説明

スフェロイド作製装置およびスフェロイド作製方法

【課題】スフェロイドを短時間で形成でき、スフェロイドのサイズや形状の制御が容易であり、また、特別な装置が不要なスフェロイド作製装置およびスフェロイド作製方法の提供。
【解決手段】ガドリニウム化合物を配合した培養液中で細胞が培養される培養容器と、磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加する磁場印加手段と、を備えるスフェロイド作製装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフェロイド作製装置およびスフェロイド作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体細胞を増殖させて種々の用途に利用することが多くの分野で行われている。例えば、肝細胞は、薬物・毒物試験や人工肝臓の原材料などとして用いられているため、肝細胞を効率よく培養することが要請されている。しかしながら、肝細胞は、血液細胞などの他の生体細胞よりも外界に対する感受性が高く、生体外に取り出すと、すぐにその機能を消失するという問題がある。そのため、より生体内に近い培養形態であるスフェロイド(球状組織体)を形成させた状態で肝細胞を培養するスフェロイド培養法が注目されている。
スフェロイドは、細胞が多数凝集し形成された球状の細胞塊であり、スフェロイドの状態で培養すること、即ち、スフェロイド培養は、より生体に近い環境となるため、従来の単層培養に比べ、生体細胞、特に肝細胞を用いた場合に、細胞の機能維持が長期にわたり(1ヶ月以上)可能となる。
【0003】
スフェロイドを作製するための方法としては、たとえば、懸滴培養、細胞非接着表面での培養、マイクロウェル内での培養、回転培養、足場を利用した三次元培養、温度応答性ポリマーによる細胞シートの作製、遠心力や超音波、電場・磁場による凝集などがある(非特許文献1)。
【0004】
スフェロイドの作製法としては、また、碁盤目状またはハニカム状のセルが連続した細胞培養構造体での培養もある(特許文献1)。
【0005】
また、磁場で細胞を凝集させてスフェロイドを作製するときは、細胞に磁性粒子を取り込ませたものを磁場でハンドリングすることが行われている(非特許文献2)。
【0006】
【非特許文献1】R. Lin and H. Chang, "Recent advances in three-dimensional multicellularspheroid culture for biomedical research," Biotechnology Journal, vol. 3, 2008, pp 1172-1184.
【特許文献1】国際公開第2007/097121パンフレット
【非特許文献2】Glauco R, Souza, et al, "Three-dimensional tissue culture based on magnetic cell levitation" Nature Biotechnology, vol. 5, April, 2010, pp291-296
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、懸滴培養は、特別な装置は不要であるものの、操作が煩雑であり、スフェロイドの大量生産が困難であるという問題がある。
【0008】
また、細胞非接着表面での培養は、スフェロイドのサイズや形状の制御が困難であり、得られるスフェロイドのサイズや形状のバラツキが大きいという問題がある。
【0009】
マイクロウェル内での培養や細胞培養構造体での培養は、スフェロイドのサイズや形状の制御が容易であるという特長はあるものの、培養に使用するマイクロウェルや細胞培養構造体の作製に微細加工が必要であるという問題点がある。
【0010】
回転培養は、専用の装置を必要とするうえ、得られるスフェロイドのサイズや形状のバラツキが大きいという問題があり、また、スフェロイドを構成する細胞に培養中に剪断応力が作用し、この剪断応力のために細胞が破壊される可能性がある。
【0011】
足場を利用した三次元培養には、専用の足場を予め作製する必要があるという問題がある。
【0012】
温度応答性ポリマーによる細胞シートの作製には、細胞を予め温度応答性ポリマーにグラフトさせる必要があるという問題がある。
【0013】
遠心力や超音波、電場で細胞を凝集させる方法には、遠心力や超音波、電場が細胞にどのような影響を及ぼすか不明であるという問題がある。磁場により細胞を凝集させる場合においても、超電導磁石によって強力な磁場を印加した場合には、細胞に好ましくない影響が及ぼされる可能性があると考えられる。
【0014】
更に、細胞に磁性粒子を取り込ませたものを磁場でハンドリングして凝集させてスフェロイドを作製する方法には、スフェロイド作製後、細胞に磁性微粒子が残存するため、得られるスフェロイドは組織工学技術への応用に不向きである。
【0015】
本発明は、上記問題を解決すべく成されたもので、スフェロイドを短時間で形成できる上、スフェロイドのサイズや形状の制御が容易であり、また、特別な装置が不要なスフェロイド作製装置およびスフェロイド作製方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1に記載の発明は、培養液の磁化率を増大させ得る磁化率増大化合物を含有する培養液中で細胞が培養される培養容器と、磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加する磁場印加手段と、を備えるスフェロイド作製装置に関する。
【0017】
前記スフェロイド作製装置においては、前記培養容器には、磁場勾配を有する磁場が印加される。
【0018】
そして、培養液には、磁化率増大化合物が含有されている。ここで、磁化率増大化合物とは、磁化率が高く、且つ培養液に可溶な化合物である。このような磁化率増大化合物を培養液中に含有させることにより、培養液全体の磁化率χが増大するから細胞は相対的に反磁性を有するようになる。したがって、磁場印加手段として非常に大きな磁気力場を必要とすることなく、磁気アルキメデス効果により、磁場印加手段としてネオジム磁石などの通常の永久磁石を用いた場合においても、培養液中の細胞は、磁場印加手段からの磁場によって、磁束密度が周囲よりも低い領域に移動してスフェロイドを形成する。
【0019】
請求項2に記載の発明は、前記磁化率増大化合物がガドリニウム化合物である請求項1記載のスフェロイド作製装置に関する。
【0020】
前記すファロイド作製装置においては、磁化率増大化合物として細胞毒性の特に低いガドリニウム化合物を使用している。
【0021】
請求項3に記載の発明は、前記培養容器が皿状容器であり、前記磁場印加手段が、前記皿状容器の下方に、N極とS極とが交互に前記皿状容器に向かって配置されるように格子状に並べられた複数の磁石である請求項1に記載のスフェロイド作製装置に関する。
【0022】
前記スフェロイド作製装置においては、磁石と磁石との間の角の領域の磁束密度がそれ以外の領域の磁束密度よりも小さくなる。したがって、培養液中の細胞は、磁石と磁石との間の角の磁束密度の低い領域に向かって移動してスフェロイドを形成する。
【0023】
請求項4に記載の発明は、前記培養容器が皿状容器であり、前記磁場印加手段が、前記皿状容器の下方に、N極またはS極が前記皿状容器に向かって配置された磁石と、前記磁石と前記培養容器との間に配置され、複数の孔が形成された強磁性体の板状体と、を有する請求項1に記載のスフェロイド作製装置に関する。
【0024】
強磁性体は、皿状容器を形成するガラスやプラスチックスのような材質、および空気と比較して透磁率が高い。したがって、磁束密度は、前記強磁性体の板状体の部分では高く、板状体に形成された孔の部分では低くなる。
【0025】
したがって、前記板状体の孔の間の部分から前記孔に向かって磁束密度が低下するような磁場勾配が形成されるから、培養液中の細胞は、前記孔の領域に向かって移動してスフェロイドを形成する。
【0026】
請求項5に記載の発明は、前記培養容器が有底円筒状容器であり、前記磁場印加手段が、周方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記有底円筒状容器を取り囲むとともに、各セグメントのS極とN極とが交互に前記有底円筒状容器に面するように配置されている円筒状磁石である請求項1に記載のスフェロイド作製装置に関する。
【0027】
前記スフェロイド作製装置においては、前記円筒状磁石によって、前記有底円筒状容器の外側から中心部に向かって磁束密度が低下するような磁場勾配が形成される。
【0028】
したがって、前記有底円筒状容器中の細胞は、磁束密度の低い前記有底円筒状容器の中心部に移動して前記有底円筒状容器の軸線に沿った紐状のスフェロイドを形成する。
【0029】
請求項6に記載の発明は、前記培養液に含まれるガドリニウム化合物はガドリニウム錯体である請求項2〜5の何れか1項に記載のスフェロイド作製装置に関する。
【0030】
前記スフェロイド作製装置において前記培養液に含まれるガドリニウム化合物として使用されるガドリニウム錯体は細胞毒性が低いという特長を有する。
【0031】
請求項7に記載の発明は、磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加した状態で、前記培養容器内で、磁化率増大化合物を含有する培養液を用いて細胞を培養するスフェロイド作製方法に関する。
【0032】
前記スフェロイド作製方法においては、磁場印加手段によって磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加しつつ、前記培養容器内で細胞を培養する。
【0033】
一方、培養液として磁化率増大化合物を含有したものを用いるから、培養液全体の磁化率χが増大する。
【0034】
したがって、培養液中の細胞は相対的に反磁性となるから、磁束密度が周囲よりも低い領域に移動し、スフェロイドを形成する。
【0035】
請求項8に記載の発明は、前記磁化率増大化合物としてガドリニウム化合物を使用する請求項7に記載のスフェロイド作製方法に関する。
【0036】
前記スフェロイド作製方法においては、磁化率増大化合物として細胞毒性の特に低いガドリニウム化合物を使用している。
【0037】
請求項9に記載の発明は、前記培養容器として皿状容器を用い、前記磁場印加手段として、前記皿状容器の下方に、N極とS極とが交互に前記皿状容器に向かって配置されるように格子状に並べられた複数の磁石を用いる請求項7に記載のスフェロイド作製方法に関する。
【0038】
前記スフェロイド作製方法においては、請求項3のところで述べたのと同様の理由により、培養液中の細胞は磁石と磁石との間の角の磁束密度の低い領域に向かって移動してスフェロイドを形成する。
【0039】
請求項10に記載の発明は、前記培養容器として皿状容器を用い、前記磁場印加手段として、前記皿状容器の下方に、N極またはS極が前記皿状容器に向かって配置された磁石と、前記磁石と前記培養容器との間に位置し、複数の孔が形成された強磁性体の板状体と、を用いる請求項7に記載のスフェロイド作製方法に関する。
【0040】
前記スフェロイド作製方法においては、請求項3のところで述べたのと同様の理由により、培養液中の細胞は強磁性体の板状体の孔が形成された領域に向かって移動してスフェロイドを形成する。
【0041】
請求項11に記載の発明は、前記培養容器として有底円筒状容器を用い、前記磁場印加手段として、周方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記有底円筒状容器を取り囲むとともに、各セグメントのS極とN極とが交互に前記有底円筒状容器に面するように配置されている円筒状磁石を用いた請求項7に記載のスフェロイド作製方法に関する。
【0042】
前記スフェロイド作製方法においては、請求項4のところで述べたのと同様の理由により、前記有底円筒状容器中の細胞は、前記有底円筒状容器の中心部に移動して前記有底円筒状容器の軸線に沿った紐状のスフェロイドを形成する。
【0043】
請求項12に記載の発明は、前記有底円筒状容器の中心線上に、前記細胞の培養温度ではゲルであり、前記培養温度よりも高い温度または低い温度ではゾルとなる温度感受性物質からなる芯材を配置して前記細胞を培養する細胞を培養する請求項11に記載のスフェロイド作製方法に関する。
【0044】
前記スフェロイド作製方法においては、前記細胞の培養時には前記芯材はゲルであるから、前記細胞は、前記芯材の表面に凝縮した状態で増殖する。前記細胞が増殖し、所定のサイズ、形状のスフェロイドが得られたら、前記培養液を昇温、または降温させることにより、前記芯材はゾルに変化して培養液中に流れ去る。これにより、管状のスフェロイドが得られる。
【発明の効果】
【0045】
以上説明したように本発明のスフェロイド作製装置およびスフェロイド作製方法によれば、磁場勾配のみで細胞をハンドリングできるから、培養しようとする細胞を磁性微粒子でマーキングしたり、前記細胞に磁性微粒子を取り込ませたりする必要がないので、組織技術に向いたスフェロイドまたは細胞塊が得られる。また、装置が培養容器と永久磁石とから構成できるから、安価に装置を構成できる。更に、第1の細胞からスフェロイドを作製後、第1の細胞とは異なる第2の細胞を播種することにより、複数種の細胞からなるスフェロイドを容易に形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1において(A)は、実施形態1に係るスフェロイド作製装置の構成を示す断面図であり、(B)は、前記スフェロイド作製装置を上方から見た平面図である。
【図2】図2において(A)は、実施形態2に係るスフェロイド作製装置の構成を示す断面図であり、(B)は、前記スフェロイド作製装置を上方から見た平面図である。
【図3】図3において、(A)および(B)は、夫々実施形態1および実施形態2に係るスフェロイド作製装置において、磁石によって培養ディッシュ内に生じる磁束の密度と、培養ディッシュ内においてスフェロイドが生成する領域との関係を示す説明図である。
【図4】図4は、実施形態3に係るスフェロイド作製装置の構成を示す断面図である。
【図5】図5は、実施形態3に係るスフェロイド作製装置において磁石が形成する磁束Hの分布状態を示す説明図である。
【図6】図6は、実施形態3に係るスフェロイド作製装置において、ガラス管の軸線に沿って芯材を配置して管状のスフェロイドを形成するところを示す断面図である。
【図7】図7は、本発明の実施例1にかかるスフェロイドの顕微鏡写真像である。
【図8】図8は、本発明の実施例3にかかるGd−DTPAの細胞毒性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0047】
1.実施形態1
以下、本発明のスフェロイド作製装置の一例について図面を用いて詳細に説明する。
実施形態1に係るスフェロイド作製装置100は、図1(A)および(B)に示すように、皿状の培養容器の一例としての培養ディッシュ1と、培養ディッシュ1の下側に平面視で格子状に配設された一群の磁石2とを有する。磁石2は、本発明における磁場印加手段の一例である。
【0048】
磁石2は、N極とS極とが交互に並ぶように配置されている。磁石2としては、ネオジム磁石などの希土類磁石が使用される。
【0049】
一方、培養ディッシュ1には、培養液の磁化率を増大させる磁化率増大化合物を含有する培養液が収容されている。
培養に用いられる培養液としては、一般に動物細胞の培養に用いられる培地、例えばダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、Mem−α、RPMI1640等を挙げることができる。培養液には、細胞の増殖を促進するための血清を添加するか、あるいは血清に代替するものとして、例えばFGF、EGF、PDGF等の細胞増殖因子やトランスフェリン等の既知の血清成分を添加してもよい。なお、血清を添加する場合の濃度は、そのときの培養状態によって適宜変更することができるが、通常10v/v%とすることができる。細胞の培養には、通常の培養条件、例えば37℃の温度で5%CO濃度のインキュベーター内での培養が適用される。また、適宜、ストレプトマイシン等の抗生物質を添加したものであってもよい。
【0050】
磁化率増大化合物は、培養液の磁化率を増大させ得る化合物であれば、本発明に適用可能である。なお、「培養液の磁化率を増大させ得る」とは、化合物の添加後において、添加対象となる培養液の磁化率が、添加前の磁化率よりも増大することを意味する。
このような磁化率増大化合物としては、鉄化合物、マンガン化合物並びに、ガドリニウム化合物、テルビウム化合物、ジスプロシウム化合物及びホルミウム化合物などのランタニド化合物などの強磁性の化合物を挙げることができる。これらの化合物は、細胞毒性を緩和する観点から、キレート化合物との錯体を形成していることが好ましい。キレート化合物としては、ジエチレントリアミンテトラ酢酸(DTPA)や1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1,4,7,10−テトラ酢酸(DOTA)を挙げることができる。
【0051】
磁化率増大化合物としては、例えば、塩化第一鉄、塩化マンガン、ガドリニウム錯体、テルビウム錯体などを挙げることができる。中でも、細胞毒性等の観点からガドリニウム化合物であることが好ましく、ガドリニウムとキレート化合物との錯体、例えば、DTPAでキレート化された3価ガドリニウム(Gd(III))(Gd−DTPA)又はDOTAでキレート化された3価ガドリニウム(Gd(III))(Gd−DOTA)がより好ましい。これらの磁化率増大化合物の使用濃度は、用いられる強磁性体化合物によって異なるが、例えば、Gd−DTPAの場合には、4mM〜40mMであることが好ましく、細胞毒性の観点から4mM〜15mMであることがより好ましい。
【0052】
本発明における適用可能な細胞としては、特に制限はなく、肝臓、膵臓、腎臓、神経、皮膚、脂肪等から採取される初代細胞や、各種の因子を導入して得られた初期化したマウスiPS細胞(induced pluripotent stem cells、人工多能性幹細胞)、未分化な幹細胞、胚由来のES細胞(Embryonic Stem Cell)、血管内皮細胞、樹立されている株化細胞、またはこれらに遺伝子操作等を施した細胞等であって、増殖可能な細胞を好ましく用いることができる。
【0053】
以下、スフェロイド作製装置100の作用について説明する。
【0054】
上述のように、培養ディッシュ1の下方には磁石2が配設されているから、培養ディッシュ1中の細胞には、磁場による力Fmと重力Fgを合わせた力Fが作用する。力Fは、以下の式1:
【数1】

但し、上の式1において、χおよびχは夫々細胞および培養液の磁化率であり、Vは細胞の体積であり、μは真空での透磁率であり、Bは磁束密度であり、B・∇は磁場勾配であり、ρ、ρは夫々細胞および培養液の密度である。
【0055】
そして、上述のように培養液はガドリニウム化合物であるGd−DTPAを含有しているから、培養液の磁化率χが増大する。これにより、細胞は相対的に反磁性体となるから、細胞に作用する力Fは負の値となり、細胞は磁束密度Bの低い領域に移動しようとする。
【0056】
各磁石2にはN極からS極に向かう方向の磁力線が生じる。しかしながら、磁石2は、N極とS極とが隣り合うように格子状に配列されているから、各磁石2で生じた磁力線は、磁石2と磁石2との間の角の部分で互いに弱め合う。したがって、図3(A)に示すように、磁石2の上方においては磁束密度Bが高くなり、磁石2と磁石2との間の角の部分では磁束密度Bが低くなる。
【0057】
したがって、培養液中の細胞は、図3(A)において矢印aに示すように、磁束密度Bの低い領域である磁石2と磁石2との間の角の部分に移動する方向の力を受け、図1(A)および(B)において円で示し、図3(A)において二点鎖線で示すように磁石2と磁石2との間の角の領域に集まってスフェロイドを形成する。
【0058】
次に、スフェロイド作製装置100を用いてスフェロイドを作製する手順について説明する。
【0059】
先ず、細胞種に応じた培養液にGd−DTPAを添加して、所定濃度のGd−DTPAを含有する培養液を調製し、培養ディッシュ1に収容する。
【0060】
これと平行して、スフェロイドを形成しようとする細胞を例えば10〜10cell/mLの濃度で懸濁させた懸濁液を調製し、この懸濁液を培養ディッシュ1中の培養液に播種する。なお、細胞の播種密度は、細胞の種類等により適宜調整可能である。
【0061】
この状態で重合することにより、培養ディッシュ1における磁石2の間の角の部分にスフェロイドが形成される。このスフェロイドの形成は数分もあれば充分であるが、培養を1〜7日間継続させてもよい。これにより、スフェロイドのサイズや形状が安定する。スフェロイドが形成された後は、培養ディッシュ1中の培養液を、Gd−DTPAを含有しないものと交換して細胞培養を継続する。これにより、所定の直径を有する球状のスフェロイドが形成される。
【0062】
スフェロイド作製装置100においては、培養液にGd−DTPAを配合することにより、培養液そのものの磁化率χを増大させて細胞を相対的に反磁性体としているから、磁石2は、希土類磁石のような通常の永久磁石でよく、超電導磁石のような強力な磁石は不要である。
【0063】
したがって、細胞をハンドリングするための磁石として超電導磁石を用いた場合と比較して構成が著しく簡略化されるとともに、細胞が極めて強力な磁場に曝されることがないから、強力な磁場に曝されることによる悪影響を回避できる。
【0064】
また、スフェロイド作製装置100においては、磁石2で形成される磁場勾配のみで細胞をハンドリングするから、大量の細胞を同時にハンドリングすることが極めて容易である。また、細胞を磁界によってハンドリングするために磁性微粒子でマーキングしたり、磁性微粒子を取り込ませたりする必要がないので、組織工学技術に向いたスフェロイドまたは細胞塊が得られる。
【0065】
加えて、磁石2によって形成される磁場勾配の大きさや培養液中の細胞濃度を制御することにより、スフェロイドのサイズを精度よくコントロールできる。
【0066】
更に、スフェロイドを作製後、他の細胞を播種することにより、複数種の細胞からなるスフェロイドを容易に形成できる
【0067】
2.実施形態2
以下、本発明のスフェロイド作製装置の他の例について図面を用いて詳細に説明する。
実施形態2に係るスフェロイド作製装置102は、図2に示すように、培養ディッシュ1と、培養ディッシュ1を挟むように配設された2個の電磁石3N、3Sとを有する。電磁石3N、3Sは、本発明における磁場印加手段の一例である。電磁石3N、3Sは、磁極が相対向するように配設されている。
【0068】
電磁石3Nと培養ディッシュ1との間には、強磁性体の板状体の一例である軟鋼板4が配設されている。軟鋼板4には、孔5が格子状に穿設されている。
【0069】
また、電磁石3N、3Sの間隔が小さいほうが磁場勾配が大きくなるため、培養ディッシュ1としては、マイクロ流体チップなどの厚さ1mm以下のデバイスが好適に使用される。培養ディッシュ1としてこのようなデバイスを使用する場合、培養ディッシュ1の内面をMPCポリマーやPTFEなどでコーティングして内面に細胞が接着しないようにすることが好ましい。
【0070】
培養液、培養液に配合されるガドリニウム化合物、および培養液中で培養される細胞については実施形態1のところで述べたとおりである。
【0071】
以下、スフェロイド作製装置102の作用について説明する。
【0072】
スフェロイド作製装置102においても、培養ディッシュ1内部の細胞に作用する力については、実施形態1のところで説明したとおりであるから、細胞は磁束密度Bの低い領域に移動しようとする。
【0073】
磁束Hは、電磁石3Nの磁極から電磁石3Sの磁束に向かって培養ディッシュ1を下方から上方に向かって通過する。
【0074】
しかしながら、電磁石3Nと培養ディッシュ1との間には、孔5が格子状に穿設された軟鋼板4が配置されている。そして、軟鋼板4は強磁性体であるから、当然のことながら透磁率は空気よりも遥かに高い。
【0075】
したがって、磁束Hは、軟鋼板4における孔5の穿設されていない部分を優先的に通過するから、図3(B)に示すように、磁束密度Bは軟鋼板4における孔5の無い部分では高く、孔5の穿設された部分では低くなる。
【0076】
したがって、図3に示すように、細胞は、培養ディッシュ1における孔5に対応する位置に向かって移動してスフェロイドを形成する。
【0077】
実施形態2に係るスフェロイド作製装置102は、実施形態1に係るスフェロイド作製装置の有する特長に加え、軟鋼板4に穿設する孔5の位置を設定することにより、培養ディッシュ1内部におけるスフェロイドを形成する位置を自由に設定できるという特長を有する。また、電磁石3N、3Sをon、offすることにより、培養ディッシュ1内部に形成されたスフェロイドを回収することが可能である。
【0078】
3.実施形態3
以下、本発明のスフェロイド作製装置の更に別の例について図面を用いて詳細に説明する。実施形態3に係るスフェロイド作製装置104は、図4に示すように、有底円筒状の培養容器の一例としてのガラス管6と、ガラス管6を取り囲むように配設された円筒状磁石7と、を備える。
【0079】
ガラス管6の内部には培養液が収容される。
【0080】
一方、円筒状磁石7は、周方向に複数、例えば6個のセグメント7Aに分割されている。但し、セグメント7Aの分割個数は偶数であれば6個には限定されず、4個、8個、10個、および12個等、種々の個数が可能である。但し、実用性の点からは、分割個数は4個、6個、および8個が好ましい。
【0081】
各セグメント7Aは、図4に示すように内壁と外壁とで反対の極性となるように着磁されている。したがって、セグメント7Aのうち、内壁がN極のものは外壁がS極に着磁され、内壁がS極のものは外壁がN極に着磁されている。
【0082】
円筒状磁石7は、ガラス管6を取り囲むとともに、各セグメント7AのS極とN極とが交互にガラス管6に面するように配置されている。したがって、図5に示すように、円筒状磁石7の内壁には、互いに隣接する2個のセグメント7A毎にN極からS極に向かう方向の磁束Hが生じる。
【0083】
しかしながら、これらの磁束Hは互いに反発し合うから、ガラス管6の中心部に磁束密度Bの低い領域が形成される。したがって、図5に示すように、ガラス管6内に収容された培養液中の細胞は、ガラス管6の中心部に移動して紐状のスフェロイドを形成する。
【0084】
なお、図6に示すように、細胞培養温度ではゾルであり、温度を変化させることによりゲルに変化する温度感受性物質からなる芯材をガラス管6の軸線に沿って配置した状態で細胞を培養すると、細胞は、芯材の周囲に凝集してスフェロイドを形成する。
【0085】
本発明における温度感受性物質としては、細胞の培養温度付近でゲル状を形成できるものであればよく、このような物質としては種々のものが公知であり、当業者であれば、培養対象となる細胞の種類等に応じて、適宜選択できる。具体的にはポリアクリルアミド又はメタクリルアミド、ポリN−置換またはN,N−ジ置換アクリルアミド又はメタクリルアミド、ポリアルキルビニルエーテル及びそれらの混合物より選ばれるホモポリマーもしくはコポリマーを主成分とするポリマーが挙げられ、例えば、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(LCST=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(LCST=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(LCST=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(LCST=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(LCST=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(LCST=約35℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(LCST=約32℃)並びに、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドとポリオキシエチレンとのブロック共重合体等が挙げられる。その他のポリマーとしては、例えば、ポリ−N−エチルアクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−アクリロイルピロリジン、ポリ−N−アクリロイルピペリジン、ポリメチルビニルエーテル等が挙げられる。LCSTとは、ゲル化転移温度である。
これらの温度感受性物質は、市販品としても入手可能であり、例えば、メビオールジェル(登録商標、株式会社池田理化)などが挙げられる。
【0086】
得られたスフェロイドの形態が安定したら、芯材ごと他の培養液に移して温度を上昇させることにより、芯材はゾル化して培養液中に拡散し、後には管状のスフェロイドが残る。
【0087】
スフェロイド作製装置104においては、このようにして管状のスフェロイドを形成することができる。
【0088】
実施形態3に係るスフェロイド作製装置104は、実施形態1に係るスフェロイド作製装置の有する特長に加え、管状スフェロイドまたは紐状スフェロイド等、実施形態1に係るスフェロイド作製装置では作製できない形態のスフェロイドも容易に作製できるという特長を有する。
【実施例】
【0089】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。
[実施例1]
10mm×10mmのネオジウム磁石ブロックを、それぞれのN極S極が交互になるように並べ、直径10mm培養ディッシュを、4つのネオジウム磁石ブロックの角部が位置する部位にディッシュの中心が位置するようにブロック上に載置して、本発明の実施形態1にかかるスフェロイド作製装置を得た。培養ディッシュに、20mMのGD−DTPAを含有する10v/v%FBS補填DMEDを所定量添加して、HH細胞株(ウシ頸動脈正常血管内皮細胞株)を1×10個/mLの濃度で3mL播種した。
播種後、約3〜4分間、培養した結果を図7に示す。
図7に示されるように、ネオジウム磁石ブロックの角で囲まれた空隙に対応するディッシュ上に、スフェロイドが形成していることが確認できた。スフェロイドの直径は約480μmであった。なお、図7中のバーは2000μmを示す。
【0090】
[実施例2]
次に、本発明のスフェロイド作製装置で形成されたスフェロイドが、生細胞で構成されていることを以下のようにして確認した。
24時間、通常の培養を行ったHH細胞株を回収した後に、Calcelin−AM染色液(同人化学社)を用いて細胞を染色した。
その後、実施例1で使用したものと同一のスフェロイド作製装置に対して、実施例1と同様にHH細胞を播種した。播種後3〜4分で、4つのネオジウム磁石ブロックの角で囲まれた空隙に対応するディッシュ上に、スフェロイドが形成した。更に培養を継続し、培養1日後に、細胞を、蛍光顕微鏡により観察した。培養1日後のスフェロイドは、ほとんど、生細胞で構成されていることが確認できた。また、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、3次元合成画像及びその断面図を確認し、スフェロイド内部でも、細胞が生存していることが確認できた。
【0091】
[実施例3]
付着性の細胞であるマウス筋芽細胞株C2C12(理研セルバンク)を用いて、Gd−DTPAの毒性の評価を行った。C2C12細胞は、抗生物質を含有した10%FBS補填DMEMを培養培地として培養したものを評価に用いた。96ウェルプレートの各ウェルに5.0×10個となるように細胞を播種して、0mM、5mM、10mM、20mM又は40mMの各濃度のGd−DTPAを含有する培地を添加して、培養を開始した。1日後又は3日後に、精細胞をCalcein−AMにて蛍光染色した。染色された細胞を、倒立顕微鏡(IX−71、オリンパス社)にて観察した。細胞の蛍光像を画像処理ソフトにて処理し、ウェルの底面に接着している細胞の面積に基づいて細胞毒性を評価した。結果を図8に示す。
【0092】
図8に示されるように、培養1日後では、各濃度のGd−DTPAを含有する培地で大きな差が認められず、いずれの濃度のGd−DTPAでも使用可能であることがわかった。
これに対して培養3日後では、10mM以下のGd−DTPAを含有する培地で、1日目と比較して細胞数が増加していることが示された。従って、3日間の培養を行う場合には、20mM未満、特に、10mM以下のGd−DTPAを含有する培地を用いることが好ましいことがわかった。
【0093】
[実施例4]
実施例3で用いたC2C12細胞株を、実施例1で使用したスフェロイド作製装置を用いて実施例1と同様に培養を行った。播種密度は、ディッシュあたり、2.0×10個とし、培養液としては、20mMのGd−DTPAを含有する培養液を用いた。培養開始直後から細胞が移動し始め、培養5分後には、直径約600μmのスフェロイドが確認できた。
【0094】
このように、本発明によれば、スフェロイドを短時間で形成できる。
【符号の説明】
【0095】
1 培養ディッシュ
2 磁石
3 磁石
4 軟鋼板
5 孔
6 ガラス管
7 円筒状磁石
7A セグメント
100 スフェロイド作製装置
102 スフェロイド作製装置
104 スフェロイド作製装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液の磁化率を増大させ得る磁化率増大化合物を含有する培養液中で細胞が培養される培養容器と、
磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加する磁場印加手段と、
を備えるスフェロイド作製装置。
【請求項2】
前記磁化率増大化合物はガドリニウム化合物である請求項1記載のスフェロイド作製装置。
【請求項3】
前記培養容器は皿状容器であり、
前記磁場印加手段は、前記皿状容器の下方に、N極とS極とが交互に前記皿状容器に向かって配置されるように格子状に並べられた複数の磁石である
請求項1に記載のスフェロイド作製装置。
【請求項4】
前記培養容器は皿状容器であり、
前記磁場印加手段は、
前記皿状容器の下方に、N極またはS極が前記皿状容器に向かって配置された磁石と、
前記磁石と前記培養容器との間に配置され、複数の孔が形成された強磁性体の板状体と、
を有している請求項1に記載のスフェロイド作製装置。
【請求項5】
前記培養容器は有底円筒状容器であり、
前記磁場印加手段は、周方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記有底円筒状容器を取り囲むとともに、各セグメントのS極とN極とが交互に前記有底円筒状容器に面するように配置されている円筒状磁石である
請求項1に記載のスフェロイド作製装置。
【請求項6】
前記ガドリニウム化合物はガドリニウム錯体である請求項2〜5の何れか1項に記載のスフェロイド作製装置。
【請求項7】
磁場勾配を有する磁場を培養容器に印加した状態で、磁化率増大化合物を含有する培養液を用いて、前記培養容器内で細胞を培養するスフェロイド作製方法。
【請求項8】
前記磁化率増大化合物としてガドリニウム化合物を使用する請求項7に記載のスフェロイド作製方法。
【請求項9】
前記培養容器として皿状容器を用い、
前記磁場印加手段として、前記皿状容器の下方に、N極とS極とが交互に前記皿状容器に向かって配置されるように格子状に並べられた複数の磁石を用いる
請求項7に記載のスフェロイド作製方法。
【請求項10】
前記培養容器として皿状容器を用い、
前記磁場印加手段として、前記皿状容器の下方に、N極またはS極が前記皿状容器に向かって配置された磁石と、前記磁石と前記培養容器との間に位置し、複数の孔が形成された強磁性体の板状体と、を用いる
請求項7に記載のスフェロイド作製方法。
【請求項11】
前記培養容器として有底円筒状容器を用い、
前記磁場印加手段として、周方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記有底円筒状容器を取り囲むとともに、各セグメントのS極とN極とが交互に前記有底円筒状容器に面するように配置されている円筒状磁石を用いた
請求項7に記載のスフェロイド作製方法。
【請求項12】
前記有底円筒状容器の中心線上に、前記細胞の培養温度ではゲルであり、前記培養温度よりも高い温度または低い温度ではゾルとなる温度感受性物質からなる芯材を配置して前記細胞を培養する請求項11に記載のスフェロイド作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−65555(P2012−65555A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−210876(P2010−210876)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】