説明

デオキシニバレノールを分解する新規微生物

【課題】デオキシニバレノールを直接分解処理できる新規微生物の提供、及び該新規微生物を利用したデオキシニバレノールを分解処理する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに対して分解能を有することを特徴とする新規微生物RS1菌株(FERM AP−21224)であり、更にalpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに対して分解能を有する微生物を用いて、デオキシニバレノールを分解処理することを特徴とするデオキシニバレノールの分解処理方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デオキシニバレノールを分解する新規微生物、及びデオキシニバレノールの分解処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ムギ類を始めとする穀類に広く感染する赤かび病菌Fusarium graminearumが産生するデオキシニバレノール(Deoxynivalenol、以下DONと略称することがある。)、ニバレノール、T−2トキシンは、トリコテセン系マイコトキシンであり、ムギ生産地帯で大きな問題となっている。中でもデオキシニバレノールは、各国のムギ生産地帯で発生しているマイコトキシン汚染の主要因であり、摂取すると嘔吐、下痢などの急性中毒を引き起こすことから、世界的に本毒素の対策が喫緊の課題となっている。我が国でも平成14年5月に、厚生労働省においてコムギ粒の暫定基準濃度が1.1ppm以下と定められた。
【0003】
従来この対策としては、化学的手法により赤かび病菌を制御する方法が用いられてきた。また近年は植物体に残存する化学農薬の危険性が指摘されることから、微生物農薬がより安心で安全な植物病害防除剤として注目されている(例えば、特許文献1及び特許文献2を参照)。またバチルス・ズブチリスに属する菌株が産生するアイツリンAのフザリウムに対する増殖抑制効果を利用し、当該菌株の培養液で農産物を処理する方法が提案されている(特許文献3を参照。)。
【0004】
しかしデオキシニバレノールはトリコテセン骨格の構造を有し、121℃ 20分の加圧高温処理に対しても安定である。そのため、一旦赤かび病菌が発生した植物体においては、赤かび病を殺菌剤等で防除した後であっても、罹病した植物体の穂等に残存する。さらにデオキシニバレノール の特徴として、赤かび病が感染した植物体においては、発病したムギ粒等だけではなく、無病徴のムギ粒等にも蓄積される。このため、発病の有無にかかわらず、赤かび病菌汚染にされたムギ粒に蓄積されたデオキシニバレノールを低減する技術が求められている。
【0005】
そのためにデオキシニバレノールを直接除去する方法として、食品のレベルで物理的吸着により不活性化または排除する、家畜が食べてもそのまま排泄可能なカビ毒吸着剤(特許文献4を参照。)や、マイコトキシンを吸着除去する金属酸化物粒子複合体(特許文献5を参照。)が提案されている。
【0006】
しかし食品となる以前に、直接穀物等に付着したデオキシニバレノールを除去することが望まれており、デオキシニバレノール分解微生物の探索が進められている。デオキシニバレノール分解微生物としては、現在のところ、土壌から分離されたグラム陰性菌Agrobacterium-Rhyzobiumグループの1細菌が報告されているが、本細菌は酵母エキスを加えた富栄養培地で生育されたものであり、デオキシニバレノールのみを栄養源として生育するかは明らかではない(非特許文献1を参照。)。
【0007】
【特許文献1】特開2003−206212号公報
【特許文献2】特開2003−192515号公報
【特許文献3】特開平5−85911号公報
【特許文献4】特表2002−512011号公報
【特許文献5】特表2004−500214号公報
【非特許文献1】Shima J. et. al (1997) Appl. Environ. Microbiol., 63: 3825-3830
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、デオキシニバレノールを直接分解処理できる新規微生物の提供、及び該新規微生物を用いたデオキシニバレノールの分解処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ムギ栽培圃場のムギの根圏に生息する微生物の中から、デオキシニバレノール を効率よく分解することができる菌株を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
<1>すなわち本発明は、alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに対して分解能を有することを特徴とする新規微生物RS1菌株を提供することである。
<2>更に本発明は、alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに分解能力を有する微生物を用いて、デオキシニバレノールを分解処理することを特徴とするデオキシニバレノールの分解処理方法であり、中でも前記微生物として新規微生物RS1菌株を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の新規微生物は、熱に安定で、難分解性であるデオキシニバレノールを直接分解することができる。さらに、本発明の新規微生物を使用したデオキシニバレノールの分解処理方法によれば、穀類等に蓄積されたデオキシニバレノールを直接分解処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、Aminobacter aminovoransに近縁で、デオキシニバレノールに対して分解能を有することを特徴とする新規微生物RS1菌株を提供することであり、更に前記微生物を用いて、デオキシニバレノールを分解処理する方法である。以下本発明について詳説する。
【0013】
本発明の菌株RS1菌株は、ムギ栽培圃場において、ムギの根を含む根圏土壌から採取されたもので、該菌株の16S rRNA遺伝子をDNA DATA BANK of JAPAN(以下DDBJと略称する。)において、BLAST検索により相同性を調べた結果、
alpha-proteobacteriaのAminobacter aminovoransと94%の相同性を示す。
【0014】
細菌の分類においては、経験的に、16S rRNA遺伝子の塩基配列の相同性が97%未満なら別種と判断されるケースが多い。本発明の菌株RS1菌株は、Aminobacterに近縁の新種の菌株と推測される。該RS1菌株と異種と言い切れないところの、16S r RNA遺伝子の塩基配列の相同性が98%以上の細菌は報告されていない。
【0015】
なお前記に関連して、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターの寄託に関するQ&A「種が不明、あるいは新属新種の微生物を寄託したいのですが、可能ですか」の項においても、種の単位で安全性を定めている、「独立行政法人産業技術総合研究所の微生物実験取扱要領に定められている微生物の安全度レベル(BSL)」のリストにある細菌との比較において、「16SrDNA1300bpでBSL2の病原性細菌種との相同性が97%未満であるなら、一般細菌として取り扱います」との見解を示しており、97%未満では、同種とは判定していない。
【0016】
更に本発明の菌株RS1菌株は、グラム染色による光学顕微鏡観察により、グラム陰性の短桿菌で、alpha-proteobacteriaに属する細菌の特徴を示し、また普通寒天培地、ジャガイモ半合成寒天培地で、いずれもごく小さなコロニーを形成する。本菌株RS1菌株は、2007年2月16日に、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(以下FERMと略称する。)に、受領番号AP−21224として寄託されている。
【0017】
本発明のRS1菌株は、デオキシニバレノールを唯一の炭素源とする無機塩培地で、100 mg/Lのデオキシニバレノールを、50時間後には、検出限界以下にまで低減した。
【0018】
前記RS1菌株の培養は、ジャガイモ半合成培地、イースト培地による培養が好ましく、中でもイースト培地が特に好ましい。また培養条件としては20℃〜30℃が好ましい。
【0019】
本発明の新規微生物RS1菌株は、デオキシニバレノールを唯一の栄養源として増殖することから、本発明の新規微生物RS1菌株を用いることにより、デオキシニバレノールが蓄積された穀物粒等から、直接デオキシニバレノールを分解することができる。
【実施例】
【0020】
<根圏よりの分離>
ムギ栽培圃場においてムギの根を含む根圏土壌を採取し、該採取試料約1gを、下記表1に示す培地組成の無機塩培地1000mLにデオキシニバレノール100mgを加えた、デオキシニバレノールを唯一の炭素源とする培地(以下CDM培地という。)において、28℃で、振とう条件にて集積培養を行った。5〜7日間、CDM培地で培養後、培溶液から100μLを取り、更に新鮮なCDM培地に移し変え、同様の条件で振とう培養した。この操作を数回繰り返し、分解活性の再現性を確認した。
【0021】
【表1】

【0022】
前記集積培養において、デオキシニバレノール分解活性の見られた集積培養サンプルを、100倍に希釈した普通寒天培地(培地組成:水1 L当たり、肉エキス;0.03 g, ペプトン;0.05 g、寒天:15gを添加。以下NA培地という。)に塗末し28℃にて培養した。前記NA培地上に菌のコロニーが形成されたら、該コロニーを釣菌し、マイクロプレート分光光度計(TECAN社製、GENios)を使用して、波長610nmにおける吸光度が0.1になるように5mLの滅菌水に懸濁した。
【0023】
<選抜した菌RS1のデオキシニバレノール分解能と菌の増殖>
該懸濁液5mLを、前記CDM培地に接種し、28℃で振とう培養し、以下の増殖の判定及びデオキシニバレノールの抽出に供試した。前記懸濁液をCDM培地に接種した時を、以下のデオキシニバレノールの濃度測定における培養開始時(培養0時間後)とした。また、上記培養期間中、菌の増殖およびデオキシニバレノール濃度を測定するため、120μLの菌液を12時間ごとに回収した。
【0024】
<増殖の判定及びデオキシニバレノールの抽出>
菌の増殖量を吸光度で測定した。前記120μLの菌液を、96ウェルプレートに入れ、前記マイクロプレート分光光度計により、波長595nmにおける吸光度を測定した。測定終了後、120μLある菌液のうち100μLに、500μLの酢酸エチルと400μLの飽和食塩水を加えて、タッチミキサーによる攪拌を行い、その後分層した有機溶媒層を回収することにより、デオキシニバレノールの抽出を行った。前記酢酸エチルと飽和食塩水による抽出を3回繰り返した後、該抽出物を遠心エバポレーター(EYELA,CVE-200D 40℃ 20分)によって、有機溶媒層を完全に除去し、デオキシニバレノール抽出物を得た。
【0025】
<HPLCによるデオキシニバレノールの分析>
前記デオキシニバレノール抽出物を、100μLのメタノールで懸濁し、逆相HPLC分析に供した。HPLC(東ソーHPLCシステム、ポンプ:CCPM-II、検出器:UV-8020、カラム:C18M 4E (Shodex)、検出波長:220 nm、移動相:メタノール:水=15:85、流速:1 mL/ 1 min)にて分析し、培養液中に残存していたデオキシニバレノールの濃度を検量線から求めた。培養開始時(培養0時間後)と培養1日経過後の分析によって得られたクロマトグラムを図1に示す。
【0026】
図1より、培養開始時におけるデオキシニバレノールは5.8分に面積が420 mV × secのピークで示されているが、これに比較して培養1日経過後のデオキシニバレノールは面積が63.8 mV × secと、培養開始時の15.2%となっており、それに対しデオキシニバレノール分解産物由来のピークが6.8分に現れている。このことから本発明の菌株RS1菌株は、デオキシニバレノールを唯一の炭素源として増殖し、ほかの化合物へと代謝することのできる細菌であることが解る。
【0027】
また培養開始後、培養50時間経過後までの、デオキシニバレノール残存濃度を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2より、17時間経過後は、デオキシニバレノールは1/4以下になり、40時間経過後には1ppmになった。さらに50時間後には、検出限界以下にまで低減した。
【0030】
<菌学的性質及び生理学的性質>
本発明のRS1菌株の16S r RNA遺伝子の塩基配列の解析を行った。該菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を配列表の配列番号1に示す。さらに本発明の菌株について系統学的分類を行うため、DDBJにおいてBLAST検索により相同性を調べた結果、RS−1菌株は、alpha-proteobacteriaのAminobacteraminovoransに近縁(94%の相同性)で、既知の属には属さない新たな属である可能性を有する新規な菌株であることが明らかとなった。図2に、本発明の菌株の16S r RNA遺伝子の配列に基づく系統樹を示す。
【0031】
本発明のRS1菌株について、グラム染色を行い光学顕微鏡で観察を行ったところ、グラム陰性の短桿菌で、alpha-proteobacteriaに属する細菌の特徴を示していた。
【0032】
<培養特性>
本発明のRS1菌株について、各種の培地を用いて、培養特性を検討した。ジャガイモ半合成寒天培地(培地組成:ジャガイモ300gの煎汁、peptone;5g、sucrose;20g、Na2HPO4・12H2O;2g、Ca(NO3)2;0.5g、Agar;15gを入れ、全体で1000mlとした。以下PSA培地という。)の上に、25℃で培養すると、4日目に直径0.5mm、8日で直径1mm程度の円形、全縁、中央がややくぼんだドーム型、光沢あり、透明から半透明、乳白色のコロニーを形成した。
【0033】
1%イースト寒天培地(培地組成:蒸留水1000ml、yeast 10g、(以下YE培地という。)に寒天:15gを添加)上に25℃で培養すると、4日目に直径0.5mm、8日で直径1mm程度の円形、全縁、ドーム型、表面平滑、光沢あり、乳白色のコロニーを形成した。
【0034】
NA培地上に25℃で培養すると、7日目に直径0.5mm程度の円形、全縁、ドーム型、表面平滑、光沢あり、透明または半透明、乳白色のコロニーを形成した。
【0035】
1/100NA培地上に25℃で培養すると、4日目に直径0.5mmの円形、全縁、ドーム型、表面平滑、光沢あり、やや透明、白色のコロニーを形成したが、4日目以降、コロニーの直径は拡大しなかった。
【0036】
以上より本発明のRS1菌株の培養は、PSA培地、及びYE培地が好ましく、中でもYE培地が特に好ましい。
【0037】
<ムギ粒でのデオキシニバレノール分解能試験(1)>
本発明のRS1菌株について、前記CDM培地で25℃2日間培養した後、該懸濁液を、波長610nmにおける吸光度が4となるように滅菌水に懸濁して、その菌懸濁液を作製した。一方ムギ粒約300粒を前記CDM培地に浸漬し、その後1時間風乾し、ムギ粒表面にデオキシニバレノールが付着したムギ粒を作製した。
【0038】
前記デオキシニバレノール付着ムギ粒60粒に、前記の菌懸濁液、各600μLを接種し、よく撹拌したのちに、プラスチック容器に入れ、25℃で静置し、デオキシニバレノールの残存量を経時的に測定した。結果を表3に示す。
【0039】
<ムギ粒でのデオキシニバレノール分解能試験(2)>
前記デオキシニバレノール分解能試験(1)における前記CDM培地に換えて、前記YE液体培地で培養した以外はデオキシニバレノール分解能試験(1)と同様にして、デオキシニバレノール分解能試験(2)を実施した。結果を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3より、CDM培地培養菌、YE液体培地培養菌ともに同様の傾向を示し、YE液体培地において培養した本発明のRS1菌株も、デオキシニバレノールの分解能力を有することが明らかとなった。またデオキシニバレノールの分解は、CDM培地前培養菌、YE液体培地前培養菌ともに、3日目までに約1/3に減少したが、その後の顕著な減少は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のRS1菌株は、デオキシニバレノールそのものに作用し、直接デオキシニバレノールを分解するため、本発明のRS1菌株を用いることにより、ムギ生産地帯で大きな問題となっているマイコトキシン汚染の主要因であるデオキシニバレノールを、赤かび病の発病の有無にかかわらず低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】分光分析によって得られたクロマトグラム図である。
【図2】本発明の菌株の16S rRNA遺伝子の配列に基づく系統樹である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに対して分解能を有することを特徴とする新規微生物RS1菌株。
【請求項2】
alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに分解能力を有する微生物を用いて、デオキシニバレノールを分解処理することを特徴とするデオキシニバレノールの分解処理方法。
【請求項3】
前記alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに分解能力を有する微生物が、請求項1に記載の微生物と16S rRNA遺伝子の塩基配列において98%以上の相同性を示す微生物である請求項2に記載のデオキシニバレノールの分解処理方法。
【請求項4】
前記alpha-proteobacteriaに属し、デオキシニバレノールに分解能力を有する微生物が、請求項1に記載の微生物である、請求項2に記載のデオキシニバレノールの分解処理方法。



【図1】
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【図2】
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