説明

シロアリの防除方法

【課題】紫外線照射装置を用いる方法では、床下の木材など住宅部材にも紫外線が照射されるため、部材の表層には強度低下や変色などの紫外線劣化を引き起こしてしまう。この紫外線劣化を引き起こすことなく、人体にも安全なシロアリの防除方法を提供する。
【解決手段】400〜550nmの可視光線をシロアリに照射することを特徴とするシロアリの防除方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシロアリの防除方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、シロアリ防除には薬剤を使用する化学的防除が主として行われているが、薬剤使用量が少ないレスケミカル工法、薬剤を使用しないノンケミカル工法(生物的防除・物理的防除)も行われている。
【0003】
化学的防除は、ピレスロイド系、ネオニコチノイド系等の有機系薬剤を使用し、床下土壌等に散布して化学的バリアを形成することにより、シロアリの侵入を防ぐもので、効果が迅速かつ的確であり、適用範囲が広く、防除法の中で最も安価かつ確実な方法である。シロアリ等昆虫に選択的に効果を有する薬剤を、シロアリをおびきよせた場所にだけ施用するベイト工法や、高分子系シートに薬剤を混入して、他所への薬剤の流出を抑えたシート工法などが考案され、レスケミカル工法として実用化されている。
【0004】
ノンケミカル工法のうち生物的防除とは、例えばシロアリ等の昆虫に寄生する微生物や線虫を利用して、宿主であるシロアリ等の昆虫を防除する方法である。物理的防除とは、建物の下部にステンレスメッシュを敷いたり、 床下の地面に小石を敷き詰めたりすることにより、床下からのシロアリ侵入を阻止する工法が実用化されているほか、超音波・超短波・振動・加熱・冷却・放射線・電撃などによる防除が研究され、一部実用化されている。このような物理的防除は建設当初に設置が必要であり、一般にかなり高額の経費を要するという問題点が指摘されている。そのため、比較的安価な経費でシロアリを物理的に防除する方法として、シロアリが紫外線を感ずると本能的に忌避行動をとる習性を利用し、建物床下に紫外線照射装置を設置する方法が提案されている(特許文献1)。
【0005】
しかし紫外線照射装置を用いる方法は、床下の木材など住宅部材にも紫外線が照射されるため、部材の表層には強度低下や変色などの紫外線劣化が生じる。また、紫外線は眼に見えないことから照射状況が確認し難く、照射状況の点検時には人体が紫外線に曝され悪影響を受ける恐れがあるなどの問題点があり、あまり実用化されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−321055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、床下の木材などの住宅部材の強度低下や変色を起こすことなく、人体にも安全なシロアリの防除方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らはシロアリの忌避行動を研究したところ、シロアリが特定波長の可視光線を忌避することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、400〜550nm、好ましくは400〜450nmの可視光線をシロアリに照射することを特徴とするシロアリの防除方法に関するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、紫外線を用いることがないので、床下の木材などの住宅部材の強度低下や変色を起こすことはなく、人体に悪影響を及ぼすこともない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例で使用した試験装置の説明図。
【図2】光量子束密度60μmol/m2/s一定の場合の異なる波長におけるシロアリ明所存在率(%)を示したグラフ。
【図3】波長400nm一定の場合の異なる光量子束密度における照射開始後30秒後のシロアリ明所存在率(%)を示したグラフ。
【図4】波長425nm一定の場合の異なる光量子束密度における照射開始後30秒後のシロアリ明所存在率(%)を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0013】
光照射によるシロアリの防除では、住宅部材の劣化を引き起こしにくいこと、人体への影響が小さいこと、照射状況を確認しやすいことが重要である。そこで、従来の紫外線を用いた防除法とは全く異なる、可視光線を用いた防除法を検討した。可視光線を用いれば、住宅部材の劣化を引き起こしにくく、人体への影響が小さく、さらにシロアリ防除システムに用いた場合に、可視光線であれば照射状況を確認しやすいと考えられる。
【0014】
シロアリの光に対する行動特性(走光性)については、これまでシロアリの階級による違いなどが報告されている。しかし、シロアリの巣の構成員の大部分を占め、実際に建築物への加害に関与する職蟻と兵蟻については報告が少ないうえ、光源の波長を精密に制御せずに評価が行われていた。このため、可視光線を含む白熱灯で照射されたシロアリの職蟻と兵蟻が、忌避行動(負の走光性)を示す場合があることが報告されていたが、果たしてどの波長域の可視光線に対してどの程度の忌避行動(負の走光性)を示すのかは不明であった。
【0015】
そこで本発明では、まず、光の波長を精密に制御した近似単色光を用いて、シロアリの職蟻と兵蟻に照射し、それらの走光性に及ぼす波長の影響を精査した。その結果、波長400〜550 nmの可視光線によって照射された職蟻と兵蟻が、忌避行動(負の走光性)を示すことを発見した。特に波長400〜450 nmの可視光線を用いた場合には忌避効果が高く、紫外線を用いた場合と同程度の忌避効果が得られた。すなわち、従来の紫外線に代えて波長400〜550 nmの可視光線を用いればシロアリの職蟻と兵蟻を物理的に防除することができること、特に波長400〜450 nmの可視光線を用いた場合には、紫外線を用いた場合と同程度の高い防除効果が得られることを明らかにして本発明に至った。
【0016】
本発明方法によりシロアリを防除するには、波長400〜550 nmの可視光線を照射することのできる光源を、建築物の床下空間の部材等に設置し、床下の地面あるいは基礎の立ち上がり部に照射して、床下からのシロアリの侵入を阻止する。また、シロアリの種類やシロアリの侵入状況に応じて、屋根裏等を含めた構造部材各箇所に照射し、シロアリの侵入を阻止する。
【0017】
照射光源については、上記の例のように精密に分光された波長幅の狭い近似単色光を用いても良いが、波長400〜550 nmの可視光線を有効な光量で照射できれば、いずれのタイプ(LED、蛍光灯、白熱灯など)の光源でも使用できる。
【0018】
照射光量については、上記の例のように25 nmの波長帯幅で分光された近似単色光の場合、実施例で示したように最大60 μmol/m2/s以上の光量子束密度があれば十分であると考えられるが、忌避効果の得られる範囲内で光量を減量することができる。例えば、以下の実施例では、波長400 nmでは3.6 μmol/m2/s程度まで、波長425 nmにおいては12 μmol/m2/s程度まで減量できることが示されている。
【0019】
照射時間については、以下の実施例では30秒から5分間の照射を行っているが、これに限らず、忌避効果の得られる範囲内で時間を増減し、また照射を断続的に行うことにより、電力の消費を節約することができると考えられる。
【0020】
本発明方法の防除の対象となるシロアリとは、イエシロアリ属、ヤマトシロアリ属、アメリカカンザイシロアリ属、ダイコクシロアリ属のシロアリである。このうちイエシロアリ属、ヤマトシロアリ属に関しては、主に床下や基礎への照射が効果的であるが、それ以外の侵入経路への照射も有効であると考えられる。アメリカカンザイシロアリ属、ダイコクシロアリ属に関しては、建物内部での被害多発箇所が主に屋根裏等上部材であることから、屋根裏等を含めた構造部材各箇所への照射が効果的であるが、それ以外の侵入経路への照射も有効であると考えられる。
【実施例1】
【0021】
(試験方法)
森林総合研究所において飼育中のイエシロアリ (Coptotermes formosanusShiraki) の巣から採取した個体を、1日間実験条件に慣らした後、直ちに光照射試験に供した。光照射試験には、図1に示すスチロール製透明容器1(幅60 × 奥行き100 × 高さ26 mm)を用い、短側面に高さ26 mm×幅20 mmの孔を開けて石英グラス3を装着し、光の導入口を設けた。容器の底部には黒色画用紙2を敷設した。
【0022】
この容器を温度23 ± 3 ℃、相対湿度65 ± 5 %R.H.の暗室内に10分間以上静置した後、容器内にイエシロアリ職蟻150頭、兵蟻15頭を投入し、さらに5分間静置してシロアリを暗所に順応させた。そして下記の条件で単色化した光を、図1に示すように容器の半分の面積が照射されるよう、上記の暗室内で容器内のシロアリに照射した。
【0023】
光照射の光源には、ハイパーモノライト(分光計器製SM-25型)を用い、350 nmの紫外域から650 nmの可視域まで波長帯幅25 nm、波長間隔50 nmまたは100 nmの条件で分光した。各波長での光量子量を一定にするため、図1の光量子束密度測定点(1)において、光軸垂直面の光量子束密度(単位面積・単位時間あたりの光量子モル数)が60 μmol/m2/sになるよう、あらかじめNDフィルタ4を用いて調光した。
【0024】
光照射開始から30、120および300秒経過後にデジタルカメラを用いて容器上部よりシロアリを撮影し、撮影画像をもとに光が照射されている範囲に存在するシロアリの頭数を計数した。各検定区における繰り返し数は3とした。光照射後は、シロアリを明所に順応させるため昼色蛍光灯点灯下で5分間以上静置し、さらに消灯後5分間暗所に順応させてから別波長による試験を開始した。
【0025】
(試験結果)
各照射波長における光量子束密度を一定(60 μmol/m2/s)に保った場合の、光が照射された範囲内に存在したイエシロアリ個体数の百分率(平均値。以下、「明所存在率」とする)を表1と図2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
波長550 nm以下の可視光線を照射した場合、波長の減少とともに職蟻と兵蟻の「明所存在率」が低くなり、波長450 nm以下では、明所存在率は25%以下でほぼ横ばいになる傾向が見られた(図2)。表1において、照射波長550 nm以下の場合の明所存在率を、照射波長650 nmの場合と比較すると、照射30秒後の一部の値を除いて有意に低く(p<0.05)、シロアリの忌避行動(負の走光性)が認められる。さらに、波長450 nm以下では、波長650 nmだけではなく波長550 nmの場合と比較しても明所存在率が有意に低い場合が認められる。これは、イエシロアリ職蟻と兵蟻の負の走光性が、波長450 nm以下ではより顕著になることを示している。なお、全ての波長域において照射時間の延長とともに明所存在率が低くなる傾向が見られた。
【0028】
図2において、短時間照射(30秒間)の場合には、波長400〜450 nmの可視光線による「明所存在率」が、波長350 〜375 nmの紫外線よりも低く、高い忌避効果(負の走光性)をもたらすことが示されている。これは、波長400〜450 nmの可視光線に対してシロアリがより鋭敏に反応する可能性を示している。そこで波長400 nm(紫色光)および425 nm(紫色〜青色光)の可視光線を用いて、NDフィルタにより光量子束密度を段階的に減少させ、シロアリに30秒間照射することで、どの程度の強さの光に対してまで負の走光性が見られるかを精査した。表2および図3に、波長400nm一定の場合の異なる光量子束密度における照射開始30秒後のシロアリ明所存在率(%)を平均値±標準偏差で示した。また表3および図4に波長425nm一定の場合の異なる光量子束密度における照射開始30秒後のシロアリ明所存在率(%)を平均値±標準偏差で示した。
【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
表2と図3に示すように、照射波長400 nmでは、光量子束密度(初期値:60 μmol/m2/s)が3.6 μmol/m2/sまで低下しても、「明所存在率」に有意な変化は見られず(p>0.05)、 すなわち高い忌避効果(負の走光性)が保たれていた。一方、表3と図4に示すように波長425 nmでは、光量子束密度(初期値:60 μmol/m2/s)が12 μmol/m2/s以下まで低下すると、「明所存在率」が有意に増加しており(p<0.05)、明瞭な忌避効果(負の走光性)が見られなくなった。以上のことから、波長425 nmにおいて忌避効果(負の走光性)を保つためには、12 μmol/m2/s以上の光量子束密度が必要であるが、波長400 nmでは3.6 μmol/m2/s程度の光量子束密度でも十分な効果が得られることが明らかになった。
【0032】
以上の結果により、波長400〜550 nmの可視光線を用いれば、光を感じたシロアリが忌避行動をとること、さらに波長400〜450 nmの可視光線を用いれば、その効果が特に高いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明により、床下の木材などの住宅部材の強度低下や変色を起こすことなく、しかも人体に悪影響を及ぼすこともなくシロアリを防除できる。
【符号の説明】
【0034】
1 スチロール製容器
2 黒色画用紙
3 石英グラス
4 NDフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
400〜550nmの可視光線をシロアリに照射することを特徴とするシロアリの防除方法。
【請求項2】
400〜450nmの可視光線を用いることを特徴とする請求項1に記載のシロアリの防除方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−172528(P2011−172528A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−40295(P2010−40295)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者 日本環境動物昆虫学会 刊行物名 第21回 日本環境動物昆虫学会年次大会要旨集 発行日 2009年11月14日
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】