説明

シアニジウム類由来のCa2+/H+アンチポーター遺伝子を用いた耐性植物体の作出方法及び該遺伝子の用途

【課題】シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)の遺伝子から高塩濃度などのストレスに対する耐性に関与する遺伝子を探索し、カルシウム耐性及びナトリウム耐性に優れた形質転換植物を作出するに有用な遺伝子を見出して植物体に耐性を付与する方法を提供するとともに、該遺伝子を用いて形質転換した植物を提供し、該遺伝子をリサーチツールとして提供する。
【解決手段】下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する方法。(a)特定のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。(b)特定のアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する性質を有する遺伝子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温(42℃)、強酸性(pH2.5)環境下に生息する単細胞光合成真核生物であるシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon merolae)(以下、「シゾン」という)に由来する遺伝子の、植物のストレス耐性(例えば、カルシウム耐性、ナトリウム耐性)を改善するための用途、及び、該遺伝子のその他の用途にに関する。
【0002】
ここで、本発明において、上記「カルシウム耐性」とは、カルシウム存在下においても正常に成長できる植物の能力のことである。言い換えると、「カルシウム耐性」は、カルシウムによる生育阻害に対する抵抗性のことである。「カルシウム」は、イオン化されているものでは、塩を形成しているものであってもよい。また「カルシウム」は、カルシウムおよびカルシウムを含む化合物を示すものとする。「カルシウム耐性に関与する」とは、カルシウム耐性能を付与することを示す。
【0003】
ここで、本発明において、上記「ナトリウム耐性」とは、ナトリウム存在下においても正常に成長できる植物の能力のことである。言い換えると、「ナトリウム耐性」は、ナトリウムによる生育阻害に対する抵抗性のことである。「ナトリウム」は、イオン化されているものでは、塩を形成しているものであってもよい。また「ナトリウム」は、ナトリウムおよびナトリウムを含む化合物を示すものとする。「ナトリウム耐性に関与する」とは、ナトリウム耐性能付与することを示す。
【背景技術】
【0004】
植物は、環境ストレスによって成長と生産性が制限されるので、地球の砂漠化が懸念される現在、植物のカルシウム耐性とナトリウム耐性を改善することは、農業の生産性を向上させ、さらには食料危機などの問題を回避するためにも重要である。
【0005】
Pittman等(非特許文献1)は、緑藻(Chlamydomonas reinhardtii)の液胞のCa2+/H+ exchanger(CAX1)をコードする遺伝子を解析し、これらがCa2+とNa+を液胞に輸送する機能を備え、細胞内陽イオンの恒常性に重要な役割を果たしていることを報告している。しかし、CAX1が酵母やシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)で発現した時にナトリウム耐性を示す可能性について言及しているに過ぎない。
【0006】
特開2003−180373号公報(特許文献1)は、耐塩性藍藻(Aphanothece halophytica) 由来のNa+/H+アンチポーター(ApNhaP)をコードする遺伝子で形質転換した淡水性藍藻(Synechococcus)が、細胞内においてApNhaPを過剰発現し、海水中で増殖できるほどの耐塩性を獲得したことを報告している。
【0007】
特開2000−157287公報(特許文献2)は、耐塩性の強い塩性植物であるホソバノハマアカザ(Atriplex gmelini)から液胞膜型のNa+ /H+アンチポーター遺伝子を単離精製し、その遺伝子配列の決定を行ったことを報告するが、該遺伝子の発現や、形質転換体の作出は何等報告していない。
【0008】
国際公開第00/037644号パンフレット(特許文献3)は、イネのNa+ /H+対向輸送体遺伝子を単離精製し、その遺伝子配列の決定を行い、形質転換イネを作出したことを報告するが、形質転換イネの耐塩性等の実験データについては具体的に報告していない。
【0009】
上記した従来の研究及び報告は何れも、液胞膜のアンチポーターに関するものであり、また通常環境に生息する生物のアンチポーターに関するものに限られている。
【0010】
一方、高金属イオン又高塩濃度環境などの極限環境で生育するシゾンのような真核生物は、そのような環境への高い生育適合性を保証する遺伝子を備えているものと考えられ(非特許文献2)、そのゲノム解析を行うことにより、高金属イオン又高塩濃度などのストレスに対する耐性が高められた形質転換植物の生産に利用できる遺伝子情報が得られる可能性がある。しかしながら、こうした真核生物を用いた研究はほとんどない。
【0011】
Ciniglia等(非特許文献3)は、イタリアの極限環境に生育する紅藻(Cyanidiales; Galdieria, Cyanidium, Cyanidioschyzon及び分類未確認のもの)の種、系統やクローンについて、生態学、生体生理学の観点から検討を行い、報告している。シゾンは、光合成真核生物にとっては極限環境である高温、強酸性、高金属イオン濃度の温泉(pH 0.5-1, 45℃-55℃)に生息する。シゾンを純化して確立された株はシゾン10D命名されており(非特許文献4)、の全てのゲノム(核(16,546,747bp)、ミトコンドリア(32,211bp)及び色素体(149,987bp))の塩基配列は、既に決定されている(非特許文献5および6)。
しかし、シゾン高金属イオン又高塩濃度などのストレスに対する耐性に関与する遺伝子については未だ報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Pittman JK、 Edmond C, Sunderland PA, Bray CM, “A cation-regulated and proton gradient-dependent cation transporter from Chlamydomonas reinhardtii has a role in calcium and sodium homeostasis.”, J. Biol. Chem., (2009) 284: 525-533.
【非特許文献2】Misumi O, Sakajiri T, Hirooka S, Kuroiwa H, Kuroiwa T, “Cytological studies of metal ion tolerance in the red alga Cyanidioschyzon merolae.”, Cytologia, (2009) 73: 437-443.
【非特許文献3】Ciniglia C, Yoon HS, Pollio A, Pinto G, Bhattacharya D, “Hidden biodiversity of the extremophilic Cyanidiales red algae.”, Mol Ecol., (2004) 13: 1827-38.
【非特許文献4】Toda K, Takahashi H, Itoh R, Kuroiwa T, “DNA contents of cell nuclei in two Cyanidiophyceae: Cyanidioschyzon merolae and Cyanidium caldarium Forma A.” Cytologia (1995) 60: 183-188.
【非特許文献5】Matsuzaki M, Misumi O, Shin-I T, Maruyama S, Takahara M, Miyagishima SY, Mori T, Nishida K, Yagisawa F, Nishida K, Yoshida Y, Nishimura Y, Nakao S, Kobayashi T, Momoyama Y, Higashiyama T, Minoda A, Sano M, Nomoto H, Oishi K, Hayashi H, Ohta F, Nishizaka S Haga S, Miura S. Morishita T, Kabeya Y, Terasawa K, Suzuki Y, Ishii Y, Asakawa S, Takano H, Ohta N, Kuroiwa H, Tanaka K, Shimizu N, Sugano S, Sato N, Nozaki H, Ogasawara N, Kohara Y, Kuroiwa T, "Genome sequence of the ultrasmall unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae 10D." Nature, (2004) 428: 653-657.
【非特許文献6】Nozaki H, Takano H, Misumi O, Terasawa K, Matsuzaki M, Maruyama S, Nishida K, Yagisawa F, Yoshida Y, Fujiwara T, Takio S, Tamura K, Chung S J, Nakamura S, Kuroiwa H, Tanaka K, Sato N and Kuroiwa T, “A 100%-complete sequence reveals unusually simple genomic features in the hot-spring red alga Cyanidioschyzon merolae.”, BMC Biol., (2007) 5: 28.
【特許文献】
【0013】
【非特許文献1】特開2003−180373号公報
【非特許文献2】特開2000−157287公報
【非特許文献3】国際公開第00/037644号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、シゾンの遺伝子から高金属イオン又高塩濃度などのストレスに対する耐性に関与する遺伝子を探索し、探索した遺伝子の中から、カルシウム耐性及びナトリウム耐性などのストレス耐性に優れた形質転換(トランスジェニック)植物を作出するに有用な遺伝子を提供するとともに、該遺伝子を用いて形質転換した植物を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、上記カルシウム耐性及びナトリウム耐性などのストレス耐性に関与する遺伝子をリサーチツールとして提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、シゾンの高金属イオン又高塩濃度などのストレスに対する耐性に関与すると思われるタンパク質のうち、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質が、植物等の宿主のカルシウム耐性及びナトリウム耐性を同時に改善するために有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
したがって、本発明は、その一局面によれば、下記の方法を提供する。
下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する方法。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【0017】
本発明の上記方法は、例えば、上記(a)または(b)の遺伝子をベクターに組み込んで植物に導入することによって実施できる。
【0018】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記方法により作出された形質転換植物を提供する。
【0019】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記遺伝子をマーカー遺伝子として含み、導入された宿主生物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する事を特徴とするベクター、および、該ベクターを含む形質転換体を提供する。
【0020】
また、本発明は、さらに他の局面によれば、上記ベクターを宿主生物に導入して形質転換し、該宿主生物をカルシウム存在下及び/又はナトリウム存在下などのストレス条件下で生育させることにより、カルシウム耐性及び/又はナトリウム耐性を備えた形質転換体を選抜することを特徴とする、形質転換体のスクリーニング方法を提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、極限環境で生育するシゾンに由来し、植物等の宿主生物中で発現可能な特定の遺伝子を用いて、植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与することができる。このシゾンに由来する遺伝子が植物中で発現するタンパク質と植物の各種ストレス耐性との関係は未だ不明な点も多いが、本発明によれば、該遺伝子を植物等の宿主に導入して形質転換して、該宿主中で該遺伝子を発現させることにより、そのカルシウム耐性及び/又はナトリウム耐性などを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1A】下記参考例1におけるシゾンとシロイヌナズナの塩化カルシウムと塩化ナトリウムに対する耐性評価実験の結果を示す写真である。
【図1B】下記参考例1において図1Aと同じ方法で培養したシゾンとシロイヌナズナのクロロフィル量をVIMで測定した結果を示すグラフである。
【図2A】バイナリーベクターpPZP221に配列表の配列番号2のCa2+/H+アンチポーター遺伝子(以下CmCAX遺伝子と表記)を挿入して構築した発現ベクター(35S:CmCAX)(下記実施例2)の模式図である。
【図2B】下記実施例1で、野生株及び形質転換株1〜3から抽出したDNAを、CmCAX遺伝子に特異的な上流配列(F)及び同じく下流配列(R)をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す1.7kb付近のバンドの写真である。図中、WTは野生株を示し、数字1〜3は形質転換株を示す。
【図2C】下記実施例2で、野生株及び形質転換株1〜3から抽出したRNAを、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを、上段(対照)は、AtGAPDHに特異的な配列をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す0.6kb付近のバンドの写真である。下段は、上段と同じcDNAを、CmCAX遺伝子に特異的な上流配列(F)及び同じく下流配列(R)をプライマーとして用いてPCR法で増幅した後、電気泳動した結果を示す1.7kb付近のバンドの写真である。図中、WTは野生株を示し、数字1〜3は形質転換株を示す。形質転換株2及び3で高い活性が見られる。
【図3A】下記実施例3及び4におけるシロイヌナズナの野生株と形質転換株(CmCAX)の塩化カルシウムと塩化ナトリウムに対する耐性評価実験の結果を示す写真である。図中、WTは野生株を示し、CmCAXは形質転換株を示す。
【図3B】下記実施例3における対照と100mM塩化カルシウムに処理した野生株及び形質転換株のクロロフィル含量測定結果を示すグラフである。図中、WTは野生株を示し、CmCAXは形質転換株を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明によれば、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質(以下「タンパク質(a)」という)を発現する形質転換植物を作出することができる。タンパク質(a)のタンパク質およびそれをコードする遺伝子である配列表の配列番号2のDNA配列は、ホモロジー検索からシゾンのCa2+/H+アンチポーターおよびそれをコードする遺伝子であると推定されている。遺伝子工学及びタンパク質工学の分野における当業者にとって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部を欠失、置換または付加させた改質タンパク質であって、Ca2+/H+アンチポーター活性を備えたものを得ることは容易である。したがって、タンパク質(a)のアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含み、Ca2+/H+アンチポーター活性を備えたタンパク質(以下「タンパク質(b)」という)も、本発明の形質転換植物を作出するために使用することができると考えられる。かかる改変は、通常、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列において20個以下、好ましくは10個以下、更に好ましくは5個以下のアミノ酸を削除、置換または付加することにより行われ、得られるタンパク質が植物等の生物にカルシウム耐性またはナトリウム耐性を付与する限り、タンパク質(b)の範疇に含まれる。
【0024】
タンパク質(a)をコードする遺伝子としては、配列表の配列番号2に示される塩基配列からなるものが例示されるが、コドンの縮重に鑑みれば、これのみに限定されるものでないことは明らかであり、また、DNAだけでなくRNAも含まれる。また、上記改変タンパク質(b)は、例えば、配列表の配列番号2に示される遺伝子配列を遺伝子工学的手法によって改変し、適当な宿主中で発現させることにより得ることができる。
【0025】
本発明のタンパク質(a)または(b)をコードする遺伝子(以下、「本発明の遺伝子」という)を用いて植物を形質転換する方法としては、本技術分野における通常の方法を用いる事ができる。例えば、本発明の遺伝子を薬剤耐性遺伝子を備えたプラスミドベクターに組み込み、この組み換えプラスミドをアグロバクテリウム菌に導入した後、このアグロバクテリウム菌を目的とする植物に感染させて形質転換植物を作製し、薬剤耐性を示す形質転換植物を選抜する事により、形質転換を行うことができる。また、パーティクルガン法、電気穿孔法等の方法を用いて本発明の遺伝子を直接植物細胞に導入して形質転換を行うこともできる。
【0026】
本発明の遺伝子は、植物で過剰発現するように適当なプロモーター遺伝子に連結させて植物に導入することが好ましい。プロモーター遺伝子としては、植物に導入して使用する発現ベクターに用いられているものが使用できると考えられ、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターなどが挙げられる。生殖細胞系列ではアクチンプロモーターなど、その他の組織・器官特異的なプロモーターの利用も考えられる。
【0027】
本発明で形質転換可能な植物としては、シロイヌナズナの他、イネ、オオムギ、コムギ、トマト、大豆、アルファルファ、トウモロコシ、サトウキビ、ジャガイモなどの穀類、野菜類が挙げられる。
【0028】
本発明の遺伝子は、植物以外にも、酵母、大腸菌等の主としてリサーチツールとして用いられている宿主の形質転換にも使用することができる。例えば、本発明の遺伝子は、宿主にカルシウム耐性、ナトリウム耐性等のストレス耐性を付与することができると考えられるので、形質転換又は発現用ベクター等のベクターのマーカー遺伝子としても使用できる。ベクターとしては、上記のようなアグロバクテリウム菌の形質転換に用いられるプラスミドベクターの他、リサーチツールとして使用されている公知のベクターを使用することができる。例えば、公知のベクターに本発明の遺伝子をその本来の薬剤耐性マーカー遺伝子の代わりに組み込んで改変することにより、カルシウム耐性遺伝子又はナトリウム耐性遺伝子をマーカーとして備えたベクターを提供することができる。かかる本発明のベクターを宿主に導入して形質転換し、該宿主を高カルシウム及び/又はナトリウム濃度条件下などのストレス条件下で生育させることにより、形質転換体を採取することができる。すなわち、本発明のベクターは、形質転換体の製造及び/又はスクリーニングに使用することができる。
【実施例】
【0029】
参考例1(シゾンとシロイヌナズナのカルシウムとナトリウムに対する耐性評価))
Misumi等(上記非特許文献2参照)の方法に従い、シゾンとシロイヌナズナのカルシウムとナトリウムに対する耐性評価を行った。
シゾンは直径3cmのシャーレ内で、シロイヌナズナは成熟20日目の普通葉を直径4.5mmの断片として直径3cmのシャーレ内で、各濃度(10、100及び500mM)の塩化カルシウムと塩化ナトリウムで1-5日間、23℃で培養し、クロロフィルの状態を調べた。その結果を図1A及び図1Bに示す。
【0030】
図1Aに示されるように、シゾンでは100mMの塩化カルシウムや塩化ナトリウムに曝されても極度に脱クロロフィルは起こらなかったが、シロイヌナズナでは著しい白化が起こった。このことから、シゾンはシロイヌナズナに比べて、塩化カルシウムと塩化ナトリウムに対して強い耐性能をもっていることが分かる。
図1Bは、上記図1Aと同じ方法で培養したシゾンとシロイヌナズナのクロロフィル量について顕微測光装置(Video Intensified Microscope Photon Counting System: 浜松ホトニクス)でその蛍光輝度をフォトン量として測定したものである。この結果は上記の結果を支持している。即ち、図1Bに示されるように、シゾンでは、100mMの塩化カルシウムや塩化ナトリウムにシゾンが曝されても、極度に脱クロロフィルは起こらないが、シロイヌナズナでは著しい白化が起こった。このことから、シゾンはシロイヌナズナに比べて、塩化カルシウムと塩化ナトリウムに対して強い耐性能をもっていることが分かる。
【0031】
実施例1(CmCAX遺伝子を用いたシロイヌナズナの形質転換)
図2Aの35S:CmsCAXに示すように、ゲンタマイシン耐性(aaC1)遺伝子、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CmMV35S)及びNOSターミネーター(NOS3’)を含むバイナリーベクターpPZP221中に、配列表の配列番号2に示されるシゾンのCa2+/H+アンチポーターをコードすると推定されているCmCAX遺伝子の全長を、上記プロモーター(CmMV35S)の制御下に位置するようにクローニングした。得られたベクターを、ヘルパープラスミドpMP90を含むアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)を用いたフローラルディップ法によって、シロイヌナズナに導入した。形質転換したシロイヌナズナの種子をMS培地(1%寒天、1%スクロース、100μg/mlゲンタマイシン及び500μg/mlカルベニシリン含有)上に蒔き、3つの形質転換株1〜3を選択した(図2B)。
【0032】
野生株及び形質転換株1〜3のそれぞれからDNAを抽出し、CmMV35Sに特異的な上流配列(SF)及びCmCAX遺伝子に特異的な下流配列(CR)をプライマーとして用いてPCR法により外来遺伝子を増幅させた。また、野生株及び形質転換株1〜3のそれぞれからRNAを抽出し、ランダムプライマーを用いて逆転写して合成したcDNAを、CmMV35Sプロモーターに特異的な上流配列(SF)及びCmCAX遺伝子に特異的な下流配列(CR)をプライマーとして用いたPCR法により増幅させた。増幅させたDNAを電気泳動して、1.7kb付近のバンドを観察した。これらの結果を図2Cに示す。左端のマーカーは上が1.9 kb下が1.5 kbを示す。
【0033】
図2Bはシゾンの遺伝子が導入されている事を確認したゲノムPCRの泳動写真である。図2CのRT-PCRの結果から、CmCAX遺伝子は、野生株では発現していなかったが、2つの形質転換株2及び3で発現していることが分かる(図2C下段)。図2C上段はシロイヌナズナの内在性遺伝子GAPDHを増幅したコントロールを示す。
【0034】
実施例2(形質転換植物の塩化カルシウム耐性)
シロイヌナズナの野生株及び実施例1で得られた形質転換株2のそれぞれの種子を、各10 mM、50 mM及び100mMの塩化カルシウムを含むMurashige-Skoog培地で23℃にて10日間培養した。その結果を図3A及び図3Bに示す。
【0035】
図3Aに示されるように、100mM塩化カルシウムの培地で培養した時、野生株は発芽せず、一方形質転換株は80%以上が発芽してその葉片は緑色を維持して生育し、顕著な差が見られた。
また、図3Bに示されるように、クロロフィルa及びbの含量は形質転換株では減少しなかったのに対し、野生株ではほとんど無かった。
このことから、CmCAX遺伝子は、シロイヌナズナで発現することにより、高カルシウムのようなストレスに対する耐性を増強させていることが分かった。
【0036】
実施例3(形質転換植物のナトリウム耐性)
シロイヌナズナの野生株及び実施例1で得られた形質転換株2のそれぞれの種子を、各50mM、100mM及び150mMの塩化ナトリウムを含む培地で培養した。その結果を図3Aに示す。
図3Aに示されるように、150mM塩化ナトリウムの培地で培養した時、野生株は発芽が抑えられたのに対し、形質転換株は80%が発芽してその葉片は緑色を維持して生育した。
このことから、CmCAX遺伝子は、シロイヌナズナで発現することにより、高ナトリウムのようなストレスに対する耐性を増強させていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、極限環境で生育するシゾン由来の原形質膜のCa2+/H+アンチポーター遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、カルシウム耐性及びナトリウム耐性のような複合ストレス耐性に優れた植物を提供するものであり、地球の温暖化が懸念される現在、農業の分野において、植物の生産性を向上させるために利用することができ、また、リサーチツールとしても応用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)または(b)の遺伝子を植物に導入することにより、植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する方法。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【請求項2】
上記(a)の遺伝子が配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記(a)または(b)の遺伝子をベクターに組み込んで植物に導入する、請求項1または2の方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の方法により作出された形質転換植物。
【請求項5】
下記(a)または(b)の遺伝子をマーカー遺伝子として含み、導入された宿主生物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する事を特徴とするベクター。
(a)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子。
(b)配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子であって、植物に導入することにより、該植物にカルシウム耐性およびナトリウム耐性を付与する性質を有する遺伝子。
【請求項6】
上記(a)の遺伝子が配列表の配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子である請求項5に記載のベクター。
【請求項7】
請求項5または6のベクターを含む形質転換体。
【請求項8】
請求項5または6記載のベクターを宿主生物に導入して形質転換し、該宿主生物をカルシウム存在下及び/又はナトリウム存在下で生育させることにより、カルシウム耐性及び/又はナトリウム耐性を備えた形質転換体を選抜することを特徴とする、形質転換体のスクリーニング方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3A】
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【図3B】
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【公開番号】特開2011−92109(P2011−92109A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−249825(P2009−249825)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「イノベーション創出基礎的研究推進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(300071579)学校法人立教学院 (42)
【Fターム(参考)】