説明

タンパク質の高発現システム

【課題】酵母、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)の細胞壁タンパク質遺伝子(SED1)のプロモーター領域をデリーション解析することにより、より強力なプロモーターを構築するタンパク質の高発現システムを提供する。
【解決手段】全長1063塩基であったSED1プロモーターを800塩基までデリーションすることにより、プロモーター活性が大幅に増大したプロモーターを提供する。また、800塩基までデリーションしたSED1プロモーターの下流につないだ任意の目的とするタンパク質やその代謝物を、大量に取得することが可能となる融合遺伝子DNAを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母の細胞壁タンパク質をコードするSED1遺伝子のプロモーター領域の少なくとも一部をプロモーターとして利用する同種又は異種遺伝子の遺伝子発現システムに関する。さらに詳細には、SED1プロモーターのデリーション解析により、SED1プロモーターのシスエレメントを探索した。本発明は、同種又は異種遺伝子を酵母で培養環境に関わらず大量に発現させるシステムの構築に関するもので、有用タンパク質やその代謝物の安定した高生産を可能にするものである。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子組み換え技術の発展と共に、高等生物の有用タンパク質を大腸菌や酵母を用いて生産することが可能となってきた。ここで大腸菌を宿主としてヒト等の真核生物由来の遺伝子を発現させた場合、正常なプロセッシングが行われない、糖鎖修飾されない等の問題が生じる。一方、酵母は形質転換体の取得が極めて容易で、その培養も安価かつ簡単である。さらに糖鎖修飾も可能なことから、細胞生物学のモデル生物として、また高等真核生物のタンパク質を発現する際の宿主として広く利用されている。また酵母(Saccharomyces cerevisiae)は、パン・清酒・味噌等、発酵食品に深く関与する微生物であり、その産業利用における安全性も非常に高いことが予想される。
【0003】
酵母を宿主とした時のタンパク質発現用プロモーターとしては、構成的発現を促すADH1プロモーターやPGK1プロモーター、特定成分をトリガーに発現を誘導するCUP1プロモーター(トリガー成分:銅イオン)GAL1プロモーター(トリガー成分:ガラクトース)が、現在使用されている。上記プロモーターは、実験室レベルのごく一般的な培養条件(YPD培地等)におけるプロモーター活性は検証されているものの、酵母に様々なストレス(熱・浸透圧・エタノール等)を与え得る産業的培養において十分なプロモーター活性を発揮できるかについてはあまり検討されていない。
【0004】
そこで、本発明者らは一般的な培養条件でのプロモーター活性はもとより、各種ストレス環境においても安定したプロモーター活性を有する塩基配列を検索することで、酵母を宿主とし有用タンパク質を発現させる際に極めて汎用性の高いプロモーターを開発することにした。
まず本発明者らはDNAマイクロアレイを用いて、清酒醪における酵母の全遺伝子について経時的な発現量を定量し、網羅的なプロモーター検索を実施した。ここでヒットしたプロモーターについて詳細な転写活性を調べる方法としては、対象プロモーターの下流域にレポーター遺伝子を連結し、そのレポーター遺伝子産物の酵素活性をプロモーター発現の指標とする方法を採用した。そして各種遺伝子のプロモーターについて検討した結果、好適なプロモーターを発見し、さらに研究の結果、遺伝子高発現システムの創製に成功した。
本発明に係る高発現プロモーターを検索するために、Research Genetics社の酵母用DNAマイクロアレイ「GeneFilters」を用いた。具体的には以下の操作を行なった。一般的な配合で仕込んだ清酒醪から経時的に酵母total RNAを抽出した。このRNAを鋳型に放射ラベル化したcDNAプローブを作製したのち、GeneFiltersとハイブリダイズさせた。各遺伝子のスポット強度を定量し、データポイント約30万点にのぼる酵母遺伝子発現データベースを構築した。
【0005】
上記データベースを網羅的に検索した結果、発明者らは清酒醪において極めて発現が活発である遺伝子SED1を見出した。SED1は酵母の細胞壁タンパク質をコードする遺伝子である。これは新規知見であり、発現が極めて活発であることからSED1の上流域には実用性に富んだ強力なプロモーター活性があるとの新規着想を得たので、その領域について詳細な解析を行なった。その結果、SED1プロモーターには強力なプロモーター活性があることを見出した。
【0006】
【特許文献1】特開2003−265177号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、SED1プロモーターを改変して、さらに強力なプロモーターを構築することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
プロモーターを改変する手段として、SED1プロモーターのデリーション解析をすることによって、それぞれのプロモーター発現強度を測定し、より強力なプロモーターを構築することとした。以下、発明の内容を詳細に説明する。
まず、プロモーター解析を行うについては、SED1プロモーターの下流域にレポーター遺伝子を連結し、そのレポーター遺伝子産物の活性をプロモーター発現の指標とする方法を採用した。
【0009】
詳細なプロモーター活性の検討にはプロモーター解析プラスミドpRS406−lacZ(図1)を用いた。このプラスミドはSTRATAGENE社の酵母シャトルベクターpRS406をベースに、本発明者らが大腸菌由来のβ−ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)を組み込んだものである。lacZの上流域(例えばSmaIサイト)にSED1プロモーター領域あるいはその一部分を挿入し、構築したプラスミドを清酒酵母 協会7号(本菌株は日本醸造協会から販売されている)の栄養要求性株に形質転換し、導入プラスミドが宿主染色体のura3位に1コピー組み込まれた形質転換体を選択した。そしてこれら形質転換体の細胞破砕上清のβ−ガラクトシダーゼ活性を測定することにより、プロモーター活性の指標とした。
その結果、SED1プロモーターを−800塩基まで欠失させた場合、元の−1063塩基までのSED1プロモーター活性に対して、9時間培養では活性に変化がないが、24時間培養の場合では、2倍以上のβ−ガラクトシダーゼ活性が得られた。従って、−1063塩基から−800塩基の間に後期抑制因子があると考えられた。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、上記のように、−800塩基まで欠失させるように改変されたSED1プロモーター領域を利用することにより、各種遺伝子を効率的に発現することが可能となり、目的とするタンパク質やその代謝物を大量に得ることができる。
【実施例1】
【0011】
プロモーター領域のデリーション解析
特願2002−69198(特開2003−265177)において、本発明者らはSED1プロモーターが強力なプロモーター活性を持つことを明らかにした。本発明において、1063塩基のプロモーターのうち、シスエレメントを究明すべく、デリーション解析を行い、より強力なプロモーターを探索することにした。
元のプロモーターの長さが−1063塩基までであるSED1プロモーターを、それぞれ−800塩基まで、−600塩基まで、−400塩基まで、−200塩基まで欠失したプロモーターを作成し、前述したプラスミドを構築した。構築したプラスミドを清酒酵母協会7号の栄養要求性株に形質転換し、導入プラスミドが宿主染色体のura3位に1コピー組み込まれた形質転換体を選択した。そしてこれら形質転換体の細胞破砕上清のβ−ガラクトシダーゼ(LacZ)活性を測定することにより、プロモーター活性の指標とした。
酵母培養時間9時間、24時間の時点でそれぞれβ−ガラクトシダーゼ(LacZ)活性を測定した。その結果を表1に示す。
【0012】
【表1】

【0013】
9時間培養では、−600塩基までデリーションしても活性はほとんどかわらず、−400塩基、−200塩基までデリーションした場合に大幅に減少した。24時間培養では、−800塩基までデリーションすることにより、活性が大幅に増大した。しかし、−200塩基までデリーションすると活性は大きく減少した。このことから、−1063塩基から−800塩基の間に後期抑制因子があり、さらに−600塩基から−400塩基の間に前期活性因子があり、さらに−400塩基から−200塩基の間に後期活性因子があることが分かった。
【0014】
これらのことから、9時間培養でも24時間培養でも活性が最も強かった塩基を−800までデリーションした改変SED1プロモーター(表1のPsed1(800))を用いることにより、後期抑制因子を取り除くことができ、培養後期のプロモーター活性を大幅に増大させることができた。
【実施例2】
【0015】
ジャーファーメンター培養での各プロモーターの活性
元の1063塩基のSED1プロモーター、及び実施例1で得た800塩基までデリーションしたSED1プロモーターを用いて、実施例1と同じ方法で形質転換体に導入し、ジャーファーメンター培養で、48時間までの培養を行った。そのβ−ガラクトシダーゼ(LacZ)活性を測定した。その結果を図2に示す。
【0016】
その結果、元の1063塩基のSED1プロモーターでは、20時間から48時間まで培養しても、LacZ活性はほとんど上がらず、LacZ活性は約10000U/mlから約12000U/mlになっただけであり、これは後期抑制因子を持っているためと考えられた。それに対して、800塩基までデリーションしたSED1プロモーターでは後期抑制因子がなくなり、LacZ活性は20時間培養で約10000U/mlだったのが、48時間培養後には約35000U/mlにまで上昇し、さらに培養した場合、さらに上昇することが期待された。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】プロモーター活性の検討に用いたプロモーター解析プラスミドpRS406−lacZを示す図である。
【図2】ジャーファーメンター培養でのβ−ガラクトシダーゼ(LacZ)活性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するDNA
【請求項2】
請求項1に記載のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA
【請求項3】
酵母(Saccharomyces cerevisiae)の細胞壁タンパク質をコードするSED1遺伝子のプロモーター領域の少なくとも一部をプロモーターとし、その下流に有用タンパク質遺伝子コード領域を遺伝子操作により結合せしめること、を特徴とする有用タンパク質遺伝子を高発現する融合遺伝子DNAを製造する方法
【請求項4】
プロモーターとして請求項1〜2のいずれか1項に記載のDNA又はプロモーターを使用すること、を特徴とする請求項3に記載の方法
【請求項5】
請求項3〜4のいずれか1項に記載の方法で製造してなる、有用タンパク質遺伝子を高発現する融合遺伝子のDNA
【請求項6】
請求項4に記載のDNAを含んでなる組み換えプラスミドを酵母に移入してなる形質転換体
【請求項7】
請求項6に記載の形質転換体を利用すること、を特徴とする有用タンパク質遺伝子の高発現方法

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−20538(P2007−20538A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−211454(P2005−211454)
【出願日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】