説明

シアノ架橋金属錯体作成方法およびエレクトロクロミック素子

【課題】簡便な方法で錯体を目的の形状に配列すること。
【解決手段】電極部(2)の表面に形成された絶縁性のレジスト部(3)に形成され且つ電極部(2)の表面を外部に露出させる開口部(3a)を有する基板(1)に対して、アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液に基板(1)を浸漬した状態で、電界析出により開口部(3a)にプルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部(6)を作成する第1の錯体作成工程と、第1の溶液とは異なる第2の溶液に、基板(1)を浸漬した状態で、電界析出により第1の析出部(6)の表面に、第1の析出部(6)の結晶方位に揃った第2の析出部(7)を作成する第2の錯体作成工程と、を実行することを特徴とするシアノ架橋金属錯体作成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超構造のシアノ架橋金属錯体を作成するシアノ架橋金属錯体作成方法およびシアノ架橋金属錯体作成方法により作成されたエレクトロクロミック素子に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、プルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体は、電池の電極材料や、電圧を印加すると変色するエレクトロクロミック材料、電場の印加により強磁性−常磁性のスイッチ、ガスを検出するガスセンサー材料、水素吸蔵材料として、期待されており、精力的な研究が成されている。この研究の結果、シアノ架橋金属錯体の均質な膜が得られている。
このようなシアノ架橋金属錯体の均質な膜の作製方法として、非特許文献1には、室温で、0.5[mmol/L]のKFe(CN)と、0.5[mmol/L]のCo(NOと、1[mol/L]のNaNOを含む水溶液の入った電解槽内において、ポテンショスタットを使用して、飽和カロメル電極(参照電極)との間で、白金(Pt)電極に−0.4[V]を印加することで、Na1.4Co1.3[Fe(CN)]・5HOのシアノ架橋金属錯体の薄膜を白金電極に製膜する技術が記載されている。
【0003】
しかしながら、非特許文献1記載のシアノ架橋金属錯体の薄膜では、結晶方位が無方向(無配向)であり、結晶方位に強く依存する各種物性や機能性(磁化率やエレクトロクロミック応答性等)がそれほど高くない問題がある。また、無配向の場合、平坦な面が得られにくいという問題もある。
この問題に対応するための技術として、特許文献1記載の技術が知られている。
特許文献1としての特開2009−46748号公報には、析出用電極に交番電界を印加することで、電界析出により、所定の結晶方位に揃ったシアノ架橋金属錯体の膜を作成する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−46748号公報(「0013」〜「0016」、図1、図2)
【特許文献2】特開2010−113892号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】佐藤治(O.Sato)、他4名,”シアン化コバルト鉄薄膜における室温でのスピン転移を伴う陽イオン制御による電荷移動(Cation-Driven Electron Transfer Involving a Spin Transition at Room Temperature in a Cobalt Iron Cyanide Thin Film)”,物理化学誌(The Journal of Physical Chemistry、J.Phys.Chem.B),米国,米国化学会(American Chemical Society),1997年3月,101,(20),p3903−p3905
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
(従来技術の問題点)
前記シアノ架橋金属錯体の薄膜は、特に、2種類以上の薄膜を接合することにより、電圧の印加により高速色変化や強磁性−常磁性のスイッチを示すデバイスを作成できることについて、本件出願人は、先に、特許文献2としての特願2008−284295号(特開2010−113892号公報)や特願2009−202058号として出願している。しかしながら、特許文献1記載の発明により、2種類の薄膜を作成した場合、遷移金属の種類が変わると膜の結晶性・配向性が異なるため、特許文献1記載の発明で作成された2つの薄膜同士を接合させても、接合面(界面)が原子レベルでは平坦な錯体−錯体界面とはならない。したがって、錯体間の界面が原子レベルで、平坦、連続的にならず、微小な隙間が残った状態となり、エレクトロクロミック素子の性能である高速色変化や磁性のスイッチの機能の向上、最大化には限界があった。
【0007】
また、前記従来技術では、エレクトロクロミック素子を作成した後に、円や直線、曲線あるいはそれらの組み合わせ等の模様、形状に加工する場合に、円の径や直線等の幅がμmスケールやnmスケールに微細化されると、加工が困難になる問題もある。特に、エレクトロクロミック素子の高速色変化や磁性のスイッチを高性能化していくには、微細化、集積化が必要になることが考えられるが、現在、エレクトロクロミック素子においては、そのようなことは試みられておらず、錯体を目的とする形状で微細化、集積化することは行われていなかった、
【0008】
前述の事情に鑑み、本発明は、簡便な方法で錯体を目的の形状に配列することを第1の技術的課題とする。
また、本発明は、原子レベルで連続的な界面を有する錯体を得ることを第2の技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明のシアノ架橋金属錯体作成方法は、
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部に所定の結晶方位に揃ったプルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部を作成する第1の錯体作成工程と、
前記第1の溶液に含まれる遷移金属イオンおよびシアノ錯体イオンの少なくとも一方が異なる遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとアルカリ金属イオンとを含む第2の溶液に、前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記第1の析出部の表面に、前記第1の析出部の結晶方位に揃った第2の析出部を作成する第2の錯体作成工程と、
を実行することを特徴とする。
【0010】
前記技術的課題を解決するために、請求項2に記載の発明のシアノ架橋金属錯体作成方法は、
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部にプルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部を作成する第1の錯体作成工程と、
前記第1の溶液に含まれる遷移金属イオンおよびシアノ錯体イオンの少なくとも一方が異なる遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとアルカリ金属イオンとを含む第2の溶液に、前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記第1の析出部とは異なるシアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第2の析出部を作成する第2の錯体作成工程と、
を実行することを特徴とする。
【0011】
前記技術的課題を解決するために、請求項3に記載の発明のシアノ架橋金属錯体作成方法は、
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部にシアノ架橋金属錯体を作成する錯体作成工程、
を実行することを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載のシアノ架橋金属錯体作成方法において、
前記開口部は、ナノメートルオーダの孔または溝により構成された
ことを特徴とする。
【0013】
前記技術的課題を解決するために、請求項5に記載の発明のエレクトロクロミック素子は、
請求項1ないし4のいずれかに記載のシアノ架橋金属錯体作成方法により作成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜3、5に記載の発明によれば、簡便な方法で錯体を目的の形状に配列することができる。
また、請求項1,2に記載の発明によれば、原子レベルで連続的な界面を有する錯体を得ることができる。
請求項4に記載の発明によれば、ナノスケールに微細化された状態で錯体を配列でき、集積化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は本発明の実施例1のシアノ架橋金属錯体作成方法の全体説明図であり、図1Aは開口部が形成された基板の説明図、図1Bは図1Aの基板に第1のシアノ架橋金属錯体を電界析出させる工程を実行するシアノ架橋金属錯体作成装置の説明図、図1Cは図1Bの基板に第2のシアノ架橋金属錯体を電界析出させる工程を実行するシアノ架橋金属錯体作成装置の説明図である。
【図2】図2は実施例1のシアノ架橋金属錯体の作成方法の説明図であり、図2Aは基板の説明図、図2Bは図2Aの基板に第1の析出部が形成された状態の説明図、図2Cは図2Bの基板に第2の析出部が形成された状態の説明図、図2Dは図2Cの基板にさらに電界析出で析出部が形成された状態の説明図、図2Eは図2Dの基板の表面側に電極が形成された状態の説明図である。
【図3】図3は実験例1で得られた基板のSEM写真であり、図3Aは全体図、図3Bは直径200nmの開口部の拡大図、図3Cは直径100nmの開口部の拡大図である。
【図4】図4は実験例2で得られた基板のSEM写真であり、実験例1の図3Bに対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例である実施例を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0017】
図1は本発明の実施例1のシアノ架橋金属錯体作成方法の全体説明図であり、図1Aは開口部が形成された基板の説明図、図1Bは図1Aの基板に第1のシアノ架橋金属錯体を電界析出させる工程を実行するシアノ架橋金属錯体作成装置の説明図、図1Cは図1Bの基板に第2のシアノ架橋金属錯体を電界析出させる工程を実行するシアノ架橋金属錯体作成装置の説明図である。
図1において、本発明の実施例1のシアノ架橋金属錯体作成方法では、シアノ架橋金属錯体が作成される基板1の表面は、電極部の一例としての電極層2と、電極層2の表面に積層された電気絶縁性のレジスト部の一例としてのレジスト層3とを有し、レジスト層3には、電極層2を外部に露出させる開口部3aが、作業者の目的とするパターンで配列されている。
【0018】
なお、前記開口部3aは、従来公知の任意のパターン作成方法で作成可能であり、例えば、電子線リソグラフィー法やフォトリソグラフィー法等の任意の方法を採用可能である。すなわち、電極層2表面に形成されたレジスト層3に対して、電子線で描画したり、フォトマスクを使用して露光する等して、開口部3aに対応するパターンを作成し、その後、開口部3aに対応するレジストを除去する現像作業を実行することで、開口部3aが形成された基板1を得ることが可能である。
【0019】
実施例1の基板1では、電極層2は、一例として、導電性のITO(Indium Tin Oxide、インジウム錫酸化物)電極板を使用したが、これに限定されず、例えば、シリコン基板の表面に導電性の金属(金や銅等)が被覆された構成とすることも可能である。
また、実施例1のレジスト層3は、一例として、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)とヘキサメチルジシラザン(HMDS)とが積層されたレジスト層を使用し、電子線露光装置を使用して、電子線リソグラフィー法により開口部3aを形成した。なお、レジスト層3として使用する材料は例示した材料に限定されず、使用するパターン作成方法に応じた材料を採用可能である。
【0020】
図1Bにおいて、基板1にシアノ架橋金属錯体を形成する実施例1のシアノ架橋金属錯体作成装置11は、第1の電解槽12を有する。前記第1の電解槽12には、アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液が収容されている。
前記第1の電解槽12には、複数の電極13、14、15が浸漬されている。実施例1では、前記電極13〜15は、電源装置の一例としてのポテンショスタット16に接続されており、それぞれ、作用極(析出用電極)13、参照極14、対極15として作用する。
なお、実施例1では、基板1の電極層2が作用極13となるように、基板1がポテンショスタット16に接続されている。
【0021】
すなわち、前記ポテンショスタット16により、作用極13と参照極14との間の電圧が、予め設定された第1の電圧となるように、作用極13と対極15との間の電流が制御される。実施例1では、前記作用極13に、直流電圧と所定の振幅で周期的に変化する交番電圧とが重畳された重畳電圧が第1の電圧として印加されるように、ポテンショスタット16により作用極13と対極15との間に流れる電流が制御される。前記交番電圧は、正弦波状の交流電圧や、矩形波状の交番電圧、ノコギリ波状の交番電圧等、任意の波形の交番電圧とすることが可能である。
【0022】
図2は実施例1のシアノ架橋金属錯体の作成方法の説明図であり、図2Aは基板の説明図、図2Bは図2Aの基板に第1の析出部が形成された状態の説明図、図2Cは図2Bの基板に第2の析出部が形成された状態の説明図、図2Dは図2Cの基板にさらに電界析出で析出部が形成された状態の説明図、図2Eは図2Dの基板の表面側に電極が形成された状態の説明図である。
図2A、図2Bにおいて、前記重畳電圧が印加されると、基板1には、開口部3aにより露出した導電性の電極層2の表面に、電界析出により、シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部6が形成される。
前記重畳電圧が印加されると、作用極13である電極層2の表面に所定の結晶方位に揃ったシアノ架橋金属錯体により構成された第1の析出部6が形成される。なお、所定の結晶方位に揃ったシアノ架橋金属錯体による第1の析出部6を作成する方法は、前述の特許文献1記載の発明と同様であり、詳細な説明は省略する。
【0023】
図1において、実施例1のシアノ架橋金属錯体作成装置11は、第2の電解槽21を有し、第2の電解槽21には、第1の電解槽12に収容された第1の溶液に含まれる遷移金属イオンおよびシアノ錯体イオンの少なくとも一方が異なる遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとアルカリ金属イオンとを含む第2の溶液22が収容されている。
そして、第1の電解槽12で析出用電極13にシアノ架橋金属錯体により構成された第1の析出部6が析出された後、前記各電極13〜15が、第2の電解槽21に浸漬される。そして、前記ポテンショスタット16により、作用極13と参照極14との間の電圧が、予め設定された電界析出用の第2の電圧となるように、作用極13と対極15との間の電流が制御され、作用極3にシアノ架橋金属錯体の膜が電界析出される。
【0024】
(実施例1の作用)
前記構成を備えた実施例1のシアノ架橋金属錯体作成装置11では、第1の電解槽12に浸漬された作用極13にマイナスの電圧が印加されると、電界析出により、溶液中のアルカリ金属イオン、遷移金属イオン、シアノ錯体イオンが化合したシアノ架橋金属錯体として析出し、第1の析出部6が作成される。実施例1の重畳電圧が印加されて電界析出したシアノ架橋金属錯体は、所定の結晶方位に揃っており、すなわち、配向しており、配向性の高い第1の析出部6が形成される。そして、作用極13に第1の析出部6が形成された状態で、第2の溶液22に浸漬させて電界析出させることで、図2Cに示すように、第1の析出部6の表面に第2のシアノ架橋金属錯体により構成された第2の析出部7が析出する。このとき、形成される第2の析出部7、第1の析出部6と同様の配向性を有しており、いわゆるエピタキシャル成長している。よって、配向性の高い第1の析出部6および第2の析出部7が積層された析出部を作成することができる。なお、第1の溶液とは異なる第2の溶液に基板を浸漬して重畳電圧を印加して電界析出をすることで、結晶方位の揃った第1の析出部6の表面に電界析出で第2の析出部7が電界析出で析出することは、本件出願人の先の出願である特願2010−076810号の明細書等に記載されているように、確認済みであるため、詳細な説明は省略する。
【0025】
第2の析出部7の表面に、さらに第3の析出部8を積層したい場合には、各析出部6,7の場合と同様にして、第2の析出部7を作成するために使用した溶液とは異なる溶液に浸漬した状態で重畳電圧を印加することで、図2Dに示すように、第2の析出部7の表面に第3の析出部8をエピタキシャル成長させることができる。
図2Eにおいて、前記第3の析出部8の表面に電極部を形成する場合には、例えば、真空蒸着やスパッタ等の従来公知の方法で、第3の析出部8の表面に、導電性の金属や金属酸化物により構成された電極部9を作成することができる。
【0026】
このようにして、シアノ架橋金属錯体同士の界面が原子レベルで連続的な2層以上の多層であり且つ配向性を有するシアノ架橋金属錯体により構成されたエレクトロクロミック素子が作成できる。そして、作成されたエレクトロクロミック素子では、電極層2と電極部9との間に供給する電力を制御することにより、高速色変化や磁性のスイッチを行うことができる。特に、実施例1のエレクトロクロミック素子では、無配向の場合や、界面が原子レベルで連続的でない場合に比べて、性能が向上、最大化可能なシアノ架橋金属錯体が微細化、集積化された素子とすることでき、エレクトロクロミック素子の高速色変化や磁性のスイッチの機能を向上させることができる。
また、実施例1のエレクトロクロミック素子では、レジスト層3に目的のパターンに沿ったナノスケールの開口部3aを従来公知の方法で形成することができると共に、開口部3aを形成しておいた基板1に対して、シアノ架橋金属錯体を電界析出させるという電気化学的な方法で、錯体をナノスケールで配列でき、多層膜状のエレクトロクロミック素子を後から加工する場合に比べて、比較的簡便な方法で、微細化、集積化されたエレクトロクロミック素子を得ることができる。
【0027】
(実験例)
次に、実施例1のシアノ架橋金属錯体作成方法でシアノ架橋金属錯体を作成する実験を行った。
(実験例1)
実験例1では、開口部3aとして、基板1の左半分に形成された複数の直径100nmの円孔と、基板1の右半分に形成された複数の直径200nmの円孔と、を有する基板1を使用した。なお、実験例1では、電子線露光装置により、電子線露光時間15[μs]露光して、開口部3aとして、直径100nmと直径200nmの円柱状の窪みを10μm間隔で作成した。
また、第1の電解槽12に収容される第1の溶液として、5[mol/L]のNaNO、0.8[mmol/L]のK[Fe(CN)]と、0.5[mmol/L]のCo(NOとを含む室温の溶液を使用した。すなわち、アルカリ金属イオンとしてのNa、遷移金属イオンとしてのCo2+、シアノ錯体イオンとしての[Fe(CN)3−が溶液中に含まれている。
【0028】
さらに、作用極13として、前述のようにITO(Indium Tin Oxide、インジウム錫酸化物)電極、参照極14として銀塩化銀(Ag/AgCl)電極、対極15として白金(Pt)電極を使用した。
また、前記作用極13には、特許文献1と同様にして、中心電圧(直流電圧)−0.5[V]に、振幅0.35[V]で周波数71[Hz]の正弦波状の交流電圧を重畳した重畳電圧を印加した。実験例1では、この重畳電圧を60秒間印加した。
この方法で、100nmおよび200nmの開口部3aの両方でシアノ架橋金属錯体の成長が確認された。なお、得られたシアノ架橋金属錯体は、Na1.6Co[Fe(CN)0.90・2.9HOのプルシャンブルー型のシアノ架橋金属錯体であった。
こうして得られた基板1の表面をSEM(走査型電子顕微鏡、Scanning Electron Microscope)で撮影した写真を図3に示す。
【0029】
図3は実験例1で得られた基板のSEM写真であり、図3Aは全体図、図3Bは直径200nmの開口部の拡大図、図3Cは直径100nmの開口部の拡大図である。
図3において、レジスト層3に形成された開口部3aを中心としてシアノ架橋金属錯体が成長し、開口部3aから離れた部分では、シアノ架橋金属錯体の成長がほとんど確認されなかった。したがって、レジスト層3に開口部3aを形成した基板1を使用して電界析出を行うことで、開口部3aに沿ったパターンのシアノ架橋金属錯体を成長させることが可能であることが確認された。
また、図3Bに示す直径が200nmの開口部3aの方が、直径100nmの開口部3aよりもシアノ架橋金属錯体が多く析出したことが確認された。これは、直径が2倍になると、開口部3aの面積が4倍となっており、電圧印加時に流れる電流が多くなったことが原因ではないかと考えられる。したがって、開口部3aの大きさを調整することで、シアノ架橋金属錯体の成長を制御できることも確認された。
【0030】
(実験例2)
実験例2では、実験例1において重畳電圧を印加する時間を10秒にした以外は、実験例1と同様の条件で実験を行った。
実験結果を図4に示す。
【0031】
図4は実験例2で得られた基板のSEM写真であり、実験例1の図3Bに対応する図である。
図4において、実験例2でも実験例1と同様に、シアノ架橋金属錯体の成長が確認された。図3B、図4において、実験例2では、実験例1に対して、電圧を印加する時間が1/6となっており、析出したシアノ架橋金属錯体が少なくなっている。したがって、電圧を印加する時間を調整することで、シアノ架橋金属錯体の成長を制御できることも確認された。
【0032】
(実験例3)
実験例3では、実験例1の第1の溶液に替えて、第1の溶液として、1[mol/L]のNaCl、1.5[mmol/L]のK[Fe(CN)]と、1.5[mmol/L]のMn(NOとを含む室温の溶液を使用した。すなわち、アルカリ金属イオンとしてのNa、遷移金属イオンとしてのMn2+、シアノ錯体イオンとしての[Fe(CN)3−が溶液中に含まれている。
また、重畳電圧を印加した時間を30秒とした。
実験例3でも、実験例1,2と同様に、開口部3aにおいてMn[Fe(CN)]系のシアノ架橋金属錯体の析出が確認された。なお、SEM写真は、図3と同様であったため、説明の簡略化のために図示を省略する。
【0033】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)〜(H09)を下記に例示する。
(H01)前記実験例において例示した媒質や溶媒については、例示したものに限定されず、電気分解によりシアノ架橋金属錯体を析出可能な任意の溶媒、溶質を使用可能である。一例を挙げると、Co(NOに替えて、CoClを使用したり等、適宜変更可能である。
(H02)前記実施例において、ITO電極にシアノ架橋金属錯体の結晶を析出させる場合について説明したが、これに限定されず、白金、金、アルミニウム等の導電体表面に製膜することが可能である。さらに、ITO電極のパターンニングは、図3等に示すような円が格子状に配列された形態に限定されず、任意の形状、パターンとすることが可能であり、そのパターンどおりの電界析出が可能であり、デバイス化にとって有利である。
【0034】
(H03)前記実施例において、シアノ架橋金属錯体は、実験例で例示した構成に限定されず、製法や用途等に応じて、Aをアルカリ金属の少なくとも一種、Mを遷移金属の少なくとも一種、Lを遷移金属の少なくとも一種、xを0より大きく2以下の数、yを0より大きく1以下の数、zを0より大きく14以下の数とした場合に、化学式AM[L(CN)・nHOで表されるシアノ架橋金属錯体を使用可能である。なお、前記Aのアルカリ金属としては、例えば、Li、Na、K、Rb、Csが挙げられる。また、前記Mの遷移金属としては、Fe、Mn、Ni、Co、Cr、V、Cu、Znが挙げられる。また、Lの遷移金属としては、Fe、Cr、V、Mn、Tiが挙げられる。また、x、y、zは、それぞれ、遷移金属Mの1モルに対するアルカリ金属A、L(CN)、結晶水HOの割合(モル)を示し、シアノ架橋金属錯体では、製法や構造により、xが0〜2、yが0〜1、zが0〜14の値を取りうる。なお、本願明細書および特許請求の範囲において、「異なる組成の錯体」とは、アルカリ金属A、遷移金属M,Lおよび数x、yの少なくとも1つが異なるものを指している。
【0035】
(H04)前記実験例で示した重畳電圧の中心電圧や振幅等の具体的な数値について、設計や装置の仕様等に応じて、適宜変更可能である。
(H05)前記実験例において、ポテンショスタットを使用することが望ましいが、ポテンショスタットを使用せず、例えば、電極が2つの二端子型の装置の電極に重畳電圧を印加して電気分解を行うことも可能である。
(H06)前記実施例において、開口部3aの数や大きさ、形状等は、例示した構成に限定されず、例えば、直線状や曲線状の溝状や、錐状の孔、楔形や引掻き傷のような形状等、任意に変更可能である。
【0036】
(H07)本件出願人が先に出願した特願2009−111178号の明細書等には、シアノ架橋金属錯体では、K(カリウムイオン)で錯体の膜の表面を処理するK処理を行うと、カチオンとしてのNa(ナトリウムイオン)の移動が制限されることが記載されており、錯体間の界面にK処理を行うことで、電圧非印加時に状態を保持し且つ閾値以上の電圧印加時にのみカチオンが移動する構成を実現できるが、前記実施例において、例えば、第2の析出部7の表面にKを含む結晶性および配向性の高い層を電界析出で成膜すると共に、成膜された層のさらに表面に第3の析出部8を積層させることも可能である。なお、このとき、電界析出用の電圧印加時間を制御することで、Kを含む層の厚さを精度良く制御することが可能であり、カチオンが移動する閾値の電圧の制御が可能になることが期待される。
【0037】
(H08)前記実施例において、特許文献1に記載されているように、掃引速度(振動数)の制御により、シアノ架橋金属錯体の表面の形態を制御することも可能である。
(H09)前記実施例において、第1の電解槽12と第2の電解槽21とを別の容器としたが、これに限定されず、第1の析出部6の作成後に、第1の電解槽12を洗浄して第2の溶液を収容する構成、すなわち、第1の電解槽12と第2の電解槽21とを共通化することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
前述の本発明のシアノ架橋金属錯体の析出による微細化、集積化され且つ原始レベルで連続的に積層させることにより、例えば、シアノ架橋金属錯体についてエレクトロクロミック応答性を向上させたり、誘起相転移を利用した光メモリーとしての性能を向上させたり、電池の電極材料やガスセンサー、水素吸蔵合金としての性能が向上することが期待される。また、結晶方位が揃った高性能な錯体界面を有するデバイスの作成にも適用することが可能となる。
【符号の説明】
【0039】
1…基板、
2…電極部、
3…レジスト部、
3a…開口部、
6…第1の析出部、
7…第2の析出部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部に所定の結晶方位に揃ったプルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部を作成する第1の錯体作成工程と、
前記第1の溶液に含まれる遷移金属イオンおよびシアノ錯体イオンの少なくとも一方が異なる遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとアルカリ金属イオンとを含む第2の溶液に、前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記第1の析出部の表面に、前記第1の析出部の結晶方位に揃った第2の析出部を作成する第2の錯体作成工程と、
を実行することを特徴とするシアノ架橋金属錯体作成方法。
【請求項2】
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む第1の溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部にプルシャンブルー型シアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第1の析出部を作成する第1の錯体作成工程と、
前記第1の溶液に含まれる遷移金属イオンおよびシアノ錯体イオンの少なくとも一方が異なる遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとアルカリ金属イオンとを含む第2の溶液に、前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記第1の析出部とは異なるシアノ架橋金属錯体の結晶により構成された第2の析出部を作成する第2の錯体作成工程と、
を実行することを特徴とするシアノ架橋金属錯体作成方法。
【請求項3】
電界析出用の電界が印加可能な電極部と、前記電極部の表面に形成された絶縁性のレジスト部と、前記レジスト部に形成され且つ前記電極部の表面を外部に露出させる開口部と、を有する基板に対して、
アルカリ金属イオンと遷移金属イオンとシアノ錯体イオンとを含む溶液に前記基板を浸漬した状態で、前記電極部に電圧を印加して、電界析出により前記開口部にシアノ架橋金属錯体を作成する錯体作成工程、
を実行することを特徴とするシアノ架橋金属錯体作成方法。
【請求項4】
前記開口部は、ナノメートルオーダの孔または溝により構成された
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のシアノ架橋金属錯体作成方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載のシアノ架橋金属錯体作成方法により作成されたことを特徴とするエレクトロクロミック素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−36482(P2012−36482A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−180002(P2010−180002)
【出願日】平成22年8月11日(2010.8.11)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】