説明

タンパク質の高感度測定法

【課題】吸光光度計やプレートリーダー等の汎用測定機器で測定可能な高感度測定法を提供する。
【解決手段】チオNADを補酵素とするグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の酵素サイクリングとターンオーバー数の高いトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を標識酵素として組合わせることにより、シグナル物質であるチオNADHを幾何級数的に増幅し、そのチオNADHを比色定量することにより、汎用測定機器で測定可能な高感度測定法を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高感度酵素免疫測定方法およびこの酵素免疫測定方法を利用するタンパク質の高感度測定法に関する。特に本発明は、抗体標識トリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)にグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の酵素サイクリング反応を組み合わせることで、標的タンパク質を比色法により高感度に測定可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の高感度測定法としてラジオイムノアッセイ法が技術的に確立されている。しかし、検出装置の感度を上げる以外の方法では、現状(10-16moles程度)以上の高感度化は技術的に不可能であると考えられている。また、特別な施設が必要であり短寿命の核種を使用すれば試薬の使用期限が極端に短くなる上、測定感度も急激に下がってしまう。長寿命の核種を使用すれば、放射性廃棄物という放射性測定特有の不便さやライオアイソトープ実験施設での測定制限という問題をかかえており、測定法に関する研究開発も改良もほとんど行われていないのが現状である。
【0003】
その他の高感度測定法として酵素免疫測定法(ELISA法)[図1]がある。酵素免疫測定法は開発当初の比色法(10-13moles)から蛍光法、発光法へと高感度化(10-15moles)が進められ、専用測定装置も開発されている。しかし、測定操作が簡便になっただけで感度的には限界がきている。(非特許文献1)
【非特許文献1】「超高感度酵素免疫測定法」(学会出版センター・1993年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明の目的は、検出方法が最も簡便な比色法を用い、感度を幾何級数的に高めた酵素免疫測定法を提供することである。具体的には感度を10-18moles 以上に高めた測定法を提供することである。
【0005】
タンパク質を、酵素免疫測定法を用いて、より高感度に測定するには、酵素免疫測定法の標識酵素によって生成するシグナル物質を増幅することが考えられる。また、シグナル物質を増幅する方法として、いくつかの酵素サイクリング法が知られている。そこで、本発明者らは、酵素免疫測定法を用いたタンパク質の比色測定による高感度測定法を提供すべく種々検討した。その結果、酵素免疫測定法の標識酵素としてターンオーバー数の高いトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)とその生成物を基質とする酵素サイクリング法を組み合わせ、シグナル物質としてチオNAD(P)Hを幾何級数的に増幅することで、比色法によって、高感度にタンパク質の定量が可能であることを見いだして、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための発明は以下のとおりである。
[1]
抗体酵素複合体の酵素としてトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を用いる酵素免疫測定方法であって、
TIMの生成物であるジヒドロキシアセトン-3-フォスフェイトの定量は、NADHおよび/またはNADPH、チオNADおよび/またはチオNADP、並びにグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用いて、酵素サイクリング反応によりチオNADHおよび/またはチオNADPHを生成させ、生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量を測定することで行う、前記方法。
[2]
生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量の測定は、チオNADHおよび/またはチオNADPHの吸収波長における吸光度を測定することで行う[1]に記載の方法。
[3]
前記TIMは、標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識した酵素であり、前記標的タンパク質の測定に用いられる[1]または[2]に記載の方法。
[4]
以下の試薬を含む酵素免疫測定用キット。
標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識したトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)
グリセルアルデヒド−3−リン酸
グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)
NADHおよび/またはNADPH、
チオNADおよび/またはチオNADP
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、測定感度を10-18moles 以上に高めた酵素免疫測定法を提供することができ、標的タンパク質の高感度測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
〔酵素サイクリング法〕
本発明は、抗体酵素複合体の酵素としてトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を用いる酵素免疫測定方法であって、
TIMの生成物であるジヒドロキシアセトン-3-フォスフェイトの定量は、NADHおよび/またはNADPH、チオNADおよび/またはチオNADP、並びにグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用いて、酵素サイクリング反応によりチオNADHおよび/またはチオNADPHを生成させ、生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量を測定することで行う方法である。
【0009】
本発明は、ターンオーバー数の高いトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を標識酵素として用い、TIMの反応生成物を基質とするグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を酵素サイクリング反応に使用する測定方法である。
【0010】
まず、抗体酵素複合体の酵素としてトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を用いる酵素免疫測定方法について説明する。
【0011】
本発明の酵素免疫測定法は、通常の酵素免疫測定法と同様に実施することができる。例えば、被検体に特異的に結合する抗体を表面に固着させた固相担体、例えば、マイクロプレートやプラスチックチューブ、磁気ビーズ等、通常の測定に用いられている固相担体を用いることができる。
【0012】
前記TIMは、標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識した酵素であり、前記標的タンパク質の測定に用いられる。標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識したTIMは、通常の抗体酵素複合体と同様に、常法(石川栄治ら:酵素免疫測定法、第3版、医学書院)により調製できる。例えば、マレイミド化した酵素(TIM)と標識される抗体を混合し、所定時間反応させることで、調製することができる。
【0013】
抗体酵素複合体を構成する抗体は、本発明の酵素免疫測定方法により測定されるべき被検体に特異的に結合する抗体から適宜選択することができる。例えば、本発明の酵素免疫測定方法は、タンパク質の分析に用いられるが、その場合、抗体酵素複合体の抗体は、被検体であるタンパク質に特異的に結合する抗体である。また、この場合、被検体であるタンパク質に特異的に結合する抗体を表面に固着させた基板を用いる。また、抗体酵素複合体を構成する抗体および基板に固着させる抗体は、抗体の断片であっても良い。本発明の酵素免疫測定方法における、被検体は、タンパク質に限定されず、通常の酵素免疫測定方
法が測定対象とするタンパク質以外のすべての物質であることができる。
【0014】
TIMの生成物であるジヒドロキシアセトン-3-フォスフェイトの定量は、NADHおよび/またはNADPH、チオNADおよび/またはチオNADP、並びにグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用いて、酵素サイクリング反応によりチオNADHおよび/またはチオNADPHを生成させ、生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量を測定することで行う。
【0015】
酵素サイクリング系の中でチオNAD(P)を利用するサイクリング系は比較的最近になって登場したユニークなサイクリング系である。この系では、一般に、NAD(P)/NAD(P)Hを補酵素として利用する脱水素酵素(Dehydrogenase; DH)を用い、NAD(P)/NAD(P)HとそのアナローグであるチオNAD(P)/チオNAD(P)Hが共存する条件下でサイクリングを行い、脱水素酵素の基質をチオNAD(P)H(極大吸収波長:395 nm、ε =11,900)として増幅定量する。この反応では1種の脱水素酵素で酵素サイクリングを行うため、酵素サイクリング反応の基質としては、還元型基質でも酸化型基質でもよい。
【0016】
本発明の方法では、脱水素酵素としてNAD/NADHを補酵素として利用するグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用い、NAD/NADHとそのアナローグであるチオNAD/チオNADHが共存する条件下で酵素サイクリング反応により増幅させ、幾何級数的に生成するチオNADHを定量することで、TIMの生成物であるジヒドロキシアセトン-3-フォスフェイトが還元型の基質となり、その定量が行われる。この反応は通常室温で実施できる。
【0017】
【化1】

【0018】
生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量の測定は、チオNADHおよび/またはチオNADPHの吸収波長における吸光度を測定することで行うことができる。NADHの極大吸収が340 nm(ε =6,200)であるのに対し、チオNAD(P)Hは可視域に吸収を示すため(極大吸収波長:395 nm、εmax =11,900)、普及型の吸光光度計や比色測定用マイクロプレートリーダーを用いて測定できることをその長所としている。
【0019】
チオNAD(P)を利用するサイクリング系は、普及型の吸光光度計や比色測定用マイクロプレートリーダーを用いて測定できるという長所を利用して、NADHの吸収増加に基づく脱水素酵素活性測定やその基質の定量法などの従来法のいくつかがチオNADを用いる方法に改良されている。しかしながら、このサイクリング系を酵素免疫測定法等の検出系として高感度化に利用した報告は未だない。本発明では、標識酵素とサイクリング系を組み合わせることにより、初めて増幅反応を幾何級数的な反応とすることが可能となり、十分な高感度化を行うことが可能となった。
【0020】
[酵素サイクリング法用キット]
本発明は、標識酵素及びその基質とサイクリング反応用の酵素とその補酵素のチオNADとNADHを含む酵素サイクリング法用キットを包含する。
本発明のキットは、以下の試薬を含む酵素免疫測定用キットである。
標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識したトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)
グリセルアルデヒド−3−リン酸
グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)
NADHおよび/またはNADPH、
チオNADおよび/またはチオNADP
【0021】
このキットは、酵素サイクリング法を用いる酵素免疫測定方法に利用できる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明は実施例によりさらに詳細に説明する。
【0023】
実施例1 トリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)活性の測定
【0024】
反応試液
グリシン 緩衝液 (pH 9.5)
グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH) 250単位/ml
NADH 0.4 mM
チオNAD 10 mM
【0025】
基質液
グリセルアルデヒド−3−リン酸(GAP) 40 mM
【0026】
試料
トリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM) 8単位/ml
【0027】
測定方法
反応試液190 μlをマイクロプレートに分注し、次に基質液を5 μl,更に試料を5 μl加えて、マイクロプレートリーダー(コロナ社製MTP−500Lab)で405 nmのフィルターを使用して37℃での吸光度変化を測定した。図2に示される高感度な反応曲線を得た。特に時間の経過と共に反応が幾何級数的に進むことから、測定時間を長くすると感度は飛躍的に増大することが分かる。
【0028】
比較例1
反応試液
グリシン 緩衝液 (pH 9.5)
グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH) 20単位/ml
NADH 0.6 mM
【0029】
基質液
グリセルアルデヒド−3−リン酸(GAP) 40 mM
【0030】
試料
トリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM) 8単位/ml
【0031】
測定方法
反応試液190 μlをマイクロプレートに分注し、次に基質液を5 μl,更に試料を5 μl加えて、マイクロプレートリーダー(コロナ社製MTP−800AFC)で340 nmのフィルターを使用して37℃での吸光度変化を測定した。図3に示される反応曲線を得た。酵素サイクリングと組合わせていないので反応が直線的にしか進行せず、感度が低いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、高感度かつ簡便な測定が要求される臨床検査分野や食品検査分野において好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】酵素免疫測定法(ELISA法)の測定原理
【図2】実施例1で得られたTIMについての活性測定結果。
【図3】比較例1で得られたTIMについての活性測定結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体酵素複合体の酵素としてトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)を用いる酵素免疫測定方法であって、
TIMの生成物であるジヒドロキシアセトン-3-フォスフェイトの定量は、NADHおよび/またはNADPH、チオNADおよび/またはチオNADP、並びにグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用いて、酵素サイクリング反応によりチオNADHおよび/またはチオNADPHを生成させ、生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量を測定することで行う、前記方法。
【請求項2】
生成したチオNADHおよび/またはチオNADPH量の測定は、チオNADHおよび/またはチオNADPHの吸収波長における吸光度を測定することで行う請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記TIMは、標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識した酵素であり、前記標的タンパク質の測定に用いられる請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
以下の試薬を含む酵素免疫測定用キット。
標的タンパク質抗原に特異的な抗体を標識したトリオースフォスフェイトイソメラーゼ(TIM)
グリセルアルデヒド−3−リン酸
グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)
NADHおよび/またはNADPH、
チオNADおよび/またはチオNADP

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−241632(P2008−241632A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−85873(P2007−85873)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(399053416)学校法人村崎学園 徳島文理大学 (4)
【出願人】(300050367)株式会社日立ハイテクフィールディング (11)
【出願人】(507090661)株式会社札幌バイオ工房 (3)
【Fターム(参考)】