物が挙げられる。無機成分として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。本発明で用いられる発根用培地においては、窒素、リン、カリウムが必須元素として含まれることが好ましい。よって、これら無機成分の具体例のうち、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩、リンを含む無機塩、及びカリウムを含む無機塩が好ましく、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩がより好ましい。無機成分は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は約1μM〜約100mMとなるように添加することが好ましく、約0.1μM〜約100mMとなるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ約0.1μM〜約100mMとなるよう添加することが好ましく、約1μM〜約100mMとなるように添加することがより好ましい。
【0033】
炭素源としては、ショ糖等の炭水化物とその誘導体;脂肪酸等の有機酸;エタノール等の1級アルコール、などの化合物を使用することができる。炭素源として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。炭素源は、発根用培地中に約1g/l〜約100g/lとなるよう添加することが好ましく、約10g/l〜約100g/lとなるように添加することがより好ましい。しかし、培養を炭酸ガスを供給しながら行う場合には、培地は炭素源を含む必要は無く、含まないことが好ましい。ショ糖等の炭素源となりうる有機化合物は微生物の炭素源ともなるので、これらを添加した培地を用いる場合には、無菌環境下で培養を行う必要があるが、炭素源を含まない培地を用いることにより、非無菌環境下での培養が可能となる。
【0034】
ビタミン類としては、例えば、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB4)、ピリドキサール、ピリドキサミン、パントテン酸カルシウム、イノシトール、ニコチン酸、ニコチン酸アミド及び/又はリボフラビン(ビタミンB2)等を使用することができる。ビタミン類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。ビタミン類は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は発根用培地中に約0.01mg/l〜約200mg/lとなるように添加することが好ましく、約0.02mg/l〜約100mg/lとなるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ、発根用培地中に約0.01mg/l〜約150mg/lとなるよう添加することが好ましく、約0.02mg/l〜約100mg/lとなるように添加することがより好ましい。
【0035】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、システイン、フェニルアラニン及び/又はリジン等を使用することができる。アミノ酸類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。アミノ酸類は、発根用培地中の濃度が、1種の場合は発根用培地中に約0.1mg/l〜約1000mg/lとなるように添加することが好ましく、2種以上の組み合わせの場合は、それぞれ発根用培地中に約0.2mg/l〜約1000mg/lとなるよう添加することが好ましい。
【0036】
また、植物ホルモン類としては、例えば、オーキシン類及び/又はサイトカイニン類を使用することができる。オーキシン類としては、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、p−クロロフェノキシ酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4D)、インドール酪酸(IBA)及びこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上又は2種以上を組み合わせて用い得る。また、サイトカイニン類としてはベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチン及びこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上又は2種以上を組み合わせて用い得る。植物ホルモン類としては、オーキシン類のみ、サイトカイニン類のみ、或いはオーキシン類とサイトカイニン類の両方を組み合わせて用いうる。植物ホルモン類は、1種を用いる場合には発根用培地中に約0.01mg/l〜約10mg/lとなるように添加することが好ましく、約0.02mg/l〜約10mg/lとなるように添加することがより好ましい。2種以上の場合にはそれぞれ、発根用培地中に約0.01mg/l〜約10mg/lとなるよう添加することが好ましく、約0.02mg/l〜約10mg/lとなるように添加することがより好ましい。
【0037】
なお、本発明においては、植物組織培養用培地として公知の培地に、必要に応じてグルタチオンを添加するほか、さらに銀イオン及び/又は抗酸化剤を添加し、さらにまた、炭素源、植物ホルモン類を適宜添加等して、発根用培地として用いてもよい。かかる植物組織培養用培地としては、例えば、MS培地、リンスマイヤースクーグ培地、ホワイト培地、ガンボーグのB−5培地、ニッチニッチ培地等を挙げることができる。中でも、MS培地及びガンボーグのB−5培地が好ましい。これらの培地は、必要に応じて適宜希釈等して用いることができる。
【0038】
上記発根用培地は、液体培地、固体培地のいずれであってもよいが、液体培地の方が作業効率および移植時に根を傷つけることが少ない点で好ましい。液体培地の場合には培地組成を混合し調製してそのまま用い得る。また固体培地の場合には液体培地と同様に培地組成を混合し調製すると同時に、或いは調整後に、寒天又はゲランガム等の固化剤で固化させて使用しうる。固化剤の培地への添加量は、固化剤の種類や培地の組成にもっても異なる。固化剤が寒天の場合0.5重量%〜1重量%であることが好ましい。固化剤がゲランガムの場合0.2重量%〜0.3重量%であることが好ましい。
【0039】
発根用培地へのシュートの挿し付け方法は、培地の種類、培養条件等により適宜選択しうる。発根用培地が固体培地の場合は、発根用培地に直接シュートの基部を挿し付けて培養すればよい。一方発根用培地が液体培地の場合は、例えば、後述の支持体を発根用培地で湿潤させたものにシュートの基部を挿し付けて培養すればよい。なお、発根用培地に挿し付ける時にシュートの基部に傷をつけるといった物理的刺激を加えることも、発根率の向上のために好ましい。シュートの基部とは、シュートの一端であって根が形成される領域(葉の形成される端部に対し反対側)を意味する。シュートとして多芽体を用いる場合の基部は、多芽体を分割する際の切断面を有する領域である。シュートの基部への傷のサイズ(大きさ、形状など)は特に限定されない。例えば、シュートとして多芽体を用いる場合、シュートの基部(上述の切断面)を正面方向から見た際に十字型となるような傷を付けることが好ましい。傷を付ける際には、ハサミやナイフなどを用いることができる。
【0040】
(支持体)
本発明において支持体とは、植物のシュートを支持するための支持体である。発根用培地(特に固体培地)を用いる場合などには、支持体は不要の場合があるが、それ以外の場合には通常支持体が利用される。
【0041】
支持体は、栽培の期間中シュートを指しつけた状態で保持できるものが好ましい。また、本発明において栽培にあたり液状の発根用培地を用いる場合には、通常、支持体に浸潤させて用いられる。よって支持体は液体で浸潤され得るものが好ましく、中でも、酵母抽出物溶液、或いは酵母抽出物を含む液体培地により実質的に均一に湿潤され得るものが好ましい。発根用培地として、液体培地を用いる場合には、液体培地(酵母抽出物溶液を含まない)と酵母抽出物溶液とを別個に支持体に添加してもよいし、予め調製した酵母抽出物を含む液体培地を支持体に添加してもよい。支持体としては、従来慣用の支持体を用いることができ、特に限定されない。支持体としては例えば、砂、赤玉土等の自然土壌;籾殻燻炭、ココナッツ繊維、バーミキュライト、パーライト、ピートモス、ガラスビーズ等の人工土壌;発泡フェノール樹脂、ロックウール等の多孔性成形品などを挙げることができる。かかる支持体を培養容器内に入れ、酵母抽出物溶液、或いは酵母抽出物を含む液体培地にて湿潤させることにより発根床が調製され得る。なお、発根用培地が固体培地の場合には、固体培地を直接培養容器に入れることで、発根床が調製され得る。
【0042】
(培養容器)
本発明においては、発根用培地または支持体を納めるための培養容器を用い得る。培養容器としては、従来慣用の培養容器を用いることができ、特に限定されない。例えば、育苗ポット、プラグトレーなどが例示される。培養容器は密閉型でもよいし開放型でもよいが、密閉型のものが好ましい。密閉型の培養容器を用いることにより、散布された酵母抽出物を保持することができる。また、シュートやこれから形成されるクローン苗を取り巻く環境の湿度維持が容易となる。
【0043】
シュートとして枝を用いる場合には、培養容器として密閉型の培養容器を用いることが好ましい。これによりシュートを高湿度下に置くことが容易となるので枝についた葉の蒸散作用が抑制され、従来行われていた葉の一部切除処理を省略することができる。
【0044】
培養容器は、容器内への炭酸ガス供給が可能な容器であることがより好ましい。このような培養容器としては、二酸化炭素透過性の膜で蔽われた開口部を有する容器が例示される。このような容器を用いることにより、培養環境の湿度をも容易に調整しうる。開口部の形状は特に問わない。二酸化炭素透過性の膜の材料は特に限定されず、ポリテトラフルオロエチレンなどが例示される。また、膜の孔径も特に限定されず、約0.1μm〜約1μmのものなどが例示される。
【0045】
(栽培条件)
シュートを栽培する際の栽培条件としては、シュートから発根させ得る条件である限り特に限定されない。栽培条件は、植物の種類やシュートの状態、発根用培地の種類などにより一概に規定することは難しいが、例えば、温度は、約23℃〜約28℃であることがより好ましい。光強度は、光合成有効光量子束密度として表され、約10μmol/m2/s〜約1000μmol/m2/sであることが好ましく、約50μmol/m2/s〜約500μmol/m2/sであることがより好ましい。いずれの場合でも、通常は約2週間〜約5週間で、シュートからの発根が観察されるようになる。
【0046】
栽培は、650nm〜670nmの波長成分と450nm〜470nmの波長成分とを9:1〜7:3の割合で含む光の照射下で行うことが好ましく、これらの波長成分を9:1〜8:2の割合で含む光の照射下で行うことがより好ましい。かかる波長成分を含む光を照射して栽培を行うことで、シュートからの発根がより促進され得る。
【0047】
さらに、炭酸ガスを栽培環境中に、通常は300ppm〜2000ppm、好ましくは800ppm〜1500ppmとなるように供給することが好ましい。炭酸ガスの供給量の制御は、人工気象器等の設備や、二酸化炭素透過性の膜を開口部に有する培養容器などを利用して行われうる。
【0048】
湿度は80%以上であることが好ましく、85%以上であることがより好ましい。この湿度であることにより、シュートの発根を促進することができる。また上限については特に制限はない。
【0049】
シュートとして挿し穂を用いる場合には、遮光を行うことが好ましい。遮光率は、30〜70%が好ましく、40〜60%がより好ましい。
【0050】
以上のようにして、シュートから発根したクローン苗が得られる。得られたシュートは、必要に応じてある程度の期間、そのまま培養を続け、根を充実させてから、これを育苗容器又は苗畑等に移植して育成し、植林等の所定の目的に使用可能な苗とすることができる。この間の用土や、苗を育成する際の温度・光強度等の条件は、その植物に適するように適宜設定すればよい。なお、不定芽や苗条原基等、培養組織由来のシュートを発根させた場合には、通常、育苗容器等への移植の前に、順化の過程を経る必要がある。
【0051】
[作用]
本発明では、植物のシュートを、酵母抽出物の存在下栽培することにより、前記シュートから発根させることができる。その理由は、以下のように推察される。
【0052】
酵母を原料として、自己消化や酵素、熱水などの処理により抽出・濃縮された酵母抽出物は、リボ核酸またはその塩を多量に含んでいる(望ましくは90質量%以上)。この酵素抽出物が、植物の細胞分裂の促進に関与することが知られている、植物ホルモンの一種であるサイトカイニンの前駆物質として働き、結果として植物中のサイトカイニン量が増加している可能性が高い。
【実施例】
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0054】
[実施例1]
ユーカリプタス・グロビュラス(Eucalyptus globulus、以下、単にE.グロビュラスと略記する。)の野生型より誘導した多芽体から、2〜5cmの長さに伸長した茎葉(シュート)を切取った。多芽体の誘導は、特開平8−228621号公報に示す方法に従った。すなわち、E.グロビュラス(野生型)から組織(頂芽および腋芽)を採取し、採取した組織について、有効塩素量1%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に20分間浸漬して表面殺菌を行った。次いで、これを滅菌水で洗浄し、固体培地(ショ糖20g重量%、BA0.2mg/l、ゲランガム2.5g重量%を含むMS培地)に挿し付けて芽を開じょさせた。培養開始後3〜4週間目に、伸長してきた茎葉を同じ組成の培地で継代培養することにより、多芽体を形成させた。なお、多芽体からの茎葉の育成は、多芽体形成に用いた培地と同一組成の培地で同一条件で培養を維持して行った。
【0055】
得られたシュートの基部を、酵母抽出物(日本製紙ケミカル社製、商品名:RNA−FN、リボ核酸ナトリウムの含有量:90質量%以上)10mg/l、銀イオン源としてSTS(AgS46)5μM、抗酸化剤としてアスコルビン酸50mg/l、及び植物ホルモンとしてIBA2mg/lを添加した、4倍希釈MS培地(組成:硝酸アンモニウム 412.5mg/l、硝酸カリウム 475mg/l、リン酸2水素カリウム 42.52mg/l、ヨウ化カリウム 0.21mg/l、なお、本培地に炭素源は添加されていない。)にて湿潤した発泡フェノール樹脂製多孔性支持体(スミザースオアシス社製、商品名:オアシス)に挿し付け、炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを8.2:1.8の割合で含む、光合成有効光量子束密度51.3μmol/m2/Sの赤色光照射下で2ヶ月間培養を行った。なお、このとき培養容器としては、最大寸法が縦10〜11.5cm×横10〜11.5cm×高さ10.0cm程度の、胴部がやや張出した形状の立方体のものを用いた。この培養容器の頂面には、孔径0.45μmのポリテトラフルオロエチレン製膜(ミリポア社製、商品名:ミリシール)を貼り付けた円形開口部1個が設けられている。培養容器内の炭酸ガスの濃度は、培養容器外の炭酸ガスが培養容器の開口部の炭酸ガス透過性の膜より透過するため、培養容器の開口部の膜より透過した濃度(約1000ppm)であった。赤色光照射の培養容器への照射は、光照射装置として商品名:CCFL光源ユニット、メーカー名:日本医化器械製作所を用いて行った。また、培養容器をパラフィルムで封鎖する事により培養容器内の湿度の調整を行った。
【0056】
シュートは、この培養容器1個当たり10〜25本を挿し付けた。シュートの供試数と、4週間培養後に発根したシュートの数(発根数)から、発根率を算出した。結果を表1に示す。
【0057】
[実施例2]
酵母抽出物の培地への添加量を40mg/lとした以外は、実施例1と同様にして培養を行った。結果を表1に示す。
【0058】
[実施例3]
酵母抽出物の培地への添加量を160mg/lとした以外は、実施例1と同様にして培養を行った。結果を表1に示す。
【0059】
[比較例1]
酵母抽出物を培地に添加しなかった以外は、実施例1と同様にして培養を行った。結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1より明らかなように、酵母抽出物を10〜160mg/l添加した発根用培地を用いた実施例1〜3の発根率は36.8〜52.6%と高いのに対し、発根用培地に酵母抽出物を添加しなかった比較例1は発根率が21.1%と低かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物のシュートを酵母抽出物の存在下栽培し、前記シュートから発根させる、クローン苗の生産方法。
【請求項2】
前記酵母抽出物が、酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90質量%以上含む、請求項1に記載のクローン苗の生産方法。
【請求項3】
前記栽培を、酵母抽出物を1mg/l〜200mg/l含む発根用培地を用いて行う、請求項1または2に記載のクローン苗の生産方法。
【請求項4】
前記植物がユーカリ属植物である、請求項1〜3のいずれかに記載のクローン苗の生産方法。
【請求項5】
酵母抽出物を含む植物の発根促進剤であって、前記酵母抽出物が酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90質量%以上含む、植物の発根促進剤。
【請求項6】
酵母抽出物を含む植物の発根用培地であって、前記酵母抽出物が酵母抽出物の全質量に対してリボ核酸またはその塩を90質量%以上含む、植物の発根用培地。

【公開番号】特開2013−21989(P2013−21989A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−161572(P2011−161572)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】