説明

スピーカ駆動装置およびスピーカ駆動方法

【課題】熱音響効果を用いた発音体を効率よく駆動する。
【解決手段】本発明によるスピーカ駆動装置1は、薄膜41および前記薄膜41の表面に形成された電極44を備えた熱音響効果を用いた発音体40と、音響信号をデルタシグマ変調信号に変換するコンバータ20と、前記デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させるパルス発生器30と、を備えるスピーカ駆動装置1であって、前記パルス発生器30は、前記デルタシグマ変調信号に基づく前記駆動信号を前記電極44に印加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スピーカ駆動装置およびスピーカ駆動方法に関し、特に、熱のエネルギーを音のエネルギーに変換する熱音響効果を用いた発音体に係るスピーカ駆動装置およびスピーカ駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに実用化されているスピーカは、ごく僅かな例外を除けば、振動板のピストン運動を用いて発音する原理を利用している。ところが近年、振動板の機械的な動作を用いずに熱エネルギーを利用して発音を可能にする、いわゆる熱音響効果を用いた発音体が注目されている(例えば、非特許文献1、2)。熱音響効果を用いた発音体は、金属薄膜などの適当な導電性を有する構造に電流を注入し、構造内にジュール熱を発生させ、当該構造近傍の空気を温めて膨張させ、膨張収縮を繰り返すことで疎密波を発生させて音波を放出するものである。熱音響効果を用いた発音体には、従来のスピーカの動作時に付随する機械的振動が存在しないため、全く新しい原理・特性のスピーカが実現できる可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】H. Shinoda et al., “Thermally Induced Ultrasonic Emission from Porous Silicon,” Nature, 400, pp.853-855, 1999.
【非特許文献2】K. Tsubaki et al., “Acoustic Emission Characteristics of Nanocrystalline Porous Silicon Device Driven as an Ultrasonic Speaker,” JJAP, Vol.45, pp.3642-3644 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、熱音響効果を用いた発音体は、金属薄膜などの発音体表面で発生するジュール熱を空気に伝えて発音する原理であり、直流バイアス電流を音響信号で変調する必要があるため、交流信号を扱う一般的なオーディオアンプでは駆動ができない。さらに、この駆動方法には、熱音響効果を用いた発音体の表面温度の高温化や、駆動効率の低下といった課題がある。
【0005】
具体的には、熱音響効果を用いた発音体に一般的なスピーカと同じように交流の音響信号a(t)を印加した場合、交流信号の正負符号に関わりなく信号の振幅値に応じた発熱が起きてしまうため、負の成分が正側に折り返された音波、すなわち|a(t)|として出力されてしまう。このため、例えば周波数fの正弦波を入力すると、2倍の周波数2fの正弦波になって出力されてしまうという問題がある。この問題を解決するために、従来は入力信号を正負どちらかの符号に制限する目的で、直流バイアス電流dに音響信号a(t)を重畳した信号d+a(t)>0を用いて、熱音響効果を用いた発音体を駆動していた。そのため、熱音響効果を用いた発音体表面には常に直流バイアス電流dが流れるため、熱音響効果を用いた発音体の表面温度が高温になるという問題や、駆動の効率が悪いという問題があった。
【0006】
したがって、かかる点に鑑みてなされた本発明の目的は、熱音響効果を用いた発音体を効率よく駆動することが可能なスピーカ駆動装置およびスピーカ駆動方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した諸課題を解決すべく、本発明に係るスピーカ駆動装置は、薄膜および前記薄膜表面に形成された電極を備えた熱音響効果を用いた発音体と、音響信号をデルタシグマ変調信号に変換するコンバータと、前記デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させるパルス発生器と、を備えるスピーカ駆動装置であって、前記パルス発生器は、前記デルタシグマ変調信号に基づく前記駆動信号を(例えばPulse Width Modulation(PWM)変調信号やPulse Density Modulation(PDM)変調信号のパルス列として)前記電極に印加する、ことを特徴とするものである。
【0008】
また、前記コンバータは、前記音響信号を1ビットのデルタシグマ変調信号や、さらに量子化雑音の影響を低減したDirect Stream Digital(DSD)信号に変換することが好ましい。
【0009】
さらに、上述した諸課題を解決すべく、本発明に係るスピーカ駆動方法は、薄膜および前記薄膜に接続された電極を備えた熱音響効果を用いた発音体を用いるスピーカ駆動方法であって、音響信号をデルタシグマ変調信号に変換する変換ステップと、前記デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させるステップと、前記デルタシグマ変調信号に基づく前記駆動信号を(例えばPWM変調信号やPDM変調信号のパルス列として)前記電極に印加するステップと、を含む、ことを特徴とするものである。
【0010】
また、前記変換ステップは、前記音響信号を1ビットのデルタシグマ変調信号や、さらに量子化雑音の影響を低減したDSD信号に変換することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るスピーカ駆動装置およびスピーカ駆動方法によれば、熱音響効果を用いた発音体を効率よく駆動することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係るスピーカ駆動装置の概略構成を示す図である。
【図2】熱音響効果を用いた発音体の構成の一例を示す図である。
【図3】デルタシグマ変調の概要を示す図である。
【図4】デルタシグマ変調の出力例を示す図である。
【図5】マルチビットのデルタシグマ変調の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以降、諸図面を参照しながら、本発明の実施態様を詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明の一実施形態に係るスピーカ駆動装置1の概略構成を示す図である。スピーカ駆動装置1は、音源10と、ADコンバータ20と、パルス発生器30と、熱音響効果を用いた発音体40とを備えている。ここで、熱音響効果を用いた発音体40は、熱のエネルギーを音のエネルギーに変換する熱音響効果により、いわゆるスピーカとして機能するものである。
【0015】
図2は、熱音響効果を用いた発音体40の構成の一例を示す図である。熱音響効果を用いた発音体40は、薄膜41と、熱絶縁層42と、薄膜基板43と、電極44とを備える。薄膜41は、例えば金属薄膜であり、アルミニウム、タングステン、モリブデン、金などの薄膜により形成することができる。また、薄膜41は、金属薄膜に限定されず、導電性を有する薄膜であれば良く、有機物および無機物の高分子からなる薄膜により形成することができる。熱絶縁層42は、薄膜41で発生する熱に対する断熱材として作用する。薄膜基板43は、薄膜41を形成する土台であり、薄膜41は、例えば蒸着やスパッタリングなどにより薄膜基板43(熱絶縁層42)上に形成される。電極44は、薄膜41の表面に形成されており、電極44に駆動信号(電流・電圧)が印加されると、薄膜41においてジュール熱が発生して薄膜41は高温になる。このとき、薄膜41に接触した空気は熱エネルギーを受け取り膨張する。このため、印加する駆動信号により薄膜41で発生するジュール熱を変化させて疎密波を発生させることにより、熱音響効果を用いた発音体40は、いわゆるスピーカとして発音することが可能となる。
【0016】
以下、スピーカ駆動装置1の各機能部について詳述する。
【0017】
ADコンバータ20は、音源10からのアナログ音響信号をデルタシグマ(ΔΣ)変調されたデジタル信号(デルタシグマ変調信号)に変換する。図3はデルタシグマ変調の一例を示す図である。図3では、アナログ音響信号が1ビットのデルタシグマ変調信号(疎密波)に変調されており、アナログ音響信号の波高が高いほどパルスが密に、波高が低いほどパルスが疎となるようにデルタシグマ変調が行われている。なお、1ビットのデルタシグマ変調信号は「0」および「1」の2値しか持たないが、高いサンプリング周波数(例えば5.6MHz)でサンプリングすることで、人間の聴覚特性上十分な周波数帯域(数10kHz)を確保できる。ADコンバータ20は、生成したデルタシグマ変調信号をパルス発生器30に出力する。
【0018】
パルス発生器30は、例えばスイッチング電源であって、デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させる。図4は、デルタシグマ変調信号の出力例を示す図である。パルス発生器30は、1ビットのデルタシグマ変調信号の「0」「1」に応じたスイッチング動作を行い、発生させた駆動信号を、例えばPWM変調信号やPDM変調信号のパルス列として、熱音響効果を利用した発音体40の電極44に直接印加する。なお、パルス発生器30は、スイッチング動作により、適宜必要な信号の増幅を行うことができるものである。
【0019】
電極44は、薄膜41に接続されており、電極44に駆動信号が印加されると、薄膜41においてジュール熱が発生して薄膜41は高温になる。薄膜41に接触した空気は熱エネルギーを受け取り膨張するため、薄膜41は、印加される駆動信号に応じた疎密波を発生させることになる。ここで、薄膜41から出力される疎密波は、空気に対して時間的に積分された熱エネルギーとして伝わることになる。このため、熱音響効果を用いた発音体40は、デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号によって、アナログ信号である原音響信号を復調して発音することが可能となる。
【0020】
このように、本実施形態によれば、パルス発生器30は、デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を、熱音響効果を用いた発音体40の電極44に印加する。これにより、アナログの原音響信号を復調し、熱音響効果を用いた発音体40を効率よく駆動することが可能となる。特に、直流バイアス電流によらない駆動信号で熱音響効果を用いた発音体40を駆動することにより、発音体40の高温化や駆動効率の低下を防ぐことができる。
【0021】
また、当業者には明らかな事項であるが、従来の機械振動を用いるスピーカには、デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を直接印加することができないため、従来のスピーカ駆動装置は、必ずデルタシグマ変調信号をアナログ信号に変換する必要がある。この点において、本発明に係るスピーカ駆動装置1は、デルタシグマ変調信号をアナログ信号に再度変換する必要はなく、そのままスピーカ(熱音響効果を用いた発音体40)に印加することができるため、簡便かつ高効率な発音を行うことが可能となる。また、携帯機器に適した省スペースかつ省エネルギーの実装や、ピストン等の機械振動では実現不可能な音の放射原理を生かした新しい再生方式が可能となる。
【0022】
また、本実施形態によれば、ADコンバータ20は、音響信号を1ビットのデルタシグマ変調信号に変換する。これにより、パルス発生器30のスイッチング動作を簡易に行うことが可能となり、回路実装に係るコストを低減させることが可能となる。なお、ADコンバータ20は、音響信号をさらに量子化雑音の影響を低減したDSD信号に変換することも可能である。
【0023】
本発明を諸図面や実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形や修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形や修正は本発明の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各構成部、各ステップなどに含まれる機能などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の構成部やステップなどを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。
【0024】
例えば、熱音響効果を用いた発音体40は、平板状である必要はなく、他の立体構造や形状を用いる場合にも有効であることは言うまでもない。
【0025】
また、本実施形態において、熱音響効果を用いた発音体40は、薄膜41と、熱絶縁層42と、薄膜基板43と、電極44とを備える構成を例に説明を行ったが、熱音響効果を用いた発音体40は、薄膜41と、電極44とのみを備える構成や、薄膜41と電極44とを一体に形成した構成(即ち、電極44のみを備える構成)とすることが可能である。なお、この場合、薄膜41または電極44の両表面より疎密波が発生し発音が行われることになる。
【0026】
また、デルタシグマ変調信号は必ずしも1ビットのデルタシグマ変調信号に限られず、マルチビットのデルタシグマ変調信号を用いた場合にも有効である。図5は、マルチビットのデルタシグマ変調の概要を示す図である。1ビットとマルチビットのデルタシグマ変調を比較すると、サンプリング周波数の違いはないが、マルチビットでは変換前のアナログ音響信号の値に応じたバイアス(対応する振幅範囲)を設定できるため、マルチビットの各パルスの高さは、バイアスの分だけシングルビットの各パルスの高さに比べて低くすることができる。このため、例えばADコンバータ20やパルス発生器30はより低消費電力で処理を行うことができるため、スピーカ駆動装置1全体の効率を上げることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明によれば、熱音響効果を用いた発音体を効率よく駆動できるという有用性がある。
【符号の説明】
【0028】
1 スピーカ駆動装置
10 音源
20 ADコンバータ(コンバータ)
30 パルス発生器
40 熱音響効果を用いた発音体
41 薄膜
42 熱絶縁層
43 薄膜基板
44 電極


【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜および前記薄膜表面に形成された電極を備えた熱音響効果を用いた発音体と、
音響信号をデルタシグマ変調信号に変換するコンバータと、
前記デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させるパルス発生器と、を備えるスピーカ駆動装置であって、
前記パルス発生器は、前記デルタシグマ変調信号に基づく前記駆動信号を前記電極に印加する、ことを特徴とするスピーカ駆動装置。
【請求項2】
前記コンバータは、前記音響信号を1ビットのデルタシグマ変調信号に変換する、ことを特徴とする請求項1に記載のスピーカ駆動装置。
【請求項3】
薄膜および前記薄膜表面に形成された電極を備えた熱音響効果を用いた発音体を用いるスピーカ駆動方法であって、
音響信号をデルタシグマ変調信号に変換する変換ステップと、
前記デルタシグマ変調信号に基づく駆動信号を発生させるステップと、
前記デルタシグマ変調信号に基づく前記駆動信号を前記電極に印加するステップと、を含む、ことを特徴とするスピーカ駆動方法。
【請求項4】
前記変換ステップは、前記音響信号を1ビットのデルタシグマ変調信号に変換する、ことを特徴とする請求項3に記載のスピーカ駆動方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−98843(P2013−98843A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241245(P2011−241245)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】