説明

チオエステル化合物の製造方法

【課題】 高収率、かつ著しい着色のないチオエステル化合物の製造方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、エステル化合物のチオエステル化反応により、チオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チオエステル化合物の製造方法に関し、特に、高収率、かつ著しい着色のないチオエステル化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラスチックはガラスに比較し軽量で割れにくく染色が容易であるため、近年、レンズ等の各種光学用途に使用されている。そして、光学用プラスチック材料としては、ポリ(ジエチレングリコールビスアリルカーボネート) (CR−39)やポリ(メチルメタクリレート)が、一般的に用いられている。しかしながら、これらのプラスチックは1.50以下の屈折率を有するため、それらを例えばレンズ材料に用いた場合、度数が強くなるほどレンズが厚くなり、軽量を長所とするプラスチックの優位性が損なわれてしまう。特に強度の凹レンズは、レンズ周辺が肉厚となり、複屈折や色収差が生じることから好ましくない。さらに眼鏡用途において肉厚のレンズは、審美性を悪くする傾向にある。肉薄のレンズを得るためには、材料の屈折率を高めることが効果的である。一般的にガラスやプラスチックは、屈折率の増加に伴いアッベ数が減少し、その結果、それらの色収差は増加する。従って、高い屈折率とアッベ数を兼ね備えたプラスチック材料が望まれている。
【0003】
このような性能を有するプラスチック材料としては、例えば(1) 分子内に臭素を有するポリオールとポリイソシアネートとの重付加により得られるポリウレタン(特許文献1)、(2) ポリチオールとポリイソシアネートとの重付加により得られるポリチオウレタン(特許文献2、特許文献3)が提案されている。そして、特に(2)のポリチオウレタンの原料となるポリチオールとして、イオウ原子の含有率を高めた分岐鎖(特許文献4、特許文献3)や、イオウ原子を高めるためジチアン構造を導入したポリチオール(特許文献5、特許文献6)が提案されている。
しかしながら、上記(1)のポリウレタンは、屈折率がわずかに改良されているものの、アッベ数が低く、かつ耐光性に劣る上、比重が高く、軽量性が損なわれるなどの欠点を有している。また(2)のポリチオウレタンのうち、原料のポリチオールして高イオウ含有率のポリチオールを用いて得られたポリチオウレタンは、例えば屈折率が1.60〜1.68程度に高められているが、同等の屈折率を有する光学用無機ガラスに比べてアッベ数が低く、さらにアッベ数を高めなければならないという課題を有している。
【0004】
上記の要求を満たすポリチオウレタンとして、4,5―ジメルカプト−1,3―ジチオレン、1,2,2−トリメルカプトエタン等、高イオウ含有量チオールを用いた高屈折率レンズ(特許文献7及び8)や上記チオール化合物を原料とした4,5−ビスエピチオプロピルジチア−1,3−ジチオラン、4,5−ビスチイラニルジチア−1,3−ジチオラン等、高イオウ含有量ジスルフィド化合物を用いた高屈折率レンズ(特許文献9)が注目されている。これらチオールはアルコール、アルデヒド、ジエステルを出発原料としてエステル、チオエステルを経由して得られる。チオエステルの構造は、チオール基に対しての保護基の構造に広く用いられるため、合成反応上有用である。しかしながらこの原料の中間体であるチオアセタール化合物は上記文献に記載の方法では、収率が低く、また、着色も著しいため、高収率、かつ、無着色の原料を得ることが困難であり、工業的に大量生産することは非常に困難である。そのため、高収率、かつ、著しい着色のないチオエステル化合物の製造方法の確立が望まれている。
従来の、チオエステル化合物の製造方法としては、例えば、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランを以下の手順で合成していた。4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオランの粉末を直接、チオ酢酸中に溶かし、ボロントリフルオロライド、p−トルエンスルフォン酸等を触媒とし、氷浴で冷しながら直接滴下、反応させることにより、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランのオイルを得ることができる。しかしながら、この合成方法は溶媒を使用しておらず、着色が著しく、また、純度・収率も低いという問題点があった。
【0005】
【特許文献1】特開昭58−164615号公報
【特許文献2】特公平4−58489号公報
【特許文献3】特開平5−148340号公報
【特許文献4】特開平2−270859号公報
【特許文献5】特公平6−5323号公報
【特許文献6】特開平7−118390号公報
【特許文献7】特願2003−192605号
【特許文献8】特願2003−192604号
【特許文献9】特願2003−195673号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記の課題を解決するためなされたもので、高収率、かつ著しい着色のないチオエステル化合物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、チオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いることにより前記の目的を達成することを見いだし本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(1)で表されるジェミナル−ジチオエステル構造を1組以上有するチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法、
【化1】

(式中、Acはアシル基である。)
【0009】
(2)エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(2)で表されるチオエステル構造を1組以上有するチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法、
【化2】

(式中、Acはアシル基である。)
【0010】
(3)エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(3)で表されるチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法、
【化3】

(式中、Rは、炭素数1〜3のアルカン残基、炭素数4〜7のシクロアルカン残基、ヘテロ原子が酸素、窒素もしくは硫黄原子である炭素数3〜7のヘテロ環残基又は炭素数6〜10の芳香族環残基を示し、各残基は置換基を有していてもよい。Acはアシル基である。)
【0011】
(4)エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(4)で表されるチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法
【化4】

(式中、Acはアシル基である。)
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明のチオエステル化合物の製造方法は、高収率、かつ著しい着色のないチオエステル化合物を製造する方法として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
前記一般式(1)〜(4)において、前記Acのアシル基としては、例えば、アセチル基、エタノニル基、プロピオニル基、n−ブチリル基等が挙げられ、アセチル基、エタノニル基が好ましい。
前記一般式(3)において、Rのアルカン残基としては、例えば、メタン残基、エタン残基、n−プロパン残基、i−プロパン残基等が挙げられ、メタン残基、エタン残基が好ましい。
前記Rのシクロアルカン残基としては、例えば、シクロブタン残基、シクロペンタン残基、シクロヘキサン残基等が挙げられ、シクロペンタン残基、シクロヘキサン残基が好ましい。
前記Rのヘテロ環残基としては、例えば、1,3−ジチオラン残基、1,3−ジチアン残基、1,4−ジチアン残基等が挙げられ、1,3−ジチオラン残基、1,4−ジチアン残基が好ましい。
前記Rの芳香族環残基としては、例えば、ベンゼン環残基、ナフタレン環残基等が挙げられ、ベンゼン環残基が好ましい。
また、これらの各残基の置換基としては、臭素、塩素、ヨウ素等のハロゲン原子、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基等のアルキル基、フェニル基、ナフチル基等の芳香族基等が挙げられる。
【0014】
本発明の一般式(1)で表されるジェミナル−ジチオエステル構造を1組以上有するチオエステル化合物としては、例えば、ジチオアセトキシメタン、1,1−ジチオアセトキシエタン、1,1−ジチオアセトキシプロパン、2,2−ジチオアセトキシプロパン、1,1−ジチオアセトキシブタン、2,2−ジチオアセトキシブタン、1,1−ジチオアセトキシ−2−メチルプロパン、1,1,2,2−テトラチオアセトキシエタン、1,1,2,2−テトラチオアセトキシプロパン、1,1,3,3−テトラチオアセトキシプロパン、1,1,3,3−テトラチオアセトキシ−2−チアプロパン、1,1,2,2−テトラチオアセトキシブタン、1,1,4,4−テトラチオアセトキシブタン、1,1,5,5−テトラチオアセトキシペンタン、1,1,5,5−テトラチオアセトキシ−3−チアペンタン、1,1,6,6−テトラチオアセトキシへキサン、1,1−ジチオアセトキシシクロペンタン、1,1−ジチオアセトキシシクロヘキサン、1,1,4,4−テトラチオアセトキシシクロヘキサン等が挙げられる。
【0015】
前記一般式(2)で表されるチオエステル構造を1組以上有する化合物としては、例えば、1−チオアセトキシ−2−チアプロパン、1−チオアセトキシ−2−チアブタン、2−チオアセトキシ−3−チアブタン、1−チオアセトキシ−2−チアペンタン、2−チオアセトキシ−3−チアペンタン、1−チオアセトキシ−2−シクロチアペンタン、1−チオアセトキシ−2−シクロチアヘキサン、1−チオアセトキシ−2,6−シクロジチアへキサン等が挙げられる。
【0016】
前記一般式(3)で表されるチオエステル化合物としては、例えば、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオラン、2,3−ジチオアセトキシ−1,4−ジチアン、3,4−ジチオアセトキシ−ビシクロ[4.3.0]−2,5,7,9−テトラチアノナン、3,4−ジチオアセトキシ−ビシクロ[4.4.0]−2,5,7,10−テトラチアデカン、2,3−ジチオアセトキシ−1,4−ベンゾジチアン等が挙げられ、これらの化合物は、チオエステル基についてシス−,トランス−異性体を有する場合がある。
【0017】
本発明で用いる反応溶媒としては、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル、酢酸エチル、酪酸エチル、酢酸ブチル等のエステルが挙げられ、ジエチルエーテル、酢酸エチルが好ましい。
【0018】
本発明の製造方法は、例えば以下のようにして実施される。
すなわち、先ず、エステル化合物を前記溶媒に溶解し、これにチオ酢酸等のチオカルボン酸を滴下する。ボロントリフルオロライド、p−トルエンスルフォン酸等を触媒とし、氷浴で冷しながら滴下、反応させることにより、チオエステル化合物を得ることができる。
さらに具体的には以下のようにして行えばよい。例えば、エステル化合物として、4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオランを溶媒、例えば、酢酸エチルを4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオランのグラム重量に対して通常0.25〜5倍ミリリットル体積量、好ましくは0.5〜1.5倍ミリリットル体積量に溶解し、これにチオ酢酸を通常1〜2倍当量、好ましくは、1〜1.4倍当量を滴下する。その後、通常−20〜20℃、好ましくは−5℃〜5℃で、触媒、例えば、ボロントリフルオロライドをエステル官能基に対し通常0.5〜30モル%、好ましくは5〜20モル%滴下し、滴下終了後、通常−20〜30℃、好ましくは5〜25℃で、通常3〜72時間、好ましくは8〜24時間、撹拌する。次いで、該反応混合物を20%の炭酸カリウム溶液で洗浄し、乾燥させた後、溶媒を除去することにより、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランを得る。
【0019】
本発明の製造方法により得られるチオエステル化合物は、レンズに用いられる高屈折率レンズ用ポリマー合成用モノマーとなるチオールの中間体もしくは原料として用いると好ましい。このチオールを合成する場合には、公知の方法に準じて合成すればよい。具体的には、例えば、4,5−ジメルカプト−1,3−ジチオランを合成する場合には、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランをエタノールとクロロホルムの混合溶媒中で濃硫酸を用い、室温〜70℃で2〜20時間反応させることにより、目的物の4,5−ジメルカプト−1,3−ジチオランを得る。
【実施例】
【0020】
本発明の実施例により、さらに具体的に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で得られたチオエステル化合物の着色具合及び純度は、以下に示す方法に従い測定した。
(1)着色具合
蛍光灯照射下で生成物の着色具合を観察した。
(2)純度
HPLCにより純度を求めた。カラムにODS-80A、溶媒にアセトニトリル/水(6/4)混合溶液を使用した。流速は0.6ml/minで、UV検出器(波長254nm)を用いてピーク面積から純度を求めた。
【0021】
実施例1
4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオランの白色粉末(12.79g、57.5mmol)にジエチルエーテル(12.79ml)を加え、溶解させた後、チオ酢酸(11.8g、0.155mol)を滴下し、さらに氷浴で冷しながらボロントリフルオロライド・エーテル溶液(2.05ml)をゆっくり加えた。氷温で1時間反応した後室温でさらに反応が終了するまで攪拌した。反応液に40mlのジクロロメタンを加え、20%の炭酸カリウム溶液で洗浄し、乾燥させた後、溶媒を除去することにより、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランを含む化合物を(14.0g、収率96%)得た。淡黄色のオイルで著しい着色もなく、純度も78.0%あり良好であった。これらの結果を表1に示す。なお、反応時間は反応が終了するまでの時間である。
【0022】
実施例2〜5
表1に示す溶媒の量、種類に代えた以外は実施例1と同様にチオエステル化合物を製造し、結果を表1に示す。いずれも淡黄色のオイルで著しい着色もなく、純度も67〜82%あり高かった。
【0023】
比較例1
4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオランの白色粉末(12.79g、57.5mmol)をチオ酢酸(11.8g、0.155mol、35%過剰)中に溶かし、氷浴で冷しながらボロントリフルオロライド・エーテル溶液(0.45ml)をゆっくり加えた。氷温で3時間反応した後室温でさらに8時間攪拌した。反応液に40mlのジクロロメタンを加え、20%の炭酸カリウム溶液で洗浄し、乾燥させた後、溶媒を除去することにより、4,5−ジチオアセトキシ−1,3−ジチオランを(13.2g、収率90.4%)得た。オレンジ色のオイルで着色が著しく、純度も60.4%と低かった。結果を表1に示す。
【0024】
比較例2
触媒にp−トルエンスルホン酸を用いた以外は比較例1と同様に行った。赤色のオイルで着色が著しく、純度も54%と低かった。結果を表1に示す。
比較例3
溶媒にトルエンを使用した以外は実施例1と同様に行った。赤色のオイルで着色が著しく、純度も57.9%と低かった。結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
※ 反応物:4,5−ジアセトキシ−1,3−ジチオラン
Et2O:ジエチルエーテル
EtOAc:酢酸エチル
Toluene:トルエン
BF3:ボロントリフルオロライド
TsOH:p−トルエンスルホン酸
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の製造方法によると、チオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いることにより、高収率、かつ著しい着色のないチオエステル化合物を製造可能である。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(1)で表されるジェミナル−ジチオエステル構造を1組以上有するチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法。
【化1】

(式中、Acはアシル基である。)
【請求項2】
エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(2)で表されるチオエステル構造を1組以上有するチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法。
【化2】

(式中、Acはアシル基である。)
【請求項3】
エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(3)で表されるチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法。
【化3】

(式中、Rは、炭素数1〜3のアルカン残基、炭素数4〜7のシクロアルカン残基、ヘテロ原子が酸素、窒素もしくは硫黄原子である炭素数3〜7のヘテロ環残基又は炭素数6〜10の芳香族環残基を示し、各残基は置換基を有していてもよい。Acはアシル基である。)
【請求項4】
エステル化合物のチオエステル化反応により、一般式(4)で表されるチオエステル化合物を製造する際に、反応溶媒としてエーテル及びエステルから選ばれる少なくとも1種類を用いるチオエステル化合物の製造方法。
【化4】

(式中、Acはアシル基である。)


【公開番号】特開2006−124303(P2006−124303A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−313014(P2004−313014)
【出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】