説明

タテジマフジツボ幼生の着生を誘起するタンパク質

【課題】タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起することのできるタンパク質、及び当該タンパク質を用いたタテジマフジツボ幼生用誘引剤、更にはタテジマフジツボ幼生の誘引方法を提供する。
【解決手段】タテジマフジツボの成体の抽出物から得らる、特定な配列からなるアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有するタンパク質。当該タンパク質は海水に溶解して分散した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タテジマフジツボ幼生の着生を誘起するタンパク質に関する。さらに詳述すると、本発明は、タテジマフジツボの付着期幼生の着生を誘起するフェロモン様タンパク質と、このタンパク質を利用したタテジマフジツボ幼生用誘引剤、誘引基材及び誘引方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フジツボは、海洋構築物や火力・原子力発電所の冷却水路系、船舶、魚網等へ付着することにより損害を引き起こす代表的な汚損生物である。例えば、火力・原子力発電所の冷却水路系にフジツボが付着すると、冷却水の流量が流動抵抗の増大により低下し、復水器の冷却効率が低下してしまう。また、復水器管内にフジツボが付着したり、剥がれたフジツボが詰まることにより管壁が腐食される。そこで、各発電所では、付着したフジツボを機械的に除去したり、フジツボの付着を抑制するための様々な防除対策を実施している。例えば、防汚塗料を冷却水路系や復水器管等に塗布したり、あるいは塩素を注入することによって、フジツボ幼生の付着の抑制が図られている(非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、防汚塗料や塩素を使用する方法では、フジツボ幼生の付着を十分に防ぐことができてないのが現状である。しかも、防汚塗料や塩素の使用は、環境に対し悪影響を及ぼす虞がある。
【0004】
そこで、フジツボ類の着生に影響を与えている要因の一つである着生誘起フェロモンを利用することによって、環境に悪影響を及ぼすことなく、フジツボ類の付着を防止する技術が提案されている(非特許文献2)。この付着防止技術は、基盤等に吸着することによってタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する、76,88および99kDaのサブユニットからなる糖鎖結合型タンパク質複合体(以下、SIPCと呼ぶ)を利用することによってタテジマフジツボ幼生の付着を制御するものである。
【0005】
SIPCを表面に吸着させた基盤等を海水中に配置することによって、この基盤の表面近傍でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起し、基盤の表面に付着させることができる。したがって、タテジマフジツボ幼生の着生域を変更させて、海洋構築物や火力・原子力発電所の冷却水路系、船舶、魚網等へのタテジマフジツボ幼生の付着を抑えることができる。
【非特許文献1】坂口 勇(2003). 発電所の汚損生物対策技術の展望. Sessile Organisms 20(1), 15-19.
【非特許文献2】K.Matsumura, M.Nagano and N.Fusetani(1998). Purification of a larval settlement-inducing protein complex(SIPC) of the barnacle, Balanus amphitrite. J. Exp. Zool.,281,12-20.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
SIPCは、基盤等に吸着した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を示すことから、SIPCは基盤に吸着させて用いることが必須条件となる。したがって、タテジマフジツボ幼生の着生を誘起し得る範囲は基盤表面の近傍に制限される。
【0007】
しかしながら、タテジマフジツボ幼生の着生を誘起し得る範囲が基盤表面の近傍に制限されると、海水中に広範囲に存在しているタテジマフジツボ幼生の着生を十分に誘起できない問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起することのできるタンパク質を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、海水中に広範囲に存在しているタテジマフジツボ幼生を所望の位置に誘引することのできる誘引剤、誘引基材及び誘引方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる課題を解決するため、本願発明者が鋭意研究を行ったところ、タテジマフジツボ成体の抽出物に含まれている複数のタンパク質のうち、ある特定のアミノ酸配列と分子量とを有するタンパク質が、海水に溶解して分散した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を示すことを知見した。また、このタンパク質の濃度勾配を海水中に形成した際のタテジマフジツボ幼生の挙動について調べたところ、この濃度勾配の高濃度側にタテジマフジツボ幼生を誘引できることを知見した。これらの知見に基づき、本発明に至った。
【0011】
かかる知見に基づく請求項1記載のタンパク質は、タテジマフジツボ(Balanus amphitrite)の成体の抽出物から得られ、配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有するタンパク質である。
【0012】
このタンパク質は、海水に溶解して分散した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を有する新規タンパク質である。
【0013】
請求項2記載のタテジマフジツボ幼生用誘引剤は、請求項1記載のタンパク質が基盤表面または担体に担持されているものである。また、請求項3記載のタテジマフジツボ幼生用誘引剤は、請求項1記載のタンパク質が固形状に成形されているものである。
【0014】
請求項2及び3記載のタテジマフジツボ幼生用誘引剤によると、誘引剤を海水中に配置したときに、誘引剤からタンパク質が徐々に溶出して広範囲に拡散し、タテジマフジツボ幼生の着生が広範囲に誘起される。また、誘引剤からタンパク質が徐々に溶出することによって、誘引剤と中心としたタンパク質の濃度勾配が形成され、誘引剤の周辺にタテジマフジツボ幼生が誘引される。
【0015】
請求項4記載のタテジマフジツボ幼生用誘引基材は、請求項1記載のタンパク質が基材表面に付着されているものである。
【0016】
請求項4記載のタテジマフジツボ幼生用誘引基材によると、誘引基材を海水中に配置したときに、誘引基材の表面からタンパク質が徐々に溶出して広範囲に拡散し、タテジマフジツボ幼生の着生が広範囲に誘起される。また、誘引剤からタンパク質が徐々に溶出することによって、誘引基材を中心としたタンパク質の濃度勾配が形成され、誘引基材にタテジマフジツボ幼生が誘引される。
【0017】
請求項5記載のタテジマフジツボ幼生の誘引方法は、請求項1記載のタンパク質をタテジマフジツボ幼生の誘引対象領域に持続的に供給し、誘引対象領域を中心としたタンパク質の濃度勾配を形成するようにしている。したがって、海水中の広範囲にタンパク質が拡散してタテジマフジツボ幼生の着生が広範囲に誘起され、タンパク質濃度が高濃度の誘引対象領域にタテジマフジツボ幼生が誘引される。
【発明の効果】
【0018】
請求項1記載のタンパク質によれば、海水に溶解して分散した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を示すので、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起することが可能となる。
【0019】
請求項2及び3記載のタテジマフジツボ幼生用誘引剤によれば、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起して、誘引剤の周辺に誘引することができる。したがって、海水中に広範囲に存在しているタテジマフジツボ幼生を所望の位置に誘引することが可能となる。
【0020】
請求項4記載のタテジマフジツボ幼生用誘引基材によれば、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起して、誘引基材に誘引することができる。したがって、海水中に広範囲に存在しているタテジマフジツボ幼生を所望の位置に誘引することが可能となる。
【0021】
請求項5記載のタテジマフジツボ幼生の誘引方法によれば、誘引対象領域を中心としたタンパク質の濃度勾配を形成するようにしているので、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起して、誘引対象領域に誘引することができる。したがって、海水中に広範囲に存在しているタテジマフジツボ幼生を所望の誘引対象領域に誘引することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0023】
本発明のタンパク質は、タテジマフジツボ成体の抽出物から得られ、配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有するタンパク質である。
【0024】
配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有しているタンパク質と一致ないしは類似するタンパク質は、EMBL/Genbank/DDBJタンパク質データベース上には存在しない。このことから、本発明のタンパク質は新規タンパク質である。
【0025】
また、本発明のタンパク質の分子量は32kDaであり、非特許文献2において開示されている糖鎖結合型タンパク質複合体のサブユニット(分子量76,88及び98kDaのタンパク質)とは、その分子量を異にしている。尚、32kDaという分子量は、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により測定される分子量を意味している。
【0026】
本発明のタンパク質は、タテジマフジツボ成体抽出物をタンパク質濃縮処理した後、カラムクロマトグラフィーを利用してタンパク質精製を行うことで得られる。
【0027】
タテジマフジツボ成体抽出物は、タテジマフジツボ成体の全組織をTris−HCl緩衝液中でホモジナイズした後、遠心分離により上清を回収することにより得られる。このタテジマフジツボ成体抽出物には、本発明のタンパク質を含む複数のタンパク質が混在している。
【0028】
タンパク質濃縮は、例えば硫酸アンモニウムを用いた塩析処理により行うことができる。
【0029】
カラムクロマトグラフィーは、ゲルろ過、陰イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの順で行う。陰イオン交換クロマトグラフィーの溶出液にはNaCl溶液を用いればよい。また、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーの溶出液にはKHPO溶液を用いればよい。
【0030】
ゲルろ過に用いるゲル粒子としては、例えば東ソー株式会社製のTOYOPEARL HW−55Fを用いることができるが、これに限定されるものではなく、このゲル粒子と同一または類似の性質・機能を有するものを用いることができる。
【0031】
陰イオン交換クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、例えば東ソー株式会社製のTOYOPEARL SuperQ−650Mを用いることができるが、これに限定されるものではなく、このカラムと同一または類似の性質・機能を有するものを用いることができる。
【0032】
ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーに用いるカラムとしては、例えばバイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社製のMacro−prep ceramic hydroxy apatite,TypeII,40μmを用いることができるが、これに限定されるものではなく、このカラムと同一または類似の性質・機能を有するものを用いることができる。
【0033】
図1〜図3に各カラムクロマトグラフィーからのタンパク質溶出パターンと本発明のタンパク質を含むフラクション(図中の斜線領域)を示す。カラムクロマトグラフィー操作によって、配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有するタンパク質を単離することができる。
【0034】
本発明のタンパク質は、海水に溶解して分散した状態でタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する機能を示す、タテジマフジツボ幼生に対する拡散性の着生誘起フェロモン様タンパク質である。したがって、非特許文献2において開示されている糖鎖結合型タンパク質複合体SIPCのように、基盤等に吸着させて用いる必要がなく、海水中に分散させることによって、海水中の広範囲にタンパク質を拡散させ、タテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起することができる。
【0035】
ここで、タテジマフジツボ幼生の着生を誘起する本発明のタンパク質の濃度は、少なくとも0.1μg/mLであるが、1.0μg/mL以上とすることが好ましい。0.1μg/mL未満とすると、タテジマフジツボ幼生の着生を十分に誘起できない。1.0μg/mL以上とすることで、約70%以上のタテジマフジツボ幼生の着生を誘起することができる。タンパク質濃度の上限値については、特に限定されないが、10μg/mLで80%程度のタテジマフジツボ幼生の着生を誘起することができることが確認されたことから、1.0μg/mL〜10μg/mLとすることで、タテジマフジツボ幼生の着生を十分に誘起することができ、好ましい。
【0036】
また、本発明のタンパク質をタテジマフジツボ幼生の誘引対象領域に持続的に供給し、誘引対象領域を中心としたタンパク質の濃度勾配を形成することによって、誘引対象領域にタテジマフジツボ幼生を誘引することができる。
【0037】
本発明のタンパク質をタテジマフジツボ幼生の誘引対象領域に持続的に供給することによって、誘引対象領域からタンパク質が海水中に拡散し、誘引対象領域を中心としたタンパク質の濃度勾配が形成される。つまり、誘引対象領域を高濃度側とし、誘引対象領域から離れるに従ってタンパク質濃度が低下する濃度勾配が形成される。したがって、海水中の広範囲に拡散されたタンパク質によってタテジマフジツボ幼生の着生を広範囲に誘起し、タンパク質の濃度勾配の高濃度側である誘引対象領域に誘引することができる。この作用を利用することによって、タテジマフジツボ幼生を、海水中の広い範囲から所望の位置に誘引することができる。誘引したタテジマフジツボ幼生は、誘引対象領域にタテジマフジツボ幼生が着生し得る基盤や網などの着生用部材を配置し、これに付着させて捕捉することができる。
【0038】
本発明のタンパク質をタテジマフジツボ幼生の誘引対象領域に持続的に供給する方法としては、例えば、本発明のタンパク質の水溶液を送液ポンプを用いて誘引対象領域に送液する方法や、本発明のタンパク質を透過させ得る孔径の限外濾過膜等を備える密閉容器の中に本発明のタンパク質の水溶液を収容し、限外濾過膜から徐々にタンパク質を通過させて供給する方法が挙げられる。
【0039】
また、本発明のタンパク質を担体に担持させて誘引剤とし、この誘引剤を誘引対象領域に配置するようにしてもよい。
【0040】
担体としては、本発明のタンパク質を担持でき、本発明のタンパク質の海水中への溶出を阻害することがなく、且つタテジマフジツボ幼生の着生の誘起を阻害することのないものを用いることができる。例えば、アガロース、コラーゲン、フィブリン、アルブミン、カゼイン、セルロースファイバー、セルローストリアセタート、寒天、アルギン酸カルシウム、カラギーナン等の天然高分子や、ポリアクリルアミド、ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリル酸、ポリビニルクロリド、γ−メチルポリグルタミン酸、ポリスチレン、ポリビニルピロリドン、ポリジメチルアクリルアミド、ポリウレタン、光硬化性樹脂(ポリビニルアルコール誘導体、ポリエチレングリコール誘導体、ポリプロピレングリコール誘導体、ポリブタジエン誘導体等)等の合成高分子が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0041】
また、本発明のタンパク質を固形状に成形して誘引剤とし、この誘引剤を誘引対象領域に配置するようにしてもよい。
【0042】
固形状の誘引剤は、例えば、本発明のタンパク質をバインダー材料等と混合して加圧成形することにより得ることができるが、固形状の誘引剤の製造方法はこの方法に限定されるものではない。
【0043】
また、本発明のタンパク質を基材の表面に付着させて誘引基材とし、この誘引基材を誘引対象領域に配置するようにしてもよい。この場合、基材の材質がタテジマフジツボ幼生を着生し得る材質であれば、誘引対象領域に着生用部材を配置しなくても、誘引基材自体にタテジマフジツボ幼生を捕捉できる。
【0044】
基材としては、本発明のタンパク質に対し、ある程度の吸着性と溶出性を有するもの、即ち、本発明のタンパク質を一定時間その表面に保持し、誘引対象領域に配置することにより表面に保持されている本発明のタンパク質が徐々に溶出される基材を用いればよい。具体的には、コンクリート、スレート等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
このように、タテジマフジツボ幼生を所望の誘引対象領域に誘引することによって、タテジマフジツボ幼生の着生域を変更させることができ、海洋構築物や火力・原子力発電所の冷却水路系、船舶、魚網等へのタテジマフジツボ幼生の付着を抑えることができる。また、本発明は、タテジマフジツボを積極的に捕獲することを目的として用いることもできる。この際、例えば、タテジマフジツボ幼生を基材に付着させ、基材のみを溶解させることで、タテジマフジツボ幼生を基材から剥がす手間を省くことができる。また、タテジマフジツボ幼生を基材に付着させ、成体まで成長させた後に、基材を溶解して成体を得るようにしてもよい。つまり、本発明を利用してタテジマフジツボ幼生を基材に付着させることで、タテジマフジツボを所望の成長段階で得ることができる。これにより、タテジマフジツボの産業上の要請、例えば、養殖海産魚への餌料等の原料としての供給が容易になる。
【0046】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、誘引対象領域に配置する着生用基材の表面に、基盤等に吸着することによってタテジマフジツボ幼生の着生を誘起する、76,88および99kDaのサブユニットからなる糖鎖結合型タンパク質複合体SIPC(非特許文献2参照)を吸着させるようにしてもよい。この場合には、誘引対象領域に誘引されたタテジマフジツボ幼生を、着生用基材によってさらに誘引することができ、タテジマフジツボ幼生を効果的に誘引・捕捉することが可能となる。
【0047】
また、本発明のタテジマフジツボ幼生の誘引方法を、付着時期の予測技術に利用するようにしてもよい。例えば、本発明のタテジマフジツボ幼生の誘引方法を利用して特定海域で誘引されるタテジマフジツボ幼生の個体数変動の経時変化をモニタリングし、個体数変動の経時変化と海洋構築物等への付着時期との関係を示すデータを蓄積することによって、付着時期の予測を行うことができる。
【0048】
また、本発明のタンパク質は、タテジマフジツボ幼生の着生を特異的に誘起する機能を示すことから、形態分類学上の差異のみを頼りに種判定を行うことが極めて困難であるフジツボ幼生の種判定技術にも利用することができる。
【実施例】
【0049】
以下に、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
(1.タンパク質の精製)
タテジマフジツボ成体の全組織に対し、1.5倍量(w/v)のTris−HCl緩衝液(50mM, pH7.5)を加えてホモジナイズした後、遠心分離により上清を回収した。次に、回収した上清に硫酸アンモニウム溶液(70重量%)を加えて塩析し、回収した上清のタンパク質を濃縮させた。
【0051】
次に、カラムクロマトグラフィーを用いて、タンパク質の精製を行い、分子量32kDaのタンパク質を得た。カラムクロマトグラフィーは、以下に示す(A)〜(C)の順で行った。
(A)ゲルろ過
(B)陰イオン交換クロマトグラフィー
(C)ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー
【0052】
ゲルろ過は、ゲル粒子として東ソー株式会社製のTOYOPEARL HW−55Fを用いて行った。ゲルろ過におけるタンパク質溶出パターンを図1に示す。斜線で示した領域(33mL〜63mL)のタンパク質溶出液をフラクションとして分取した。
【0053】
陰イオン交換クロマトグラフィーは、カラムとして東ソー株式会社製のTOYOPEARL SuperQ−650Mを用い、溶出液としてNaCl溶液を用いて行った。陰イオン交換クロマトグラフィーにおけるタンパク質溶出パターンを図2に示す。斜線で示した領域(160mL〜185mL)のタンパク質溶出液をフラクションとして分取した。尚、図2における破線は、溶出液として用いたNaCl溶液の濃度(右縦軸,単位mM)の勾配を表している。
【0054】
ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーは、カラムとしてバイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社製のMacro−prep ceramic hydroxy apatite,TypeII,40μmを用い、溶出液としてKHPO溶液を用いて行った。ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーにおけるタンパク質溶出パターンを図3に示す。斜線で示した領域(120mL〜145mL)のタンパク質溶出液をフラクションとして分取した。尚、図3における破線は、溶出液として用いたKHPO溶液の濃度(右縦軸,単位mM)の勾配を表している。
【0055】
上記カラムクロマトグラフィーにより精製したタンパク質の分子量をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS−PAGE)により測定した結果を図4に示す。図4において、左側の電気泳動結果は分子量マーカーを示し、右側の電気泳動結果は上記カラムクロマトグラフィーにより精製したタンパク質を示している。この測定結果から、精製したタンパク質の分子量が約32kDaであることが確認された。また、他の分子量のタンパク質は検出されなかった。このことから、上記カラムクロマトグラフィーを用いることにより、32kDaのタンパク質を高純度に精製できることが明らかとなった。
【0056】
(2.着生誘起活性の確認)
上記方法で精製された32kDaのタンパク質(以下、単に精製タンパク質と呼ぶこともある。)のタテジマフジツボ幼生に対する着生誘起活性を確認する試験を実施した。
【0057】
ポリスチレン製の24穴プレートを用意し、以下の(A)の条件の滅菌海水を24穴のうちの6穴に1mLずつ収容し、以下の(B)の条件の滅菌海水を別の6穴に1mLずつ収容し、以下の(C)の条件の滅菌海水をさらに別の6穴に1mLずつ収容し、以下の(D)の条件の滅菌海水を残りの6穴に1mLずつ収容した。
(A)精製タンパク質が含まれていない滅菌海水
(B)精製タンパク質濃度が0.1μg/mLの滅菌海水
(C)精製タンパク質濃度が1.0μg/mLの滅菌海水
(D)精製タンパク質濃度が10μg/mLの滅菌海水
【0058】
各穴には、タテジマフジツボのキプリス幼生を7〜10個体収容し、遮光した状態で且つ25℃で静置した。そして、3時間経過後のキプリス幼生の状態を実体顕微鏡で観察し、各穴のプレート壁に付着した個体数とをカウントした。付着率は、以下に示す数式1により計算した。
[数式1]付着率(%)=付着個体数/全個体数×100
【0059】
この試験を3回実施し、付着率の平均値を求めた。
【0060】
試験結果を図5に示す。図5は、上記(A)〜(D)の条件の滅菌海水に対するタテジマフジツボのキプリス幼生の付着率を示しており、付着率が高い程、精製タンパク質がキプリス幼生の着生誘起活性が高いことを意味している。この結果から、精製タンパク質濃度が0.1μg/mLの滅菌海水を用いた場合には、精製タンパク質が含まれていない滅菌海水を用いた場合よりも若干付着率が増加する程度であったが、精製タンパク質濃度が1.0μg/mLの滅菌海水を用いた場合には、精製タンパク質が含まれていない滅菌海水を用いた場合よりも付着率が3倍以上向上することが明らかとなった。さらに、精製タンパク質濃度が10μg/mLの滅菌海水を用いた場合には、精製タンパク質が含まれていない滅菌海水を用いた場合よりも付着率が4倍程度向上することが明らかとなった。
【0061】
以上の結果から、本実施例で得られた精製タンパク質が、タテジマフジツボの付着期幼生であるキプリス幼生に対し、海水に溶解することによって着生誘起活性を示すことが明らかとなった。
【0062】
そして、海水の精製タンパク質濃度を0.1μg/mL以上とすることでキプリス幼生の着生を誘起する効果が得られることが明らかとなった。この効果は、海水の精製タンパク質濃度を1.0μg/mLとすることで大幅に向上し、10μg/mLとすることでさらに向上することが明らかとなった。
【0063】
また、精製タンパク質を90℃で10分間加熱した後に同様の実験を行ったところ、精製タンパク質を加熱しない場合と同様の結果が得られることが確認された。このことから、このタンパク質は、加熱処理による失活(タンパク質変性)を起こすことがなく、使用環境温度による失活がほとんど起こらないことが明らかとなった。したがって、このタンパク質を実際に使用する環境の温度を気にすることなく使用することが可能であることがわかった。また、このタンパク質の耐熱性を利用して、このタンパク質の精製過程の単純化、即ち他のタンパク質を熱失活させることによって、このタンパク質を高純度に精製できる可能性が示唆された。
【0064】
(3.精製タンパク質による誘引効果の確認)
精製タンパク質によるタテジマフジツボ幼生の誘引効果を検証した。
【0065】
試験方法の概念図を図6に示す。直径12cmのガラスシャーレ(符号a)に滅菌海水(符号b)を100mLとタテジマフジツボのキプリス幼生43個体を収容した。そして、1%アガロース1mLを円柱状に成形したアガロースゲルを2個(符号c)と、1%アガロース1mLに10μgの精製タンパク質を混合して円柱状に成形した精製タンパク質含有アガロースゲルを1個(符号d)を準備し、これらのアガロースゲルをガラスシャーレの円周よりも若干内側に等間隔で配置した。
【0066】
ガラスシャーレは遮光した状態で且つ25℃で24時間静置した後、ガラスシャーレ壁に付着しているキプリス幼生の個体数をカウントした。結果を図7に示す。図7において、アガロースゲル(符号c及びd)以外の●が、キプリス幼生のガラスシャーレ壁への付着位置を示している。
【0067】
ガラスシャーレ壁に付着したキプリス幼生は、43個体のうち27個体であった。また、付着個体のうちの85%が精製タンパク質含有アガロースゲルdを配置した近傍の領域に付着していることが確認された。
【0068】
精製タンパク質含有アガロースゲルdからは、精製タンパク質が徐々に溶出して滅菌海水中に広範囲に拡散し、このゲルを中心としたタンパク質の濃度勾配が形成される。即ち、この濃度勾配は、ゲル周辺を高濃度側として、ゲルから離れるに従ってタンパク質濃度が低下している。本実施例では、付着個体のうちの85%がこのゲルを配置した近傍の領域に付着していたことから、広範囲に拡散した精製タンパク質の作用によってキプリス幼生の着生を広範囲に誘起し、精製タンパク質の濃度勾配の高濃度側の領域にタテジマフジツボ幼生を誘引できることが明らかとなった。
【0069】
(4.アミノ酸配列の特定)
本実施例で得られた精製タンパク質について、N末端部分のアミノ酸配列を解析した。アミノ酸配列は、精製タンパク質を還元ピリジルエチル化した後、株式会社島津製作所製のプロテインシーケンサPPSQ21を用いたエドマン反応法により解析した。
【0070】
その結果、N末端側の33残基のアミノ酸配列が、配列表の配列番号1で表されるアミノ酸配列であることが確認された。尚、一文字略号を用いた場合、このアミノ酸配列は以下のように表される。
(H)−EPQPGVPSTPQLAGVLTNLYRRFLHTVAPKQLN
【0071】
このアミノ酸配列について、EMBL/Genbank/DDBJタンパク質データベース上で検索したところ、一致ないしは類似する配列は存在しなかった。このことから、本実施例で得られた精製タンパク質は、配列未知の新規タンパク質であると考えられた。
【0072】
以上の結果から、本実施例で得られた精製タンパク質、即ち、タテジマフジツボ成体の抽出物から得られ、配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有するタンパク質は、配列未知の新規タンパク質であると考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】ゲルろ過におけるタンパク質溶出パターンを示す図である。
【図2】陰イオン交換クロマトグラフィーにおけるタンパク質溶出パターンを示す図である。
【図3】ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィーにおけるタンパク質溶出パターンを示す図である。
【図4】本発明のタンパク質をSDS−PAGEに供した際の結果を示す図である。
【図5】着生誘起活性確認試験の結果を示す図である。
【図6】誘引効果確認試験の方法の概念を示す図ある。
【図7】誘引効果確認試験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タテジマフジツボ成体の抽出物から得られ、配列番号1に記載のアミノ酸配列をN末端側に有し、且つ32kDaの分子量を有することを特徴とするタンパク質。
【請求項2】
請求項1記載のタンパク質が担体に担持されているタテジマフジツボ幼生用誘引剤。
【請求項3】
請求項1記載のタンパク質が固形状に成形されているタテジマフジツボ幼生用誘引剤。
【請求項4】
請求項1記載のタンパク質が基材表面に付着されているタテジマフジツボ幼生用誘引基材。
【請求項5】
請求項1記載のタンパク質をタテジマフジツボ幼生の誘引対象領域に持続的に供給し、前記誘引対象領域を中心とした前記タンパク質の濃度勾配を形成することを特徴とするタテジマフジツボ幼生の誘引方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−155295(P2009−155295A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−337388(P2007−337388)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年9月25日 2007(平成19)年度日本水産学会秋季大会、国立大学法人 北海道大学大学院水産科学研究院発行の「2007年(平成19年)度日本水産学会秋季大会(日本農学大会水産部会) 講演要旨集」に発表
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】