サイトグロビン遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデル動物
【課題】本発明の目的は、サイトグロビンが関与する疾患の治療、診断、創薬等に有用なスクリーニングツールを提供することを目的とする。
【解決手段】Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデル動物を作製する。当該非ヒト疾患モデル動物を、鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物として使用する。
【解決手段】Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデル動物を作製する。当該非ヒト疾患モデル動物を、鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物として使用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類で4つ存在するグロビン(ヘモグロビン、ミオグロビン、ニューログロビン、サイトグロビン)のうちの一つであるサイトグロビンの遺伝子発現が人為的に抑制されている非ヒト疾患モデル動物に関する。更に、本発明は、当該非ヒト疾患モデル動物を利用して、鉄代謝異常に関連する疾患に対する医薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス性、自己免疫性等の病因の如何に拘わらず、肝細胞の慢性的破壊が惹起されると元々肝細胞の存在した部位(実質)には線維芽細胞が増殖し、その細胞が産生分泌するコラーゲンが沈着して肝線維化が誘導され、更にそれが進行した場合は最終的に肝硬変となる(非特許文献1)。肝硬変が生じると、黄疸、腹水、脳症、食道静脈瘤等の生命を脅かす合併症を生じるのみならず、肝硬変からは年率7〜8%の割合で肝癌が発症する。従って、肝線維化と肝硬変を抑制する手法の開発のためにも、肝線維化自体の分子・細胞学的理解は不可欠であり、1980年以降精力的に研究が行われてきた。特に、肝臓内でコラーゲンを産生する細胞がビタミンA貯蔵を主とした働きとしている星細胞であることが証明されてからは、本細胞の持つ特異機能の解析が飛躍的に発展してきた(非特許文献2)。
【0003】
近年、肝臓を構成する細胞の分離および初代培養技術は著しい進歩を遂げている(非特許文献3)。肝細胞のみならず、非実質細胞であるKupffer細胞、内皮細胞、星細胞、pit細胞、胆管上皮細胞が分離可能となっており、これらの非実質細胞について数多くの研究がなされている。その結果、肝細胞代謝の恒常性維持と肝局所炎症反応における肝非実質細胞の重要性が認識されるようになり、特に、星細胞の機能が注目を集めている。
【0004】
肝臓非実質細胞の一つが星細胞である。星細胞は肝臓内でビタミンAを主とする脂肪を貯蔵する細胞として発見された(非特許文献4)。肝細胞と毛細血管である類洞との間の空間(Disse腔)に存在し、類洞を細胞体から分枝した細胞突起で取り囲むように配置している。その形態から、星細胞は他臓器における周皮細胞(pericyte)に相当すると考えられている。事実、星細胞の収縮性が報告されており、本細胞が収縮・弛緩運動することで類洞の微小循環動態を調節することが証明されている(非特許文献5)。
【0005】
星細胞がラットやマウス等の小動物から分離培養ができるようになると、プラスチックシャーレ上で培養された星細胞がコラーゲンを産生することが判明した(非特許文献6)。即ち、従来は肝臓内でコラーゲンを産生する細胞は肝細胞であると考えられていたが、実際には、培養肝細胞には星細胞が混在しており、星細胞こそが細胞外マトリックス物質を産生する主要な細胞であることが証明された。つまり、I、III、IV型コラーゲンに加えて、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン等の細胞外マトリックス分子は、星細胞が産生することが明らかにされた(非特許文献7)。
【0006】
星細胞は、肝炎等において惹起された炎症が持続すると、いわゆる「活性化」と呼ばれる機能変化をとげて、筋線維芽細胞(myofibroblast、MFB)へと形質をかえる。ラットやマウスから星細胞を分離し、プラスチックシャーレ上で培養しておくと、無刺激でも自然に活性化が生じることが観察され、よい実験モデルとして汎用されている。このように活性化された星細胞においては、以下のような細胞機能の変化が生じることはよく知られている(非特許文献8)。(1)細胞体が大きくなり、ビタミンAの貯蔵量が減少する。(2)平滑筋型α-アクチン(smooth muscle α-actin)の発現が上昇し、細胞の収縮力が増す。(3)I型コラーゲンを含む細胞外マトリックス物質の産生が著明に増加する。(4)TGFβ(transforming growth factorβ)、IGF-I(insuline-like growth factor I)、PDGF-BB(platelet-derived growth factor BB)等の、臓器線維化を促進する各種成長因子及びそれらの受容体の発現が著明に増加する。(5)マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloporoteinase, MMP)の阻害物質であるTIMP(tissue inhibitor of MMP, TIMP)の産生が増加する。(6)遊走能の亢進がみられる。
【0007】
従って、星細胞の活性化又はMFB化は肝臓の線維化課程に深く関与していることが考えられる。実際にヒトの慢性肝炎や肝硬変組織の線維性隔壁部には細胞外マトリックスとともに、平滑筋型α-アクチン陽性の活性化された星細胞が多数存在する。また、活性化星細胞がPDGF-BBなどの成長因子のmRNAを発現していることもin situ hybridizationで調べられている(非特許文献9)。そこで、星細胞活性化の分子機構の解析は、肝線維化の病態の理解に役立つばかりでなく、新しい診断法や治療法の開発に有用であると考えられている。
【0008】
この星細胞活性化機構を詳しく調べる目的で、これまでに発明者らは様々な解析を行ってきた。その一つとして、プロテオミクスを用いた解析を行った(非特許文献10)。その過程で、等電点電気泳動でpI7の位置に存在し、分子量21 kDの蛋白スポットのペプチド配列が未知の新規タンパク質を見出した。その新規タンパク質のペプチド配列の情報を基にcDNAをクローニングしたところ、2028ベースペアー長のクローンが得られた。これをシークエンスしたところ、当時遺伝子配列がデーターベースに存在しない新しい遺伝子であり[Accession number NM_130744、Rattus norvegicuscytoglobin (Cygb), mRNA]、190のアミノ酸からなり分子量21,496ダルトンであることが判った(非特許文献11)。この蛋白質をstellatecell-activation associated protein (STAP)と名付けた。その後、この蛋白質は他のグロビンと似ていることから、サイトグロビン(cytoglobin, Cygb)と呼ばれるようになった(非特許文献12)。このCygbのN末端側NH2-MEKVPGDMEIERRERNEE+Cys-COOHを抗原としてウサギに免疫して抗ペプチド抗体を作製した。この抗体を用いて免疫染色をすると、ラット分離培養した星細胞の活性化に伴い細胞内で蛋白質は発現増加した。また、ラットに肝臓毒であるチオアセトアミドを用いて肝硬変に近い線維化を誘導するとその線維隔壁に沿って、平滑筋型α-アクチン陽性の星細胞が存在する位置にCygbが強陽性であった。これらの知見から、Cygbは星細胞の活性化や肝臓の線維化と密接に関係する分子であることが判った。
【0009】
尚、ヒト[NM_134268、Homo sapiens cytoglobin (CYGB), mRNA ]とマウス[NM_030206、Mus musculus cytoglobin(Cygb), mRNA ]からもcygb遺伝子が報告された。ヒトでは第17番染色体上に、マウスでは第11番染色体上に存在する。
【0010】
一方、発明者らは、サイトグロビンの発現をラットの各種臓器の免疫染色で検討した。その結果、サイトグロビンは肝臓の星細胞のみならず、脾臓の細網細胞、膵臓の星細胞、腎臓の線維芽細胞、消化管の線維芽細胞などにも発現していることが確認された(非特許文献13)。これらの細胞は内臓の中でビタミンAを貯蔵することのできる細胞として知られている。即ち偶然にも、サイトグロビンは、ビタミンA貯蔵型線維芽細胞のマーカーになることが判明した。更に、本発明者らは膵臓や腎臓の慢性炎症時にこれら臓器の線維化と共にサイトグロビンが誘導されることも確認している。
【0011】
続いて、リコンビナントヒトCygbタンパク質を作製して機能解析した結果、このタンパク質はミオグロビンと相同性の高いヘム蛋白であり、酸素や一酸化炭素と結合することができることが判明した(非特許文献14)。更に、本発明者らは、理化学研究所播磨Spring8との共同研究でCygbタンパク質を結晶化させ、その構造の解析を行った結果、Cygbは鉄とIX型プロトポルフィリンから成るヘムを含有するタンパク質であり、ヘモグロビン、ミオグロビン、ニューログロビンに続く哺乳類第4番目のグロビンタンパク質であることが判った。Cygbのヘムはヒスチジンのイミダゾール基で両側から固定されており、ヘモグロビンやミオグロビンとは異なる非常にユニークなhexacoordinate型のヘモグロビンファミリー(前者はpentacoordinate型のグロビン)を形成することが判明した(非特許文献15)。更に、Cygbは細胞を酸化ストレスから保護する作用のあることが報告されている。
【0012】
以上のように、星細胞の活性化と肝臓の線維化と関係が深い遺伝子としてCygbが発見された。そのタンパク質構造やグロビンとしてのガス結合能は明らかとなった。また、Cygbは肝臓を含む内臓の線維芽細胞に発現し、臓器線維化とともに発現増強することがわかってきた。また、いくつかの報告により、Cygbを過剰発現させると細胞を酸化ストレスから保護されることが判って来ている。しかしながら、生体内におけるこの蛋白質の機能は未だ不明である。
【非特許文献1】Pinzani M, Vizzutti F, Arena U, Marra F. Technology Insight: noninvasive assessment of liver fibrosis by biochemical scores and elastography. Nat Clin Pract Gastroenterol Hepatol. 2008;5:95-106
【非特許文献2】Okuyama H, Shimahara Y, Kawada N. The hepatic stellate cell in the post-genomic era. Histol Histopathol. 2002;17:487-495.
【非特許文献3】Knook DL, Blansjaar N, Sleyster EC. Isolation and characterization of Kupfferand endothelial cells from the rat liver. Exp Cell Res. 1977;109:317-29.
【非特許文献4】Wake K. Perisinusoidal stellate cells (fat-storing cells, interstitial cells, lipocytes), their related structure in and around the liver sinusoids, and vitamin A-storing cells in extrahepaticorgans. Int Rev Cytol. 1980;66:303-353.
【非特許文献5】Kawada N, Tran-Thi TA, Klein H, Decker K. The contraction of hepatic stellate (Ito) cells stimulated with vasoactive substances. Possible involvement of endothelin 1 and nitric oxide in the regulation of the sinusoidal tonus. Eur J Biochem. 1993;213:815-823.
【非特許文献6】Friedman SL, Roll FJ, Boyles J, Bissell DM. Hepatic lipocytes: the principal collagen-producing cells of normal rat liver. Proc Natl Acad Sci U S A. 1985;82:8681-8685.
【非特許文献7】Schafer S, Zerbe O, Gressner AM. The synthesis of proteoglycansin fat-storing cells of rat liver. Hepatology. 1987;7:680-687.
【非特許文献8】Friedman SL. Seminars in medicine of the Beth Israel Hospital, Boston. The cellular basis of hepatic fibrosis. Mechanisms and treatment strategies. N Engl J Med. 1993;328:1828-1835.
【非特許文献9】Pinzani M, Gentilini A, Caligiuri A, De Franco R, Pellegrini G, Milani S, Marra F, Gentilini P. Transforming growth factor-beta 1 regulates platelet-derived growth factor receptor beta subunit in human liver fat-storing cells. Hepatology. 1995;21:232-239.
【非特許文献10】Kristensen DB, Kawada N, Imamura K, Miyamoto Y, Tateno C, Seki S, Kuroki T, Yoshizato K. Proteome analysis of rat hepatic stellate cells. Hepatology. 2000;32:268-277.
【非特許文献11】Kawada N, Kristensen DB, Asahina K, Nakatani K, Minamiyama Y, Seki S, Yoshizato K. Characterization of a stellate cell activation-associated protein (STAP) with peroxidaseactivity found in rat hepatic stellate cells. J Biol Chem. 2001;276:25318-25323.
【非特許文献12】Burmester T, Ebner B, Weich B, Hankeln T. Cytoglobin: a novel globin type ubiquitously expressed in vertebrate tissues. Mol Biol Evol. 2002;19:416-421.
【非特許文献13】Nakatani K, Okuyama H, Shimahara Y, Saeki S, Kim DH, Nakajima Y, Seki S, Kawada N, Yoshizato K. Cytoglobin/STAP, its unique localization in splanchnic fibroblast-like cells and function in organ fibrogenesis. Lab Invest. 2004;84:91-101.
【非特許文献14】Sawai H, Kawada N, Yoshizato K, Nakajima H, Aono S, Shiro Y. Characterization of the heme environmental structure of cytoglobin, a fourth globin in humans. Biochemistry. 2003;42:5133-5142.
【非特許文献15】Sugimoto H, Makino M, Sawai H, Kawada N, Yoshizato K, Shiro Y. Structural basis of human cytoglobin for ligandbinding. J Mol Biol. 2004;339:873-885.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
現在のところ、Cygbについては、ガス結合性以外の機能、特にビタミンA貯蔵星細胞に発現する意義、星細胞の活性化及び肝臓の炎症や線維化における作用機序、肝臓以外の臓器に発現する意義等については依然として不明である。Cygbを欠損させた疾患モデル動物は、Cygbの生体内での機能を明らかにするだけでなく、従来、治療法が確立されていない疾患に対する診断法や治療法の開発への道が開かれる可能性がある。そこで、本発明は、Cygbが関与する疾患の治療、診断、創薬等に有用なスクリーニングツール、即ち、Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデル動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデルマウスの開発に成功した。当該非ヒト疾患モデルマウスは、生後2ヶ月までは、野生型マウス(Cygb+/+マウス)と同等に成長し、各種臓器に大きな変化は見られなかった。しかしながら、生後12週間経過すると、脾臓に変化が生じ、赤脾髄に鉄が沈着し、鉄関連遺伝子[haptoglobin, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1)]のmRNA発現が上昇してくることが判った。この時期の肝臓は組織学的には変化が見られなかったが、肝臓においては鉄関連遺伝子[hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, transferrin]の遺伝子が発現変動することが定量的real time PCR法を用いて確認された。一方、上記非ヒト疾患モデルマウスは、生後10ヶ月経過すると脾臓の鉄沈着はより顕著になり、肝臓においては鉄関連遺伝子[haptoglobin, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin]の遺伝子が発現上昇することが定量的real time PCR法を用いて確認され、上記非ヒト疾患モデルマウスは、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価するためのモデル動物として有用であることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0015】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. サイトグロビン遺伝子の機能が欠損していることを特徴とする、非ヒト疾患モデル動物。
項2. 鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物である、項1に記載の非ヒト疾患モデル動物。
項3. 齧歯目動物である、項1又は2に記載の非ヒト疾患モデル動物。
項4. マウスである、項1乃至3のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物。
項5. 項1乃至4のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価することを特徴とする、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
項6. 被験物質が、サイトグロビンに対するアンタゴニスト又はアゴニストである、項5に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子が関与する疾患の治療法、診断法、創薬等を構築する上で有用なスクリーニングツールとなり得る。特に、本発明の非ヒト疾患モデル動物によれば、鉄の代謝異常の検査方法、検査薬の提供、病態の解析、治療又は予防に必要な医薬のスクリーニング等を可能ならしめ、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患の診断又は治療を確立することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
1.非ヒト疾患モデル動物及びその利用方法
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損しているノックアウト非ヒト動物である。
【0018】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、非ヒトであって実験動物として使用できるものであれば、如何なる種の動物でもよいが、好ましくは齧歯目動物、更に好ましくはマウスである。
【0019】
本願明細書において、「Cygb遺伝子の機能が欠損している」とは、上記に記載したCygb遺伝子の塩基配列の改変等により、Cygb遺伝子の発現産物が全く発現しないか、または発現しても正常なCygb遺伝子産物が有する機能を示すことができないことをいう。
【0020】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損している限り、Cygb遺伝子の機能を欠損させる具体的態様については、特に制限されないが、例えば、Cygb遺伝子の少なくとも一部が改変されている;或いはCygb遺伝子のプロモーターが不活性化されている等の態様が含まれる。
【0021】
本明細書において、「Cygb遺伝子の少なくとも一部が改変」とはCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に、欠失、置換又は付加を生じさせる改変を加えることをいう。Cygb遺伝子の機能を欠損させるためには、Cygb遺伝子に対して欠失、置換及び付加の内、1又は2以上の変異を組み合わせてもよい。
【0022】
また、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「欠失」させるとは、Cygb遺伝子の一部または全部を欠失させることにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。また、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「置換」するとは、Cygb遺伝子の一部又は全部をCygb遺伝子とは関係のない別個の配列に置換することにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。更に、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に「付加」するとは、Cygb遺伝子中にCygb遺伝子以外の配列を付加することにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。
【0023】
本発明において、Cygb遺伝子の機能の欠損の好適な態様として、染色体上のCygb遺伝子座のエクソン1から2の領域が除去されることにより、その発現が完全に欠損しているもの;或いは染色体上のCygb遺伝子座のエクソン1の上流にネオマイシン耐性遺伝子等の外来遺伝子が挿入されることにより、その発現が低下している変異配列に置換されているものが例示される。
【0024】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子における対立遺伝子のいずれか一方の機能が欠損されているヘテロ接合体のノックアウト動物であってもよく、また対立遺伝子の双方の機能が欠損しているホモ接合体のノックアウト動物であってもよい。好ましくは、ホモ接合体のノックアウト動物である。
【0025】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損しており、Cygb遺伝子が関与する疾患のモデル動物として有用である。具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患のモデル動物として有用である。
【0026】
具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物がマウスである場合には、経時的に、以下のような症状や病態を示す。本発明の非ヒト疾患モデルマウスは、生後2ヶ月位までは各種臓器に異常が認められることなく成長する。しかしながら、生後12週目位から、鉄の代謝異常によって、脾臓に変化が生じ、赤脾髄に鉄が沈着し、鉄関連遺伝子[haptoglobin, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine]のmRNA発現が変化する。この時点では、肝臓においては組織学的に変化は見られないが、上記と同様に鉄関連遺伝子[hemeoxygenase 1, hemeoxygenase2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, transferrin]のmRNA発現が変化する。更に、生後10ヶ月位経過すると、肝臓と脾臓の腫大が認められる。即ち、本発明の非ヒト疾患モデルマウスは、肝臓と脾臓における鉄代謝異常が発症する。
【0027】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患のモデル動物として使用する場合、当該疾患の病因の解明や、当該疾患の予防又は治療薬をスクリーニングに使用される。具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物を利用して、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬をスクリーニングするには、当該非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、その後、非ヒト疾患モデル動物の鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を判定すればよい。このようなスクリーニングによって、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療に有用な、Cygbに対するアンタゴニスト又はアゴニストが検出され得る。なお、ここで、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患としては、具体的には、ヘモジデローシス、ヘモクロマトーシス、慢性肝障害、膠原病、多血症等が例示される。
【0028】
そして更に、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、肝硬変、肝炎、肝線維化等の肝疾患、とりわけ鉄代謝異常が関連するこれらの肝疾患のモデル動物としても利用され得る。従来、Cygbは肝線維化で発現が増強されていることが知られており、Cygbの機能を欠損させたモデル動物が、肝硬変や肝線維化等の肝疾患のモデル動物として使用できることは、従来技術からは予想できなかった知見である。
【0029】
なお、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、実験動物として十分な寿命を有し得る。ここで、実験動物として十分な寿命とは、例えばマウスの場合であれば2年程度である。
【0030】
2.非ヒト疾患モデル動物の製造方法
本発明の非ヒト疾患モデル動物の製造方法については特に制限されず、通常のノックアウト動物の製造方法と同様に実施されるが、一例としてCygb遺伝子が不活性化された胚幹細胞を胚盤胞に導入して得られるキメラ胚を、対象動物の雌の子宮に着床させることにより、キメラ動物を得る方法が例示される。より具体的には、以下に説明する工程(1)〜(6)を経ることにより、本発明の非ヒト疾患モデル動物を得ることができる。
【0031】
工程(1):Cygb遺伝子のフラグメントのクローニング
先ず、CygbのゲノムDNAのフラグメントをクローニングする(工程(1))。
【0032】
CygbのゲノムDNAフラグメントは、対象動物のゲノムライブラリーからクローニング、更に必要に応じてサブクローニングすることにより得ることができる。クローニング又はサブクローニングされるフラグメントには、Cygb遺伝子のコード領域、好ましくはエクソン1又は2が含まれていることが望ましい。
【0033】
工程(2):改変フラグメントの作製
次いで、前記工程(1)で得られたフラグメントを改変して、Cygb遺伝子の機能を欠損させる改変フラグメントを作製する(工程(2))。具体的には、前記工程(1)で得られたフラグメントに対して、欠失、置換又は付加を行うことにより、Cygb遺伝子を不活性化する改変フラグメントを得ることができる。前記工程(1)で得られたフラグメントにおいて改変がなされる部位には、Cygb遺伝子のコード領域、好ましくはエクソン1又は2が含まれていることが望ましい。
【0034】
前記工程(1)で得られたフラグメントの改変において、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を選択マーカーとして置換することが望ましく、このような薬剤耐性遺伝子による置換によって後述する胚幹細胞の選択が容易になる。
【0035】
工程(3):ターゲッティングベクターの作製
次いで、前記工程(2)で得られた改変フラグメントが組み込まれたターゲッティングベクターを作製する(工程(3))。
【0036】
本工程で使用されるベクターの種類について、胚幹細胞に相同性組み換えを起こすことができることを限度として、その種類については特に制限されない。また、ターゲッティングベクターは、当該技術分野で公知の方法に従って、ベクターに上記改変フラグメントを導入することにより作製される。
【0037】
工程(4):Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞の作製
次いで、前記工程(3)で得られたターゲッティングベクターを胚性幹細胞に相同性組み換えを行うことにより、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞を作製する(工程(4))。
【0038】
本明細書において、「相同組み換え」とは、Cygb遺伝子と同一または類似の塩基配列を有する改変したCygb遺伝子を、ゲノム中のサイトCygb遺伝子のDNA領域に、人工的に組換えさせることをいう。
【0039】
本工程は、前記工程(3)で得られたターゲッティングベクターを胚性幹細胞に導入し、Cygb遺伝子の機能を欠損させる改変フラグメントが組み込まれた組み換え胚性幹細胞を選択することによって行われる。
【0040】
本工程で使用される胚性幹細胞の種類については特に制限されないが、Cygb遺伝子のフラグメントのクローニングを行った動物と同一種且つ同一系統由来のものが好ましい。例えば、マウスの場合であれば、胚性幹細胞として、R1細胞株、TT2細胞株、AB-1細胞株、J1細胞株等が知られており、目的や方法に応じて適宜選択して決定すればよい。
【0041】
ターゲッティングベクターの胚性幹細胞への導入は、エレクトロポレーション法、リポソーム法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法等の公知の方法で行うことができるが、導入遺伝子の相同組み換え効率を考えると、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。
【0042】
また、ターゲッティングベクターが導入された胚性幹細胞から、組み換え胚性幹細胞を選択する方法についても、従来公知の方法に従って行うことができる。例えば、前記改変フラグメントに薬剤耐性遺伝子が組み込まれている場合には、当該薬剤を含む培地で培養することにより、目的の組み換え胚性幹細胞を選択することができる。選択された胚性幹細胞は、サザンハイブリダイゼーション法やPCR法等の公知の遺伝子解析法によって、組み換え体であることを確認することができる。
【0043】
工程(5):Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞が導入されたキメラ胚の作製
次いで、前記工程(4)で得られたCygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞が導入されたキメラ胚を作製する(工程(5))。
【0044】
本工程で使用される胚盤胞は、Cygb遺伝子のフラグメントのクローニングを行った非ヒト動物と同一種且つ同一系統由来のものが好適である。
【0045】
キメラ胚は、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞を胚盤胞の胚内に導入する、或いは8細胞期胚又は嚢胚と凝集させることにより作製される。胚性幹細胞を胚盤胞等の胚に導入するには、マイクロインジェクション法や凝集法等の公知の方法に従って実施すればよい。例えば、マウスの場合には、ホルモン剤(例えば、FSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)により過排卵処理を施した雌マウスを、雄マウスと交配させる。その後、胚盤胞を用いる場合には受精から3.5日目に、8細胞期胚又は嚢胚を用いる場合には2.5日目又は3日目に、それぞれ子宮から初期発生胚を回収する。このようにして回収した胚に対して、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞をin vitroで注入することにより、キメラ胚が作製される。
【0046】
工程(6):キメラ胚を利用したキメラ動物の作製
次いで、前記工程(5)で得られたキメラ胚を雌非ヒト動物の子宮に着床させて、キメラ動物を発生させる(工程(6))。
【0047】
本工程で使用される雌非ヒト動物は、仮親として使用される偽妊娠動物であり、キメラ胚を得るために用いた非ヒト動物と異なる系統由来(ICRなど)を使用することが好適である。当該偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮などにより去勢した雄動物と交配させることにより得ることができる。
【0048】
雌非ヒト動物の子宮に、前記工程(5)で得られたキメラ胚を子宮内移植して子宮に着床させ、妊娠・出産させることによりキメラ動物を作製することができる。キメラ胚の着床、妊娠がより確実に起こるようにするため、前記工程(5)におけるキメラ胚の作製に使用した雌非ヒト動物と仮親となる雌非ヒト動物とを、同一の性周期にある動物群から作出することが望ましい。
【0049】
所望のキメラ動物が得られたことを確認するには、例えば、以下の手法を用いることができる。即ち、キメラ動物を同一種の純系動物と交配させ、そして次世代個体に胚性幹細胞由来の被毛色の発現の有無を観察することにより、胚性幹細胞がキメラ動物生殖系列へ導入されたか否かを確認することができる。例えば、マウスの場合であれば、野ネズミ色(アグーチ色)、黒色、黄土色、チョコレート色、白色等の被毛色が知られており、使用する胚性幹細胞の由来系統を考慮して、キメラマウスと交配させるマウス系統を適宜選択すればよい。また、キメラ動物の体の一部(例えば尾部先端)からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRアッセイ等を行うことにより、所望のキメラ動物が得られたことを確認することも可能である。
【0050】
工程(7):交配によるヘテロ接合体又はホモ接合体の非ヒト動物の作製
前記工程(6)で得られたキメラ動物同士を交配させることにより、ヘテロ接合体のCygb遺伝子欠損非ヒト動物、又はホモ接合体のCygb遺伝子欠損非ヒト動物を得ることができる。得られたCygb遺伝子欠損非ヒト動物が、ヘテロ接合体であるか、或いはホモ接合体であるかについては、サザンブロット法等の公知の解析手法によって確認できる。
【0051】
斯くして作出されたCygb遺伝子欠損非ヒト動物は、生殖細胞及び体細胞の全てに安定的Cygb遺伝子変異を有しており、交配等により効率よくその変異を子孫動物に伝達することができる。
【実施例】
【0052】
以下に、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
実施例1 Cygb遺伝子欠損マウスの作製及び確認
(1) Cygb遺伝子欠損マウスの作製
マウス129SvゲノムDNAから、PCR法によりCygb遺伝子の5′上流域の5.9kbDNAフラグメントをクローニングした。このフラグメントは、CygbゲノムDNAの5’UTRおよびエクソン1の一部を有する。さらに、マウス129SvゲノムDNAから、PCR法によりCygb遺伝子の3′下流域の6.9kbDNAフラグメントをクローニングした。このフラグメントは、サイトグロビンゲノムDNAのエクソン3,4および3’UTRを有する。上流5.9kbDNAフラグメントの下流にホスホグリセリン酸キナーゼプロモーター/ネオマイシン抵抗遺伝子カセット(PGK−neo)を結合し、さらにその下流に、6.9kbのDNAフラグメントを結合した。ネオマイシン抵抗遺伝子カセットは、両側をバクテリオファージP1のloxPとよばれる部位特異的組換え配列で挟まれている。この改変フラグメントを、プラスミドベクターpBluescript II(ストラタジーン株式会社)に組み込んで、ターゲッティングベクターpTVFloxPGKneo/Cg#3を得た。
【0053】
得られたターゲッティングベクターをNotIによって線状化して、129Sv胚性幹細胞(ES細胞)に、エレクトロポレーションによってトランスフェクトした。トランスフェクトされた細胞を、抗生物質G418(ネオマイシン)を含む(150μg/ml)、ES細胞用の20%FCS−DMEM培地において37℃で培養し、G418抵抗性ES細胞クローンを選択した。選択された480個の抵抗性コロニーを拡張させ、以下の条件でサザンブロットを行い、組換えクローンを同定した。まず、各細胞コロニーから溶解試薬を加えて50℃で16時間加温し、エタノール沈澱により細胞のDNAを回収した。回収したDNAを制限酵素BCL1で切断した後、アガロースゲルに電気泳動後、ブロットし、Cygb遺伝子の5′上流のプローブ(200bp)をp32放射性dCTPで標識したものを加えてハイブリダイゼーションを行った。その後、フィルターを洗浄し、組換えES細胞に特異的なバンドによって、正しく相同組換えES細胞を5個同定した。
正しく相同組換えしたES細胞を、BDF1マウスの交配から得られた嚢胚と凝集させ、偽妊娠マウスの子宮に移植し、キメラ胚を得た。得られたキメラ胚を、C57BL/6Jマウスと交配して、Cygb遺伝子がヘテロのマウスを得た。このようなCygb遺伝子をヘテロにもつ雄雌マウス同士を交配させ、Cygb遺伝子を欠失したホモマウス(Cygb遺伝子欠損マウス)を得た。
【0054】
(2) Cygb遺伝子欠損マウスの確認
上記で作製されたマウス尾からDNAを抽出し、PCRを行いCygb遺伝子とネオマイシン遺伝子の存在をプライマー[CTCCCAGCCGGGACCGCGGTGGCCTT (両者に共通するforward primer;配列番号1), GGAGCCGAGGCCGGTGCGTGCGAGGC (Cygbに対するreverse primer;配列番号2), GTGGGGTGGGATTAGATAAATGCCTGCTCT (Neoに対するreverse primer;配列番号3)]で検討したところ、野生型ではCygb+/Neo-、ヘテロマウスではCygb+/Neo+であり、ホモマウスでは完全にCygb 遺伝子が消失していた(図2参照)。更に、上記で作製されたマウスの肝臓をホモゲネートし、その10μgをSDS-PAGEで分離後、抗ラットCygbペプチド抗体(Kawada N, KristensenDB, et al. J Biol Chem. 2001;276:25318)を用いてウエスタンブロット法でCygb蛋白発現を確認したところ、ヘテロマウスではCygb蛋白質が半分に減少し、ホモマウスでは完全にCygb蛋白質が消失していることを確認した(図3参照)。
【0055】
更に、上記で作製されたマウス尾から抽出したDNAに対して、以下の方法でサザンブロットを実施し、ゲノム上のCygb遺伝子の確認を行った。先ず、マウスDNA 20μgをEcoRV制限酵素で切断後、0.8%アガロースゲル電気泳動し、ナイロンメンブレン(Amersham Biosciences社製 Hybond-N)に転写した。プローブにはforward primer : AAAGAGGCAGATGCCACAGG(配列番号4), reverse primer : CGTGGCACCCACATGAGAAG(配列番号5)によるPCR産物を使用し、プローブのラベル及びCygb遺伝子の検出はDIG High Prime DNA Labeling and DetectionStarter Kit I(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いて行った。ハイブリダイゼーションは65℃ 16時間、メンブレンの洗浄は、0.1 x SSC/0.1%SDS、65℃で30分行った。次いで、NBT/BCIT(nitro blue tetrazolium/5-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate)を加えて染色を行った。その結果、野生型マウスではCygb遺伝子が検出されたが、ホモマウスではcygb遺伝子が欠損されていることを確認した(図4参照)。
【0056】
また、抗ラットCygbペプチド抗体を用いてマウス肝臓を詳細に間接免疫酵素抗体法で検討したところ、肝臓内の血管周囲に茶色に発現しているCygb蛋白質はヘテロマウスでは減少しており、更にホモマウスでは検出されないことが判明した(図5参照)。
【0057】
以上の結果から、上記で得られたホモマウスは、Cygbの機能が欠損しており、Cygb遺伝子欠損(ノックアウト)マウスであることが確認された。
【0058】
実施例2 Cygb遺伝子欠損マウスの特性評価
上記実施例1で得られたCygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス)の特性を評価するために、生育及び生理学的特徴を経時的に観察した。
【0059】
<2週目まで>
Cygb遺伝子欠損マウスは野生型マウスの産子数(n=8.8±0.97)に比し、一回の出産により生まれる産子数(n=4.4±1.95)が有意に少ないことが判明した。また生後2週間以内に死亡に至る数はn=1.3±1.41であり繁殖率に差が生じた。その後は野生型とほぼ同様に成長し、寿命に明らかな差は認められなかった。
【0060】
<10〜12週目頃>
10週齢のCygb遺伝子欠損マウスでは、脾臓に軽度腫大が見られた。体重並びに臓器重量を測定すると野生型マウスにおいては、体重:25.88±0.72g(n=5)、肝重量:1.26±0.04g(n=5)、脾臓重量:0.064±0.059g(n=5)であったのに対し、Cygb遺伝子欠損マウスでは体重:30.34±1.38g(n=5)(p<0.01)、肝重量:1.50±0.11g(n=5)(p<0.05)、脾臓重量:0.089±0.017g(n=5)(p<0.01)であり、両群の重量差には有意差が認められた。当該脾臓について更に詳細に検討するために、これを4%パラホルムアルデヒドを用いて固定してパラフィン包埋した後に、4μmに薄切して脱パラフィンした組織を用いて各種染色を行った。顕微鏡下に観察すると、ベルリン青染色で赤脾髄に沿って鉄の沈着がみられることが判明し、赤脾髄に変化が生じることが明らかになった(図6参照)。
【0061】
鉄の沈着が脾臓で高度であったため、脾臓並びに肝臓における鉄代謝と関連する遺伝子の発現動態をreal time RT-PCRを用いて検討した。Cygb遺伝子欠損マウスの凍結保存脾臓組織及び肝組織から、Isogen(日本ジーン社製)を用いてtotal RNAを抽出した。100 ngのtotal RNAをテンプレートとし表1に示すTaqManプローブ、並びにPCRプライマー、One Step PrimeScript RT-PCR Kit (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を用い、ABI PRISM 7700 Sequence Detection Systemにより解析した。反応条件は42℃ 15分、95℃ 2分、(95℃5秒、60℃ 30秒)x40サイクル、95℃ 15分、60℃ 1分、95℃ 15秒で行った。各遺伝子の発現はglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)の発現で標準化した。その結果、haptoglobin, hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin, transferrinのmRNA発現が、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスで全て変動していることが判明した(図7、8)。脾臓組織における比較ではhaptoglobin:1.67倍(p<0.01), hemeoxygenase 1:1.12倍, hemeoxygenase2:1.18倍, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.63倍(p<0.01), hepcidine:0.6倍(p<0.01), ferritin:0.89倍, transferrin:1.12倍の変化がみとめられた。肝組織においては野生型マウスとの比較において、haptoglobin:1.2倍, hemeoxygenase1:1.71倍(p<0.01), hemeoxygenase 2:1.41倍(p<0.01), iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.52倍(p<0.01), hepcidine:1.4倍(p<0.01), ferritin:1.12倍, transferrin:1.49倍(p<0.01)を示した。
【0062】
【表1】
【0063】
<10ヶ月頃>
10ヶ月齢のマウスを開腹すると、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスでは肝臓と脾臓が腫大していた(図9参照)。野生型マウスの肝臓が1.55±0.23g(n=5)であったのに対して、Cygb-/-マウスでは1.74±0.06g(n=5)であった。さらに脾臓は野生型0.11±0.027g(n=5)に対しCygb遺伝子欠損マウス0.16±0.046g(n=5)(p<0.01)と有意な腫大が認められた。
【0064】
10ヶ月脾臓における、組織学的変化を見てみるとヘマトキシリン−エオジン染色ではCygb遺伝子欠損マウスの赤脾髄は拡大していた(図10)。またベルリン青染色では、赤脾髄における鉄の沈着が著明に進行していることが明らかになった。
【0065】
10ヶ月肝臓と脾臓における、鉄関連遺伝子の発現について、10週令同様にrealtime RT-PCRを用いて検討した(図11、12)。その結果haptoglobin, hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin, transferrinのmRNA発現が、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスで全て有意に増加していることが判明した。肝組織においては野生型マウスとの比較において、haptoglobin:1.56倍(p<0.01), hemeoxygenase 1:1.33倍, hemeoxygenase2:1.52倍(p<0.01), iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.63倍(p<0.01), hepcidine:1.28倍(p<0.01), ferritin:1.97倍(p<0.01), transferrin:1.17倍を示した。また脾臓組織における比較ではhaptoglobin:1.35倍, hemeoxygenase1:1.12倍, hemeoxygenase 2:1.14倍, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.21倍, hepcidine:1.47倍, ferritin:1.36倍, transferrin:1.13倍の増加がみとめられた。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施例1で作製したCygb遺伝子欠損マウスと野生型マウスの遺伝子地図を示す図である。
【図2】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓におけるCygb mRNA発現をRT-PCRで調べた図である。
【図3】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓におけるCygb蛋白質発現を免疫ブロット法で調べた図である。
【図4】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓から抽出したDNAにおけるcygb遺伝子の存在をサザンブロットで調べた図である。
【図5】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓をパラハルムアルデヒド固定した後に、各種処理後、ウサギ抗STAPペプチド抗体、さらにペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgG抗体と反応させ、DAB/H2O2で反応させて発色させた免疫染色標本である。
【図6】実施例2において、Cygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)と野生型マウス(Cygb+/+)の脾臓におけるヘマトキシリンーエオジン染色とベルリン青染色した結果を示す。
【図7】実施例2において、生後10週目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)脾臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01、※はp<0.05で有意差を示す。
【図8】実施例2において、生後10週目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)の肝臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01で有意差を示す。
【図9】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の腹部を開腹し、肝臓と脾臓を中心とした臓器の写真を撮影したものである。下段は取り出した臓器の様子を示す。
【図10】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)肝臓をパラホルムアルデヒドで固定し、各種処理後、ベルリン青染色を行ったものである。矢印は青く染まった細胞で鉄陽性であることを示している。
【図11】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)肝臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01で有意差を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類で4つ存在するグロビン(ヘモグロビン、ミオグロビン、ニューログロビン、サイトグロビン)のうちの一つであるサイトグロビンの遺伝子発現が人為的に抑制されている非ヒト疾患モデル動物に関する。更に、本発明は、当該非ヒト疾患モデル動物を利用して、鉄代謝異常に関連する疾患に対する医薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス性、自己免疫性等の病因の如何に拘わらず、肝細胞の慢性的破壊が惹起されると元々肝細胞の存在した部位(実質)には線維芽細胞が増殖し、その細胞が産生分泌するコラーゲンが沈着して肝線維化が誘導され、更にそれが進行した場合は最終的に肝硬変となる(非特許文献1)。肝硬変が生じると、黄疸、腹水、脳症、食道静脈瘤等の生命を脅かす合併症を生じるのみならず、肝硬変からは年率7〜8%の割合で肝癌が発症する。従って、肝線維化と肝硬変を抑制する手法の開発のためにも、肝線維化自体の分子・細胞学的理解は不可欠であり、1980年以降精力的に研究が行われてきた。特に、肝臓内でコラーゲンを産生する細胞がビタミンA貯蔵を主とした働きとしている星細胞であることが証明されてからは、本細胞の持つ特異機能の解析が飛躍的に発展してきた(非特許文献2)。
【0003】
近年、肝臓を構成する細胞の分離および初代培養技術は著しい進歩を遂げている(非特許文献3)。肝細胞のみならず、非実質細胞であるKupffer細胞、内皮細胞、星細胞、pit細胞、胆管上皮細胞が分離可能となっており、これらの非実質細胞について数多くの研究がなされている。その結果、肝細胞代謝の恒常性維持と肝局所炎症反応における肝非実質細胞の重要性が認識されるようになり、特に、星細胞の機能が注目を集めている。
【0004】
肝臓非実質細胞の一つが星細胞である。星細胞は肝臓内でビタミンAを主とする脂肪を貯蔵する細胞として発見された(非特許文献4)。肝細胞と毛細血管である類洞との間の空間(Disse腔)に存在し、類洞を細胞体から分枝した細胞突起で取り囲むように配置している。その形態から、星細胞は他臓器における周皮細胞(pericyte)に相当すると考えられている。事実、星細胞の収縮性が報告されており、本細胞が収縮・弛緩運動することで類洞の微小循環動態を調節することが証明されている(非特許文献5)。
【0005】
星細胞がラットやマウス等の小動物から分離培養ができるようになると、プラスチックシャーレ上で培養された星細胞がコラーゲンを産生することが判明した(非特許文献6)。即ち、従来は肝臓内でコラーゲンを産生する細胞は肝細胞であると考えられていたが、実際には、培養肝細胞には星細胞が混在しており、星細胞こそが細胞外マトリックス物質を産生する主要な細胞であることが証明された。つまり、I、III、IV型コラーゲンに加えて、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン等の細胞外マトリックス分子は、星細胞が産生することが明らかにされた(非特許文献7)。
【0006】
星細胞は、肝炎等において惹起された炎症が持続すると、いわゆる「活性化」と呼ばれる機能変化をとげて、筋線維芽細胞(myofibroblast、MFB)へと形質をかえる。ラットやマウスから星細胞を分離し、プラスチックシャーレ上で培養しておくと、無刺激でも自然に活性化が生じることが観察され、よい実験モデルとして汎用されている。このように活性化された星細胞においては、以下のような細胞機能の変化が生じることはよく知られている(非特許文献8)。(1)細胞体が大きくなり、ビタミンAの貯蔵量が減少する。(2)平滑筋型α-アクチン(smooth muscle α-actin)の発現が上昇し、細胞の収縮力が増す。(3)I型コラーゲンを含む細胞外マトリックス物質の産生が著明に増加する。(4)TGFβ(transforming growth factorβ)、IGF-I(insuline-like growth factor I)、PDGF-BB(platelet-derived growth factor BB)等の、臓器線維化を促進する各種成長因子及びそれらの受容体の発現が著明に増加する。(5)マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloporoteinase, MMP)の阻害物質であるTIMP(tissue inhibitor of MMP, TIMP)の産生が増加する。(6)遊走能の亢進がみられる。
【0007】
従って、星細胞の活性化又はMFB化は肝臓の線維化課程に深く関与していることが考えられる。実際にヒトの慢性肝炎や肝硬変組織の線維性隔壁部には細胞外マトリックスとともに、平滑筋型α-アクチン陽性の活性化された星細胞が多数存在する。また、活性化星細胞がPDGF-BBなどの成長因子のmRNAを発現していることもin situ hybridizationで調べられている(非特許文献9)。そこで、星細胞活性化の分子機構の解析は、肝線維化の病態の理解に役立つばかりでなく、新しい診断法や治療法の開発に有用であると考えられている。
【0008】
この星細胞活性化機構を詳しく調べる目的で、これまでに発明者らは様々な解析を行ってきた。その一つとして、プロテオミクスを用いた解析を行った(非特許文献10)。その過程で、等電点電気泳動でpI7の位置に存在し、分子量21 kDの蛋白スポットのペプチド配列が未知の新規タンパク質を見出した。その新規タンパク質のペプチド配列の情報を基にcDNAをクローニングしたところ、2028ベースペアー長のクローンが得られた。これをシークエンスしたところ、当時遺伝子配列がデーターベースに存在しない新しい遺伝子であり[Accession number NM_130744、Rattus norvegicuscytoglobin (Cygb), mRNA]、190のアミノ酸からなり分子量21,496ダルトンであることが判った(非特許文献11)。この蛋白質をstellatecell-activation associated protein (STAP)と名付けた。その後、この蛋白質は他のグロビンと似ていることから、サイトグロビン(cytoglobin, Cygb)と呼ばれるようになった(非特許文献12)。このCygbのN末端側NH2-MEKVPGDMEIERRERNEE+Cys-COOHを抗原としてウサギに免疫して抗ペプチド抗体を作製した。この抗体を用いて免疫染色をすると、ラット分離培養した星細胞の活性化に伴い細胞内で蛋白質は発現増加した。また、ラットに肝臓毒であるチオアセトアミドを用いて肝硬変に近い線維化を誘導するとその線維隔壁に沿って、平滑筋型α-アクチン陽性の星細胞が存在する位置にCygbが強陽性であった。これらの知見から、Cygbは星細胞の活性化や肝臓の線維化と密接に関係する分子であることが判った。
【0009】
尚、ヒト[NM_134268、Homo sapiens cytoglobin (CYGB), mRNA ]とマウス[NM_030206、Mus musculus cytoglobin(Cygb), mRNA ]からもcygb遺伝子が報告された。ヒトでは第17番染色体上に、マウスでは第11番染色体上に存在する。
【0010】
一方、発明者らは、サイトグロビンの発現をラットの各種臓器の免疫染色で検討した。その結果、サイトグロビンは肝臓の星細胞のみならず、脾臓の細網細胞、膵臓の星細胞、腎臓の線維芽細胞、消化管の線維芽細胞などにも発現していることが確認された(非特許文献13)。これらの細胞は内臓の中でビタミンAを貯蔵することのできる細胞として知られている。即ち偶然にも、サイトグロビンは、ビタミンA貯蔵型線維芽細胞のマーカーになることが判明した。更に、本発明者らは膵臓や腎臓の慢性炎症時にこれら臓器の線維化と共にサイトグロビンが誘導されることも確認している。
【0011】
続いて、リコンビナントヒトCygbタンパク質を作製して機能解析した結果、このタンパク質はミオグロビンと相同性の高いヘム蛋白であり、酸素や一酸化炭素と結合することができることが判明した(非特許文献14)。更に、本発明者らは、理化学研究所播磨Spring8との共同研究でCygbタンパク質を結晶化させ、その構造の解析を行った結果、Cygbは鉄とIX型プロトポルフィリンから成るヘムを含有するタンパク質であり、ヘモグロビン、ミオグロビン、ニューログロビンに続く哺乳類第4番目のグロビンタンパク質であることが判った。Cygbのヘムはヒスチジンのイミダゾール基で両側から固定されており、ヘモグロビンやミオグロビンとは異なる非常にユニークなhexacoordinate型のヘモグロビンファミリー(前者はpentacoordinate型のグロビン)を形成することが判明した(非特許文献15)。更に、Cygbは細胞を酸化ストレスから保護する作用のあることが報告されている。
【0012】
以上のように、星細胞の活性化と肝臓の線維化と関係が深い遺伝子としてCygbが発見された。そのタンパク質構造やグロビンとしてのガス結合能は明らかとなった。また、Cygbは肝臓を含む内臓の線維芽細胞に発現し、臓器線維化とともに発現増強することがわかってきた。また、いくつかの報告により、Cygbを過剰発現させると細胞を酸化ストレスから保護されることが判って来ている。しかしながら、生体内におけるこの蛋白質の機能は未だ不明である。
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【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
現在のところ、Cygbについては、ガス結合性以外の機能、特にビタミンA貯蔵星細胞に発現する意義、星細胞の活性化及び肝臓の炎症や線維化における作用機序、肝臓以外の臓器に発現する意義等については依然として不明である。Cygbを欠損させた疾患モデル動物は、Cygbの生体内での機能を明らかにするだけでなく、従来、治療法が確立されていない疾患に対する診断法や治療法の開発への道が開かれる可能性がある。そこで、本発明は、Cygbが関与する疾患の治療、診断、創薬等に有用なスクリーニングツール、即ち、Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデル動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、Cygb遺伝子の機能が欠損している非ヒト疾患モデルマウスの開発に成功した。当該非ヒト疾患モデルマウスは、生後2ヶ月までは、野生型マウス(Cygb+/+マウス)と同等に成長し、各種臓器に大きな変化は見られなかった。しかしながら、生後12週間経過すると、脾臓に変化が生じ、赤脾髄に鉄が沈着し、鉄関連遺伝子[haptoglobin, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1)]のmRNA発現が上昇してくることが判った。この時期の肝臓は組織学的には変化が見られなかったが、肝臓においては鉄関連遺伝子[hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, transferrin]の遺伝子が発現変動することが定量的real time PCR法を用いて確認された。一方、上記非ヒト疾患モデルマウスは、生後10ヶ月経過すると脾臓の鉄沈着はより顕著になり、肝臓においては鉄関連遺伝子[haptoglobin, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin]の遺伝子が発現上昇することが定量的real time PCR法を用いて確認され、上記非ヒト疾患モデルマウスは、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価するためのモデル動物として有用であることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0015】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. サイトグロビン遺伝子の機能が欠損していることを特徴とする、非ヒト疾患モデル動物。
項2. 鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物である、項1に記載の非ヒト疾患モデル動物。
項3. 齧歯目動物である、項1又は2に記載の非ヒト疾患モデル動物。
項4. マウスである、項1乃至3のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物。
項5. 項1乃至4のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価することを特徴とする、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
項6. 被験物質が、サイトグロビンに対するアンタゴニスト又はアゴニストである、項5に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子が関与する疾患の治療法、診断法、創薬等を構築する上で有用なスクリーニングツールとなり得る。特に、本発明の非ヒト疾患モデル動物によれば、鉄の代謝異常の検査方法、検査薬の提供、病態の解析、治療又は予防に必要な医薬のスクリーニング等を可能ならしめ、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患の診断又は治療を確立することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
1.非ヒト疾患モデル動物及びその利用方法
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損しているノックアウト非ヒト動物である。
【0018】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、非ヒトであって実験動物として使用できるものであれば、如何なる種の動物でもよいが、好ましくは齧歯目動物、更に好ましくはマウスである。
【0019】
本願明細書において、「Cygb遺伝子の機能が欠損している」とは、上記に記載したCygb遺伝子の塩基配列の改変等により、Cygb遺伝子の発現産物が全く発現しないか、または発現しても正常なCygb遺伝子産物が有する機能を示すことができないことをいう。
【0020】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損している限り、Cygb遺伝子の機能を欠損させる具体的態様については、特に制限されないが、例えば、Cygb遺伝子の少なくとも一部が改変されている;或いはCygb遺伝子のプロモーターが不活性化されている等の態様が含まれる。
【0021】
本明細書において、「Cygb遺伝子の少なくとも一部が改変」とはCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に、欠失、置換又は付加を生じさせる改変を加えることをいう。Cygb遺伝子の機能を欠損させるためには、Cygb遺伝子に対して欠失、置換及び付加の内、1又は2以上の変異を組み合わせてもよい。
【0022】
また、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「欠失」させるとは、Cygb遺伝子の一部または全部を欠失させることにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。また、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「置換」するとは、Cygb遺伝子の一部又は全部をCygb遺伝子とは関係のない別個の配列に置換することにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。更に、本明細書においてCygb遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に「付加」するとは、Cygb遺伝子中にCygb遺伝子以外の配列を付加することにより、Cygb遺伝子の発現産物がCygbタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。
【0023】
本発明において、Cygb遺伝子の機能の欠損の好適な態様として、染色体上のCygb遺伝子座のエクソン1から2の領域が除去されることにより、その発現が完全に欠損しているもの;或いは染色体上のCygb遺伝子座のエクソン1の上流にネオマイシン耐性遺伝子等の外来遺伝子が挿入されることにより、その発現が低下している変異配列に置換されているものが例示される。
【0024】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子における対立遺伝子のいずれか一方の機能が欠損されているヘテロ接合体のノックアウト動物であってもよく、また対立遺伝子の双方の機能が欠損しているホモ接合体のノックアウト動物であってもよい。好ましくは、ホモ接合体のノックアウト動物である。
【0025】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、Cygb遺伝子の機能が欠損しており、Cygb遺伝子が関与する疾患のモデル動物として有用である。具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患のモデル動物として有用である。
【0026】
具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物がマウスである場合には、経時的に、以下のような症状や病態を示す。本発明の非ヒト疾患モデルマウスは、生後2ヶ月位までは各種臓器に異常が認められることなく成長する。しかしながら、生後12週目位から、鉄の代謝異常によって、脾臓に変化が生じ、赤脾髄に鉄が沈着し、鉄関連遺伝子[haptoglobin, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine]のmRNA発現が変化する。この時点では、肝臓においては組織学的に変化は見られないが、上記と同様に鉄関連遺伝子[hemeoxygenase 1, hemeoxygenase2, iron regulatory factor 1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, transferrin]のmRNA発現が変化する。更に、生後10ヶ月位経過すると、肝臓と脾臓の腫大が認められる。即ち、本発明の非ヒト疾患モデルマウスは、肝臓と脾臓における鉄代謝異常が発症する。
【0027】
本発明の非ヒト疾患モデル動物は、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患のモデル動物として使用する場合、当該疾患の病因の解明や、当該疾患の予防又は治療薬をスクリーニングに使用される。具体的には、本発明の非ヒト疾患モデル動物を利用して、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬をスクリーニングするには、当該非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、その後、非ヒト疾患モデル動物の鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を判定すればよい。このようなスクリーニングによって、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療に有用な、Cygbに対するアンタゴニスト又はアゴニストが検出され得る。なお、ここで、鉄の代謝異常に伴って発症する疾患としては、具体的には、ヘモジデローシス、ヘモクロマトーシス、慢性肝障害、膠原病、多血症等が例示される。
【0028】
そして更に、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、肝硬変、肝炎、肝線維化等の肝疾患、とりわけ鉄代謝異常が関連するこれらの肝疾患のモデル動物としても利用され得る。従来、Cygbは肝線維化で発現が増強されていることが知られており、Cygbの機能を欠損させたモデル動物が、肝硬変や肝線維化等の肝疾患のモデル動物として使用できることは、従来技術からは予想できなかった知見である。
【0029】
なお、本発明の非ヒト疾患モデル動物は、実験動物として十分な寿命を有し得る。ここで、実験動物として十分な寿命とは、例えばマウスの場合であれば2年程度である。
【0030】
2.非ヒト疾患モデル動物の製造方法
本発明の非ヒト疾患モデル動物の製造方法については特に制限されず、通常のノックアウト動物の製造方法と同様に実施されるが、一例としてCygb遺伝子が不活性化された胚幹細胞を胚盤胞に導入して得られるキメラ胚を、対象動物の雌の子宮に着床させることにより、キメラ動物を得る方法が例示される。より具体的には、以下に説明する工程(1)〜(6)を経ることにより、本発明の非ヒト疾患モデル動物を得ることができる。
【0031】
工程(1):Cygb遺伝子のフラグメントのクローニング
先ず、CygbのゲノムDNAのフラグメントをクローニングする(工程(1))。
【0032】
CygbのゲノムDNAフラグメントは、対象動物のゲノムライブラリーからクローニング、更に必要に応じてサブクローニングすることにより得ることができる。クローニング又はサブクローニングされるフラグメントには、Cygb遺伝子のコード領域、好ましくはエクソン1又は2が含まれていることが望ましい。
【0033】
工程(2):改変フラグメントの作製
次いで、前記工程(1)で得られたフラグメントを改変して、Cygb遺伝子の機能を欠損させる改変フラグメントを作製する(工程(2))。具体的には、前記工程(1)で得られたフラグメントに対して、欠失、置換又は付加を行うことにより、Cygb遺伝子を不活性化する改変フラグメントを得ることができる。前記工程(1)で得られたフラグメントにおいて改変がなされる部位には、Cygb遺伝子のコード領域、好ましくはエクソン1又は2が含まれていることが望ましい。
【0034】
前記工程(1)で得られたフラグメントの改変において、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を選択マーカーとして置換することが望ましく、このような薬剤耐性遺伝子による置換によって後述する胚幹細胞の選択が容易になる。
【0035】
工程(3):ターゲッティングベクターの作製
次いで、前記工程(2)で得られた改変フラグメントが組み込まれたターゲッティングベクターを作製する(工程(3))。
【0036】
本工程で使用されるベクターの種類について、胚幹細胞に相同性組み換えを起こすことができることを限度として、その種類については特に制限されない。また、ターゲッティングベクターは、当該技術分野で公知の方法に従って、ベクターに上記改変フラグメントを導入することにより作製される。
【0037】
工程(4):Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞の作製
次いで、前記工程(3)で得られたターゲッティングベクターを胚性幹細胞に相同性組み換えを行うことにより、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞を作製する(工程(4))。
【0038】
本明細書において、「相同組み換え」とは、Cygb遺伝子と同一または類似の塩基配列を有する改変したCygb遺伝子を、ゲノム中のサイトCygb遺伝子のDNA領域に、人工的に組換えさせることをいう。
【0039】
本工程は、前記工程(3)で得られたターゲッティングベクターを胚性幹細胞に導入し、Cygb遺伝子の機能を欠損させる改変フラグメントが組み込まれた組み換え胚性幹細胞を選択することによって行われる。
【0040】
本工程で使用される胚性幹細胞の種類については特に制限されないが、Cygb遺伝子のフラグメントのクローニングを行った動物と同一種且つ同一系統由来のものが好ましい。例えば、マウスの場合であれば、胚性幹細胞として、R1細胞株、TT2細胞株、AB-1細胞株、J1細胞株等が知られており、目的や方法に応じて適宜選択して決定すればよい。
【0041】
ターゲッティングベクターの胚性幹細胞への導入は、エレクトロポレーション法、リポソーム法、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法等の公知の方法で行うことができるが、導入遺伝子の相同組み換え効率を考えると、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。
【0042】
また、ターゲッティングベクターが導入された胚性幹細胞から、組み換え胚性幹細胞を選択する方法についても、従来公知の方法に従って行うことができる。例えば、前記改変フラグメントに薬剤耐性遺伝子が組み込まれている場合には、当該薬剤を含む培地で培養することにより、目的の組み換え胚性幹細胞を選択することができる。選択された胚性幹細胞は、サザンハイブリダイゼーション法やPCR法等の公知の遺伝子解析法によって、組み換え体であることを確認することができる。
【0043】
工程(5):Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞が導入されたキメラ胚の作製
次いで、前記工程(4)で得られたCygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞が導入されたキメラ胚を作製する(工程(5))。
【0044】
本工程で使用される胚盤胞は、Cygb遺伝子のフラグメントのクローニングを行った非ヒト動物と同一種且つ同一系統由来のものが好適である。
【0045】
キメラ胚は、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞を胚盤胞の胚内に導入する、或いは8細胞期胚又は嚢胚と凝集させることにより作製される。胚性幹細胞を胚盤胞等の胚に導入するには、マイクロインジェクション法や凝集法等の公知の方法に従って実施すればよい。例えば、マウスの場合には、ホルモン剤(例えば、FSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)により過排卵処理を施した雌マウスを、雄マウスと交配させる。その後、胚盤胞を用いる場合には受精から3.5日目に、8細胞期胚又は嚢胚を用いる場合には2.5日目又は3日目に、それぞれ子宮から初期発生胚を回収する。このようにして回収した胚に対して、Cygb遺伝子の機能が欠損した胚性幹細胞をin vitroで注入することにより、キメラ胚が作製される。
【0046】
工程(6):キメラ胚を利用したキメラ動物の作製
次いで、前記工程(5)で得られたキメラ胚を雌非ヒト動物の子宮に着床させて、キメラ動物を発生させる(工程(6))。
【0047】
本工程で使用される雌非ヒト動物は、仮親として使用される偽妊娠動物であり、キメラ胚を得るために用いた非ヒト動物と異なる系統由来(ICRなど)を使用することが好適である。当該偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮などにより去勢した雄動物と交配させることにより得ることができる。
【0048】
雌非ヒト動物の子宮に、前記工程(5)で得られたキメラ胚を子宮内移植して子宮に着床させ、妊娠・出産させることによりキメラ動物を作製することができる。キメラ胚の着床、妊娠がより確実に起こるようにするため、前記工程(5)におけるキメラ胚の作製に使用した雌非ヒト動物と仮親となる雌非ヒト動物とを、同一の性周期にある動物群から作出することが望ましい。
【0049】
所望のキメラ動物が得られたことを確認するには、例えば、以下の手法を用いることができる。即ち、キメラ動物を同一種の純系動物と交配させ、そして次世代個体に胚性幹細胞由来の被毛色の発現の有無を観察することにより、胚性幹細胞がキメラ動物生殖系列へ導入されたか否かを確認することができる。例えば、マウスの場合であれば、野ネズミ色(アグーチ色)、黒色、黄土色、チョコレート色、白色等の被毛色が知られており、使用する胚性幹細胞の由来系統を考慮して、キメラマウスと交配させるマウス系統を適宜選択すればよい。また、キメラ動物の体の一部(例えば尾部先端)からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRアッセイ等を行うことにより、所望のキメラ動物が得られたことを確認することも可能である。
【0050】
工程(7):交配によるヘテロ接合体又はホモ接合体の非ヒト動物の作製
前記工程(6)で得られたキメラ動物同士を交配させることにより、ヘテロ接合体のCygb遺伝子欠損非ヒト動物、又はホモ接合体のCygb遺伝子欠損非ヒト動物を得ることができる。得られたCygb遺伝子欠損非ヒト動物が、ヘテロ接合体であるか、或いはホモ接合体であるかについては、サザンブロット法等の公知の解析手法によって確認できる。
【0051】
斯くして作出されたCygb遺伝子欠損非ヒト動物は、生殖細胞及び体細胞の全てに安定的Cygb遺伝子変異を有しており、交配等により効率よくその変異を子孫動物に伝達することができる。
【実施例】
【0052】
以下に、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
実施例1 Cygb遺伝子欠損マウスの作製及び確認
(1) Cygb遺伝子欠損マウスの作製
マウス129SvゲノムDNAから、PCR法によりCygb遺伝子の5′上流域の5.9kbDNAフラグメントをクローニングした。このフラグメントは、CygbゲノムDNAの5’UTRおよびエクソン1の一部を有する。さらに、マウス129SvゲノムDNAから、PCR法によりCygb遺伝子の3′下流域の6.9kbDNAフラグメントをクローニングした。このフラグメントは、サイトグロビンゲノムDNAのエクソン3,4および3’UTRを有する。上流5.9kbDNAフラグメントの下流にホスホグリセリン酸キナーゼプロモーター/ネオマイシン抵抗遺伝子カセット(PGK−neo)を結合し、さらにその下流に、6.9kbのDNAフラグメントを結合した。ネオマイシン抵抗遺伝子カセットは、両側をバクテリオファージP1のloxPとよばれる部位特異的組換え配列で挟まれている。この改変フラグメントを、プラスミドベクターpBluescript II(ストラタジーン株式会社)に組み込んで、ターゲッティングベクターpTVFloxPGKneo/Cg#3を得た。
【0053】
得られたターゲッティングベクターをNotIによって線状化して、129Sv胚性幹細胞(ES細胞)に、エレクトロポレーションによってトランスフェクトした。トランスフェクトされた細胞を、抗生物質G418(ネオマイシン)を含む(150μg/ml)、ES細胞用の20%FCS−DMEM培地において37℃で培養し、G418抵抗性ES細胞クローンを選択した。選択された480個の抵抗性コロニーを拡張させ、以下の条件でサザンブロットを行い、組換えクローンを同定した。まず、各細胞コロニーから溶解試薬を加えて50℃で16時間加温し、エタノール沈澱により細胞のDNAを回収した。回収したDNAを制限酵素BCL1で切断した後、アガロースゲルに電気泳動後、ブロットし、Cygb遺伝子の5′上流のプローブ(200bp)をp32放射性dCTPで標識したものを加えてハイブリダイゼーションを行った。その後、フィルターを洗浄し、組換えES細胞に特異的なバンドによって、正しく相同組換えES細胞を5個同定した。
正しく相同組換えしたES細胞を、BDF1マウスの交配から得られた嚢胚と凝集させ、偽妊娠マウスの子宮に移植し、キメラ胚を得た。得られたキメラ胚を、C57BL/6Jマウスと交配して、Cygb遺伝子がヘテロのマウスを得た。このようなCygb遺伝子をヘテロにもつ雄雌マウス同士を交配させ、Cygb遺伝子を欠失したホモマウス(Cygb遺伝子欠損マウス)を得た。
【0054】
(2) Cygb遺伝子欠損マウスの確認
上記で作製されたマウス尾からDNAを抽出し、PCRを行いCygb遺伝子とネオマイシン遺伝子の存在をプライマー[CTCCCAGCCGGGACCGCGGTGGCCTT (両者に共通するforward primer;配列番号1), GGAGCCGAGGCCGGTGCGTGCGAGGC (Cygbに対するreverse primer;配列番号2), GTGGGGTGGGATTAGATAAATGCCTGCTCT (Neoに対するreverse primer;配列番号3)]で検討したところ、野生型ではCygb+/Neo-、ヘテロマウスではCygb+/Neo+であり、ホモマウスでは完全にCygb 遺伝子が消失していた(図2参照)。更に、上記で作製されたマウスの肝臓をホモゲネートし、その10μgをSDS-PAGEで分離後、抗ラットCygbペプチド抗体(Kawada N, KristensenDB, et al. J Biol Chem. 2001;276:25318)を用いてウエスタンブロット法でCygb蛋白発現を確認したところ、ヘテロマウスではCygb蛋白質が半分に減少し、ホモマウスでは完全にCygb蛋白質が消失していることを確認した(図3参照)。
【0055】
更に、上記で作製されたマウス尾から抽出したDNAに対して、以下の方法でサザンブロットを実施し、ゲノム上のCygb遺伝子の確認を行った。先ず、マウスDNA 20μgをEcoRV制限酵素で切断後、0.8%アガロースゲル電気泳動し、ナイロンメンブレン(Amersham Biosciences社製 Hybond-N)に転写した。プローブにはforward primer : AAAGAGGCAGATGCCACAGG(配列番号4), reverse primer : CGTGGCACCCACATGAGAAG(配列番号5)によるPCR産物を使用し、プローブのラベル及びCygb遺伝子の検出はDIG High Prime DNA Labeling and DetectionStarter Kit I(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いて行った。ハイブリダイゼーションは65℃ 16時間、メンブレンの洗浄は、0.1 x SSC/0.1%SDS、65℃で30分行った。次いで、NBT/BCIT(nitro blue tetrazolium/5-bromo-4-chloro-3-indolyl phosphate)を加えて染色を行った。その結果、野生型マウスではCygb遺伝子が検出されたが、ホモマウスではcygb遺伝子が欠損されていることを確認した(図4参照)。
【0056】
また、抗ラットCygbペプチド抗体を用いてマウス肝臓を詳細に間接免疫酵素抗体法で検討したところ、肝臓内の血管周囲に茶色に発現しているCygb蛋白質はヘテロマウスでは減少しており、更にホモマウスでは検出されないことが判明した(図5参照)。
【0057】
以上の結果から、上記で得られたホモマウスは、Cygbの機能が欠損しており、Cygb遺伝子欠損(ノックアウト)マウスであることが確認された。
【0058】
実施例2 Cygb遺伝子欠損マウスの特性評価
上記実施例1で得られたCygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス)の特性を評価するために、生育及び生理学的特徴を経時的に観察した。
【0059】
<2週目まで>
Cygb遺伝子欠損マウスは野生型マウスの産子数(n=8.8±0.97)に比し、一回の出産により生まれる産子数(n=4.4±1.95)が有意に少ないことが判明した。また生後2週間以内に死亡に至る数はn=1.3±1.41であり繁殖率に差が生じた。その後は野生型とほぼ同様に成長し、寿命に明らかな差は認められなかった。
【0060】
<10〜12週目頃>
10週齢のCygb遺伝子欠損マウスでは、脾臓に軽度腫大が見られた。体重並びに臓器重量を測定すると野生型マウスにおいては、体重:25.88±0.72g(n=5)、肝重量:1.26±0.04g(n=5)、脾臓重量:0.064±0.059g(n=5)であったのに対し、Cygb遺伝子欠損マウスでは体重:30.34±1.38g(n=5)(p<0.01)、肝重量:1.50±0.11g(n=5)(p<0.05)、脾臓重量:0.089±0.017g(n=5)(p<0.01)であり、両群の重量差には有意差が認められた。当該脾臓について更に詳細に検討するために、これを4%パラホルムアルデヒドを用いて固定してパラフィン包埋した後に、4μmに薄切して脱パラフィンした組織を用いて各種染色を行った。顕微鏡下に観察すると、ベルリン青染色で赤脾髄に沿って鉄の沈着がみられることが判明し、赤脾髄に変化が生じることが明らかになった(図6参照)。
【0061】
鉄の沈着が脾臓で高度であったため、脾臓並びに肝臓における鉄代謝と関連する遺伝子の発現動態をreal time RT-PCRを用いて検討した。Cygb遺伝子欠損マウスの凍結保存脾臓組織及び肝組織から、Isogen(日本ジーン社製)を用いてtotal RNAを抽出した。100 ngのtotal RNAをテンプレートとし表1に示すTaqManプローブ、並びにPCRプライマー、One Step PrimeScript RT-PCR Kit (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を用い、ABI PRISM 7700 Sequence Detection Systemにより解析した。反応条件は42℃ 15分、95℃ 2分、(95℃5秒、60℃ 30秒)x40サイクル、95℃ 15分、60℃ 1分、95℃ 15秒で行った。各遺伝子の発現はglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)の発現で標準化した。その結果、haptoglobin, hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin, transferrinのmRNA発現が、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスで全て変動していることが判明した(図7、8)。脾臓組織における比較ではhaptoglobin:1.67倍(p<0.01), hemeoxygenase 1:1.12倍, hemeoxygenase2:1.18倍, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.63倍(p<0.01), hepcidine:0.6倍(p<0.01), ferritin:0.89倍, transferrin:1.12倍の変化がみとめられた。肝組織においては野生型マウスとの比較において、haptoglobin:1.2倍, hemeoxygenase1:1.71倍(p<0.01), hemeoxygenase 2:1.41倍(p<0.01), iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.52倍(p<0.01), hepcidine:1.4倍(p<0.01), ferritin:1.12倍, transferrin:1.49倍(p<0.01)を示した。
【0062】
【表1】
【0063】
<10ヶ月頃>
10ヶ月齢のマウスを開腹すると、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスでは肝臓と脾臓が腫大していた(図9参照)。野生型マウスの肝臓が1.55±0.23g(n=5)であったのに対して、Cygb-/-マウスでは1.74±0.06g(n=5)であった。さらに脾臓は野生型0.11±0.027g(n=5)に対しCygb遺伝子欠損マウス0.16±0.046g(n=5)(p<0.01)と有意な腫大が認められた。
【0064】
10ヶ月脾臓における、組織学的変化を見てみるとヘマトキシリン−エオジン染色ではCygb遺伝子欠損マウスの赤脾髄は拡大していた(図10)。またベルリン青染色では、赤脾髄における鉄の沈着が著明に進行していることが明らかになった。
【0065】
10ヶ月肝臓と脾臓における、鉄関連遺伝子の発現について、10週令同様にrealtime RT-PCRを用いて検討した(図11、12)。その結果haptoglobin, hemeoxygenase 1, hemeoxygenase 2, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1), hepcidine, ferritin, transferrinのmRNA発現が、野生型マウスに比較してCygb遺伝子欠損マウスで全て有意に増加していることが判明した。肝組織においては野生型マウスとの比較において、haptoglobin:1.56倍(p<0.01), hemeoxygenase 1:1.33倍, hemeoxygenase2:1.52倍(p<0.01), iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.63倍(p<0.01), hepcidine:1.28倍(p<0.01), ferritin:1.97倍(p<0.01), transferrin:1.17倍を示した。また脾臓組織における比較ではhaptoglobin:1.35倍, hemeoxygenase1:1.12倍, hemeoxygenase 2:1.14倍, iron regulatory factor1 (ferroportin, IREG1):1.21倍, hepcidine:1.47倍, ferritin:1.36倍, transferrin:1.13倍の増加がみとめられた。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施例1で作製したCygb遺伝子欠損マウスと野生型マウスの遺伝子地図を示す図である。
【図2】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓におけるCygb mRNA発現をRT-PCRで調べた図である。
【図3】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓におけるCygb蛋白質発現を免疫ブロット法で調べた図である。
【図4】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓から抽出したDNAにおけるcygb遺伝子の存在をサザンブロットで調べた図である。
【図5】実施例1において、Cygb遺伝子欠損マウス(ホモマウス、Cygb-/-)、ヘテロマウス(Cygb+/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の肝臓をパラハルムアルデヒド固定した後に、各種処理後、ウサギ抗STAPペプチド抗体、さらにペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgG抗体と反応させ、DAB/H2O2で反応させて発色させた免疫染色標本である。
【図6】実施例2において、Cygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)と野生型マウス(Cygb+/+)の脾臓におけるヘマトキシリンーエオジン染色とベルリン青染色した結果を示す。
【図7】実施例2において、生後10週目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)脾臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01、※はp<0.05で有意差を示す。
【図8】実施例2において、生後10週目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)の肝臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01で有意差を示す。
【図9】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)の腹部を開腹し、肝臓と脾臓を中心とした臓器の写真を撮影したものである。下段は取り出した臓器の様子を示す。
【図10】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(Cygb-/-)、野生型マウス(Cygb+/+)肝臓をパラホルムアルデヒドで固定し、各種処理後、ベルリン青染色を行ったものである。矢印は青く染まった細胞で鉄陽性であることを示している。
【図11】実施例2において、生後10ヶ月目のCygb遺伝子欠損マウス(KO、Cygb-/-)、野生型マウス(WT、Cygb+/+)肝臓からtotal RNAを抽出し、定量的RT-PCRにてmRNA発現を測定し、GAPDHとの比を計算した図である。#はp<0.01で有意差を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイトグロビン遺伝子の機能が欠損していることを特徴とする、非ヒト疾患モデル動物。
【請求項2】
鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物である、請求項1に記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項3】
齧歯目動物である、請求項1又は2に記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項4】
マウスである、請求項1乃至3のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価することを特徴とする、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
被験物質が、サイトグロビンに対するアンタゴニスト又はアゴニストである、請求項5に記載のスクリーニング方法。
【請求項1】
サイトグロビン遺伝子の機能が欠損していることを特徴とする、非ヒト疾患モデル動物。
【請求項2】
鉄代謝異常に関連する疾患のモデル動物である、請求項1に記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項3】
齧歯目動物である、請求項1又は2に記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項4】
マウスである、請求項1乃至3のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の非ヒト疾患モデル動物に被験物質を投与し、鉄代謝異常に関連する疾患の発症率及び重症度を評価することを特徴とする、鉄代謝異常に関連する疾患の予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
被験物質が、サイトグロビンに対するアンタゴニスト又はアゴニストである、請求項5に記載のスクリーニング方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−51277(P2010−51277A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−221841(P2008−221841)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(307042709)
【出願人】(592232487)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(307042709)
【出願人】(592232487)
【Fターム(参考)】
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