説明

グラム陽性菌の形質転換方法

【課題】グラム陽性菌、特にはブレビバチルス属細菌へのDNAの導入(形質転換)方法であって、エレクトロポレーターなどの高価な機器がない環境でも実施可能で、かつ、エレクトロポレーション法と同等以上の実用的な形質転換頻度を実現する方法を提供し、又は、従来のTris−PEG法よりも簡便且つ効率的な方法を提供する。
【解決手段】グラム陽性菌を緩衝液で処理しコンピテントセル化した後、緩衝液中で該グラム陽性菌にDNAを導入する方法において、DNA導入処理時の緩衝液中に、該グラム陽性菌、ポリエチレングリコール、導入するDNAとともに、緩衝液を構成している塩類を除いたものの濃度として0.05M〜0.20Mとなるように無機塩類及び/又は有機塩類を含有させることで、グラム陽性菌の形質転換頻度を劇的に向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌にDNAを導入(形質転換)する方法に関する。詳細には、グラム陽性菌、例えばブレビバチルス属細菌などに、簡便且つ効率よくDNAを導入(形質転換)する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
グラム陽性菌、例えば、組換えタンパク質生産の宿主として利用されているブレビバチルス属細菌へのプラスミドDNAなどのDNAの導入(形質転換)方法としては、Tris−PEG法とエレクトロポレーション法が知られている。
【0003】
Tris−PEG法は、トリス塩酸緩衝液などのアルカリ性緩衝液等で細菌菌体を処理しコンピテントセル化した後、PEG(ポリエチレングリコール)を含む緩衝液中で細菌にプラスミドDNA等のDNAを導入する方法である。バチルス・ブレビス47(Bacillus brevis 47)菌株(該菌株は現在、ブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)に再分類されている)に用いた場合について、特許文献1及び非特許文献1などに記載されている。
【0004】
なお、Tris−PEG法では、DNA導入処理を、通常、以下の手順により行う。
1)アルカリ性緩衝液で処理後の細菌菌体を、TP培地(リン酸緩衝液と液体培地の混合溶液)に懸濁する。
2)導入するDNAを1μg含む50μl程度のDNA溶液にTP培地を加え、1)の菌体懸濁溶液に添加する。
3)更に2)の溶液にPEG溶液を加え混合する。
4)混合後、10分間の振とう培養を行う。
【0005】
Tris−PEG法を、例えばブレビバチルス・ブレビスに用いた場合、形質転換頻度が1×10cfu/μgDNA程度になる場合もあるが、通常は1×10〜1×10cfu/μgDNA程度の形質転換頻度である。しかしながら、Tris−PEG法をブレビバチルス・チョウシネンシス(Brevibacillus choshinensis)に用いた場合には、形質転換頻度は1×10〜1×10cfu/μgDNAと極めて低い。よって、Tris−PEG法は、特定のグラム陽性菌、特にブレビバチルス・チョウシネンシスに対しては実用的に利用可能な形質転換方法ではない。そのため、例えばブレビバチルス・チョウシネンシスでは、形質転換方法としてエレクトロポレーション法が専ら用いられている。
【0006】
エレクトロポレーション法は、細菌菌体または細胞を短時間、強い電場の中に置くことにより細胞膜に穴を開け、強制的にDNAを取り込ませる方法である。エレクトロポレーション法は、様々な細菌、細胞に対して用いられているが、バチルス・ブレビスHPD31(Bacillus brevis HPD31)菌株(該菌株は現在、ブレビバチルス・チョウシネンシス(Brevibacillus choshinensis)に再分類されている)に用いた場合については、非特許文献2、3等に記載されている。
【0007】
ブレビバチルス・チョウシネンシスに対してエレクトロポレーション法を用いた場合の形質転換頻度は、通常、1×10〜1×10cfu/μgDNAだが、1×10cfu/μgDNA以上になる場合もある。
【0008】
なお、ブレビバチルス・ブレビスの細胞壁はペプチドグリカン層の外側を二層の結晶性表層タンパク質が覆う三層構造となっており、ブレビバチルス・チョウシネンシスの細胞壁はペプチドグリカン層の外側を一層の結晶性表層タンパク質が覆う二層構造となっている。また、形質転換頻度の評価には、通常、プラスミドDNA1μgあたりの形質転換体の個数(cfu/μgDNA)が用いられている。
【0009】
エレクトロポレーション法は形質転換頻度が高いという利点がある一方、専用の高価な機器(エレクトロポレーター)が必要になるため、通常の実験室環境で簡便に実施できる方法ではない。また、強い電場の中に細菌菌体を置くため、菌体縣濁液中の塩濃度を出来る限り低くする必要がある。そのため、通常のDNAライゲーション液をそのまま形質転換に用いることができず、Tris−PEG法では行わないエタノール沈殿等でDNAを精製する工程が必要になるなどの問題もあった。
【0010】
一方、Tris−PEG法は特別な機器を必要とせず、通常の実験室環境で実施可能であるという利点はあるものの、特定のグラム陽性菌、特にブレビバチルス・チョウシネンシスに対して用いた場合に実用的な形質転換頻度が得られないことが大きな問題だった。また、ブレビバチルス・ブレビスに対して用いた場合でも、再現性が乏しく、導入しようとする形質転換用プラスミドDNAとの相性がよくない場合には、充分な形質転換頻度が得られないことが非常に多かった。
【0011】
また、Tris−PEG法はDNA導入処理の実験操作を試験管スケールで行うため簡便さに欠け、また導入するDNAも多量に用意する必要があった。更に、凍結した緩衝液処理済みの細菌菌体(コンピテントセル)を形質転換に用いた場合、形質転換頻度が更に低下することから、Tris−PEG法では凍結したコンピテントセルをDNA導入処理に用いることができなかった。そのため、形質転換の実験操作を行う場合には、その都度、コンピテントセル作製のための菌の培養から始める必要があり、形質転換の実験操作にほぼ丸一日を要するなどの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭60−58074号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J.Bacteriol.156(1983):1130−1134
【非特許文献2】Agric.Biol.Chem,53(1989):3099−3100
【非特許文献3】Biosci.Biotechnol.Biochem.61(1997):202−203
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、グラム陽性菌、特にはブレビバチルス属細菌へのDNAの導入(形質転換)方法であって、エレクトロポレーターなどの高価な機器がない環境でも実施可能で、かつ、エレクトロポレーション法と同等以上の実用的な形質転換頻度を実現する方法を提供すること、又は、従来のTris−PEG法よりも簡便且つ効率的な形質転換方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行い、Tris−PEG法を改良することにより、上記の課題の解決を目指した。そして様々な試行錯誤の末、DNA導入処理時の緩衝液に高濃度の塩類を含有させることにより、ブレビバチルス・チョウシネンシスの形質転換頻度を劇的に向上させることに成功した。この結果は、DNA導入処理時の溶液のイオン強度が形質転換頻度に大きく影響していることを示している。更に本発明者は、ブレビバチルス・ブレビス等の他のグラム陽性菌においても同様に形質転換頻度が向上することを確認し本発明を完成させた。
また、本発明の方法は、従来のTris−PEG法がDNA導入処理時に用いていたTP培地(リン酸緩衝液と液体培地の混合溶液)及びその後の振とう培養が不要であることも示された。
【0016】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)グラム陽性菌を緩衝液で処理しコンピテントセル化した後、緩衝液中で該グラム陽性菌にDNAを導入する方法であって、DNA導入処理時の緩衝液中に、該グラム陽性菌、ポリエチレングリコール、導入するDNAとともに、緩衝液を構成している無機塩類及び/又は有機塩類を除いたものの濃度として0.05〜0.20Mとなるように無機塩類及び/又は有機塩類を含有させることを特徴とする、グラム陽性菌にDNAを導入する方法。
(2)無機塩類として硫酸塩を含有させることを特徴とする、(1)に記載の方法。
(3)硫酸塩が硫酸ナトリウム又は硫酸アンモニウムであることを特徴とする、(2)に記載の方法。
(4)コンピテントセル化した後に凍結したグラム陽性菌を用いる(コンピテントセル化した後そのままの状態で用いるものでない)ことを特徴とする、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5)グラム陽性菌が、ブレビバチルス(Brevibacillus)属細菌であることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)ブレビバチルス属細菌が、ブレビバチルス・チョウシネンシス(Brevibacillus choshinensis)又はブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)であることを特徴とする、(5)に記載の方法。
(7)少なくとも、緩衝液で処理しコンピテントセル化した後に凍結したグラム陽性菌、緩衝液を構成していない無機塩類及び/又は有機塩類を含む緩衝液(特に、無機塩類及び/又は有機塩類を含むリン酸緩衝液又はMOPS緩衝液)、及び、ポリエチレングリコール溶液を含んでなることを特徴とする、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法に用いる遺伝子工学キット。
【0017】
(8)DNA導入処理時の緩衝液中のポリエチレングリコール濃度が10〜50%(w/v)であり、且つ、ポリエチレングリコールの平均分子量が1,000〜10,000であることを特徴とする、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、グラム陽性菌、特にはブレビバチルス属細菌に対して簡便に処理でき、かつ、高い形質転換頻度で形質転換体が得られる効率的、実用的なDNA導入(形質転換)方法及びその方法に用いるDNA導入処理用遺伝子工学キットを提供できる。そして、本発明で使用する塩類は、硫酸ナトリウムなどの一般に使用されている安価な試薬であり、エレクトロポレーターなどの高価な機器がない実験室環境下でも極めて簡便に実施することができる。
【0019】
また、本発明の方法により、従来のTris−PEG法では試験管スケールで行っていた実験操作が約10分の1にスケールダウンされエッペンチューブで行えるようになったため実験の操作性、経済性が格段に向上する。更に、これまで形質転換用DNAが1μg程度必要だったところ、本発明では1/100の10ng以下で実施可能であり、DNA調製に要する労力が大幅に軽減され、試薬類の使用量も大幅に減る。また更に、従来行われていたTris−PEG法での必須工程である培地の添加や混合後の振とう培養の工程も不要となる。
【0020】
更に、本発明の方法により、凍結したコンピテントセルを用いても実用的な形質転換頻度が得られるようになり、つまり、本発明では凍結したコンピテントセルも利用可能となる。その結果、形質転換の実験操作をDNA導入処理の段階から随時開始できるようになり、実験操作の時間的な制約が大幅に軽減される。また更に、緩衝液で処理した後に凍結したグラム陽性菌、例えばブレビバチルス属細菌のコンピテントセル、硫酸ナトリウムなどの塩類を含むリン酸緩衝液、及び、ポリエチレングリコール溶液を含むDNA導入処理用遺伝子工学キットを提供できることにより、グラム陽性菌、例えばブレビバチルス属細菌の形質転換の実験操作を簡便かつ随時、実施可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、グラム陽性菌、特にはブレビバチルス属細菌を緩衝液(例えばアルカリ性緩衝液)で処理した後、ポリエチレングリコールを含む緩衝液中で該細菌菌体にDNAを導入する方法であって、DNA導入処理時の緩衝液に高濃度の塩類(無機塩類又は有機塩類)を含むことを特徴とする方法である。
【0022】
なお本発明に係る、DNA導入処理時の緩衝液は、緩衝液処理後の細菌菌体(コンピテントセル)、導入するDNA、無機塩類及び/又は有機塩類、及び、ポリエチレングリコールを含む。これらの添加順序、添加方法は特に限定されないが、以下の手順により行うのが好ましい。
1)緩衝液処理後の細菌菌体を集菌する。
2)DNA溶液と、無機塩類及び/又は有機塩類を緩衝液に混合する。
3)2)の液を菌体に加える。
4)更にポリエチレングリコール溶液を加え混合する。
【0023】
本発明で用いる塩類は、無機塩類でも有機塩類でも良く、これらの混合物でも良いが、無機塩類のみの使用が好ましく、更に無機塩類として硫酸塩が特に好ましい。
また、無機塩類及び/又は有機塩類のDNA導入処理時の緩衝液中の濃度は、形質転換効率を向上させる効果を発揮させるために一定の範囲である必要がある。つまり、塩類濃度が低過ぎると形質転換効率が低く、高過ぎても形質転換効率が低下する。塩類の濃度を高くし過ぎた場合の形質転換効率の低下は、溶液の浸透圧の過剰な上昇が影響しているものと思われる。
【0024】
無機塩類及び/又は有機塩類のDNA導入処理時の緩衝液中の濃度範囲としては、当該緩衝液中において緩衝液を構成している(言い換えれば、緩衝液の緩衝作用に関与している)無機塩類及び有機塩類を除いたものの濃度として、0.05〜0.20Mが好ましく、0.09〜0.13Mがより好ましく、0.12〜0.13Mが特に好ましい。
【0025】
なお、緩衝液を構成している塩類と添加する塩類が同一成分の場合(例えば、リン酸緩衝液にリン酸塩を添加する場合など)には、DNA導入処理時の緩衝液中に含まれる全ての塩類濃度(つまり、緩衝液を構成している塩類と添加塩類の合算の濃度)として0.08〜0.32M、好ましくは0.13〜0.23M、更に好ましくは0.15〜0.20Mとすれば良い。
【0026】
DNA導入処理時の溶液には、上述の通り緩衝液を用いることが必要である。緩衝液は、リン酸緩衝液、MOPS緩衝液(ロパンスルホン酸緩衝液)等が好ましいが、緩衝作用を有するものであれば幅広く使用することができる。例えば、リン酸緩衝液の場合、pHは調整可能な範囲であれば特に限定されないが、濃度は40〜120mMが好ましく、70mMが特に好ましい。また、MOPS緩衝液の場合、pHは調整可能な範囲であれば特に限定されないが、濃度は30〜100mMが好ましく、50mMが特に好ましい。
【0027】
また、使用するポリエチレングリコールは、特に限定されないが平均分子量1,000〜10,000のものが好ましく、6,000〜9,000のものがより好ましい。さらに、ポリエチレングリコールの濃度も特に限定されないが、DNA導入処理時の緩衝液中の濃度で10〜50%(w/v)が好ましく、30〜40%(w/v)がより好ましい。例えば、ブレビバチルス属細菌の場合、ポリエチレングリコールの平均分子量は7,500、反応液中の濃度は30%(w/v)がより好ましい。
【0028】
本発明の方法によりDNAを導入する細菌としては、グラム陽性菌であれば特に限定されないが、グラム陽性桿菌が好ましく、グラム陽性好気性有胞子桿菌がより好ましく、ブレビバチルス属細菌が更に好ましい。ブレビバチルス属細菌とは、ブレビバチルス・アグリ(Brevibacillus agri)、ブレビバチルス・ボルステレンシス(Brevibacillus borstelensis)、ブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)、ブレビバチルス・セントロスポラス(Brevibacillus centrosporus)、ブレビバチルス・チョウシネンシス(Brevibacillus choshinensis)、ブレビバチルス・フォルモサス(Brevibacillus formosus)、ブレビバチルス・インボカタス(Brevibacillus invocatus)、ブレビバチルス・ラチロスポラス(Brevibacillus laterosporus)、ブレビバチルス・リムノフィラス(Brevibacillus limnophilus)、ブレビバチルス・パラブレビス(Brevibacillus parabrevis)、ブレビバチルス・レウスゼリ(Brevibacillus reuszeri)、ブレビバチルス・サーモルバー(Brevibacillus thermoruber)などを含む。
【0029】
ブレビバチルス属細菌では、ブレビバチルス・チョウシネンシスまたはブレビバチルス・ブレビスに用いた場合が好適であり、更に、ブレビバチルス・ブレビス47(JCM6285)、ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31(FERM BP−1087)、ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31−OK(FERM BP−4573)、ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31−S5(FERM BP−6623)、ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31−SP3(FERM BP−08479)、更にこれらの菌株から取得した栄養要求性変異株などの組換えタンパク質生産の宿主に用いられる菌株に用いた場合が特に好適である。
【0030】
本発明において、グラム陽性菌に導入するDNAは特に限定されず、環状でも直鎖状でもよいが、プラスミドDNA、PCR増幅断片等が好ましい。特にブレビバチルス属細菌に対しては、ブレビバチルス属細菌の形質転換に用いられているプラスミドDNA、及び該プラスミドDNAに形質転換の目的である発現用DNAを組み込んだプラスミドDNAが好ましい。具体的には、pNY326(タカラバイオ社製品)、pNCMO2(タカラバイオ社製品)等、及びそれらに発現用DNAを組み込んだプラスミドDNAが例示される。
DNAの大きさも細菌に導入可能であれば特に限定されないが、100〜20,000bpが好ましく、100〜6,000bpがより好ましい。また、本発明において導入処理に使用するDNAの量は10ng以下(例えば1〜10ng)でよい。
【0031】
本発明の形質転換操作は、基本操作として、(1)培養、(2)緩衝液処理、(3)DNA導入処理、(4)形質転換体の選択の4つの工程により行う。以下、それぞれの工程について説明する。
【0032】
(1)培養
まず、細菌菌体の形質転換能が高くなっている時期、通常は対数増殖期までグラム陽性菌を培養する。
培地及び培養条件は、培養が可能であれば特に限定されない。例えば、ブレビバチルス属細菌の場合、培地として特許文献1に記載のT2培地の他にTM培地(T2培地にFeSO・7HO 0.001%、MnSO・HO 0.001%、ZnSO・7HO 0.001%を添加した培地)等が例示される。培養終了の目安として、培養液の濁度(O.D.660nm)を用いる場合には、ブレビバチルス・チョウシネンシスではO.D.660nm=2.0〜6.0が好ましく、O.D.660nm=3.0〜4.0が特に好ましい。またブレビバチルス・ブレビスの場合はO.D.660nm=1.5〜3.0が好ましい。
【0033】
(2)緩衝液処理
培養後、細菌菌体の表層タンパク質層(及びペプチドグリカン層)を緩衝液で処理し、コンピテントセル化する。ブレビバチルス属細菌などの表層タンパク質層を有する細菌の場合は、この処理により表層タンパク質層が除去される。この処理は、特許文献1の記載に従って行えばよいが、コンピテントセル化(表層タンパク質層の除去)が可能であれば条件は適宜変更してよい。コンピテントセル化用の緩衝液は、トリス塩酸緩衝液が好ましいが、TAPS緩衝液などを用いてもよい。またコンピテントセル化用の緩衝液のpHは、弱アルカリ性が望ましいが、コンピテントセル化する効果があれば中性または弱酸性でもよい。なお、緩衝液で処理後の細菌菌体(コンピテントセル)をグリセロールを含む緩衝液に懸濁し凍結保存したものを解凍して使用することも可能である。
【0034】
(3)DNA導入処理
DNA導入処理工程については、上述の通りであり、緩衝液中にコンピテントセル、導入するDNA、無機塩類及び/又は有機塩類、及び、ポリエチレングリコールを好適な範囲で含ませて混合するのみである。この工程において、従来法のような培地の添加や振とう培養は必要ない。
【0035】
(4)形質転換体の選択
形質転換体(DNAが導入された菌体)の選択方法は、選択が可能であれば特に限定されないが、プラスミドDNAを導入する場合などには、薬剤耐性遺伝子による選択方法を用いることができる。特にブレビバチルス属細菌の場合、薬剤耐性遺伝子としてネオマイシン耐性遺伝子またはエリスロマイシン耐性遺伝子が例示される。
【0036】
以上の工程により、グラム陽性菌、特にブレビバチルス属細菌に簡便且つ効率よくDNAを導入することができる。これにより、従来法よりも大幅なコスト削減、処理時間短縮を図ることができ、且つ、実用的な形質転換効率の高さがあるため、形質転換株の取得も容易である。また、凍結保存したコンピテントセルの使用が可能であり、且つ、特別な機器が必要でないため、本発明に用いる導入DNA以外の試薬やセルをまとめてキット化し、形質転換用の遺伝子工学キットとして提供することもできる。
【0037】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
(ブレビバチルス・チョウシネンシスへのプラスミドDNA導入)
本発明に係る方法によって、ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31−SP3にpNY326プラスミドDNAの導入を行った。なお以下の操作は、培養等の処理温度が示されているもの以外はすべて室温(15〜25℃)で行った。
【0039】
(1)培養
ブレビバチルス・チョウシネンシスHPD31−SP3をTM培地で37℃で対数増殖期まで振とう培養した。培養後、遠心分離により集菌した。
【0040】
(2)緩衝液処理
次いで50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し、遠心分離により集菌した。集菌した細菌菌体を50mMトリス塩酸緩衝液(pH8.5)に懸濁し、37℃で60分間振とうした。
【0041】
(3)DNA導入処理
振とう後、懸濁液をエッペンドルフチューブに500μl採取し、更に微量遠心機により集菌し上澄みを取り除いた。次いで、pNY326プラスミドDNAの溶液5μl(2ng/μl)と、硫酸ナトリウムを0.5M含む70mMリン酸緩衝液(pH6.3)50μlを混合した後、菌体が入ったエッペンドルフチューブに加え、ボルテックスにより懸濁した後、5分間静置した。次いで、ポリエチレングリコール(PEG6000:平均分子量7,500)を40%(w/v)含む70mMリン酸緩衝液(pH6.3)150μlをエッペンドルフチューブ内の溶液に加え、ボルテックスにより懸濁した。
【0042】
(4)形質転換体の選択
次いで、微量遠心機により集菌し、MT培地(20mM MgClを添加したTM培地)1mlに縣濁し、37℃で60分間、振とうした。そして、TMN寒天培地(TM培地にネオマイシンを50μg/ml添加した寒天培地)に塗沫し、37℃で30時間培養し、選択用培地上に形成されたコロニーから形質転換体を得た。形質転換頻度は1.5×10cfu/μgDNAであった。
なお、DNA導入処理時の緩衝液中の硫酸ナトリウムの濃度は0.12Mである。
【実施例2】
【0043】
実施例1の硫酸ナトリウムに替えて、各種塩類や糖などの非電解質の添加による形質転換効率を実施例1と同様の手順により確認した。添加した各物質の、DNA導入処理時の緩衝液中の濃度はいずれも0.12Mとした。また対照として、緩衝液を構成していない塩類が無添加の70mMリン酸緩衝液(pH6.3)を用いたものを無添加区とした。結果を表1に示す(実施例1の硫酸ナトリウム添加による形質転換頻度の結果も併せて記した)。
【0044】
【表1】

【0045】
糖や糖アルコールなどの非電解質の場合に比べ、溶解後イオンを生成する(つまり電解質である)各種塩類の場合に高い頻度で形質転換体が得られた。中でも硫酸塩を添加した場合に、特に高い形質転換促進効果を奏することが示された。
【実施例3】
【0046】
塩類のDNA導入処理時の緩衝液中の濃度を変化させた場合の、形質転換頻度への影響を確認するため、以下の試験を行った。塩類には硫酸ナトリウムを用い、その添加量を変えた以外は実施例1と同様の手順により行った。結果を表2に示す。硫酸ナトリウムの濃度は、DNA導入処理時の緩衝液中の濃度として示した。
【0047】
【表2】

【0048】
この結果により、DNA導入処理時のリン酸緩衝液中の硫酸塩濃度が0.05M〜0.20Mの場合に高い頻度で形質転換体が得られること、0.09〜0.13Mがより好ましく、0.12Mが特に好ましいことが示された。
【実施例4】
【0049】
さらに、緩衝液に50mMの濃度のMOPS緩衝液(pH7.0)を使用し、硫酸ナトリウムの濃度を変化させた場合の、形質転換頻度への影響を更に検討した。リン酸緩衝液に替えて50mM MOPS緩衝液(pH7.0)を使用した以外は実施例3と同様の手順により行った。
【0050】
結果を表3に示す。硫酸ナトリウムの濃度は、DNA導入処理時の緩衝液中の濃度で示した。
【0051】
【表3】

【0052】
この結果により、DNA導入処理時のMOPS緩衝液中の硫酸塩濃度が0.10M〜0.15Mの場合に高い頻度で形質転換体が得られること、0.12〜0.13Mがより好ましく、0.13Mが特に好ましいことが示された。
【実施例5】
【0053】
(ブレビバチルス・ブレビスへのDNA導入)
特許文献1の記載に従ってブレビバチルス・ブレビス47の培養及び緩衝液処理を行った後、実施例1と同様の手順によりpNY326プラスミドDNAの導入を行った。形質転換頻度は4.4×10cfu/μgDNAであった。
【0054】
比較例として、従来法である特許文献1記載の方法に従ってブレビバチルス・ブレビス47にpNY326プラスミドDNAの導入を行った。形質転換頻度は5×10cfu/μgDNAであり、形質転換頻度が非常に低かった。
【0055】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0056】
本発明は、グラム陽性菌、特にはブレビバチルス属細菌へのDNAの導入(形質転換)方法であって、エレクトロポレーターなどの高価な機器がない環境でも実施可能で、かつ、エレクトロポレーション法と同等以上の実用的な形質転換頻度を実現する方法を提供し、更には、従来のTris−PEG法よりも簡便且つ効率的な方法を提供することを目的とする。
【0057】
そして、グラム陽性菌を緩衝液で処理しコンピテントセル化した後、緩衝液中で該グラム陽性菌にDNAを導入する方法において、DNA導入処理時の緩衝液中に、該グラム陽性菌、ポリエチレングリコール、導入するDNAとともに、緩衝液を構成している塩類を除いたものの濃度として0.05M〜0.20Mとなるように無機塩類及び/又は有機塩類を含有させることで、グラム陽性菌の形質転換頻度を劇的に向上させる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラム陽性菌を緩衝液で処理しコンピテントセル化した後、緩衝液中で該グラム陽性菌にDNAを導入する方法であって、DNA導入処理時の緩衝液中に、該グラム陽性菌、ポリエチレングリコール、導入するDNAとともに、緩衝液を構成している塩類を除いたものの濃度として0.05〜0.20Mとなるように無機塩類及び/又は有機塩類を含有させることを特徴とする、グラム陽性菌にDNAを導入する方法。
【請求項2】
無機塩類として硫酸塩を含有させることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
硫酸塩が硫酸ナトリウム又は硫酸アンモニウムであることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
コンピテントセル化した後に凍結したグラム陽性菌を用いることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
グラム陽性菌が、ブレビバチルス(Brevibacillus)属細菌であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ブレビバチルス属細菌が、ブレビバチルス・チョウシネンシス(Brevibacillus choshinensis)又はブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)であることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
少なくとも、緩衝液で処理しコンピテントセル化した後に凍結したグラム陽性菌、緩衝液を構成していない無機塩類及び/又は有機塩類を含有する緩衝液、及び、ポリエチレングリコール溶液を含んでなることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法に用いる遺伝子工学キット。