説明

スギ材の乾燥工程から得られる凝縮液の油分からなる抗菌剤

【課題】スギ材の乾燥時に排出される排気を冷却して得られる凝縮液から安価に製造できる分離方法を用いて分離・回収した油分からなる抗菌剤を提供することにある。
【解決手段】スギ材とくに好ましくはオビスギ材の乾燥凝縮液を静置して上層に浮く油分を分液する方法、溶媒抽出する方法及び合成樹脂製の吸着剤カラムに吸着後脱着させて分離する方法のいずれかの方法で製造されることを特徴とする油分を抗菌剤として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スギ材を乾燥する工程で排出口より出る排気を冷却して得られる凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スギ材は建築用の製材などに大量に生産利用されている。近年、スギ材の人工乾燥に、加熱源として水蒸気を用いる木材乾燥機が広く用いられるようになっている。スギ材中の水分等が加熱により木材乾燥機の排気口から排気されている。この排気中の有用成分の回収が行われた例は多くはないが、非特許文献1と特許文献1を挙げることが出来る。非特許文献1では国産スギ材を最高温度120℃での高温乾燥、最高温度80℃の中温乾燥の条件で水蒸気を加熱源として乾燥し、乾燥庫内から発生する排気を冷却管を通して捕集している。排気廃液(凝縮液)の排水基準への適合性を調べる目的で、得られた凝縮液の水質汚濁項目を調査している。スギ材乾燥で得られる凝縮液は生物化学的酸素要求量(BOD)やノルマルヘキサン抽出物量が排水基準を上回る問題を指摘している。ノルマルヘキサン抽出物量は凝縮液1リットル中最高温度120℃での高温乾燥で15mg、最高温度80℃の中温乾燥で14mgと報告している。非特許文献1では国産スギ材以外に、ベイマツ材、ジマツ材及びアジアータパイン材の凝縮液の水質汚濁項目の測定を行っている。アジアータパイン材の凝縮液については、構成糖分析、酢酸エチル抽出物のガスクロマトグラフィー質量分析(GCMS)による成分分析などを行い、アンモニア消臭効果、植物生長促進効果及びセメント凝結調整効果があることを述べている。しかし、スギ材を含む他の材からの凝縮液の利用用途には言及しておらず、またその含有成分にもほとんど触れていない。特許文献1は、スギ材乾燥工程の排出蒸気の冷却で凝縮液を得て、その油分(木材精油)を取り除いた下部水層を消臭剤として利用する内容の特許である。凝縮液に含まれる酢酸やプロピオン酸がアミン類と中和反応を起し、アミン類ガス濃度を低下して消臭に働くことを明らかにしている。しかし、特許文献1では取り除いた油分の含有量や用途には触れていない。
【0003】
一方、各種の樹木から得られる精油は、様々な生理活性を有し、また特有の芳香を有することから、芳香剤、アロマセラピー用精油、沐浴剤、抗菌剤など多様な用途に利用されている。スギ材から得られる精油の抽出を本来の目的とする場合には、スギ材精油は一般に材部の水蒸気蒸留または溶媒抽出によって製造される。スギ材精油には、既に抗菌性、殺ダニ活性、抗蟻活性などがあることが知られている(非特許文献2〜9参照)。また、特許文献2〜4に挙げた特許には、スギの葉や材からの精油を含有する抗菌剤、殺ダニ剤、眼科製剤用保存剤の記載がある。しかし、これらの文献で用いられた精油や抽出物は、スギの材や葉を水蒸気蒸留して得ているか、またはヘキサンなどの溶媒により抽出したのち濃縮して得ているかのいずれかである。このため、スギ材精油の製造は、水蒸気蒸留装置の設備および運転のコストや大量の抽出溶媒コストのため、製造価格が高くなる問題がある。スギ材精油の製品化においてコストとの関係から使用用途や方法が制限される問題がある。また、本発明に関係する非特許文献1での国産スギ材の乾燥凝縮液については、ノルマルヘキサン抽出物量が1リットル中14〜15mgと報告され、得られている油分含有量はかなり低いと言える。このため、非特許文献1の方法そのままでは、得られる油分の産業用途への利用には未だ難点が多いと考えられる。
【特許文献1】特開2005−87614号公報
【特許文献2】特開2004−238316号公報
【特許文献3】特開平6−239714号公報
【特許文献4】特開2002−37747号公報
【特許文献5】特許第2681808号公報
【非特許文献1】財団法人日本住宅・木材技術センター、「平成16年度木材利用革新的技術開発促進事業報告書」(平成16年度農林水産省補助事業)、2005年3月、p.5−29
【非特許文献2】樹木抽出成分利用技術研究組合編、「樹木抽出成分利用技術研究成果集」、樹木抽出成分利用技術研究組合発行(1995年)
【非特許文献3】S.−S.Chengら、「Bioactivity of selected plant essential oils against the yellow fever mosquito Aedes aegypti larvae」、Bioresource Technology、2003年、89巻、p.99−102
【非特許文献4】J.Morisawaら、「Repellents in the Japanese cedar,Cryptomeria japonica,against the pill−bug,Armadillidium vulgare」、Biosicence,Biotechnology,and Biochemistry、2002年、66巻、11号、p.2424−2428
【非特許文献5】X.H.Chenら、「Antifeedant against Acusta despesta from the Japanese cedar,Cryptomeria japonica II」、Biosicence,Biotechnology,and Biochemistry、2001年、65巻、6号、p.1434−1437
【非特許文献6】曽我部昭好ら、「オビスギ心材(Cryptomeria japonica D.Don)の殺蟻成分」、木材学会誌、2000年、46巻、2号、p.124−131
【非特許文献7】森田慎一ら、「ヤクスギ土埋木ヘキサン抽出物の抗ダニ活性成分」、木材学会誌、1994年、40巻、9号、p.996−1002
【非特許文献8】谷田貝光克ら、「ヤクスギ土埋木材の抽出成分とその殺ダニ・植物生長制御活性」、木材学会誌、1991年、37巻、4号、p.345−351
【非特許文献9】森田慎一ら、「ヤクスギ土埋木ヘキサン抽出物の殺ダニと抗菌活性」、木材学会誌、1991年、37巻、4号、p.352−357
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、スギ材の乾燥工程から排出される排気を冷却して得られる凝縮液を原料として、油分を大量にかつ安価に製造できる方法で分離し、スギ材乾燥凝縮液の油分からなる抗菌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、スギ(Cryptomeria japonica)の材の乾燥工程から排出される排気を冷却して得られる凝縮液から分離された油分が細菌に対する抗菌活性を有することを見いだして、課題を解決した。すなわち、スギの品種には多数が知られ、どの品種のスギの材の乾燥工程から排出される排気を冷却して得られた凝縮液から分離された油分でも抗菌活性を有した。
【0006】
スギ材乾燥凝縮液から油分を大量に安価に製造する課題のためには、材に含まれる油分が多いスギの品種の材を乾燥するときに採取される凝縮液を用いる方が有利である。油分が材部に多いスギの品種群としては、例えばオビスギやヤクスギなどが挙げられる。オビスギの材は既に宮崎県を中心に水蒸気を加熱源に用いる乾燥スギ材製造に広く利用されているので、乾燥凝縮液を大量に採取することが可能で、本発明の原料として特に好ましい。オビスギの品種群はオビアカ、アラカワ、ハアラ、エダナガ、ガリン、ヒダリマキ、ミゾロギ、ヒキ、トサアカ、トサグロ、チリメンドサ、クロ、カラツキ、タノアカ、ゲンベエ等のおよそ15品種が知られているが、これらの品種群の中から好ましく選定することができる。本発明の説明において、単にオビスギ材と標記する場合、これらの品種群のいずれかの材、もしくは品種群の混合材を指す。オビスギ以外にヤクスギなど精油成分を多く含むスギの品種の材も同様に使用可能であり、本発明のオビスギ品種群に包含する。
【0007】
本発明において、スギ材乾燥凝縮液の油分回収法には、分液回収、抽出回収及び吸着回収を挙げることが出来る。先ず、凝縮液を静置して上層に浮く油分を分液して回収する方法が簡単な方法の一つとして挙げることが出来る。この分液回収の場合、油分を分離した水層には幾分かの油分が微小油滴として残る。従って、より多く凝縮液油分の分離を目的にする場合には、ヘキサン、酢酸エチルなど有機溶媒等で凝縮液を抽出して必要に応じて濃縮する方法も実施可能である。さらに、合成樹脂等から製造される吸着剤カラムに水層を通し油分を吸着させ、その後有機溶媒等を用いて油分を脱着させ、必要に応じて濃縮し、本発明の油分を得ることができる。この吸着回収法は、溶媒使用量が溶媒のみによる抽出法に比べて少なくできる点で有利である。具体的には、オビスギ材乾燥凝縮液から回収できる油分量は分離方法により変動するが、1リットルあたりおよそ0.9〜1.3gを示した。非特許文献1にある国産スギ材の品種は明示されていないが、その乾燥凝縮液のヘキサン抽出物は1リットルあたり約0.015gであった。これに比べて、オビスギ品種群の材の乾燥凝縮液を使えば少なくとも数十倍の油分を採取できることになり本発明に特に好ましく使用することが出来る。製造したオビスギ材乾燥凝縮液からの油分は、油分の分離方法によらず、細菌に対する抗菌活性を有し、スギ材乾燥凝縮液油分からなる抗菌剤として利用できることを確認し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち本発明の好ましい実施態様の一つは、スギ材を乾燥する工程で排出口より出る排気を冷却して得られる凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤である。
【0009】
前述の如く、オビスギ品種群のスギは乾燥凝縮液を大量に採取することが可能であるので本発明において特に好ましく使用することが出来る。本発明の特に好ましい実施態様の一つは、オビスギ品種群のスギからなる材の乾燥工程で排出口からでる排気を冷却して得られる凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤及びその製造法である。
【0010】
スギ材とくに好ましくはオビスギ品種群のスギからなる材の好適な乾燥温度は、60〜140℃の範囲である。それ故、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の乾燥温度が60〜140℃の範囲であることを特徴とする凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤及びその製造法である。
【0011】
また、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記のスギ材、乾燥温度で得られる凝縮液を静置して、上層から分離した油分からなる抗菌剤及びその製造法である。
【0012】
本発明の好ましい実施態様の一つは、上記のスギ材、乾燥温度で得られる凝縮液を溶媒で抽出して分離した油分からなる抗菌剤及びその製造法である。その中で更に好ましくは、溶媒として有機溶媒を使用して得られた油分からなる抗菌剤及びその製造法である。特に好ましくは、有機溶媒で抽出した後、濃縮して分離して得られた油分からなる抗菌剤及びその製造法である。
【0013】
また、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記のスギ材、乾燥温度から得られる凝縮液を吸着剤で処理して油分を吸着させたのち脱着して分離した油分からなる抗菌剤及びその製造法である。この吸着法の場合に更に好ましい実施態様の一つは、合成樹脂系の吸着剤を使用して得られた油分からなる抗菌剤及びその製造法であり、特に好ましくはイオン性基を持たない架橋重合した多孔性の樹脂を用いて得られた油分からなる抗菌剤及びその製造法である。更に、脱着の方法として溶媒を用いる方法を本発明において採用できる。好ましい溶媒としては、有機溶媒の他に水蒸気や加温した水も使用することが出来る。特に好ましくは有機溶媒である。従って、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の吸着剤を用いて吸着した後、有機溶媒等を使用して脱着・濃縮して分離した油分からなる抗菌剤である。
【0014】
上述した本発明の方法によって得られるスギ材の乾燥工程から排出した凝縮液から分離した油分は、極めて安全性が高く、しかも各種微生物に対して優れた抗菌効果を発現する。それ故、上記の種々のプロセスで得た本発明の油分を単独で用いて抗菌剤としてもよい。また、この発明の効果を損なわない範囲で他の公知の抗菌剤、保存料成分、例えばヒノキチオール、安息香酸等と組み合わせて用いて抗菌剤として、医薬品、化粧品、食品、工業用品、家庭用品などの幅広い分野において利用することができる。
【0015】
さらに、実際に抗菌剤として使用するに当たっては、抗菌剤の剤型としては特に限定はされず、溶液状、ペースト状、粉末状、ブロック状などいずれの剤型にも適宜調製することができる。本発明のスギ材乾燥凝縮液油分に界面活性剤を加えると、界面活性剤の種類と添加量の調節で、均一溶解した水溶液や乳化水溶液を得ることができ、水溶性抗菌剤として用いることができる。界面活性剤の種類は陰イオン性、陽イオン性、両性または非イオン性のいずれのタイプも用いることができる。また、この発明の抗菌剤有効成分は水溶性状態でも、或いは有機溶媒に溶解した状態でもいずれでも安定して抗菌効果を発現するため、剤型の選択には限定されず、担体に担持させてその蒸気圧を利用して徐放する剤型にも調製することができる。また、油性液体をマイクロカプセルに封入する方法を適用して、本発明のスギ材乾燥凝縮液油分のマイクロカプセルを調製して用いることもできる。上記で自明の如く、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の工程から得られる凝縮液から上記した方法によって分離した油分を溶液状、ペースト状、粉末状、ブロック状などの剤型に調製してなる抗菌剤型である。
【0016】
このように本発明の油分からなる抗菌剤は、例えば、ドライアイスとの混合形状、除菌・抗菌スプレー、あるいはエアシャワー装置など、噴霧状の形態で食品、医薬品、化粧品、工業用品、家庭用品などの幅広い分野で利用することができる。即ち本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の工程から得られる凝縮液から上記した方法によって分離した油分を噴霧状の使用形態にした抗菌性噴霧剤である。
【0017】
食品産業や家庭からでる生ゴミの腐敗防止剤や家畜やペットの育舎などに散布する抗菌剤に利用できる。本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の工程から得られる凝縮液から上記した方法によって分離した油分を生ゴミの腐敗防止剤や家畜やペットの育舎などに散布する抗菌性散布剤である。
【0018】
また,塗料分野で本発明の油分を配合する抗菌性塗料として利用できる。従って、本発明の好ましい実施態様の一つは、上記の工程から得られる凝縮液から上記した方法によって分離した油分を配合する抗菌性塗料である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、スギ材乾燥工程の排気ガスを冷却捕集して得られる凝縮液から、本発明の方法で分離・回収した油分を、抗菌活性を有する油分として利用できるようになる。スギの品種としては、材部に精油含有量の高い品種であるオビスギ品種群のスギ材を用いることで、スギ材から分離される油分を多くできる有利さがある。スギ材乾燥工程からの副生物(破棄物)の凝縮液を用いることで、スギ材等樹木の精油採取方法の既存技術である溶媒抽出法や水蒸気蒸留法に比べて、原料コストおよび油分分離・回収コストが極めて低く押さえられるメリットがある。こうして、実用的かつ量産可能なスギ材乾燥凝縮液から分離された油分からなる抗菌剤を多様な利用形態で提供できる。併せて、スギ材乾燥工程からの副生物(破棄物)の有効で実効的な水質汚濁対策を提供することが出来る。本発明の効果は、オビスギ材に適用する場合に特に効果が著しい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明のオビスギ材乾燥工程で得られる凝縮液の油分からなる抗菌剤は、以下の1項に述べる製造方法で製造した。本発明の抗菌剤の効力の評価は、以下の2項の方法により行った。
【0021】
1.オビスギ材乾燥工程で得られる凝縮液から油分の分離
【0022】
(1)オビスギ材凝縮液の回収
木材乾燥用に一般的に用いられる蒸気乾燥式の木材乾燥機からスギ材の乾燥工程からの凝縮液の回収を行うことができる。乾燥機の排出口は通常そのまま排気を外気に放出する構造になっている。このため、排気を冷却して凝縮液として回収できるように、排気ダクトを延長して空冷で冷却するか、排気口に水冷コンデンサーを接続して冷却するかできるように改良するとよい。スギ材の乾燥温度は本発明では特に指定しなくてよい。一般的に60〜140℃の温度が乾燥条件として使われており、乾燥の経過時間に応じて乾燥温度を変化させることが多いが、凝縮液の採取は乾燥の全期間を通じて行ってよい。ただし、乾燥開始時期は乾燥機内の温度上昇のために水蒸気を乾燥機内に導入するので、この時期に採取した凝縮液はほとんど有機化合物を含まない。それ故、乾燥開始時期の排気の冷却採取をやめ、乾燥機内温度が乾燥温度付近まで上昇してから凝縮液の採取を始めることにより油分の含有量を好ましく高めることが出来る。冷却して得られた凝縮液は、上層に油層が浮く、水層に微少な油滴が分散し濁りが見られるなどの状態を示す。どのような品種のスギ材の乾燥でも凝縮液を回収できるが、好ましくは精油成分を多量に含むことが知られているヤクスギやオビスギの材の乾燥工程の凝縮液を回収するのがよい。オビスギのように乾燥スギ材の製造が広く大量に行われている品種が、原料である凝縮液を大量にかつ安価で入手可能であるので好ましい。オビスギ材乾燥凝縮液から回収できる油分量は以下に示すように分離方法により変動するが、1リットルあたりおよそ0.9〜1.3gを示した。
【0023】
(2)凝縮液上澄みの分液による油分の分離
凝縮液を数日間静置すると、油層と水層の分離が進む。上層の油層を分液して凝縮液油分を分離できる。この油分は特別な処理をすることなく使用できる。残った水層は微少な油滴が分散し濁りが見られ、油層の分液で回収しきれない油分が存在する。この方法で得た油分を凝縮液油分と呼ぶ。
【0024】
(3)凝縮液または凝縮液下層の水層の有機溶媒抽出による油分の分離
凝縮液または(2)で述べた操作で残った水層を0.05〜5.0部のヘキサンや酢酸エチルのような有機溶媒と0.2〜10時間、好ましくは1から3時間撹拌抽出したのちに、静置後有機溶媒層を分液する。この操作をさらに1〜5回、好ましくは1〜2回繰り返すと、油分を有機溶媒で抽出できる。抽出した有機溶媒層は無水硫酸ナトリウム、無水硫酸マグネシウム、無水塩化カルシウムなどのような乾燥剤で乾燥後濃縮し、凝縮液抽出物が得られる。極性の低いヘキサンによる抽出では凝縮液中の極性の高い有機物質が抽出しきれないので、ヘキサン抽出後に引き続きジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルなどの高極性溶媒を用いて抽出するとほとんどの油分を回収可能になる。回収できる油分量は原料とするスギ材の品種に影響を受けるが、本発明のオビスギ材水蒸気乾燥凝縮液からのヘキサン抽出物は1リットルあたり1.0g以上である。非特許文献1で行われた国産スギ材水蒸気乾燥凝縮液のヘキサン抽出物量は1リットルあたり0.014〜0.015gであり、本発明との違いが見られる。もちろん、ヘキサン抽出を行わず、ジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチルなどで最初から抽出する方法を用いてもよい。この方法で凝縮液を抽出して得た油分を凝縮液溶媒抽出物と呼ぶ。
【0025】
(4)凝縮液または凝縮液下層の水層の吸着樹脂への吸着・脱離による油分の分離
凝縮液または(2)で述べた操作で残った水層を疎水性吸着樹脂粒子を詰めたカラムに通して吸着させ、カラムの水を排除した後にメタノール、アセトン、酢酸エチルのような有機溶媒で溶出させ、溶出液を無水硫酸ナトリウム、無水硫酸マグネシウム、無水塩化カルシウムなどのような乾燥剤で乾燥後濃縮すると、凝縮液吸着分離物が得られる。疎水性吸着樹脂粒子は、イオン性基を持たない架橋重合した多孔性の樹脂粒子であれば広範な樹脂の使用が可能である。例えば、架橋ポリスチレン樹脂、架橋ポリスチレンをハロゲン化した樹脂、架橋ポリエチレン樹脂、架橋ポリプロピレン樹脂、架橋ポリ(メタクリル酸エステル)樹脂、架橋ポリ(アクリル酸エステル)樹脂などが使用でき、あるいはこれらの架橋共重合樹脂粒子も使用できる。吸着樹脂粒子1部のカラムに凝縮液50〜1000部を通して油分を吸着できるが、望ましくは吸着剤1部に対して50〜200部とするのがよい。凝縮液を通して油分を吸着させた吸着樹脂カラムは、空気または窒素などをしばらく流して十分に充填した吸着樹脂粒子の水を除く。その後、メタノール、エタノール、アセトン、酢酸エチルなどの有機溶媒を流して、吸着した油分を脱着させる。あるいは、複数種の溶媒を順次変えて流したり、混合溶媒として流したりすることも脱着に有効である。有機溶媒を流す量は留出液から有機物が確認できなくなる時点とする。有機溶媒による抽出法に比べて疎水性吸着樹脂を用いて吸着分離する方法の方が、有機溶媒の使用量を減少できる。この方法で凝縮液から得た油分を凝縮液吸着分離物と呼ぶ。
【0026】
2.凝縮液から得られた油分の細菌への抗菌作用
凝縮液から得られた油分の抗菌効果の確認は、一般的に行われている寒天培地を用いる方法や液体培地を用いる方法のいずれで行ってもよい。本発明では日本化学療法学会が定めた「最小発育阻止濃度(MIC)測定法(1981年改訂)」(Chemotherapy、1981、29巻、1号、p.76−79)に準じて、凝縮液から得られた油分を2倍希釈法で培地に添加した試験培地を用い、前培養した細菌を植菌して30℃で48時間後コロニー形成の有無を判定してMIC値を求めた。抗菌試験はグラム陽性細菌としてBacillus subtilis subsp.subtilis NBRC 13719、Micrococcus luteus NBRC 3333、Mycobacterium vaccae NBRC 14118、Staphylococcus epidermidis NBRC 12993を、またグラム陰性細菌としてEscherichia coliK−12NBRC 3301、Proteus mirabilis NBRC 13300、Pseudomonas fluorescens NBRC 3757、Ralstonia solanearum No.8224を用いた。R.Solanearumはトマトなどナス科植物に青枯病を引き起こす植物病原性細菌である。また、その他の細菌の幾つかは日和見感染菌としての可能性が指摘されている。前出の油分分離方法1.(2)〜(4)で得たいずれの凝縮液の油分もグラム陽性細菌には1024μg/mL以下で抗菌作用を示した。また、グラム陰性細菌では、P.mirabilisおよびR.solanearumには1024μg/mL以下で抗菌作用を示し、抗菌剤として多用途に使用可能と考えられる。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例1】
【0028】
宮崎県産のオビスギ芯持ち角材(130×130×3000 mm)56本を木材乾燥機(九州オリンピア(株)製 型式MHB−5MR)に入れ、以下のスケジュールで高温乾燥を行った。第1段階:乾球温度90℃(7時間)次いで乾球温度85℃(17時間)、第2段階:乾球温度120℃、湿球温度95℃(27時間)、第3段階:乾球温度110℃、湿球温度90℃(49時間)、第4段階:乾球温度100℃、湿球温度80℃(49時間)。乾燥機排出口から第2段階から第4段階で出る排気を水冷式のコンデンサーを通して約50℃以下に冷却して、液化した溶液を集めて、スギ材乾燥凝縮液として使用した。凝縮液のpHは3.3であった。
【0029】
スギ材凝縮液10Lを1週間静置した後、上層の油層を分液して約9.5gの淡褐色油状物として、凝縮液油分を得た。得られた凝縮液油分はガスクロマトグラフ質量スペクトル(GCMS)の測定により含有成分を分析した。GCMS測定はガスクロマトグラム質量分析計GCMS−QP2010(島津製作所)を用いて行った。GCMS測定条件は、試料濃度10mg/mL(溶媒は酢酸エチル)、キャピラリーカラムDB−WAX(0.25mm内径、長さ30m、コーティング厚さ0.25μm、J&Wサイエンティフィク)、キャリアガスHe、カラムガス流速1.0mL/分、スプリット比30/1、注入温度250℃、恒温槽温度変化[40℃(1分間保持)、40−245℃へ昇温(昇温速度10℃/分、1.0−21.5分)、245℃保持(21.5−50分)]、インターフェース温度250℃、核四重極質量計検出器、イオン源温度200℃である。測定結果を図1に示す。
【実施例2】
【0030】
スギ材乾燥凝縮液1000mLを三角フラスコに入れ、ヘキサン200mLを加えた。この中に撹拌子を入れ、マグネチックスターラー上で室温で1時間撹拌した。その後、溶液を分液ロートで有機層と水層に分液した。水層は同じヘキサン抽出操作をさらに2回繰り返した。合わせたヘキサン抽出液に無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥後、ろ過により硫酸ナトリウムを取り除いた。ろ液から減圧下で溶媒を留去して、1.10gの淡褐色油状のヘキサン抽出物を得た。
【0031】
ヘキサン抽出後に残った水層に酢酸エチル200mLを加えた。撹拌子を入れ、マグネチックスターラー上で室温で1時間撹拌した。水層は同じ酢酸エチル抽出操作をさらに2回繰り返した。合わせた酢酸エチル抽出液に無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥後、ろ過により硫酸ナトリウムを取り除いた。ろ液から減圧下で溶媒を留去して、0.187gの淡褐色油状の酢酸エチル抽出物を得た。
【0032】
得られたヘキサン抽出物とヘキサン抽出後の残水溶液の酢酸エチル抽出物のGCMSの測定を実施例1と同様に行った。測定結果を図2および図3に示す。
【実施例3】
【0033】
スギ材乾燥凝縮液2000mLを三角フラスコに入れ、酢酸エチル400mLを加えた。この中に撹拌子を入れ、マグネチックスターラー上で室温で1時間撹拌した。その後、溶液を分液ロートで有機層と水層に分液した。水層は同じ酢酸エチル抽出操作をさらに2回繰り返した。合わせた酢酸エチル抽出液に無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥後、ろ過により硫酸ナトリウムを取り除いた。ろ液から減圧下で溶媒を留去して、淡褐色油状物として1.23gの酢酸エチル抽出物を得た。得られた酢酸エチル抽出物のGCMSの測定を実施例1と同様に行った結果は、実施例1の凝縮液油分のGCMSクロマトグラムとほとんど同じスペクトルを示し、含有成分に違いは見られなかった。
【実施例4】
【0034】
架橋ポリスチレン系合成吸着樹脂としてHP20(比表面積600m/g、細孔半径20−30nm、三菱化学(株)製)を用いた。一晩真空乾燥したHP20を20gとり、メタノールを加えて懸濁溶液とした。これをガラスウール栓をしたガラスカラム管(2.0cm I.D.×30cm)に流し込み、上からメタノール100mLを流して洗浄した。さらにメタノール:蒸留水=1:1の混合溶媒150mL、蒸留水500mLを順次流して蒸留水に置換した。カラム内の水面を吸着剤の上面ぎりぎりまで下げ、凝縮液1000mLを約40mL/分の流速で流し、油分を吸着させた。カラムから留出した水溶液を吸着残液とした。凝縮液をすべて流し終わった後、カラム上部にガス流入口を持つゴム栓をし、窒素ガスを流してカラム内の水分をできるだけ除去した。カラムにメタノール150mLを流し吸着物を脱離し溶出させた。次に酢酸エチル150mLを流して吸着物を完全に溶出させた。合わせた溶出液を減圧下で濃縮した。濃縮物に水分が少量残っていたので、濃縮物を酢酸エチルに溶かし、無水硫酸ナトリウムを加えて乾燥した。ろ過により硫酸ナトリウムを取り除き、ろ液を再度減圧下で濃縮し、淡褐色油成仏として1.17gのHP20吸着分離物を得た。得られたHP20吸着分離物のGCMSの測定結果を図4に示す。実施例1の凝縮液油分のGCMSクロマトグラムとほとんど同じクロマトグラムを示し、含有成分に違いは見られなかった。
【実施例5】
【0035】
吸着樹脂をHP20から架橋ポリスチレン樹脂SP700(比表面積1200m/g、細孔半径9nm、三菱化学(株)製)、ブロム化した架橋ポリスチレン樹脂SP207(比表面積600m/g、細孔半径8−12nm、三菱化学(株)製)および架橋ポリメタクリル酸メチル樹脂HP2MG(比表面積500m/g、細孔半径20−30nm、三菱化学(株)製)にそれぞれ代えた以外は実施例4と全く同様の方法で吸着分離物を得た。凝縮液1000mLから得られた淡褐色油状の吸着分離物は、SP700で1.10g、SP207で0.81g、HP2MGで1.20gであった。
【実施例6】
【0036】
実施例1〜4で製造した凝縮液の油分(試験試料)を100mgずつサンプル管に取り、2.5mLのエタノールを加えてよく溶かし、0.22μmのメンブレンフィルターを通して滅菌ろ過して、40mg/mLの試料濃度の試験試料エタノール溶液を調製した。オートクレーブ滅菌したミューラーヒントン寒天培地20mLに試験試料エタノール溶液を既定の量添加し混合した後、シャーレに注ぎ、室温まで冷却して寒天平板の試験培地を調製した。試験培地の試験試料濃度は4096μmから128μmまで二倍希釈系列として調製した。同様にして一つの濃度系列について3個のシャーレの試験培地を用意した。
【0037】
滅菌したミューラーヒントン液体培地10mLを入れた試験管に、保存用の斜面培地より試供菌を白金耳でとり入れた。30℃で48時間静置培養し、前培養液とした。それぞれの細菌に対して濁度(660nm)と細菌数(CFU)との関係をプロットした検量線を作成した。前培養液の濁度から細菌数を求め、滅菌食塩水で希釈して細菌濃度を約10CFU/mLとした。この細菌溶液を試験培地に画線塗抹したのち、30℃で48時間静置培養した。48時間後に細菌によるコロニー形成の有無を判定し、最小発育阻止濃度(MIC)を求めた。なお、試験試料の溶解に使用したエタノールによる細菌発育への影響が無いことをエタノールのみを添加したブランク培地を用いて確認した。また、市販抗生物質のアンピシリンナトリウム塩とクロラムフェニコールをポジティブコントロールとして用い、同様の方法でMICを求めた。抗菌試験の結果を表にまとめる。
【0038】
【表】

【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の抗菌活性を有するスギ材乾燥凝縮液の油分は、スギ材中に含まれる精油成分を主体としており、天然由来で高い安全性が期待できることから、配合または塗布するなどで除菌効果や防腐効果を要求される製品を製造するために有用である。例えば、食品産業や家庭からでる生ゴミの腐敗防止剤や家畜やペットの育舎などに散布する抗菌剤に利用できる。また,塗料分野で本発明の油分を配合する抗菌性塗料として利用できる。併せて、スギ材乾燥工程からの副生物(破棄物)の有効で実効的な水質汚濁対策を提供することが出来る。本発明の効果は、オビスギ材に適用する場合に特に効果が著しいので産業上の利用可能性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例1で得られた凝縮液油分のGCMSクロマトグラムである。縦軸はトータルイオンクロマト(TIC)、また横軸は保持時間(分)で、以下の図も同じである。
【図2】実施例2で得られた凝縮液ヘキサン抽出物のGCMSクロマトグラムである。
【図3】実施例2で得られた凝縮液をヘキサン抽出後に酢酸エチル抽出して得られた酢酸エチル抽出物のGCMSクロマトグラムである。
【図4】実施例4で得られたHP20吸着分離物のGCMSクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スギ材の乾燥工程で出る排気を冷却して得られる凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤。
【請求項2】
スギ材がオビスギ品種群のスギからなる材であることを特徴とする請求項1に記載の油分からなる抗菌剤。
【請求項3】
乾燥温度が60〜140℃の範囲であることを特徴とする請求項1乃至2のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤。
【請求項4】
凝縮液を静置して、油層を分液することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤。
【請求項5】
凝縮液を有機溶媒で抽出して分離することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤。
【請求項6】
凝縮液を吸着剤で処理して油分を吸着させたのち、吸着剤から脱着して分離したことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤。
【請求項7】
スギ材の乾燥工程で出る排気を冷却して得られる凝縮液から分離した油分からなる抗菌剤の製造方法。
【請求項8】
スギ材がオビスギ品種群のスギからなる材であることを特徴とする請求項7に記載の油分からなる抗菌剤の製造方法。
【請求項9】
乾燥温度が60〜140℃の範囲であることを特徴とする請求項7乃至8のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤の製造方法。
【請求項10】
凝縮液を静置して、油層を分液することを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤の製造方法。
【請求項11】
凝縮液を有機溶媒で抽出して分離することを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤の製造方法。
【請求項12】
凝縮液を吸着剤で処理して油分を吸着させたのち、吸着剤から脱着して分離したことを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の油分からなる抗菌剤の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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