説明

ゲル状成形食品の製造方法

【課題】多層構造のゲル状成形食品及び多層構造であると共に耐熱性のすぐれたゲル状成形食品の新規な製造方法並びにこれらゲル状成形食品を任意の形状や大きさに成形できる新規な製造方法を提供する。
【解決手段】ペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、所望の形状のペクチン含有ゲルを得るか又は得られたペクチン含有ゲルを所望の形状に成形した後、このペクチン含有ゲルを2価金属イオンとペクチンメチルエステラーゼを含有する液に浸漬して多層構造のゲル状成形食品を製造する方法。また、さらに加熱して耐熱性を強化したゲル状成形食品を製造する方法。外皮はゲル状で内部はゾル状又は液状のゲル状成形食品、麺様の食品、耐熱性ゼリー、多層化プリン、外皮と内部では風味が異なるゼリ−などを容易に製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なゲル状成形食品の製造方法に関する。詳しくは、多層構造を有するゲル状成形食品を簡便に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人工イクラなどの多層構造を有するゲル状成形食品は、ゲル化温度やゲルの比重差などを利用して製造されている。例えば、人工イクラの製法では、アルギン酸塩を含むゾルにカルシウムイオンを含む液を滴下して接触させ、両者が接触する間の反応を利用して球状構造の多層ゲルを形成させている。しかし、このような方法では、大きいサイズの球状ゲルや球状以外のゲルの形成は困難である。
【0003】
本発明者らは、上記の問題点を解消できるゲル状成形食品の製造方法の開発を志向し、種々研究した結果、ペクチンにペクチンメチルエステラーゼを作用させてペクチンのエステル化度を変化させるとゲル状成形物の性状を任意に変更できることに着目し、これをゲル状成形食品の製造工程に応用すべく、まず公知文献を調査した。ペクチンとペクチンエステラーゼを併用して食品素材の性状を改良する技術に関しては、既にいくつかの特許出願が見られる。
【特許文献1】特開2003−334038号公報
【特許文献2】特開2004−89181号公報
【特許文献3】特開2002−330710号公報
【特許文献4】特表平11−511330号公報
【特許文献5】特表平11−509102号公報
【特許文献6】特開2003−180265号公報
【0004】
特許文献1には、ペクチンエステラーゼ及びペクチン並びにカルシウム塩を有効成分として含有する水産練り製品又は畜産練り製品用の酵素製剤について、及び、この酵素製剤によって水産練り製品又は畜産練り製品中にペクチンゲルを形成させ、歯切れのよい食感の製品を得ることについて開示されている。また、特許文献2には、ペクチンエステラーゼを添加した塩化カルシウム水溶液に、ダイス状に切った柿、パパイヤ、マンゴーなどの果物を浸漬して加圧処理した後、煮沸処理することによって(実施例6)、硬度を高くして、煮崩れや形崩れがなく、冷凍による軟化を生じさせない果物素材を作ったり、一方、硬度を低くして、老人や病人などのための果物素材を作る製法が開示されている。
【0005】
特許文献3には、ペクチン含有原料又はペクチンにペクチンエステラーゼを加えて弱酸性下で高温加熱処理し、分散液中の固形分を安定に分散できる分散安定剤を製造する方法が開示されている。また、特許文献4には、ペクチン性のホモジネート又はスラリーをカルシウム金属イオンの存在下でペクチンエステラーゼで処理した後、酵素不活性化処理にかけ、ジャム、マーマレード、ゼリーなどのゲル形成又は粘度増加を改良する方法について開示されている。
【0006】
特許文献5には、少なくとも1つのタンパク質を含む酸性環境に、組換えペクチンメチルエステラーゼを用いて処理した高エステルペクチンを添加する工程を含むプロセスについて開示されている。なお、特許文献6は、ペクチンエステラーゼ関連ではないが、耐熱性ゲル化食品の製造方法について開示されている。
【0007】
しかしながら、上記の文献1ないし文献5は、いずれも練り製品や果物その他の食品素材や食品原料の改質を目的としてこれら食品素材や食品原料に対してペクチンエステラーゼを作用さる方法であり、得られるゲル状成形物(製品)に対しペクチンエステラーゼを作用させ、ゲル状成形物を改質する方法ではない。また、上記の各文献を総合しても、製造工程中において未反応のペクチンを含有するゲル状物に対しペクチンメチルエステラーゼを反応させてゲル状物中のペクチンのエステル化度を変化させ、ゲル状物を改質する方法は開示されていない。
【0008】
本発明者らは、さらに研究を続けたところ、製造工程中において未反応のペクチンを含有するゲルにペクチンエステラーゼと2価金属イオンを作用させ、ペクチンメチルエステラーゼの働きによってペクチンのエステル化度を変化させながらペクチンと2価金属イオンの反応によってペクチンゲルを作る方法を採ると、任意の性状や形状のペクチンゲルが得られることを知見し、さらに試験・研究を行なった末、本発明を完成するに至った。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の状況に鑑み、本発明は、新規なゲル状成形食品の製造方法を提供することを課題とする。具体的には、本発明は、多層構造のゲル状成形食品の新規な製造方法を提供することを第1の課題とする。また、本発明は、多層構造であると共に耐熱性のすぐれたゲル状成形食品の新規な製造方法を提供することを第2の課題とする。さらに、本発明は、これらゲル状成形食品を任意の形状や大きさに成形できる新規な製造方法を提供することを第3の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明のうち特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、ペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、所望の形状のペクチン含有ゲルを得るか又は得られたペクチン含有ゲルを所望の形状に成形した後、このペクチン含有ゲルを2価金属イオンとペクチンメチルエステラーゼを含有する液に浸漬して多層構造のゲル状成形食品を製造する方法である。
【0011】
同じく請求項2に記載する発明は、ペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、所望の形状のペクチン含有ゲルを得るか又は得られたペクチン含有ゲルを所望の形状に成形した後、このペクチン含有ゲルを2価金属イオン含有液とペクチンメチルエステラーゼ含有液にそれぞれ浸漬して多層構造のゲル状成形食品を製造する方法である。
【0012】
同請求項3に記載する発明は、ペクチンの他にカラギーナン、ジェランガム、キサンタンガム、グアガム、ローカストビーンガム、アルギン酸塩、寒天、ゼラチン、小麦粉から選ばれる少なくとも1種のゲル化剤ないし増粘剤を添加したペクチン含有ゾルを用いる請求項1又は2に記載のゲル状成形食品を製造する方法である。
【0013】
同請求項4に記載する発明は、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法において、得られたゲル状成形食品をさらに加熱して耐熱性を強化したゲル状成形食品を製造する方法である。
【0014】
同請求項5に記載する発明は、2価金属イオン含有液としてカルシウムイオン含有液を用いる請求項1から4のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法である。
【0015】
同請求項6に記載する発明は、ペクチンとしてHMペクチンを用いる請求項1から5のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法である。
【0016】
同請求項7に記載する発明は、ペクチンとしてLMペクチンを用いる請求項1から5のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法である。
【0017】
同請求項8に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の製造方法を用いて、外皮はペクチン含有ゲルよりも硬く、内部はペクチン含有ゲルよりも柔らかいゲル状成形食品を製造する方法である。
【0018】
同請求項9に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の製造方法を用いて、外皮はゲル状で内部はゾル状又は液状のゲル状成形食品を製造する方法である。
【0019】
同請求項10に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として麺様の食品を製造する方法である。
【0020】
同請求項11に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として耐熱性ゼリーを製造する方法である。
【0021】
同請求項12に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として多層化ゼリーを製造する方法である。
【0022】
同請求項13に記載する発明は、請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として外皮と内部では風味が異なるゼリ−を製造する方法である。
【発明の効果】
【0023】
プリンやゼリーなどのゲル状成形食品はある程度の固さが必要である。これは製造上の扱いやすさや輸送中の振動などでゲルが壊れることを防止するためである。
本発明によれば、ゲル状成形食品の外皮や内部のゲル強度を任意に変更できるので、従来では得られなかった性状や食感のゲル状成形食品、例えば、外皮がゲル状で内部はゾル状又は液状であるゲル状成形食品とか、外皮と内部では風味が異なるゲル状成形食品、輸送や振動によって型崩れしにくいゲル状成形食品などを容易に作ることができる。そのため、例えば、従来は遠隔地に輸送するためのプリンなどは個々の容器に満杯充填して蓋と中身を密着させてプリンを固定し、型崩れを防いでいる。しかし、満杯充填法では、蓋とシール面にプリンが噛み込むことでシール不良を起こしてしまう問題や形状が決まってしまうので商品のアレンジが制限されるという問題がある。本発明の方法によれば、表面が固いながら内部は柔らかいプリンを容易に作ることができるので、このような問題を回避できる。すなわち、本発明の方法を採ることによって満杯充填を止めて通常の充填法(蓋とプリンの頂面の間にヘッドスペースを設ける充填方法)に戻すことができる。そうすると、特別なフィラーを使用する必要がなくなるので製造が容易となりコストを下げることができる。
【0024】
うどんなどの麺は、経時的に内部の水分移行により、いわゆる「伸びた」状態になることが知られている。そのため、従来から原料に増粘多糖類などを添加することで食感の維持を図っている。しかし、現状では、麺の固さを維持することができてもコシを維持することは困難である。その理由は、現在の製法では、全体の固さが均一なゲル状物になってしまうからである。麺にはある程度の芯が必要で、外周部分と中心部分の食感の違いがコシとして認識されている。また、麺の伸びた状態は外周部分の水分が徐々に内部に浸透して食感の違いがなくなるために起きている現象である。しかし、本発明によれば、上記の問題点が全て解決され、適度な外周と中心部の物性差を意図的に作ることができる。そのため、本発明によって作った麺様のゲル状成形食品は、時間が経過しても伸びることがなく、適度なコシを維持できる。
【0025】
また、本発明によって、ゲル状成形食品の耐熱性を一段と強化することができる。そのため、レトルト殺菌して長期保存したときでも形状が崩れないゲル状成形食品を容易に作ることができる。さらに本発明によって、これらゲル状成形食品を任意の形状や大きさに成形することが可能である。
【0026】
すなわち、本発明によって、多層構造を有するゲル状成形食品であって、例えば、保存しても伸びない麺様食品、外皮は硬いが内部は柔らかい食感の麺様食品、容器に密封して長期保存が可能なプリンやゼリー、高温高圧で殺菌しても型崩れせず長期保存が可能なプリンやゼリー、輸送や振動によっても型崩れが生じないプリンやゼリー、2層構造のゼリー、外皮と内部で性状や食感が異なるゼリ−、直径10mmの人工イクラ、人形の形状に成形したプリンなど、従来の製法では製造が困難であったゲル状成形食品を容易に作ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係るゲル状成形食品の好ましい製造方法について詳細に説明する。
本発明では、まず、ペクチン含有ゾルを作り、これをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させる。ここで、ペクチン含有ゾルには、水和状のペクチンを含む他、目的とするゲル状成形食品としての所要原料、例えば糖類や香料、着色料や乳化剤などを含んでいて差し支えない。また、ペクチンの他に、カラギーナン、ジェランガム、キサンタンガム、グアガム、ローカストビーンガム、アルギン酸塩、寒天、ゼラチン、小麦粉などのゲル化剤ないし増粘剤の1種以上、その他、甘味料、着色料、乳化剤、香料などを添加しても差し支えない。
【0028】
このペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させる。「ペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させる」とは、ペクチン含有ゾルをゲル化させるのにペクチンのゲル化力の全部を用いることなく、ペクチン含有ゾル中のペクチンの全部又は一部が得られるペクチン含有ゲル中に未反応の状態で温存されたままゲル化させるという意味である。
【0029】
ペクチン含有ゾルをゲル化させる方法は、ペクチンのゲル化力の全部又は一部を残存させる限り任意であるが、簡便な方法としてはペクチン含有ゾルを冷却してゲル化させればよい。すなわち、ペクチン含有ゾルを所望の形状の容器に充填してそのまま冷蔵庫に入れてゲル化させればよい。そうすると、所望の形状のペクチン含有ゲルを容易に作ることができる。また、ペクチン含有ゾル中に上記ペクチン以外のゲル化剤ないし増粘剤を添加したときには、例えば、小麦粉を加えてあるとすれば加熱してゲル化させるなど、これらゲル化剤ないし増粘剤のゲル化力を用いてゲル化させても差し支えない。
【0030】
得られたペクチン含有ゲル(未反応のペクチンを含有するゲル状物:以下、この状態のゲルを「ベースゲル」と記すことがある。)は、所望の形状のものであればそのまま容器から取り出すだけでよいが、大きいときは適宜の大きさや形状にカットするなど、所望の形状(所望の大きさを含む)に成形する。このようにして本発明では、所望の形状のペクチン含有ゲルを容易に作ることができ、ひいては所望の形状のゲル状成形食品を容易に作ることができる。なお、本発明において「所望の形状」と記すときは、所望の形状のみならず、所望の大きさに成形することを含む。
【0031】
次いで、ペクチン含有ゲルを2価金属イオンとペクチンメチルエステラーゼを含有し、その他目的とするゲル状成形食品とするのに必要な原料、例えば、糖類などの甘味料、香料、着色料などを溶解した液に浸漬する。別の方法として、ペクチン含有ゲルを2価金属イオン含有液とペクチンメチルエステラーゼ含有液にそれぞれ浸漬する方法を採っても差し支えない。このとき、浸漬液の温度、pH、浸漬時間などによってペクチン含有ゲル中に含まれるペクチンのエステル化度を任意に変化させてゲル化力を調整する。浸漬条件の一例を挙げれば、2層ゼリーを作るときは、pH4の浸漬液に40℃前後で60分間程度浸漬すればよい。この浸漬工程によって、ペクチン含有ゲル中に未反応のまま残存しているペクチンに2価金属イオンとペクチンメチルエステラーゼが作用して、ペクチンのエステル化度を変化させ、いろいろな性状のペクチンゲルを形成し、従来には見られない多層構造のゲル状成形食品を作ることが可能となる。
【0032】
ここで、ペクチンメチルエステラーゼ溶液への浸漬時間、温度、pHによるゲルの変化について説明する。通常の場合、ペクチンメチルエステラーゼは、0.1〜2%の添加量で、pH3.8〜5.5、45〜55℃を基本条件として使用するのが好ましい。この基本条件に基づいて浸漬時間、温度、pHをそれぞれ変化させた場合のゲルの性状の変化は以下のとおりである。
【0033】
<浸漬時間によるゲルの変化>
浸漬時間を長くすると、ゲルの固くなる部分が増し、短くすると減少する。すなわち、浸漬時間を変化させることより、ゲルの固くなる部分の範囲を任意に調製することができる。例えば、浸漬時間60分ではベースゲルの外皮から約0.5cm内側の部分が固くなるが、浸漬時間を短くすると固い部分は減少し、長くすると増加する。具体的には、浸漬時間30分では0.3cm程度、90分では0.8cm程度になる。
【0034】
<浸漬温度によるゲルの変化>
酵素は約50℃を越えると急激に失活し、また、ベースゲルの強度も低下するため、高温でのペクチンメチルエステラーゼ浸漬は適当ではない。また、45℃以下でも酵素活性は徐々に低下するため、30℃で60分(pH4.5)で浸漬した場合は45℃で60分(pH4.5)で浸漬した場合と比較して、外側の固い部分が若干減少する。なお、同じ温度でも浸漬時間を長くすることでゲルの固い部分を増加することができる。
【0035】
<pHによるゲルの変化>
pH3.5で45℃・60分浸漬した場合とpH5.5で45℃・60分浸漬した場合には、pH4.5で45℃・60分浸漬した場合に比べて、ゲルの固い部分はそれぞれ約半分に減少する。同じpHでも浸漬時間を長くすることでゲルの固い部分は増加することができる。
【0036】
また、寒天を用いてpH3.5の条件でベースゲルを作成する場合、酵素失活のために85℃に加熱した際に寒天が寄与するゲル強度が急に低下し、pH4.5のベースゲルの場合と比較して、最終的にできる内側のゲルがより柔らかくなる。ベースゲルを切断する場合などベースゲルにある程度の固さが必要であるが、最終製品では内部(内側)の柔らかいゲルが欲しい場合などは、寒天の利用が好ましい。
【0037】
次いで、ペクチンメチルエステラーゼ液からゲル状成形物を取り出して酵素の失活やゲル強度の調整、殺菌のために加熱し、ゲル状成形食品として製了する。なお、加熱は、酵素を失活させる程度には必要であるが、それ以上の加熱は必ずしも必須ではなく、ゲル状成形物の用途に応じて加減することができる。このようにして、本発明によって多層構造のゲル状成形食品を容易に作ることができる。なお、本発明によって得られる多層構造のゲル状成形食品は、外皮(外側部分)と内部の性状が異なっており、性状的に2層以上に分かれている成形食品のことであり、100℃以上でレトルト殺菌しても差し支えない。
【0038】
すなわち、本発明は、ゲル状成形食品の製造工程において、未反応のペクチンを含有するゲル状物(ベースゲル)にペクチンメチルエステラーゼと2価金属イオンを作用させ、ペクチンメチルエステラーゼの働きによってペクチンのエステル化度を変化させながらペクチンと2価金属イオンの反応によって所望のペクチンゲル(ゲル状成形物)を作る方法を骨子とするものである。
【0039】
本発明で用いるペクチンメチルエステラーゼは、ペクチンエステラーゼの一種であり、ペクチンに接触すると、ペクチンを分解することなく、そのエステル基を取り除く働きをする。そのため、ペクチンに作用してペクチンのゲル化力を高めたり、弱めたり、任意に調整できる。
【0040】
2価の金属イオンには、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなどがあるが、本発明では、カルシウムイオンを用いることが好ましい。具体的には、乳酸カルシウムの状態で浸漬液に添加することが好ましい。
【0041】
本発明では、ペクチンとしてHMペクチンでもLMペチンでも使用できる。通常、ペクチンのゲル化力はLMペクチンの方が大きいことが知られているが、本発明では、HMペクチンを用いたときでもペクチンメチルエステラーゼの作用によってLMペクチンの状態に変化させ、ゲル化力を高めることができる。本発明では、例えば、ゲル状成形食品としてゼリーを作る場合、耐熱性を大きくしたいときはLMペクチンを用いる方がよく、内部がソース状のゼリーにしたいときはHMペクチンを用いるのが好ましい。
【0042】
以下、実施例をもって本発明をさらに説明する。なお、本発明の説明において「%」の表示は、特に断らない限り、重量割合を表す。
【実施例1】
【0043】
<2層化ゼリーの製造方法1>
LMペクチン100g、寒天70g、砂糖100gを90℃の脱イオン水730mLに溶解させたペクチン含有ゾルを角型の容器に充填した。これを容器ごと冷却してペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させた。得られたベースゲル(ペクチン含有ゲル)をダイスカットして3cm角のゲルを約200個作った。この角型ゲルをペクチンメチルエステラーゼ10gと乳酸カルシウム10g、砂糖100gを溶解させたイオン交換水に浸漬し、45℃で60分間静置した。得られたゲル状ゼリーを90℃で30分間加熱殺菌して製了した。
【0044】
上記の製法で得られたゼリーの外皮は、ペクチンメチルエステラーゼ処理前のベースゲルよりも硬くなっていた。一方、ゼリーの内部は甘味のあるゾルに変化していた。このゼリーを食したところ、外皮は硬いが内部はとろりとした食感であるため、きわめて斬新な感覚を覚えた。
【実施例2】
【0045】
<2層化ゼリーの製造方法2>
実施例1で用いたLMペクチンをHMペクチンに変更し、その他は実施例1と同じ原料を用い、同じ方法でゲル状ゼリーを製した。その結果、外皮は実施例1のゼリーと同様にペクチンメチルエステラーゼ処理前のベースゲルよりも硬くなっているが、内部は完全に液状であるゼリーが得られた。このゼリーを食したところ、外皮は硬いが内部はとろりとした食感であるため、きわめて斬新な感覚を覚えた。
【実施例3】
【0046】
<耐熱性ゼリーの製造方法>
HMペクチン0.8%、寒天0.25%、砂糖8.0%を清水中に分散させ、85℃で10分間加熱溶解させたペクチン含有ゾルを球型状、ピラミッド型、星型、ハート型の容器にそれぞれ充填した。これらを容器ごと冷却してペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、柔らかいベースゲルを得た。得られたベースゲル(ペクチン含有ゲル)を崩さないように注意しながら各容器から抜き出して、ペクチンメチルエステラーゼ0.5%、乳酸カルシウム0.5%、砂糖9.0%を溶解させた清水中に45℃で約60分間浸漬した。得られたゲル状ゼリーの外皮はいずれもベースゲルよりも硬くなっていた。このゼリーを90℃(酵素失活のため達温85℃)で20分間加熱殺菌し、その後冷却して製了した。
【0047】
ベースゲルは非常に柔らかく、取り扱い中に崩れやすい状態のものであったが、ペクチンメチルエステラーゼ処理後は、外皮から約0.5cm内部までの部分はゲル強度が高くなっていて、取り扱いが容易になった。なお、ペクチンメチルエステラーゼ処理の時間を60分より長くしたところ、外皮からゲル強度が高い部分までの厚みをさらに増すことができた。
【0048】
また、殺菌後のゼリーの内部はソース状を呈していた。ゼリーの内部は冷却するにつれてゲル化したが、品温10℃においてもゲル強度の異なる2層のゲルが明確に保持されていた。
また、ペクチンメチルエステラーゼ処理後、酸性条件下で90℃・20分間の殺菌を行なったところ、外皮は良好なゲル強度を保持しているが、内部はやや柔らかいゲル状ゼリーが得られた。また、ペクチンメチルエステラーゼ処理後、120℃で20分間のレトルト殺菌をしたところ、良好なゲル強度と保形性を有する2層ゼリーが得られ、これを6カ月間常温で保存しても型崩れを起こさず、良好な性状で保存することができた。
【実施例4】
【0049】
<麺様食品の製造方法>
(1)製法
イ)あらかじめHMペクチン5%を清水45%に加え、85℃で10分間加熱し溶解させ る。このペクチン溶液を15℃まで冷却しておく。
ロ)小麦粉45%に塩5%を混合する。この粉体原料にペクチン溶液を加え、十分に混練 する。
ハ)混練物を、夏場は12時間以内、冬場は24時間以内、冷所で熟成し、熟成後、うど ん状に成形する。
ニ)ペクチンメチルエステラーゼ5%、塩5%、乳酸カルシウム5%を清水85%に溶解 させた溶液を作る。うどん状成形物をこの溶液に浸漬する。浸漬時間は45℃で30分 とする。
ニ)浸漬後、うどん状成形物を取り出して85℃達温で加熱して酵素を失活させ、冷却し て包装し製了する。
(2)風味試験
イ)ペクチンメチルエステラーゼ溶液に浸漬したうどん状成形物Aと浸漬しなかったうど ん状成形物Bを、13名のパネラーで評価した。サンプルは、どちらも茹で上げ後30 分間放置したものを用いた。
ロ)評価結果
AとBを識別できなかった者=2名、識別した者=11名、識別した者のうちAを好ん だ者=9名 (n=13)
ハ)識別した者のうちAを好んだ者のコメントは、
Aの方が「コシがある(7名)」「つるみ感がある(4名)」「固さがある(4名)」 「箸で摘んだときほぐれやすかった(3名)」であった。(重複回答あり)
また、AとBを識別したがAを好まなかった者のコメントは、
Aの方が「違和感がある(2名)」「ぼそぼそいた感じがする(1名)」「麺つゆが付 着しにくかった(1名)」であった。(重複回答あり)
ハ)所見
茹で上げ後30分間放置して伸びた状態のうどん状成形物を評価した結果、ペクチンメ チルエステラーゼ溶液に浸漬したうどん状成形物Aにコシが感じられ、さらにその食感 は有意に好まれる傾向にあった。
【実施例5】
【0050】
<輸送により型崩れしないゼリーの製造方法>
(1)製法
イ)砂糖15%、寒天0.15%、HMペクチン0.5%、LMペクチン0.4%、白桃 ピュレー5%、1/4濃縮果汁0.75%を清水中に分散させ、85℃で10分間加熱 して全原料を溶解させる。
ロ)溶解液に香料0.1%を加え、重量調整後、ゼリー用容器に充填し、冷却してゲル化 し、ベースゲルとする。
ハ)ペクチンメチルエステラーゼ5%、砂糖15%、乳酸カルシウム5%を溶解させた溶 液を作る。この溶液を容器内のベースゲルの頂面から容器内に流し込み、浸漬する。浸 漬時間は45℃で30分とする。
ニ)容器からゼリーを取り出して85℃達温で加熱して酵素を失活させ、さらに殺菌して 冷却し、製了する。
(2)上記配合と製法によりゼリーを試作した結果、以下の点が確認された。
イ)酵素処理前のベースゲルは振動を与えたり、傾けたりすると容易に崩れた。
ロ)酵素処理後のゼリー表面は薄い膜状に硬くなっており、ベースゲルと同様の振動や傾 きを与えても型崩れが起こりにくくなっていた。
ハ)製了後でも、ゼリーの内部はベースゲルの性状が維持されていた。
【実施例6】
【0051】
<輸送により型崩れしないプリンの製造方法>
イ)砂糖15%、チーズパウダー15%、ゼラチン1.5%、HMペクチン0.8%、シ ナモンパウダー0.02%、を清水中に分散させ、85℃で10分間加熱して全原料を 溶解させる。
ロ)溶解液に香料0.15%を加え、重量調整後、ゼリー用容器に充填し、冷却してゲル 化し、ベースゲルとする。
ハ)ペクチンメチルエステラーゼ5%、砂糖15%、乳酸カルシウム5%を溶解させた溶 液を作る。この溶液を容器内のベースゲルの頂面から容器内に流し込み、浸漬する。浸 漬時間は45℃で30分とする。
ニ)容器からプリンを取り出して85℃達温で加熱して酵素を失活させ、さらに殺菌して 冷却し、製了する。
【産業上の利用性】
【0052】
以上詳しく説明したとおり、本発明によって、従来では得られなかった性状や食感のゲル状成形食品を容易に作ることができる。また、本発明によって、ゲル状成形食品の耐熱性を一段と強化することができる。さらに本発明によって、これらゲル状成形食品を任意の形状や大きさに成形することが可能である。すなわち、本発明によって、多層構造を有するゲル状成形食品であって、例えば、保存しても伸びない麺様食品、外皮は硬いが内部は柔らかい食感の麺様食品、容器に密封して長期保存が可能なプリンやゼリー、輸送による型崩れが生じないプリンやゼリー、2層構造のゼリー、外皮と内部で性状や食感の異なるゼリ−、粒の大きい人工イクラ、人形型のプリンなど、従来の製法では製造が困難であったゲル状成形食品を容易に作ることができるので、本発明の食品産業上の利用性はきわめて大なるものがある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、所望の形状のペクチン含有ゲルを得るか又は得られたペクチン含有ゲルを所望の形状に成形した後、このペクチン含有ゲルを2価金属イオンとペクチンメチルエステラーゼを含有する液に浸漬して多層構造のゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項2】
ペクチン含有ゾルをペクチンのゲル化力を残存させたままゲル化させ、所望の形状のペクチン含有ゲルを得るか又は得られたペクチン含有ゲルを所望の形状に成形した後、このペクチン含有ゲルを2価金属イオン含有液とペクチンメチルエステラーゼ含有液にそれぞれ浸漬して多層構造のゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項3】
ペクチンの他にカラギーナン、ジェランガム、キサンタンガム、グアガム、ローカストビーンガム、アルギン酸塩、寒天、ゼラチン、小麦粉から選ばれる少なくとも1種のゲル化剤ないし増粘剤を添加したペクチン含有ゾルを用いる請求項1又は2に記載のゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の製造方法において、得られたゲル状成形食品をさらに加熱して耐熱性を強化したゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項5】
2価金属イオン含有液としてカルシウムイオン含有液を用いる請求項1から4のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法。
【請求項6】
ペクチンとしてHMペクチンを用いる請求項1から5のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法。
【請求項7】
ペクチンとしてLMペクチンを用いる請求項1から5のいずれかに記載のゲル状成形食品の製造方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の製造方法を用いて、外皮はペクチン含有ゲルよりも硬く、内部はペクチン含有ゲルよりも柔らかいゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項9】
請求項1から7のいずれかに記載の製造方法を用いて、外皮はゲル状で内部はゾル状又は液状のゲル状成形食品を製造する方法。
【請求項10】
請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として麺様の食品を製造する方法。
【請求項11】
請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として耐熱性ゼリーを製造する方法。
【請求項12】
請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として多層化ゼリーを製造する方法。
【請求項13】
請求項1から7のいずれかに記載の方法を用いて、ゲル状成形食品として外皮と内部では風味が異なるゼリ−を製造する方法。