説明

サンゴ礁の造成方法

【課題】サンゴの移植や移入などの手段によらずに、着生環境を改善することでサンゴ幼生を積極的に誘引し、サンゴ礁の再生を図ることができ、また、着生後に魚類などによるグレイジングも防止でき、さらに、枯渇したサンゴ礁など、サンゴ幼生の加入量の少ない海域でも大掛かりな設備なしでサンゴ礁を形成できる。
【解決手段】 網状構造体2の裏側にサンゴ幼生を着生させ、この網状構造体2を反転して、水中の着生基盤1の少なくとも一部に設置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンゴ礁の造成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サンゴ礁は、生物の多様性を生み出す源であり、我が国のみならず海外においても地域社会の文化や経済活動にも重要な役割を果たし、また、医薬品への利用などの価値も注目されている。
【0003】
しかし、近年の地球規模での気候変動は、海水温度の上昇による白化現象や、オニヒトデの異常繁殖による食害などの悪影響を引き起こし、大量死滅が顕著になりつつある。サンゴ礁は重大な危機に瀕しており、消失(枯渇)したサンゴ礁の再生が望まれている。また、港湾工事や護岸新設などにおいても人工構造物へのサンゴ礁の早期形成が望まれている。
【0004】
サンゴ礁の再生方法として従来は、再生しようとする海域の外から採取したサンゴ(群体、プラヌラ幼生、または卵)や、それを基にして陸上養殖したサンゴの移植・移入による方法が主である。これまでにさまざまな提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1のサンゴの増殖方法は、サンゴのプラヌラ幼生(以下、サンゴ幼生ということがある。)が着生し得る着生基盤を海底に有する海域に、浮遊するサンゴの卵および/またはプラヌラ幼生が拡散するのを防止ないし抑制するとともに、底部が開放されプラヌラ幼生が沈降して前記着生基盤に着生するのを妨げない拡散防止手段を配置し、サンゴの卵および/またはプラヌラ幼生、あるいは、これらが浮遊する海水を、拡散防止手段により取り囲まれた領域に投入することにより、当該領域を、サンゴの卵および/またはプラヌラ幼生の高濃度領域とし、一定期間維持することにより、着生基盤にサンゴのプラヌラ幼生を着生させるものである。
【0006】
そして、サンゴ礁を再生する場合、基質(構造物)へのサンゴの着生については、構造物表面の凹凸を形成する方法があり、この凹凸のサイズを10〜30mmとすることが有効とされている。
【0007】
また、基質表面の化学的処理(サンゴ幼生の着生・変態促進物質、ホルモンの塗布)によるサンゴ幼生の誘引方法や、コンクリート成分の調整によるサンゴの着生基盤として、骨材をガラス廃材、硬質産業廃棄物(スラグなど)、貝化石、石炭灰としたものが知られている。
【特許文献1】特開2003−219751号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記特開2003−219751号公報に記載の方法は、サンゴの卵および/またはプラヌラ幼生の高濃度領域を作為的に形成するものであり、例えば養殖などにより人工的に得られたプラヌラ幼生を所定の領域に投入したり、プラヌラ幼生が高濃度に元々存在する海域を拡散防止手段である囲いにより取り囲んだり、または、採取手段として用いたプランクトンネットを海中から引き上げずに、ネット内のプラヌラ幼生を所望の海域まで移動し、そこでプランクトンネットを囲い状に組立てて高濃度領域を形成しなければならい。
【0009】
したがって、このような高濃度領域を形成するには、手間と時間と設備とを必要とする問題がある。そして、この高濃度領域を目的の構造物やサンゴの枯死した場所に形成したとしても、サンゴ幼生が着生する基盤環境が失われている状態では十分な効果が得られないおそれがある。
【0010】
また、投入するサンゴ幼生などに他の海域における固有種が混在している場合は、遺伝子かく乱、多様性の欠如などの問題が発生する。
【0011】
さらに、近年はサンゴ幼生自体の数が少なく、所望の海域に加入しても着生後に魚類ほかの生物に捕食されてしまうなどの問題もある。
【0012】
サンゴ礁を再生しようとする海域に生息しているプラヌラ幼生を積極的に誘引してサンゴ礁を造成することが望まれるが、幼生の着生を促進する方法として従来確立されたものはなかった。なお、前記した構造物表面に凹凸を形成する方法や、基質表面の化学的処理によるサンゴ幼生の誘引方法や、コンクリート成分の調整によるサンゴの着生基盤などについては、いまだ研究段階であり、実海域で大規模に実施されるにはいたっていない。
【0013】
本発明の目的は前記従来例の不都合を解消し、サンゴの移植や移入などの手段によらずに、着生環境を改善することでサンゴ幼生を積極的に誘引し、サンゴ礁の再生を図ることができ、また、着生後に魚類などによるグレイジングも防止でき、さらに、枯渇したサンゴ礁など、サンゴ幼生の加入量の少ない海域でも大掛かりな設備なしでサンゴ礁を形成できるサンゴ礁の造成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は前記目的を達成するため、請求項1記載の発明は、網状構造体の裏側にサンゴ幼生を着生させ、この網状構造体を反転して、水中の着生基盤の少なくとも一部に設置することを要旨とするものである。
【0015】
請求項1記載の本発明によれば、サンゴ幼生の着生要因の一つに光条件があり、自然光などが一定値以下(所定の範囲内)の光環境となるように遮光することで、基盤の表面に緑藻や褐藻などの陽生環境を好む藻類の繁茂が抑制されるから、サンゴ幼生が着生しやすい条件となる。よって、自然海域などの水中の基盤に網状構造体を敷設するだけの簡単・安価な方法で、この条件を備えられ、サンゴ幼生の着生を促進できるような基盤が得られる。また、基盤にサンゴ幼生が着生後も、基盤は網状構造体で覆われているから、魚類などによるグレイジングを防止できる。
【0016】
また、網状構造体の裏側でサンゴ幼生を下向きに着生・成長させることができるから、魚類などの食害からサンゴ幼生を守り安全な環境で成長させることができる。そして、食害を受けにくい大きさに成長した時点で網状構造体を裏返せば、サンゴは網状構造体から外側に向けてさらに成長できる。
【発明の効果】
【0017】
以上述べたように本発明のサンゴ礁の造成方法は、サンゴの移植や移入などの手段によらずに、着生環境を改善することでサンゴ幼生を積極的に誘引し、サンゴ礁の再生を図ることができ、また、着生後に魚類などによるグレイジングも防止でき、さらに、枯渇したサンゴ礁など、サンゴ幼生の加入量の少ない(幼生が着生する基盤環境が失われている)自然海域でも化学的処理や移植のための大掛かりな設備なしで、大面積のサンゴ礁を造成できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面について本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は本発明のサンゴ礁の造成方法の1実施形態を示す説明図で、本発明の基盤である着生基盤1として既存のテトラポットなどの消波ブロックを用い、この表面を網状構造体2で覆ったものである。
【0019】
図3は同上第2例で、本発明の基盤である着生基盤1として漁礁・藻場ブロックを用い、この表面を網状構造体2で覆ったものである。図4は同上第3例で、本発明の基盤である着生基盤1として護岸を用いたものである。この場合、護岸に続く海底には洗掘防止用構造材6(例えば、商品名アスファルトマット)を配置して、この上にも網状構造体2を敷設すれば、広い範囲に着生基盤1を形成できる。図示は省略するが、着生基盤1は前記のような人工構造物に限定されるものではなく、海底面の岩盤などの自然構造物でもよい。
【0020】
また、着生基盤1の表面は、サンゴ幼生の着生に影響を及ぼす砂や泥などが堆積しないように沈砂防止用の凹凸を形成することが望ましい。
【0021】
そして、図2から図4に示す例のいずれの場合も着生基盤1への網状構造体2の敷設は、着生基盤1の全てを覆う必要はなく、サンゴ幼生の着生を促進したい箇所のみを部分的に覆えばよい。また、網状構造体2は材質として一定期間経過後に自然界の中で分解して消滅する生分解性プラスチックや金属などを採用することもできる。
【0022】
着生基盤1に近接する場所などで網状構造体2にサンゴ幼生を着生・成長させ、これを反転して着生基盤1に設置する。網状構造体2のみを10〜100mmの間隔をおいて縦に多段に積み重ね、この状態でサンゴ幼生を着生させる(図1(a))。
【0023】
その後、生育基盤7の上に網状構造体2を並べ、幼生を生育する(同図(b))。なお最初から、水中の生育基盤7に網状構造体2を敷設し、この網状構造体2の裏側にサンゴ幼生を着生・成長させるようにしてもよい。
【0024】
生育基盤7はサンゴ砂やコンクリート製品などの白色系あるいはそれに近い色彩の材質を用いて、表面を光が反射しやすい面に形成する。さらに、表面に沈砂防止用の凹凸を形成することが望ましい。このような状態とすることにより、網状構造体2の裏側にも所定範囲内の光環境が創出され、着生したサンゴ幼生は網状構造体2と生育基盤7との間で下向きに、すなわち生育基盤7の方向に成長するから、藻食性魚類やウニなどによる食害の影響を少なくでき、安全な環境でサンゴを成長させることができる。
【0025】
そして、所定期間経過後、食害を受けにくい大きさ、例えば体長10〜20mm程度にサンゴが成長した時点で、網状構造体2をひっくり返し、すなわち網状構造体2の裏側を表側にし(反転し)、着生したサンゴを上向きにして(外側に向けて)網状構造体2ごと着生基盤1に密着して固定する(図1(c))。
【0026】
固定手段としては、水中不分離コンクリート、アンカーなどを用いることができる。なお、前述した第2実施形態の例では、本発明の基盤として生育基盤7および着生基盤1の複数種を用いたが、着生基盤1が生育基盤7を兼ねていてもよい。
【0027】
また本発明は、自然海域以外例えばサンゴ礁を再生しようとする海域の沿岸近くの陸地に施設したプールや大型水槽などにおいて、当該海域の天然海水を供給・循環しながら本発明の着生基盤1にサンゴを着生・成長させ、その基盤1を当該海域に搬送してサンゴ礁を造成する態様とすることもできる。
【0028】
実海域において網状構造体2を敷設した着生基盤1の状況を観察した実験結果を説明する。実験場所は水深5m程度の亜熱帯海域である。網状構造体2として、下記の表1に示すように2種類の網状構造体A、Bを使用した。
【0029】
【表1】

【0030】
着生基盤1は、表面に凹凸のないコンクリート平板(平滑板)および、表面に平均粒径10mmの鉄鉱石を固着・露出させ凹凸を形成したコンクリート基板(凹凸板)の2種類であり、いずれの大きさも縦250mm×横250mm×厚さ50mmとした。この2種類の基盤1を各9体ずつ実験場所に設置した。9体の基盤1のうち、3体には網状構造体Aを、別の3体には網状構造体Bをそれぞれ敷設するとともに、残りの3体には網状構造体2を敷設しないで、一年に亘り変化を観察した。なお、網状構造体2(A、B)は100mmの隙間5を介して着生基盤1に敷設した。
【0031】
実験中の着生基盤1表面における光強度として、光合成有効光量子束密度(光量子量と呼ばれることもある。)を測定した。下記の表2に海面下5mにおける光合成有効光量子束密度の測定例を示す。この結果は9月上旬の晴天下における正午付近の平均値である。網状構造体2(A、B)を敷設した着生基盤1は遮光され、光合成有効光量子束密度が網状構造体2を敷設しない場合(自然状態)の約半分以下に減少するこことが確認できた。
【0032】
【表2】

【0033】
そして、所定期間(1年)経過後にサンゴモおよびサンゴ群体の着生状況を調査した。下記の表3に着生基盤1に対するサンゴモの被覆率を示す。被覆率は着生基盤1の表面を撮影し、画像解析により求めた。
【0034】
【表3】

【0035】
サンゴモは紅藻植物(紅藻綱サンゴモ目)に属する小型藻類の一つであり、水中で光合成を行い生長するが、大型の紅藻植物などに比べ生長は遅い。この結果から、実験開始1年後において、網状構造体2を敷設しない着生基盤1の表面は緑藻や褐藻などの陽生環境を好む藻類が優占したが、網状構造体2を敷設した着生基盤1では遮光により、陽生環境を好む藻類は生育しにくくなるのに対して、サンゴモは生育可能であり、その被覆率は増加することが分かった。また、着生基盤1表面の沈砂状況を観察したところ、凹凸板の方が平滑板に比べて砂や泥などの堆積は少なく、サンゴモやサンゴの着生に寄与していると推測された。なお、実験では鉄鉱石の露出により不規則な凹凸を基盤1の表面に形成したが、これに代えて例えば溝幅3mm、溝高4mmの規則的な凹凸を形成した凹凸板としても、同様に沈砂防止効果が認められた。
【0036】
サンゴモは細胞壁に石灰分(炭酸カルシウム)を分泌したり沈着したりする藻類(石灰藻類)でもあり、その藻体の95%は炭酸カルシウムから構成されている。したがって、サンゴモはサンゴ礁の形成に重要な役割を果たしている生物の一つである。
【0037】
そして、サンゴモから抽出された物質の中にサンゴなどの海洋無脊椎動物浮遊幼生の着生促進または変態促進の作用を有するものがあることが報告されており、サンゴ礁の造成基盤として、早期にサンゴモが生育する環境を備えていることが望ましいといえる。かかる観点から、本発明の着生基盤1は網状構造体2の敷設により、陽生環境を好む藻類が生育しにくく、かつ、サンゴモが早期に生育可能な光環境の範囲に遮光され、サンゴ幼生の着生を促進させることが期待できる。
【0038】
サンゴ群体の着生はまだ目視で確認できる個体が少ない状況であったが、網状構造体2を敷設した着生基盤1では、(凹凸の有無にかかわらず)合計7個体のサンゴ群体が観察された。また、網状構造体2を敷設しない着生基盤1では、サンゴ群体の着生が全く見られなかった。これは、サンゴ幼生の着生・成長がなかったのか、着生・成長しても魚類などによるグレイジングがあったのかは判明しなかったが、サンゴモの被覆率が明らかに低い基盤1はサンゴ幼生の着生・成長に問題があることが示唆された。
【0039】
このように本発明のサンゴ礁の造成方法は、特殊な薬品などは使用せずに、また、大規模な移植などを行わずに、しかも着生基盤1に網状構造体2を敷設するという簡単・安価な方法で、自然界に浮遊しているサンゴ幼生を積極的に基盤1へ誘引することができ、サンゴ幼生の加入量の少ない(幼生が着生する基盤環境が失われている)海域でも着生を促進させることができる。
【0040】
ところで、本発明者の観察によれば、前述した実験においてサンゴ群体が着生基盤1の表面だけでなく、網状構造体2の裏側から下向きに(着生基盤1方向に)成長する様子も確認された。着生基盤1に敷設した網状構造体2の裏側を調査した結果、基盤1体あたりの網状構造体Aには0〜4個体、同様に網状構造体Bには26〜30個体のサンゴ群体がそれぞれ見つかった。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明のサンゴ礁の造成方法の1実施形態を示す説明図である。
【図2】本発明のサンゴ礁の造成方法の着生基盤の第1例の斜視図である。
【図3】本発明のサンゴ礁の造成方法の着生基盤の第2例の斜視図である。
【図4】本発明のサンゴ礁の造成方法の着生基盤の第3例の側面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 着生基盤 2 網状構造体
6 洗掘防止用構造材 7 生育基盤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
網状構造体の裏側にサンゴ幼生を着生させ、この網状構造体を反転して、水中の着生基盤の少なくとも一部に設置することを特徴とするサンゴ礁の造成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−125347(P2011−125347A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−35449(P2011−35449)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【分割の表示】特願2005−335832(P2005−335832)の分割
【原出願日】平成17年11月21日(2005.11.21)
【出願人】(000001373)鹿島建設株式会社 (1,387)
【Fターム(参考)】