説明

ソルチリンによる動脈硬化の判定方法

【課題】新たな動脈硬化のマーカーを見出し、これを用いた動脈硬化の判定手段を提供すること。
【解決手段】ヒト血液検体における可溶性ソルチリンを定量検出することにより、動脈硬化を判定することが可能であり、上記の課題を解決し得ることを見出した。この動脈硬化の判定は、動脈硬化の進行度の判定、動脈硬化性疾患の発症リスクの判定、動脈硬化性疾患の検出、及び、動脈硬化性疾患の治療効果の判定、からなる群から選ばれる1種以上を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体成分の検出結果を基とする動脈硬化の判定方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化の進行は、心筋梗塞や脳梗塞等の死に直結する重大な疾患を引き起こすことはよく知られている。日本人において動脈硬化性疾患、特に心筋梗塞を中心とした心血管系疾患と、脳梗塞・脳卒中を中心とした脳血管障害は死因の30%に及んでおり、がんと並んで大きな位置を占め、その有効な予防と治療対策の確立が急務となっている。よって、動脈硬化を効果的に判定し、その予防や治療につなげることは非常に重要な事項である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO2009/140972国際公開パンフレット
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Teng HK, J Neurosci.2005 Jun 1;25(22):5455-5463
【非特許文献2】Nykjaer A, Nature.2004 Feb 26;427(6977):843-848
【非特許文献3】Shi J, Dev Cell.2005 Jul;9(1):99-108
【非特許文献4】Nielsen MS, J Biol Chem.1999 Mar 26;274(13):8832-8836
【非特許文献5】Maeda S, J Cell Physiol.2002 Oct;193(1):73-79
【非特許文献6】Nilsson SK, J Biol Chem.2008 Sep 19; 283(38):25920-25927
【非特許文献7】Botta R, Endocrinology.2009 Jan;150(1):509-518
【非特許文献8】Petersen CM, J Biol Chem.1997 Feb 7;272(6):3599-3605
【非特許文献9】Nielsen MS, EMBO J.2001 May 1;20(9):2180-2190.
【非特許文献10】Navarro V, Biochem Biophys Res Commun.2002 Nov 15;298(5):760-764
【非特許文献11】Hermey G, Biochem J.2006 Apr 15;395(2):285-293
【非特許文献12】Linsel-Nitschke P, Atherosclerosis,2010 Jan(1):183-189
【非特許文献13】Willer CJ, Nat Genet.2008 Feb;40(2):161-169.
【非特許文献14】Kathiresan S, Nat Genet.2008 Feb;40(2):189-197.
【非特許文献15】Schadt EE, PLoS Biol.2008 May 6;6(5):e107.
【非特許文献16】Nakayama K, J Med Genet.2009 Jun;46(6):370-374.
【非特許文献17】Chasman DI, Circ Cardiovasc Genet.2008 Oct;1(1):21-30.
【非特許文献18】Keebler ME, Circ Cardiovasc Genet.2009 Jun;2(3):238-243.
【非特許文献19】Gupta R, Hum Genet.2010 Nov;128(5):557-561.
【非特許文献20】Musunuru K, Nature.2010 Aug 5;466(7307):714-721
【非特許文献21】Kjolby M, Cell Metab.2010 Sep 8;12(3):213-223
【非特許文献22】Evans SF, J Biol Chem.2011 Aug 26;286(34):29556-29567
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動脈硬化において、これまで高コレステロール血症をはじめとする様々な危険因子が提案されているが、一方で未だ現在において提供されているマーカーのみでは、動脈硬化のリスクを的確に把握できているとはいえない。生活習慣病としての側面を持つ動脈硬化症は、その成因として、様々な環境的要因や脂質異常症(高脂血症)、糖尿病、高血圧症等の危険因子の重なりがあり、その判定には多面的なアプローチが必要と考えられる。よって、本発明は、新たな動脈硬化のマーカーを見出し、これを用いた動脈硬化の判定手段を提供することにある。
【0006】
近年のゲノムワイド関連解析などの手法によって、LDLコレステロール値や、冠動脈性心疾患等の動脈硬化性疾患と強く関連する可能性の認められる遺伝子の一つとして、SORT1遺伝子が知られている(非特許文献12〜19)。しかしながら、SORT1遺伝子にコードされる蛋白質ソルチリンをヒト体液中における動脈硬化判定の指標とするためには、血中や尿中にソルチリンが存在し、かつ、そのレベルが、動脈硬化の進行と関わる疾患において変動することが必要であるが、未だそのような現象は認められていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、動脈硬化に関連する新たな生体マーカーを確立すべく鋭意検討を行った結果、驚くべきことにSORT1遺伝子産物であるソルチリンの可溶性蛋白質がヒトの血中において認められることを突き止めた。そして、動脈硬化に伴って引き起こされる疾患のうち、典型的な冠動脈性心疾患群、及び、その発症率が極めて高いとされる家族性高コレステロール血症群、さらには家族性高コレステロール血症を除く脂質異常症群において、血中の可溶性ソルチリンは健常人群に比して明らかに低値であることが認められ、逆に糖尿病患者群においては高値であることが認められた。
【0008】
すなわち、本発明は、ヒト血液検体における可溶性ソルチリンを定量検出することによる、動脈硬化の判定方法(以下、本発明の判定方法ともいう)を提供する発明である。更には、本発明の判定方法による動脈硬化の判定は、動脈硬化の進行度の判定、動脈硬化性疾患の発症リスクの判定、動脈硬化性疾患の検出、及び、動脈硬化性疾患の治療効果の判定、からなる群から選ばれる1種以上を含む。さらに本発明の判定方法は、ヒト血液検体における可溶性ソルチリンの定量値が低値、または個人内で低値側に変動することを指標として、動脈硬化のリスクが高いと判定することが可能であり、あるいは、ヒト血液検体における可溶性ソルチリンの定量値が高値、または個人内で高値側に変動することを指標として、糖尿病患者での動脈硬化のリスクが高いと判定することが可能である。
【0009】
なお、ソルチリンの定量値が低値又は高値とは、当該定量値が健常人の標準範囲と比較して低値又は高値であることを意味するものである。健常人の標準範囲は、糖尿病、脂質異常症(家族性高コレステロール血症を含む)又は動脈硬化性疾患に罹患していない者を対象として統計学的に設定可能であるが、好ましくはソルチリンの定量値の「平均値±2SD(2x標準偏差値)」であり、当該対象者は可能な限り多人数であることが好ましく、具体的には50名以上であることが好ましい。
【0010】
ソルチリン(Sortilin)は、831アミノ酸からなる1回膜貫通型の蛋白質であり、細胞内蛋白質の選別、輸送を仲介するVps10pドメインを有する受容体ファミリーに属し、ヒトでは、脳、脊髄、心臓、骨格筋、甲状腺、胎盤、精巣における強い発現が認められることが知られている(非特許文献8)。また、ソルチリンが結合するリガンドとして、ニューロテンシン(Neurotensin)、proBDNF(Brain-derived neurotrophic factor)、proNGF(Nerve growth factor)等の神経系ペプチドや、RAP(Receptor-associated protein)、LPL(Lipoprotein lipase)、アポリポプロテインA-V(ApoA-V)等の脂質代謝関連蛋白質、サイログロブリン(Thyroglobulin)等の多様な蛋白質が報告されている。
【0011】
さらにソルチリンに関する事項として、下記(1)〜(8)が報告されている。
(1)神経系ペプチドproBDNF、proNGFによる神経細胞死の誘導において、p75 NTR (Neurotrophin receptor)の共受容体として働く(非特許文献1,2)。
(2)脂肪細胞において、糖輸送担体GLUT4(Glucose transporter 4)の貯蔵小胞の形成を促進する(非特許文献3)。
【0012】
(3)骨芽細胞分化を抑制するLPLの取り込み分解を介して、骨形成の促進に働く(非特許文献4,5)。
(4)ApoA-Vを取り込み分解する(非特許文献6)。
(5)甲状腺上皮細胞内でのサイログロブリンのリサイクルを促進する(非特許文献7)。
【0013】
(6)さらに、ゲノム統計解析的な手法から、動脈硬化促進因子の指標であるLDLコレステロール値や、冠動脈性心疾患、とSORT1遺伝子に関連性が見出されているが(非特許文献12〜19)、その一方で、脂質代謝や動脈硬化においてのソルチリンの生理的な役割は未だ明らかになっていない。
【0014】
(7)mRNAや蛋白質の発現の側面から、ソルチリンの発現量と血中コレステロール値との関連性が文献的に示唆されているが、その関連傾向は一致しておらず正反対の報告もあり、未だ定まったものではない。
【0015】
すなわち、非特許文献12および14ではそれぞれ、末梢血およびヒト肝臓でのソルチリンmRNA発現量が高い群の方が、コレステロール値が低く、冠動脈疾患の発症リスクが低いことが報告されている。さらに、非特許文献20では、ヒト肝臓でのソルチリンmRNAおよび蛋白質発現量が低い群の方が、コレステロール値が高く、さらにソルチリンを過剰発現させたマウスでは、血中コレステロール値の低下が認められ、ソルチリンmRNAを発現抑制させたマウスではLDLコレステロール値の上昇が認められることが報告されている。そして、非特許文献20は、血中LDLコレステロール値とソルチリン遺伝子(SORT1)の発現量の関連性が見られるのは肝臓においてであり、脂肪組織などではその関係性が見られないことから、この関連性は肝臓特異的であることを報告している。
【0016】
これらに対して特許文献1と非特許文献21では、ソルチリン欠損マウスにおいてLDLコレステロール値の低下が認められ、ソルチリンを肝臓で過剰発現させたマウスでは、血中コレステロール値の上昇が認められたことが開示されている。
【0017】
そして、これら非特許文献12、14、20、さらに、特許文献1と非特許文献21の報告は、いずれも血中のソルチリンを測定して評価したものではない。非特許文献22の報告は、血中にソルチリンが存在することを開示するものであるが、本願優先日以降に発行された文献であり、かつ、血中のソルチリン量を、動脈硬化を判定するための指標とすることを開示するものではない。
【0018】
(8)ソルチリンの局在については、大部分のソルチリンは細胞内の小胞体・ゴルジ体に存在し、細胞表面には殆ど出ていないことが報告されている(非特許文献7、8、9)。その一方で、培養細胞レベルでは、ソルチリンの細胞外ドメインが切れて、培養上清中に可溶性蛋白質として認められることが知られている(非特許文献10、11)。
【0019】
しかしながら、これらの報告では、神経系細胞など脳に局在する細胞や、大腸癌細胞株、またはソルチリン遺伝子を人工導入したげっ歯類の卵巣細胞などが使用されており、動脈硬化の背景として重要な脂質代謝を担う肝臓由来の細胞を用いた検討ではない。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、新たな動脈硬化の判定手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ソルチリンのアミノ酸配列とリコンビナント蛋白質(細胞外ドメイン)の発現領域を示した図面である。
【図2】精製組換え可溶性ソルチリン(rSortilin)をSDSポリアクリルアミド電気泳動後、銀染色を行った電気泳動像である。
【図3】抗ソルチリン抗体を用いたウェスタンブロットの反応性を示す図面である。
【図4−1】抗ソルチリン抗体M01、HPA006889、sc-30217、について、免疫沈降法によるヒト血清中の可溶性ソルチリンの検出の試みを示した図面である。
【図4−2】ポリクローナル抗体HPA006889における再度の免疫沈降法により、組換え可溶性ソルチリンに対する反応性の検討およびヒト血清中の可溶性ソルチリンの検出を行った結果を示した図面である。
【図5−1】ポリクローナル抗体AF3154を用いて免疫沈降法により、組換え可溶性ソルチリンに対する反応性の検討を行った結果を示す図面である。
【図5−2】ポリクローナル抗体AF3154を用いた免疫沈降法において、ヒト血清中の可溶性ソルチリンの検出を行った結果を示した図面である。
【図6】組換え可溶性ソルチリンを標準品として、ポリクローナル抗体AF3154を用いたELISAにより作成した検量線と、管理検体3サンプルを測定した結果のアッセイ間での精度、再現性を示した図面である。
【図7】ポリクローナル抗体AF3154を用いたELISAによるヒト血清における可溶性ソルチリンの測定結果であり、健常人と疾患群での定量値の比較を示した図面である。
【図8】調製したモノクローナル抗体における、Vps10pドメイン受容体ファミリー分子に対する特異性の確認の結果を示した図面である。
【図9】調製したモノクローナル抗体における、天然型ソルチリンへの反応性の確認を行った結果を示した図面である。
【図10】調製したモノクローナル抗体において、ヒト血清または血漿からの免疫沈降による特異性の確認を行った結果を示した図面である。
【図11】組換え可溶性ソルチリンを標準品として、抗ソルチリンモノクローナル抗体を用いたELISAにより作成した検量線と、管理検体を測定した結果のアッセイ間での精度、再現性を示した図面である。
【図12】抗ソルチリンモノクローナル抗体を用いたELISAによるヒト血清における可溶性ソルチリンの測定結果であり、健常人と疾患群での定量値の比較を示した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の判定方法における検出対象となる、血液検体におけるソルチリンは、そのアミノ酸配列が公知(NCBI リファレンス配列:NM_002959.4及びNP_002950.3, 配列番号1及び2、図1)の生体内蛋白質の全部又は一部である。好適には、ソルチリンの細胞外ドメインを含むものである。血液検体としては、赤血球、白血球、血小板、その他の細胞画分を凝集させて除いた血清、さらには、抗凝固剤を添加した後、細胞を除いた血漿が好適である。
【0023】
ソルチリンの検出は、ソルチリンに対する抗体を用いて、それと血液検体中のソルチリンとの抗原抗体反応を利用する検出手段を用いて行うことが好適である。具体的には、例えば、酵素免疫測定(ELISA)法、ラジオイムノアッセイ(RIA)法、免疫クロマトグラフィー法、ラテックス凝集比濁法、免疫沈降法、等を利用した解析法、ウェスタンブロット法を主体とした解析法等を例示することができる。これらの検出手段の中でも、その定量性と検出感度、安全性、簡便性、さらには、正確性ゆえに、ELISA法を選択することが好適である。また、近年、蛍光や化学発光、などを検出に利用した免疫測定(FEIA,CLIA,CLEIA,ECLIA)法なども同様に好適である。
【0024】
このような検出手段を行う前提として、ソルチリンに特異的に結合する抗体(モノクローナル抗体および/またはポリクローナル抗体:以下、ソルチリンに対する抗体ともいう)が必要である。上記検出方法を行うために用いる抗体の全部又は一部として、モノクローナル抗体を用いることは好適な態様である。
【0025】
ソルチリンに対する抗体の製造方法は、常法に従って行うことが可能であるが、抗原としてのソルチリンの全部又は一部が必要である。ソルチリンの入手法は、生体材料からの天然蛋白質や細胞株が自然発現している蛋白質を用いることも可能であるが、実質的には遺伝子工学的手法を用いてソルチリンの組換え蛋白質を製造することにより入手することができる。当該組み換え蛋白質は、上述したソルチリン遺伝子の塩基配列を参考にして、遺伝子増幅用プライマーを調製し、これを用いてRT−PCR法を行うことにより、ソルチリン遺伝子を遺伝子増幅産物として得て、これを組み込んだ発現ベクターを細胞等に導入することにより得た強制発現細胞より産生されるソルチリン組み換え蛋白質を、上述した通常公知の精製法により精製することにより、ソルチリンに対する抗体を製造するための抗原として用いることが可能な、ソルチリン組み換え蛋白質とすることができる。また、上記のソルチリン遺伝子の塩基配列を一部改変した、ソルチリン一部改変遺伝子がコードする改変組み換え蛋白質も、ソルチリンに対する抗原としての性質を失わない限り可能である。また、ここで使用される抗原としてのソルチリンは、必ずしもソルチリンの全部である必要はなく、その一部の断片ペプチドであってもよい。
【0026】
ソルチリンの一部の断片ペプチドは、ソルチリン遺伝子の一部断片を発現させたソルチリン断片や、ソルチリンのプロテアーゼ処理物、ホスファイト−トリエステル法(Ikehara,M.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,81,5956(1984)) 等を用いた固相法や液相法による化学合成ペプチド等を抗原として用いることができる。
【0027】
このようにして得られるソルチリンにおいて、特に、免疫抗原として用いるソルチリンが小分子の一部ペプチドである場合には、抗原の免疫原性を向上させるために、ハプテンを結合させることができる。ハプテンとしては、通常はハプテンとして用いられ得る物質を任意に選択することが可能であり、例えば、傘貝ヘモシアニン(KLH)、ニワトリ卵アルブミン(OVA)、牛血清アルブミン(BSA)等をハプテンとして選択することができる。
【0028】
所望のソルチリンに対する抗体が、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であるにかかわらず、免疫は一般的方法により、例えば、上記免疫抗原を、免疫の対象とする動物に静脈内、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内等で投与することにより行うことができる。
【0029】
ソルチリンに対するポリクローナル抗体は、ソルチリン分子の全部または一部を免疫抗原として、免疫した動物に由来する免疫血清から製造することができる。
【0030】
ソルチリンに対するモノクローナル抗体は、上記のポリクローナル抗体と同様の方法で、免疫した動物の免疫細胞と動物の骨髄腫細胞とのハイブリドーマを作出し、これによりソルチリン分子を認識する抗体を産生するクローンを選択し、このクローンを培養することにより製造することができる。
【0031】
上述したポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体は、公知技術、例えば、Nature
1992 Mar12;356, p152-154やJ.Immunol Methods Mar 1;249, p147-154を参考に、遺伝子免疫によっても調製が可能である。具体的にはソルチリン分子の全部または一部をコードする遺伝子を発現するベクターを直接動物に免疫する事によって製造することができる。
【0032】
また、免疫される動物も特に限定されるものではなく、マウス,ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ等を広く用いることができるが、モノクローナル抗体を製造する場合には、細胞融合に用いる骨髄腫細胞との適合性を考慮して選択することが望ましい。
【0033】
より具体的には、上記免疫抗原を所望により通常のアジュバントと併用して、免疫の対象とする動物に7〜21日毎を目安に上記手段により数回投与し、ポリクローナル抗体製造のための免疫血清またはモノクローナル抗体製造のための免疫細胞、例えば免疫後の脾臓細胞を得ることができる。
【0034】
モノクローナル抗体を作製する場合、公知のモノクローナル抗体作製方法、例えば、安藤民衛、千葉 丈、共著、「単クローン抗体実験操作入門」講談社(1991年)や、EdHarlow and David Lane,“Antibodies: A Laboratory Manual”, Cold Spring Harbor Laboratory, 1988に従い作製することができる。
【0035】
このようにして得られるポリクローナル抗体ないしモノクローナル抗体は、ソルチリンに特異反応性を有する抗体である。なお、本発明においては、ソルチリンに対する抗体の市販品を用いることも可能である。
【0036】
さらに、ソルチリンに対する抗体に、必要に応じて標識処理、すなわち、酵素標識処理、蛍光標識処理、アイソトープ標識処理等を、常法に従い行うことができる。
【0037】
血液検体中のソルチリンを捕捉し得る抗体は、固相に固定化された固定化抗体として用いられるのが、好適な態様の一つである。
【0038】
固相としては、例えば、マイクロプレートやビーズ(アガロースゲルやセファロースゲル、ラテックス粒子、磁性粒子など)、等が挙げられる。
【0039】
固定化方法は、固相の種類に応じた抗体の固定化方法における常法に従い行うことができる。
【0040】
例えば、マイクロプレートに対しては、常法に従った物理的な非特異的吸着法を行うことにより、抗体の固定化を行うことができる。また、ビーズに対しても、常法に従って固定化を行うことができる。例えば、化学的な架橋剤を用いた固定化や、ビオチン−アビジンのような他の物質間の親和性を利用して、予め化合物で抗体を標識し、その化合物に親和性のある固定化された蛋白質等を用いた固定化法、固定化された抗イムノグロブリン抗体やプロテインA等の抗体に親和性のある蛋白質を用いた固定化法等を行うことにより、抗体の固定化を行うことができる。
【0041】
上記のように、ソルチリンに対する抗体を用いて、検出手段に応じた要素を用いることによって、本発明の判定方法を行うことができる。
【0042】
検出手段がELISA法である場合には、例えば、マイクロプレートに固定化したソルチリンに対する抗体に、血液検体を接触させて、検体中の可溶性ソルチリンを固定化抗体に結合させ、この固相に結合した可溶性ソルチリンを、酵素標識した別のソルチリンに対する抗体等を用いて検出することにより、本発明の判定方法を行うことができる。また、固定化抗体と血液検体および酵素標識抗体を同時に反応させて検出することも可能である。
【0043】
また、検出手段として、免疫沈降法を利用する場合には、例えば、ビーズに固定化したソルチリンに対する抗体に、血液検体を接触させて、可溶性ソルチリンを固定化抗体に結合させ、この固相に結合した可溶性ソルチリンを分離して、この分離物から可溶性ソルチリンを検出することにより、本発明の判定方法を行うことができる。このソルチリンの検出方法としては、例えば、前記の分離物に対して電気泳動を行って、この電気泳動パターンの転写物に、ソルチリンに対する標識抗体を作用させて、可溶性ソルチリンのバンドを検出する、ウェスタンブロット法を挙げることができる。
【0044】
また、検出手段を、ウェスタンブロット法を主体とした方法とすることも可能である。例えば、血液検体から細胞を除いた細胞除外検体を、直接、電気泳動により分離し、その転写物に、ソルチリンに対する標識抗体を作用させて、バンドを検出することにより、血液検体中の可溶性ソルチリンを検出することができる。
【0045】
さらには、検出手段として、ラテックス凝集比濁法を用いることも可能である。例えば、ラテックス粒子に結合させたソルチリンに対する抗体に、血液検体を接触させて、液相中で抗原抗体反応による免疫複合体の凝集塊を形成させ、その濁度の変化を測定することにより、本発明の判定方法を行うことができる。
【0046】
このようにして、血液検体中の可溶性ソルチリンを定量検出することにより、当該定量値を指標として、検体提供者の動脈硬化の判定を行うことができる。動脈硬化性疾患としては、例えば、心筋梗塞や狭心症等の冠動脈性心疾患、脳梗塞、脳血栓などの脳血管障害が例示される。特に冠動脈性心疾患患者群、および当該疾患の発症リスク群となる家族性高コレステロール血症患者群、さらには家族性高コレステロール血症を除く脂質異常症群では、血清中の可溶性ソルチリンの定量値が健常者群よりも低値であることを示している。逆に、糖尿病患者の場合には、当該定量値は健常者群よりも高値傾向であることを示している。
【0047】
例えば、はじめて本発明の検出方法を行う個人に対しては、上記の基準で動脈硬化の判定を行うことが可能である。すなわち、ヒト血液検体中の可溶性ソルチリンの定量値が低い場合には、動脈硬化が進行していることと共に、上記のように冠動脈性心疾患等の動脈硬化性疾患の発症リスクが高まっていること又は当該疾患に罹患していることを判定可能である。当該定量値が高い場合には、糖尿病状態において動脈硬化が進行していることと共に、糖尿病状態において動脈硬化性疾患の発症リスクが高まっていること又は当該疾患に罹患していることを判定可能である。さらに、同一の個人において、経時的に本発明の判定方法によるヒト血液検体中の可溶性ソルチリンの定量値を追跡して、当該定量値が高値側又は低値側に偏る動きをモニターすることにより、継続的な健康管理を行うことが可能である。また、上記の基準で動脈硬化性疾患の治療効果の判定を行うことも可能である。例えば、既に動脈硬化性疾患に罹患しており、それを治療している者に対して、その治療効果をモニターすることも可能である。つまり、動脈硬化性疾患の治療前の血中の可溶性ソルチリンの定量値が低値又は高値である場合に、治療を行うことによって、当該定量値が標準値に近づいているのであれば動脈硬化性疾患の治療が有効に働いていることとして判定することが可能である。
【0048】
本発明は、本発明の判定方法を行うための判定用キットを提供する。すなわち、本発
明は、上記の判定を行うための要素を含む、判定用キット(以下、本発明の判定用キットともいう)を提供する発明でもある。
【0049】
本発明の判定用キットには、最低限、ソルチリンに対する抗体が要素として含まれる。
【0050】
例えば、検出手段が、ELISA法の場合には、固相に固定化されたまたは固定化するためのソルチリンに対する第1抗体、および/または、この固定化第1抗体が認識するエピトープとは別のソルチリン分子内エピトープを認識する検出用の第2抗体が、ELISA法の本判定用キットに要素として含まれることが好適である。また、第2抗体を検出するための検出試薬、ブロッキング液、希釈液、ソルチリン標準品等を、ELISA法の本判定用キットの要素として含めることも好適である。
【0051】
また、検出手段が、免疫沈降法を利用した解析法において、上記の例のように、ウェスタンブロット法を検出手段として組み合わせる場合には、血液検体における可溶性ソルチリンを捕捉するためのソルチリンに対する抗体、固定化されたまたは固定化するためのソルチリンに対する抗体、および/または、電気泳動のバンドとして分離される可溶性ソルチリンを検出するための、ソルチリンに対する検出抗体を、ウェスタンブロット法の本判定用キットの要素として含めることが好適である。また、ソルチリンに対する検出抗体を検出するための試薬、ブロッキング液、希釈液、転写膜等を、ウェスタンブロット法の本判定用キットの要素として含めることも好適である。
【0052】
さらに、検出手段が、ラテックス凝集反応を利用した解析法では、ラテックス粒子に結合させたソルチリンに対する抗体が、本判定用キットに要素として含まれることが好適である。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例により、具体的に説明するが、この実施例により、本発明の技術的範囲は限定されない。
【0054】
1.リコンビナント可溶性ソルチリンの調製
ヒト心臓由来の全RNAより、ソルチリンの細胞外ドメイン(アミノ酸番号1−755)に相当する相補鎖DNAをRT−PCRによって増幅し、pEF321ベクター (Kim DW, Gene. 1990 Jul 16;91(2):217-23)に組み込んだ。なお、上記PCRは、金属アフィニティー精製のために蛋白質のC末端にヒスチジン6残基が融合する形で発現するようプライマー配列を設定した(下記)。当該PCRの熱サイクルは、94℃ 2分の変性処理を行った後、「98℃ 10秒 → 65℃ 5秒 → 72℃ 4分」を50サイクル行い、最後に72℃ 7分の反応を行った。
【0055】
増幅用プライマー:
「gaccaattgatggagcggccctggggagctgcgg」(配列番号3:フォワードプライマー)、
「gaccaattgtcagtgatggtgatggtgatgatttgacttggaattctgtttttcc」(配列番号4:リバースプライマー)
を用いた。
【0056】
作製した発現ベクターを哺乳類動物細胞株CHO-K1に導入し、リコンビナント可溶性ソルチリンを安定的に発現するクローンCHO-K1/SORT1細胞を得た。この細胞を無血清・低蛋白質培地CHO-S-SFM II(インビトロジェン社製)で培養し、培養上清70mLをTALON Resin(クローンテック社製)1mLと混合し、4℃で一晩反応させた。TALON Resinをカラムにつめた後、25mM リン酸緩衝液 (pH 8.0)/500mM塩化ナトリウム 5mL、続いて20mM リン酸緩衝液 (pH 8.0) 5mLで洗浄し、20mM リン酸緩衝液 (pH 8.0)/200mM イミダゾール5mLで溶出した。別のカラム内で予め20mMリン酸緩衝液(pH 8.0)で平衡化しておいたDEAE‐Sepharose CL-6B 0.2mLに、上記溶出液をアプライし、20mMリン酸緩衝液(pH 8.0) 1mLで洗浄後、20mM リン酸緩衝液(pH 8.0) /200mM 塩化ナトリウム1mLで溶出し、これをリコンビナント(組換え)可溶性ソルチリン(rSortilin)とした。
【0057】
精製リコンビナント可溶性ソルチリン(rSortilin)を、SDSポリアクリルアミド電気泳動後、銀染色により検出した(図2)。
【0058】
2.市販抗ソルチリン抗体の反応性検討
4種類の抗ソルチリン抗体、M01(マウスモノクローナル抗体、Abnova社製)、sc-30217(ウサギポリクローナル抗体、SANTA CRUZ社製)、HPA006889(ウサギポリクローナル抗体、SIGMA社製)、AF3154(ヤギポリクローナル抗体、R&D systems社製)、の反応性をウェスタンブロッティング法で比較検討した。すなわち、リコンビナント可溶性ソルチリン(rSortilin)をSDSポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)により分離後、イモビロンP膜(ミリポア社製)に電気的に転写し、転写膜をブロッキング液となるスキムミルク含有0.1%ツイーン20/PBS(PBST)中に浸して4℃で一晩置き、次いでブロッキング液で希釈したソルチリン抗体に室温2時間反応させた。PBSTで洗浄後、ブロッキング液で希釈したペルオキシダーゼ標識された、抗マウスIgG抗体または抗ウサギIgG抗体または抗ヤギIgG抗体、に室温1時間反応させ、PBSTで洗浄後、ECLウェスタンブロッティング検出システム(GEヘルスケア社製)により検出した。その結果を図3に示す。
【0059】
使用した上記4種類の抗体において、M01は100ng、sc-30217は50ngまでの検出感度であったが、HPA006889およびAF3154は両者とも10ngまで検出でき、より高感度な抗体であった。
【0060】
3.市販抗ソルチリン抗体によるヒト血清における可溶性ソルチリンの検出
前述の4種類の抗ソルチリン抗体(M01、sc-30217、HPA006889、AF3154)を用いて、免疫沈降によりヒト血清中における可溶性ソルチリンの検出を以下のとおり試みた。
【0061】
免疫沈降1](抗ソルチリン抗体M01、sc-30217、HPA006889、による免疫沈降の検討)
3種の抗ソルチリン抗体およびコントロール抗体のそれぞれについて、Dynabeads M-280 抗マウスIgGまたは抗ウサギIgG(ベリタス社製) 1.0 x 107ビーズを0.1%BSA/PBST 1 mLに懸濁し、マグネットにて沈降回収し、この操作を計3回行ってビーズを洗浄した後、抗体を1 μg加え、室温2時間、転倒混和しながらビーズに結合させ、PBST 0.5 mLで3回洗浄した。rSortilinまたはヒト血清を添加して転倒混和しながら4℃、16時間反応させた後、PBST 0.5mLにて3回洗浄し、最終的にSDSサンプル液に懸濁してSDS-PAGEを行い、HPA006889抗体を使用して前述同様ウェスタンブロッティングで検出した。
【0062】
図4−1は、上記3種類の抗ソルチリン抗体による免疫沈降の結果であり、HPA006889のみがrSortilin(100ng)を免疫沈降することが確認され、図4−2において、その検出感度は50ngまで認められた。しかしながら、ヒト血清1mLからの免疫沈降においてはソルチリンの検出には至らず(図4−1)、特に、HPA006889のみについて、ヒト血清を2mLに増量して免疫沈降検討を行っても結果は同様であった(図4−2)。
【0063】
[免疫沈降2](抗ソルチリン抗体AF3154による免疫沈降の検討)
抗ソルチリン抗体AF3154およびコントロール抗体のそれぞれについて、0.1Mホウ酸緩衝液(pH9.5)で洗浄したDynabeads M-280 Tosyl-activated(ベリタス社製) 2.0 x 107ビーズあたり、抗体を2 μg加え、3M硫酸アンモニウム/0.1Mホウ酸緩衝液(pH9.5)中で4℃、20時間、転倒混和しながらビーズに結合させた後、上清液を捨て、0.5% 牛血清アルブミン(BSA)/PBS(pH 7.4) を加え、緩やかに攪拌しながら、室温、2時間反応させビーズを不活化した後、0.1% BSA/PBS(pH 7.4)で洗浄した。この抗体結合ビーズにrSortilinまたはヒト血清を添加して転倒混和しながら4℃、16時間反応させた後、PBST 0.5mLにて3回洗浄し、最終的にSDSサンプル液に懸濁してSDS-PAGEを行い、AF3154またはHPA006889抗体を使用して、前述の免疫沈降1と同様にウェスタンブロッティングで検出した。
【0064】
図5−1は、抗ソルチリン抗体AF3154によるrSortilinの免疫沈降を示したウェスタンブロッティング像である。その検出感度は5ngであり、HPA006889抗体を用いた結果(図4−2)より大幅に上昇した。また、図5−2では、抗ソルチリン抗体AF3154によるrSortilinおよびヒト血清1mLからの免疫沈降の結果を示しているが、ヒト血清4検体のいずれにおいてもrSortilinと同サイズのバンドが検出された。この結果から、ヒトの血清中に可溶性ソルチリン蛋白質が存在していることが明らかとなった。
【0065】
4.ポリクローナル抗体を用いたヒト血清中可溶性ソルチリンの定量
(1)ヒト血清での可溶性ソルチリンレベルを定量するために、ELISA測定系を構築した。AF3154抗体をPBSで1μg/mLに希釈した液をイムノプレート(Nunc)に100μl/wellで添加し、4℃一晩静置した後、液を捨て1%BSA/PBSを200μl/well添加し、室温2時間ブロッキングした。PBSTで洗浄後、0.3%BSA/PBSTで希釈したrSortilinまたはヒト血清(管理検体1〜3)を100μl/wellで添加し、室温2時間静置した。反応後PBSTで洗浄し、ペルオキシダーゼで酵素標識したAF3154抗体0.1μg/mLを100μl/wellで添加し、室温にて1時間反応させ、再度PBSTで洗浄した。o-フェニレンジアミン塩酸塩 (SIGMA社製) 5mgを蒸留水12.5mLで溶解した液に、3% 過酸化水素水を50μl添加した酵素基質液を上記プレートに100μl/well添加し、室温30分間発色させた後、1M硫酸100μl/wellを添加して酵素反応を停止し、Multiskan Ascent(Thermo Labsystems社製)にて各ウェルの吸光度を波長492nm(バックグラウンド690nm)で測定した。
【0066】
結果を図6に示す。図6に示したソルチリンELISA系は、0.16-20 ng/mLの範囲で良好な標準曲線が得られ、管理検体の測定再現性も変動係数5%以下と良好であった。
【0067】
(2)上記(1)のELISA測定系を用いて健常人および患者疾患群における血清中可溶性ソルチリンの定量検出を行った結果を図7に示す。
【0068】
各群の血清中ソルチリン量の平均値±標準偏差値は、健常人群(n=153)では23.6 ± 5.1 ng/mL (範囲 9.0-38.4 ng/mL)であるのに対し、家族性高コレステロール血症患者群(n=26)では平均15.6 ± 3.9 ng/mL (範囲 10.5-26.9 ng/mL)、冠動脈性心疾患患者群(n=100)では平均19.3 ± 6.0 ng/mL (範囲 6.4-39.1 ng/mL)であり、家族性高コレステロール血症、および冠動脈疾患群において有意に低下していることが認められた(両者ともP<0.0001)。さらに、糖尿病患者群(n=24)の血清中ソルチリン量は平均29.3 ±11.6 ng/mL (範囲 12.9-59.9 ng/mL)であり、健常者群と比較して有意に高値であることが認められた(P=0.0153)。
【0069】
5.抗ヒトソルチリンモノクローナル抗体の調製
(1)抗ヒトソルチリンモノクローナル抗体産生ハイブリドーマの調製
ヒトソルチリンの細胞外ドメイン(配列番号1のアミノ酸番号1−755)を発現するベクターpEF321またはpcDNA3.1ベクター(インビトロジェン社製)を免疫原としてマウスに遺伝子免疫を行った。
【0070】
遺伝子免疫は、1回あたりPBSに溶解した発現ベクター30〜50μgをBALB/cマウス(6週齢、雌)の尾部皮下に投与した。免疫は10日〜2週間おきに合計8回行った。
最終免疫から2週間後に、25μgの精製リコンビナント可溶性ソルチリン(rSortilin)をマウス腹腔内に投与した。腹腔内投与から3日後にマウス脾臓を摘出し、脾細胞を回収した。脾細胞はポリエチレングリコール1500溶液(ロシュ・ダイアグノスティクス社製)にてマウス骨髄腫細胞(SP2/0-Ag14)と融合させた。融合した細胞(ハイブリドーマ)は3%ハイブリドーマクローニングファクター(HCF、エアブラウン社製)、1X HAT(シグマ社製)および10%fetal bovine serum(FBS、ニチレイ社製)含有RPMI培地で選択した。抗ソルチリンモノクローナル抗体の産生細胞は、前述の抗ソルチリン抗体AF3154を固相化したマイクロプレートを用いたrSortilinのサンドイッチELISA法によって選別した。すなわち、各ウェル当たり100ngの抗ソルチリン抗体AF3154を固相化し、各ウェルを1%bovine serum albumin(BSA、シグマ社製)含有PBSでブロッキングした。各ウェルを0.1% Tween20含有PBS(PBST)洗浄液で洗浄後、100μLのCHO-K1/SORT1細胞の培養上清を添加し、4℃で一晩反応した。各ウェルを洗浄後、100μLの各ハイブリドーマの培養上清を添加し、室温下で2時間反応した。各ウェルを洗浄後、5000倍に希釈したペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体(インビトロジェン社製)を加えて、室温下で1時間反応した。各ウェルを洗浄後、100μLの発色溶液[0.012%過酸化水素、0.4mg/mL OPD(o-phenylenediamine dihydrochloride、シグマ社製)含有クエン酸リン酸緩衝液、pH5.0]を添加し、室温下で30分間反応させた。反応後、2N硫酸を添加し、反応を停止し、波長492nmの吸光度をマイクロプレートリーダーで測定し、発色を示すウェルを陽性として選別した。抗ソルチリンモノクローナル抗体産生ハイブリドーマはさらに限界希釈法によりクローニングし、最終的に細胞株を9クローン樹立した。
【0071】
(2)ハイブリドーマからのモノクローナル抗体の調製
プリステン(0.5ml/匹、シグマ社製)を予め腹腔内に投与したBALB/cマウス(8週齢、雄)に一匹あたりハイブリドーマ細胞106〜107個/0.5mLを腹腔内に注入した。注入10日後、マウスを開腹し、腹水を採取した。得られた腹水は、遠心にて細胞成分を取り除き、上清に等量の氷冷した飽和硫酸アンモニウム溶液を加えて混和し、氷冷し2時間放置した。次いで、10000×gで10分間遠心後、上清を捨て、沈殿を結合溶液(3M塩化ナトリウム含有1.5Mグリシン溶液、pH 8.9)に溶解し、Protein Aセファロース(GEヘルスケア社製)と混和し、4℃で一晩転倒混和した。結合させたProtein Aセファロースをカラムに充填し、6倍量の結合溶液にて洗浄後、溶出溶液(0.1Mクエン酸溶液、pH4.0)で1mLずつ溶出した。溶出された画分は、0.1mLの2Mトリス溶液(pH10.0)で中和した。各溶出画分の吸光度(280nm)を測定し、モノクローナル抗体の溶出画分を回収した。回収したモノクローナル画分はPBSにて透析(4℃、一晩)し、精製モノクローナル抗体を得た。
【0072】
得られたモノクローナル抗体のアイソタイプは、マウスモノクロナール抗体アイソタイプ決定用キット(ロシュ・ダイアグノスティクス社製)を用い、キット添付の操作手順に準じて測定した。ヒトソルチリンに対するモノクローナル抗体は、9種類とも全てIgG1であった。さらに、ペルオキシダーゼ標識化抗体を、Peroxidase Labeling Kit - SH(同仁化学研究所)を用いてキット説明書に従い作製した。
【0073】
これらのうち、モノクローナル抗体A9E、E12A、C3Gについて、下記のように抗体の反応性を確認した。
【0074】
(3)Vps10pドメイン受容体ファミリー分子に対する特異性の確認
ヒトのVps10pドメイン受容体ファミリー分子に対する抗体の特異性を調べるため、ソルチリン、SORL1、および、SORCS1、SORCS2、SORCS3への反応性をウェスタンブロット法により調べた。SORL1については、そのアミノ酸配列(NCBI リファレンス配列:NP_003096.1)のうち、ソルチリンとの相同性を示すVps10pドメインを含むアミノ酸番号1−773(配列番号5)の部位を、C末端にヒスチジン6残基が融合する形で発現ベクターによりCOS-7細胞にて発現させ、その培養上清中に分泌されたリコンビナント蛋白質(rSORL1)を用いた。SDS-PAGEにより非還元下にて、ヒトの各リコンビナント蛋白質、rSortilin、rSORL1、およびrSORCS1(R&D systems社製)、rSORCS2(R&D systems社製)、rSORCS3(R&D systems社製)を1レーンあたり50〜100ngで電気泳動し、蛋白質をゲルからイモビロンP膜(ミリポア社製)に電気的に転写し、転写膜をブロッキング液となるスキムミルク含有0.1%ツイーン20/PBS(PBST)中に浸して4℃で一晩置いた。次いでブロッキング液で希釈したAnti-His-HRP (C-term.) 抗体(ミルテニーバイオテク社製)またはペルオキシダーゼ標識されたモノクローナル抗体A9E、C3G、E12Aに室温1時間反応させ、PBSTで洗浄後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ検出した(図8)。その結果、モノクローナル抗体A9E、C3G、E12AはヒトのVps10pドメイン受容体ファミリー分子のうち、ソルチリンにのみ特異的に反応することが明らかとなった。
【0075】
(4)天然型ソルチリンへの反応性の確認
天然型ソルチリンへの反応性を調べるため、10%FBS含有DMEM培地(インビトロジェン社製)にて培養したヒト肝細胞株HepG2を、氷冷した細胞溶解液(1%TritonX100, 50mM Tris-HCl(pH7.5), 150mM NaCl, 1xcompleteプロテアーゼ阻害剤(ロシュ・ダイアグノスティクス社製))中で氷上にて溶解した後、4℃にて20,000xgで遠心分離した上清をHepG2細胞溶解液として作製した。前述同様にウェスタンブロットにて、HepG2細胞溶解液をペルオキシダーゼ標識されたモノクローナル抗体A9E、C3G、E12Aにより検出した(図9)。その結果、モノクローナル抗体A9E、C3G、E12A はHepG2細胞株が発現する天然型ソルチリンに反応する抗体であることが明らかとなった。
【0076】
(5)ヒト血清または血漿からの免疫沈降による特異性の確認
上記3種の抗ソルチリンモノクローナル抗体およびコントロール抗体のそれぞれについて、Dynabeads M-280 抗マウスIgG(ベリタス社製) 1.0 x 107ビーズを0.1%BSA/PBST 0.5 mLに懸濁し、マグネットにて沈降回収し、この操作を計3回行ってビーズを洗浄した後、モノクローナル抗体1μgを加え、室温2時間、転倒混和しながらビーズに結合させ、PBST 0.5 mLで3回洗浄した。ヒトの血清または血漿0.5mLを添加して転倒混和しながら4℃、16時間反応させた後、PBST 0.5mLにて3回洗浄し、最終的にSDSサンプル液に懸濁して非還元にてSDS-PAGEを行った。前述同様にウェスタンブロットにて、上記の免疫沈降物をペルオキシダーゼ標識されたA9E抗体により検出した結果、3種のモノクローナル抗体A9E、C3G、E12Aによるヒト血清または血漿からの免疫沈降によってソルチリンが検出された(図10)。血清または血漿中より検出されたソルチリンは、HepG2細胞株および血小板中に発現する全長膜型のソルチリンより小さく、リコンビナント可溶性ソルチリン(rSortilin)と同じサイズであった。このことからモノクローナル抗体によっても、ヒトの血液中に可溶性ソルチリン蛋白質が存在していることが示された。さらに、今回作製した3種のモノクローナル抗体A9E、C3G、E12Aがヒト血清または血漿中の可溶性ソルチリンを免疫沈降できる抗体であることが明らかとなった。
【0077】
6.抗ソルチリンモノクローナル抗体によるヒト血中可溶性ソルチリンの定量
(1)ヒト血中可溶性ソルチリンレベルを定量するために、抗ソルチリンモノクローナル抗体を使ってELISA測定系を構築した。モノクローナル抗体A9EをPBSで0.5μg/mLに希釈した液をイムノプレート(Nunc)に100μl/wellで添加し、4℃一晩静置した後、液を捨て1%BSA/PBSを200μl/well添加し、室温2時間ブロッキングした。PBSTで洗浄後、0.3%BSA/PBSTで希釈したリコンビナント可溶性ソルチリン(rSortilin)または検体を100μl/wellで添加し、室温2時間静置した。反応後PBSTで洗浄し、ペルオキシダーゼで酵素標識したモノクローナル抗体E12A 0.02μg/mLを100μl/wellで添加し、室温にて1時間反応させ、再度PBSTで洗浄した。テトラメチルベンジジン溶液(ダコ社製)を上記プレートに100μl/well添加し、室温30分間発色させた後、1N硫酸100μl/wellを添加して酵素反応を停止し、Multiskan Ascent(Thermo Labsystems社製)にて各ウェルの吸光度を波長450nm(バックグラウンド560nm)で測定した。
【0078】
結果を図11に示す。図11に示したモノクローナル抗体によるソルチリンELISA系は、0.039-2.5 ng/mLの範囲で良好な標準曲線が得られ、管理検体の測定再現性も変動係数5%以下と良好であった。
【0079】
(2)上記(1)のモノクローナル抗体によるELISA測定系を用いて健常人および患者疾患群における血清中の可溶性ソルチリンの定量検出を行った結果を図12に示す。
各群の血清中可溶性ソルチリン量の平均値±標準偏差値は、健常人群(n=153)では45.6 ± 8.8 ng/mL (範囲 26.1-67.3 ng/mL)であるのに対し、脂質異常症患者群(n=23)では平均40.0 ± 11.1 ng/mL (範囲 23.5-63.8 ng/mL)、家族性高コレステロール血症患者群(n=26)では平均31.5 ± 6.2 ng/mL (範囲 22.4-47.1 ng/mL)、冠動脈性心疾患患者群(n=143)では平均36.2 ± 9.7 ng/mL (範囲 14.2-77.4 ng/mL)であり、血中可溶性ソルチリン量の有意な低下が、脂質異常症(P<0.01)、家族性高コレステロール血症(P<0.0001)、および冠動脈性心疾患(P<0.0001)の患者群において認められた。さらに、糖尿病患者群(n=24)の血中可溶性ソルチリン量は平均50.6 ±19.1 ng/mL (範囲 25.5-100.1 ng/mL)であり、健常者群と比較して高値傾向にあることが認められた。
【0080】
(3)上記(1)のモノクローナル抗体によるELISA測定系を用いて健常人および糖尿病患者群における血漿中の可溶性ソルチリンの定量検出を行った結果、血中可溶性ソルチリン量は、健常者群と比較して有意に高値であることが認められた。
【0081】
以上より、ヒト血中において、可溶性ソルチリンの存在が確認され、冠動脈性心疾患、家族性高コレステロール血症および脂質異常症の患者群では健常人に比べそのレベルが低いこと、糖尿病患者では健常人に比べそのレベルが高いことが示され、血中可溶性ソルチリンが動脈硬化の判定のマーカーに応用できることが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト血液検体における可溶性ソルチリンを定量検出することによる、動脈硬化の判定方法。
【請求項2】
動脈硬化の判定は、動脈硬化の進行度の判定、動脈硬化性疾患の発症リスクの判定、動脈硬化性疾患の検出、及び、動脈硬化性疾患の治療効果の判定、からなる群から選ばれる1種以上である、請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
ヒト血液検体における可溶性ソルチリンの定量値が低値、または個人内で低値側に変動することを指標として、動脈硬化のリスクが高いと判定する、請求項1又は2に記載の判定方法。
【請求項4】
ヒト血液検体における可溶性ソルチリンの定量値が高値、または個人内で高値側に変動することを指標として、糖尿病患者の動脈硬化のリスクが高いと判定する、請求項1又は2に記載の判定方法。
【請求項5】
ヒト血液検体は血清検体又は血漿検体である、請求項1〜4のいずれかに記載の判定方法。
【請求項6】
ソルチリンに対する抗体の1種又は2種以上と、検体中の可溶性ソルチリンとの抗原抗体反応を利用した免疫学的測定方法を定量検出手段とする、請求項1〜5のいずれかに記載の判定方法。
【請求項7】
ソルチリンに対する抗体はモノクローナル抗体である、請求項6に記載の判定方法。
【請求項8】
免疫学的測定方法はELISA法である、請求項7に記載の判定方法。
【請求項9】
ソルチリンに対する抗体を構成に含む、請求項1〜8のいずれかに記載の判定方法を行うための、判定用キット。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図2】
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【図3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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