説明

グルコース−1−リン酸の製造法

【課題】煩雑な工程を要さず、より大量のG−1−Pを得ることができるG−1−Pの製造法の提供。
【解決手段】ロイコノストック属細菌を、シュークロースを含有し、リン酸類又はその塩の濃度が600mM〜1.2Mである培地中で培養し、培地中に生成蓄積されたグルコース−1−リン酸を採取するグルコース−1−リン酸の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いたグルコース−1−リン酸の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
グルコース−1−リン酸(以下、「G−1−P」と略称する)は、医薬品及び糖合成の基質として有用である。G−1−Pは、主にマルトデキストリンホスホリラーゼ(MDPase)によって、澱粉及びデキストリン類を加リン酸分解することによって得られるが、これまでに、馬鈴薯由来のMDPaseを利用する方法(例えば、特許文献1参照)や微生物由来のMDPaseを用いるいわゆる酵素法が報告されている。
【0003】
微生物由来のMDPaseを用いる酵素法としては、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)由来の酵素を用いる方法(例えば、非特許文献1参照)、コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)由来の酵素を用いる方法(例えば、非特許文献2参照)が報告され、さらに最近では、バチルス・ステアロサーモフィルス(Bacillus stearothermophilus)(例えば、特許文献2参照)やサーマス・カルドフィルス(Thermus caldophilus)(例えば、非特許文献3参照)等の中度好熱菌や高度好熱菌の熱安定性MDPaseを利用してG−1−Pを製造する方法が報告されている。
【0004】
しかしながら、これらのような酵素自体を用いる酵素法では、植物や菌体より酵素を抽出する工程や固定化酵素の作製等の複雑な工程が必要とされるという問題があった。そこで、本発明者らは、コリネバクテリウム属細菌を糖及び高濃度のリン酸類が存在する条件下で培養した場合に、高濃度のG−1−Pが直接培地中に生産され、G−1−Pが簡便に製造できることを見出し特許出願したが(特許文献3参照)、更に大量のG−1−Pを製造できる方法が望まれていた。
【特許文献1】特公平6−95492号公報
【特許文献2】特開平10−14580号公報
【特許文献3】特開2002−300899号公報
【非特許文献1】Enzyme Microb. Technol.,17,140-146(1995)
【非特許文献2】J. Carbohydrate Chem., 14, 1017-1028(1995)
【非特許文献3】J. Industrial Microbiol., 24, 89-93(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、煩雑な工程を要さず、より大量のG−1−Pを得ることができるG−1−Pの製造法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、培養により多量のG−1−Pを培地中に生産する菌を種々検討したところ、シュークロースホスホリラーゼ生産菌であるロイコノストック属細菌をシュークロース及び高濃度のリン酸類が存在する条件下で培養した場合に、高濃度のG−1−Pが直接培地中に生産され、G−1−Pの大量製造が可能であることを見出した。
【0007】
すなわち本発明は、ロイコノストック属細菌を、シュークロースを含有し、リン酸類又はその塩の濃度が300mM以上である培地中で培養し、培地中に生成蓄積されたグルコース−1−リン酸を採取するグルコース−1−リン酸の製造法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、酵素法で必要とされる植物や菌体より酵素を抽出する工程や固定化酵素の作製等の複雑な工程を行うことなく、大量のG−1−Pを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において用いられるロイコノストック属細菌は、ロイコノストック属に属し、シュークロース及び一定濃度のリン酸類又はその塩の存在下、培地中にグルコース−1−リン酸を産生するものであればよく、例えばロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)、ロイコノストック・ラクチス(Leuconostoc lactis)、ロイコノストック・ファラックス(Leuconostoc fallax)、ロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)等が挙げられ、このうち、ロイコノストック・メセンテロイデスが好ましい。具体例としてはロイコノストック・メセンテロイデスJCM9693株が挙げられる。
【0010】
培地に添加されるリン酸類又はその塩としては、例えばリン酸、メタリン酸、トリポリリン酸、ポリリン酸、二リン酸、ポリメタリン酸及びこれらの塩類が挙げられ、塩としてはナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。特に好ましいリン酸類の塩としては、例えばリン酸一カリウム、リン酸二カリウム、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウム等が挙げられる。本発明においては、リン酸類とその塩又は数種のリン酸類の塩を混合して用いることが好ましい。培地中のリン酸類又はその塩の濃度は、効果の点から300mM以上であることが必要であるが、好ましくは300mM〜1.5Mの範囲、更に好ましくは600mM〜1.2M、特に800mM〜1Mが望ましい。
【0011】
本発明において用いられる培地は、ロイコノストック属細菌が生育できるものであればよく、上記の糖及びリン酸類又はその塩の他に、炭素源、窒素源、金属ミネラル類、ビタミン類等を含有する液体培地等が使用できる。
【0012】
ここで、糖質以外の炭素源としては、例えば酢酸塩等の有機酸塩が挙げられ、窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機及び有機アンモニウム塩、尿素、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物等の窒素含有有機物、グリシン、グルタミン酸、アラニン、メチオニン等のアミノ酸等が挙げられ、金属ミネラル類としては、例えば塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等が挙げられ、これらを単独で又は必要に応じ混合して用いればよい。
【0013】
培養は、微生物が十分に生育できる条件となるようpH及び温度を適宜調整して行われるが、通常pH6〜pH8、温度25℃〜35℃で24時間〜120時間で行われることが好ましい。また培養方法は、静置培養、振とう培養、醗酵槽による培養の他、休止菌体反応及び固定化菌体反応も用いることができる。
【0014】
培地中に生成蓄積したグルコース−1−リン酸を採取する方法は、公知の方法に従って行えばよく、例えば、菌体を分離除去し、遠心分離、限外ろ過、イオン交換、逆浸透膜、電気透析、塩析、晶析等を組み合わせることにより行われる。
【0015】
かくして、本発明の方法によれば、高濃度のG−1−Pを直接培地中に生産させることが可能であり、酵素を用いる酵素法と比較して煩雑な工程を行うことなく、大量のG−1−Pを製造することができる。
【実施例】
【0016】
<G−1−Pの定量>
培地中のG−1−Pの定量は、Weinhausle(前記非特許文献1)の方法を一部改変し、行った。すなわち、96穴マイクロプレート上で適宜希釈したサンプル100μLに酵素反応液(100mM Tris−酢酸緩衝液(pH6.8)、2mM EDTA、10mM 硫酸マグネシウム、2mM NAD、10μMグルコース−1,6−二リン酸、1.2unit/mLホスホグルコムターゼ(ウサギ筋肉由来、ロシュダイアグノスティック社製)、1.2unit/mL グルコ−ス−6−リン酸脱水素酵素(Leuconostoc mesenteroides由来、ロシュダイイアグノスティック社製))を100μL加え、37℃で30分間保温した後、340nmの吸光度を測定した。
【0017】
実施例1 G−1−Pの生産法
ロイコノストック属細菌として、ロイコノストック・メセンテロイデスJCM9693株を使用した。
種培養は、リトマスミルク培地(10%リトマスミルク(Difco社)、0.1%酵母エキス(Difco社))10mLを試験管に分注したものに同培地で生育後低温保存してある培養液から0.1mL接種し、30℃、2日間静置培養を行った。
主培養は、5%ポリペプトン、5%酵母エキス(Difco社)、0.2%硫酸マグネシウム、0.1%塩化マンガン(II)四水和物、0.001%硫酸鉄(III)水和物、シュークロース15%、にリン酸緩衝液(pH7)を100mM、200mM、300mM、400mM、600mM、800mM、1000mM、1200mMとなるように添加した培地(5mL)を試験管に分注したものを用い、前述の種培養液を0.05mL接種し30℃で静置培養した。培養液を遠心分離して得られた上清のG−1−P濃度を測定した。結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
実施例2 G−1−Pの生産法
ロイコノストック属細菌として、ロイコノストック・メセンテロイデスJCM9693株を使用した。
種培養は、リトマスミルク培地(10%リトマスミルク(Difco社)、0.1%酵母エキス(Difco社))10mLを試験管に分注したものに同培地で生育後低温保存してある培養液から0.1mL接種し、30℃、2日間静置培養を行った。
主培養は、5%ポリペプトン、5%酵母エキス(Difco社)、0.2%硫酸マグネシウム、0.1%塩化マンガン(II)四水和物、0.001%硫酸鉄(III)水和物、シュークロース3%、にリン酸緩衝液(pH7)を800mMとなるように添加した培地(5mL)を試験管に分注したものを用い、前述の種培養液を0.05mL接種し30℃で2日間静置培養した後、50%シュークロースを含む800mMリン酸緩衝液(pH7)を5mL添加しさらに培養を続けた。培養液を遠心分離して得られた上清のG−1−P濃度を測定した。結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
以上の結果、300mM以上のリン酸類を含有する培地でG−1−Pを効率良く生産させることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロイコノストック属細菌を、シュークロースを含有し、リン酸類又はその塩の濃度が600mM〜1.2Mである培地中で培養し、培地中に生成蓄積されたグルコース−1−リン酸を採取するグルコース−1−リン酸の製造法。
【請求項2】
シュークロースを含有し、リン酸類又はその塩の濃度が600mM〜1.2Mである培地中で培養した後、シュークロースを含むリン酸緩衝液を添加して更に培養する請求項1記載のグルコース−1−リン酸の製造法。
【請求項3】
シュークロース3%を含有し、リン酸類又はその塩の濃度が600mM〜1.2Mである培地中で培養した後、50%シュークロースを含むリン酸緩衝液を添加して更に培養する請求項1記載のグルコース−1−リン酸の製造法。
【請求項4】
シュークロースを3%含有し、リン酸類又はその塩の濃度が800mMである培地中で2日間培養した後、50%シュークロースを含む800mMリン酸緩衝液を添加して更に培養する請求項1記載のグルコース−1−リン酸の製造法。
【請求項5】
ロイコノストック属細菌が、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)である請求項1〜4記載のいずれか1項記載のグルコース−1−リン酸の製造法。
【請求項6】
ロイコノストック属細菌が、ロイコノストック・メセンテロイデスJCM9693株である請求項5記載のグルコース−1−リン酸の製造法。

【公開番号】特開2009−60922(P2009−60922A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−325784(P2008−325784)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【分割の表示】特願2003−286643(P2003−286643)の分割
【原出願日】平成15年8月5日(2003.8.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】