説明

ダイヤモンド工具による加工方法

【課題】 ダイヤモンド工具により各種金属材料、中でも特に鉄系金属材料などの加工を行うにあたり、切屑が加工面や切れ刃に溶着するのを防止し、本来ダイヤモンド工具が持つ長寿命、高精度加工という特徴が発揮できる加工方法を提供する。
【解決手段】 ダイヤモンド工具は、絶縁性ダイヤモンドに切れ刃を形成したものとし、被加工材料とダイヤモンド工具のそれぞれに電流電圧発生装置を接続し、ダイヤモンド工具には正極、前被加工材料には負極を接続して、電圧を印加した状態で加工する。電圧は0〜20V(ただし、0は除く)とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド工具により各種金属材料の加工を行う方法に関するものであり、特に鉄系金属材料の加工に適した加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドを切れ刃としたダイヤモンド工具として、例えば切削用のダイヤモンド工具があり、このような工具はダイヤモンドの優れた硬さや耐溶着性により、高精度な切れ刃形状を形成することが可能で、その形状を長時間安定して維持することができる。このようなことから、ダイヤモンド工具はVIIIa族の4周期に属する元素およびTiを含む材料、すなわちダイヤモンドを炭化させやすい元素を含有する材料を除いた様々な材料の加工、中でも特に銅やアルミニウムなどの軟質金属やりんメッキ等の加工において広く利用されている。
【0003】
VIIIa族の4周期に属する元素やTiを含む材料に対しては、ダイヤモンド工具で加工した場合、加工中にダイヤモンドと材料とが反応するため、ダイヤモンドの切れ刃は早期に摩耗し、工具寿命に至ってしまう。特に、鉄を主成分とした鉄系金属材料を加工する場合、ダイヤモンドの摩耗はひどくなるため、ダイヤモンド工具はVIIIa族の4周期に属する元素を含む材料やTiを含む材料を除いた材料の加工に利用されているのが実情である。
【0004】
しかしながら、ダイヤモンド工具による加工は利点が多く、VIIIa族の4周期に属する元素またはTiのいずれかを含む材料に対してもダイヤモンドの摩耗を防止する対策ができれば、その利点は大きいと考えられる。
【0005】
ダイヤモンドで鉄系金属材料を切削加工した場合、ダイヤモンドの摩耗は2つの異なる現象により発生する。第1の現象は、ダイヤモンドで鉄系金属材料を加工する際に、ダイヤモンドが酸化し二酸化炭素となって摩耗していくものであり、第2の現象はダイヤモンドが鉄系金属材料と接触することにより、ダイヤモンドの表面を構成する炭素原子同士を共有結合させている電子が鉄系金属材料に奪われて拡散していくために炭素原子が脱離し摩耗するものである。
【0006】
このような背景のもと、第1の現象による問題を解決するものとして、導電性ダイヤモンドを切削工具の切れ刃に使用することで、鉄系金属材料の切削が可能になることが提案されている。(例えば、非特許文献1参照。)
【0007】
また、非特許文献1に記載の発明では上記第2の現象による問題は解決できず、この問題の方が鉄系金属材料の加工によるダイヤモンドの摩耗において、非常に大きなウェイトを占めているため、この問題を解決する必要がある。そのため、被加工材料とダイヤモンド工具のそれぞれに電流電圧発生装置を接続し、ダイヤモンド工具には正極、被加工材料には負極を接続して電界をかけた状態で加工することが提案されている。この提案では、ダイヤモンド工具は、ホウ素を含有し導電性を有する工具を使い、電界をかけることで通電させて加工するものとされている。(例えば、特許文献1参照)
【0008】
特許文献1では、その効果が得られる原理として、以下のようなことが記載されている。鉄系金属材料を被加工材料とした場合に、ダイヤモンド工具が摩耗する理由の一つに、ダイヤモンドの表面を構成する炭素原子が、鉄系金属材料との接触により、鉄系金属材料側へ拡散していくことが挙げられる。これは拡散摩耗と呼ばれ、その発生メカニズムは以下のように考えられる。金属がダイヤモンドと接触すると、ダイヤモンド最表面に存在する炭素原子と鉄表面の原子との相互作用によって、最表面に位置する第1層の炭素原子と、その内側に存在する第2層の炭素原子との共有結合に関与している電子が鉄系金属側に移動するため、これらの炭素原子間の結合(バックボンド)が弱くなる。常温では結合が弱くなるだけで変化は生じないが、鉄系金属とダイヤモンドとの接触界面の温度が加工熱のために高くなると、炭素原子の運動エネルギーが大きくなり、最表面の炭素原子のバックボンドが切れ、ダイヤモンド表面から脱離する。脱離した炭素原子は切くずによって運び去られたり、鉄中に拡散して、ダイヤモンド表面が漸進的に損耗する。
【0009】
このようなことから特許文献1では、ダイヤモンド工具によりVIIIa族の4周期に属する元素またはTiを含む材料を加工する際に、被加工材料に電子を供給しながら加工することで、被加工材料がダイヤモンド結合を担う電子を奪わないようにし、拡散摩耗を抑制することを提案している。この特許文献1では、被加工材料として、VIIIa族の4周期に属する元素またはTiを含むものを対象とし、ダイヤモンド工具に使用するダイヤモンドとして、ホウ素やリンなどの元素がドーピングされた導電性ダイヤモンドを使用している。このようなダイヤモンドを使用した工具を使い、被加工材料と導電性を有するダイヤモンド工具のそれぞれに電流電圧発生装置を接続し、ダイヤモンド工具には正極、被加工材料には負極を接続して電流を流しながら加工することで、被加工材料とダイヤモンドとの界面に電子を安定して供給することができるようになり、ダイヤモンドから被加工材料への拡散摩耗を効果的に防止することができ、ダイヤモンドの摩耗を防止することができるものとされている。
【0010】
【非特許文献1】「機械と工具2004年11月号」,工業調査会,2004年11月1日,p.10−16
【特許文献1】特開2006−255836号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献1や特許文献1に記載の発明では、ダイヤモンド工具としてホウ素などの不純物を意図的に含有させた導電性を有するものを使用することが必要となる。導電性を有するダイヤモンド工具は、ホウ素などをドープすることが必要になり、工具の製作が容易ではなくしかも材料によって異種のダイヤモンド工具を取り揃える必要が生じるため、工具費用や加工費用の点でコストアップは避けられない。また、ダイヤモンド工具での加工が可能とされていた銅やアルミニウムなどの軟質金属を加工した場合には、切屑が加工面や切れ刃に溶着しやすく、加工面あらさを悪化させる問題も起こりうる。このようなことから、本発明は導電性を有さないダイヤモンド工具であっても鉄系金属材料などの加工が可能で、加工中の切屑の溶着を防止し、加工面精度や工具寿命を向上させることが可能な加工方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のダイヤモンド工具による加工方法は、切れ刃にダイヤモンドを用いたダイヤモンド工具により材料を加工する方法であって、
前記ダイヤモンドは、絶縁性ダイヤモンドであり、
前記被加工材料と前記ダイヤモンド工具のそれぞれに電流電圧発生装置を接続し、前記ダイヤモンド工具には正極、前記被加工材料には負極を接続して、電圧を印加した状態で加工することを特徴とするものである。なお、本願でいう絶縁性ダイヤモンドとは、不可避不純物以外の不純物を含まないダイヤモンドのことを指し、不可避不純物ではないボロンやリンなどの不純物を意図的にドーピングした導電性ダイヤモンドとは異なるものを指している。
【0013】
また、印加する電圧は0〜20V(ただし、0は除く)とするのが好ましい。
【0014】
以上のような加工方法は、鏡面加工のような超精密切削加工に用いるのが好適であり、ダイヤモンド工具として、単結晶ダイヤモンドや結合助剤を含まない多結晶ダイヤモンドなどを用いたダイヤモンドバイトを使用するのが有効である。
【0015】
本発明の加工方法では、特許文献1に記載の方法と同様の効果も得られるが、その原理は異なり、加工される材料もVIIIa族の4周期に属する元素やTiを含む材料だけではなく、各種金属材料において本発明特有の効果が得られる。
【0016】
特許文献1に記載の方法では、電流電圧発生装置から被加工材料に負極、ダイヤモンド工具に正極を接続し、電界をかけることでダイヤモンド工具から被加工材料に通電させた状態で加工する。ダイヤモンド工具として導電性を有するダイヤモンドを使用することにより、工具シャンクからダイヤモンドを通じて被加工材料側へ電流が流れ、被加工材料からダイヤモンドに向かっては電子が流れる状態になり、被加工材料には常に電子が集まっているので、被加工材料がダイヤモンドから電子を奪うことがなくなり、ダイヤモンドの表面を構成する炭素原子は被加工材料側へ拡散し難くなる。これにより、ダイヤモンドから被加工材料への炭素原子の拡散が防止され、ダイヤモンドの摩耗を防止できるものである。
【0017】
これに対し、本発明の方法では、電流電圧発生装置から被加工材料に負極、ダイヤモンド工具に正極を接続し、電圧を印加した状態で加工するが、ダイヤモンド工具として絶縁性のダイヤモンドを使用する。これにより、特許文献1に記載の方法のように、ダイヤモンド工具から被加工材料に向かって電流が流れるすなわち通電することはないが、被加工材料表面は負の電気、ダイヤモンド工具表面は正の電気を帯びた状態になる。この状態は、被加工材料表面に常に電子が存在する状態すなわち帯電した状態であり、被加工材料に電子が必要な状態になればこの電子が供給される。従って、被加工材料がダイヤモンドから電子を奪うことがなくなり、ダイヤモンドの表面を構成する炭素原子は被加工材料側へ拡散し難くなる。この効果そのものは、特許文献1に記載の方法と似ているが作用は異なるものであり、ダイヤモンド工具から被加工材料へ通電させなくても帯電させることで同等以上の効果が得られ、ダイヤモンドから被加工材料への炭素原子の拡散が防止されて、ダイヤモンドの摩耗を防止できる。
【0018】
また、電圧を印加した状態で切削加工を行うと、被加工材料は負に帯電し、切削加工で発生した切屑も負に帯電しているため、お互いに反発して被加工材料表面に付着しにくくなったり、溶着しにくくなる。さらに、負に帯電した切屑は、正に帯電したダイヤモンド工具に引きつけられる。切削加工時の切れ刃および被加工材料周辺のイメージを図1に示す。この図において、ダイヤモンド工具が被加工材料に切り込まれる、すなわち切れ刃が左側に移動し被加工材料が切削されると切屑が発生する。被加工材料と切屑はどちらも負に帯電しておりお互いに反発するため、被加工材料の表面に付着しにくくなる。そして、切屑は切れ刃のすくい面に沿って上向きに流れるが、切れ刃は正に帯電しているため、負に帯電した切屑を引きつける。この結果、切屑がスムーズに排出され、被加工材料表面に切屑が付着したり溶着することを防止する効果がより高くなる。この効果は、VIIIa族の4周期に属する元素やTiを含む材料のみならず各種金属材料の加工において得られるものであり、鏡面加工のような超精密切削加工を行う場合には、大きな効果が得られる。特許文献1に記載の方法では、電流がダイヤモンドや被加工材料の内部を流れるために帯電はせず、被加工材料の表面に電子が存在する状態にはならないため、本発明のような被加工材料が切屑を反発させる力は極めて弱く、上記のような作用効果は得られない。
【発明の効果】
【0019】
本発明の加工方法によれば、加工中に発生する切屑は被加工材料と同じ極に帯電しているためお互いに反発して加工面に付着したり溶着したりすることが防止され、しかもダイヤモンド工具の切れ刃周辺は切屑と異なる極に帯電し切屑を引きつけるため、切屑の排出性が大幅に向上して加工面の表面粗さが向上する。また、ダイヤモンドと反応しダイヤモンドを摩耗させやすい材料であるVIIIa族の4周期に属する元素またはTiのいずれかを含む材料をダイヤモンド工具により加工する場合でも、ダイヤモンドの拡散摩耗が抑制され、本来ダイヤモンド工具が持つ長寿命、高精度加工という効果が発揮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に、本発明の加工方法の具体的な例を使い、実施のための最良の形態を説明する。
【0021】
本発明の加工方法で使用するダイヤモンド工具として、ダイヤモンドバイトなどが使われる。切れ刃が形成されるダイヤモンド素材として、単結晶ダイヤモンドや多結晶ダイヤモンドなどがあり、多結晶ダイヤモンドとして、CVD法やPVD法により得られる気相合成ダイヤモンド、結合助剤なしにダイヤモンド粒子が直接接合された多結晶ダイヤモンドなどがある。これらはいずれも不可避不純物を除き不純物が含まれていない絶縁性のダイヤモンドであり、Coなどの焼結助剤により微粒のダイヤモンド粒子が結合されたダイヤモンド焼結体などは使用しない。
【0022】
加工される材料として、ダイヤモンドと接触させた時に反応しダイヤモンドを摩耗させやすい材料であるVIIIa族の4周期に属する元素またはTiのいずれかを含む材料があり、具体的にはFe、Ni、Co、Tiなどがある。
【0023】
上記のようなダイヤモンド工具と被加工材料を加工装置にセットし、切削加工を行う。ダイヤモンド工具と被加工材料には電流電圧発生装置を接続し、ダイヤモンド工具本体あるいはダイヤモンド工具側の装着部材などには正極、被加工材料あるいは被加工材料側の装着部材などには負極を接続する。加工装置と電流電圧発生装置とを接続するイメージを図2に示す。加工装置には、例えば被加工材料を回転させるための回転機構が設けられ、回転機構の周囲には通電のためのブラシを設けることにより、被加工材料に安定して電圧を印加することが可能になる。
【0024】
そして電流電圧発生装置により電圧を印加しながら加工を行う。このような加工を行うことで、ダイヤモンド工具から被加工材料への通電は起こらないが、ダイヤモンド工具には正の電気が帯電し、被加工材料には負の電気が帯電するため、被加工材料には常に電子が集まり、被加工材料がダイヤモンドから電子を奪うことがなくなり、ダイヤモンドの表面を構成する炭素原子は被加工材料側へ拡散し難くなる。これにより、ダイヤモンドから被加工材料への炭素原子の拡散が防止され、ダイヤモンドの摩耗を防止できる。また、被加工材料と切屑はどちらも負に帯電しておりお互いに反発するため、被加工材料の表面に付着しにくくなる。そして、切屑は切れ刃のすくい面に沿って上向きに流れるが、切れ刃は正に帯電しているため、負に帯電した切屑を引きつける。この結果、切屑がスムーズに排出され、被加工材料表面に切屑が付着したり溶着することを防止する効果がより高くなる。
【実施例1】
【0025】
本発明の第1の実施例として、図2に示すような装置を使い、ダイヤモンドバイト1を用いて被加工材料3を旋削する加工試験を行った。図2は、電圧印加切削装置の構成の概要を示した平面図である。ダイヤモンドバイト1は、絶縁性のCVDダイヤモンドを切れ刃チップとして、その先端にはR形状の切れ刃を形成し、シャンクにろう付けしたダイヤモンドバイトとした。被加工材料3は、SS400の炭素鋼を材料とした円柱状の材料3とした。加工装置は超精密旋盤を使用し、装置本体に設けられたチャック4に被加工材料3を取り付け、工具取付部2にダイヤモンドバイト1を固定した。被加工材料3の外周面には、被加工材料3と接触しながら摺動可能な状態でブラシ5が設けられている。このブラシ5は装置本体に固定されたアーム(図示せず)に取り付け、被加工材料の左右に2ヶ設けられており、左右のブラシ5は導線6でつながれている。このブラシ5には定電流定電圧発生装置7の負極9が接続されており、ダイヤモンドバイト1の工具本体には正極8が接続されている。切削加工を行う際には、チャック4がRの方向に回転し、ダイヤモンド工具1が矢印Fの方向に移動することで被加工材料3の幅Eの部分が加工される。また、電圧を印加する場合には定電流定電圧発生装置7から接続された正極8と負極9の線を通じて、電圧が印加される。
【0026】
印加する電圧の適切な値を確認するため、0Vから順次高くした電圧を印加していき、ダイヤモンドバイト1の切れ刃と被加工材料3との接触部付近を観察した。その結果、15Vのあたりから僅かに放電現象が見られ始め、20Vを越えたところで火花が発生し、ダイヤモンド工具の切れ刃周辺と被加工材料が焦げる現象が見られた。この焦げた部分をより詳しく観察してみると、ダイヤモンド工具の切れ刃周辺は炭化しており、この状態は加工面への影響が出たり、切れ刃の欠けや摩耗の原因になるため、超精密加工にはほとんど使えない状態であることが分かった。また、被加工材料は、加工面の一部が溶融しており、これにより加工面あらさが悪化するため、超精密加工された材料として使用することができない状態であることが分かった。以上のことから、放電による影響が無い条件として、印加する電圧を20V以下にすることが適切であることが分かった。
【実施例2】
【0027】
本発明の第2の実施例として、実施例1と同様の加工装置、工具、材料を使い、切削加工試験を行った。切削加工条件は、被加工材料3の回転数は250rpm、送り速度は15μm/rev、切り込み量は5μmで、工具素材の違いと印加する電圧の有無による差を確認した。試験品仕様、加工条件の違いとして、切れ刃チップの素材を絶縁性のCVDダイヤモンドとし、印加する電圧を10Vとして切削を行ったもの(本発明1)、切れ刃チップの素材を導電性のCVDダイヤモンドとし、印加する電圧を10Vとして切削を行ったもの(比較例1)、切れ刃チップの素材を絶縁性のCVDダイヤモンドとし、電圧を印加せずに切削を行ったもの(比較例2)の3種類で切削加工試験を行った。切削部位の冷却は、空気を噴射する乾式冷却により行った。
【0028】
以上の条件で試験を行った結果、本発明1と比較例2は絶縁性のダイヤモンドを使用しているため、電流値は0Aであり、比較例1は通電されていて、電流値は約0.48Aであった。これらの加工試験の結果を表1に、12.2mの距離を切削したときの加工面の表面あらさを図3に、73.3mの距離を切削したときの加工面表面の顕微鏡写真を図4に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
まず、3種類の条件にて加工を行い、切削距離が12.2mになった時点で、加工面の表面あらさと切れ刃の摩耗の大きさを測定した。切れ刃の摩耗の大きさは、逃げ面摩耗の大きさを測定することで比較した。逃げ面摩耗は、切れ刃の稜線部が摩耗している部分をすくい面と平行な方向から逃げ面を見た時の摩耗部分の大きさを測定したものであり、長さはすくい面と平行な方向の大きさで、幅はすくい面と垂直な方向の大きさである。この結果、表1および図3に示すように、本発明1と比較例2とを比較すると、表面あらさに大きな差が見られ、本発明の方法による加工が非常に良いことが分かる。また、本発明1と比較例1とを比較すると、比較例2と同様に表面あらさに差が見られ、明らかに差があることが分かった。そのため、これ以降の切削加工は、本発明1と比較例2のみを継続して行った。
【0031】
切削距離が73.3mになるまでさらに加工を継続した結果、本発明1は、12.2mの距離を切削した時と比べても表面あらさが変わらず、切れ刃の逃げ面摩耗もあまり大きく変化していないが、電圧を印加せずに切削したものでは、12.2mの距離を切削した時以上に表面粗さが悪くなり、逃げ面摩耗の大きさも増加する傾向で、逃げ面摩耗幅については、比較例2は本発明1と比べて約1.5倍の大きさであった。また、図4に示すように、加工面にはむしれたような窪みが多数見られ、切屑が溶着しては剥がれるという現象が繰り返し発生したものと考えられる。
【実施例3】
【0032】
本発明の第3の実施例として、実施例2と同様の加工装置を使用し、被加工材料として炭素鋼SS400の表面に無電解ニッケルリン膜を形成したものを使用して無電解ニッケルリン膜の切削加工試験を行った。加工条件は、被加工材料3の回転数は750rpm、送り速度は10μm/rev、切り込み量は5μmで、印加する電圧の有無による差を確認した。試験品の仕様は同じものとし、加工条件の異なる点として、切れ刃チップの素材を絶縁性のCVDダイヤモンドとし印加する電圧を10Vとして切削を行ったもの(本発明2)と、同じく切れ刃チップの素材を絶縁性のCVDダイヤモンドとし電圧を印加せずに切削を行ったもの(比較例3)の2種類で切削加工試験を行った。切削距離は1200mとし、1200mmの切削加工を行った時の加工面の状況などを比較した。
【0033】
1200mの距離を切削したときの加工面表面の顕微鏡写真を図5に、同じく切削中の切削力の変化を図6に示す。図5は(a)が本発明2で切削したときの加工面表面を表し、(b)が比較例3で切削したときの加工面表面を表している。また、いずれも右の写真は左の写真に対し10倍とした写真である。
【0034】
図5を参照して、加工面の表面の状態は、本発明2はむしれや窪みが見られなかったが、比較例3は溶着がひどく、表面あらさに大きく影響する状況が確認された。次に図6を参照して、本発明2は比較例3と比べて背分力が高くなっており、これは切屑が被加工材料と反発し、さらに切れ刃チップのすくい面上に引きつけられながら切削が進むために高くなっているものと考えられる。このことからも、本発明2の加工面の状態が良好なのは、切屑がすくい面に沿って円滑に排出され、そのために背分力が高くなっていることが起因していると考えられる。
【0035】
さらに、この後切削加工を続けて切屑を採取し、切屑の状態の観察を行った。図7に、1225m切削時の切屑の写真を示す。図7(a)は本発明2のSEM写真、(b)は比較例3のSEM写真、(c)は本発明2と比較例3の光学顕微鏡写真である。本発明2の切屑は、比較例3の切屑に比べて細かいねじれが生じている。この原因は明確ではないが、ねじれの影響により切屑が分断されやすくなり、その結果、長さは2mm程度の短い断片となって排出されている。一方、比較例3の切屑は細かいねじれが生じないため分断されにくく、数十mm程度の長さにわたって連続する長い切屑が排出されている。このような結果から、電圧印加切削によって生じる短い切屑は、無電圧の場合の長い切屑よりも加工点からの排出性が良く、被削材表面に付着や溶着が起こりにくく、加工面性状が向上する。
【0036】
以上の試験結果より、本発明の加工方法は、ダイヤモンドの摩耗を抑制し、切屑の排出性を大幅に向上させて加工面の表面あらさを向上させることができ、鏡面加工に適していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、ダイヤモンドを切れ刃とした切削工具で、鉄系金属材料などの他、各種金属材料を加工するのに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の加工方法により加工を行った時の切れ刃周辺の状態を示す概念図である。
【図2】本発明の加工方法により加工を行うための電圧印加切削装置の状態を示す概念図である。
【図3】実施例2における12.2mの距離を切削したときの加工面の表面あらさを示す図である。
【図4】実施例2における73.3mの距離を切削したときの加工面表面の顕微鏡写真である。
【図5】実施例3における1200mの距離を切削したときの加工面表面の顕微鏡写真である。
【図6】実施例3における1200mの距離を切削したときの切削中の切削力の変化を示す図である。
【図7】実施例3における1225mの距離を切削したときの切屑の状態を示す写真である。
【符号の説明】
【0039】
1 ダイヤモンドバイト
2 工具取付部
3 被加工材料
4 チャック
5 ブラシ
6 導線
7 定電流定電圧発生装置
8 正極
9 負極
A 主分力
B 背分力
C 反発力
D 引力
E 被加工材料の加工面幅
F ダイヤモンド工具の送り方向
G 被加工材料の直径
R 被加工材料の回転方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切れ刃にダイヤモンドを用いたダイヤモンド工具により材料を加工する方法であって、
前記ダイヤモンドは、絶縁性ダイヤモンドであり、
前記被加工材料と前記ダイヤモンド工具のそれぞれに電流電圧発生装置を接続し、前記ダイヤモンド工具には正極、前記被加工材料には負極を接続して、0〜20V(ただし、0は除く)の電圧を印加した状態で加工することを特徴とする加工方法。
【請求項2】
超精密切削加工であることを特徴とする請求項1に記載の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−17781(P2010−17781A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−178146(P2008−178146)
【出願日】平成20年7月8日(2008.7.8)
【出願人】(000205627)大阪府 (238)
【出願人】(597122518)
【出願人】(000220103)株式会社アライドマテリアル (192)
【Fターム(参考)】