説明

ソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法

【課題】複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する手法。
【解決手段】基板上に第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、該ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、第1のソフトマテリアルを含む溶液を導入し基板を得、続いて第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して基板を得る工程と、係る凍結乾燥した第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化された基板上に第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させて第2のマイクロパターンを第1のマイクロパターンとは異なる場所に形成し、第2のソフトマテリアルを含む溶液を導入して、基板上に第2のマイクロアレイを形成する工程と及び前記第1及び第2のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がして、同一基板上に第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイを形成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法に関する。特に本発明は、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを、同一基板上に作製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療・診断の分野又は分子細胞生物学研究の分野において、タンパク質、DNA(デオキシリボ核酸)又は細胞などの解析、機能評価又はそれらの相互作用解析を、より定量的で再現性よく、かつ迅速に測定・観察する方法・装置が求められてきている。そのひとつの技術として、ガラスなどの基板上に、ソフトマテリアルのアレイを、マイクロメートルからナノメートルスケールで作製する様々な技術が提案されている。ここで「ソフトマテリアル」とは、生物由来又は非生物由来であってもよく、小さな分子が種々の形でつながった(又は集合した)高分子、ゲル、ゴム、コロイド、ミセル、液晶、及び種々の生体高分子(DNA、RNA等の核酸、タンパク質、糖質、糖タンパク等)を広く意味する。
【0003】
係る技術の一つとして、ポリパラキシリレン樹脂(poly(para-xylylene))をパターニングすることでステンシル(型抜き)とし、ソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する手法が注目を集めている。非特許文献1には、基板上に真空蒸着したポリパラキシリレン樹脂にマイクロパターンを形成して、ステンシルとしてそのステンシル上にソフトマテリアルを注入して、その後ポリパラキシリレン樹脂を基板から引き剥がして、基板上にソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する技術が開示されている(いわゆる「ポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法」)。しかし非特許文献1には、基板上に1種類のソフトマテリアルを汎用的かつスケーラブルにマイクロアレイ化する技術は開示されているが、異なる複数種類のソフトマテリアルを、同一基板上にアレイ化する技術は開示されていない。
【0004】
一方、ポリパラキシリレン樹脂を利用する技術であって、複数種類のソフトマテリアルを基板上にマイクロアレイ化する技術もいくつか知られている。
【0005】
例えば、非特許文献2には、基板上に真空蒸着したポリパラキシリレン樹脂にマイクロパターンを形成してステンシルとし、そのステンシル上に複数種類のソフトマテリアルをインクジェットプリント式に吐出してポリパラキシリレン樹脂を基板から引き剥がして、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを同一基板上に作製する技術が開示されている。しかしこの技術では、ソフトマテリアルを吐出可能な高性能スポッターが追加専用機器として必要となるだけでなく、スポット間隔がスポッターの性能に依存するという問題がある。すなわちスポッターの性能に依存して、異なる種類のソフトマテリアル間のコンタミネーション(意図しない混合)を避けるためには異なる種類のソフトマテリアルをアレイ化するスポット間隔が制限されるという問題がある。
【0006】
また、非特許文献3には、基板上に真空蒸着した2層のポリパラキシリレン樹脂にマイクロパターンを形成してステンシルとし、そのステンシル上にソフトマテリアルを注入して2層のポリパラキシリレン樹脂を基板から順々に1枚ずつ引き剥がすことで、異なる複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを同一基板上に作製する技術が開示されている。しかしこの技術では、異なる種類のソフトマテリアル間でコンタミネーションが生じる可能性を排除できないという問題がある。
【0007】
さらに、非特許文献4には、基板上に真空蒸着した1層のポリパラキシリレン樹脂にマイクロパターンを形成してステンシルとし、そのステンシル上に複数のマイクロ流路を形成し、流路毎に異なる種類のソフトマテリアルを注入してポリパラキシリレン樹脂を基板から引き剥がすことで、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを同一基板上に作製する技術が開示されている。この技術はコンタミネーションを生じる可能性は少ないが、マイクロアレイの各スポットにマイクロ流路を接続する方法であるため、異なる種類のソフトマテリアルをアレイ化するスポット間隔を望ましい大きさにできず、さらに大面積のアレイを作製することも難しいという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B. Ilic, et al., "Topographical Patterning of Chemically Sensitive Biological Materials Using a Polymer-Based Dry Lift Off," Biomedical Microdevices, vol.2, pp.317-322, 2000.
【非特許文献2】C. P. Tan, et al., "Nanoscale Resolution, Multicomponent Biomolecular Arrays Generated by Aligned Printing with Parylene Peel-Off," Nano Letters, vol.10, pp.719-725, 2010.
【非特許文献3】K. Kuribayashi, et al., "Sequential Parylene Lift-Off Process for Selective Patterning of Biological Materials," Proc. IEEE MEMS'07, pp.501-504, 2007.
【非特許文献4】K. Atsuta, et al., "A Parylene Lift-Off Process with Microfluidic Channels for Selective Protein Patterning," Journal of Micromechanics and Microengineering, vol.17, pp.496-500, 2007.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法を用いてソフトマテリアルの小間隔のマイクロアレイを作製する方法であって、同一基板上に、複数種類のソフトマテリアルをコンタミネーションさせることなく、汎用的かつスケーラブルに、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法、を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前記従来技術の問題点のない、複数種類のソフトマテリアルを同一基板上にマイクロアレイ化するための方法を鋭意追求した結果、(i)(例えば、ポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法により得られた)基板上のソフトマテリアルを、(凍結乾燥などにより)変性させることなく脱水することにより、その基板に対して通常のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法が適用でき、さらに(ii)ソフトマテリアル上に堆積したポリパラキシリレン樹脂が、ソフトマテリアルの固定状態・構造・機能を損なうことなく、スムーズに基板から引き剥がすことができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法であり、基板上に、第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、前記ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、第1のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第1のマイクロアレイを形成し、前記第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して、第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、前記第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板上に、第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着して積層し、前記第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させて第2のマイクロパターンを第1のマイクロパターンとは異なる場所に形成し、第2のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第2のマイクロアレイを形成し、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を同時に引き剥がして、前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に緩衝溶液を導入して前記第1のソフトマテリアルを溶解する又は第2のソフトマテリアルを凍結乾燥することで、同一基板上に第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法である。
【0012】
さらに、本発明の方法を繰り返すことにより、望ましい種類の異なるソフトマテリアルのマイクロアレイが製造される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法により、同一基板上に、複数種類のソフトマテリアルを、コンタミネーションさせることなく、汎用的かつスケーラブルに、スポッターを用いることなく、小さな間隔のマイクロアレイを作製することができる。また、本発明によるマイクロアレイ作製手順を繰り返すことで、2種類のソフトマテリアルに限らず、2種類以上のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製することができる。さらに、凍結乾燥させたソフトマテリアルを固定化したマイクロアレイ基板は、室温または低温で長期保存・配送することができ、使用者が当該基板を使用する際に緩衝溶液を導入するだけで容易に使用することができる。
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の良好な実施の形態を説明するが、本発明はこれらの実施態様に制限されるものではない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1は、本発明方法を概念的に示す図である。本発明に係る、複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法は、いわゆる従来のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法を利用するものであり、これまで知られているポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法又はその種々の応用方法を含む。本発明の方法は、通常のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法の条件、材料、装置、反応条件等について特に限定されることはない。
【0016】
図1に示される通り、本発明の方法はまず、基板上に第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、第1層目のポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、第1のソフトマテリアルを含む溶液を導入して、第1のマイクロアレイが形成された(固定化された)基板を得る工程を含む。係る工程は、従来のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法を適用する工程であり、得られる基板は、その上に第1のマイクロアレイが形成された(固定化された)ものである。ここで本発明においては、パターン化された個々のマイクロアレイの形状、個々のソフトマテリアルの大きさ、及び個々のソフトマテリアル間の距離等(以下「形状等」とする)については、特に制限はなく、従来のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法により設計可能な形状等にすることができる。通常、マイクロメータサイズ、又はナノメータサイズに設計することが容易である。
【0017】
前記導入された第1のソフトマテリアルは通常、水溶液又は適当な溶液の形で基板上に固定されている。また、導入方法には特に制限はなく、第1のソフトマテリアルの水溶液又は適当な溶媒の溶液を基板の上に一部又は全体に導入して基板表面にソフトマテリアルを固定する。その後、固定されなかった余分のソフトマテリアルの水溶液等を洗い流すことができる。基板表面には特にソフトマテリアルとの結合を促進する修飾は必要ないが、場合により、ソフトマテリアルとの結合を強くする処理がなされていてもよい。
【0018】
本発明の方法は続いて、前記得られた第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して、凍結乾燥した第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化された基板を得る工程を有するものである。本発明においては、基板に固定された第1のソフトマテリアルを凍結乾燥するものであるが、本発明においては「凍結乾燥」には広く「基板上のソフトマテリアルから、当該ソフトマテリアルの構造や機能が非可逆的に変性しないように水分を除去して乾燥する」ことを意味する。従って、冷却の有無、スクロースやトレハロースなどの凍結緩衝剤の有無、真空操作の有無等、凍結乾燥される基板上のソフトマテリアルにより適宜選択することができる。また「凍結乾燥」は、基板上のソフトマテリアルの全部又は一部、又は基板ごと行うことも可能である。
【0019】
本発明の方法は続いて、前記得られた、第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化された基板を用いて、再び当該基板上に第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、第2層目のポリパラキシリレン樹脂に第2のマイクロパターンを形成する。ここで第2層目のポリパラキシリレン樹脂蒸着は、基板上に固定され凍結乾燥された、第1のソフトマテリアルの表面も含めて蒸着させる。係る蒸着は、ポリパラキシリレン樹脂蒸着の通常の条件で可能であり、以下説明するが、しかも蒸着によっても第1のソフトマテリアルの表面のみならず内部についても変性等の損傷が見られない。これは基板上に固定された第1のソフトマテリアルが十分乾燥されていることによると考えられる。さらに、第2層目のポリパラキシリレン樹脂に第2のマイクロパターンを形成することも既に上で説明した通常のポリパラキシリレン樹脂リフトオフ法の条件がそのまま適用することができる。ここで第2層目のポリパラキシリレン樹脂に形成する第2のマイクロパターンは、基板の同一面に第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイを設けるものであるから、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させて第2のマイクロパターンを第1のマイクロパターンとは異なる場所の基板上に形成される。
【0020】
本発明の方法はさらに、得られた第2層目のポリパラキシリレン樹脂の第2のマイクロパターンに第2のソフトマテリアルを含む溶液を導入して、基板上に第2のマイクロアレイを形成する(固定化する)。この工程は上の第1のソフトマテリアルを含む溶液の導入と同じ方法でよい。
【0021】
ここで、第1及び第2の2種類の異なるソフトマテリアルによるマイクロアレイの製造を意図する場合、前記得られた第2のマイクロアレイが形成された(固定化された)基板から、ポリパラキシリレン樹脂を引き剥がすことにより、基板の同一面上に、第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイが製造できる。ここで、第1のソフトマテリアルは乾燥した状態であり、第2のソフトマテリアルは溶液(濡れた)の状態である。
必要に応じて、全体を再度凍結乾燥して第1及び第2のソフトマテリアルを乾燥した状態にするか、又は緩衝溶液等を注入して第1及び第2のソフトマテリアルを濡れた状態とすることができる。全体を凍結乾燥させることで、室温または低温で保存を行うことが可能となる。
【0022】
図1には連続した矢印で示されているが、本発明は、上で説明した第1及び第2のソフトマテリアルによるマイクロアレイだけでなく、必要ならば、さらにこれを繰り返すこととで、3種類以上の異なるソフトマテリアルが同一基板表面に設けられたマイクロアレイが製造可能である。
【0023】
また上で、第2層目のポリパラキシリレン樹脂蒸着の対象となるものとして、第1のソフトマテリアルが固定され凍結乾燥された基板で第1のポリパラキシリレン層を保持するものであると説明したが、本発明においてはこれに限定されない。
【0024】
第1のソフトマテリアルを導入して基板に固定した後、第1のポリパラキシリレン層を引き剥がしたものを凍結乾燥したもの、及び第1のソフトマテリアルを導入して基板に固定した後、凍結乾燥し、その後第1のポリパラキシリレン層を引き剥がしたものも対象となる。
【0025】
以下本発明を実施例に基づきさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0026】
[マイクロアレイの作製方法]
図2は実施例で行った作製方法の手順を詳細に示したものである。図2を参照しながら説明する。
【0027】
まず、基板上に第1層目のポリパラキシリレン樹脂を真空蒸着する(図2a)。
【0028】
ここで、基板はソフトマテリアルを固定可能とし、かつポリパラキシリレン蒸着条件に耐える材質であればよい。例えばガラス、シリコンやプラスチックなどが挙げられる。マイクロアレイを使用する際、測定等の目的で光透過性であることが好ましい場合、光透過性であるガラスが好ましい。また、基板の表面にソフトマテリアルを固定する方法は特に制限されないが、必要な場合、より強い固定を得るため、基板表面に、固定化を促進する処理を施すことも可能である。
【0029】
また、蒸着するポリパラキシリレン樹脂の種類も特に限定されるものではないが、ここではパリレンC(日本パリレン合同会社)を例として説明を進める。他の種類のパリレンNやパリレンD、パリレンHTも又は必要に応じて適宜選択することができる。(いずれも日本パリレン合同会社にて入手可能)。ポリパラキシリレン樹脂の蒸着厚さは特に限定されず、後の工程でソフトマテリアルが十分導入される構造を有するパターンが形成される厚さであればよい。具体的には、2μm以下であれば望ましい。ここでは、1μmの厚さで蒸着することを例にして説明を進める。
【0030】
次に、蒸着したポリパラキシリレン樹脂上に、フォトレジストを積層する(図2b)。フォトレジストとして、ここではS1818(Shipley Far East Ltd.)を例として説明を進めるが、特にこれに限定されない。また積層方法についても特に限定はなく通常の例えばスピンコートによる方法が好ましい。
【0031】
続いて、第1のマイクロパターンを描画したガラスフォトマスクを介して紫外線照射によるフォトリソグラフィを行い(図2c)、さらにフォトレジストの現像を行う(図2d)。現像液は、使用したフォトレジストとの組み合わせで選択することができ、例えばS1818をフォトレジストとした場合は、NMD−3(東京応化工業株式会社から入手可能)を現像液として利用できる。
【0032】
その後、酸素プラズマによるドライエッチングを行い、ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを描画する(図2e)。ここでは、紫外線照射によるフォトリソグラフィや酸素プラズマによるドライエッチングを例として説明したが、これに限定されず、例えば電子線ビームによるリソグラフィであっても良い。
【0033】
続いて、アセトンとイソプロピルアルコールを使って残存するフォトレジストを洗い流してガラス基板上に第1のマイクロパターンを形成させる(図2f)。
【0034】
続いて、第1のソフトマテリアルを導入するために、マイクロパターン化された第1層目のポリパラキシリレン樹脂上にフローセルを作製する(図2g)。ここではフローセルは、例えばシリコンゴムシートをスペーサとして用い、カバーガラスで挟んで作製する。マイクロアレイを作製したい第1のソフトマテリアルを含む溶液をフローセル内に注入し、露出させたガラス基板表面上に第1のマイクロアレイを導入・形成する。ここでは、例として、4mg/mLのビオチン化BSA(ウシ血清アルブミン)、1mg/mLのストレプトアビジン、5μMのビオチン化一本鎖DNA(23塩基長、蛍光色素FITC(フルオレセイン・イソチオシアネート)修飾)を第1のソフトマテリアルとして順に積層するものとする。
【0035】
第1のソフトマテリアル導入後、フローセル内の溶液を塩を含まない溶液、例えば超純水や蒸留水に置換する。これによりフローセルに残存する、又は基板上に固定されない遊離の第1のソフトマテリアルが完全に洗い流される。
【0036】
その後、フローセルを含む基板を丸ごと(そのまま)凍結乾燥装置を用いて凍結乾燥を行う(図2h)。さらに、第1のソフトマテリアルを含む溶液を完全に乾燥させた後、フローセルを解体する(図2h')。ここで、フローセルを解体してからフローセルを含まない基板丸ごと凍結乾燥を行っても良い。
【0037】
続いて、凍結乾燥を行った基板上に、第2層目のポリパラキシリレン樹脂を第1層と同様の条件・手順で、例えば1μmの厚さで真空蒸着、積層し(図2i)、次いでS1818などのフォトレジストをスピンコートして積層する(図2j)。
【0038】
ここで、フォトレジストのベイク条件は、凍結乾燥した第1のソフトマテリアルの性質(例えば熱感受性等)を考慮して、高温で短時間(例えば100℃で1分間)としても良いし、低温で長時間(例えば35℃で3時間)又はそれらを組み合わせる条件を選択できる。
【0039】
その後、第2のマイクロパターンを描画したガラスフォトマスクを介して紫外線照射によるフォトリソグラフィを行い(図2k)、NMD−3を使ってフォトレジストの現像を行う(図2l)。
【0040】
その後、酸素プラズマによるドライエッチングを行い、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させて第2のマイクロパターンを第1のマイクロパターンとは異なる場所に描画する(図2m)。第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させるドライエッチング条件は特に限定はなく、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂の厚さに応じて、例えばエッチング時間を調節することで容易に選択することができる。
【0041】
アセトンとイソプロピルアルコールを使って残存するフォトレジストを洗い流すことで、ガラス基板表面に第2のマイクロパターンが形成される(図2n)。
【0042】
次に第1層目と同様の条件で、マイクロパターン化された第2層目のポリパラキシリレン樹脂上にフローセルを作製する(図2o)。
【0043】
そして、マイクロアレイを作製したい第2のソフトマテリアルを含む溶液をフローセル内に注入し、露出させたガラス基板表面上に第2のマイクロアレイを形成する。ここでは、例として、4mg/mLのビオチン化BSA、1mg/mLのストレプトアビジン、5μMのビオチン化一本鎖DNA(23塩基長、蛍光色素TMR(テトラメチルローダミン)修飾)を第2のソフトマテリアルとして順に積層するものとする。ここで、第1のソフトマテリアルのパターニングを行った場所は、第2層目のポリパラキシリレン樹脂によって覆われているため、第1のソフトマテリアルと第2のソフトマテリアルとのコンタミネーションは完全に阻止される。その後、フローセルを解体する(図2o')。
【0044】
さらに、第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を同時に引き剥がす(図2p)。第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂は、例えばピンセット等で一部分を引き剥がすことで同時に容易に引き剥がされる。
【0045】
最後に基板上にフローセルを作製し(図2q)、緩衝溶液を注入することで凍結乾燥された第1のソフトマテリアルが再溶解し、同一基板上に第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイが作製される。
[作製したマイクロアレイの評価]
図3は、上記手順にて作製されたマイクロアレイの蛍光顕微鏡観察結果の例を示す。図3から次のことが明らかである。(i)まず、ガラス基板上に2種類の異なるソフトマテリアルが、以下の種々の処理に対しても十分な程度に固定されていること。(ii)さらに、2種類の異なるソフトマテリアル(それぞれ複数のタンパク質の機能を組み合わせて構築された標識化タンパク質)が変性を受けずに機能を発揮すること。(iii)2種類の異なるソフトマテリアルのコンタミネーションがないこと。すなわち、第1のソフトマテリアルとしてのFITC修飾一本鎖DNAと、第2のソフトマテリアルとしてのTMR修飾一本鎖DNAとが、コンタミネーションすることなく同一基板上にマイクロアレイ化されていることが分かる。(iv)アレイ化がマイクロスケールであり、かつアレイを形成するスポット間の間隔が十分明確に分離されている。
【0046】
ただし今回の図3の例では、マイクロメートルスケールでのアレイ化の条件・装置を用いてマイクロメートルスケールでのアレイ化を目的としたものを示したが、必要ならば通常のナノメートルスケールでのアレイ化を目的とする条件・装置、例えば電子線ビームによるリソグラフィなどを行えば、ナノメートルスケールでのアレイ化も可能である。
【0047】
図4は、本発明によるマイクロアレイ化された一本鎖DNA(ソフトマテリアル)が、二本鎖形成能を保持しているかを検証する実験を行った結果を示す蛍光顕微鏡観察像である。
【0048】
この実験では、4mg/mLのビオチン化BSA、1mg/mLのストレプトアビジン、5μMのビオチン化一本鎖DNA(23塩基長、蛍光色素FITC修飾、塩基配列A)を第1のソフトマテリアルとして順に積層しており、4mg/mLのビオチン化BSA、1mg/mLのストレプトアビジン、5μMのビオチン化一本鎖DNA(23塩基長、蛍光色素FITC修飾、塩基配列B)を第2のソフトマテリアルとして順に積層している。そのマイクロアレイ作製結果はFITCの蛍光フィルタを通じて観察され(図4a)、TMRの蛍光フィルタを通じては観察されないことを確認した(図4b)。
【0049】
図4から、凍結乾燥の過程を経る本発明の方法によるマイクロアレイ化された一本鎖DNAは、その二本鎖形成能が保持されていることを確認され、変性等を受けていないことが分かる。すなわち、凍結乾燥の過程を経た塩基配列Aの一本鎖DNAの相補鎖(5μMのコレステロール修飾一本鎖DNA、23塩基長、蛍光色素TMR修飾、塩基配列?)を注入すると、塩基配列Aの一本鎖DNAが固定化されているスポットにのみ特異的に相補鎖が結合し(図4c)、凍結乾燥の過程を経た一本鎖DNAの二本鎖形成能が保持されていることを確認した。
【0050】
図5は、本発明によるマイクロアレイ化されたタンパク質が、その機能性を保持しているか検証実験を行った結果を示す蛍光顕微鏡観察像である。
【0051】
ここでは、機能性タンパク質の例として、モータータンパク質であるキネシンを用いた。すなわち、4mg/mLのビオチン化BSA、5mg/mLのカゼイン、蛍光色素TMRを標識した1mg/mLのストレプトアビジン、100μg/mLのビオチン化キネシンを第1および第2のソフトマテリアルとして順に積層し、ポリパラキシリレン樹脂を引き剥がすことでキネシンのマイクロアレイを作製した。そして、キネシンのスポット外のガラス基板表面は、5mg/mLのカゼインでコーティングを行い、非特異的な吸着を抑制した。ここで、蛍光色素TMRを標識した微小管を投入すると、キネシンが固定化されているスポットにおいてのみ特異的に微小管が着地し、微小管のマイクロアレイが形成された(図5a)。
【0052】
続いて、ATP(アデノシン三リン酸)を含む緩衝溶液を注入すると、キネシン上に着地した微小管の滑走運動が開始され、微小管がスポット外まで滑走すると、キネシンとの結合が無くなり、溶液中に浮遊して顕微鏡の焦点から外れて観察されなくなる現象が確認された(図5b)。
【0053】
図5から、本発明の製造工程で凍結乾燥処理を行って得られるソフトマテリアル(キネシン)は、微小管と結合する能力を保持し、しかもガラス基板上で微小管を滑走運動させる活性を有することを示している。
【0054】
以上説明したように、本発明によるマイクロアレイ作製方法は、DNAやタンパク質に適用可能であることが分かる。ただし、本発明はDNAやタンパク質に限定されず、RNA(リボ核酸)や脂質、マイクロビーズなど、マイクロアレイ化が可能であれば、どんなソフトマテリアルであっても良い。
【0055】
さらに、本発明の製造方法では、ソフトマテリアルを凍結乾燥する工程を有するが、これは本発明が凍結乾燥されにくいソフトマテリアルへの適用を除外するものではない。例えば脂質二分子膜カプセルであるリポソームや細胞など、ソフトマテリアルの中には、凍結乾燥に適さないものもあるが、これらの表面を一本鎖DNAやビオチン、抗体などで化学修飾することで、マイクロアレイを作製することも可能である。リポソームや細胞表面をDNA修飾する方法は例えば以下参考文献1、2に、ビオチン化修飾する方法は参考文献3に、抗体修飾する方法は参考文献4に各々開示されている。つまり、本発明によるマイクロアレイ作製方法にて、一本鎖DNAやタンパク質のマイクロアレイを予め形成しておけば、DNAの二本鎖形成反応、ビオチン−アビジン結合、抗原抗体結合などを利用して、ポリパラキシリレン樹脂を引き剥がした後でもリポソームや細胞を特異的にマイクロアレイ化することができる。
参考文献:
1 S. Hiyama, et al., "Biomolecular-motor-based autonomous delivery of lipid vesicles as nano- or microscale reactors on a chip," Lab on a Chip, vol.10, pp.2741-2748, 2010.
2 S. C. Hsiao, et al., "Direct cell surface modification with DNA for the capture of primary cells and the investigation of myotube formation on defined patterns," Langmuir, vol.25, pp.6985-6991, 2009.
3 D. Stamou, et al., "Self-assembled microarrays of attoliter molecular vessels," Angewandte Chemie International Edition, vol.42, pp.5580-5583, 2003.
4 A. Ito, et al., "Magnetite nanoparticle-loaded anti-HER2 immuno-liposomes for combination of antibody therapy with hyperthermia," Cancer Letters, vol.212, pp.167-175, 2004.
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の一実施形態としてのソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法の概念図である。
【図2A】本発明の一実施形態としてのソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法の手順詳細を示した図である。
【図2B】本発明の一実施形態としてのソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法の手順詳細を示した図である。
【図3】異なる塩基配列と蛍光色素を有する一本鎖DNAのマイクロアレイ作製結果を示す蛍光顕微鏡観察像である。
【図4】凍結乾燥した一本鎖DNAの二本鎖形成能の検証結果を示す蛍光顕微鏡観察像である。
【図5】凍結乾燥したモータータンパク質キネシンの活性の検証結果を示す蛍光顕微鏡観察像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法であり、
基板上に、
第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、
前記ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、
第1のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第1のマイクロアレイを形成し、
前記第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して、第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板上に、
第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着して積層し、
前記第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を貫通させて第2のマイクロパターンを第1のマイクロパターンとは異なる場所に形成し、
第2のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第2のマイクロアレイを形成し、
第1層目と第2層目のポリパラキシリレン樹脂を同時に引き剥がして、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に緩衝溶液を導入して前記第1のソフトマテリアルを溶解する、ことを特徴とする複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法。
【請求項2】
複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法であり、
基板上に、
第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、
前記ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、
第1のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第1のマイクロアレイを形成し、
前記第1のマイクロアレイを形成した基板から、前記第1層目のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がし、
第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板上に、
第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着して積層し、
前記第2層目のポリパラキシリレン樹脂に、第1のマイクロパターンとは異なる場所に第2のマイクロパターンを形成し、
第2のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第2のマイクロアレイを形成し、
前記第2層目のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がして、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に緩衝溶液を導入して前記第1のソフトマテリアルを溶解する、ことを特徴とする複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法。
【請求項3】
複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイを作製する方法であり、
基板上に、
第1層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着し、
前記ポリパラキシリレン樹脂に第1のマイクロパターンを形成し、
第1のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第1のマイクロアレイを形成し、
前記第1のソフトマテリアルを凍結乾燥して、第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1のマイクロアレイを形成した基板から、前記第1層目のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がし、
前記第1のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板上に、
第2層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着して積層し、
前記第2層目のポリパラキシリレン樹脂に、第1のマイクロパターンとは異なる場所に第2のマイクロパターンを形成し、
第2のソフトマテリアル溶液を導入して、前記基板表面上に第2のマイクロアレイを形成し、
前記第2層目のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がして、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、
前記第1及び前記第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に緩衝溶液を導入して前記第1のソフトマテリアルを溶解する、ことを特徴とする複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法であってさらに、
前記第1と第2のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に、第3層目のポリパラキシリレン樹脂を蒸着して、第3のマイクロパターンを形成し、第3のソフトマテリアルを含む溶液を導入して、前記第3層目のポリパラキシリレン樹脂を引き剥がして、同一基板上に第1、第2及び第3のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板とし、前記第1、第2及び第3のソフトマテリアルのマイクロアレイ化基板に緩衝液を導入して前記第1及第2のソフトマテリアを溶解する、ことを特徴とする複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法であって、最後のソフトマテリアルを含む溶液を導入して、前記基板表面上に最後のマイクロアレイを形成した後、使用まで室温又は低温で保存するために、全てのマイクロアレイを形成した基板ごと凍結乾燥する、ことを特徴とする複数種類のソフトマテリアルのマイクロアレイ作製方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−202968(P2012−202968A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70934(P2011−70934)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(392026693)株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (5,876)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】