説明

チップソー用のチップ

【課題】チップソーの鋸板に対して圧入嵌合するチップの圧入に対する強度と切削に対する耐摩耗性を共に満足するチップを提供する。
【解決手段】この発明のチップは、先端表面側に切削用の刃先部9を形成し、背面側には両側壁6を有する圧入溝11を形成し、鋸板2に形成された歯形部3に対し上記圧入溝11を圧入嵌合することによって鋸板2に固定されるチップを改良するものである。チップ5は刃先部9を耐摩耗性を備えた高硬度の素材で形成し、圧入溝11を形成するチップ本体7を前記圧入に耐える靭性を備えた素材で形成している。
チップ本体7及び刃先部9は二色成形による焼結によって一体的に成形し、チップ本体7の硬度をHV500〜850とし、刃先部9の硬度をHV900〜1200としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は主として製材用の帯鋸等の鋸板の切削部である端縁の歯形部に圧入嵌合して固定されるチップソー用のチップに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に示されるように、切削用の刃先部の背面両側に板状の側壁を有する角溝状の圧入溝を形成したチップを、鋸板端縁の多数の歯形部の両側面より抱着させるように圧入嵌合して固着するチップソーが知られている。
上記チップソーは溶着やビス止め等によって固着するそれ以前のチップソーに比して着脱交換が容易なために、使用によって摩耗したチップを目立やチップ交換に高度の熟練技術を必要とせず、これらのメンテナンス作業に高いコストや時間を必要としないという利点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4148732号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし上記チップは刃先に耐摩耗性を備えた高い硬度が求められる反面、鋸板の歯形部に圧入固定される圧入溝(チップ本体)は、圧入と圧入による固定力保持のための高い靭性が求められる、即ち高硬度材では破損するために材質的に適さないという問題がある。
これに対し従来は、SUS420J2や粉末高速度鋼であるYAP10(炭素C=1.5%)による焼結成形材等の単一材によって形成していたため、硬度がHV500〜850に制約され、耐摩耗性を求めてHV850を越える耐摩耗性を備えた高硬度材を用いると圧入嵌合部であるチップ本体が破損する欠点があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための本発明のチップは、第1に先端表面側に切削用の刃先部9を形成し、背面側には両側壁6を有する圧入溝11を形成し、鋸板2に形成された歯形部3に対し上記圧入溝11を圧入嵌合することによって鋸板2に固定されるチップであって、刃先部9を耐摩耗性を備えた高硬度の素材で形成し、圧入溝11を形成するチップ本体7を前記圧入に耐える靭性を備えた素材で形成したことを特徴としている。
【0006】
第2に、チップ本体7及び刃先部9を二色成形による焼結によって一体的に成形したことを特徴としている。
【0007】
第3に、チップ本体7の硬度をHV500〜850とし、刃先部9の硬度をHV900〜1200としたことを特徴としている。
【0008】
第4に、チップ本体7をマトリックス中に炭化物を析出させ、刃先部9をマトリックス中に炭化物を形成させるための炭素量が2%以上であり、又はさらに窒化チタンを含有させた高速度鋼としたことを特徴としている。
【0009】
第5に、チップ本体7と刃先部9のそれぞれの相対密度(真密度を100%としたときの値)を93%以上としたことを特徴としている。
【0010】
第6に、チップ本体7と刃先部9との焼結温度の差を70℃以内で焼結させたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
以上のように構成される本発明のチップによれば、主として製材又は木工用等の木材切削用のチップソー用チップであって、鋸板の切削側端縁の歯形部に圧入固定するチップの圧入部である圧入溝側のチップ本体は靭性の優れた素材を用いているので、圧入時の破損が防止されるとともに圧入後の切削使用中においてもチップの靭性抱着力を保持して十分な固定力を保持する。
【0012】
一方木材の切削に際しては、刃先部が高い耐摩耗性を有するので、長時間の使用に耐え長い挽き材距離を保持でき、チップの交換回数も減らすことができる。
【0013】
また本発明のチップは刃先部とチップ本体を二色成形するので均一なサイズと硬度及び靭性を備えたチップが比較的簡単に製造でき、チップ本体と刃先部に求められるそれぞれの靭性と硬度を確実にコントロールすることができるほか、チップ本体の硬度HV500〜850,刃先部の硬度HV900〜1200とすることにより、実用的に十分な耐久性を得ることができる。
【0014】
さらにチップ本体と刃先部の実質的な真密度を保つためには相対密度93%以上が求められ、そのためには両者の焼結温度の差を70℃以下にする必要がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のチップを用いたチップソーの部分拡大側面図である。
【図2】同じくチップの全体斜視図である。
【図3】(A)はチップの側面図、(B)は同背面図、(C)はチップの底面図である。
【図4】チップを鋸板に装着した状態の拡大側面図である。
【図5】本発明のチップと他のチップとの耐摩耗性を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下図示する本発明のチップの実施形態につき詳述すると、図1はチップソー1からなる製材用帯鋸の側面図であり、エンドレスな帯状体からなる鋸板2の切削側の端縁には多数の歯形部3と、該歯形部3の切削方向側には谷状に湾曲して切欠かれたおが屑の排出面4aとが形成されている。
【0017】
多数の歯形部3の切削方向端部には溝状断面のチップ5が両側から抱着されるように板方向に沿って圧入嵌合されて着脱交換可能に固着されている。チップ5は図2,図3に示すように、両側に側壁6を有し、肉厚の底部を有する溝状断面のチップ本体7と、該チップ本体7の底部8の切削面の先端側にチップ下端に向かって楔状に傾斜した形状(刃先側の厚みを大きくした形状)で一体形成されるプレート状の刃先部9とで構成されている。
【0018】
上記側壁6,6間の底面コーナーには鋸板2への圧入嵌合時の逃し溝10が形成され、側壁6,6は鋸板2を圧入して収容する圧入溝11を形成している。またチップ1の切削面側の形状は先端側が幅広となるように両側が傾斜しており、側壁6も底部8が順次肉厚となるように背面視で傾斜した側面を形成し、鋸板2を圧入した際の挟持圧を保持するようになっている。また刃先側と切削面側に向かって幅広に傾斜していることにより、切削時の抵抗を緩和しおが屑の排出を容易にする効果も意図したものである。
【0019】
上記チップ5の形状に対し、鋸板2の歯形部3は図1,図4に示すように多数の鋸歯状の歯形部3,3の間は既述のおが屑排出面4aとその切削方向側に緩やかな迎角方向の傾斜面として逃し面4bとが形成されている。また歯形部3の切削方向側の面は切削方向に対して迎角方向に傾斜した直線方向の面を形成し、チップ5の圧入時に圧入溝11の底面と対面して受け止める受面4cを形成している。
【0020】
さらに上記受面4cの下端と排出面4aとの間にはチップ5の圧入嵌合時にチップ本体7の底部8の下端を嵌合して受け止める角溝状の受溝4dが切欠形成されている。この受溝4dはチップ5を圧入嵌合した際の下限の位置を規制することを主目的としており、補助的には底部8の下端との嵌め合い公差の調整により、チップ5の固定力を保持させることもでき、受溝4dの形状は図示されるものに特に限定されるものではない。
【0021】
既述のように本発明のチップでは、刃先部9は耐摩耗性のある高硬度材、チップ本体7は靭性のある硬さの低い材料である必要がある。また、異なる材料を同一温度で焼結して、実質的に真密度にするため、それぞれの材料の焼結温度の差は70℃以下であることが望ましい。
【0022】
本発明は高速度鋼をベースにしたものである。高速度鋼は通常マルテンサイトのマトリックスに炭化物を析出させて、高温でも硬さの低下が少ない材料であるが、炭化物のみの寄与では、ビッカース硬さでHV900止まりである。
【0023】
そのため、射出成形用の平均粒径15μm以下で炭素含有量が2%以上の高速度鋼粉末あるいはそれに、窒化チタン粉末を混錬させた材料を高硬度材側に使用した。これによりビッカース硬さがHV900以上の硬さが得られた。
これにより、コの字型の複合挿し刃の刃先部でHV900〜1200、挿入部がHV500〜850で全体としては硬度変化のある二色成形のチップを得た。
【0024】
次にチップ5の製造及び材質等につき説明する。この発明の実施例では板厚1.05mmの鋸板2の帯鋸に対して、図2,図3に示す形状のチップ5を下記要領で製造した。
1.寸法・形状
チップ全長7.00(長さの単位mm,以下同じ)
高さ3.00
圧入溝11の開放端の幅1.02(許容寸法0.97〜1.02)
側壁6の板厚0.1
底部8の厚み1.00
刃先幅2.20(許容寸法2.18〜2.22)
刃先角45°
刃先両側先端コーナーの角度84°
刃先部9の先端側最大厚み0.80
刃先部9の長さ5.00
【0025】
2.製法及び素材
チップの製造は二色成形による射出成形と粉末冶金による焼結技術によるもので、焼結炉は電気炉を用いた。
【0026】
上記二色成形は、チップ本体7に用いる高靭性原料粉末と刃先部9に用いる耐摩耗性原料粉末のそれぞれにバインダを混合・混練したコンパウンドにより、まず一次成形では刃先部9の成形型内に刃先部用のコンパウンドをペレット化した後射出して加圧・加熱して成形し、二次成形ではこれをチップ5全体の成形型内の定位置に配置し、残りの空間(チップ本体7の占める空間)にチップ本体用のコンパウンドをペレット化した後射出し、上記刃先部9と共に加圧・加熱成形した。
【0027】
上記の場合の焼結温度等は次の通りである。尚、YAP10、YAP63、H34Aはいずれも株式会社日立メタルプレシジョン製の市販品である。
(1)靭性材料(YAP10:炭素C=1.5%)と耐摩耗性材料(YAP63:炭素C=2.0%)を焼結温度1245℃及び1255℃で焼結した結果、接合部に空隙、隙間の無い良好な接合を確認した。
(2)焼結温度1245℃、焼入温度1180℃、焼戻温度560℃の条件において、YAP10とYAP63の界面には空隙がなく、接合強度1800N/mmが得られた。
(3)焼結温度1255℃、焼入温度1180℃、焼戻温度560℃の条件において、YAP63の組織はマルテンサイトで十分な炭化物の析出があり、耐摩耗性が現行押し刃の3.4倍の結果が得られた。
(4)上記によりYAP10とYAP63それぞれのコンパウンドが過不足なく複合化した成形体が得られた。PIM(Powder Injection Moldingの略。粉末射出成形。)により複合化したグリーン成形体を脱脂、焼結、熱処理後のチップは、装着部分の間隔1.00mm、刃先幅2.20mmの許容範囲内の形状精度を達成できた。
(5)耐摩耗性材料としては上記の他H34A(炭素C=3.0%に少量の窒化チタンを添加)を用いたものを上記略同一の条件で成形し熱処理したものを用いた。
【0028】
図5は上記方法により成形した本発明の実施品(E),(F)と従来のチップを含むそれ以外の製品との耐摩耗性を挽き材距離によって比較したもので次の条件で試験した結果である。
(1)試験材:YAP10、YAP63、H34A
(2)被削材:Sパララム(REW:集成材)
(3)使用装置:横フライス
(4)回転数:1230rpm
(5)送材速度:28mm/min
(6)切削量:摩耗量が40μmに達する切削距離
(7)評価方法:刃先の摩耗度合を顕微鏡観察で評価
【0029】
上記結果によれば、本発明の実施品(E),(F)は、耐摩耗性が(D)のH34A単体で形成されたチップより劣るものの(A),(B)の従来品より2倍以上の耐摩耗性があり、(E)は単体の(C)のYAP63と略同等である。
尚、(C),(D)の耐摩耗性素材単体のものは耐摩耗性では問題がないがチップの圧入時の破損の問題があることは既に述べた通りである。
【符号の説明】
【0030】
1 チップソー
2 鋸板
3 歯形部
6 側壁
7 チップ本体
9 刃先部
11 圧入溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端表面側に切削用の刃先部(9)を形成し、背面側には両側壁(6)を有する圧入溝(11)を形成し、鋸板(2)に形成された歯形部(3)に対し上記圧入溝(11)を圧入嵌合することによって鋸板(2)に固定されるチップであって、刃先部(9)を耐摩耗性を備えた高硬度の素材で形成し、圧入溝(11)を形成するチップ本体(7)を前記圧入に耐える靭性を備えた素材で形成したチップソー用のチップ。
【請求項2】
チップ本体(7)及び刃先部(9)を二色成形による焼結によって一体的に成形した請求項1のチップソー用のチップ。
【請求項3】
チップ本体(7)の硬度をHV500〜850とし、刃先部(9)の硬度をHV900〜1200とした請求項1又は2のチップソー用のチップ。
【請求項4】
チップ本体(7)をマトリックス中に炭化物を析出させ、刃先部(9)をマトリックス中に炭化物を形成させるための炭素量が2%以上であり、又はさらに窒化チタンを含有させた高速度鋼とした請求項2又は3のチップソー用のチップ。
【請求項5】
チップ本体(7)と刃先部(9)のそれぞれの相対密度を93%以上とした請求項2,3又は4のチップソー用のチップ。
【請求項6】
チップ本体(7)と刃先部(9)との焼結温度の差を70℃以内で焼結させた請求項5のチップソー用のチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−234497(P2010−234497A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86864(P2009−86864)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、経済産業省、地域資源活用型研究開発事業「安来の特殊鋼を用いた高性能刃物開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501042569)有限会社岩▲崎▼目立加工所 (6)
【出願人】(305022598)株式会社日立メタルプレシジョン (69)
【出願人】(504155293)国立大学法人島根大学 (113)
【出願人】(591282205)島根県 (122)