説明

ステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法

【課題】 凝固割れの発生を確実に防止するとともに、溶接作業性を向上させ、下地や溶加材の化学成分による影響を低減して、肉盛溶接を安定状態で行なう。
【解決手段】 ステンレス鋼にニッケル合金の肉盛溶接を行なう場合に、肉盛溶接部分のリン当量に対応してニッケル合金からなる溶加材の供給速度の範囲を設定し、上記供給速度で溶加材を連続供給しながら肉盛溶接を行なう技術が採用される。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法に係り、特に、肉盛溶接部の凝固割れの発生を防止する技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】TIG溶接やMIG溶接によって、ステンレス鋼の表面にニッケル合金の肉盛溶接を行なうと、肉盛溶接部に凝固割れが発生する場合があり、この凝固割れは、肉盛溶接部の溶接ビードの初層に発生し易い。
【0003】この凝固割れが発生する理由として、肉盛溶接ビードが下地のステンレス成分の希釈を受け、溶接金属中の化学成分が変化してしまうために発生すると考えられている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、溶接条件をどのようなパラメータに基づいて設定すれば、凝固割れを防ぐことができるかという点についての解明は、不十分なものとなっている。
【0005】本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、以下の目的を達成しようとするものである。
1)凝固割れの発生を確実に防止すること。
2)溶接速度,溶接ビードの重複率等の溶接条件を変更し直すことなく、肉盛溶接を実施して溶接作業性を向上させること。
3)下地や溶加材の化学成分による影響を低減して、肉盛溶接を安定状態で行ない得るようにすること。
【0006】
【課題を解決するための手段】ステンレス鋼にニッケル合金の肉盛溶接を行なう方法として、肉盛溶接部分のリン当量を予め求めておくとともに、リン当量に対応してニッケル合金からなる溶加材の供給速度の範囲を設定し、上記供給速度で溶加材を連続供給しながら肉盛溶接を行なう技術を採用する。溶接ビードの重複率及び溶接速度を固定した条件下で、溶接ビードのリン当量を求め、該リン当量を基準として溶加材の供給速度の範囲を設定する技術が付加される。予め肉盛溶接作業を実施することにより、肉盛溶接部の試験片を作製しておき、肉盛溶接部について、下地ビードの断面積,前ビードの断面積,ニッケル合金溶接部の断面積を求め、リン当量にそれぞれの断面積比を乗じて足し合わせることにより、溶接ビードのリン当量を算出する技術が適用される。ステンレス鋼及びニッケル合金の化学成分のばら付きが伴う場合にあっても、リン当量を監視して、溶接ビードのリン当量値が、管理基準値以下となるように溶加材の供給速度を調整することにより、肉盛溶接部における凝固割れの発生を防止可能にするものである。
【0007】
【発明の実施の形態】以下、本発明に係るステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法の一実施形態について、図1の模式図を参照しながら説明する。
【0008】〔肉盛溶接部分のリン当量の算出〕図1に示すように、ステンレス鋼の下地1に、ニッケル合金の肉盛溶接を行なうことにより、溶接ビード2を形成するのであるが、予め肉盛溶接部の試験片を作製しておき、溶接ビード2(溶接部)の各部(下地ビードA,前ビードB,ニッケル合金溶接部C)についてのリン当量が求められる。リン当量(Peq)値は、次の〔式1〕により算出される。
Peq=P+S/1.5−(C−Si/3.5+Mn/14)/25 −(Cr−Ni/3.5)/1500 ……〔式1〕
ただし、P:(リン),S:(硫黄),C:(炭素),Si:(ケイ素),Mn:(マンガン),Cr:(クロム),Ni:(ニッケル)である。
【0009】前記下地1のリン当量は、ステンレス鋼の化学成分に基づき算出されるが、該リン当量は、実際の化学成分のばら付きにより、当然変化することになる。また、溶接ビード2の部分(肉盛溶接部分)のリン当量は、下記の■を調整することにより変化するため、これらを制御する技術も考えられる。
■ニッケル合金溶材の化学成分■溶接ビードの重複率を変化させることによる溶け込み率■溶接速度の制御による溶け込み率■ワイヤ(溶加材,溶加棒)供給量を調整することによる溶け込み率
【0010】しかし、これらのうち■の技術は、下述する点で難点があり、現実的には困難である。
■の技術:下地のステンレス鋼の化学成分が異なるたびにニッケル合金溶材の化学成分を調整する必要がある。
■の技術:ビード外観が悪化し易い。
■の技術:入熱量が変動するので溶接作業性が低下し易い。
【0011】一方、■の技術:ワイヤ供給量を調整する技術は、その他の溶接条件を実質的に変更せず、かつ新たな装置を必要としないため、本発明に係る肉盛溶接方法の一実施形態において採用した。
【0012】下地(ステンレス鋼)及び溶加材(ニッケル合金)は、その化学成分に基づいて、それぞれのリン当量を算出する。予め作製した肉盛溶接部の試験片にあっては、溶接ビード2(溶接部)の各部(下地ビードA,前ビードB,ニッケル合金溶接部C)についてのリン当量を算出する。なお、試験片は、実際(実機)の溶接作業における溶接条件のうち、溶接ビードの重複率(オーバーラップ率)及び溶接速度を固定した条件で、実機施工を模擬して作製される。
【0013】〔各断面積の算出〕作製した試験片は、溶接ビード2(肉盛溶接部)の断面を観察して、前述の下地ビード(下地のビード部分)A,前ビード(前のビード部分)B,ニッケル合金溶接部(ニッケル合金のビード部分)Cについて、それそれの断面積を算出する。図1R>1に示す溶接ビード2において、下地ビードA,前ビードB,ニッケル合金溶接部Cの断面積をA,B,Cで表わすとすれば、新しい溶接ビード(新ビード)のリン当量値(Peq値)は、それぞれの面積比を掛けて足し合わせることにより、次の〔式2〕により算出される。
溶接ビードのPeq値=下地ビードのPeq値×A/(A+B+C)
+前ビードのPeq値×B/(A+B+C)
+ニッケル合金のPeq値×C/(A+B+C)……〔式2〕
【0014】上述したように、溶接ビード2の重複率及び溶接速度を固定し、溶加材の供給速度のみを変化させて肉盛溶接を行なうと、図1に示す下地ビードA,前ビードB及びニッケル合金溶接部Cの断面積や化学成分が変化するため、溶加材の供給速度(ワイヤ送給速度)を変えた試験片を作製して、試験片のリン当量を〔式2〕に基づいて順次算出するとともに、凝固割れの有無や溶接ビードの状態の良否を判別する。このような作業を繰り返して、ワイヤ送給速度とリン当量との関係から、凝固割れが生じない管理基準以下のリン当量及びワイヤ送給速度の範囲を求めて、適正範囲で運用することが行なわれる。
【0015】
【実施例】下地として、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS309L,ニッケル合金系のインコネル600及びインコネル182を選定し、溶加材として、JIS−Z 3334のYNiCr−3相当品であるニッケル合金系のインコネル82を選定して、ワイヤ送給速度を変化させながら試験片を作製し、溶接ビード(最終ビード)のリン当量を算出した。その結果を図2に示す。ただし、下地がインコネル600及びインコネル182である場合には、凝固割れが発生せず、かつSUS309Lである場合にあっても、溶接ビードの最終パス以外では、図1に示す前ビードBの部分が、後のビードにより次々に希釈されるため、条件が厳しくなる最終パスの評価のみを説明する。
【0016】図3は、肉盛部におけるビードの状況を示している。試験条件として、次のパラメータを設定した。
下地:SUS309L溶接速度:8cm/分ビード重ね代:5mmインコネル600:1パスインコネル182:5パスSUS309L:2パスSUS309Lのリン当量値:0.01353SUS309Lの化学成分C:0.04以下,Si:1.00以下,Mn:2.00以下,P:0.045 以下,S:0.03以下,Ni:12.0〜15.0,Cr:22.0〜24.0,残部:Fe溶加材(溶加棒)の直径:1.2mmインコネル82の化学成分の概略C:0.10以下,Si:0.50以下,Mn:2.5 〜3.5 ,P:0.03以下,S:0.015 以下,Ni:67.0以上,Cu:0.50以下,Cr:18.0〜22.0,Fe:3.0 以下,Nb+Ta:2.0 〜3.0 ,Ti:0.75以下であるものを適用した。
【0017】ステンレス鋼の下地にニッケル合金の肉盛溶接を行なった図2例について検討すると、リン当量値が0.005以下である条件下では凝固割れが発生せず、その際のワイヤ送給速度は、60cm以上となることが明らかである。そして、ビード形状を安定させて、溶接ビードの形成後における研磨加工等の後加工を省略したい場合には、下地のSUS309Lのリン当量値が、0.01353となっている条件下で、ワイヤ送給速度を60〜90cm/分となるように設定すればよいことが明らかである。
【0018】
【発明の効果】本発明に係るステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法によれば、以下の効果を奏する。
(1) 肉盛溶接部分のリン当量を求めておいて、肉盛溶接により形成されるビードのリン当量を、溶加材の供給速度に基づいて設定することにより、凝固割れの発生を定量的に把握して、発生を確実に防止することができる。
(2) 溶接ビードの重複率や溶接速度を固定して、溶加材の供給速度の範囲を設定することにより、溶接条件を変更し直すことなく、溶接作業性を向上させることができる。
(3) 肉盛溶接部の試験片を作製して、各ビードの断面積の断面積を求め、リン当量にそれぞれの断面積比を乗じて足し合わせることにより、溶接ビードのリン当量を容易に算出して、凝固割れ対策を速やかに行なうことができる。
(4) 溶接ビードのリン当量値を監視して、管理基準値以下となるように溶加材の供給速度を調整することにより、下地や溶加材の化学成分による影響を低減して、肉盛溶接を安定状態で行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明に係るステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法の一実施形態を示す溶接ビード部分の模式図である。
【図2】 本発明に係るステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法の一実施例におけるワイヤ送給速度とリン当量値との関係曲線図である。
【図3】 本発明に係るステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法の一実施例における溶接ビードの状況を示す正断面図である。
【符号の説明】
1 下地
2 溶接ビード
A 下地ビード(下地のビード部分)
B 前ビード(前のビード部分)
C ニッケル合金溶接部(ニッケル合金のビード部分)

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ステンレス鋼にニッケル合金の肉盛溶接を行なう方法であって、肉盛溶接部分のリン当量に対応してニッケル合金からなる溶加材の供給速度の範囲を設定し、上記供給速度で溶加材を連続供給しながら肉盛溶接を行なうことを特徴とするステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法。
【請求項2】 溶接ビードの重複率及び溶接速度を固定した条件下で、溶接ビードのリン当量を求め、該リン当量を基準として溶加材の供給速度の範囲を設定することを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法。
【請求項3】 溶接部について、下地ビードの断面積,前ビードの断面積,ニッケル合金溶接部の断面積を求め、リン当量にそれぞれの断面積比を乗じて足し合わせることにより、溶接ビードのリン当量を算出することを特徴とする請求項2記載のステンレス鋼に対するニッケル合金の肉盛溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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