説明

コケ植物の原糸体を用いた金属の回収方法

【課題】植物を用いた金属回収のための方法を提供する。
【解決手段】ヒョウタンゴケ科に属するコケ植物由来の原糸体を、銀よりイオン化傾向が低い金属を溶解した金属含有溶液と接触させることを含む、前記金属の回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コケ植物の原糸体を用いた金属、具体的には銀よりイオン化傾向の低い金属、の回収方法に関する。本発明は特に、コケ植物の原糸体を用いた金の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在までに、鉱山関連、めっき、表面処理関連、無機化学関連などを含む産業から排出される金属(例えば金)含有排水から金属を回収するための材料及び金属回収技術が報告されている。
【0003】
例えば特許文献1は、製材等で発生する木粉にフェノール化合物を添加し、さらに濃硫酸を加えて反応させることにより、リグニンをフェノール化合物と結合させた形で単離した物質より調製されたリグニン誘導体である金吸着剤を開示している。このリグニン誘導体を用いる従来技術では、既に炭素固定した木質バイオマス資源を消費利用する点及び硫酸など化学薬品を新たに添加する点において、環境低負荷型の技術レベルに問題がある。その他菌類及び植物有機バイオマスを利用した生物処理法による金回収技術として、有機アミノカルボン酸分解菌(特許文献2)、シアン生成及び分解菌(特許文献3)、セルロースを含む有機物質資源を利用した生物処理法(特許文献4)が報告されている。
【0004】
その他、ファイトマイニングの手法を利用した各種金属の回収方法として、例えば非特許文献1は、Brassica junceaを金添加土壌に植栽し、根系から金を吸収させることで、植物体乾燥重量当たり760〜1120ppmの濃度で5〜50nm程度の金ナノ粒子を蓄積させる手法を報告している。しかしこの手法による金回収能力には金蓄積濃度レベルが低いこと、及び土壌を対象としていることから実用レベルでの実証に至っていない。
【0005】
また本発明者らによる特許文献5は、コケ植物の原糸体を吸着剤として利用した鉛浄化方法を開示している。この手法に用いるコケ植物の原糸体細胞は、鉛吸着体として用いることで灰溶出液及び人工混合溶液中から選択的に鉛を浄化することができること、及び、その鉛蓄積能力が灰溶出液中に含まれるB、Na、Mg、Al、P、K、Ca、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、As、Cd及びHgや人工混合溶液中のCuにより著しく阻害されないことが開示されているが、レアメタルやレアアース、貴金属といった産業利用上価値の高い金属類の回収能力の有無や能力規模については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-305329号公報
【特許文献2】特開2002-192186号公報
【特許文献3】特開2007-308762号公報
【特許文献4】特開2008-302356号公報
【特許文献5】WO 2008/105353
【特許文献6】International of Phytoremediation 9: 197-206 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、様々な環境下で生育可能かつ実用的な植物を用いた金属の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記特許文献5に開示されるコケ植物の原糸体の各種金属の回収能力についてさらに評価したところ、意外にも、上記コケ植物が、銀よりイオン化傾向の低い金属をも高蓄積できることを見出した。通常、イオン化傾向の低い金属は環境水中では可溶性の状態で存在することは難しい。また、コケ植物は水溶性の金属イオンを利用して生活している。よって、イオン化傾向の低い金属とコケ植物とが接触する機会は、長い進化の過程ではまずなかったと想定され、コケ植物がイオン化傾向の低い金属を蓄積する能力を獲得しているとは考え難かったことから、これは驚くべきことである。本願発明は上記知見を基礎とするものであり、以下の特徴を包含する。
【0009】
すなわち、本発明は以下の特徴を包含する。
(1) 銀よりイオン化傾向が低い金属を回収する方法であって、ヒョウタンゴケ科に属するコケ植物由来の原糸体を前記金属が溶解した溶液と接触させることを含む、前記方法。
(2) 前記コケ植物の原糸体は、ヒョウタンゴケ属(Funaria)、ツリガネゴケ属(Physcomitrium)及びヒメヒョウタンゴケ属(Entosthodon)からなる群より選択された1種以上のコケ植物由来であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3) 前記コケ植物の原糸体は、ヒョウタンゴケ属(Funaria)に属する1種以上のコケ植物由来であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(4) 前記コケ植物の原糸体はヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)由来であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(5) 銀よりイオン化傾向が低い金属は、金及び/又は白金である、上記(1)に記載の方法。
(6) 前記金属が溶解した溶液はpH 1.0〜12.0である、上記(1)に記載の方法。
(7) 前記コケ植物の原糸体は、原糸体乾燥重量の10%以上の金最大蓄積能を有することを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(8) 前記コケ植物の原糸体は、原糸体乾燥重量の4%以上の白金最大蓄積能を有することを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(9) 上記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法で使用した、銀よりイオン化傾向が低い少なくとも1種の金属を蓄積したコケ植物原糸体。
(10) 前記金属は金及び/又は白金である、上記(9)に記載のコケ植物原糸体。
(11) 赤色〜赤紫色を呈している、上記(9)に記載のコケ植物原糸体。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、銀よりイオン化傾向の低い金属を回収する方法が提供される。この方法は、簡便に入手可能かつ大量に培養可能なコケ植物の原糸体を使用するため、金属の回収に伴うコスト面で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、塩化金(AuCl)との接触後のヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)の原糸体から取得された蛍光X線スペクトルを示す。なお、X線照射条件は次の通りである: 照射時間180秒; パルス条件P4; X線管電圧50keV; X線管電流1.0mA; X線管径100μm。
【図2】図2は、金を蓄積したヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)原糸体の写真図である。この図から明らかな通り、金を蓄積した原糸体は赤色を呈していることから、この原糸体は特定の粒径の金ナノコロイド(10〜35nm)を蓄積することが示唆される。
【図3】図3は、金リサイクル工場廃液との接触後のヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)の原糸体から取得された蛍光X線スペクトルを、塩化金溶液からの前記スペクトルとの比較により示す。なお、X線照射条件は次の通りである:照射時間180秒; パルス条件P4; X線管電圧50keV; X線管電流1.0mA; X線管径100μm。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、コケ植物の原糸体を用いた、銀よりイオン化傾向が低い金属の回収方法(以下、単に本発明の方法という)を提供する。銀よりイオン化傾向が低い金属とは、具体的には金、白金などの1種以上、好ましくは金及び白金を指し、本願明細書中これらの金属を単に本発明に係る金属と称する。本発明の方法は、具体的には、本発明に係る金属が溶解した溶液(以下、単に金属含有溶液とも称する)に本発明のコケ植物の原糸体を接触させることを含んでいる。
【0013】
本発明の方法に供することができる金属含有溶液としては、本発明に係る金属が溶解している溶液であれば特に制限されず、例えば、工業排水、生活廃水、廃棄物の燃焼飛灰溶出液、農業用水、溜池、河川、地下水、鉱山廃水、製錬排水、バラスト水などを挙げることができる。特に、従来の方法を用いた金属回収に要するコストとの関連でその回収による経済的な利益が見込まれなかった溶液、例えば金リサイクル工場での金回収プロセスにおいて回収し切れなかった金含有排液、海水のような超微量濃度で金を含有していると想定される環境水等を本発明の方法に供することが好ましい。金含有溶液のpH及び該溶液中の金濃度は特に制限されず、例えば、pHは1.0〜12.0、好ましくは1.5〜10.0の範囲であることができ、金濃度は、0.0001〜400mg/mL、好ましくは0.0008〜200mg/mLであることができる。したがって金含有溶液は、これらの溶液を取り扱う際に当該分野で通常行われる中和等の処理を除いて、特定の前処理をすることなく、本発明の方法に供することができる。
【0014】
本発明に使用されるコケ植物の原糸体は、本発明に係る金属を吸収・蓄積可能な、ヒョウタンゴケ科に属するコケ植物由来の原糸体である。そのようなヒョウタンゴケ科に属するコケ植物として、ツリガネゴケ属(Physcomitrium)、ヒメヒョウタンゴケ属(Entosthodon)及びヒョウタンゴケ属(Funaria)に属するコケ植物を挙げられる。好ましくは、ヒョウタンゴケ属に属するコケ植物由来の原糸体を用い、ヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)由来の原糸体を用いることが最も好ましい。また本発明に使用されるコケ植物の原糸体は、上に列挙したコケ植物に人工的に変異を導入して作製したコケ植物の変異体に由来するものであってもよい。変異の導入方法として、重イオンビームの照射、X線、ガンマー線、中性子線照射法などを挙げることができる。重イオンビームを用いた変異体コケ植物の作製は、例えば、日本国特許第3577530号、国際公開 WO 03/056905号などに記載される方法に従って行うことができる。
【0015】
原糸体とは、胞子由来の細胞が細胞分裂を繰り返し、分枝した糸状の組織をいう。原糸体は多くの葉緑体を含んでいるため緑色を呈し、外見上は糸状緑藻類のような形態をとる。本明細書中で使用する用語「原糸体」は、生細胞形態の原糸体、原糸体の細胞壁調製物、及び生細胞形態の原糸体と該細胞壁調製物との混合物を含む意味である。
【0016】
本発明のコケ植物の原糸体は、沈殿漕、遠心分離、吸引濾過法によって分離することができる。また本発明の原糸体の細胞壁調製物は、例えば以下のようにして調製することができる。すなわち、最初に、コケ植物の原糸体を0.05M リン酸緩衝液(pH 6.5)中で、乳鉢、乳棒等で破砕し、遠心分離する(3000rpm、10分)。次いで、沈殿さにアセトンを添加して室温で一晩放置した後、1000rpmで10分間の遠心分離を3回繰り返す。その後、室温で一晩乾燥させた後の沈殿さを粗細胞壁として回収する。回収した粗細胞壁は、超純水、メタノール、クロロホルムを含む遠沈管に添加して1時間振とうした後、遠心分離する(3000rpm、10分)。その後、メタノール層(水層)を回収し、蒸発させた画分を、必要に応じて凍結乾燥保存し、細胞壁調製物として使用する。
【0017】
本発明のコケ植物の原糸体は、液体通気培養によって大量に増殖可能である。典型的には、本発明のコケ植物の原糸体を含む培養液を適当な培養槽に充填し、無菌空気を通気することによって実施される。培養は、リン源、無機塩、グルコース、アミノ酸、ビタミン等を含む培養液中で行うことができる。本発明の一実施形態では、培養は、これに限定されるものではないが、KNO3(硝酸カリウム)、MgSO4(硫酸マグネシウム)、KH2PO4(第一リン酸カリウム)、FeSO4(硫酸鉄)、MnSO4(硫酸マンガン)、H3BO3(ホウ酸)、ZnSO4(硫酸亜鉛)、KI(ヨウ化カリウム)、Na2MoO4(モリブデン酸ナトリウム)、CuSO4(硫酸銅)、CoCl2(塩化コバルト)、(NH4)2C4H4O6(酒石酸アンモニウム)、CaCl2等を含む培養液中で効率的に行うことができる。培養液中に含まれる各成分の濃度は、当業者が適宜設定できるが、例えば後述の実施例1に記載されるような濃度である。培養の温度条件は、これに限定されないが、15℃〜25℃、好ましくは18℃〜22℃であり、最も好ましくは20℃である。また培養の光条件は、これに限定されないが、以下の通りである;明:暗比、約16:8〜約24:0、好ましくは約16:8;波長域、400〜700nm;光強度、6500〜7500ルクス。また通気量は、培養容器のサイズ及びこれに収容される培養液の量に応じて当業者が適宜設定でき、例えば1〜2L/min、好ましくは1.4L/min程度で通気できる。液体通気培養の概要については、例えばDecker EL.及びReski R. (2004). The moss bioreactor. Current Opinion in Plant Biology 7:166-170;Hoche A及びReski T. (2002). Optimisation of a bioreactor culture of the moss Physcomitrella patens for mass production of protoplasts. Plant Science 16f3:69-74;及びS.-Y. Chiouら、Journal of Biotechnology 85 (2001) 247-257を参照されたい。
【0018】
また、培養効率を向上させるために、攪拌装置を利用することによって、又は対流を制御することによって、繊維状の原糸体が1つの球状となり、球内部の原糸体が死滅してしまうのを回避することが好ましい。前者の場合に使用し得る攪拌装置には、これに限定されるものではないが、パッチ式ミキサー、インペラー式攪拌機、ブレードミキサー、ローター/ステーター式ミキサー、ロータリーシェーカー等が挙げられ、例えば50〜100rpmで攪拌することができる。後者の場合には、扁平状の培養槽を用い、通気による対流によって原糸体が球状にならないように、攪拌スピード及び通気流速を設定することが好ましい。
【0019】
このように培養された本発明のコケ植物の原糸体は、15mLテストチューブに12mL入れた状態(暗所、4℃)で少なくとも半年は保存することが可能である。
【0020】
上記コケ植物の原糸体は、酸性条件下(pH 1.5又は3.0)及びアルカリ条件下(pH 10.0)で本発明に係る金属を吸収・蓄積できるため、様々な金属含有排液とそのpHを調整することなく直接接触させることができるという利点を有する(下記実施例2参照)。
【0021】
その他の上記コケ植物の原糸体の特徴として、Cu、Zn、Co、As等の重金属類に耐性を有すること、pH5〜12の環境下、特にpH 9〜12の高アルカリ環境下でさえも生育阻害されないこと、などを挙げることができる(WO 2008/105353参照)。
【0022】
本発明のコケ植物の原糸体と金属含有溶液との接触は、どのような手段で行ってもよい。本発明のコケ植物の原糸体は、例えば、浮遊形態及び/又は固定化形態で使用して、上記溶液と接触させることができる。浮遊形態で使用する場合は、原糸体又は固定化原糸体を適当な溶液中に懸濁し、この懸濁液に金属含有溶液を供給することによって上記接触を行うことができる。原糸体又は固定化原糸体を懸濁させる溶液は、原糸体の生育及び本発明に係る金属を蓄積する能力を阻害しない限りいかなる溶液を用いてもよく、例えば水、超純水、蒸留水、水道水、培養液、海水等を使用することができる。
【0023】
本発明のコケ植物の原糸体を固定化形態で使用する場合には、適当な栽培床に植え付けられた又は適当な担体に固定化された原糸体に金属含有溶液を供給することによって上記接触を行うことができる。本発明に使用できる栽培床として、これに限定されるものではないが、吸水性及び水透過性が良好な材料、例えば水ゴケ、ポリウレタン、ロックウール、発泡ガラス、フェルト、紙等が挙げられる。また本発明の原糸体の固定化に使用できる方法として、担体結合法、包括法等の当業者に周知の方法が挙げられる。担体結合法は、本発明の原糸体を水不溶性の多孔性担体に吸着などによって結合させる方法であり、この場合、セルロース、デキストラン、アガロースなどの多糖類の誘導体、ポリアクリルアミドゲル、ポリスチレン樹脂、イオン交換樹脂、ポリウレタン、光硬化樹脂などの合成高分子、多孔性ガラス、軽石、金属酸化物などの無機物質などを担体として使用できる。また、包括法は、天然高分子や合成高分子のゲルマトリックスの中に本発明の原糸体を閉じ込める方法であって、その際に用いる高分子化合物として、ポリアクリルアミドゲル、ポリビニルアルコール、光硬化性樹脂、デンプン、コンニャク粉、ゼラチン、アルギン酸、カラギーナンなどが含まれるが、これらに限定されない。
【0024】
上記のようにして金属含有溶液と接触された本発明のコケ植物の原糸体は、吸収・蓄積対象の金属に応じて異なるが、原糸体乾燥重量の、例えば金については最大で10%以上、白金については最大で4%以上、まで金属を吸収・蓄積することができる。その後、必要に応じて上記原糸体を熱処理あるいは抽出処理することにより目的の金属を回収することができる。金属の回収は従来の金属精練によるものであり、例えば金の回収では上記原糸体を溶融精製の原料として溶解し、電解精製などの工程を経て金製品となる。
【0025】
本発明の方法は、簡便に入手可能かつ大量に培養可能なコケ植物の原糸体を使用するため、金属の回収に伴うコスト面で有利である。また上記コケ植物の原糸体は、酸性条件下(pH 1.5又は3.0)及びアルカリ条件下(pH 10.0)のいずれでも本発明に係る金属を吸収・蓄積できる、Cu、Zn、Co、As等の重金属類に耐性を有する、といった特徴を有するため、様々な金属含有溶液との接触に際し、これらの溶液を取り扱う際に当該分野で通常行われる中和等の処理を除いて、特定の前処理(pHの調整、硫酸の添加、シアンの分解等を含む)は必要なく、簡便かつ環境低負荷型であるという利点を有する。
【0026】
本発明はまた、本発明の方法により銀よりイオン化傾向が低い少なくとも1種の金属を吸収・蓄積した、コケ植物原糸体を包含する。本発明に係るコケ植物原糸体は、好ましくは、金、白金のいずれか一方又は双方を、少なくとも10mg/kg以上、より好ましくは少なくとも25mg/kg以上蓄積している。本発明に係る金を蓄積したコケ植物の原糸体は、蓄積できる金ナノコロイドの粒径に基づいて、赤色〜赤紫色に呈色していることにより特徴付けることができる。また本発明に係る白金を蓄積したコケ植物は、光沢のある茶色として目視できることにより特徴付けることができる。
【0027】
本発明はさらに、本発明の金属回収方法を用いた回収装置を提供できる。この回収装置は、収容槽と、該槽に収容された本発明のコケ植物の原糸体の懸濁液とを備える。
【0028】
収容槽は、例えばこれに限定されるものではないが、カラム状、扁平状、管状、箱状等の形状の容器を含む、あらゆる形状の槽を使用できる。攪拌装置を装備しない槽の場合には、原糸体が球状となり本発明に係る金属の蓄積能力が低下するのを防止するために、槽は扁平状の形状であることが好ましい。ここで扁平状とは、例えば直方体の容器の場合、上面の縦幅の長さが横幅の長さの約4分の1以下となるような平べったい縦長の形状をいう。また槽がカラムの場合、円筒型カラム又は扁平型カラムが使用できる。収容槽の材質は、該槽に収容される原糸体懸濁液の量に応じて選択することができ、時間の経過と共に劣化しないものを用いる。材質は、例えば、これに限定されるものではないが、ガラス、金属(例えばステンレス等)、アクリル樹脂、プラスチック、ポリカーボネート製が挙げられる。
【0029】
本発明の回収方法を用いる装置は、収容槽に金属含有溶液を供給するための供給口と、金属回収済み溶液を排出するための排出口とを備えることができる。この場合、金属含有溶液を供給口から供給しながら、金属回収済み溶液を排出口から排出できるため、金属の回収を継続的に実施することができる。
【0030】
前記装置は、上記金属含有溶液の供給及び/又は金属回収済み溶液の排出の便宜から、上記供給口及び/又は排出口に連結される配管を備えることができる。これにより、金属含有溶液の供給量を調節する適当な制御装置への接続や、金属回収済み溶液の適当な場所への排出が可能になる。供給する金属含有溶液の流速は、収容槽に充填された本発明のコケ植物の原糸体による金属の回収速度が一定となるように調節される速度、すなわち金属含有溶液の供給量と金属回収済み溶液の排出量とがほぼ一定に維持される速度とすることが好ましい。したがって、本発明の別の実施形態では、前記装置は、収容槽に供給される金属含有溶液の流速を制御するための制御装置を備える。かかる制御装置として、例えば、ペリスタポンプ、デジタルポンプ等が挙げられる。
【0031】
前記装置は、収容槽からの金属回収済み溶液の排出を切り替えるための開閉手段を備えることができる。かかる開閉手段として、例えば排出口に備えられた配管に設けられた弁、自動開閉バルブ、ジョイント、カップリング、三叉分岐コック等が挙げられる。
【0032】
好ましくは、前記装置は、上記収容槽内に、原糸体を保持しかつ液を透過する2つ又はそれ以上の隔壁を備えることができる。この隔壁は、収容槽からの原糸体の流出を防止しかつ収容槽内に原糸体を保持するとともに、収容槽内に複数の区画を設け、各区画に存在する原糸体による金属含有溶液からの金属の回収を段階的に行うためのものである。隔壁により、供給される金属含有溶液は上記収容槽内を穏やかに移動するため、金属含有溶液と原糸体との十分な接触を実現することができる。上記隔壁は、原糸体の流出を防止しながら、溶液の透過を可能にする材質からなり、例えばこれに限定されるものではないが、金属メッシュ、ガラスファイバー濾紙、濾紙、綿、ガラスウール、ロックウール片等を挙げることができる。
【0033】
本発明の装置の前記槽は、新鮮な原糸体懸濁液を供給するための供給口と、使用済み原糸体懸濁液を排出するための排出口とをさらに備えることができる。槽内の原糸体は、光合成と、金属含有溶液に含まれる栄養素によって増殖し得る一方、原糸体の金属蓄積量が飽和状態(例えば上記の通り、金については原糸体乾燥重量の10%以上まで金が蓄積される)になったとき、原糸体を新鮮なものと置換する必要がある。このような原糸体の置換のために、槽の室内に該供給口と排出口とを設けることが好ましい。また、槽内に2又はそれ以上の隔壁を備える本発明の実施形態では、上記供給口と排出口とを該隔壁間に備えることが好ましい。
【0034】
好ましくは、前記装置は、金属含有溶液中の金属を回収しながら本発明の原糸体を培養するための1以上の装置を備える。かかる装置としては、原糸体に光を供給する光源、効率的な培養のための培地成分供給装置、攪拌装置、温度制御装置、液体通気培養用の通気装置等が例示できる。
【0035】
上記光源は、本発明の原糸体の光合成に必要な波長域の光を適当な明:暗比で断続的に供給するためのものである。好ましい波長域は、400〜700nmであり、好ましい光強度は6500〜7500ルクスである。当該光源は、典型的には収容槽内部の任意の位置に配置されるが、収容槽が光透過性の材質からなる場合には、収容槽外部に設置してもよい。
【0036】
上記培地成分供給装置は、効率的な培養を可能にする上記培養成分を所定の濃度で継続的に供給するためのものである。この上記培養成分の供給は、上記培養成分の収容槽内の懸濁液への直接的な添加、又は上記培養成分の本発明の装置に供給する金属含有溶液への添加、を実現する装置を設けることによって実現可能である。
【0037】
上記攪拌装置は、培養中の原糸体が球状にならない程度の攪拌を実現するための装置である。例えば、かかる攪拌装置の例として、これに限定されるものではないが、パッチ式ミキサー、インペラー式攪拌機、ブレードミキサー、ローター/ステーター式ミキサー、ロータリーシェーカー等を例示できる。
【0038】
上記温度制御装置は、前記収容槽中の原糸体の培養に適した温度を維持する任意の装置であり、例えばサーモスタット、恒温培養器、人工気象器、インキュベーター等が挙げられるが、これに限定されない。前記培養に適した温度は、典型的には15℃〜25℃、好ましくは18℃〜22℃、最も好ましくは20℃である。
【0039】
上記通気装置は、上記収容槽内の原糸体の懸濁液に無菌空気を供給する任意の通気装置である。この実施形態では、通気による攪拌によって、一般的に培養時にその使用を要する上記攪拌装置を用いることなく原糸体の球状化を防止するために、扁平状の収容槽を用い、該通気装置を培養中の原糸体が球状にならない程度の攪拌スピード、及び通気流速に設定することが好ましい。この場合に使用し得る扁平状の収容槽は、縦幅:横幅:高さの比が1:4:9、好ましくは3:11:27のサイズのものを指す。また原糸体が「球状にならない程度の攪拌スピード」及び「通気流速」は、上記収容槽のサイズに応じて当業者が適宜設定可能である。
【0040】
好ましくは、前記装置は、上記収容槽に原糸体を供給及び排出するための供給口及び排出口を備える。これにより、金属の蓄積が飽和状態の原糸体、死滅した原糸体、又は培養により過剰増殖した原糸体を除去することができ、その結果、収容槽内に収容される原糸体を金属の回収及び/又は培養に適切な濃度で維持することができる。収容槽内に保持される原糸体の量は、0.1〜1mg(乾燥重量)/mLに維持されることが好ましい。
【0041】
前記装置は、好ましくは、上記収容槽の2つ以上を組合せた装置である。具体的に、かかる装置は、例えば、本発明の第1の収容槽の排出口と第2の収容槽の供給口とを、配管を介して連通させることによって構築することができる。組合せる収容槽の数を増加することにより、金属含有溶液からの金属の回収効率の向上、及び装置のスケールアップが可能になる。複数の収容槽の組合せは、直列でも並列でもよい。この場合の好ましい収容槽はカラム形状の槽である。
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
原糸体の大量培養系の確立
ヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)について、野外より採集した本種の胞子体から胞子を播種し、単一胞子由来の原糸体を単離した。簡単に説明すると、まず成熟時期の胞子体を準備し、胞子体の柄をピンセットでつまみ、2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液に60秒間ひたし、その後、0.1%塩化ベンザルコニウム溶液に30秒間ひたした。次に、滅菌水(蒸留水を121℃、20分間オートクレーブ処理した水)に30秒間ひたした後、滅菌されたピンセットで胞子体の蓋を開けた。このようにして開口させた胞子体を寒天培地上でゆすることで、寒天培地上へ胞子を散布・播種した。胞子を播種した寒天培地を培養棚に設置し、20日後にクリーンベンチ内で単一胞子由来の原糸体を滅菌したピンセットで拾い取り、新たな寒天培地上に植え継ぎ14日間培養させ繁茂した原糸体を、培養液1mlを入れた1.5ml容のマイクロチューブ中に入れた。この溶液をマイクロチューブペッスルで軽く懸濁させた懸濁液を再度、寒天培地上へ播種することで、単一胞子由来の原糸体株を維持した。その後、上記のようにして単離した原糸体を液体通気(回分)培養法により培養した。培養期間は14日間(光条件、明:暗=16:8、温度条件、20℃)若しくは30日間(光条件、連続明、温度条件、20℃)に設定し、培養後に得られた原糸体混合溶液をポリトロンホモジナイザー(PT2100 KINEMATICA)で破砕し得られる原糸体懸濁液1mLを新たな培養液に加えることで、継続的に管理した。培養液の組成は10mM KNO3(硝酸カリウム)、1mM MgSO4(硫酸マグネシウム)、2mM KH2PO4(第一リン酸カリウム)、45μM FeSO4(硫酸鉄)、1.6μM MnSO4(硫酸マンガン)、10μM H3BO3(ホウ酸)、0.2μM ZnSO4(硫酸亜鉛)、0.2μM KI(ヨウ化カリウム)、0.1μM Na2MoO4(モリブデン酸ナトリウム)、0.2μM CuSO4(硫酸銅)、0.2μM CoCl2(塩化コバルト)、5mM (NH4)2C4H4O6(酒石酸アンモニウム)、1mM CaCl2とし、650mLの扁平培養瓶(液体通気培養法)あたり500mLの培養液を入れた。
上記の液体通気培養法により、原糸体はそれぞれ290倍程度に増殖した(乾燥重量1.2mgから348.9mg回収)。
【実施例2】
【0044】
コケ植物原糸体を利用した金属回収試験
上記実施例1で得たヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)の原糸体混合溶液10mLを5mL容の性能試験カラムに濃縮充填し(以下、Fhカラムという)、各種金属含有溶液をペリスタポンプ(ATTO SJ-1211)を用いてFhカラムに5mL/24分の流速で添加した。
【0045】
1.塩化金溶液及び塩化金酸溶液
本試験では、金属含有溶液として、金濃度50ppmの塩化金(AuCl)溶液(塩酸pH 3.0)及び塩化金酸(HAuCl4)溶液(pH 1.5)を用いた。これら金属含有溶液を流す以前にカラムを安定させるために超純水を18時間流し、浄化試験後に植物体中に付着した金属を洗うために超純水を8時間流す操作を行い、次の通り、コケ植物に回収された金属の分析を行った。
【0046】
蛍光X線スペクトルによる定性分析では、塩化金(AuCl)溶液を接触させた原糸体を凍結乾燥し、得られた原糸体組織をX線分析装置(HORIBA XGT-5000)で観察した。得られた蛍光X線スペクトルを図1に示す。図1から分かるとおり、金特有の特性X線シグナルが高い強度値で得られたことから、金属含有溶液を接触させた原糸体は金を高蓄積していることが示唆された。そこで次に金を含む各種金属の定量分析を実施した。
【0047】
塩化金酸(HAuCl4)溶液を接触させた原糸体乾燥試料に5mLの王水(塩酸:硝酸=3:1)を添加後、マイクロウエーブ(Perkin Elmer MultiWave-3000)で湿式分解し、得られた分散溶液を定容後、ろ過した溶液をICP-MS測定溶液とし、定量分析を実施した。植物体乾燥質量当たりの金濃度は11.3%であった。これまで我々が得た各種金属の最大蓄積濃度は下記表1に示すとおりであった。また、回収された金は図2に示すとおり赤色を呈することから、原糸体に蓄積した金はナノコロイド粒子(粒径:10〜35nm)の状態で存在していると考えられる。
【0048】
【表1】

【0049】
2.金リサイクル工場廃液
本試験では、金属含有溶液として金リサイクル工場廃液を用いた。この廃液は、金リサイクル工場で用いるめっき剥離液からの金回収プロセスで回収しきれなくなった金濃度が1μg/L未満の金含有排液シアン化カリウム、シアン化ナトリウムをベースとした廃液であり、濃黄色のアルカリ溶液(pH10.0)であった。
【0050】
上記廃液を流す以前にカラムを安定させるために超純水を18時間流し、浄化試験後に植物体中に付着した金属を洗うために超純水を8時間流す操作を行い、次の通り、コケ植物に回収された金属の分析を行った。
【0051】
蛍光X線スペクトルによる定性分析では、上記廃液を接触させた原糸体を凍結乾燥し、得られた原糸体組織をX線分析装置(HORIBA XGT-5000)で観察した。得られた蛍光X線スペクトルを図3に示す。図3から分かるとおり、金特有の特性X線シグナルは得られていないが、銅特有の特性X線シグナルが得られた。このことから上記廃液を接触させた原糸体は想定していなかった銅を高蓄積できることがわかった。また回収目的金属である金についてはX線分析の検出限界(10,000mg/kg)以下の濃度で金を蓄積していることが示唆された。そこで次に金の定量分析を実施した。
【0052】
上記廃液を接触させた原糸体乾燥試料に5mLの王水(塩酸:硝酸=3:1)を添加後、マイクロウエーブ(Perkin Elmer MultiWave-3000)で湿式分解し、得られた分散溶液を定容後、ろ過した溶液をICP-MS測定溶液とし、定量分析を実施した。植物体乾燥質量当たりの金含有量を決定したところ、表2に示すとおり、金含有量は15.2mg/kg(試験No.159)および32.1mg(試験No.159)であることがわかった。これら金含有量はX線分析では検出限界以下となる値に相当するが、金鉱石中での金含有量と比べ遜色がない含有量であったことから原糸体による上記廃液からの金リサイクル回収の有効性が確認された。
【0053】
上記廃液から金以外の金属をコケ植物体が回収していないかを確認するために、上記のICP-MS測定溶液中の金を含む30元素について、ICP-MSによる定性データを取得した。次に、表3に示すとおり植物体乾燥重量当たりの強度値(表3中のNet Intens. Mean)を算出したところ、銅の強度がもっとも高いことがわかった。また、2つの試験データ間の相関係数を求めたところ、よく一致することがわかった(相関係数0.9997)。すなわち、上記廃液を処理したコケ植物体中の元素プロファイルは非常に類似していたことから、コケ植物の金属回収パターンはかなり厳密に制御されている可能性があることが確認された。
【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
以上の試験結果をまとめると、今回用いたヒョウタンゴケ科のコケ植物の原糸体は、金属が溶液した溶液から各種金属を選択的に吸着・蓄積すること、及びそのような金属には銀よりイオン化傾向が低い、産業的又は工業的価値の高い金属が含まれることが明らかにされた。
【0057】
本発明のコケ植物の原糸体は、大量生産が可能であるため、生長能力による持続可能なバイオマスの有効利用が可能となり、無機資材による金属回収技術とは有用性のレベルで異なる。
【0058】
また上記の通り、本発明のコケ植物の原糸体は、極端な酸性条件下及びアルカリ条件下でも金属回収能力を維持すること、及びCu、Zn、Co、As等の重金属類に耐性を有する等の以前の報告(WO 2008/105353)、に基づき、実用範囲が広い金属回収用バイオマス資源として利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明により、金属含有溶液から産業的又は工業的価値の高い金属を効率的に回収することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀よりイオン化傾向が低い金属を回収する方法であって、ヒョウタンゴケ科に属するコケ植物由来の原糸体を前記金属が溶解した溶液と接触させることを含む、前記方法。
【請求項2】
前記コケ植物の原糸体は、ヒョウタンゴケ属(Funaria)、ツリガネゴケ属(Physcomitrium)及びヒメヒョウタンゴケ属(Entosthodon)からなる群より選択された1種以上のコケ植物由来であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記コケ植物の原糸体は、ヒョウタンゴケ属(Funaria)に属する1種以上のコケ植物由来であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記コケ植物の原糸体はヒョウタンゴケ(Funaria hygrometrica Hedw.)由来であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
銀よりイオン化傾向が低い金属は、金及び/又は白金である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記金属が溶解した溶液はpH 1.0〜12.0である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記コケ植物の原糸体は、原糸体乾燥重量の10%以上の金最大蓄積能を有することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記コケ植物の原糸体は、原糸体乾燥重量の4%以上の白金最大蓄積能を有することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法で使用した、銀よりイオン化傾向が低い少なくとも1種の金属を蓄積したコケ植物原糸体。
【請求項10】
前記金属は金及び/又は白金である、請求項9に記載のコケ植物原糸体。
【請求項11】
赤色〜赤紫色を呈している、請求項9に記載のコケ植物原糸体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−275619(P2010−275619A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−132208(P2009−132208)
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】