説明

チェーン

【課題】 チェーン運転時の動力伝達効率を低下させることなく、チェーンスパンの弦振動を規制でき、しかも耐久性の高いバックベンド防止機構を備えたチェーンを提供する。
【解決手段】 バックベンド防止機構は、連結ピン3が挿入される左右一対のスプリングワッシャー部50、51と、各スプリングワッシャー部50、51の間を連結する連結バー55とから構成されたスプリングワッシャー構造体5をチェーン長手方向に複数個備えるとともに、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体5が、それぞれ一方のスプリングワッシャー部50、51を上下にオーバラップさせた状態でチェーン長手方向に延設されている。各リンクプレート2のバックベンドの際には、各スプリングワッシャー構造体5が各リンクプレート2とともに回動し、各スプリングワッシャー部50、51が相互に回転することにより、スプリングワッシャー構造体5の厚みが増す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーンスパンの弦振動を規制するバックベンド防止機構を備えたチェーンに関し、詳細には、当該バックベンド防止機構の構造の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や自動二輪車等の動力伝達チェーンおよびタイミングチェーンとして、例えばサイレントチェーンやローラチェーンが用いられている。これらのチェーンは、一般に、各々一対のピン孔を有する多数のリンクを、各ピン孔内に挿入した連結ピンで互いに枢支可能に連結することにより構成されている。
【0003】
このようなチェーンが駆動スプロケットおよび従動スプロケットに巻き掛けられて回転するとき、各スプロケット間のチェーン配設部分に張り側スパンおよび弛み側スパンが形成されるが、チェーンの運転時には、チェーンの固有振動数に対応した特定のエンジン回転数において、チェーンの張り側スパンで共振が発生し、これが運転時の騒音の原因になっている。この共振時には、チェーン張り側スパンが弦振動することにより、チェーンの各リンクがスプロケット噛合側のみならずその逆側の背面側にも屈曲することになる。
【0004】
そこで、このようなチェーン張り側スパンの弦振動を防止するために、特開平8−74939号公報に示すように、チェーン幅方向に隣り合う各リンクの間に波形状のバネリンクを圧縮挟持させたものが実用に供されている(同公報の図2、図4参照)。なお、同様の例は、特開平10−54445号公報の図2および特開2000−130518号の図1、図4、図8にも示されている。
【0005】
チェーンにバネリンクを装着することにより、バネリンクの圧縮変形にともなう弾性反発力がチェーン幅方向に隣り合う各リンクの間に作用して、リンク同士の間に摩擦力が付与され、これにより、チェーンの屈曲抵抗が増大して、チェーンスパンの弦振動が抑制されるようになっている。
【0006】
しかしながら、この場合には、バネリンクの圧縮変形による弾性反発力は、チェーンの運転中に常時チェーンの内部に作用しているため、チェーンの動力伝達の際のスプロケット噛合時においてもチェーンの屈曲抵抗が増大している。その結果、バネリンクを装着することで、チェーン噛合時にフリクションロス(摩擦損失)が発生して、チェーンの動力伝達効率の低下を招いている。
【0007】
そこで、動力伝達効率を低下させることなく、チェーンスパンの弦振動を防止するために、特開2004−28154号公報に示すようなチェーンが提案されている(同公報の図2、図5、図6参照)。
【0008】
このチェーンにおいては、各リンクの背面側への屈曲(バックベンド)を規制するために、リンクのバックベンド時に当該リンクの肩部が干渉する突起部を当該リンクとチェーン幅方向に隣り合うリンクに形成している。
【0009】
この場合には、チェーンスパンが弦振動を起こして背面側に屈曲しようとした際には、リンクの肩部が突起部に干渉することにより、リンクの背面側への屈曲運動が規制され、その結果、チェーンスパンの弦振動をほぼ片振状態にすることができて、チェーンスパンの弦振動を規制できるようになっている。しかも、この場合には、チェーンの噛合時にリンクの屈曲運動を阻害することがないので、チェーン運転時の動力伝達効率を低下させることはない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、前記従来の構成では、チェーンの運転中にリンクのピンやピン孔が摩耗すると、リンク肩部と突起部との距離が伸びる。すると、リンク肩部が突起部に十分に干渉できなくなり、その結果、リンクの背面側への屈曲運動を十分に規制できなくなる。したがって、前記従来の構成では、耐久性があまり高くない。
【0011】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたもので、本発明が解決しようとする課題は、チェーン運転時の動力伝達効率を低下させることなく、チェーンスパンの弦振動を規制でき、しかも耐久性の高いバックベンド防止機構を備えたチェーンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明は、各々一対のピン孔を有する複数のリンクを長手方向および厚み方向に配設しピン孔内に挿入した連結ピンで互いに枢支可能に連結してなるチェーンにおいて、厚み方向に隣り合ういずれかの各リンクの間にバックベンド防止機構が設けられている。バックベンド防止機構は、間隔を隔てて配置されかつ連結ピンがそれぞれ挿入される左右一対のスプリングワッシャー部と、各スプリングワッシャー部の間を連結する連結部とから構成されたスプリングワッシャー構造体をチェーン長手方向に複数個備えており、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体は、それぞれ一方のスプリングワッシャー部を上下にオーバラップさせた状態でチェーン長手方向に延設されている。
【0013】
請求項1の発明によれば、チェーンの各リンクがバックベンド(背面屈曲)する際には、各リンクの回動とともに、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体が回動し、このとき、各スプリングワッシャー構造体において上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部が相互に回転して、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みが増加する。
【0014】
これにより、チェーン幅方向に隣り合う各リンクの間に摩擦力が付与され、チェーンの屈曲抵抗が増大して各リンクのバックベンドを規制でき、その結果、チェーンスパンの弦振動を規制できる。
【0015】
また、この場合には、各リンクがスプロケットとの噛合側に屈曲する際、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部が各リンクのバックベンド時と逆方向に相互回転すると、捩じれ構造を有するスプリングワッシャー部の構造上、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みは増加しない。
【0016】
このため、チェーンの噛合時には、チェーンの屈曲抵抗が増加することはなく、これにより、チェーン運転時に動力伝達効率が低下することはない。
【0017】
しかも、この場合には、チェーンの運転中に連結ピンやピン孔の摩耗によりチェーンが伸びた場合でも、スプリングワッシャー構造体の各スプリングワッシャー部には常時連結ピンが挿入されており、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体において上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部は、各リンクのバックベンド時には常時リンクとともに相互に回転して、各スプリングワッシャー部の厚みを増加させる。
【0018】
このため、請求項1によるバックベンド防止機構は、チェーンの摩耗の影響を受けず、耐久性が高い。
【0019】
請求項2の発明では、請求項1において、各スプリングワッシャー部が各々一巻きの捩じりコイル状に形成されており、各スプリングワッシャー部の当該捩じりコイル形状の始端および終端の間には、スリットが形成されている。
【0020】
この場合には、各スプリングワッシャー部が捩じりコイル形状を有していることにより、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部が各リンクのバックベンド時と同方向に回転すると、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みが増加し、各スプリングワッシャー部が各リンクのバックベンド時と逆方向に回転すると、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みは減少する。
【0021】
請求項3の発明では、請求項2において、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部において、一方のスプリングワッシャー部の始端が他方のスプリングワッシャー部の終端に対向配置されている。
【0022】
この場合には、各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みを小さくすることができ、これにより、当該スプリングワッシャー構造体の組込みによるチェーン幅の増加を抑制できる。
【0023】
請求項4の発明では、請求項2において、スリットの位置は、各スプリングワッシャー部の各中心を結ぶ中心線と直交しかつ各中心を通る直線から偏倚している。
【0024】
この場合には、チェーンを直線状に伸ばした状態で、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部の各スリットを互いにオフセットさせることができ、これにより、各リンクのスプロケット噛合側および背面屈曲側への双方の屈曲時において、各スプリングワッシャー部がいずれの側にもスムーズに相互回転することができ、各リンクの屈曲を阻害することがない。
【0025】
請求項5の発明では、請求項2において、上下にオーバラップした一方のスプリングワッシャー部のスリットは、他方のスプリングワッシャー部のスリットからオフセットされている。
【0026】
この場合には、各リンクのスプロケット噛合側および背面屈曲側への双方の屈曲時において、各スプリングワッシャー部がいずれの側にもスムーズに相互回転することができ、各リンクの屈曲を阻害することがない。
【0027】
請求項6の発明では、請求項1において、各スプリングワッシャー構造体は、各スプリングワッシャー部を軸線方向に段違いに配置した状態で連結部により連結されている。
【0028】
この場合には、各スプリングワッシャー構造体の各スプリングワッシャー部を、チェーン幅方向に隣り合う各リンクに確実に当接させることができる。
【0029】
請求項7の発明では、請求項6において、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体は、一方のスプリングワッシャー構造体のうちの上方位置のスプリングワッシャー部が、他方のスプリングワッシャー構造体のうちの下方位置のスプリングワッシャー部の上に配置されている。
【0030】
この場合には、各スプリングワッシャー構造体をチェーン長手方向に延設した際に、各スプリングワッシャー構造体の厚みを小さくすることができ、これにより、当該スプリングワッシャー構造体の組込みによるチェーン幅の増加を抑制できる。
【0031】
請求項8の発明では、請求項1において、連結ピンが丸ピンである。
【0032】
請求項9の発明では、請求項1において、連結ピンが、長短一対のジョイントピンおよびロッカーピンからなるロッカージョイントであって、各リンクのバックベンド時には、ロッカージョイントがピン孔の内周面に圧接して干渉することにより、各リンクのバックベンドが規制されている。
【0033】
この場合には、各リンクのバックベンド時には、各スプリングワッシャー構造体によるバックベンド防止作用のみならず、ロッカージョイントおよびピン孔によるバックベンド防止作用が働くので、各リンクのバックベンドを一層確実に防止できるようになる。
【0034】
本発明によるチェーンは、請求項10に記載されたサイレントチェーン、または請求項11に記載されたローラチェーンまたはブシュチェーンのいずれでもよい。
【発明の効果】
【0035】
以上のように本発明によれば、連結ピンがそれぞれ挿入される左右一対のスプリングワッシャー部と、各スプリングワッシャー部の間を連結する連結部とから構成されたスプリングワッシャー構造体をチェーン長手方向に複数個配設してなるバックベンド防止機構を設けるとともに、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体を、それぞれ一方のスプリングワッシャー部が上下にオーバラップした状態でチェーン長手方向に延設するようにしたので、チェーンの各リンクがバックベンドする際には、各リンクの回動とともに、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体が回動し、このとき、各スプリングワッシャー構造体において上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部が相互に回転して、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みが増加する。これにより、チェーン幅方向に隣り合う各リンクの間に摩擦力が付与され、チェーンの屈曲抵抗が増大して、各リンクのバックベンドを規制でき、チェーンスパンの弦振動を抑制できる。
【0036】
また、この場合には、各リンクがスプロケットとの噛合側に屈曲する際、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部がバックベンド時と逆方向に相互回転すると、捩じれ構造を有するスプリングワッシャー部の構造上、当該各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みは増加しないため、チェーンの噛合時に、チェーンの屈曲抵抗が増加することはなく、これにより、チェーン運転時の動力伝達効率の低下を防止できる。
【0037】
しかも、この場合には、チェーンの運転中に連結ピンやピン孔の摩耗によりチェーンが伸びた場合でも、スプリングワッシャー構造体の各スプリングワッシャー部には常時連結ピンが挿入されているため、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体において上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部は、各リンクのバックベンド時にはリンクとともに相互に回転して、各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みを増加させる。このように、当該バックベンド防止機構は、チェーンの摩耗の影響を受けず、耐久性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の一実施例によるバックベンド防止機構を備えたサイレントチェーンを直線状に伸ばした状態の長手方向断面部分図であって、図2のI-I線断面に相当している。
【図2】図1のサイレントチェーンをリンク歯側から見た底面部分図である。
【図3】(a)は図1のバックベンド防止機構を構成するスプリングワッシャー構造体の正面図、(b)はその側面図である。
【図4】(a)は図3のスプリングワッシャー構造体を長手方向に3個延設した状態を示す正面図、(b)はその側面図である。
【図5】スプリングワッシャーの機能を説明するための図であって、(a)は載荷前の状態を、(b)は載荷後の状態をそれぞれ示している。
【図6】本発明によるスプリングワッシャー構造体の作動原理を説明するための図であって、上下にオーバラップした各スプリングワッシャーの相互回転前の状態を、(b)は各スプリングワッシャーの相互回転後の状態をそれぞれ示している。
【図7】図1のサイレントチェーンのスプロケット噛合時の状態を示す図であって、図8のVII-VII線断面に相当している。
【図8】図7のサイレントチェーンをリンク歯側から見た底面部分図である。
【図9】図1のサイレントチェーンの背面屈曲時の状態を示す図であって、図10のIX-IX線断面に相当している。
【図10】図9のサイレントチェーンをリンク歯側から見た底面部分図である。
【図11】図1のサイレントチェーンにおいてさらなる改良点を指摘するための図である。
【図12】図11における改良点を取り入れたサイレントチェーンを示す図である。
【図13】図12における改良点を示す拡大図である。
【図14】本発明の他の実施例によるサイレントチェーンの長手方向断面部分図であって、連結ピンとしてロッカージョイントを用いたサイレントチェーンを直線状に伸ばした状態を示しており、前記実施例の図1に相当している。
【図15】図14のサイレントチェーンのスプロケット噛合時の状態を示す図である。
【図16】図14のサイレントチェーンの背面屈曲時の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施例を添付図面に基づいて説明する。
図1ないし図10は、本発明の一実施例によるサイレントチェーンを説明するための図であって、これらの図において、同一符号は同一または相当部分を示している。
【0040】
図1および図2に示すように、このサイレントチェーン1は、各々一対のピン孔20および歯部21を有する多数のリンクプレート2をチェーン長手方向(図1、図2左右方向)およびチェーン幅方向(図1紙面垂直方向、図2上下方向)に積層し、これらのリンクプレート2をピン孔20に挿入された連結ピン3で各々枢支可能に連結することにより構成されている。
【0041】
チェーン幅方向に隣り合ういずれかの各リンクプレート2の間には、バックベンド防止機構としてのスプリングワッシャー構造体5がチェーン長手方向に複数個設けられている。各スプリングワッシャー構造体5は、間隔を隔てて配置されかつ連結ピン3がそれぞれ挿入される左右一対のスプリングワッシャー部50、51と、各スプリングワッシャー部50、51の間を連結する連結バー(連結部)55とから構成されている。チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体5は、それぞれ一方のスプリングワッシャー部50、51を上下にオーバラップさせた状態で連結ピン3により連結されつつチェーン長手方向に延設されている(図4(a)、(b)参照)。また、このとき、スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みは、図2に示すように、Dになっている。
【0042】
スプリングワッシャー構造体5は、図3に示すように、スプリングワッシャー部50が貫通孔50aを有し、スプリングワッシャー部51が貫通孔51aを有しており、これらの貫通孔50a、51a内に連結ピン3が挿入されている。各スプリングワッシャー部50、51は、各々一巻きの捩じりコイル状に形成されており、各スプリングワッシャー部50、51の当該捩じりコイル形状の始端50b、51bおよび終端50c、51cの間には、スリット50s、51sが形成されている。また、各スプリングワッシャー部50、51は、各スリット50s、51sを手前側に配置したとき、右側の端部つまり終端50c、51cが始端50b、51bよりも上方に配置されている。
【0043】
また、各スプリングワッシャー構造体5は、各スプリングワッシャー部50、51を軸線方向(図3(b)上下方向)に段違いに配置した状態で連結部55により連結されている。ここでは、各スプリングワッシャー構造体5において、スプリングワッシャー部51がスプリングワッシャー部50の上方位置に配置されている。これにより、スプリングワッシャー構造体5のスプリングワッシャー部51の下方に、当該スプリングワッシャー構造体5とチェーン長手方向に隣り合うスプリングワッシャー構造体5のスプリングワッシャー部50を配置したとき(図2参照)、各スプリングワッシャー構造体5の厚みを小さくでき、各スプリングワッシャー部50、51を、チェーン幅方向に隣り合う各リンクプレート2に確実に当接させることができる(図2参照)。
【0044】
各スプリングワッシャー構造体5をチェーン長手方向に延設したとき、図4(b)に示すように、スプリングワッシャー構造体5のスプリングワッシャー部51の始端51bは、当該スプリングワッシャー部51と上下に重なり合うスプリングワッシャー部50の終端50cと対向配置されている。これにより、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みを小さくすることができ、その結果、スプリングワッシャー構造体5の組込みによるチェーン幅の増加を抑制できる。
【0045】
各スプリングワッシャー部50、51のスリット50s、51sの形成位置は、図3(a)に示すように、各スプリングワッシャー部50、51の各中心O、Oを結ぶ中心線Cと直交しかつ各中心O、Oを通る直線C、CP1から偏倚している。この例では、スプリングワッシャー部50のスリット50sの位置は、直線Cの位置からスプリングワッシャー部51の側に偏倚した位置に配置されており、同様に、スプリングワッシャー部51のスリット51sの位置は、直線CP1の位置からスプリングワッシャー部50の側に偏倚した位置に配置されている。
【0046】
これにより、チェーンを直線状に伸ばして各スプリングワッシャー構造体5をチェーン長手方向に直線状に延設したとき、図4(a)に示すように、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部50、52の各スリット部50s、51sを互いにオフセットさせることができる。その結果、後述するように、各リンクプレート2のスプロケット噛合側および背面屈曲側への双方の屈曲時において、各スプリングワッシャー部50、51がいずれの側にもスムーズに相互回転することができ、各リンクプレート2の屈曲を阻害するのを防止できる。
【0047】
ここで、機械部品として一般によく知られたスプリングワッシャーの機能について、図5を用いて説明する。図5(a)は、スプリングワッシャーSが圧縮される前の状態を示しており、同図(b)はスプリングワッシャーSに圧縮荷重Fが作用して、スプリングワッシャーSが圧縮された状態を示している。
【0048】
スプリングワッシャーSの荷重載荷前の自由長をtとし、荷重載荷後の長さをt’とすると、スプリングワッシャーSの撓みδは
δ=t−t’
となる。このとき、スプリングワッシャーSのバネ定数をkとすると、圧縮荷重Fと撓みδとの間には、以下の関係が成立している。
F=k×δ
逆の言い方をすれば、このとき、スプリングワッシャーSの撓みδの圧縮変形にともなう弾性反発力が、圧縮荷重Fの作用方向と逆向きに圧縮荷重Fと同じ大きさで作用していることになる。
【0049】
次に、図6に示すように、スプリングワッシャーSを2個重ねたものについて、その挙動について考察する。
いま、図6(a)に示すように、2つのスプリングワッシャーSW1、SW2のそれぞれの始端A、Aが整列しかつ終端B、Bが整列していたとする。このとき、スプリングワッシャーSW1の始端AとスプリングワッシャーSW2の始端Bとは、一定の間隔(スリット幅)を隔てて対向配置されている。
【0050】
この状態から、同図(b)に示すように、スプリングワッシャーSW1の始端AとスプリングワッシャーSW2の終端Bとが互いに離れる側に各スプリングワッシャーSW1、SW2を回転させる。すなわち、スプリングワッシャーSW1を矢印Y方向に所定角度回転させ、スプリングワッシャーSW2を矢印Y方向に所定角度回転させる。各スプリングワッシャー部SW1、SW2の相互の回転により、各スプリングワッシャーSW1、SW2の高さは、回転前の高さよりも距離Sだけ高くなる。これは、一般に、スプリングワッシャーが一巻きの捩じりコイル形状(つまり、つる巻形状)を有していることにより、リード(つまり、つる巻線上の一点がその線に沿って一回転したときに軸方向に進む距離)を有しているためである。
【0051】
その一方、各スプリングワッシャーSW1、SW2がそれぞれ矢印Y、Y方向と逆方向に若干量回転した場合には、各スプリングワッシャーSW1、SW2の高さは、図6(a)の場合よりも若干低くなる。なお、この場合、各スプリングワッシャーSW1、SW2がそれぞれ矢印Y、Y方向と逆方向に回転し得る量は、スプリングワッシャー部SW1の始端Aおよびこれと対向するスプリングワッシャーSW2の終端B間の間隔により限定されるため、あまり大きくない。
【0052】
本発明によるスプリングワッシャー構造体は、このようなスプリングワッシャーの性質を利用している。
【0053】
図1に示すようにサイレントチェーン1を直線状に伸ばした状態から、図7に示すように、各リンクプレート2がスプロケットとの噛合側に屈曲すると、連結ピン3が挿入された各スプリングワッシャー構造体5も同方向に屈曲する。このとき、各スプリングワッシャー構造体5において、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部50、51が相互に回転し、スプリングワッシャー部51の始端51bとスプリングワッシャー部50の終端50cとの間の間隔が狭くなって(図2、図8参照)、各スプリングワッシャー部50、51の各スリット50s、51sが、例えば互いに整列した状態になる(図8参照)。
【0054】
このとき、上記段落[0051]で説明したように、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みは、図2の場合と比べて減少している。すなわち、図8に示すように、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みをDとすると
<D
となっている。このため、サイレントチェーン1の噛合時には、サイレントチェーン1の屈曲抵抗が増加することはなく、チェーン運転時の動力伝達効率が低下することはない。
【0055】
次に、図7とは逆に、各リンクプレート2がバックベンド(背面屈曲)すると、図9に示すように、連結ピン3が挿入された各スプリングワッシャー構造体5も背面側に屈曲する。このとき、各スプリングワッシャー構造体5において、上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部50、51が相互に回転して、スプリングワッシャー部51の始端51bとスプリングワッシャー部50の終端50cとの間の間隔が広くなり(図2、図10参照)、これにより、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みが増加する(図6参照)。
【0056】
すなわち、図10に示すように、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みをDとすると
>D
となっている。
【0057】
このような各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みの増加により、サイレントチェーン1の内部において、チェーン幅方向に隣り合う各リンクプレート2の間に摩擦力が付与され、これにより、サイレントチェーン1の屈曲抵抗が増大して、各リンクプレート2のバックベンドを規制でき、その結果、チェーンスパンの弦振動を規制できる。
【0058】
しかも、この場合には、サイレントチェーン1の運転中に連結ピン3やピン孔20の摩耗によりサイレントチェーン1が伸びた場合でも、スプリングワッシャー構造体5の各スプリングワッシャー部50、51には常時連結ピン3が挿入されており、チェーン長手方向に隣り合う各スプリングワッシャー構造体5において上下にオーバラップした各スプリングワッシャー部50、51は、各リンクプレート2のバックベンド時には常時リンクプレート2とともに相互に回転して、各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みを増加させる。
【0059】
このため、本実施例によるバックベンド防止機構は、サイレントチェーン1の摩耗の影響を受けず、耐久性が高い。
【0060】
次に、前記実施例の改良例について図11ないし図13を用いて説明する。なお、これらの図において、前記実施例と同一符号は同一または相当部分を示している。
【0061】
前記実施例において、各リンクプレート2がバックベンドしたとき、各スプリングワッシャー構造体5の各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みが増加することによって、図11に示すように、各スプリングワッシャー部50の始端50bのエッジ部分が図示下側のリンクプレート2に圧接するとともに、各スプリングワッシャー部51の終端51cのエッジ部分が図示上側のリンクプレート2に圧接する。このため、これらのエッジ部分が摩耗しやすい。
【0062】
そこで、図12に示す改良例では、各スプリングワッシャー部50の始端50bのエッジ部分および各スプリングワッシャー部51の終端51cのエッジ部分のそれぞれの斜線領域を切除している。これにより、図13に示すように、例えばスプリングワッシャー部51における切除後の上面51dは、これが当接するリンクプレート2の面に略平行になっている。同様に、スプリングワッシャー部50における切除後の下面についても、これが当接するリンクプレート2の上面に略平行になっている。
【0063】
これにより、各リンクプレート2がバックベンドしたとき、各スプリングワッシャー部50の始端50bのエッジ部分および終端51cのエッジ部分がリンクプレート2に圧接することがなくなり、その結果、各スプリングワッシャー部50、51の摩耗を低減でき、スプリングワッシャー構造体5の耐久性を一層向上できる。また、この場合には、斜線領域を切除したことにより、スプリングワッシャー構造体全体の厚みを小さくできる。
【0064】
なお、前記実施例では、スプリングワッシャー構造体5の各スプリングワッシャー部50、51において、各スリット50s、51sを手前に配置したときに、終端50c、51cが始端50b、51bよりも上方に配置された例を示したが、本発明の適用はこれには限定されない。
【0065】
前記実施例とは逆に、各スプリングワッシャー部50、51において、各スリット50s、51sを手前に配置したときに、始端50b、51bが終端50c、51cよりも上方に配置されていてもよい。また、この場合、各スプリングワッシャー構造体5において、スプリングワッシャー部50がスプリングワッシャー部51の上方位置に配置されている。
【0066】
このような構成によっても、各リンクプレート2のスプロケット噛合側への屈曲時には、各スプリングワッシャー部50、51の相互回転によって各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みが減少するとともに、各リンクプレート2のバックベンド時には、各スプリングワッシャー部50、51の相互回転によって各スプリングワッシャー部50、51のオーバラップ部分の厚みが増加し、サイレントチェーン1の屈曲抵抗が増大して、各リンクプレート2のバックベンドを規制できるようになっている。
【0067】
また、前記実施例では、サイレントチェーンの連結ピンとして、断面円形の丸ピンを例にとって説明したが、本発明によるサイレントチェーンの連結ピンは、長短一対のジョイントピンおよびロッカーピンからなるロッカージョイントであってもよい。
【0068】
図14ないし図16は、このようなロッカージョイント型のサイレントチェーンを示している。図14はサイレントチェーンを直線状に延ばした状態を、図15はサイレントチェーンの各リンクプレートがスプロケット噛合側に屈曲した状態を、図16はサイレントチェーンの各リンクプレートがバックベンドした状態をそれぞれ示している。なお、これらの図において、前記実施例と同一符号は同一または相当部分を示している。また、ここでは、スプリングワッシャー構造体の一部のみ示している。
【0069】
サイレントチェーン1の各リンクプレート2は、長短一対のジョイントピン3’Aおよびロッカーピン3’Bからなるロッカージョイント3’により各々屈曲可能に構成されている。各リンクプレート2の屈曲時には、各ジョイントピン3’Aおよびロッカーピン3’Bが互いの転動面上を転動することにより、各リンクプレート2の屈曲が円滑に行われるようになっている。
【0070】
しかも、この場合、各リンクプレート2のバックベンド時には、図16中のE部分に示すように、ロッカージョイント3’のロッカーピン3’Bがピン孔20の内周面に圧接して干渉するように、ロッカージョイント3’の形状および(または)各スプリングワッシャー部の貫通孔の形状が設計されており、これにより、各リンクプレート2のバックベンドが規制されている。
【0071】
この場合には、各リンクプレート2のバックベンドが、各スプリングワッシャー構造体5による規制のみならず、ロッカージョイント3’およびピン孔20によっても規制されるので、より確実にバックベンドを規制できるようになる。
【0072】
前記実施例では、本発明が適用されるチェーンとして、サイレントチェーンを例にとって説明したが、本発明は、ローラチェーンやブシュチェーンにも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、サイレントチェーンやローラチェーン、ブシュチェーン等の動力伝達チェーンおよびタイミングチェーンに好適であり、とくに、これらのチェーンにおいて、運転時の動力伝達効率を低下させることなく、チェーンスパンの弦振動を規制でき、しかも耐久性の高いバックベンド防止機構を要求される場合に適している。
【符号の説明】
【0074】
1: サイレントチェーン

2: リンクプレート
20: ピン孔
3: 連結ピン(丸ピン)
3’: 連結ピン(ロッカージョイント)
3’A: ジョイントピン
3’B: ロッカーピン

5: スプリングワッシャー構造体
50、51: スプリングワッシャー部
50b、51b: 始端
50c、51c: 終端
50s、51s: スリット
55: 連結バー(連結部)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0075】
【特許文献1】特開平8−74939号公報(図2、図4参照)
【特許文献2】特開平10−54445号公報(図2参照)
【特許文献3】特開2000−130518号(図1、図4、図8参照)
【特許文献4】特開2004−28154号公報(図2、図5、図6参照)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各々一対のピン孔を有する複数のリンクを長手方向および厚み方向に配設し前記ピン孔内に挿入した連結ピンで互いに枢支可能に連結してなるチェーンにおいて、
厚み方向に隣り合ういずれかの前記各リンクの間にバックベンド防止機構が設けられており、
前記バックベンド防止機構は、
間隔を隔てて配置されかつ前記連結ピンがそれぞれ挿入される左右一対のスプリングワッシャー部と、前記各スプリングワッシャー部の間を連結する連結部とから構成されたスプリングワッシャー構造体をチェーン長手方向に複数個備えるとともに、チェーン長手方向に隣り合う前記各スプリングワッシャー構造体が、それぞれ一方の前記スプリングワッシャー部を上下にオーバラップさせた状態でチェーン長手方向に延設されており、
前記各リンクがバックベンドする際には、チェーン長手方向に隣り合いかつ一方の前記スプリングワッシャー部が上下にオーバラップした前記各スプリングワッシャー構造体が前記各リンクとともに回動し、このとき、オーバラップした前記各スプリングワッシャー部の相互の回転により、前記各スプリングワッシャー部のオーバラップ部分の厚みが増加するようになっている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項2】
請求項1において、
前記各スプリングワッシャー部が各々一巻きの捩じりコイル状に形成されており、前記各スプリングワッシャー部の当該捩じりコイル形状の始端および終端の間には、スリットが形成されている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項3】
請求項2において、
上下にオーバラップした前記各スプリングワッシャー部において、一方の前記スプリングワッシャー部の前記始端が他方の前記スプリングワッシャー部の前記終端に対向配置されている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項4】
請求項2において、
前記スリットの位置は、前記各スプリングワッシャー部の各中心を結ぶ中心線と直交しかつ各中心を通る直線から偏倚している、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項5】
請求項2において、
上下にオーバラップした一方の前記スプリングワッシャー部の前記スリットは、他方の前記スプリングワッシャー部の前記スリットからオフセットされている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項6】
請求項1において、
前記各スプリングワッシャー構造体は、前記各スプリングワッシャー部を軸線方向に段違いに配置した状態で前記連結部により連結されている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項7】
請求項6において、
チェーン長手方向に隣り合う前記各スプリングワッシャー構造体は、一方の前記スプリングワッシャー構造体のうちの上方位置の前記スプリングワッシャー部が、他方の前記スプリングワッシャー構造体のうちの下方位置の前記スプリングワッシャー部の上に配置されている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項8】
請求項1において、
前記連結ピンが丸ピンである、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項9】
請求項1において、
前記連結ピンが、長短一対のジョイントピンおよびロッカーピンからなるロッカージョイントであって、前記各リンクのバックベンド時には、前記ロッカージョイントが前記ピン孔の内周面に圧接して干渉することにより、前記各リンクのバックベンドが規制されている、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項10】
請求項1において、
前記チェーンがサイレントチェーンである、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項11】
請求項1において、
前記チェーンがローラチェーンまたはブシュチェーンである、
ことを特徴とするチェーン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−12696(P2011−12696A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155037(P2009−155037)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(500124378)ボーグワーナー・インコーポレーテッド (302)