説明

サブマージアーク溶接機

【課題】高電流密度溶接でも溶接欠陥が発生しにくい、サブマージアーク溶接機を提供する。
【解決手段】ワイヤ送給モータが、定格トルクが1.0N・m以上、回転子イナーシャが1.0×10−4kg・m以下、且つ定格回転速度までの到達時間が無負荷状態で100msec以下で、溶接電源が垂下特性を有しているサブマージアーク溶接機。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接機に関し、特に、多電極として厚肉大径鋼管のシーム溶接に用いて好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
サブマージアーク溶接は一般に溶着速度が大きく、高品質な溶接金属が得られるため、造船、鋼管、建築鋼材の溶接などに利用されており,特に大電流を適用して大入熱溶接が可能であることから、高能率溶接方法として広く普及しているが、近年、溶接構造物の大型化に伴い更なる高能率化が求められている。
【0003】
溶接能率向上のため、溶接電流を大きくしていくとワイヤ送給速度が高速化する。従来のサブマージアーク溶接ではワイヤ送給速度の限界が5m/min程度であるので、これを超えると、溶接が困難となる。
【0004】
このため,ワイヤの径を太くすることで,ワイヤ送給速度を低く抑えながら(ワイヤ供給速度限界内に抑えながら)、大電流高溶着速度溶接ができるようになるが、一方で、
溶接電流値の増大とともにワイヤ径を太くすると、電流密度が低下することになり、電磁力で緊縮していたアークが緩んで強いアーク力が得られず,アークガウジングによって得られる溶け込み深さは期待したほど増大しない。
【0005】
そのため,深い溶け込みを得るためにさらに大電流化を図らざるを得ず,結果的に過剰な溶接入熱を投入することになり、鋼材の溶接部靭性が劣化するようになる。
【0006】
一方、ワイヤ径を小径とし、溶接電流密度を大きくすることが、例えば、特許文献1に記載されている。特許文献1は、大径溶接鋼管の小入熱多電極サブマージアーク溶接方法に関し、先行電極ワイヤ径を小径として、深溶け込み溶接し、低入熱でシーム溶接を行うことが記載されている。ワイヤ径を小径とし、溶接電流を大きくすれば、アークのエネルギー密度が高まり、同一入熱でも溶け込みが増大するとされている。
【0007】
しかしながら、溶け込みが増大するとともにワイヤの溶融速度も増加するので、ワイヤ送給速度が増大することになる。
【0008】
サブマージアーク溶接機はアークの自己制御作用を利用した溶接条件制御(直流定電圧特性電源との組み合わせ)を行う場合を除いて、アーク電圧の変化をワイヤ送給速度にフィードバックして溶接電圧を制御する方式(例えば、特許文献2)のため、ワイヤ送給モーターの応答性の能力限界から、ワイヤ送給速度の上限が5m/minとされている。
【0009】
また、サブマージアーク溶接では一般にワイヤ径4.0mm以上が使用されており、送給ワイヤ自体の慣性が大きいため、ワイヤを高速で送給した場合にはアーク電圧の制御が困難となりやすい。
【特許文献1】特開2006−272377号公報
【特許文献2】特公昭51−12584号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、サマージアーク溶接において、高能率化のためワイヤ径を太くすることによってワイヤ送給速度を低く抑えながら大電流化を図った場合は、所定の溶け込みを得るために過剰の溶接入熱を投入することになるという問題があった。
【0011】
一方ワイヤ径を小径として大電流化を図った場合は、ワイヤ送給速度が高速化して、ワイヤの送給が不安定となり、溶接条件が安定せず、ビード不整や溶接欠陥が発生する懸念があった。
【0012】
そこで、本発明は、ワイヤ径が小径でも大電流条件が適用できるようなサブマージアーク溶接機を提供することを目的とし、具体的には、ワイヤ送給速度の限界が10m/minと高速化が可能で,なおかつアーク電圧の変化に即応してワイヤ送給速度を変化させることにより、安定した溶接が可能なサブマージアーク溶接機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、上記課題を達成するため、ワイヤー径:1.6〜4.0mmのワイヤを用いて高電流密度溶接する場合について、安定したアーク長さが確保できるワイヤー送給機構について鋭意検討を行った。
【0014】
本発明の課題は以下の手段で達成可能である。
1.フラックス補給機構とワイヤー送給機構および溶接電極を備えた溶接機本体と溶接電源を備えたサブマージアーク溶接機であって、前記フラックス補給機構はフラックスホッパとフラックス回収機を備え、前記ワイヤー送給機構は、溶接ワイヤとワイヤリールと前記溶接ワイヤを矯正する矯正機構と前記溶接ワイヤを溶接電極に送給するワイヤー送給モータを備え、前記ワイヤ送給モータが、定格トルクが1.0N・m以上、回転子イナーシャが1.0×10−4kg・m以下、且つ定格回転速度までの到達時間が無負荷状態で100msec以下で、前記溶接電源が垂下特性を有していることを特徴とするサブマージアーク溶接機。
2.前記サブマージアーク溶接機が、第1電極が直流電源の3電極以上の多電極サブマージアーク溶接機で、少なくとも前記第1電極のワイヤ送給モータが、1記載のワイヤー送給モータであるサブマージアーク溶接機。
3.第1電極の溶接電源にサイリスタ式の直流定電流特性の電源を適用した2に記載のサブマージアーク溶接機。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、溶接能率を向上させるため、ワイヤ径を変更せずに、更に電流密度を高めて溶融速度を上げても、安定したワイヤ送給により、溶接欠陥のない溶接部が得られ産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1に、サブマージアーク溶接機の構成の一例を示す。図において、1はサブマージアーク溶接機本体、2はワイヤリール、3はワイヤ、4はフラックスホッパー、5は矯正機構、6はワイヤ送給モータ、7はトーチ、8は操作箱、9.10はアーク電圧検出リード線、11は溶接電源、12,13は溶接ケーブル、14は被溶接材、15は開先、16はフラックスを示す。
【0017】
サブマージアーク溶接機本体1は、フラックスホッパー4とフラックス回収機(図示しない)からなるフラックス補給機構とワイヤー送給機構、トーチ7および溶接作業者が溶接条件を設定する操作箱8を備える。
【0018】
ワイヤー送給機構は、ワイヤリール2に巻かれたワイヤ3を、矯正機構5で巻き癖を矯正しながらワイヤー送給モータ6でトーチ7に送給する。ワイヤー送給モータ6は、アーク長さが変動しないように、ワイヤーの送給速度をアーク電圧によって制御する。
【0019】
アーク電圧は、トーチ7に取り付けたアーク電圧検出リード線10と、被溶接材14に取り付けたアーク電圧検出リード線9間で検出されて、ワイヤー送給モータ6の回転数制御に用いられる。
【0020】
溶接電源11からの溶接電流は、電源ケーブル12,13を介してトーチ7からワイヤ3に流れ、被溶接材14に設けられた開先15内でアークを発生して溶接を行う。アークはフラックス16で覆われる。トーチ側を陽極とした。
【0021】
本発明では、アーク長さが変動した場合、直ちに、当初のアーク長さに復帰するように、ワイヤー送給モータ6の回転子イナーシャを1.0×10−4kg・m以下、定格トルクを1.0N・m以上および定格回転速度までの到達時間を無負荷状態で100msec以下とする。
【0022】
ワイヤー送給モータ6の回転子イナーシャは、モータの回転数を変動させるときの追随性を示し、小さいほど、追随性が良くなる。回転子イナーシャが1.0×10−4kg・mを超えるとアーク電圧変動に対するワイヤー送給速度の反応が遅くなり、アーク電圧が不安定となり、ビード不整や欠陥の原因となるため、1.0×10−4kg・m以下とする。
【0023】
ワイヤー送給モータ6の定格トルクが1.0N・m未満となると回転子イナーシャが小さくてもワイヤー送給速度の制御性が悪くなり、溶接条件が不安定化するため、1.0N・m以上とする。
【0024】
更に、定格回転速度までの到達時間が無負荷状態で100msecを超えると、アーク電圧変動に対するワイヤー送給速度の反応が遅くなり、アーク電圧が不安定となり、ビード不整や欠陥の原因となるため、100msecとする。
【0025】
本発明によれば、ワイヤー径:1.6〜4.0mmのワイヤを用いて高電流密度溶接する場合に、適正な溶接条件の範囲内で欠陥のない溶接ビードが得られる。
【0026】
例えば、ワイヤー径2.4mmで800A以上、ワイヤー径3.2mmで1200A以上、ワイヤー径4.0mmで1700A以上の溶接条件とする。尚、このような高電流密度溶接する場合、アーク後方の溶融池の動きが激しくなるため、多電極溶接として溶融池の動きを安定化するようアーク電圧を調整するなど、溶接条件を調整することが好ましい。
【0027】
溶接電源12は垂下特性(サイリスタ式の直流定電流特性)とすることが好ましい。溶け込みなどの溶接現象は溶接電流と強い関係があるため、電流が変動しないほうが好ましい。垂下特性の電源はアーク長の変動に対しても電流の変動が小さいメリットがあり、特にサイリスタ式の電源では電流の変動が非常に小さくなる。
【0028】
一方、定電圧特性電源を用いれば、前記アークの自己制御作用である溶接電流の変動により、ワイヤ溶融量が変動し、アーク電圧(アーク長)が制御される。よって溶接条件の制御は溶接電流の変動が前提となり、溶け込み深さの変動や溶接欠陥の発生頻度が増大する。
【実施例】
【0029】
2〜4電極の多電極サブマージアーク溶接機の第1電極のワイヤー送給モータを変えて、溶接試験を行った。表1にワイヤー送給モータの回転子のイナーシャ、定格トルクおよび無負荷状態から定格回転数までに達する時間を示す。No.1からNo.3では溶接電源は第1電極に直流垂下特性(サイリスタ式)の電源を適用し、残りの電極には交流電源(サイリスタ式)を適用した。No.1はACサーボモータ、No.2は電気子モータとした。No.3はDCサーボモーターとした。表2に溶接試験条件を示す。
【0030】
溶接試験は、板厚20mmの試験材を3電極で溶接した場合(記号1)、板厚25mmの試験材を2電極で溶接した場合(記号2)、および板厚25mmの試験材を4電極で溶接した場合(記号3)とした。
【0031】
表3に溶接試験結果を示す。溶接試験結果No.1は、ワイヤー送給モータが本発明の規定を満足するもので、記号1〜3のいずれの溶接試験でもビード不整やスラグ巻き込みが発生しないことが確認された。
【0032】
溶接試験結果No.2は、ワイヤー送給モータの回転子イナーシャと無負荷状態から定格回転数までに達する時間が本発明の規定を満足しないもので、記号1〜3のいずれの溶接試験でもビード不整やスラグ巻き込みが発生した。
【0033】
溶接試験結果No.3は、ワイヤー送給モータの回転子イナーシャと定格トルクおよび無負荷状態から定格回転数までに達する時間が本発明範囲外で、記号1〜3のいずれの溶接試験でもビード不整やスラグ巻き込みが発生した。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】サブマージアーク溶接機の構造を説明する図。
【符号の説明】
【0038】
1 サブマージアーク溶接機本体
2 ワイヤリール
3 ワイヤ
4 フラックスホッパー
5 ワイヤ矯正部
6 ワイヤ送給モータ
7 トーチ
8 操作箱
9.10 アーク電圧検出リード線
11 溶接電源
12,13 溶接ケーブル
14 被溶接材
15 開先
16 フラックス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス補給機構とワイヤー送給機構および溶接電極を備えた溶接機本体と溶接電源を備えたサブマージアーク溶接機であって、前記フラックス補給機構はフラックスホッパとフラックス回収機を備え、前記ワイヤー送給機構は、溶接ワイヤとワイヤリールと前記溶接ワイヤを矯正する矯正機構と前記溶接ワイヤを溶接電極に送給するワイヤー送給モータを備え、前記ワイヤ送給モータが、定格トルクが1.0N・m以上、回転子イナーシャが1.0×10−4kg・m以下、且つ定格回転速度までの到達時間が無負荷状態で100msec以下で、前記溶接電源が垂下特性を有していることを特徴とするサブマージアーク溶接機。
【請求項2】
前記サブマージアーク溶接機が、第1電極が直流電源の3電極以上の多電極サブマージアーク溶接機で、少なくとも前記第1電極のワイヤ送給モータが、請求項1記載のワイヤー送給モータであるサブマージアーク溶接機。
【請求項3】
第1電極の溶接電源にサイリスタ式の直流定電流特性の電源を適用した請求項2に記載のサブマージアーク溶接機。

【図1】
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【公開番号】特開2009−241092(P2009−241092A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89510(P2008−89510)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】