説明

コヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法

【課題】 コヒーレントフォノンからテラヘルツ電磁波を発生させる方法、特に高強度でテラヘルツ電磁波を発生させる方法を提供すること。
【解決手段】 量子構造におけるコヒーレントフォノンを用いてテラヘルツ電磁波を発生させる方法において、その量子構造において光パルスを励起子吸収ピークと共鳴させるか、或いは、量子構造に電場を印加し光パルスで量子構造内に電場遮蔽を瞬間的に起こさせることで、高振幅のコヒーレントフォノンを生成し、それによる分極の振動でテラヘルツ電磁波を発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コヒーレントフォノンを用いてテラヘルツ電磁波を発生させる方法、特に高強度でテラヘルツ電磁波を発生させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ電磁波に関する研究は、1990年代のレーザー技術の発展により、発生および検出が可能となった比較的新しい分野である。初期の研究は、主にパルスレーザーを照射した際、半導体表面から放射されるテラヘルツ電磁波に関するものであった。(非特許文献1、2)
【非特許文献1】P. R.Smith and D. H. Auston, IEEE J. Quantum Electron. 24,255 (1988)
【非特許文献2】X.-C.Zhang, B. B. Hu, J. T. Darrowand D. H. Auston, Appl.Phys. Lett. 56, 1011(1990)
【0003】
近年、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波も観測されていて、物性研究や電子部品への応用などの観点から盛んに研究が行なわれている。(非特許文献3、4、5、6)
【非特許文献3】T. Dekorsy, H. Auer, H. J. Bakker,H. G. Roskos and H. Kurz,Phys. Rev. B 53, 4005(1996)
【非特許文献4】M. Tani, R. Fukasawa, H. Abe, S.Matsuura, S. Nakashima and K. Sakai, Phys. Rev.B 83,2473 (1998)
【非特許文献5】A. Leitenstorfer, S. Hunsche, J.Shah, M. C. Nuss and W. H. Knox, Phys. Rev. Lett.82,5140 (1999)
【非特許文献6】Y. C. Shen, P. C. Upadhya, H. E. Beere, A. G. Davies, I. S. Gregory, C. Baker, W. R.Tribe, M. J. Evans and E. H. Linfield,Phys. Rev. B 85, 164 (2004)
【0004】
これらの従来文献におけるコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波の放射機構は、試料表面におけるコヒーレントLOフォノンの並進対称性の乱れによるものである。
しかしながら、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波の振幅は非常に弱いため、通信、分光、イメージングなどのテラヘルツ技術への応用は困難である。
そこで、コヒーレンスの高いコヒーレントフォノンからのテラヘルツ電磁波、特に高強度の出力が求められている。
【0005】
例えば、多重量子井戸カスケードレーザーによるテラヘルツ電磁波発生法では、液体窒素温度以下に冷却する必要がある。また、半導体バルク結晶への短パルスレーザー照射による発生方法では、共鳴的な増大は見られない。
従来技術には、コヒーレントフォノンによる発生増強法を開示するものはなかった。特に、電場を印加することに関連し、コヒーレントフォノンによる発生増強法に関するものはなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、コヒーレントフォノンからテラヘルツ電磁波を発生させる方法、特に高強度でテラヘルツ電磁波を発生させる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、コヒーレントフォノンのエネルギーと半導体量子構造中の素励起のエネルギーを共鳴させ、発生源となるコヒーレントフォノンが高密度に発生するように設計することを基礎とした。
半導体量子構造の例としてGaAs/AlAs多重量子井戸構造に注目し、各井戸層に閉じ込められたLOフォノンによる分極の振動がテラヘルツ電磁波を放射するため、薄膜と比べ、テラヘルツ電磁波の放射領域は大きくなると考えた。これにより、放射されるコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波の強度は強くなる。また、多重量子井戸構造では、コヒーレントLOフォノンは、各井戸層に閉じ込められているため、散乱過程が抑制され、非常にコヒーレンスの高いテラヘルツ電磁波を発生する。
【0008】
そこで、GaAs/AlAs多重量子井戸構造を用いることにより、コヒーレンスが高く、強度の強いコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波発生を得るようにした。
半導体量子構造の材料や構造を選択設計することにより、半導体中の素励起エネルギーと電子状態を制御し、なおかつコヒーレントフォノンのエネルギーと共鳴させる。その上で、瞬間的な光パルス励起を行なうことで、素励起を介在してコヒーレントフォノン生成を強力に起こし、これによってテラヘルツ電磁波を増大させることができる。
【0009】
この際、半導体量子構造に対して電場を印加するために電極構造を付加する。瞬間的な光パルス励起を行なうとき、電場による静的電場による量子構造の非対称性を瞬間的に変化させることで、コヒーレントフォノン振動を一層強力に生成して、テラヘルツ電磁波を一層増大させる。
【0010】
すなわち、本発明のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法は、量子構造におけるコヒーレントフォノンを用いてテラヘルツ電磁波を発生させる方法において、その量子構造において光パルスを励起子吸収ピークと共鳴させるか、或いは、量子構造に電場を印加し光パルスで量子構造内に電場遮蔽を瞬間的に起こさせることで、高振幅のコヒーレントフォノンを生成し、それによる分極の振動でテラヘルツ電磁波を発生させることを特徴とする。
【0011】
ここで、量子構造を量子井戸構造とし、コヒーレント縦光学(longitudinal optical:LO)フォノンを井戸層に閉じ込めることで、散乱過程を抑制してもよい。
【0012】
また、重い正孔(heavy hole: HH)と軽い正孔(light hole: LH) 励起子を一度に瞬間的にパルス生成し、その両励起子のエネルギー差をLOフォノンのエネルギーと一致させてもよい。
【0013】
量子構造は、単一量子井戸であってもよいが、強いテラヘルツ電磁波強度を得るためには多重量子井戸であることが好適である。
【0014】
また、量子構造としては、超格子や、自己形成量子ドットも利用できる。
【0015】
製造面では、半導体で量子構造を構成することが利便性高い。
【0016】
半導体としては、GaAs/AlAs多重量子井戸構造が挙げられ、その量子構造には自己形成量子ドットが利用できる。
【0017】
GaAs/AlAs多重量子井戸構造は、GaAsの(100) 面などの基板上に比較的簡易にエピタキシャル成長させられる。
【0018】
量子構造は、誘電体や、半金属や、有機物でも構成可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、比較的高温でも実施可能であり、共鳴的な増大と共に、表面電場のスクリーニング効果によって、コヒーレントフォノンの増大からテラヘルツ電磁波を効率よく高強度で発生させられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、図面を基に本発明の実施形態を説明する。
テラヘルツ電磁波が半導体表面から放射される代表的な機構は、次の通りである。
従来から提案されているフェムト秒レーザーパルス励起による半導体表面からのテラヘルツ波放射の主要な放射機構は、2つの種類に分けられる。1つは、フェムト秒パルスレーザーを照射することで、試料内に光励起キャリアを生じさせずに、テラヘルツ電磁波が発生するモデルである。このようなモデルは、光整流効果、または、差周波発生として知られている。もう1つは、フェムト秒パルスレーザーを試料に照射し、光励起キャリアを試料内に生成させることによって、テラヘルツ電磁波が発生するモデルである。試料中に生成された光励起キャリアは、試料内の電場または拡散によって、加速され、過渡電流を生じさせる。この過渡電流により、テラヘルツ電磁波が発生する。このようなモデルは過渡電流効果として知られている。
【0021】
また、このモデルは過渡電流が生じる要因によって2つに分けられる。1つは半導体表面の表面電場によって、光励起キャリアが加速され過渡電流が生じる「表面電場による過渡電流モデル」であり、もう1つは光励起キャリアの拡散電流によって過渡電流が生じる「光デンバーモデル」である。
本実施例における半導体表面からの電磁波放射は実励起によるものであるので、ここでは、過渡電流効果について説明する。
【0022】
半導体表面は、バルク結晶の内部とは異なり、周期性が途切れるために、結晶内部とは異なるエネルギー状態をとる。そのエネルギー状態を決定する際、フェルミ準位が重要な役割を果たす。結晶内部のフェルミ準位は、その電子と正孔の量によって決定されるが、半導体表面では、その特有の結晶欠陥や不純物によりフェルミ準位が変調される。平衡状態では、表面と結晶内部のフェルミ準位は同じ値をとるために、表面付近では表面状態と結晶内部の準位との間でキャリア(電子及び正孔) の移動が起こる。このキャリアの移動によって表面付近では、バンド構造が曲がり、表面電場が生じる。
【0023】
このとき、その表面電場によって多数キャリアが表面付近から失われるために、表面付近にキャリアの少ない空乏層が生じることになり、また条件によってはキャリアの多い蓄積層や、少数のキャリアが表面に集まっている反転層が生じることもある。
【0024】
図1は、半導体の表面近くのバンド構造を示す模式図であり、図1(a)は、表面空乏条件におけるn型半導体の表面ポテンシャルの模式図、図1(b)は、表面空乏条件におけるp型半導体の表面ポテンシャルの模式図である。半導体の例としては、GaAsが挙げられる。
一般にn型GaAsの場合は、図1(a)のように、バンドは上向きに曲がり、表面電場Esurfaceは試料奥より表面方向になる。一方、p型GaAsでは図1(b)のように、バンドの曲がり及び表面電場の方向はn型半導体とは逆の方向になる。
【0025】
このバンドの曲がる向き及び量で示される表面ポテンシャルは、表面でのフェルミ準位と結晶内部のフェルミ準位の位置関係で決まる。GaAs の場合、表面でのフェルミ準位は、禁制帯の中心付近(伝導帯の底と価電子帯の頂上の中心付近)に存在する。そしてn型GaAsでは結晶内部におけるフェルミ準位は伝導帯近くに存在する。これらが等しい位置をとるようにバンドは上向きに曲がる。そのため、表面ポテンシャル(φ)は、下式のように、結晶内部におけるフェルミ準位(εfermi) と表面でのフェルミ準位(εsurface) の差に対応する。
φ = εfermi − εsurface
また、p型GaAsでは、結晶内部でのフェルミ準位が価電子帯の近くに存在するために、バンドは下向きに曲がることになる。
【0026】
図2は、表面電場による過渡電流効果を示す模式図である。
このような表面電場を有する半導体表面にフェムト秒パルスレーザーが照射されると、光励起キャリア(電子及び正孔) が生成される。そして、生成された光励起キャリアは、表面電場によって電子と正孔は逆向きに加速され、ドリフト電流が生じる。このドリフト電流が生じることによってテラヘルツ波が放射されるとするのが、表面電場による過渡電流モデルである。
【0027】
表面電場による過渡電流モデルで生じるテラヘルツ波の電場振幅(ETHz) は、下式で表される(非特許文献7)。
【非特許文献7】X.-C.Zhang, and D. H. Auston, J. Appl.Phys. 71, 326 (1992)
【0028】
【数1】

【0029】
ここで、J は電荷密度、z は表面からの距離、αは吸収係数、Ed は表面電場の空間分布、wは空乏層幅を示す。μ は光励起キャリア(電子及び正孔) の移動度に対応する応答関数、Iop(t') は光パルスの波形、τ0 は光励起キャリアの緩和時間、t' は光パルスが照射された時間を示す。
【0030】
光励起キャリアの拡散による光デンバーモデルは、Te表面から放射されるテラヘルツ波の放射機構として提案されている(前記非特許文献3)。Te のようなバンドギャップが小さい物質では、その表面電場は小さく、表面電場による過渡電流効果はテラヘルツ波の放射機構として期待できない。
【0031】
最近では、InAsやInSbの表面からのテラヘルツ電磁波放射も、この光デンバーモデルによって放射されているという報告もある。(非特許文献8、9)
【非特許文献8】L. M. B.Johnston, D. M. Whittaker, A. Corchia, A. G. Daviesand E. H. Linfield,Phys. Rev. B 65, 165301 (2002)
【非特許文献9】P. Gu, M. Tani,M. Kono, X.-C. Zhang and K. Sakai, J. Appl. Phys. 91, 5533 (2002)
【0032】
デンバー効果とは、電子と正孔の拡散速度の違いによって拡散電流が生じ、それに伴って電場(デンバー電場) が生じることである。これは一般に電子の拡散速度は正孔の拡散速度より大きく、この拡散速度の違いのために電子と正孔の空間分布には違いが生じ、そのために生じる電場である。特に、光を照射することによってデンバー電場が生じることを光デンバー効果という。
光デンバー効果によって、拡散電流がピコ秒からサブピコ秒領域で生じるとき、電流の時間微分に比例したテラヘルツ電磁波が放射される。これが光デンバーモデルである。
【0033】
図3は、光デンバーモデルを示すものであり、半導体表面における光デンバー効果の模式図である。
1次元での拡散によるキャリアの空間分布N の変化は以下の式で表される。
【0034】
【数2】

【0035】
ここで、Dは拡散係数であり、平衡状態ではアインシュタインの関係式が成立する。
【0036】
【数3】

【0037】
ここで、kB はボルツマン定数であり、Te はキャリア温度、μは移動度である。
【0038】
前式によれば、拡散速度は、拡散係数が大きく、キャリアの空間分布の勾配が急峻であるほど大きくなる。光パルス励起によって生じる光励起キャリアNex は、下式のように、物質の吸収係数(α)に依存した分布を示す。
(数4)
Nex ∝ exp(−αz)
【0039】
比較的バンドギャップの広いGaAs の場合(室温でのバンドギャップが1.424eV)、その侵入長は800nm の光に対して、0.8μm程度であり、また比較的バンドギャップの狭いInAs の場合(室温でのバンドギャップが0.354eV)、その侵入長は0.15μmとなる。
一般に、バンドギャップが狭い物質ほど、特定の光に対する侵入長は小さくなり、光励起キャリアの空間分布の勾配が急峻になるために、光デンバー効果の寄与は大きくなる。
【0040】
半導体表面での定常状態は、ドリフト電流と拡散電流が釣り合った状態に対応する。光パルスによって生成されたキャリアは、表面電場によるドリフト運動とキャリアの空間分布の不均一さによる拡散運動の両方の影響を受ける。
しかしながら、たいていの物質では、どちらかの寄与が支配的であり、一方の寄与によってテラヘルツ電磁波は放射されると考えて差し支えない。
バンドギャップが比較的大きな半導体では表面電場が大きく、表面電場による過渡電流モデルによる寄与が大きく、バンドギャップが小さい半導体では光デンバーモデルの寄与が大きい。
【0041】
コヒーレントフォノンからのテラヘルツ電磁波は、Teにおいて初めて報告された。(非特許文献10)
【非特許文献10】T. Dekorsy, H. Auer, C. Waschke, H.J. Bakker, H. G. Roskos, H.Kurz, V. Vagner,and P.Grosse, Phys. Rev. Lett. 74, 738 (1995)
【0042】
それまでは、表面電場、もしくは直流電流を試料に印加した状態において、超短パルスレーザーにより引き起こされた電流の時間変化に対応したテラヘルツ電磁波のみが観測されていた。
しかしながら、これらの電磁波はコヒーレンスが小さいため、単色テラヘルツ電磁波源としての利用は困難であった。
【0043】
一方、コヒーレントフォノンからのテラヘルツ電磁波は、コヒーレントフォノンの固有振動数に対応したテラヘルツ電磁波が放射されることより、単色なテラヘルツ放射が期待される。
ここで、コヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波放射は、物質の内部で伝搬する横モードのフォノンポラリトンとは異なる。ポラリトンは物質内部のみに存在する分極であるために、電磁波の放射は起こらない。コヒーレントフォノンからのテラヘルツ電磁波は、物質の外側の遠く離れた場において観測されるものであり、励起された試料内部での粒子の集合的な動きによってコヒーレントに作られたものである。ここで、場が均一ならば、コヒーレントフォノンによる分極は打ち消しあうために、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波は放射されない。つまり、試料表面において、結晶の原子配列の並進対称性が破れていることにより、場が不均一になることで、表面近傍のみからテラヘルツ電磁波が放射される。
【0044】
したがって、励起領域におけるダイポールの振動によりテラヘルツ電磁波が放射されると考えると、次のようにして扱うことができる。
放射される電磁波の電場E(t)は、巨視的な分極に関連することより、物質中での電場Eint(t)に関連し、下式で表わされる。(非特許文献11)
すなわち、試料内部における電場の時間変化により、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波の放射が生じると考えられる。
【0045】
【数5】

【0046】
ここで、φ は入射角、V は放射体積、r は試料から検出器までの距離である。
【非特許文献11】A. V. Kuznetsovand C. J. Stanton, Phys. Rev. B 51, 7555 (1995)
【0047】
以下に、GaAs/AlAs 多重量子井戸(multiple quantum well: MQW)におけるコヒーレント縦光学(LO)フォノンからのテラヘルツ電磁波放射について、実施例の実験結果について述べる。
主として用いた試料は、分子線エキタキシー(molecularbeam epitaxy: MBE)法によりGaAs(100) 面基板上にエピタキシャル成長させた(GaAs)35/(AlAs)35 MQW (50 周期)である。なお、35 は構成原子層数を意味する。原子層とはGaAsの場合、Ga-As原子面間隔(0.283nm)に対応するものである。
比較のために、MBE 法によりGaAs(100) 面基板上にエピタキシャル成長させたGaAs薄膜と、周期数の異なる(GaAs)35/(AlAs)35 MQW(30 周期)の試料を用いた。以下では、周期数の違いを区別するために、これらの試料を(35, 35)50MQW、(30, 30)30 MQWとよぶ。
【0048】
励起光はフェムト秒パルスレーザーを用い、パルス幅は約40 fs である。試料温度は20 Kから280 K まで変化させ、励起光エネルギーは1.485 eVから1.570 eV まで変化させた。
図4(a)は、(35, 35)50 MQWとGaAs薄膜におけるテラヘルツ電磁波を示すグラフであり、図4(b)は、その信号のフーリエ変換(Fourier transform: FT)を行ったグラフである。
【0049】
ここで、試料温度は150Kとした。コヒーレントフォノンからのテラヘルツ電磁波を工業的に応用するためには、液体窒素温度またはペルチェ冷却素子で達成できる温度である必要がある。そこで本実施例では、150Kという液体窒素温度よりも十分高い温度におけるテラヘルツ電磁波の観測を行なった。
【0050】
励起光強度は120mWとし、励起光エネルギーは(35, 35)50MQWの場合は、重い正孔(HH)-軽い正孔(LH) 励起子エネルギーの中心エネルギーである1.540eV、GaAs薄膜ではGaAsのバンドギャップエネルギーである1.485eVとした。
どちらの試料においても、信号の0時間付近において振幅の大きな信号が観測されている。GaAs薄膜では、このように大きな振幅をもつ信号はこれまでに多く観測されていて、ポンプ光が照射されたことにより生じた表面電場の過渡電流、もしくは、光デンバー効果のドリフト電流によるテラヘルツ電磁波である。
【0051】
(35, 35)50MQWにおける0時間付近の大きな振幅をもつテラヘルツ電磁波は、GaAs基板での過渡電流、デンバー効果によるドリフト電流が起源であると考えられるが、実際にはGaAs薄膜よりも信号強度が大きい。したがって、更にGaAs量子井戸層でのHH励起子、LH励起子の成長方向での瞬間的な量子干渉により生じる分極の変化も起源であると考えられる。
【0052】
非特許文献12によると、パルスレーザーにより、GaAs/AlAs多重量子井戸の井戸層を励起することにより、瞬時にHH、LH励起子の量子干渉が生じ、成長方向の瞬間的な分極を引き起こすと報告されている。
【非特許文献12】O.Kojima, K. Mizoguchi and M. Nakayama, Phys. Rev. B 70,233306 (2004)
【0053】
したがって、量子井戸構造では、励起子の瞬間的な量子干渉によるテラヘルツ電磁波も同時に放射されていると考えられる。
一方、どちらの試料においても、0時間付近での大きなテラヘルツ電磁波の後には、時間周期が約110fsの信号が観測されている。この信号は、GaAsのLOフォノンエネルギーより見積もった周期と一致していることより、この振動構造はコヒーレントLOフォノンによるものである。
【0054】
ここで、2つの試料におけるコヒーレントLOフォノンからの電磁波強度を比較すると、(35,35)50 MQWにおける信号は、GaAs薄膜のそれに比べて約10倍強く、減衰時間も長くなっている。
すなわち、量子井戸構造では非常に強く、位相緩和時間の長い(コヒーレンシーが高い)テラヘルツ電磁波が観測されている。この位相緩和時間が長いという特徴は、これまでに時間分解反射率変化を測定するポンプ・プローブ分光において観測されている量子井戸層に閉じ込められたコヒーレントLOフォノンの特徴と同様の傾向を示している。(非特許文献13)
【非特許文献13】H.Takeuchi, K. Mizoguchi, M. Nakayama, K. Kuroyanagi, T. Aida, M. Nakajima and H. Harima, J. Phys.Soc. Jpn., 70, 2598 (2001)
【0055】
GaAs薄膜におけるコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波は、単純な指数関数的な減衰を示していなく、2ps付近で大きくなり、その後減衰している。前記非特許文献6では、フォノン-ポラリトン分散の群速度が振動数に依存するために、横光学(TO)フォノンとLOフォノンの間のエネルギー領域(レストストラーレンバンド)に近い振動数成分は、放射される前に一度物質内に蓄えられると報告されている。
したがって、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波は、時間的に遅れて観測されると考えられる。
【0056】
(35, 35)50 MQWにおける信号も同様に、単純な指数関数的な減衰を示していなく、3ps付近で振幅はピークとなり、その後減衰するが、6ps辺りで再び信号強度は増大する。信号のピークが遅れる理由はGaAs薄膜の場合と同様であると考えられる。信号が再び増大する理由については、試料内に伝搬したテラヘルツ電磁波がGaAs基板の裏面で反射し、再び放射されたことに起因すると考えられる。
【0057】
図4(b)に示したように、どちらのFTスペクトルにおいても、[0- 6 THz] の領域においてブロードなバンドが観測されている。これは、0 時間付近での過渡的な光電流に依存した信号である。
(35, 35)50 MQWでは、GaAs薄膜よりも大きなバンドが観測されている。これは量子井戸層での瞬間的なHH、LH励起子の量子干渉による分極の変化が関与しているためであると考えられる。
なお、ブロードなバンド中の多くのディップ構造は、空気中での水蒸気による吸収に起因している。
【0058】
また、どちらの試料においても8.8THz付近にピークが観測されているが、(35,35)50 MQWではGaAs薄膜の場合に比べ、約100倍の強度であり、FTバンド幅はシャープな形状を示している。これは、量子井戸層に閉じ込められたコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波のコヒーレンスが非常に高いことを示している。
【0059】
ここで、[0 - 6 THz] 付近に観測されているバンドは、これまで報告されているGaAs表面からのテラヘルツ電磁波のFTバンドに比べ、広い帯域まで広がっている。このような特性は、LOフォノン-プラズモン結合によるものであると示唆される。
【0060】
そこで、(35,35)50 MQWにおいて励起光強度依存性を測定した。図5(a)は、(35, 35)50MQWにおいて、励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフであり、図5(b)はそのFTスペクトルを示すグラフである。
0時間付近におけるテラヘルツ電磁波の信号も、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波の信号も、共に励起光強度により大きく変化している。0時間付近の信号は励起光強度が増加するにつれて、シャープになっている。
【0061】
図5(b)における[0 - 6 THz] 付近のバンドから明らかなように、励起光強度を増加させると、ブロードに広がっていたバンドは高振動数側にシフトしていく。
また、8.8THz付近のコヒーレントGaAs型LOフォノンのバンドは、励起光強度を増加させるに従い、高振動数側に裾を引く形状をしている。
この振る舞いはLOフォノン-プラズモン結合において見られる特徴を示していて、本実施例においても、プラズモン-LOフォノン結合モードが観測されていると考えられる。(非特許文献14)
【非特許文献14】G. C. Cho, T. Dekorsy, H. J. Bakker, R. Hovel and H. Kurz,Phys. Rev. Lett. 77, 4062(1996)
【0062】
次に、(35, 35)50 MQWにおいて観測されているコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波が、量子井戸層に閉じ込められた、GaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波であることを確かめるために、(35, 35)50 MQWにおいて励起光エネルギー依存性を測定した。
【0063】
図6は、励起光エネルギーを変化させたときのテラヘルツ電磁波測定の結果であり、図6(a)は、(35, 35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の励起光エネルギー依存性を示すグラフ、図6(b)は、0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を、励起光エネルギーの関数としてプロットしたグラフである。プロット○は表面でのキャリアの応答(0時間付近のピーク)、●はコヒーレントGaAs 型LOフォノンの振幅強度を示す。
【0064】
励起光エネルギーを変化させることにより、テラヘルツ電磁波の強度が変化していて、特にコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波においては顕著に励起光エネルギーと共に変化している。
図6(b)からわかるように、テラヘルツ電磁波はHH、LH励起子エネルギー付近で共鳴的に増強されている。この結果は、量子井戸構造から放射されるテラヘルツ電磁波は井戸層に閉じ込められたコヒーレントGaAs型LOフォノンであるということを明確に示している。
【0065】
多重量子井戸構造において、コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波が増強される機構は次の通りである。GaAs薄膜ではコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波は、試料表面におけるコヒーレントLOフォノンの並進対称性の乱れにより放射される。したがって、GaAs 薄膜ではテラヘルツ電磁波の放射領域は表面付近に限られ、強度は弱いものとなる。一方、GaAs/AlAs多重量子井戸構造中では、GaAs型LOフォノンは、GaAs井戸層のみに存在し、群論表記のB2対称性を有している。(非特許文献15)
【非特許文献15】P. Y. Yuand M. Cardona, in Fundamentals of Semiconductors, (Springer-Verlag,Berlin, 1996),Chap. 9
【0066】
このB2対称性をもつ閉じ込めGaAs型LOフォノンのうち、最も低いモード(次数m = 1)は井戸層内に振動分極を生じさせる。したがって、互いのGaAs井戸層におけるコヒーレントGaAs型LOフォノンの振動が同位相で始まり、各井戸層において微小分極pi が生じるならば、多重量子井戸構造における巨視的な分極は、GaAs井戸層における微小分極の総和であると考えられる。
【0067】
したがって、コヒーレントGaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波が各井戸層での分極の重ね合わせとして生じるならば、テラヘルツ電磁波の強度は構成周期数に依存すると考えらえる。すなわち、周期数が増加すれば、コヒーレントGaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波も増加すると予測される。このような予測のもと、構成周期数の異なる試料を用い、テラヘルツ電磁波測定を行なった。
【0068】
図7は、周期数の異なる試料におけるコヒーレントGaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波放射強度の比較を示すものであり、(35, 35)50 MQWと(35, 35)30 MQWにおいて得られたテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフである。
50周期をもつ試料からのテラヘルツ電磁波は30周期のものと比べ、約3倍強いものであることが観測された。この結果は、多重量子井戸構造において、それぞれのGaAs井戸層でのコヒーレントGaAs型LOフォノンによる分極の重ね合わせにより、テラヘルツ電磁波の増強が誘起されたことを明確に示している。
【0069】
図8は、図5の信号の振幅強度を励起強度の関数としてプロットしたグラフであり、○は0時間付近での信号、●はコヒーレントGaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波の信号の振幅を示す。実線は最小二乗法によりフィッティングした結果である。
コヒーレントフォノンの生成機構がこれまで提案されている変位励起機構、または瞬間誘導ラマン散乱機構であるならば、コヒーレントフォノンの振幅は励起光強度に対し、1 乗で増加するとされている(前記非特許文献13)。
図8によると、0時間付近における信号は励起強度に対し0.7乗で振幅が増加している。量子井戸構造を持たない試料における表面からのテラヘルツ電磁波の振幅は、励起光強度に比例すると考えられ、結果は飽和傾向を示しているが、ほぼ一致している。
【0070】
また、コヒーレントLOフォノンのからのテラヘルツ電磁波の信号強度は、低励起密度側では励起光強度に対し、1 乗に近い0.9乗で増加しているが、励起密度が増加するにつれて、0時間付近での信号の増加率に近い0.68乗で増加していて、飽和傾向を示している。
この結果は、励起密度を上げるにつれて、キャリアによる散乱または静電遮蔽の影響を受け、このような飽和傾向を示すと考えられる。
【0071】
そこで次に、励起光エネルギーを60meV低くし、再び励起光強度依存性を測定した。励起光エネルギーを低くすることにより、量子井戸層での励起子生成を抑制され、キャリアによる散乱または静電遮蔽の影響が小さくなると考えらえる。
図9は、励起光エネルギーを1.480eVとして、(35, 35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の励起光強度依存性を測定した結果であり、図9(a)は、放射されたテラヘルツ電磁波の信号、図9(b)は、コヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を励起光強度の関数としてプロットしたグラフである。
コヒーレントLOフォノンの信号振幅は、励起光強度に対し、1乗で増加している。この結果は、コヒーレントLOフォノンの生成機構が、変位励起機構または瞬間誘導ラマン散乱機構であることを示している。
【0072】
図10(a)は、GaAs 薄膜において観測されたテラヘルツ電磁波の温度依存性を示すグラフである。励起光エネルギーは各温度におけるGaAsバンドギャップエネルギーよりも10meV高いエネルギーとし、0.4ps 以降の信号の水蒸気吸収により変化するバックグラウンドを数値的に差し引いた信号を載せている。
図10(b)は、各温度における0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅をプロットしたグラフであり、○は0 時間付近の信号、●はコヒーレントGaAs型LOフォノンの信号の最大振動振幅を示している。
【0073】
コヒーレントGaAs型LOフォノンの信号は、温度が上昇するにつれて振幅が小さくなり、また、減衰時間も短くなっている。これは、反射型ポンプ・プローブ法などにより、これまでに報告されてきたコヒーレントフォノンの温度依存性と同様の振る舞いを示している。(非特許文献16)
【非特許文献16】M. Hase, K. Mizoguchi, H. Harima,S.I. Nakashima and K. Sakai, Phys. Rev. B 58,5448 (1998)
【0074】
温度上昇と共に、熱励起フォノンによる攪乱の影響で、コヒーレントLOフォノンの生成効率が低下し、コヒーレンスが保たれなくなるために、このような振る舞いを示すと考えらえる。一方、0時間付近の信号は、温度上昇と共に強度が増大している。この結果は非特許文献17によって開示されたGaAsにおける表面からのテラヘルツ電磁波放射の温度依存性とは異なる振る舞いを示している。(非特許文献17)
【非特許文献17】B. B. Hu, X.-C.Zhang and D. H. Auston, Appl.Phys. Lett. 57, 2629 (1990)
【0075】
すなわち、非特許文献17では、温度が上昇するにしたがって、キャリアの移動度が低下するために、放射されるテラヘルツ電磁波の強度は減少すると報告されている。しかし、本実験結果ではそのようになっていない。
図11(a)は、(35, 35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の温度依存性を示すグラフである。
励起光エネルギーは、各温度において重い正孔(HH)と軽い正孔(LH) 励起子エネルギーの中心エネルギーとし、励起光強度は120mWとした。0時間付近のテラヘルツ電磁波の信号は温度を変化させることにより、140K付近までは大きな変化を示さないが、160Kでは信号が極端に小さくなり、また、180Kよりも高温では、符号が反転している。また、コヒーレントLOフォノンからの信号も同様に、140K付近までは大きな変化を示さないが、180Kよりも高温では、徐々に信号強度が減少し、また減衰時間も短くなっている。
【0076】
図11(b)は、各温度における0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を励起光強度の関数としてプロットしたグラフであり、○は0時間付近での信号、●はコヒーレントGaAs型LOフォノン信号の振幅強度を示している。
コヒーレントLOフォノンの信号はGaAs薄膜と同様、温度上昇と共に低下し、熱励起フォノンによる攪乱の影響で、コヒーレントLOフォノンの生成効率が低下し、コヒーレンスが保たれなくなっていると考えられる。ここで、GaAs薄膜と比較すると、振幅の温度依存性はGaAs薄膜とほぼ同様な傾向を示しているが、GaAs薄膜と比べ、長い減衰時間が高温まで保たれている。これは、量子井戸状態におけるコヒーレントLOフォノンは井戸層に閉じ込められ、散乱過程が抑制されるため、高温までコヒーレンスを保つことが可能であると考えられる。
【0077】
コヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波を一層増強させるために、電場を印加したGaAs/AlAs MQWにおけるコヒーレントLOフォノンからのテラヘルツ電磁波を調べた。
図12は、試料としてp-i-n構造に埋め込んだGaAs/AlAs MQWの模式図であり、図13は、実験装置の構成図である。
GaAs(001) 面基板上に、i層として(GaAs)54/(AlAs)16 MQW (20周期)すなわち(54, 16)20MQWを構成し、そこに電場を印加するための電極構造を付設した。
試料温度は10Kとした。励起光には、パルス幅40fsのTi:Sapphireパルスレーザーを用いた。(54, 16)20MQWには、30-300kV/cmの電場を印加し、励起光密度を0.04-4μJ/cm2とした。
【0078】
図14は、(54, 16)20MQWにおいて印加電場強度を変化させたときの各励起子エネルギーを示すグラフである。
各励起子エネルギーは、TransferMatrix Methodを用いた理論計算により求め破線で示した。Eは電子、HHは重い正孔、LHは軽い正孔、数字は量子数を示す。
例えば、印加電場が160 kV/cmの場合、E2HH2の励起子エネルギーが、(54, 16)20MQWのバンドギャップエネルギー1.569eVより若干高いことがわかる。
【0079】
図15は、励起光強度依存性を測定したグラフであり、図15(a)は、(54, 16)20MQWにおいて、励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフであり、図15(b)は、比較対照として前記の(35, 35)50MQWにおいて、励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフである。
試料温度はいずれも10Kとし、(54, 16)20MQWにのみ、160 kV/cmの電場を印加した。
励起光強度を20-200mWまで変化させたが、いずれの場合も、電場を印加した(54, 16)20MQWからのコヒーレントLOフォノンの振幅が、電場を印加しない(35, 35)50MQWからのコヒーレントLOフォノンの振幅の2-3倍に増強された。
【0080】
図16は、電場を印加した(54, 16)20MQWと、電場を印加しない(35, 35)50MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の出力を示すグラフである。
印加電場160 kV/cmにおいて、2μJ/cm2の励起光密度で、10μW程度の放射が得られている。これは、電場を印加しない(35, 35)50MQWに比べて約10倍の増強度である。
また、電場を印加した(54, 16)20MQWの場合のプロット○をつないだ実線は、非特許文献18に開示されるLOフォノンの飽和特性に一致した。
【非特許文献18】J. T. Darrow, IEEEJ. Quant. Electron.,28, 1607 (1992)
【0081】
図17は、印加電場強度依存性を測定したグラフであり、図17(a)(54, 16)20MQWにおけるテラヘルツ電磁波を示すグラフであり、図17(b)は、その信号のフーリエ変換を行ったグラフである。
0.41μJ/cm2の励起光密度で、印加電場を80-200 kV/cmに変化させた。
印加電場が約140kV/cmまでは、電場強度に伴い電磁波強度も上昇したが、約140kV/cm以上では、電磁波強度はほぼ一定であった。
【0082】
図18は、(54, 16)20MQWにおけるテラヘルツ電磁波強度の印加電場強度依存性を示すグラフである。
0.4μJ/cm2の励起光密度で、印加電場を30-300 kV/cmに変化させた。
印加電場が約180kV/cmまでは、電場強度に伴い電磁波強度も上昇し、その増幅率は約30倍に昇ったが、約200kV/cm以上では、飽和に達し電磁波強度はほぼ一定であった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によると、比較的高温でも、励起子共鳴的な増大によって、コヒーレントフォノンからテラヘルツ電磁波を効率よく高強度発生可能であり、例えば、GaAs/AlAs多重量子井戸構造では、コヒーレントフォノンからの電磁波放射強度をエピタキシャル成長GaAs薄膜に比べて約100倍に増強できた。特に、量子構造に対して電場を印加して光パルスで量子構造内に電場遮蔽を瞬間的に起こさせることで、高振幅のコヒーレントフォノンを生成し、更に約30倍の強度を有するテラヘルツ電磁波を発生させられた。この強度増大は、各種センシングシステム分野における光源や通信用電磁波などに有用であり、産業上利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】半導体の表面近くのバンド構造を示し、表面空乏条件におけるn型半導体の表面ポテンシャルを表わす模式図(a)、並びに、表面空乏条件におけるp型半導体の表面ポテンシャルを表わす模式図(b)
【図2】表面電場による過渡電流効果を示す模式図
【図3】半導体表面における光デンバー効果の模式図
【図4】(35, 35)50 MQWとGaAs薄膜におけるテラヘルツ電磁波を示すグラフ(a)、並びに、フーリエ変換して示したグラフ(b)
【図5】(35, 35)50 MQWにおいて励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフ(a)、並びに、フーリエ変換して示したグラフ(b)
【図6】励起光エネルギーを変化させたときのテラヘルツ電磁波測定の結果であり、(35, 35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の励起光エネルギー依存性を示すグラフ(a)、並びに、0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を、励起光エネルギーの関数としてプロットしたグラフ(b)
【図7】周期数の異なる試料におけるコヒーレントGaAs型LOフォノンからのテラヘルツ電磁波放射強度の比較を示すものであり、(35, 35)50 MQWと(35, 35)30 MQWにおいて得られたテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフ
【図8】図5における0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を励起光エネルギーの関数としてプロットしたグラフ
【図9】(35, 35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の励起光強度依存性を測定した結果であり、放射されたテラヘルツ電磁波の信号をプロットしたグラフ(a)、並びに、コヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を励起強度の関数としてプロットしたグラフ(b)
【図10】GaAs薄膜において観測されたテラヘルツ電磁波の温度依存性を示すグラフ(a)、並びに、各温度における0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅をプロットしたグラフ(b)
【図11】(35,35)50 MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の温度依存性を示すグラフ(a)、並びに、各温度における0時間付近の信号とコヒーレントLOフォノンのテラヘルツ電磁波振幅を励起光強度の関数としてプロットしたグラフ(b)
【図12】電場印加実験に用いた(54, 16)20MQWの模式図
【図13】電場印加実験に用いた装置の構成図
【図14】(54, 16)20MQWにおいて印加電場強度を変化させたときの各励起子エネルギーを示すグラフ
【図15】電場を印加した(54, 16)20MQWにおいて、励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフ(a)、並びに、比較対照として電場を印加しない(35, 35)50MQWにおいて、励起光強度を変化させたときのテラヘルツ電磁波の信号を示すグラフ
【図16】電場を印加した(54, 16)20MQWと、電場を印加しない(35, 35)50MQWにおいて観測されたテラヘルツ電磁波の出力を示すグラフ
【図17】印加電場強度を変えた場合の(54, 16)20MQWにおけるテラヘルツ電磁波を示すグラフ(a)、並びに、フーリエ変換して示したグラフ(b)
【図18】(54,16)20MQWにおけるテラヘルツ電磁波強度の印加電場強度依存性を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子構造におけるコヒーレントフォノンを用いてテラヘルツ電磁波を発生させる方法であって、
その量子構造において光パルスを励起子吸収ピークと共鳴させるか、或いは、量子構造に電場を印加し光パルスで量子構造内に電場遮蔽を瞬間的に起こさせることで、高振幅のコヒーレントフォノンを生成し、それによる分極の振動でテラヘルツ電磁波を発生させる
ことを特徴とするコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項2】
量子構造が量子井戸構造であり、
コヒーレント縦光学(longitudinal optical:LO)フォノンを井戸層に閉じ込めることで、散乱過程を抑制する
請求項1に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項3】
重い正孔(heavy hole: HH)と軽い正孔(light hole: LH) 励起子を一度に瞬間的にパルス生成し、その両励起子のエネルギー差をLOフォノンのエネルギーと一致させる
請求項1または2に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項4】
量子構造が多重量子井戸である
請求項1ないし3に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項5】
量子構造が超格子である
請求項1ないし3に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項6】
量子構造が自己形成量子ドットである
請求項1ないし3に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項7】
量子構造が半導体で構成される
請求項1ないし6に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項8】
半導体がGaAs/AlAs多重量子井戸構造であり、量子構造が自己形成量子ドットである
請求項7に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項9】
GaAs/AlAs多重量子井戸構造が、GaAsの(100)面上にエピタキシャル成長させたものである
請求項8に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項10】
量子構造が誘電体で構成される
請求項1ないし6に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項11】
量子構造が半金属で構成される
請求項1ないし6に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。
【請求項12】
量子構造が有機物で構成される
請求項1ないし6に記載のコヒーレントフォノンによるテラヘルツ電磁波発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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