説明

ステンレス鋼溶接材料

【課題】 抗菌性の高いステンレス鋼溶接材料を提供する。
【解決手段】 C:0.15質量%以下、Mn:4.0質量%以下、Si:1質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.02質量%以下、Ni:8〜30質量%、Cr:9〜30質量%、N:0.005〜0.40質量%、Ag:0.01〜1.0質量%を含み残部がFe及び不可避不純物からなる材料からステンレス鋼溶接材料を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼溶接材料及び溶接方法に関するものであり、特に抗菌性に優れ、生活関連用品、医療機器及び建材に用いて好適なステンレス鋼溶接材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生活関連用品を含め多くの分野において、高Ni−Crのステンレス鋼が用いられており、このような高Ni−Crのステンレス鋼を溶接する高Ni−Crのステンレス鋼溶接材料についても、種々のものが開発されている。一般的に、高Ni−Crのステンレス鋼溶接材料としては、JIS規格のY310S等の溶接材が知られている。
【非特許文献1】JISハンドブック40溶接2004(912頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、近年、配水管や貯水漕などの異常腐食の原因の一つとして、微生物腐食が大きな問題となっている。微生物腐食は、とくに従来の溶接材料では、溶接ビード近傍で発生しやすい。その原因は、溶接ビードのマクロ的な凹凸により流体の滞留部が生じ、微生物が平滑な母材表面に比べて著しく付着しやすいためと考えられる。そのため、従来は溶接ビードの凸部を母材面まで切削及び研磨して母材と同様に仕上げる必要があり、溶接後の処理に時間とコストが費やされていた。
【0004】
また、従来の溶接材料を用いて衛生用品を製造しても、溶接部の抗菌性が十分でなかった。
【0005】
本発明の目的は、溶接後の表面仕上げ等の作業が容易なステンレス鋼溶接材料を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、微生物を防止できる抗菌性の高いステンレス鋼溶接材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明のステンレス鋼溶接材料は、C:0.15質量%以下、Mn:4.0質量%以下、Si:1質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.02質量%以下、Ni:8〜30質量%、Cr:9〜30質量%、N:0.005〜0.40質量%、Ag:0.01〜1.0質量%を含み残部をFe及び不可避不純物から構成する。
【0008】
(2)また、C:0.15質量%以下、Mn:2.1〜4.0質量%、Si:1質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.02質量%以下、Ni:10.2〜30質量%、Cr:9〜30質量%、N:0.005〜0.40質量%、Ag:0.01〜1.0質量%を含み残部をFe及び不可避不純物から構成する。
【0009】
(3)本発明のステンレス鋼溶接材料は、Mo:8質量%以下及びCu:2.5質量%以下から選択した一種以上を更に含有する(1)または(2)に記載のステンレス鋼溶接材料である。
【0010】
(4)本発明のステンレス鋼溶接材料は、NbとTaの合計:0.01〜2.0質量%、Ti:0.01〜1.0質量%及びZr:0.001〜1.0質量%から選択した一種以上を更に含む(1)〜(3)のいずれか1つに記載のステンレス鋼溶接材料である。
【0011】
(5)本発明のステンレス鋼溶接材料は、B:0.0001〜0.0050質量%を含む(1)〜(4)のいずれか1つに記載のステンレス鋼溶接材料である。
【0012】
本発明によれば、溶接材料に抗菌性が高く、人体に対する安全性の高いAgを含有することにより、溶接時における溶融金属の凝固過程で、Agが溶接金属の最表面で濃化し、その状態で凝固する。そのため、溶接ビードを母材面まで削除及び研磨して、溶接部を母材表面と同等に仕上げなくても、溶接部における微生物腐食を防ぐことができる。また、溶接金属表面において優れた抗菌性を得ることができ、衛生用品の溶接に用いることができる。
【0013】
特に、本発明では、従来のY310Sの溶接材に比べて、Ni及びCrの含有量の範囲が高くなっている。これにより、溶接部の機械的性能及び耐食性を高めることができる。
【0014】
なお、特開平11−172379号公報等には、W、Agを添加した抗菌性を有するステンレス鋼板が示されているが、本発明の溶接材料では、当該ステンレス鋼板に含まれるAlが含まれていない。そのため、溶接の際にスケールの発生を抑えることができる。また、当該ステンレス鋼板は、W、Agの相互作用により抗菌性を示すのに対して、本発明の溶接材料では、ステンレス鋼板(母材)よりもAg含有量を高めてAgだけで抗菌性を高めている。
【0015】
また、ステンレス鋼溶接材料として、母材よりもAg含有量の高いステンレス鋼溶接材料を用いれば、特に腐食の生じやすい溶接部を確実に腐食から防止することができる。
【0016】
本発明のステンレス鋼溶接材の溶接方法としては、溶接中にAgの酸化消耗を極力抑制するため不活性ガスを用いたティグ溶接またはミグ溶接が適している。以下に、各組成の作用及び含有量の限定理由について説明する。
【0017】
Cは、固溶体強化型元素であり、溶接金属の強度を高めることができる。しかしながら、含有量が0.15質量%を超えると、Crと結合してCr炭化物を生成し、耐食性が低下する。そこで、含有量を0.15質量%以下とした。
【0018】
Mnは溶接時に脱酸作用及び脱硫作用があり、溶接割れに有害なSを固定して溶接割れ感受性を低下させることができる。しかしながら、4.0質量%を超えて含有すると溶接時に溶融池の流動性が低下し、溶接作業性が低下する。また、熱間加工性も低下し、溶接ワイヤの生産性も低下させる。そこで、含有量を4.0質量%以下とした。溶接割れ感受性の高い鋼種については、含有量を2.1〜4.0質量%とするのが好ましい。
【0019】
Siは、耐酸化性を高めるので、その種の環境下での耐食性の改善に有効である。また、溶融池の流動性を良好にするので、Siを高めると平滑なビード形状が得られ、溶接作業性が向上する。しかしながら、1質量%を超えると、溶接時における高温割れ感受性が高くなる。また、熱間加工性も低下して溶接ワイヤの生産性も低下する。そこで、含有量を1質量%以下とした。
【0020】
Pは、溶接割れ感受性を高めるので、できるだけ低減させるのが望ましい。含有量が0.03質量%を超えると溶接割れ感受性が特に高くなるので、含有量を0.03質量%以下とした。
【0021】
Sは、結晶粒界に偏析しやすく、粒界の脆弱化を著しく促進させ、溶接割れ感受性を高めたり、熱間加工性を低下させるのでできるだけ低減させるのが望ましい。0.02質量%を超えるとその傾向が顕著となるため、含有量を0.02質量%以下とした。
【0022】
Niは、機械的性能を高めることができ、8質量%以上にすると高い効果を得られる。しかしながら、30質量%を超えるとSなどの不純物元素の溶解度が減少して溶接割れ感受性が高まる。そこで、含有量を8〜30質量%とした。溶接金属の延性及び靱性を更に高めるには、含有量を10.2〜30質量%とするのが好ましい。
【0023】
Crは、耐食性を高めるために必須である。9質量%未満では、十分な耐食性を得られない。また、30質量%を超えると、溶接金属に金属間化合物が生成されやすくなり、脆弱化することがある。また、溶接ワイヤへの加工性が低下して溶接ワイヤの生産性が低下する。そこで、含有量を9〜30質量%とした。
【0024】
Nは、Cと同様に固溶体強化型元素であり、溶接金属の強度を高める。その効果を得るには、0.005質量%以上が必要である。しかしながら、0.40質量%を超えて含有するとステンレス鋼中への溶解度を超えて溶接金属中にNによるブローホールが発生し強固な溶接部が得られない。そこで、含有量を0.005〜0.40質量%とした。
【0025】
Agを添加することにより、溶接金属表面には、Ag濃化領域が形成される。そのため、菌の繁殖が抑制され、溶接部の抗菌性が高まる。その効果は、0.01質量%未満では、溶接における酸化消耗を考慮すると不十分である。また、1.0質量%を超えて含有させると溶接割れの発生原因になる上、Agは高価なため、コスト高になる。そこで、含有量を0.01〜1.0質量%とした。なお、前述したように、Agの含有量は、ステンレス鋼板(母材)よりも高いのが望ましい。
【0026】
本発明の溶接材料には、Mo:8質量%以下及びCu:2.5質量%以下から選択した一種以上を更に含有させるのが好ましい。このようにすると、耐応力腐食割れ性及び耐孔食性を高めることができる。しかしながら、過剰に添加すると溶接部の機械的性能や溶接性が低下する。Moは、過剰に添加すると金属間化合物が析出しやすくなり、耐食性や機械的性能が低下する。そこで、8質量%以下とした。Cuは、Agと同様に抗菌性を有するが、微量の添加では効果が小さい。また、過剰に添加すると結晶粒界にCuが析出し、溶接時において高温割れが発生しやすくなる。そこで、2.5質量%以下とした。
【0027】
また、本発明の溶接材料には、NbとTaの合計:0.01〜2.0質量%、Ti:0.01〜1.0質量%及びZr:0.001〜1.0質量%から選択した一種以上を更に含有させるのが好ましい。これらの元素は、Cと親和力が強く、Crより優先的に炭化物を生成させるので、溶接による熱サイクルやその後の熱処理におけるCr炭化物の粒界析出を抑制し、耐粒界腐食性を改善する。Nbは、0.01質量%未満では上記効果を得にくい。しかしながら、過剰に添加すると溶接割れ感受性が高くなる。また、Nbは、その一部をTaに置換しても効果は同様である。そこで、NbとTaの合計の含有量を0.01〜2.0質量%とした。Tiは、0.01質量%未満では上記効果を得にくい。しかしながら、過剰に添加すると溶接作業性が低下する。そこで、0.01〜1.0質量%とした。Zrは、0.001質量%未満では上記効果を得にくい。しかしながら、1.0質量%を超えて過剰に添加すると溶接作業性が低下する。そこで、0.001〜1.0質量%とした。
【0028】
また、本発明の溶接材料には、B:0.0001〜0.0050質量%を含有させるのが好ましい。Bは、結晶粒界の強度を高め、熱間加工時における割れの発生を抑制するので、溶接ワイヤの生産性を向上させることができる。0.0001質量%未満では当該効果を得にくい。しかしながら、0.0050質量%を超えて過剰に添加すると溶接割れを起こしやすくなる。そこで、0.0001〜0.0050質量%とした。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、溶接材料に抗菌性が高く、人体に対する安全性の高いAgを含有することにより、溶接時における溶融金属の凝固過程で、Agが溶接金属の最表面で濃化し、その状態で凝固する。そのため、溶接ビードを母材面まで削除及び研磨して、溶接部を母材表面と同等に仕上げなくても、溶接部における微生物腐食を防ぐことができる。また、溶接金属表面において優れた抗菌性を得ることができ、衛生用品の溶接に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明の効果を確認するために、各種の組成のステンレス鋼溶接材料を作り、各溶接材料の溶接金属の抗菌効果を調べた。まず、表1に示すような各種の組成のステンレス鋼溶接材料を熱間加工及び冷間加工により溶接用ワイヤに加工して溶接を行った。
【表1】

【0031】
溶接は、図1に示すように、12tmm×100mm×1501mmのSUS304の鋼板1(Ag<0.005質量%)に溶接用ワイヤを用いて3層の肉盛溶接2をそれぞれ行った。本溶接は、15l/minの流量のArガスシールドによるティグ溶接により行った。溶接条件は、ワイヤ径1.2mm、溶接電流190A、溶接電圧10.5V、溶接速度100mm/min、ワイヤ供給量100cm/minであった。ティグ溶接では、溶接雰囲気をArガスにより保護することにより、Agの酸化消耗が抑制され、溶接ワイヤと溶接金属中のAg量はほとんど変化しない。したがって、肉盛溶接や継手溶接など溶接箇所が変化しても溶接金属中のAg含有量は溶接ワイヤとほぼ同等である。
【0032】
次に、各溶接材料の溶接金属の抗菌効果を調べた。抗菌性の評価はJIS−Z−2801「抗菌加工製品−抗菌性試験・抗菌効果」に準じて以下の手順で行った。まず、大腸菌を菌の個数を2×10〜6×10cfu/mlに調整した1/500NB容液に分散して菌液を作った。ここで、1/500NB容液とは、普通ブイオン培地(NB)を減菌精製水で500倍に希釈したものである。普通ブイオン培地とは、肉エキス5.0g、塩化ナトリウム5.0g、ペプトン10.0g、精製水1000ml、pH:7.0±0.2のものをいう。次に、99.5%エタノール含有脱脂綿等で洗浄、脱脂した実施例及び比較例の溶接金属の中央部位置する試験部3(図1)の表面を0.5ml/25cmの割合で菌液で濡らして(接種して)から、試験部3の表面に被覆フィルムを被せた。次に、試験部3を35±1.0℃の温度、90%以上のRH(相対湿度)下で24時間保存してから、寒天培養法(35±1.0℃、40〜48hr)により生菌数を測定して抗菌活性値を次の式で求めた。
【0033】
R=[log(B/A)-log(C/A)]=[log(B/C)]
ここで、Rは抗菌活性値であり、Aは無加工試験片の接種直後の生菌数の平均値(個)であり、Bは無加工試験片の24時間後の生菌数の平均値(個)であり、Cは抗菌加工試験片の24時間後の生菌数の平均値(個)である。無加工試験片とは、JIS−Z−2801(5.2.6試験操作)に記載してあるように、抗菌無加工相当のことを意味し、細菌の増殖に影響を与えない試験片のことであり、試験部と同じ条件での生菌数を求めた。本例では、無加工試験片は、SUS304により形成されている。
【0034】
表2は、その測定結果を示している。
【表2】

【0035】
表2より、本発明の実施例1〜13の溶接材料では、培養後の生菌数は、無加工試験片のものより著しく抑制されており、その生菌数の対数値の比、即ち、抗菌活性値も2.0以上である。これに対して、Agを含まない比較例1〜3の溶接材料及びAgの含有量が0.01質量%を下回る比較例4の溶接材料では、培養後の生菌数は、Agを含む本発明の実施例1〜13よりかなり多く、抗菌活性値も2.0よりもかなり低い値になっており、抗菌効果は認められない。これより、Agを適正値で含有した本発明の実施例1〜13では、溶接金属表面が高い抗菌性を有しているのが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施の形態の試験を行う際の溶接の態様を説明するために用いる図である。
【符号の説明】
【0037】
1 鋼板
2 肉盛溶接
3 試験部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.15質量%以下、Mn:4.0質量%以下、Si:1質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.02質量%以下、Ni:8〜30質量%、Cr:9〜30質量%、N:0.005〜0.40質量%、Ag:0.01〜1.0質量%を含み残部がFe及び不可避不純物からなることを特徴とするステンレス鋼溶接材料。
【請求項2】
C:0.15質量%以下、Mn:2.1〜4.0質量%、Si:1質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.02質量%以下、Ni:10.2〜30質量%、Cr:9〜30質量%、N:0.005〜0.40質量%、Ag:0.01〜1.0質量%を含み残部がFe及び不可避不純物からなることを特徴とするステンレス鋼溶接材料。
【請求項3】
Mo:8質量%以下及びCu:2.5質量%以下から選択した一種以上を更に含有する請求項1または2に記載のステンレス鋼溶接材料。
【請求項4】
NbとTaの合計:0.01〜2.0質量%、Ti:0.01〜1.0質量%及びZr:0.001〜1.0質量%から選択した一種以上を更に含む請求項1〜3のいずれか1つに記載のステンレス鋼溶接材料。
【請求項5】
B:0.0001〜0.0050質量%を含む請求項1〜4のいずれか1つに記載のステンレス鋼溶接材料。

【図1】
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【公開番号】特開2006−15372(P2006−15372A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−195977(P2004−195977)
【出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(000227962)日本ウエルディング・ロッド株式会社 (11)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)