説明

ダチョウ産生による抗体およびそれを用いたフィルター

【課題】哺乳類より免疫力の高い鳥類を用いて抗体を産生する技術は従来からあり、特に鶏は実用的に利用されている。鶏は卵が小さく大量に抗体を産生する場合は、多数の鶏を用意する必要があり、個体ごとの抗体の品質の差があった。
【解決手段】鳥の中でもダチョウを用いてインフルエンザウイルスに対する抗体を産生することで、同一個体から大量の抗体を産生することができる。またダチョウの卵は鶏卵のような臭いがなく、特異的抗体含有物としても利用しやすい。抗体として季節性インフルエンザウイルスH1N1型を用いて得た抗体は豚インフルエンザウイルスやヒトに対する最近流行のH1N1型に対しても中和特性を示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H1N1タイプのインフルエンザウイルスに対する抗体に関する。より詳しくは鳥類特にダチョウを用いその卵からインフルエンザウイルス(H1N1型)に対する抗体を産生する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
哺乳類と比べ鳥類は大変高い免疫能力を持つことが知られている。これは鳥類が哺乳類とは全く異なった進化の過程を経てきているからといわれている。また鳥類の雌が有する抗体は卵となって体外に排出されるので、抗体の作製にも利用されている。
【0003】
鶏は従来からこのような抗体産生のために検討され、実際に利用されている動物である。例えば、鶏に抗原を接種し、抗原に特異的な抗体を鶏体内に形成させる。抗体が形成された後、この鶏が産卵した卵の全卵、卵黄または卵白より特異的抗体を含有する材料を大量に得る方法が開示されている(特許文献1参照)。
【0004】
この抗原にはインフルエンザウイルスを用いた場合も検討されており、鶏卵から得られた抗体をスプレーで粘膜に噴霧する技術の開示がある(特許文献2参照)。また、鶏卵から得られた抗体を担持するマスクといった技術もある(特許文献3参照)。
【0005】
また、鶏卵から得られる抗体を含有する卵黄には、鶏卵特有の色や臭いがあるため、使いづらいという課題に対して鶏への飼料からカロチノイドを抜き、鶏卵特有の色や臭いのない白色化卵黄を得る技術の開示もある(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−215534号公報
【特許文献2】特開昭62−175426号公報
【特許文献3】特開2005−169105号公報
【特許文献4】特開平4−103539号公報
【特許文献5】特開2009−23985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鶏は1つの卵が小さく、大量に抗体を産生する場合は多くの鶏を用いる必要がある。鶏は個体が違えば免疫力も異なり、産生される抗体もそれぞれ異なる。従って同じ抗原を用いても免疫した個体が異なれば、全くの同一物ではない。それゆえ、得られた抗体は、個体の違いによるロット差が発生してしまうという課題があった。抗体を利用する場合はできるだけ、均一な品質でロット間による違いのないものが望ましい。
【0008】
また、鶏卵に対するアレルギーを有する人は比較的多いので、鶏卵から得ることのできる特異的抗体含有物を経口摂取し、予防若しくは治療効果を図る場合は、アレルギー反応に注意しなければならないという課題もある。
【0009】
また、カロチノイドを除いた飼料を与えたとはいえ、鶏卵特有の臭いは完全にはなくならず、卵から得られる特異的抗体含有物の利用には、個人的な嗜好上の課題が残る場合もある。
【0010】
この課題を解決するために発明者は鳥類(ダチョウ)を使った抗体の産生についての発明を提案した(特許文献5)。しかし、現在世界的に流行し始めているH1N1型インフルエンザウイルスに対して、ダチョウによる抗体の効果については実証されていなかった

【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明はかかる課題の解決のために想到されたものである。本発明では現在世界的に流行の兆しを示している以下の5種類の新型インフルエンザウイルスに対応すべく、季節性インフルエンザウイルスを抗原として鳥類(ダチョウ(Struthio camelus))を用いて、その卵から抗体を得た。
【発明の効果】
【0012】
ダチョウの卵は鶏卵のおよそ20〜30倍であり、その卵から得ることのできる抗体の量も同等倍である。従って、1羽のダチョウから大量の抗体を得ることができ、これはすなわちロット間の差を少なくすることができるという効果を得る。
【0013】
また、ダチョウの卵は鶏卵と比較しアレルギーが少ないという特徴がある。従って、卵から得られた抗体含有物を経口摂取し、予防若しくは治療効果を図る場合には、アレルギー反応というリスクを回避しやすいという効果を得る。
【0014】
また、ダチョウの卵は鶏卵のような臭いがなく、例えばマスクなどに用いてもほとんどの人に対して問題なく利用できる。
【0015】
そして、ダチョウから得た下記の5つのインフルエンザウイルスに対する抗体は、いずれもウイルスに対する中和力を示した。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】MDCK細胞にウイルスおよびウイルスと本発明の抗体を感染させた状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
ダチョウに抗原を免疫すれば血液に特異抗体が産生され、そのうちIgYが卵黄に移行し、産卵と同時に排出される。この卵黄よりIgYを抽出すれば特異的で高感度の抗体を大量に得ることができ、それを診断・検査薬や治療薬として利用できる。一個の卵黄から2〜4gのIgYの精製が可能であり、1羽のダチョウから年間400gの抗体を得ることが可能である。つまり1羽で約4000万人分以上のロット差の少ない診断キットの作製が可能になる。多数のダチョウを使用すれば莫大な量の抗体の生産も可能であり、工業用としての利用価値がある。
【実施例1】
【0018】
本実施例では、現在世界的に流行の兆しを示しているH1N1型インフルエンザウイルスを、国内で分離した5種類と豚のインフルエンザウイルスと、ヒトの季節性インフルエンザウイルスの臨床分離株の計7種のウイルスを用いた。用いたウイルスを表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
<抗体の作製法>
雌のダチョウにA/New Caledonia/20/99 (H1N1)のHA抗原免疫した。初回免疫はHA抗原30μgをフロイントの完全アジュバントに混和し雌ダチョウの腰部筋肉内に接種した。2週間後および4週間後に追加免疫(HA抗原30μgをフロイントの不完全アジュバントに混和)した。初回免疫から6週目以降に産卵されたダチョウ卵の卵黄よりダチョウIgYを精製した。卵黄の精製は以下のように行った。
【0021】
まず、卵黄に5倍量のTBS(20mMTris−HCl、0.15M NaCl,0.5%NaN3)と同量の10%デキストラン硫酸/TBSを加え20分攪拌する。
【0022】
そして1MCaCl2/TBSを卵黄と同量加え攪拌し、12時間静置する。その後、15000rpmで20分遠心し上清を回収する。
【0023】
次に、最終濃度40%になるように硫酸アンモニウムを加え4℃で12時間静置する。その後、15000rpmで20分遠心し、沈殿物を回収する。最後に、卵黄と同量のTBSに再懸濁し、TBSにて透析する。
【0024】
この課程により90%以上の純度のIgYの回収が可能となった。1個の卵黄より2〜4gのIgYを精製することができた。
【0025】
<培養実験>
上記のウイルスを培養細胞に感染させる実験を行った。培養細胞はMDCK細胞を用いた。MDCK細胞は、インフルエンザウイルスの分離同定やウイルス力価の測定に用いられる一般的な培養細胞である。この細胞は通常敷石状に単層に培養でき、例えばウイルスに感染することで細胞に何らかの変化が生じる球形に変形するため細胞変性効果(CPE:cytopathic effect)を顕微鏡下で容易に観察することができる。
【0026】
ウイルスは、以下のようにしてMDCK細胞に感染させた。上記5種のインフルエンザウイルスを10TCID50/mL(10の2乗Tissue culture in
fectious dose:100倍したら組織培養細胞の半数(50%)が感染する量)に調整し、MDCK細胞に1時間37℃で吸着させた。その後、トリプシン含有培養液(GIT培地)を加え35℃、5%CO2の条件で培養した。培養3日目に顕微鏡でCPEの有無を観察した。
【0027】
抗体の効果を確認するために、様々な濃度(4倍段階希釈)のダチョウ抗体を上記ウイルス液に混合し、37℃で1時間反応させた。そして、その後に培養細胞に吸着させた。吸着後の手順は上記の通りである。CPEが観察される抗体の最大希釈倍率を観察した。
【0028】
図1に観察結果の写真を例示する。図1(a)を参照して、感染前のMDCK細胞は、培養すると培養皿の底面に敷石状に一層で培養されている。写真は黒線が50μmであり、均一であるため写真では細胞の有無さえ識別しにくい。
【0029】
図1(b)は、MDCK細胞にA/H1N1/Osaka/47/2009 (H1N1)を感染させ、培養を行った場合の写真である。感染したMDCK細胞は丸く変形し(細胞変性効果)、培養皿の底面から浮き上がる。なお、これは感染2日目の写真である。
【0030】
図1(c)は、A/H1N1/Osaka/47/2009 (H1N1)にダチョウ抗体10マイクログラム/MLを反応させた後に細胞に感染させた場合の感染2日目の写真である。MDCK細胞には、細胞変性効果が現れず、感染前の状態と同じ状態であった。この効果は表1で示した全てのインフルエンザウイルスについて確認することができた。
【0031】
<抗体価の測定>
上記ウイルス感染および抗体の反応性を見る試験は、96穴培養プレートで行った。MDCK細胞を全てのwell(つまり96穴)に培養させ、全てにウイルス(または抗体反応後のウイルス)を感染させた。抗体の各濃度には4穴を用いた(たとえば、2mg/mLは4穴)。CPEの有無を記録し、定法、「behrens−karber変法」に
従って50%感染抑制値を算出した。50%感染抑制値は少ない値ほど抗体としてウイルス中和効果があることを示す。抗体価の結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
表2から、ダチョウに季節性インフルエンザソ連型H1N1ウイルスのHA抗原を注射(免疫)して作製した抗体は、新型インフルエンザウイルスに対して20μg/mL代という低い抵抗価を確認できた。これはこの抗体が新型インフルエンザウイスルに対する高い中和作用を有するものであることを示している。
【0034】
この原因は、ダチョウ抗体がインフルエンザウイルスのHA抗原に結合するので、ウイルスが細胞表面の受容体に引っ付くのがブロックされ結果的に感染が抑制されたということであると考えられる。
【実施例2】
【0035】
ダチョウ抗体を担持させたフィルターを作製した。ダチョウ抗体50μgを15cm×7cmの不織布に染みこませ熱乾燥させた。
【0036】
抗体フィルターのウイルス不活化能の測定:上記抗体フィルター(15cm×7cm)にウイルス液(10TCID50/ML)を100μLを添加し、37℃で10分反応させた。リン酸緩衝液2mLで洗浄し、その洗浄液を濾過滅菌後、段階希釈し、MDCK細胞に感染させ、3日後のCPEの有無を観察し感染力価を計測した。フィルター処理後の感染力価をフィルター未処理のウイルス力価で割ることにより、フィルターによる感染抑制率(%)を算出した。結果を表3に示す。
【0037】
【表3】

【0038】
表3より、本発明の抗体をしみ込ませたフィルターは、すべてのウイルスに対して99%以上の感染抑制率を示した。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明のダチョウから得た抗体は、インフルエンザウイルスに対する抗体価や高い感染抑制率を有するので、フィルターなどに用いることにより、新型インフルエンザ感染防御を目的とするマスクや空気清浄機などに応用が可能である。
【0040】
また、衣料繊維に用いることにより防疫服としても応用可能であり、さらに、液体そのものとしてとして用いればスプレー剤や、洗浄用の濡れティッシュとしても利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフルエンザウイルスのHA抗原を免疫したダチョウの雌が産卵した卵の黄身から抽出したIgY。
【請求項2】
前記インフルエンザウイルスは、季節性インフルエンザウイルスソ連型(H1N1)である請求項1に記載されたIgY。
【請求項3】
前記インフルエンザウイルスは、A/New Cakedonia/20/99(H1N1)である請求項1または2に記載されたIgY。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかの請求項に記載されたIgYを染み込ませたフィルター。

【図1】
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【公開番号】特開2011−20927(P2011−20927A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164768(P2009−164768)
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(508198535)オーストリッチファーマ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】