説明

スピニング加工方法及び装置

【課題】
薄板を含む均一な板厚の素板から、加工ローラを1パスで動かすスピニング加工によって、比較的加工力の小さな加工装置を用いても、製品の軸方向に沿う側面の一部について、肉厚にするなど、不均一な肉厚分布の製品を成形可能なスピニング加工方法を実現する。
【解決手段】
回転する板状の金属製ワークに、加工ローラを押し付けて成形加工を行うスピニング加工を行う際いて、ワークを回転角センサ付モータによって駆動される主軸に取り付けて回転させ、ワークの回転角度に同期して、ワークと加工ローラの接触点が、主軸の中心線に対して所定の傾斜角度で交わる平面内において閉軌道を描くように、加工ローラを主軸方向及び半径方向に前進または後退させることによって、主軸を中心軸としつつ、周方向に不均一な肉厚分布の製品の成形を可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピニング加工方法及びこれを実施するためのスピニング加工装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スピニング加工方法のうち、加工ローラを成形型に沿って1パスの工具軌道で動かして加工を行うしごきスピニング加工では、ワーク被加工部の肉厚はsine則という法則にしたがって決まる。
たとえば、半角がαの円錐形状を、この加工法で成形する場合、被加工部の肉厚tは、素板の板厚tによってsine則に従い、周方向で均一にt=tsin(α)となる。複数の工具パスにより多段階で成形を行う絞りスピニング加工では、パスの設定により素板の板厚からの減肉・増肉が可能だが、やはり肉厚は周方向で均一な分布に限られる。
【0003】
ところで、スピニング加工に成形される製品には、設計上、例えば、他の部品と当接して大きな負荷がかかる箇所や、他の部材との結合部、溶接部等を形成するため、軸方向に沿う側面の一部について、肉厚を増やして強度を高めなければならない場合や、逆に、軽量化、低コスト化のため、肉厚を減じることが必要になる場合があるが、従来のスピニング加工方法では、製品の軸線に直交する断面において、周方向に均一の肉厚に加工せざるを得ず、このような要請に応えることができなかった。
【0004】
特許文献1では、回転しごき加工により成形型とローラの間で製品の一部分を強制的に減肉する方法が提案されているが、この方法では、肉厚は成形型とローラの隙間で決まるものの、この場合も周方向の肉厚は均一となる。
【0005】
特許文献2では、周方向で不均一な肉厚分布の製品をスピニング加工で成形するための方法として、成形型に凹部を設け素材を流入させてその部分のみを厚くする方法を提案している。
しかしこの方法では素材を強制的に流動させるためローラの駆動推力が大きな加工装置が必要であり、製品全体にわたるような肉厚分布の制御や薄板への適用も難しい。
【0006】
特許文献3では、溶接により予め周方向に不均一な肉厚を有するブランクを作成し、これをスピニング加工する方法を提案しているが、ブランクの作成に時間とコストがかかる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−88583号公報
【特許文献2】特開2002−86233号公報
【特許文献3】特開2002−153930号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、薄板を含む均一な板厚の素板から、加工ローラを1パスで動かすスピニング加工によって、比較的加工力の小さな加工装置を用いても、周方向の一部の領域の面に関して、強度が必要とされる箇所を肉厚にするなど、不均一な肉厚分布の製品を成形可能なスピニング加工方法を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明においては、上記課題を解決するために、板状の金属製ワークを主軸に取り付けて回転させ、加工ローラを押し付けて、前記主軸を中心軸とする製品への成形加工を行うスピニング加工方法において、前記主軸を駆動する回転角センサ付モータからの回転角信号に基づいて、前記ワークの回転角度に同期して、前記ワークと前記加工ローラの接触点が前記主軸の中心線に対して所定の傾斜角度で交わる平面内において閉軌道を描くように、前記加工ローラを前記主軸方向及び半径方向に前進または後退させることによって、周方向に不均一な肉厚分布の製品を成形するようにした。
【0010】
また、上記のスピニング加工方法において、スピニング加工による最終製品の形状及び肉厚分布に基づいて、前記ワークと前記加工ローラの接触点の軌道を含む平面が、前記主軸の中心線に対して交わる傾斜角度を決定するようにした。
【0011】
その際、最終製品の形状が、円錐半角がαの円錐ないし円錐台であり、ワークの板厚がt0であって、製品の最も厚い部分または最も薄い部分の肉厚をtdにしたい場合に、前記ワークと前記加工ローラの接触点の軌道を含む平面の、前記主軸の中心線に対して交わる傾斜角度φを、
【数2】

により求めるようにした。
【0012】
また、上記のスピニング加工方法を好適に実施するスピニング加工装置として、回転角センサ付モータと、このモータにより駆動され板状の金属製ワークを装着して回転する主軸と、このワークに接触して前記主軸を中心軸とする製品への成形加工を行う加工ローラと、加工ローラを主軸方向及び半径方向に駆動するアクチュエータと、製品の目標形状データの記憶装置とを備えたスピニング加工装置において、アクチュエータを制御する制御装置が、記憶装置に記憶された目標形状データ及び目標肉厚データに基づいて、ワークの回転角度に同期して、ワークと加工ローラの接触点が、主軸の中心線に対して所定の傾斜角度で交わる平面内において閉軌道を描くよう、加工ローラを主軸方向及び半径方向に前進または後退させる制御手段を備えたものとした。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、次のような効果を奏することができる。
(1)本発明は、製品の形状によらず、被加工部の肉厚を従来のスピニング加工法とは異なり周方向に不均一な肉厚分布に調整することができる、つまり、製品の肉厚を増加あるいは減少させたい部分があれば、本加工法を用いることで素板の板厚分布を変えなくても、その部分の肉厚を調整することができる。
(2)また本発明では素材を強制的に流動させるのではなく板の自然なずれ変形を利用して肉厚を変化させるので、薄板にも適用可能であり、ローラの駆動推力が比較的小さい装置でも実行できる。
(3)また本発明では、製品の形状が円錐ないし円錐台の場合は、円錐半角及び素板の板厚と、周方向で最も厚い部分または最も薄い部分の製品肉厚から、簡単な計算式で加工中の工具の軌道を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るスピニング加工装置の一例を示す概略平面図である。
【図2】本発明におけるワークと加工ローラの接触の様子を示した説明図である。
【図3】本加工法と従来加工法における工具軌道の比較を示した説明図である。
【図4】加工中における螺旋状の工具軌道の例を示した説明図である。
【図5】本加工法による製品の例を示した写真である。
【図6】成形状態の推移と、肉厚の推定と調整のための記号を示した説明図である。
【図7】素板の傾きや円錐半角と、製品側面の角度の関係を表わす説明図である。
【図8】実際の成形結果において、肉厚比の理論値と実測値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ワークの取り付けられた主軸と工具の運動を同期させて加工をおこなう同期式スピニング加工において実施できる。
図1は、本発明のスピニング加工方法を実施する加工装置の構成例を示す概略平面図である。ここで、スピニング加工装置10は、ワーク1を初期形状である平板1aから最終的には、主軸3を中心軸とする円錐台形状1bに加工するものである。
【0016】
ワーク1は治具2と主軸3に挟まれて固定され、モータ4によって主軸3とともに回転する。モータ4は、回転角度θを検出するエンコーダなどの回転角センサを備えるものとする。
棒状の加工ローラ5は、先端に球面状の加工面を有し、ボールねじや油圧シリンダなどのアクチュエータで駆動される半径方向の直動テーブル6によって、平板1aの半径方向に前進あるいは後退する。また、半径方向の直動テーブル6は、主軸方向の直動テーブル7によって主軸3と平行に前進あるいは後退する。
これらの直動テーブル6、7は、それぞれ送り量を検出するエンコーダなどの変位センサを備えるものとする。直動テーブル6、7の駆動は、上記ボールねじや油圧シリンダなどのアクチュエータを制御する制御装置により制御される。
【0017】
すなわち、制御装置は、コンピュータが利用されるが、モータの回転角センサ及び直動テーブル6、7の変位センサ等のデータを受けて、予め搭載された制御ソフトに従って制御信号を生成し、これにより上記ボールねじや油圧シリンダなどのアクチュエータの駆動を制御する。
本発明に係るスピニング加工方法の特徴的な構成は、ワーク1を、主軸3を中心軸とする円錐台形状等の最終形状に加工することを前提としつつ、肉厚を調整したい箇所の加工において、ワーク1と加工ローラ5の接触点の軌跡を、主軸Sに対して垂直ではなく傾斜した平面内の閉軌道を描くようにする点にある。
【0018】
図2は、本発明に係るスピニング加工方法及び装置における、ワーク1と加工ローラ5の接触の様子を示したものである。ワーク1の回転角θと同期して、加工ローラ5の主軸方向の送り変位zならびに半径方向の送り変位xを制御する。ワーク1と加工ローラ5の接触点の軌跡が、主軸Sに対して斜めに交差した平面内の閉軌道を描くようにする。
【0019】
図3は、従来のスピニング加工法(右)と本発明による方法(左)について、ワークを固定して考えた場合に、加工ローラとワークの接触点の閉軌道がどのように変化するかを表わしたものである。
従来のスピニング加工法では接触点の閉軌道は常に主軸に直交する平面内にある。
一方、本発明では、肉厚を調整したい箇所において、閉軌道が存在する平面は主軸に対して傾斜しており、この傾斜角を変化させることによって、肉厚を変化させる。このときに素板のもとの位置の中心など閉軌道の代表点を定めて、その点の移動する軸の形状で平面の傾斜角の変化をあらわすことができる。
【0020】
実際の加工では工具の閉軌道上での移動と軸方向への送りが合成されて、工具軌道は図4のようにワークに対して螺旋状の軌道を描く。従来のスピニング加工法(右)では、工具軌道が直線的な螺旋を描き、ワークの未加工部分のおかれる平面は常に主軸と直交するので、被加工部の肉厚は一意的に決まっていた。本加工法(左)では、同じ製品形状であっても、製品に対して相対的に湾曲した工具軌道を設定可能である。この場合、ワークの未加工部分のおかれる平面は、元の位置に対して傾きを変えて投影されることになる。
【0021】
加工機に与えるべき工具の軌道は、主に閉軌道の代表点が移動する軸の形状と、製品の形状、工具の形状によって定められる。工具軌道を算出する方法の手順は、以下のとおりである。この方法は、円錐などの基本的な形状に限られることなく用いることができる。
1.開始(0)から終了(1)まで連続的に変化する加工進行度sをパラメータとして、軸の形状C(s)を定義する。
2.加工進行度sをパラメータとして、閉軌道上の回転角度についてのサブパラメータtを定める関数T(s)を定義する。
3.加工進行度を連続的に増加させながら、以下の手順で工具軌道を算出する。
(1)T(s)の計算から、サブパラメータtを求める。
(2)軸の形状C(s)や、sについての微分などから、投影平面の位置と傾きを計算によって求める。
(3)投影平面と製品形状が工具形状を介して接触する場合の、特にサブパラメータtによってあらわされる、工具と製品形状の接触点の位置を求める。
(4)接触点位置と製品形状、工具形状などから、接触点位置に工具形状の補正量を加えた工具位置を工具軌道上の点として出力する。先端が球状の工具を用いると、工具形状の補正が容易である。
【0022】
これによって、工具軌道が計算できる。演算結果から各データ間の工具軌道の長さを計算することができるので、工具と製品形状の接触点の速さが一定になるように、工具の送り速度を演算し、その逆数の積分演算から加工所要時間を求めることができる。
【0023】
本加工法による製品の例を図5に示す。成形型を用意せずに加工する場合には、写真のように素板に縁曲げを施すと素板の強度が上がり、ワークの未加工部分にしわが発生しにくくなるので、成形しやすい。金型を用いる場合には、内面の精度を向上させることができるが、製品形状に対して肉厚分のオフセットを加える必要があるので、後述する肉厚の調整方法に使われる肉厚モデル式からあらかじめオフセット量を求めて工具補正に加えると、成形しやすいと予想できる。
【0024】
図6のように、板厚t0の素板から円錐半角がαの製品形状を加工する際、一部分が直線で元の素板の法線方向に対してφだけ傾いた軸形状を設定する。図7に示すように、加工中の素板(破線)に対する法線と製品の側面がなす角度は、最小でα−φ、最大でα+φとなる。sine則を拡張して考えれば、それぞれの位置に対応する製品の肉厚は、
【数1a】

【数1b】

である。図5の写真の製品について、実際に測定した素板板厚に対する比率と(1a)、(1b)式から計算した理論値をプロットしたグラフを図8に示す。これは公称板厚t0が1.5mmの素板から、半角が20°の部分円錐形状(頂部の直径が50mm、基部の直径が100mm)を部分的に増肉・減肉するように成形した製品である。肉厚比は、破線の理論値と白丸・黒丸の実測値がほぼ一致している。
【0025】
(1)式の左側から逆算すると、一方の側面で製品部分の肉厚をtdにしたい場合には、
【数2】

となるように傾きを決めればよい。ただし、φはαより絶対値で小さくなくてはならない。この場合、φ>0ではこの直線部分の肉厚が周方向で最も薄くなり、φ<0では最も厚くなる。また、このとき、製品上の軸をはさんで反対側の位置における肉厚は
【数3】

に設定される。反対側は直線部分とは逆にφ>0では周方向で最も厚く、φ<0では最も薄くなる。
【0026】
軸の形状が直線的でない部分の肉厚を所望の値に設定することは、直接的には難しい。しかし本発明では、製品の形状と軸の形状さえ与えられれば、すべての製品形状の被加工部全域について、肉厚モデル式からその肉厚を推定することができる。図6のように、ある加工進行度において、軸の接平面からその時の製品形状上の点までの距離をrとし、軸の長さをζ、法平面すなわち投影される平面の傾きをφ、それぞれの加工進行度sに関する微分をζ’、φ’、r’とするとき、その点における肉厚は以下の肉厚モデル式から予想できる。
【数4】

【0027】
したがって、このモデル式に対して、例えば、ニューラルネットワークシステムなどによる繰り返し収束計算でφを求めれば、所望の肉厚に近い肉厚の製品を得ることが可能である。
以上本発明に係るスピニング加工方法を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した技術的事項の範囲内で種々の実施の態様があることはいうまでもない。
たとえば、製品は円錐形状に限らず楕円形、偏心、多角形など様々な断面形状を取ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明に係るスピニング加工方法は、以上のような構成であるから、溶接により予め周方向に不均一な肉厚を有するブランクを作成することなく、また、スピニング加工装置として大幅なコストアップを招くこともなく、スピニング加工工程において、部品・製品の肉厚を部分的に増加あるいは減少することができ、製品の部分的強化や薄肉化による軽量化など、より多品種な製品の成形が可能となるため、広い用途に利用することができる。
【符号の説明】
【0029】
1 ワーク
1a 平板(素材)
1b 円錐台形状の製品形状
2 治具
3 主軸
4 モータ
5 加工ローラ
6 直動テーブル(半径方向)
7 直動テーブル(主軸方向)
10 スピニング加工装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状の金属製ワークを主軸に取り付けて回転させ、加工ローラを押し付けて、前記主軸を中心軸とする製品への成形加工を行うスピニング加工方法において、
前記主軸を駆動する回転角センサ付モータからの回転角信号に基づいて、前記ワークの回転角度に同期して、前記ワークと前記加工ローラの接触点が前記主軸の中心線に対して所定の傾斜角度で交わる平面内において閉軌道を描くように、前記加工ローラを前記主軸方向及び半径方向に前進または後退させることによって、周方向に不均一な肉厚分布の製品を成形することを特徴とするスピニング加工方法。
【請求項2】
スピニング加工による最終製品の形状及び肉厚分布に基づいて、前記ワークと前記加工ローラの接触点の軌道を含む平面が、前記主軸の中心線に対して交わる傾斜角度を決定することを特徴とする請求項1のスピニング加工方法。
【請求項3】
前記最終製品の形状が、円錐半角がαの円錐ないし円錐台であり、前記ワークの板厚がt0であって、前記製品の最も厚い部分または最も薄い部分の肉厚をtdにしたい場合に、前記ワークと前記加工ローラの接触点の軌道を含む平面の、前記主軸の中心線に対して交わる傾斜角度φを、
【数2】

により求めることを特徴とする請求項2のスピニング加工方法。
【請求項4】
回転角センサ付モータと、前記モータにより駆動され板状の金属製ワークを装着して回転する主軸と、前記ワークに接触して、前記主軸を中心軸とする製品への成形加工を行う加工ローラと、前記加工ローラを前記主軸方向及び半径方向に駆動するアクチュエータと、製品の目標形状データの記憶装置とを備えたスピニング加工装置において、
前記アクチュエータを制御する制御装置が、前記記憶装置に記憶された前記目標形状データ及び目標肉厚データに基づいて、前記ワークの回転角度に同期して、前記ワークと前記加工ローラの接触点が、前記主軸の中心線に対して所定の傾斜角度で交わる平面内において閉軌道を描くよう、前記加工ローラを前記主軸方向及び半径方向に前進または後退させる制御手段を備えたことを特徴とするスピニング加工装置。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−25283(P2011−25283A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−173900(P2009−173900)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)