説明

セリア系複合酸化物の製造方法

【課題】未反応物や不純物を除去するための特別な工程や、各処理のための特別な装置を用いる必要がない、安価なセリア系複合酸化物(Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)ならびにNiO(Ni)−セリア系複合体の製造方法を提供すること。
【解決手段】上記セリア系複合酸化物の原料(たとえばCe(セリウム)の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Lnサイトの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種)、あるいはさらにNi(ニッケル)の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物のうちの少なくとも1種を所定量添加した原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記結晶性複合酸化物の単一相を直接得る工程を含むことを特徴とする、セリア系複合酸化物の製造方法あるいは非晶質NiOの水和物と結晶性セリア系複合酸化物との複合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒、研磨材、固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電解質材料あるいは燃料極材料として有用なセリア系複合酸化物(Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)ならびに上記セリア系複合酸化物とNiOおよび/またはNiとの複合体であるNiO(Ni)−セリア系複合体(NiO−Ce1-xLnx2-y複合体、NiO−Ni−Ce1-xLnx2-y複合体、Ni−Ce1-xLnx2-y複合体、NiO−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合体、NiO−Ni−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合体、Ni−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合体)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のCe1-xLnx2-y複合酸化物で表されるセリア系複合酸化物の合成方法としては、Ln=Sm、Gdを例に取ると、以下の合成方法などが知られている:
CeO2とLn23とSrなどのアルカリ土類金属の炭酸塩(SrCO3)を乾式粉砕後1300℃で10時間の熱処理をしてセリア系複合酸化物を得る方法(非特許文献1);
Ce(NO3)3・6H2OとLn(NO3)3の混合水溶液をアンモニア水でpH10に調整して、オートクレーブを使い220℃で数時間の水熱処理を行ない、さらに水洗、濾過、凍結乾燥することにより、セリア系複合酸化物を得る方法(非特許文献2、直接焼結体を作製しているので粉末状態での結晶相は不明);
Ce(NO3)3・6H2OとLn(NO3)3の混合水溶液にシュウ酸水溶液を加え、アンモニア水でpH6.5〜6.8に調整後、沈殿物を洗浄、700〜800℃で熱処理して、セリア系複合酸化物を得る方法(非特許文献3);
Ce(NO3)3・6H2OとLn(NO3)3の混合水溶液にクエン酸を加え、ゲル化させて得られた均一な前駆体を400℃〜600℃で熱分解して、セリア系複合酸化物を得る方法(非特許文献4);
SmCl3にNaOHを加えて得られたSm(OH)3/NaClに、Ce(OH)4を乾式混合し、700℃で2時間の熱処理を行ない、熱処理後にNaClおよびNaOHを水洗除去し、セリア系複合酸化物を得る方法(非特許文献5)。
【0003】
また、本出願人らは、一般式ABO3[式中、Aは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、Bはマンガン、鉄、コバルトからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素で占められる。]で表わされるペロブスカイト型複合酸化物について、Aサイトを占める元素の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物および金属単体の少なくとも1種を含有する原料と、Bサイトを占める元素の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物および金属単体の少なくとも1種を含有する原料とを、水系溶媒中で混合粉砕処理することにより上記ペロブスカイト型複合酸化物の前駆体を調製する工程と、その前駆体を熱処理する工程とを含む製造方法を先に提案している(特許文献1)。しかしながら、特許文献1に記載された製造方法が対象としているのは、希土類元素とマンガン、鉄、またはコバルトとのペロブスカイト型複合酸化物であって、セリア系複合酸化物ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−007394号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Solid State Ionics, 52,165(1992)
【非特許文献2】Solid State Ionics, 81,53(1995)
【非特許文献3】Solid State Ionics, 86-88,1255(1996)
【非特許文献4】Materials Reserch Bulletin, 38,1979(2003)
【非特許文献5】Scripta Materialia, 48,85,(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載されたような方法(各成分酸化物を混合して高温で熱処理する固相反応法)により得られるセリア系複合酸化物には、目的としない不純物相や未反応物が残存しやすいという問題がある。
【0007】
非特許文献2また3に記載されたような方法(各成分元素の塩の水溶液にpH調整用の沈殿剤を添加して成分金属の共沈物を得る共沈法)は、硝酸アンモニウム等の副生物を除去する工程が必要である。
【0008】
非特許文献4に記載されたような方法(クエン酸錯体法)は、ゲル化させて得られた均一な前駆体を熱分解するので、発生する有害な分解ガスを捕集する必要があり、工業的に高コスト化の原因となる。
【0009】
非特許文献5に記載されたような方法(本願のようなメカノケミカル法の一種)は、同文献に記載のメカノケミカルアロイ法(各成分元素の酸化物を乾式混合粉砕処理)による生成物の凝集粒子を微細化するために、乾式粉砕時にNaClとNaOHを加え、熱処理する改良方法であるが、熱処理後にNaClとNaOHを水洗に除去する工程が必要である。
【0010】
本発明は、上記のような課題が解決された、未反応物や不純物を除去するための特別な工程や、各処理のための特別な装置を用いる必要がない、安価なセリア系複合酸化物(Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)ならびにそれらのセリア系複合酸化物とNiOおよび/またはNiとの複合体であるNiO(Ni)−セリア系複合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、かかる問題点を解決すべく鋭意検討を進めた結果、一般式Ce1-xLnx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.5)およびCe1-x(Lnz1-zx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCa、Sr、Baから選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.75、0.5≦z<1.0)で表されるセリア系複合酸化物について、セリウムの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Lnサイトを占める元素の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、後者のセリア系複合酸化物の場合はさらにAサイトを占める元素の酸化物または水酸化物のうちの少なくとも1種とを含む原料を用い、望ましくはこれらの原料を粉砕処理過程で反応などにより発生する水の量を含めた制御された水の量を含有する、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、直接結晶化したセリア系複合酸化物を製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明の製造方法は、Lnサイトを占める元素がSc、Y、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、YbまたはLuのうちの少なくとも1種の元素であるCe1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物など、工業的に有用な複合酸化物を対象とする場合に好適である。
【0013】
また、本発明では、上記の水系溶媒中での湿式混合粉砕処理工程において、さらに、Ni(ニッケル)の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物のうちの少なくとも1種を、上記のセリア系複合酸化物の生成量に対して、Ni換算で10wt%以上90wt%以下の量で添加した原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、非晶質NiOの水和物と結晶性セリア系複合酸化物との複合体を製造することもできる。
【0014】
さらに、セリア系複合酸化物またはNiO、Niもしくはこれらの混在物とセリア系複合酸化物との複合体を製造するために、上記のような水系溶媒中での湿式混合粉砕処理工程により得られたセリア系複合酸化物または非晶質NiOの水和物と結晶性セリア系複合酸化物との複合体を熱処理してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法(湿式混合粉砕処理工程および加熱工程)は、水系溶媒中で混合粉砕処理を行なうので、前記メカノケミカルアロイ法のような大きな凝集粒子の生成も少なく、副生成物としては水しか生成しないため特別な除去工程も不要である。したがって、各種用途における性能の劣化を招く不純物が混在しない高品質なセリア系複合酸化物を、安価で効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1における真空乾燥後のCe0.7Ln0.31.85複合酸化物のX線回折図形
【図2】実施例1におけるCe0.7Ln0.31.85複合酸化物を1200℃で1時間加熱した後の格子定数比較
【図3】実施例1における真空乾燥後および熱処理後のCe0.7Gd0.31.85複合酸化物のX線回折図形(85℃真空乾燥後および大気中、200〜1200℃)
【図4】実施例2における熱処理後のCe0.7(Sm0.8Sr0.2)0.31.82複合酸化物のX線回折図形(85℃真空乾燥後および大気中、200〜1200℃)
【図5】実施例3におけるNiO−Ce0.7Sm0.31.85複合酸化物のX線回折図形(85℃真空乾燥後および大気中、800℃と1000℃)
【図6】実施例3におけるNiO−Ni−Ce0.7Sm0.31.85複合酸化物のX線回折図形(85℃真空乾燥後およびアルゴン中、800℃と1000℃)
【発明を実施するための形態】
【0017】
セリア系複合酸化物およびNiO(Ni)−セリア系複合酸化物複合体
本発明の製造方法の対象となるセリア系複合酸化物は、一般式Ce1-xLnx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.5)で表される複合酸化物またはCe1-x(Lnz1-zx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCa、Sr、Baから選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.75、0.5≦z<1.0)で表される複合酸化物である。
【0018】
また、NiO(Ni)−セリア系複合体は、前記セリア系複合酸化物とNiO(酸化ニッケル)、Ni(金属ニッケル)、もしくはNiOとNiの混在物との複合体であり、セリア系複合酸化物に対し、NiO、Niもしくはこれらの混在物がNi換算で10wt%以上90wt%以下混合された複合体である。Ni−セリア系複合体は、高酸化物イオン伝導性と高電子伝導性を有する混合伝導性複合体であり、固体酸化物形燃料電池(SOFC)の燃料極材料として好適に使用される。NiO−セリア系複合体は、粉末の熱処理過程、あるいは電池セルを作製する過程で、還元雰囲気中で還元処理をすることにより、Ni−セリア系複合体(サーメット)となる。NiO−Ni−セリア系複合体は、NiO−セリア系複合体中のNiOの一部がNiに還元されずに残存しているものである。
【0019】
本発明の製造方法は、Lnサイトを占める元素がSc、Y、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、YbまたはLuのうちの少なくとも1種の元素であるCe1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物など、工業的に有用な複合酸化物を対象とする場合に好適である。
【0020】
原料
Lnサイトを占める希土類元素[Sc、Y、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Lu]の原料成分としては、これら希土類元素の酸化物[Ln23、LnO2]、水酸化物[Ln(OH)3、Ln(OH)4]、酸化水酸化物[LnO(OH)、LnOOH]が挙げられる。なお、上記化合物には、結晶水を含有するもの[Ln23・nH2O、LnO2・nH2O、Ln(OH)3・nH2O、Ln(OH)4・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、希土類水酸化物および希土類酸化水酸化物については、不定比な希土類酸化物の水和物[Ln23・XH2O、LnO2・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のLnサイトを占める希土類元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。さらに例えばTb47(2TbO2・Tb23)あるいはPr611(4PrO2・Pr23)は、TbとPrの3価と4価の混合原子価をもつ化合物であり、このような原料を組合わせて用いてもよい。
【0021】
Aサイトを占める元素[Ca、Sr、Ba]の原料成分としては、これらの元素の酸化物[AO]、水酸化物[A(OH)2]が挙げられる。なお、上記化合物には結晶水を含有したもの[AO・nH2O、A(OH)2・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、水酸化物については不定比な酸化物の水和物[AO・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のAサイトを占める元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0022】
Ce(セリウム元素)の原料成分としては、セリウムの酸化物[CeO2、Ce23]、水酸化物[Ce(OH)4、Ce(OH)3]、酸化水酸化物[CeO(OH)、CeO(OH)2]が挙げられる。なお、上記化合物には結晶水を含有したもの[Ce23・nH2O、CeO2・nH2O、Ce(OH)3・nH2O、Ce(OH)4・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、水酸化物、酸化水酸化物については不定比な酸化物の水和物[Ce23・XH2O、CeO2・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のCeサイトを占める元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0023】
また、非晶質NiOの水和物と結晶性セリア系複合酸化物との複合体を製造する場合に添加されるNi(ニッケル元素)の原料成分としては、これらの元素の酸化物[NiO、Ni23、NiO2、Ni34]、水酸化物[Ni(OH)2、Ni(OH)3、Ni(OH)4]、酸化水酸化物[NiO(OH)]が挙げられる。なお、上記化合物には結晶水を含有したもの[Ni23・nH2O、NiO2・nH2O、Ni34・nH2O、Ni(OH)2・nH2O、Ni(OH)3・nH2O、Ni(OH)4・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、水酸化物、酸化水酸化物については不定比な酸化物の水和物[NiO・XH2O、Ni23・XH2O、NiO2・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のNiサイトを占める元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0024】
上記のような原料となる物質の粒径は、100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましく、10μm以下が更に好ましい。酸化物を原料として使用する場合は、湿式混合粉砕の過程で水和ないし水酸化物化が起こり粒径が小さくなるので、最初の粒径が大きくても問題はない。
【0025】
また、原料の各成分の配合量は、LnサイトおよびAサイトを占める各元素およびCeサイトおよびNiサイトの原料中の量比が、目的とするセリア系複合酸化物あるいはNiO(Ni)−セリア系複合体における量比と同じとなるようにすればよい。
【0026】
湿式混合粉砕処理
本発明における湿式混合粉砕処理は、水系溶媒中で、一般的には混合粉砕機を用いて行われる。なお、以下の湿式混合粉砕処理に関する説明は、セリア系複合酸化物を製造する場合の工程、および非晶質NiOの水和物との結晶性セリア系複合酸化物との複合体を製造する場合の工程、両方に共通するものである。
【0027】
水系溶媒は、混合粉砕処理により結晶性セリア系複合酸化物の単一相を調製する際に、原料と共に粉砕容器内に入れられる溶媒(粉砕媒体)であり、水と相溶性のある有機溶媒に水を混合した溶媒をいう。
【0028】
水と相溶性のある有機溶媒は、特に限定されるものではないが、アルコール類(メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等)、エーテル類(ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン等)などが挙げられる。これらの有機溶媒は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0029】
上記水と相溶性のある有機溶媒は、原料および湿式混合粉砕の処理条件に応じて、適切な比誘電率を有するものを採用することが望ましい。有機溶媒の比誘電率が適度な範囲であれば、水系溶媒中の粉砕処理物の分散性が高まりすぎず、均一な結晶性セリア系複合酸化物の単一相が得られる。
【0030】
なお、水と相溶性のない有機溶媒(ベンゼン、トルエン、キシレン等)と水の混合液を粉砕媒液として使用すると、混合粉砕機の内部に原料粉末が付着してしまい、混合・粉砕の処理効率が大幅に低下するおそれがあるが、そのような水と相溶性のない有機溶媒も、水と相溶性のある有機溶媒と併用するのであれば、水系溶媒に配合することは可能である。
【0031】
水系溶媒中の水の量は特に限定されるものではないが、目的とするCe1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物の生成量に対し、m倍モル(0<m≦10)とすることが望ましい。Lnサイトの水和性(水和のされやすさ)に応じて、適宜選択すればよい。
【0032】
なお、原料として用いる物質に結晶水が含まれている場合や、湿式混合粉砕処理の過程で原料と有機溶媒の反応によって水が副生する場合(たとえば、原料として水酸化物、水和物あるいは結晶水を持つ原料を用いた場合)には、その結晶水ないし副生する水の量も勘案して、最初に水系溶媒に添加しておく水の量を調整することができる。上記の結晶水または副生する水の量が十分であれば、水と相溶性のある有機溶媒のみを粉砕容器内に供給しておき、混合粉砕の開始後に放出ないし副生される水との混合により水系溶媒が調製されるようにし、その中で湿式混合粉砕処理を行うようにすることも可能である。
【0033】
また、混合粉砕機は、原料に機械的に粉砕、摩砕の力が働くものであればよく、たとえば、粉砕容器内に原料と粉砕媒体(ロッド、シリンダー、ボール、ビーズ等)とを入れて撹拌することにより原料を粉砕する、転動ボールミル、振動ボールミル、撹拌ボールミル、遊星ボールミル等のボールミルが好適である。このようなボールミルを連続型にした粉砕機(たとえば、三井鉱山(株)製「SCミル」、(株)シンマルエンタープライゼス製「ダイノーミル」)や、直径1mm以下の非常に小さいボール(ビーズ)を使用できるボールミルなども推奨される。
【0034】
代表的な粉砕媒体であるボール(ビーズ)としては、直径0.1〜10mm程度の、ZrO2(ジルコニア)、Si34(窒化ケイ素)、SiC(炭化ケイ素)、WC(タングステンカーバイド)、ステンレスなどの素材からなるものを用いることができ、たとえば、東ソー(株)製のジルコニアボール「YTZ」(登録商標)が好適である。
【0035】
湿式混合粉砕の処理条件は混合粉砕機の種類に応じて適切に調整すればよい。たとえば、遊星ボールミルを使用する場合には、容器容積100mL当たり、粉砕媒体であるボール(ビーズ)の充填量を15〜60mL、水系溶媒および原料の合計の充填量を10〜30mLとし、かつ水系溶媒と原料の混合物中の原料の濃度を2〜30体積%とすることが好ましい。また、遊星ボールミルの公転回転数は通常1〜10Hz、好ましくは4〜6Hzであり、混合粉砕の処理時間は1〜10時間が好ましい。
【0036】
以上のような湿式混合粉砕処理の後、生成物を濾別して乾燥することにより、セリア系複合酸化物の結晶化物を回収することができる。
濾別の方法は、一般的な加圧ろ過、吸引ろ過、遠心分離等の方法から適宜選択すればよい。また乾燥の方法も通常の通風乾燥、真空乾燥等のいずれの方法であってもよい。本発明の湿式混合粉砕処理では水系溶媒中で水以外の副生物(塩類等)が生成しないため、蒸発乾固、スプレードライ等の乾燥方法も採用できる。乾燥温度は特に限定されないが50〜200℃(結晶化のための熱処理の温度未満)が好ましい。
【0037】
熱処理
湿式混合粉砕処理により調製されたセリア系結晶化物(非晶質NiOの水和物と複合体を形成している場合を含む。)は、熱処理を省略することができるが、熱処理することにより、結晶性の更なる向上あるいは結晶相の転移をさせることが可能である。熱処理を必要とするかどうかは、セリア系結晶化物(非晶質NiOの水和物と複合体を形成している場合を含む。)を使用する様態、目的などの所望により適宜決めればよい。
【0038】
熱処理の条件(温度、雰囲気、時間等)は、目的とするセリア系複合酸化物の態様(複合酸化物の組成、結晶化率、比表面積等)に応じて適宜調整することができる。熱処理の温度は、好ましくは200〜1200℃である。セリア系複合酸化物(Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびCe1-x(Lnz1-zx2-y)ならびにNiO−セリア系複合体(NiO−Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびNiO−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)については、大気中で熱処理することが望ましい。一方、NiO−Ni−セリア系複合体(NiO−Ni−Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびNiO−Ni−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)ならびにNi−セリア系複合体(Ni−Ce1-xLnx2-y複合酸化物およびNi−Ce1-x(Lnz1-zx2-y複合酸化物)については、H2などの還元性ガスを含む還元雰囲気下あるいはN2やArなどの不活性ガス雰囲気下で熱処理する必要がある。なお、セリア系複合酸化物の結晶性はX線回折図形(所定のピークの有無)により確認することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は何らこれら実施例のみに限定されるものではない。
[実施例1]Ce0.7Ln0.31.85
(Ln;La、Pr、Nd、Sm、Gd、Dy、Er、Yb)
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット、容積420mL)に、表1に示した量のCeO2と希土類酸化物(Ln23)、アセトンおよび水を、2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株)製)168mLとともに充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物をろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、Ce0.7Ln0.31.85の結晶性複合酸化物の単一相を得た(X線回折図形が、立方晶の蛍石構造の回折ピークのみを示していたことから判断した)。図1に真空乾燥後(粉砕生成物)のX線回折図形、図2に1200℃で1時間加熱した後の格子定数比較を示す。
【0040】
上記Ce0.7Ln0.31.85の結晶性複合酸化物を大気中200℃、400℃、600℃、800℃、1000℃、1200℃の各温度で1時間の熱処理を行なった.La、NdおよびYb以外のLnについては、いずれの加熱温度においても蛍石構造の単一相であり、不純物相は見られなかった。LnがLaとNdについては、800℃と1000℃の加熱処理により、蛍石構造を示すX線回折ピークが二つに分離した。これは、LaあるいはNdが過剰に固溶した表面層と、LaあるいはNdの固溶量の少ない中心部分から成るコアシェル構造を形成したためと考えられる。これらの粉末においても、1200℃の加熱では、蛍石構造の単一相となった。LnがYbの場合には、400℃〜1000℃の加熱により、遊離したYb23の再結晶化が起きたが、1200℃の加熱では、蛍石構造の単一相となった。各加熱温度における比表面積の変化を表2に示す。また一例としてCe0.7Gd0.31.85の各温度で加熱した時のX線回折図形を図3に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

[実施例2]Ce0.7(Sm0.8Sr0.2)0.31.82
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、原料粉末CeO210.5gとSm233.7gとSr(OH)20.64g、2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン74mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物をろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、Ce0.7(Sm0.8Sr0.2) 0.31.82の結晶性複合酸化物の単一相を得た(X線回折図形が、立方晶の蛍石構造の回折ピークのみを示していたことから判断した)。各温度で加熱した時のX線回折図形を図4に、比表面積変化を表3に示す。
【0043】
【表3】

[実施例3]NiO(Ni)−Ce0.7Sm0.31.85
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、原料粉末CeO25.7gとSm232.5gとNi(OH)210.7g、2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン74mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物をろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、非晶質NiO水和物とCe0.7Sm0.31.85の結晶性複合酸化物の複合体を得た(X線回折図形が、立方晶の蛍石構造の回折ピークのみを示していたことから判断した)。大気中とアルゴン中で800℃と1000℃の温度で加熱した時のX線回折図形を図5と図6に示す。大気中800℃以上で加熱処理することにより、NiOとCe0.7Sm0.31.85の2相のみからなる結晶性複合酸化物が得られた。一方、アルゴン中800℃以上で加熱処理することにより、NiOとNiとCe0.7Sm0.31.85の3相からなる結晶性複合酸化物が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Ce1-xLnx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.5)で表されるセリア系複合酸化物の製造方法であって、
Ce(セリウム)の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Lnサイトの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種とを含有する原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記結晶性複合酸化物の単一相を直接得る工程を含むことを特徴とする、セリア系複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
一般式Ce1-x(Lnz1-zx2-y(式中、LnはCe以外の希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCa、Sr、Baから選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、0<x<1.0、0<y<0.75、0.5≦z<1.0)で表されるセリア系複合酸化物の製造方法であって、
Ce(セリウム)の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Lnサイトの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Aサイトの酸化物または水酸化物のうちの少なくとも1種とを含有する原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記結晶性複合酸化物の単一相を直接得る工程を含むことを特徴とする、セリア系複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記Lnサイトを占める希土類元素がSc、Y、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Luのうちの少なくとも1種の元素であることを特徴とする、請求項1または2に記載のセリア系複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の水系溶媒中での湿式混合粉砕処理工程において、さらに、Ni(ニッケル)の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物のうちの少なくとも1種を、請求項1または2のセリア系複合酸化物の生成量に対して、Ni換算で10wt%以上90wt%以下の量で添加した原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することを特徴とする、非晶質NiOの水和物と結晶性の請求項1または2のセリア系複合酸化物との複合体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の水系溶媒中での湿式混合粉砕処理により得られたセリア系複合酸化物を熱処理する工程を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のセリア系複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
請求項4に記載の水系溶媒中での湿式混合粉砕処理工程により得られた非晶質NiOの水和物と結晶性セリア系複合酸化物との複合体を熱処理する工程を含むことを特徴とする、セリア系複合酸化物またはNiO、Niもしくはこれらの混在物とセリア系複合酸化物との複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−25593(P2012−25593A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162714(P2010−162714)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【Fターム(参考)】