説明

タンク内スロッシングの減衰比予測方法

【課題】 円筒タンク以外の一般軸対称タンクであっても、減衰比を理論的に求めることができるようにする。
【解決手段】 一般軸対称タンクとして球座標で表される球形タンク3内の液2を非粘性と仮定して、非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求める。次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、球形タンク3のタンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、そのモード座標で表された粘性境界層内での仮想仕事を、先に求めた非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求める。モード座標の時間による1階微分項の係数を基に、減衰比を算出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンク内に貯蔵された液体に生じるスロッシングについて解析を行う際に必要とされるスロッシングのモード減衰比を予測できるようにするために用いるタンク内スロッシングの減衰比予測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地震の影響を受ける液体貯蔵タンクや、宇宙機の推進薬タンクについてタンク構造設計を行う場合は、これらのタンク内で生じる液体のスロッシングに伴うスロッシング動液圧による荷重の正確な予測が必要不可欠である。そのため、上記のようなタンク内の液体のスロッシングは、重要な研究課題となっている。
【0003】
ところで、実際上は、タンク加振入力に対する液体の基本次モードが共振する場合が多くあり、このような共振下においては、タンク内で生じる液体のスロッシングのモード減衰比を正確に知ることが、上記タンク内液体のスロッシングによるスロッシング波高、タンクに作用する力、モーメントの計算に必要である。
【0004】
上記のようなタンク内液体のスロッシングについて、従来は、固有振動数の計算法はよく確立されているが、減衰比に関しては、実験的研究が主体であり、この実験的研究によりいくつかの経験式が報告されている(たとえば、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3参照)。
【0005】
又、タンク内液体のスロッシングのモード減衰比を理論的に求める方法としては、ベクトルポテンシャルを用いて円筒タンク内のスロッシングに適用する手法が従来提案されている(たとえば、非特許文献4参照)。
【0006】
なお、本発明者は、低重力空間における軸対称容器内のスロッシングについて、非粘性スロッシングのモード方程式を導く方法を提案している(たとえば、非特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】アブラムソン(Abramson,H.N.)編,「運動する容器内の液体の動的挙動(The Dynamic Behavior of Liquids in Moving Containers)」,NASA SP−106,(米国),アメリカ航空宇宙局(NASA),1966年,第4章(Chapter 4)p.105−143
【非特許文献2】ベン・ハー・チュー(W.H.Chu),「任意の液深の球タンク内の燃料スロッシング(Fuel Sloshing in a Spherical Tank Filled to an Arbitrary Depth)」,AIAA journal,(米国),1964年,Vol2,No11,p.1972−1979
【非特許文献3】「推進薬のスロッシング荷重(Propellant slosh loads)」,NASA SP−8009,(米国),アメリカ航空宇宙局(NASA),1968年,p.14
【非特許文献4】ケース(Case,K.M.),パーキンソン(Parkinson,W.C.),「非圧縮液体の表面波の減衰(Damping of surface waves in an incompressible liquid)」,Journal of Fluid Mechanics,1957年,Vol.2,No.2,p.172−184
【非特許文献5】内海雅彦,「低重力空間における軸対称容器内のスロッシング」,日本機械学会論文集,1988年,Vol.55,No.505(C),p2041−2050
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、上記非特許文献1、2、3に示されたように、タンク内液体のスロッシングについて実験的研究を行う手法では、パラメータスタディのために多くの時間とコストが必要とされるため、不便である。
【0009】
又、非特許文献4に示されたタンク内液体のスロッシングのモード減衰比を理論的に求める従来の方法は、ベクトルポテンシャルを用いているため、解析が非常に複雑であり、そのため、円筒タンク以外の球形等の一般軸対称タンクへ適用するのは困難である。
【0010】
なお、非特許文献5では、一般軸対称タンクのタンク内液体のスロッシングのモード減衰比の予測については特に触れていない。
【0011】
そこで、本発明は、円筒タンクのみならず、球形タンク、楕円体形タンク、円筒形の胴部と該胴部の両端部に接続された半球形または半楕円体形の鏡板部を有するタンク等の一般軸対称タンクについても、タンク内液体のスロッシングの減衰比を理論的に、且つ容易に予測することができるようにするために用いるタンク内スロッシングの減衰比予測方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するために、請求項1に対応して、一般軸対称タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにする。
【0013】
又、上記構成において、一般軸対称タンクを、球座標で表される球形タンクとし、該球形タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記球形タンクのタンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにする。
【0014】
同様に、上記構成において、一般軸対称タンクを、円筒座標で表される円筒タンクとし、該円筒タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記円筒タンクのタンク側壁にできる粘性境界層内での仮想仕事と、タンク底面にできる粘性境界層内での仮想仕事をそれぞれモード座標で表し、該各モード座標で表された上記タンク側壁及び底面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにする。
【発明の効果】
【0015】
本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法によれば、以下のような優れた効果を発揮する。
(1)一般軸対称タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにし、より具体的には、一般軸対称タンクを、球座標で表される球形タンクとし、該球形タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記球形タンクのタンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにするようにしてあるので、従来のベクトルポテンシャルを用いて減衰比を理論的に求める方法では解析が非常に複雑になるために適用するのが困難であった円筒タンク以外の球形タンクや、その他の一般軸対称タンクについても、容易な解析で減衰比を理論的に求めることができる。
(2)一般軸対称タンクを、円筒座標で表される円筒タンクとし、該円筒タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記円筒タンクのタンク側壁にできる粘性境界層内での仮想仕事と、タンク底面にできる粘性境界層内での仮想仕事をそれぞれモード座標で表し、該各モード座標で表された上記タンク側壁及び底面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにすることにより、円筒タンクのタンク内スロッシングの減衰比を理論的に求めることができると共に、従来のベクトルポテンシャルを用いて減衰比を理論的に求める方法に比して、解析を大幅に容易なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法の実施の一形態として、円筒タンクに適用する場合の該円筒タンクの円筒座標を示す図である。
【図2】図1の減衰比予測方法により決定されるモード減衰比より導かれる対数減衰率(Logarithmic decrement)の無次元深さ(Dimensionless liquid depth)に対する依存性を示すもので、(イ)はタンク半径を0.076mとした場合の図、(ロ)はタンク半径を0.038mとした場合の図である。
【図3】図1の減衰比予測方法により決定されるモード減衰比より導かれる対数減衰率(Logarithmic decrement)のパラメータ依存性を示すもので、(イ)は粘性係数(Dynamic viscosity)に対する依存性を示す図、(ロ)はタンク半径(Tank radius)に対する依存性を示す図、(ハ)は重力加速度(Gravitational acceleration)に対する依存性を示す図である。
【図4】本発明の他の実施の形態として、一般軸対称タンクとしての球形タンクに適用する場合の該球形タンクの球座標を示す図である。
【図5】図4の減衰比予測方法により決定される減衰比より導かれる対数減衰率(Logarithmic decrement)の液体充填率(液体の体積/タンクの体積)に対する依存性を示す図である。
【図6】図4の減衰比予測方法で用いる球形タンクの液体充填率(液体の体積/タンクの体積)について、非粘性スロッシング問題の代表的パラメータとの相関を示すもので、(イ)は無次元固有振動数(Dimensionless frequency)との相関を示す図、(ロ)はスロッシングマス(Dimensionless sloshing mass)との相関を示す図である。
【図7】図4の減衰比予測方法により決定される減衰比より導かれる対数減衰率(Logarithmic decrement)のパラメータ依存性を示すもので、(イ)は粘性係数(Dynamic viscosity)に対する依存性を示す図、(ロ)はタンク半径(Tank radius)に対する依存性を示す図、(ハ)は重力加速度(Gravitational acceleration)に対する依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態を図面を参照して説明する。
【0018】
図1乃至図3(イ)(ロ)(ハ)は本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法の実施の一形態として、たとえば、図1に示す如き円筒タンク1におけるタンク内スロッシングの減衰比の予測に適用する場合を示すもので、完全流体(非粘性流体)の変分原理を、粘性境界層を含む場合に拡張し、粘性力の仮想仕事をガレルキン法で計算する手順に沿って説明する。
【0019】
1.1 非粘性スロッシングのモード方程式
すなわち、予め、上記円筒タンク1におけるタンク半径をa、タンク内に貯蔵された液2の深さをhとし、更に、タンク底面の中心を原点oとして図1に示す如き円筒座標を設定する。
【0020】
上記円筒タンク1について、先ず、上記液2を非粘性と仮定した場合の非粘性スロッシングのモード方程式を、変分原理によって導く。ここで変分原理を用いる必要性は、非粘性スロッシングのモード方程式に導入すべき減衰比を変分原理に基づき決定することから生じる。
【0021】
液体のラグランジュアン密度は液圧に等しいので、変分原理は次のようになる。
【数1】

ここで、Lはラグランジュアン、Vは液体領域、Pは液圧である。又、上記液圧Pは次式によって与えられる。
【数2】

【0022】
液体領域の変分である
【数3】

を考慮し、非特許文献5に説明されている非粘性スロッシングのモード方程式を導く方法により、上記式(1)は次のように変形される。
【数4】

【0023】
上記式(3)は、タンク底面の中心を原点oとする図1に示した如き円筒座標で、次のように表される。
【数5】

ここで
【数6】

【0024】
上記において、変分
【数7】

の任意独立性より、式(4)から支配方程式E=0、境界条件E=0(i=2−5)、液体の体積一定条件E=0が得られる。
【0025】
基本次モード(周方向波数1、半径方向1次)に着目すると、E=0(i=1−3)から、このモードの速度ポテンシャルが次のように求められる。
【数8】

【0026】
上記式(6)をE=0に代入することにより、液面波高ηの解が次のように決定できる。
【数9】

【0027】
上記式(6)及び式(7)を、上記式(4)の第5項に代入することにより、モード方程式の変分形が次のように導かれる。
【数10】

ここで
【数11】

【0028】
上記のようにして求めた非粘性スロッシングのモード方程式である上記式(8)は、速度項に対応するモード座標q(t)の時間による1階微分項がないため、減衰が生じることはない。
【0029】
よって、次に、上記非粘性スロッシングのモード方程式を、粘性境界層を含む場合に拡張する場合について説明する。
【0030】
1.2 減衰の予測法
先ず、上記式(6)の速度ポテンシャルによって決定される主流速度(粘性境界層がない部分の速度)から、粘性境界層内の流速を求める。
【0031】
境界層内で、円筒タンク1のタンク壁面から内向き法線方向に取った座標をξとすると、この座標ξに対する境界層内流速の依存性は、境界層が非常に薄いので、平板に沿う粘性流れの解によって近似できる。したがって、タンク側壁にできる境界層内の流速は、次のように表される。
【数12】

ここで
【数13】

【0032】
境界層の厚さの尺度として次のパラメータを導入する。
【数14】

【0033】
νは、連続の式
【数15】

の右辺に上記式(12)及び式(13)を代入し、壁面で0であるという条件下で薄い境界層内でr積分することにより、O(t)の微小量となる。
【0034】
次に、ナヴィエ−ストークス(Navier-Stokes)方程式の粘性項の、タンク側壁にできる境界層内での仮想仕事表示を求めると、以下のようになる。
【数16】

【0035】
上記式(12)及び式(13)を上記式(18)に代入することにより、タンク側壁にできる境界層内での仮想仕事をモード座標で次の形に表す。
【数17】

【0036】
又、同様な方法で、タンク底面にできる境界層に関する仮想仕事をモード座標で次の形に表す。
【数18】

【0037】
更に、上記式(21)及び式(22)の右辺を、前述の式(8)に加えて次式を得る。
【数19】

【0038】
上記式(23)は、速度項に対応するモード座標q(t)の時間による1階微分項を含むため、減衰が生じることになる。
【0039】
したがって、上記式(23)を基に、モード減衰比を次式によって決定することができるようになる。
【数20】

【0040】
このように、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法は、流体の仮想変位を考えている点がひとつの特長であり、このようにして仮想変位を考えることは、次の考えに基づく。すなわち、多くの流れの問題では、流体の変位は無限であるため考えることができない。しかし、流体振動問題では、考えることができ、粘性力の仮想仕事としての上記式(18)の評価に効果的に用いることができる。
【0041】
したがって、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法によれば、円筒タンク1のタンク内スロッシングの減衰比を、理論的に求めることができると共に、非特許文献4に示された如き従来のベクトルポテンシャルを用いて減衰比を理論的に求める方法に比して、解析を大幅に容易なものとすることができる。
【0042】
1.3 数値例題
本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法の効果として、以上のようにして決定される上記式(24)に示す如きモード減衰比の妥当性を数値例題を用いて検証した。
【0043】
図2(イ)(ロ)に、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法により決定されるモード減衰比より導かれる対数減衰率δ=2πζの、タンク半径aで無次元化された液深(液の深さ)hに対する依存性を示す。(イ)はタンク半径aを0.076mとした場合、(ロ)はタンク半径aを0.038mとした場合をそれぞれ示す。比較のため、図2(イ)(ロ)に、それぞれ非特許文献4のp.181の図2に示されている解析結果を黒丸で示す。これにより、双方の結果はよく一致することが確かめられた。
【0044】
なお、上記非特許文献4では、該非特許文献4において得られた解析結果が実験値とよく一致することが確かめられている。又、実験において、液と接するタンク壁面をよく磨くことに特に注力し、磨かないタンクでは減衰が大きく増加することを示している。更に、本発明者は、上記非特許文献4の結果が、非特許文献1のp.110の式(4.10a)でK=0.56×2×3.14とした場合の次の実験式によく一致することを確かめている。
【数21】

【0045】
更に、図3(イ)(ロ)(ハ)に、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法により決定されるモード減衰比より導かれる対数減衰率δ=2πζの、粘性係数μ、タンク半径a、重力加速度gに対する依存性をそれぞれ示す。このうち、図3(ハ)に示す重力加速度gによる変化は、宇宙工学への応用上重要である。比較のため、図3(イ)(ロ)(ハ)に、非特許文献4の解析法により得られる結果を黒丸で示す。これにより、双方の結果はよく一致することが確かめられた。
【0046】
以上のように、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法を用いて得られたモード減衰比は、非特許文献4、及び、上記式(25)の2通りの過去のデータによって妥当性が確認できる。
【0047】
ところで、上記対数減衰率δ=2πζは、動粘性係数ν=μ/ρに比例するのではなく、その平方根であるν1/2に比例する。この理由を、本発明のタンク内スロッシングの減衰比予測方法に立脚して考察する。
【0048】
上記式(18)における下記の2点:
【数22】

によって、上記式(21)の定数は次のように変化する(式(16)を利用)。
【数23】

【0049】
又、式(22)の定数も同様に変化する。
【0050】
更に、式(9),(11)により、質量パラメータは次のように評価できる。
【数24】

【0051】
したがって、次式が得られる。
【数25】

【0052】
上記式(27)は、減衰比が動粘性係数の平方根に比例することを示している。
【0053】
又、式(11)より、
【数26】

であり、この関係を上記式(27)に代入すると、減衰比が
【数27】

に比例することが見出せる。以上により、上記非特許文献1より導かれた経験式(25)の物理的意味及び理論的根拠が、本発明のタンク内スロッシング減衰比予測方法によって理論的に説明することができるようになる。
【0054】
次に、図4乃至図7(イ)(ロ)(ハ)は本発明の実施の他の形態として、上記図1乃至図3(イ)(ロ)(ハ)に示した如き円筒タンク1におけるタンク内スロッシングの減衰比の予測方法を、円筒タンク以外の一般軸対称タンクへ拡張して適用する場合について示す。ここで、一般軸対称タンクとは、球形タンク、楕円体形タンク、円筒形の胴部と該胴部の両端部に接続された半球形または半楕円体形の鏡板部を有するタンク等である。たとえば、図4は一般軸対称タンクとしての球形タンク3に応用する場合について示すもので、以下のようにしてある。なお、本実施の形態においても、完全流体(非粘性流体)の変分原理を、粘性境界層を含む場合に拡張し、粘性力の仮想仕事をガレルキン法で計算する手順に沿って説明する。
【0055】
2.1 非粘性スロッシングのモード方程式
先ず、図4に示すように、上記一般軸対称タンクとしての球形タンク3について、非特許文献5に説明されている方法により非粘性スロッシングのモード方程式を導く。上記非特許文献5では、特長的な点として、図4のように球座標
【0056】
【数28】

を導入することにより、一般軸対称タンクの場合に対する解析的方法を開発している。球座標の原点Oは、静的液面とタンク壁面との接触交線でタンク壁面に接する円錐の頂点である。完結のため、又、数値計算結果の説明で必要となるため、概要を説明する。
【0057】
静的液面M、振動液面F、タンク壁面Wの半径座標を、角座標の関数として次のように表す。
【数29】

【0058】
上記球座標の原点Oが図4のようにタンクの上側となるのは、液面のz座標においてタンク壁面のr座標のzに関する微分が負のときである。この微分が正のときは、球座標の原点Oはタンクの下側となる。
【0059】
この球座標では、上記図1乃至図3(イ)(ロ)(ハ)の実施の形態の円筒タンク1の場合の式(3)に相当する非粘性スロッシングの変分原理の式は、液体領域の変分
【数30】

を考えることにより、次式を得る。
【数31】

【0060】
上記タンク壁面Wと振動液面Fの法線ベクトルN,Nと面積要素dW,dFを球座標で表すと、
【数32】

ここで
【数33】

【0061】
この球座標を使えば、ラプラス方程式を変数分離解法で解くことにより、一般軸対称タンクに関しても、速度ポテンシャルと液2の液面変位を次のように解析的に表わせる(非特許文献5参照)。
【数34】

ここで
【数35】

【0062】
上記において、固有値λは、次の境界条件から定められる。
【数36】

【0063】
上記式(37)は、液面とタンク壁面Wとの接触交線での境界条件である。この条件は、接触交線でθ方向がタンク壁面Wの法線方向に一致することに基づく。
【0064】
上記式(33)及び式(34)を上記式(32)に代入し、未定定数a,b,cについて変分をとって、これらの未定定数に関する代数方程式を導く。この代数方程式を、固有値問題に帰着させ、固有値問題を解いて基本モードの固有振動数、固有モード(未定定数間の比)を求める。未定定数間の比を式(33)及び式(34)に代入し、式(33)及び式(34)で
【数37】

の置き換えをした式を上記式(32)に代入することにより、次の形にモード方程式を導く。
【数38】

【0065】
上記のようにして求めた非粘性スロッシングのモード方程式である上記式(38)は、速度項に対応するモード座標q(t)の時間による1階微分項を含まないため、減衰が生じることはない。
【0066】
よって、次に、上記非粘性スロッシングのモード方程式を、粘性境界層を含む場合に拡張する場合について説明する。
【0067】
2.2 減衰の予測法
タンク壁面Wの接線方向の流速成分を、式(33)の速度ポテンシャルを用いて、次式によって計算する。
【数39】

ここで
【数40】

【0068】
ナヴィエ−ストークス(Navier-Stokes)方程式の粘性項の仮想仕事表示を得るためには、流速成分をナヴィエ−ストークス(Navier-Stokes)方程式が記述できるような曲線座標系で表す必要がある。図4の球座標
【数41】

では、R方向と境界層のなす角が0度から90度まで大きく変わる。そこで、球形タンク3のタンク中心に原点を有する新たな球座標
【数42】

を導入する。流速のこの球座標成分を、タンク壁面に垂直な流速成分が0であることを考慮して、次式によって計算する。
【数43】

ここで
【数44】

【0069】
ナヴィエ−ストークス(Navier-Stokes)方程式の粘性項にて、境界層内の仮想仕事表示は以下のようになる。
【数45】

【0070】
上記式(42)を上記式(44)に代入し、仮想仕事をモード座標で次のように表す。
【数46】

ここで
:積分によって生じる定数
【0071】
ナヴィエ−ストークス(Navier-Stokes)方程式の粘性項は多くの項を有するが、fのRに関する2階微分と、fのθに関する2階微分の項が支配的で、(t−2のオーダである。上記式(46)の右辺を上記式(38)に加えて
【数47】

を導く。
【0072】
上記式(47)は、速度項に対応するモード座標q(t)の時間による1階微分項を含むため、減衰が生じることになる。
【0073】
したがって、上記式(47)から次式によって減衰比を求めることができる。
【数48】

【0074】
このように、本実施の形態によれば、非特許文献4に示された如き従来のベクトルポテンシャルを用いて減衰比を理論的に求める方法では解析が非常に複雑になるために適用するのが困難であった円筒タンク以外の一般軸対称タンクとしての球形タンク3についても、容易な解析で減衰比を理論的に求めることができる。
【0075】
2.3 数値例題
本実施の形態のタンク内スロッシングの減衰比予測方法の効果として、以上のようにして決定される上記式(48)に示す如き減衰比の妥当性を数値例題を用いて検証した。
【0076】
図5に、本実施の形態の減衰比予測方法により球形タンク3(半径a=0.334m)の場合に決定される減衰比より導かれる対数減衰率δ=2πζの、液体充填率(液体の体積/タンクの体積)に対する依存性を示す(線A)。比較のため、次の経験式(非特許文献1におけるp.112の式(4.12))による値を図中に線Bで示す。
【数49】

【0077】
なお、上記式(49)において、c=1としたものは、上記非特許文献1におけるp.112の式(4.12)であり、非特許文献1中の参考文献(4.15)に基づいた結果である。ところで、図1乃至図3(イ)(ロ)(ハ)に示した実施の形態の円筒タンク1の場合における図2及び図3で検証に用いた非特許文献4の解析結果は、前述したように、非特許文献4の実験値や、上記式(25)に良く一致するが、非特許文献1のp.109の式(4.8a)(非特許文献1中の参考文献(4.15)に基づいた結果)の0.64倍である。そこで、図5では、上記線Bとして、上記式(49)でc=0.64とした結果を示し、本実施の形態のものと比較するようにしてある。
【0078】
上記図5より、本実施の形態のタンク内スロッシングの減衰比予測方法により決定される減衰比より導かれる減衰率δ=2πζの値(線A)は、上記式(49)による値(線B)に比べ、充填率が高い場合には小さく、充填率が低い場合には、大きいことが判明した。
【0079】
この理由を考察するため、先ず、球形タンク3の液体充填率と、非粘性スロッシング問題の代表的パラメータ(無次元固有振動数、スロッシングマス)との相関を、過去の文献と比較した。その結果、図6(イ)(ロ)に示すように良い一致が認められ、これらのパラメータの妥当性が確かめられた。
【0080】
したがって、図5に示された差異は、減衰解析に起因する。タンク壁面Wと静的液面Mにおける境界条件は、式(31)の第2項及び第3項より次式によって与えられる。
【数50】

ここで、Nは静的液面Mの法線ベクトルである。
【0081】
上記式(50)及び式(51)は、∇φの外向き法線方向成分(各式の左辺)に関し、静的液面Mとタンク壁面Wとで、異なった境界条件が課せられることを意味する。充填率が高い場合は、静的液面Mとタンク壁面Wとの交線で、外向き法線ベクトル−N、Nの方向が近くなる。このため、ガレルキン法の使用に伴う局所的誤差によって、上記式(51)の左辺の右辺に対する比:
【数51】

が1より小さくなる。一方、充填率が低い場合、この比は1より大きくなる。上記式(52)の分子は次のように変形でき
【数52】

この式において
【数53】

となる(流体速度はタンク壁面Wの接線方向に向くため)。
【0082】
したがって、上記式(52)は、次のようになる。
【数54】

【0083】
タンク壁面Wの接線方向の流速は液面近くで大きくなるため、減衰比を決定する仮想仕事(式(44))は、主として式(55)の分子によって決まる。そのために、上記式(55)の分子の局所的誤差によって上記式(52)の比が1より小さくなり、図5における線Aと、比較として示した線Bで表された結果の差が生じる。なお、式(55)の分子と対照的に、式(55)の分母の液面変位は、液面上でのみ定義されるため、局所的誤差に影響されない。
【0084】
以上の考察に基づき、図5の線Aの結果に1/κを乗じる補正を加えるようにする。ここで、2乗であることに注意する。この理由は、仮想仕事(式(44))が粘性力と変位の積によって与えられるためである。本補正によって得た結果を、図5に線A1で示す。図5の線A1と線Bの比較により、本補正が、線Aと線Bの差異の低減に有効であることが分かる。
【0085】
したがって、図5の線A1の結果より、本実施の形態のタンク内スロッシングの減衰比予測方法は、結果として、図5に線Bで示した上記式(49)の実験式に対し液体充填率60%付近で良く合うことが分かる。なお、この液体充填率60%付近は、一般に、球形タンク3に働く力、モーメントが最大となり、スロッシング挙動の把握が実際上最も重要となる液体充填率である。
【0086】
図7(イ)(ロ)(ハ)は、本実施の形態のタンク内スロッシングの減衰比予測方法により決定される減衰比より導かれる対数減衰率δ=2πζの、粘性係数μ、タンク半径a、重力加速度gに対する依存性をそれぞれ示す。比較のため、図7(イ)(ロ)(ハ)に、上記式(49)により得られる結果を黒丸で示す。これにより、双方の結果はよく一致することが確かめられた。
【0087】
以上のように、本実施の形態によって得られた減衰比については、非特許文献1の経験式(式(49))のデータによって妥当性が確認できる。
【0088】
なお、本発明は上記実施の形態のみに限定されるものではなく、図4乃至図7(イ)(ロ)(ハ)の実施の形態では、球形タンク3に適用する場合を示したが、球座標を用いてラプラス方程式を変数分離解法で解くことにより、式(33)及び式(34)と同様にして速度ポテンシャルと液2の液面変位を次のように解析的に表わすことができれば、楕円体形タンクや、円筒形の胴部と該胴部の両端部に接続された半球形または半楕円体形の鏡板部を有するタンク等、球形タンク3以外のいかなる形式の一般軸対称タンクに付いて適用してもよい。
【0089】
その他本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0090】
1 円筒タンク(一般軸対称タンク)
2 液
3 球形タンク(一般軸対称タンク)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般軸対称タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めることを特徴とするタンク内スロッシングの減衰比予測方法。
【請求項2】
一般軸対称タンクを、球座標で表される球形タンクとし、該球形タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記球形タンクのタンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事をモード座標で表し、該モード座標で表された上記タンク壁面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにする請求項1記載のタンク内スロッシングの減衰比予測方法。
【請求項3】
一般軸対称タンクを、円筒座標で表される円筒タンクとし、該円筒タンクの内部の液を非粘性と仮定して非粘性流体の変分原理に基く非粘性スロッシングのモード方程式を求め、次に、ナヴィエ−ストークス方程式の粘性項にて、上記円筒タンクのタンク側壁にできる粘性境界層内での仮想仕事と、タンク底面にできる粘性境界層内での仮想仕事をそれぞれモード座標で表し、該各モード座標で表された上記タンク側壁及び底面にできる粘性境界層内での仮想仕事を、上記非粘性スロッシングのモード方程式に加えて、速度項に対応するモード座標の時間による1階微分項を含むモード方程式を求めるようにする請求項1記載のタンク内スロッシングの減衰比予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−143792(P2011−143792A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5091(P2010−5091)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)