説明

サンゴ類の増殖方法及び同方法に用いる被膜用ベース

【課題】 固着性サンゴの2次元的な被膜型成長を利用して効果的にサンゴを養殖する。
【解決手段】 造礁可能なサンゴ類を基盤上に活着させる増殖方法について、サンゴ類の子株を支軸に固定し、周囲に傾斜面を有する被膜用ベースを用意するとともに、その被膜用ベースに前記の支軸に固定した支軸付き子株を取り付け、子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成し、子株を、上部にて3次元的に骨格を積み上げ、また、基部にて被膜用ベースを2次元的に覆い、夫々成長させるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造礁可能なサンゴ類を基盤上に活着させる増殖方法及び同方法に用いる被膜用ベースに関するものである。
【背景技術】
【0002】
サンゴ類の増殖及び移植のために従来から改良が加えられており、様々な出願もなされている。例えば、特開平6−303875号はサンゴ群体から採取した破片を任意の付着体に固定し、海水中に垂下させて成長を待ち、海底の基体への固定を釘打ち等で行う方法を開示しており、特開平9−121712号は、針金やプラスチックを用いて作製した移植補助具にサンゴ破片を結び付け、これを特別の固定を施すことなく海底に放置して移植を行う方法を開示している。
【0003】
これらについて出願人は様々な問題点のあることを認めたため、移植技術の開発に着手し、幾つかの成果について出願をした。その中で、最新の特開2003−9713号の発明は、サンゴの移植方法及び馴化装置に関するもので、子株を支持体に固着し、支持体を岩盤に形成した縦穴に差し込んで固着させる構成を有し、容易かつ確実にサンゴの移植を実現することができる。しかしこの方法を推進して行く過程において、支持体に固着した子株は、岩盤に直立しているために波浪等の外力を受けると折れて流失しやすいという問題があることに立ち到った。
【0004】
【特許文献1】特開平6−303875号
【特許文献2】特開平9−121712号
【特許文献3】2003−9713号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで発明者はサンゴ類の生態について、あらためて観察を行い改良の糸口を見出すことにつとめた。造礁可能なサンゴ類は、刺胞動物中石灰質の硬い骨格を持ち、アナサンゴモドキ目、イシサンゴ目、クダサンゴ目及びアオサンゴ目に属するもの全てである。サンゴについて、それが炭酸カルシウムの骨格を積み上げて様々な形状の群体を成長させることは良く知られているが、岩等の基盤を薄く覆うように拡がる成長方法を取ることはあまりあまり知られていない。しかしイシサンゴ目に属するコリンボース型サンゴの生態観察を通じて、あらゆる固着性サンゴは、岩石基盤bを覆うサンゴ被膜aによってしっかりと固着しているものであるという事実を見出した。即ちサンゴ被膜aによる固着が得られるか否かによって、移植の成否が分かれるという知見を得た。図1参照。本発明はこの知見に基いてなされたもので、その課題は、固着性サンゴの2次元的な被膜型成長を利用して効果的にサンゴを養殖しようとする点にある。また本発明の他の課題は、子株の成長が早く、様々な形態のサンゴを作ることができるサンゴ類の増殖方法及び同方法に用いる被膜用ベースを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の課題を解決するため、本発明は、造礁可能なサンゴ類を基盤上に活着させる増殖方法として、サンゴ類の子株を支軸に固定し、また周囲に傾斜面を有する被膜用ベースを用意し、その被膜用ベースに前記の支軸に固定した支軸付き子株を取り付け、子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成し、子株を、上部にて3次元的に骨格を積み上げ、また、基部にて被膜用ベースを2次元的に覆い、成長させるという手段を講じたものである。
【0007】
前記の知見はイシサンゴ目に属するコリンボース型サンゴの観察から得たものである。しかし、基盤を覆う被膜によってしっかりと固着していることは、あらゆる固着性サンゴに共通することであるので、本発明の対象となるのは造礁可能な全てのサンゴ類である。なお、本発明において「増殖」とは、株数の増加を意味し、「移植」とは子株を自活させるために基盤に移し植えることを意味する。従って本発明は移植と増殖が同時に行われる場合も含む。
【0008】
さて本発明では、サンゴ類の子株を支軸に固定し支軸付き子株を作成するが、この点は本件の先願発明に相当する特開2003−9713号の場合と共通している。先願発明では岩盤の穴に直かに差し込んで固着させる方法を取るが、これに対して、本発明では、サンゴ類が被膜を形成しやすい被膜用ベースというものを用意してそれに子株付き支軸を取り付け、ベース表面を子株によるサンゴ被膜で覆うようにする。サンゴが被膜によりベース表面を覆う2次元被膜型成長は著しいものであり、何らかの要因によって被膜の成長が阻害されたり、ある程度の大きさになると、3次元的成長が活発化する。
【0009】
被膜用ベースは、この習性を利用してサンゴ類の子株により被膜形成を行わせる目的で創作されたものであり、被膜用ベースの形態としては、2次元的な拡がりのあることと、周囲に傾斜面を有していることが求められる。これは、被膜用ベースを2次元的に覆う成長の阻害要因の一つであるシルト等の堆積を避けるためである。水平面ではシルト等は堆積しやすいが、傾斜面とすることにより堆積しにくくなり、光や水流等もまんべんなく行き渡って、サンゴにとってはストレスの少ない好成長環境が提供されることになる。被膜用ベースは、他生物との競合により、子株に生じるストレスを除くためにも有用である。つまり海底の岩盤上は隙間なく様々な付着生物や植物に覆われており、それらとの競争は大きなストレスとなるが、被膜用ベースに当初生物はいないため競合がなく、成長スペースが予め確保されるからである。より良い成長ペースを維持するにはベース表面を随時掃除してやることが有効である。
【0010】
被膜型成長が行われる海底は、光を初めとして諸々の環境要因がサンゴの成育に適合しないものである方が多いと考えられる。例えば、上方に別のサンゴが枝を伸ばしていれば光は届かず、サンゴは生きられない。また岩盤上にシルト等が厚く堆積していれば、被膜型成長はシルト等を超えることができないから成長はそこで停止する。このような被膜型成長の阻害要因に対して、本発明では、被膜用ベースに設けたセット穴に前記の子株付き支軸を取り付け、支軸に固定した子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成する。子株はその上部にて3次元的に骨格を積み上げ、また基部にて被膜用ベースを2次元的に覆うように成長する。なお実際には、2次元的成長速度の方が3次元的成長速度よりも表面積で比較して2〜3倍も早いことを確認している。
【0011】
被膜用ベースが充分に覆われる段階まで子株が成長すると、物理的衝撃に対処できるようになり、生存率が高まる。支軸付き子株は被膜用ベースから折り取って分離し、分離した支軸付き子株は、新たな被膜用ベースに取り付けて、2次元的に覆う過程に再利用又はリサイクルすることができる。その一方、被膜用ベースの方はその場所で飼育するか、或いは別の移植地に固定し、夫々の固定されている基盤を2次元的に覆う成長により基盤に定着しつつ、また上方へ向けて3次元的な成長を行うようになる。かくして、被膜用ベースを用いたサンゴ類の増殖を効率良く行うことができるが、被膜用ベースを取り付ける移植用基盤は、最初から移植地である天然自然の条件のままの岩盤を選択して行っても良いし、養殖池等の他の基盤を選択しても良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明は以上の如く構成されかつ作用するものであるから、固着性サンゴの2次元的な被膜用ベースの成長を利用して、早く子株を育成し自活可能な状態にすることができ、被膜用ベースの形態を変えることによって、様々な形態のサンゴを作ることができるなど、サンゴ類の増殖及び移植のために顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明に係るサンゴ類の増殖方法についてより詳細に説明する。図2において、左は親株から分割した子株11の分割した子株11の分割断面に支軸12を接着した状態を示している。これを海中で2ヶ月ほど飼育すると、サンゴが成長し、支軸接着部を覆い充分な強度で子株11と支軸12とを固着する固着部13が形成される。図2右。例示の場合、コリンボース型サンゴが実施の対象である。
【0014】
図3は本発明に係るサンゴ類の増殖方法を、過程を追って図示したもので、図2に示した固着部の形成されていない支軸付き子株又は固着部の既に形成されている支軸付き子株のどちらからスタートしても良い。固着部が形成されていれば、未形成の場合よりも安定性及び安全性が向上する。図3の1に示されている支軸付き子株14を、別途用意した被膜用ベース15に取り付ける。被膜用ベース15は、円錐台形状の外形を持ち、その中央に上下方向のセット穴16を設けたもので、支軸付き子株14の支軸12をセット穴に差し込むことで簡単に取り付けることができる。セット穴16に差し込んだ支軸12は、嵌め込み、接着その他、サンゴの成長を妨げない何らかの固定手段によって固定する。子株11は図3の2の状態で、予め整備された飼育場にて飼育養成する。飼育場としては物理的な衝撃の少ない養殖池やイケス等が適当である。しかし同様の好条件の場所であれば、最初から移植地にて飼育養成することもできる。
【0015】
コリンボース型サンゴは、3ヶ月程経過すると、上部が上方及び横方向に一回り大きく成長し、それと同時に下部(基部)では、サンゴ被膜17が被膜用ベース15を広く覆うように成長する(図3の3)。さらに飼育養成を継続し、被膜用ベース15が充分に覆われる段階になると、支軸付き子株14を被膜用ベース15から分離することができる(図3の4)。この段階では、サンゴ被膜17が被膜用ベース全体をほぼ覆い尽くしている。分離した支軸付き子株14は新たな被膜用ベース15にセットし、これまでのサンゴ被膜17の生産プロセスを繰り返す。一方で、サンゴ被膜17によって覆われた被膜用ベース15を移植用に利用することができる。
【0016】
移植過程の1例は図3の5〜7に示されているとおりであり、サンゴ被膜17で覆われている被膜用ベース15を移植用基盤18に開けられた孔19に軸体21を使用して固定することにより行う(図3の5)。サンゴは移植後も2次元的成長を続け、そのサンゴ被膜17により被膜用ベース全体を覆い尽した後、移植用基盤18の表面を覆い、それによって自らしっかりと固着するようになる(図3の6)。この間サンゴ被膜17の固着を妨げられることがないように、被膜用ベース15及び移植用基盤18の表面を適時に清掃しておくことが望ましい。
【0017】
移植用基盤18を覆い拡がって行く2次元被膜型成長は、或る程度の段階になると、基盤上に存在する他の生物との競合等により抵抗を受けて被膜形成の進行速度が著しく低下する。その後、上方及び横方向に3次元的成長が活発化し、骨格を積み上げて、コリンボース型サンゴ個有の形態を具備するようになる(図3の7)。
【0018】
このように、本発明に係るサンゴ類の増殖方法で使用する被膜用ベースは、円錐形、円錐台形又はこれに近い形態を有することによってサンゴの養殖や移植時において極めて有効な働きをする。この点について説明を補足する。
1)素早く確実な成長が得られる。
円錐形を基本とすることにより、シルト等の堆積を排除し、光や水流などもまんべんなく全体に行き渡る環境を作り、ベースが人工基質であることと相俟って、他生物のいない好適な条件を提供する。このためサンゴの速やかな2次元被膜型成長が達成される。
2)物理的衝撃に強い。
従来の支軸に子株を固着して移植する方法では、波浪等の物理的衝撃によって移植個体が折れて紛失する事例が多く報告されたが、本発明の被膜用ベースを使用するとそのような弊害がない。即ちサンゴ被膜という広い基部を持つ成長形態を実現するので、物理的衝撃を受けても全損ということはなく、成長により基部から上に伸びた上枝を折損紛失した位では、基部が同様にしっかりと残っているので死滅に到ることはなく、再び枝を成長させることができる。
3)移植個体へのストレスを分散させ、生存率を高める。
サンゴの移植放流では、大きい群体ほど全体の体力や抵抗力が高く生存率の高いことも歴然としている。その一方で、大きい群体を移植することは一つの親株から少数の子株が得られないため効率的ではない。本発明の被膜用ベースを使用することによって、従来よりも小さい子株を移植に用いることが可能となり、より効率的な移植が可能になる。即ち図3の1〜3までに示す移植後第1段階では、地表由来の生物と競合せず、好適な水流や光等も充分供給され、シルトのストレスもない、サンゴにとって非常に良好な環境であるので、高い生存率で移植初期段階を乗り切ることができる。また図3の5〜7に到る移植後第2段階では、サンゴ被膜17が被膜用ベース15を脱して移植用基盤18に接する段階に到り、従って成長阻害要因に対峙することになるものであるけれども、この段階で移植個体は既に大きな群体に成長しており、ストレスに対して高い耐性を持っているので、成長阻害要因のストレスに打ち克って基盤18に固着できることとなる。
【0019】
本発明に係るサンゴ類の増殖方法は、以上のような内容を有するものであるが、その重要なポイントは周囲に傾斜面を有する被膜用ベースを使用する点にある。被膜用ベース周面は、傾斜面のみによって構成されることが望ましい。このような被膜用ベースを使用することによって、移植時にまだサンゴ被膜が形成されていない状態でも、生存率を飛躍的に高めることが可能となる。被膜用ベースに支軸付き子株を接触させた状態でセットし、飼育養成により被膜用ベースが被膜で覆われた後、子株はリサイクル可能であるが、リサイクルせずに、被膜部分と一体のまま育成する方法を取っても良い。
【0020】
本発明に係る被膜ベースの使用方法を整理すると次の3通りとなる。
1.サンゴ被膜を形成した被膜用ベースだけを移植する方法(図3の5の方法)。
この方法のメリットは、既に述べているように、支軸付き子株をリサイクルできる点にある。
2.サンゴ被膜を形成した被膜用ベースと子株を分離せず、一体のまま移植する方法。
この方法は移植後の生存率、成長速度ともに高く、移植基盤に生息する生物との競合に勝てるだけの体力を備えている。被膜用ベースを使用するため成長速度が早く、短期に大型子株を養成できる。また子株が物理的衝撃によって欠損しても、被膜部分が残存しているため、再成長を見込むことができる。
3.サンゴ被膜の形成されていない被膜用ベースを用いて支軸付き子株を移植する方法。この方法は3方法の中で移植後の生存率、成長速度とも低く、子株をリサイクルすることもできないが、被膜用ベースを用いているため、従来の方法よりは、確実に高い生存率を見込むことができる。
上記3方法の内、第2、第3の方法は、子株部分を分離しないという意味で共通してお
り、移植を開始させる時期の相違と見ることもできるが、被膜用ベース使用による生存率向上の効果は大きく、本発明方法の1態様として重要な地位を占める。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係るサンゴ類の増殖方法及び同方法に使用する被膜用ベースを説明するための正面図。
【図2】支軸付き子株の例を示す正面図。
【図3】本発明に係るサンゴ類の増殖方法をプロセスごとに示した説明図。
【符号の説明】
【0022】
11 子株
12 支軸
13 固着部
14 支軸付き子株
15 被膜用ベース
16 セット穴
17 サンゴ被膜
18 移植用基盤
19 孔
21 軸体




【特許請求の範囲】
【請求項1】
造礁可能なサンゴ類を基盤上に活着させる増殖方法であって、サンゴ類の子株を支軸に固定し、周囲に傾斜面を有する被膜用ベースを用意するとともに、その被膜用ベースに前記の支軸に固定した支軸付き子株を取り付け、子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成し、子株を、上部にて3次元的に骨格を積み上げ、また、基部にて被膜用ベースを2次元的に覆い、夫々成長させるようにしたサンゴ類の増殖方法。
【請求項2】
支軸に固定した子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成し、被膜用ベースが被膜によって充分に覆われた段階で、支軸つき子株を被膜用ベースから分離し、支軸付き子株を新たな被膜用ベースに取り付けサンゴ被膜で2次元的に覆う過程に使用し、またサンゴ被膜で覆われた被膜用ベースは、移植用基盤を2次元的に覆いながら3次元的にも骨格を積み上げる過程を経ることを特徴とする請求項1記載のサンゴ類の増殖方法。
【請求項3】
支軸に固定した子株を被膜用ベースに接触させた状態として飼育養成し、被膜用ベースが被膜によって充分に覆われた段階で、支軸付き子株とサンゴ被膜によって覆われた被膜用ベースとを一体のまま移植用基盤において育成することを特徴とする請求項1記載のサンゴ類の増殖方法。
【請求項4】
造礁可能なサンゴ類を基盤上に活着させる増殖方法に使用する被膜用ベースであって、円錐形又はそれに類似した外形を有しており、その適所に子株付き支軸を差し込むセット穴が設けられているサンゴ類の増殖方法に使用する被膜用ベース。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−34243(P2006−34243A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−222486(P2004−222486)
【出願日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【出願人】(301041944)株式会社シーピーファーム (1)
【Fターム(参考)】