説明

チャノホソガの交信撹乱剤

【課題】茶の重要害虫チャノホソガの性フェロモンコミュニケーションを撹乱させ、充分な防除効果を得ることができる本種の交信撹乱剤を提供する。
【解決手段】(E)−11−ヘキサデセナール、(Z)−11−ヘキサデセナール、及び(E)−11−ヘキサデセノールを少なくとも含んでなるチャノホソガの交信撹乱剤を提供する。(E)−11−ヘキサデセノールは、(E)−11−ヘキサデセナールに対して好ましくは1〜100質量%含まれる。また、この交信撹乱を設置するステップを少なくとも含むチャノホソガの交信撹乱方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、茶の重要害虫チャノホソガ(学名:Caloptilia theivora)の交信撹乱剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チャノホソガは、茶の新芽を三角形に綴りそれを巣とし、この中に糞を排泄する。この巣は、俗に“三角巻葉”と呼ばれ、収穫した全茶葉中に2%以上の三角巻葉が混入すると、茶葉の品質(水色、香気、滋味)が低下する(非特許文献1)。本種は、比較的容易に殺虫剤抵抗性を獲得する上に、三角巻葉を形成した後では殺虫剤の薬液が届かないため、茶樹の難防除害虫の1つとされる。
【0003】
近年、多くの蛾類で性フェロモンの化学構造が明らかにされ、これを化学合成した合成性フェロモンを用いて、雌雄の交尾行動を撹乱するいわゆる交信撹乱法により、成虫期を対象とした害虫の防除が実用化されている。茶害虫では、チャノコカクモンハマキとチャハマキの交信撹乱剤が販売されている(非特許文献2)。しかし、茶害虫の重要害虫チャノホソガに有効な交信撹乱剤は未だに無く、環境保全型農業の推進とともに、本種の交信撹乱剤の開発は強く望まれていた。
【0004】
なお、チャノホソガの性フェロモン腺から、(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの2成分が検出され、これらを質量比で9:1から5:5混合したものに雄蛾が誘引される(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】三重県科学技術振興センター「チャノホソガ三角巻葉混入割合と荒茶品質の関係」、[online]、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター平成19年度「関東東海北陸農業」研究成果情報、茶業部会、[平成21年9月4日検索]、インターネット<URL: http://narc.naro.affrc.go.jp/chousei/shiryou/kankou/seika/kanto19/07/19_07_07.html>
【非特許文献2】茶のハマキ蛾類 フェロモン剤利用ガイド 2000年
【非特許文献3】Ando et al.(1985) Agric.Biol.Chem.49(1):233−234.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
チャノホソガの性フェロモンとして同定された成分と成分比率を用いて、交信撹乱剤のテストを実施してきたが、防除効果を有する交信撹乱剤を得ることは出来なかった。この原因は定かではないが、交信撹乱効果を増強する成分が不足している可能性も推測されていた。
本発明の目的は、茶の重要害虫チャノホソガの交信撹乱剤及び交信撹乱方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的の達成のため、チャノホソガの性フェロモンコミュニケーションの仕組みに関する研究を進めた。具体的には、性フェロモン成分の働きに促進や阻害など何らかの影響を及ぼすものを見出すために、フェロモントラップを用いてスクリーニングを行った。その結果、(E)−11−ヘキサデセノールが、(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの混合物の性フェロモン活性を明瞭に阻害する効果があることを見出した。
更に、本発明者らは、交信撹乱剤としての防除効果を野外誘引試験により調査したところ、(E)−11−ヘキサデセナール、(Z)−11−ヘキサデセナール、(E)−11−ヘキサデセノールの3成分を含んでなる交信撹乱剤にチャノホソガの三角巻葉の形成を抑制する効果、すなわち防除効果があることを見出し、本発明の完成に至った。
本発明は、具体的には、(E)−11−ヘキサデセナール、(Z)−11−ヘキサデセナール、及び(E)−11−ヘキサデセノールを少なくとも含んでなるチャノホソガの交信撹乱剤を提供する。(E)−11−ヘキサデセノールは、(E)−11−ヘキサデセナールに対して好ましくは1〜100質量%含まれる。また、本発明は、この交信撹乱を設置するステップを少なくとも含むチャノホソガの交信撹乱方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、チャノホソガの性フェロモンコミュニケーションを効果的に阻害する交信撹乱により、本種の防除が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の好ましい一つの形態では、(E)−11−ヘキサデセナール、(Z)−11−ヘキサデセナール、(E)−11−ヘキサデセノールの3成分を少なくとも含んでなるチャノホソガの交信撹乱剤が提供される。
(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの割合は、非特許文献3と同様に質量比で好ましくは9:1から5:5であり、その際添加する(E)−11−ヘキサデセノールの量は、(E)−11−ヘキサデセナールに対して好ましくは1〜100質量%である。
(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの質量比が9:1から5:5の範囲が好ましいのは、その範囲を外れると交信撹乱剤としての性能が低下するからである。一方、(E)−11−ヘキサデセノールの含有量が(E)−11−ヘキサデセナールに対して1〜100質量%とすることが好ましいのは、1質量%未満では添加量が少なく過ぎて交信撹乱効果が改善されない場合があり、100質量%を超えて添加しても交信撹乱効果は変わらないからである。
【0010】
(E)−11−ヘキサデセナール及び(Z)−11−ヘキサデセナールは、公知の方法により製造することができる。
例えば、日本国特許第3340517号公報に記載の方法により、(Z)−3−オクテニルクロリドについて異性化反応を行い、(E)/(Z)−3−オクテニルクロリドを得る。E体とZ体の質量比は、異性化剤の量を制御することによって所望の範囲に設定できる。その後、金属マグネシウムと反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、1−ブロモー4−クロロブタンと反応させ、(E)/(Z)−7−ドデセニルクロリドを得る。次いで、(E)/(Z)−7−ドデセニルクロリドと金属マグネシウムを反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、1−ブロモー3−クロロプロパンと反応させ、(E)/(Z)−10−ペンタデセニルクロリドを得る。最後に、(E)/(Z)−10−ペンタデセニルクロリドと金属マグネシウムを反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、オルト蟻酸トリエチルと反応させ、加水分解して、(E)/(Z)−11−ヘキサデセナールを得ることができる。
【0011】
(E)−11−ヘキサデセノールは、公知の方法により製造することができる。
例えば、市販の(Z)−11―ヘキサセデニルアセタートの異性化及び加水分解反応を実施して得られる。また、(E)−11−ヘキサデセノールの幾何純度は、本発明の撹乱剤にとって重要ではなく、(E)−11−ヘキサデセノールと(Z)−11−ヘキサデセノールの混合物であってもよい。好ましくは、E体単独又はE/Z質量比が10:0〜5:5である。
【0012】
本発明のチャノホソガの交信撹乱剤には、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の抗酸化剤や2−ヒドロキシー4−オクトキシベンゾフェノン等の紫外線吸収剤を適量加えても良い。
【0013】
本発明の交信撹乱剤は、有効成分の一定量の放出を長期間にわたり持続させるために、徐放性の担体として、好ましくは、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル等の放出量制御機能を有する物資からなるキャップ、細管、ラミネート製の袋、カプセル等の容器を用い、これらに充填して用いられる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明の具体的態様を実施例及び比較例によって説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
<(E)−11−ヘキサデセナール及び(Z)−11−ヘキサデセナールの準備>
日本国特許第3340517号公報に記載の方法により、(Z)−3−オクテニルクロリドについて異性化反応を行い、(E)/(Z)−3−オクテニルクロリドを得た。その後、無水テトラヒドロフラン中で、常法通り金属マグネシウムと反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、1−ブロモー4−クロロブタンと反応させ、(E)/(Z)−7−ドデセニルクロリドを得た。次いで、(E)/(Z)−7−ドデセニル=クロリドと金属マグネシウムを同様に無水テトラヒドロフラン中で反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、1−ブロモー3−クロロプロパンと反応させ、(E)/(Z)−10−ペンタデセニルクロリドを得た。最後に、(E)/(Z)−10−ペンタデセニルクロリドと金属マグネシウムを同様に無水テトラヒドロフラン中で反応させ、相当するグリニヤール試薬を調製した後、オルト蟻酸トリエチルと反応させたのち、20質量%塩酸で加水分解を実施し、蒸留して、(E)/(Z)−11−ヘキサデセナールを得て、これを試験に供した。実施例1〜3及び比較例1では(E)/(Z)の質量比9:1、実施例4〜5及び比較例3では(E)/(Z)の質量比7:3を用いたが、(E)/(Z)質量比の調節は、異性化反応の際、異性化剤の添加量を制御することにより行なった。
【0015】
<(E)−11−ヘキサデセノールの準備>
市販の信越化学工業社製(Z)−11―ヘキサセデニルアセタートを上記と同様に異性化反応を実施した後、メタノール中で、水酸化ナトリウムで加水分解反応を行い、蒸留して、(E)/(Z)−11−ヘキサデセノールとして調製した。(E/Z質量比=77/23)
【0016】
<性フェロモンコミュニケーションの阻害効果>
実施例1〜3、比較例1〜2
(E)−11−ヘキサデセナール(以下、「E11−16:Ald」とも略す。)と(Z)−11−ヘキサデセナール(以下、「Z11−16:Ald」とも略す。)の質量比9:1の混合物を円筒状のイソプレンより成るゴムキャップ(WEST社製Sleeve stopper)の内側の空隙に注ぎ込み担持させ、白色粘着型デルタトラップ(サンケイ化学社製SEトラップ、縦29cm×横32cm×高さ8cm)に取り付けた。同じものを3個用意し、それらをチャノホソガの発生が認められる茶畑に5m間隔で設置した。トラップに誘引されたチャノホソガ雄成虫の数を6日間続けて数え、その平均値を表1に示した(比較例1)。
同時期、同種の茶を有する近接する茶畑、上記混合物に、(E)−11−ヘキサデセナールに対して(E)−11−ヘキサデセノール(以下、「E11−16:OH」とも略す。)を1質量%添加したトラップ(実施例1)、10質量%添加したトラップ(実施例2)、100質量%添加したトラップ(実施例3)を作製し、比較例1と同様に設置し、トラップに誘引されたチャノホソガ雄成虫の数を6日間続けて数え、その平均値を表1に示した。
なお、比較例2は、ブランクであり、比較例1と同様に設置し、トラップに誘引されたチャノホソガ雄成虫の数を6日間続けて数え、その平均値を表1に示した。
【0017】
【表1】

【0018】
表1に示すように、比較例1では、チャノホソガの性フェロモンに対して93.4匹/日/トラップの雄蛾が誘引された。実施例1では、65.1匹/日/トラップと性フェロモンによるコミュニケーションを阻害した結果、誘引数が低下した。実施例2や実施例3では、強くチャノホソガの性フェロモンコミュニケーションを阻害し、誘引数が有意に低下した。比較例2は、ブランクであり、ここでも数匹の雄蛾がトラップされているが、これは偶然の飛び込みと考えられる。
表1において、S.E.は標準誤差を示し、その後ろに同じアルファベットが付された場合は、Tukeyの多重検定(multiple range test)に基づき、棄却率1%で有意差が無いことを示す。
【0019】
実施例4、比較例3〜4
(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの質量比7:3の混合物90mgをポリエチレン細管に封じ込んだ交信撹乱剤(比較例3)、(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールの質量比7:3の混合物90mgに、(E)−11−ヘキサデセナールに対して10質量%の(E)−11−ヘキサデセノールを添加してポリエチレン細管に封じ込んだ交信撹乱剤(実施例4)を準備し、チャノホソガのほぼ同程度に発生している3アールの茶畑に、これらの交信撹乱剤を250本/10アールの割合で処理した。その2ヵ月後、それぞれの交信撹乱剤を処理した茶畑に加え、撹乱剤を処理していない茶畑(比較例4)の三角巻葉数を調査した。その結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
表2に示すように、(E)−11−ヘキサデセノールを添加しない比較例3や、交信撹乱剤を処理していない比較例4では、三角巻葉数が、16.61個/mや19.25個/mであった。(E)−11−ヘキサデセノールを10%添加した実施例4では、5.71個/mと明らかに少なくなっており、三角巻葉の抑制効果が良好であることがわかる。
【0022】
実施例5、比較例5
(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナール)の質量比7:3の混合物90mgに、(E)−11−ヘキサデセナールに対して10質量%の(E)−11−ヘキサデセノールを添加してポリエチレン細管に封じ込んだ交信撹乱剤を準備し、1ヘクタールといった大きな面積の茶畑に、この交信撹乱剤を250本/10アールの割合で処理した(実施例5)。その2ヵ月後、それぞれの交信撹乱剤を処理した茶畑に加え、撹乱剤を処理していない茶畑(比較例5)の三角巻葉数を調査した。その結果を表3に示す。
【0023】
【表3】

【0024】
表3に示すように、交信撹乱剤を無処理の比較例5では5.60個/mの三角巻葉が認められたのに対して、3成分を混合した実施例5では、その約6分の1(0.88個/m)に三角巻葉を抑制していた。(E)−11−ヘキサデセナールと(Z)−11−ヘキサデセナールに、(E)−11−ヘキサデセナールに対して10質量%の(E)−11−ヘキサデセノールを添加した交信撹乱剤には、明瞭な防除効果を持つことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(E)−11−ヘキサデセナール、(Z)−11−ヘキサデセナール、及び(E)−11−ヘキサデセノールを少なくとも含んでなるチャノホソガの交信撹乱剤。
【請求項2】
上記(E)−11−ヘキサデセナールと上記(Z)−11−ヘキサデセナールの質量比が9:1から5:5であり、上記(E)−11−ヘキサデセノールが、上記(E)−11−ヘキサデセナールに対して1〜100質量%含まれる請求項1に記載の交信撹乱剤。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の交信撹乱剤を設置することを少なくとも含むチャノホソガの交信撹乱方法。

【公開番号】特開2011−162541(P2011−162541A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1111(P2011−1111)
【出願日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】