説明

トランスデューサ

【課題】 耐絶縁破壊性が高い誘電層を用い、かつ大きな静電引力を発生させることにより、大きな力を出力することができるトランスデューサを提供する。
【解決手段】 トランスデューサ1は、エラストマーを含み体積抵抗率が1012Ω・cm以上の高抵抗誘電層10と、高抵抗誘電層10の表裏両側に配置される一対の電極13、14と、高抵抗誘電層10の表裏少なくとも一方において、電極13と高抵抗誘電層10との間に介装されるイオン固定層11と、を備える。イオン固定層11は、エラストマー110と、金属酸化物粒子に第一イオン成分が固定化されてなるイオン固定粒子111と、該第一イオン成分と反対の電荷を持つ第二イオン成分112と、を有し、イオン固定粒子111はエラストマー110に化学結合されており、該第一イオン成分の電荷は隣接する電極13の極性と同じである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラストマー材料を用いたトランスデューサに関する。
【背景技術】
【0002】
トランスデューサとしては、機械エネルギーと電気エネルギーとの変換を行うアクチュエータ、センサ等、あるいは音響エネルギーと電気エネルギーとの変換を行うスピーカ、マイクロフォン等が知られている。柔軟性が高く、小型で軽量なトランスデューサを構成するためには、誘電体エラストマー等の高分子材料が有用である。
【0003】
例えば、誘電体エラストマーからなる誘電層の厚さ方向両面に、一対の電極を配置して、アクチュエータを構成することができる。この種のアクチュエータでは、電極間への印加電圧を大きくすると、電極間の静電引力が大きくなる。このため、電極間に挟まれた誘電層は厚さ方向から圧縮され、誘電層の厚さは薄くなる。膜厚が薄くなると、その分、誘電層は電極面に対して平行方向に伸長する。一方、電極間への印加電圧を小さくすると、電極間の静電引力が小さくなる。このため、誘電層に対する厚さ方向からの圧縮力が小さくなり、誘電層の弾性復元力により膜厚は厚くなる。膜厚が厚くなると、その分、誘電層は電極面に対して平行方向に収縮する。このように、アクチュエータは、誘電層を伸長、収縮させることによって、駆動対象部材を駆動させる。
【0004】
アクチュエータから出力される力および変位量を大きくするという観点から、誘電層には、以下の三つの特性が要求される。すなわち、第一の特性は、大きな電圧を印加できるように耐絶縁破壊性が高いことであり、第二の特性は、多くの電荷を蓄えられるように比誘電率が大きいことであり、第三の特性は、柔軟性が高いこと、である。したがって、誘電層の材料としては、耐絶縁破壊性の高いシリコーンゴムや、比誘電率が大きいアクリルゴム、ニトリルゴム等が用いられることが多い(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−506858号公報
【特許文献2】特表2001−524278号公報
【特許文献3】特開2005−51949号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、シリコーンゴムは、シロキサン結合を骨格とする。このため、電気抵抗が大きい。よって、シリコーンゴムからなる誘電層は、大きな電圧を印加しても絶縁破壊しにくい。しかしながら、シリコーンゴムの極性は小さい。つまり、比誘電率が小さい。このため、シリコーンゴムからなる誘電層を用いてアクチュエータを構成した場合には、印加電圧に対する静電引力が小さい。よって、実用的な電圧により、所望の力および変位量を得ることができない。
【0007】
一方、アクリルゴムやニトリルゴムの比誘電率は、シリコーンゴムの比誘電率よりも大きい。このため、誘電層の材料にアクリルゴム等を用いると、印加電圧に対する静電引力は、シリコーンゴムを用いた場合と比較して大きくなる。しかしながら、アクリルゴム等の電気抵抗は、シリコーンゴムと比較して小さい。このため、誘電層が絶縁破壊しやすい。また、電圧印加時に電流が誘電層中を流れてしまい(いわゆる漏れ電流)、誘電層と電極との界面付近に電荷が溜まりにくい。したがって、比誘電率が大きいにも関わらず、静電引力が小さくなり、充分な力および変位量を得ることができない。さらに、電流が誘電層中を流れると、発生するジュール熱により、誘電層が破壊されるおそれがある。このように、一つの材料により、耐絶縁破壊性に優れ、かつ静電引力が大きい誘電層を実現することは、難しい。
【0008】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、耐絶縁破壊性が高い誘電層を用い、かつ大きな静電引力を発生させることにより、大きな力を出力することができるトランスデューサを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明のトランスデューサは、エラストマーを含み体積抵抗率が1012Ω・cm以上の高抵抗誘電層と、該高抵抗誘電層の表裏両側に配置される一対の電極と、該高抵抗誘電層の表裏少なくとも一方において、該電極と該高抵抗誘電層との間に介装されるイオン固定層と、を備え、該イオン固定層は、エラストマーと、金属酸化物粒子に第一イオン成分が固定化されてなるイオン固定粒子と、該第一イオン成分と反対の電荷を持つ第二イオン成分と、を有し、該イオン固定粒子は該エラストマーに化学結合されており、該第一イオン成分の電荷は隣接する該電極の極性と同じであることを特徴とする。
【0010】
本発明のトランスデューサにおいては、一対の電極間に配置される誘電層が、高抵抗誘電層とイオン固定層とから構成される。イオン固定層は、高抵抗誘電層の表裏少なくとも一方において、電極と高抵抗誘電層との間に介装される。すなわち、イオン固定層は、高抵抗誘電層の表面または裏面のどちらか一方に積層されるか、あるいは高抵抗誘電層を挟むように、高抵抗誘電層の表裏両面に積層される。
【0011】
イオン固定層において、イオン固定粒子は、エラストマーに化学結合されている。また、イオン固定粒子に固定された第一イオン成分の電荷は、隣接する電極の極性と同じである。すなわち、プラス側の電極と高抵抗誘電層との間に配置されるイオン固定層においては、第一イオン成分はプラス電荷を有する。つまり、当該イオン固定層は、陽イオンが金属酸化物粒子に固定化されたイオン固定粒子を含む。同様に、マイナス側の電極と高抵抗誘電層との間に配置されるイオン固定層においては、第一イオン成分はマイナス電荷を有する。つまり、当該イオン固定層は、陰イオンが金属酸化物粒子に固定化されたイオン固定粒子を含む。以下、模式図を用いて、本発明のトランスデューサの構成および動作を説明する。
【0012】
図1に、本発明のトランスデューサの電圧印加前の状態における断面模式図を示す。図2は、同トランスデューサの電圧印加時の状態における断面模式図を示す。但し、図1、図2は、本発明の一実施形態のトランスデューサを模式的に示すものであり、本発明のトランスデューサを何ら限定するものではない。
【0013】
図1に示すように、トランスデューサ1は、高抵抗誘電層10と、陽イオン固定層11と、陰イオン固定層12と、プラス電極13と、マイナス電極14と、を備えている。陽イオン固定層11は、高抵抗誘電層10の上面に配置されている。プラス電極13は、陽イオン固定層11の上面に配置されている。つまり、陽イオン固定層11は、高抵抗誘電層10とプラス電極13との間に介装されている。陽イオン固定層11は、エラストマー110と、陽イオン固定粒子111と、陰イオン成分112と、を有している。陽イオン固定粒子111は、陽イオン成分が固定化された金属酸化物粒子である。陽イオン固定粒子111は、エラストマー110に化学結合されている。
【0014】
同様に、陰イオン固定層12は、高抵抗誘電層10の下面に配置されている。マイナス電極14は、陰イオン固定層12の下面に配置されている。つまり、陰イオン固定層12は、高抵抗誘電層10とマイナス電極14との間に介装されている。陰イオン固定層12は、エラストマー120と、陰イオン固定粒子121と、陽イオン成分122と、を有している。陰イオン固定粒子121は、陰イオン成分が固定化された金属酸化物粒子である。陰イオン固定粒子121は、エラストマー120に化学結合されている。陽イオン固定層11および陰イオン固定層12は、本発明のイオン固定層に含まれる。
【0015】
図2に示すように、プラス電極13とマイナス電極14との間に電圧が印加されると、陽イオン固定層11においては、陰イオン成分112がプラス電極13側へ移動する。一方、陽イオン固定粒子111は、エラストマー110と結合されている。このため、陽イオン成分は、ほとんど移動しない。同様に、陰イオン固定層12においては、陽イオン成分122がマイナス電極14側へ移動する。一方、陰イオン固定粒子121は、エラストマー120と結合されている。このため、陰イオン成分は、ほとんど移動しない。また、高抵抗誘電層10においては、分極により、陽イオン固定層11との界面付近にマイナス電荷が、陰イオン固定層12との界面付近にプラス電荷が、各々蓄えられる。このように、トランスデューサ1においては、陽イオン固定層11、陰イオン固定層12、およびこれらと接する高抵抗誘電層10の界面付近に、多くの電荷が蓄えられる。したがって、プラス電極13およびマイナス電極14から、誘電層10、11、12を圧縮するように、大きな静電引力が発生する。これにより、誘電層10、11、12は上下方向に圧縮され、その分だけ、図2中白抜き矢印で示すように、左右方向に伸長する。
【0016】
ここで、高抵抗誘電層10の電気抵抗は大きい。このため、蓄えられた電荷は、高抵抗誘電層10内を移動しにくい。したがって、いわゆる漏れ電流は少なく、それによるジュール熱も発生しにくい。また、陽イオン固定層11においては、隣接するプラス電極13の極性と同じ陽イオン成分が、金属酸化物粒子を介してエラストマー110に固定される。このため、陽イオン成分は、高抵抗誘電層10側(プラス電極13と反対方向)に移動しにくい。同様に、陰イオン固定層12においては、隣接するマイナス電極14の極性と同じ陰イオン成分が、金属酸化物粒子を介してエラストマー120に固定される。このため、陰イオン成分は、高抵抗誘電層10側(マイナス電極14と反対方向)に移動しにくい。このように、陽イオン固定層11および陰イオン固定層12から、高抵抗誘電層10へ、イオン成分が移動するおそれは小さい。したがって、高抵抗誘電層10の電気抵抗は低下しにくい。つまり、高抵抗誘電層10は、経時劣化しにくく、高い耐絶縁破壊性を維持することができる。
【0017】
以上説明したように、本発明のトランスデューサによると、耐絶縁破壊性が高い高抵抗誘電層に、イオン固定層が積層されることにより、大きな静電引力が発生する。また、イオン固定層においては、隣接する電極の極性と同じ電荷を持つ第一イオン成分が、金属酸化物粒子を介してエラストマーに固定される。このため、イオン固定層中のイオン成分が、高抵抗誘電層へ移動しにくい。したがって、本発明のトランスデューサによると、高抵抗誘電層の耐絶縁破壊性を維持したまま、大きな静電引力を発生させることができる。その結果、実用的な電圧範囲において、大きな出力を得ることができる。
【0018】
ちなみに、上記特許文献3には、一対の電極間に、導電性ポリマー層とイオン電解質含有層とが介装されたアクチュエータが、開示されている。特許文献3のアクチュエータによると、電圧を印加して、イオン電解質含有層のイオンを、導電性ポリマー層にドープまたはアンドープさせる。これにより、導電性ポリマー層を伸縮させて、力を発生させる。特許文献3のアクチュエータは、隣接する層間でイオンを移動させるという点において、本発明のトランスデューサとは異なる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のトランスデューサの電圧印加前の状態における断面模式図である。
【図2】同トランスデューサの電圧印加時の状態における断面模式図である。
【図3】生成される陽イオン固定粒子の模式図である。
【図4】測定装置に取り付けられた実施例1のアクチュエータの表側正面図である。
【図5】図4のV−V断面図である。
【図6】実施例および比較例の各アクチュエータにおける電界強度と発生力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のトランスデューサの実施形態について説明する。なお、本発明のトランスデューサは、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【0021】
本発明のトランスデューサは、高抵抗誘電層と、イオン固定層と、一対の電極と、を備える。
【0022】
<高抵抗誘電層>
高抵抗誘電層は、エラストマーを含み、1012Ω・cm以上の体積抵抗率を有する。高抵抗誘電層は、エラストマーのみから構成されていてもよく、エラストマーに加えて他の成分を含んで構成されていてもよい。
【0023】
エラストマーとしては、例えば、エチレン−プロピレン−ジエン共重合体(EPDM)、イソプレンゴム、天然ゴム、フッ素ゴム、ニトリルゴム(NBR)、水素化ニトリルゴム(H−NBR)、シリコーンゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、ブチルゴム、スチレンブタジエンゴム、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体等が好適である。また、エポキシ化天然ゴム、カルボキシル基変性水素化ニトリルゴム(XH−NBR)等のように、官能基を導入するなどして変性したエラストマーを用いてもよい。エラストマーとしては、一種を単独で、あるいは二種以上を混合して用いることができる。
【0024】
エラストマーに加えて配合される他の成分としては、絶縁性の高い無機フィラー等が挙げられる。絶縁材料を配合することにより、高抵抗誘電層の電気抵抗を大きくすることができる。無機フィラーとしては、例えば、シリカ、酸化チタン、チタン酸バリウム、炭酸カルシウム、クレー、焼成クレー、タルク等が挙げられる。これらの一種を単独で、あるいは二種以上を混合して用いればよい。例えば、後述する官能基の数が多く、比較的安価であるという理由から、シリカが好適である。また、シリカ、酸化チタン、チタン酸バリウムについては、有機金属化合物の加水分解反応(ゾルゲル法)により製造したものを用いてもよい。
【0025】
電子の流れを遮断して、より絶縁性を高くするためには、エラストマーと無機フィラーとが、化学結合されていることが望ましい。こうするためには、エラストマーおよび無機フィラーの両方が、互いに反応可能な官能基を有することが望ましい。官能基としては、水酸基(−OH)、カルボキシル基(−COOH)、無水マレイン酸基等が挙げられる。この場合、エラストマーとしては、カルボキシル基変性水素化ニトリルゴム等のように、官能基を導入するなどして変性したものが好適である。また、無機フィラーの場合、製造方法により、あるいは製造後に表面処理を施すことにより、官能基を導入したり、官能基の数を増加させることができる。官能基の数が多いほど、エラストマーと無機フィラーとの反応性が向上する。
【0026】
無機フィラーの配合割合は、エラストマーの体積抵抗率等を考慮して、決定すればよい。例えば、エラストマーの100質量部に対して、5質量部以上50質量部以下とすることが望ましい。5質量部未満であると、電気抵抗を大きくする効果が小さい。反対に、50質量部を超えると、高抵抗誘電層が硬くなり、柔軟性が損なわれるおそれがある。
【0027】
<イオン固定層>
イオン固定層は、高抵抗誘電層の表面または裏面の少なくとも一方に積層される。静電引力をより大きくするという観点から、イオン固定層が、高抵抗誘電層の表裏両面に配置される形態が望ましい。イオン固定層は、エラストマーと、イオン固定粒子と、第二イオン成分と、を有する。
【0028】
エラストマーは、イオン固定粒子と化学結合可能なものであれば、特に限定されない。後述するように、イオン固定粒子が水酸基(−OH)を有する場合、エラストマーとしては、当該水酸基と反応可能な官能基を有するものを用いればよい。このような官能基としては、カルボキシル基(−COOH)、アミノ基(−NH)、エポキシ基等が挙げられる。例えば、比誘電率が大きいという観点から、カルボキシル基変性ニトリルゴム(X−NBR)、カルボキシル基変性水素化ニトリルゴム(XH−NBR)等が好適である。なかでも、アクリロニトリル含有量(結合AN量)が33質量%以上のものが望ましい。結合AN量は、ゴムの全体質量を100質量%とした場合のアクリロニトリルの質量割合である。
【0029】
イオン固定粒子は、金属酸化物粒子に第一イオン成分が固定化されてなる。金属酸化物粒子は、絶縁性が高いという観点から、チタン、ジルコニウム、およびケイ素から選ばれる一種以上の元素を含むものが望ましい。例えば、二酸化チタン(TiO)、二酸化ジルコニウム(ZrO)、シリカ(SiO)等、各々単独の酸化物粒子や、これらの複合粒子(TiO/ZrO、TiO/SiO等)が挙げられる。後述するように、金属酸化物粒子としては、有機金属化合物の加水分解反応(ゾルゲル法)により製造されるものが望ましい。ゾルゲル法によると、生成する金属酸化物粒子の表面に、−OH基が残存しやすい。したがって、エラストマーとの化学結合に有利である。また、エラストマーに化学結合されることにより、エラストマー中におけるイオン固定粒子の移動が抑制される。
【0030】
イオン固定層の透明性や、耐絶縁破壊性を考慮すると、イオン固定粒子は、エラストマー中にできるだけ均一に分散されていることが望ましい。また、イオン固定粒子の粒子径はできるだけ小さい方が望ましい。このような観点から、イオン固定粒子を構成する金属酸化物粒子のメジアン径は、5nm以上100nm以下であることが望ましい。30nm以下、なかでも、8〜20nm程度がより好適である。金属酸化物粒子の粒子径については、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた観察により測定することができる。また、小角X線散乱法により測定してもよい。
【0031】
なお、金属酸化物粒子が、有機金属化合物の加水分解反応により製造される場合、ゾル中の金属酸化物粒子の粒子径と、イオン固定層中の金属酸化物粒子の粒子径と、は等しくなると推定される。したがって、ゾル中の金属酸化物粒子の粒子径を、イオン固定層中の金属酸化物粒子の粒子径として採用してもよい。ゾル中の金属酸化物粒子の粒子径は、例えば、日機装(株)製のレーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置を用いて測定することができる。また、ゾルを乾固して、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察により測定することができる。
【0032】
イオン固定粒子を構成する第一イオン成分は、第二イオン成分の対イオンである。イオン固定粒子は、例えば、ゾルゲル法により得られる金属酸化物粒子に、固定化前の第一イオン成分および第二イオン成分を有する反応性イオン性液体を反応させて、合成することができる。以下、イオン固定粒子の製造方法の一例を説明する。
【0033】
まず、有機金属化合物をキレート化する(キレート化工程)。キレート化することにより、水との急激な反応を抑制し、粒子径の小さな金属酸化物粒子を、凝集させることなく製造することができる。有機金属化合物は、目的とする金属酸化物粒子の種類に応じて、金属アルコキシド化合物や金属アシレート化合物の中から、適宜選択すればよい。金属アルコキシド化合物としては、テトラn−ブトキシチタン、テトラn−ブトキシジルコニウム、テトラn−ブトキシシラン、テトラi−プロポキシチタン、テトラエトキシシラン、テトラキス(2−エチルヘキシルオキシ)チタン、チタンブトキシドダイマー等が挙げられる。また、金属アシレート化合物としては、ポリヒドロキシチタンステアレート、ジルコニウムトリブトキシモノステアレート等が挙げられる。
【0034】
キレート剤としては、例えば、アセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、ジベンゾイルメタン等のβ−ジケトン、アセト酢酸エチル、ベンゾイル酢酸エチル等のβ−ケト酸エステル、トリエタノールアミン、乳酸、2-エチルヘキサンー1,3ジオール、1,3へキサンジオール等を用いることができる。キレート剤は、イオン固定層を製造する際に、エラストマーの架橋前ポリマーを溶解する溶剤と同じものが望ましい。
【0035】
次に、有機金属化合物のキレート化物に、反応性イオン性液体と、所定の有機溶剤と、水とを添加する(イオン固定化工程)。これにより、有機金属化合物の加水分解反応が進行して、金属酸化物粒子が生成されると共に、生成した金属酸化物粒子と、反応性イオン性液体中の第一イオン成分と、が反応して、金属酸化物粒子に第一イオン成分が固定化される。イオン固定化工程においては、有機金属化合物の加水分解反応と同時に、反応性イオン液体との反応が進行する。このため、反応性イオン性液体中の第一イオン成分は、生成する金属酸化物粒子の表面だけでなく、内部にも固定化される。この点において、単に粒子表面にイオン成分を固定化する従来の手法とは異なる。
【0036】
反応性イオン性液体に含まれる第一イオン成分は、生成される金属酸化物粒子の水酸基(−OH)と反応可能な反応基を有する。反応基としては、例えば、アルコキシシリル基(−Si(OR):Rはアルキル基)が挙げられる。このような第一イオン成分を含む反応性イオン性液体としては、例えば、次式(1)、(2)に示すものが挙げられる。式(1)の反応性イオン性液体においては、陽イオンが第一イオン成分、陰イオンが第二イオン成分になる。また、式(2)の反応性イオン性液体においては、陽イオンが第二イオン成分、陰イオンが第一イオン成分になる。
【化1】

【化2】

【0037】
例えば、本工程において、金属酸化物粒子として二酸化チタン(TiO)が生成される場合、TiOと上記式(1)の反応性イオン性液体とが反応すると、TiOに式(1)の陽イオンが固定された陽イオン固定粒子が生成される。この場合に生成される陽イオン固定粒子の模式図を、図3に示す(符合は前出図1参照)。なお、陽イオン固定粒子111において、陽イオン(第一イオン成分)は、TiO(金属酸化物粒子)の表面に化学結合されていてもよく、内部に化学結合されていてもよい。
【0038】
有機溶剤は、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール(IPA)等のアルコール類、メチルエチルケトン(MEK)、メチルイソブチルケトン(MIBK)等のケトン類、テトラヒドロフラン(THF)等のエーテル類等を使用すればよい。例えば、IPAを添加すると、キレート化物と水との親和性が向上し、金属酸化物粒子の核が生成されやすくなる。また、MEKを添加すると、イオン固定層を製造する際に、イオン固定粒子を含むゾルと、エラストマーの架橋前ポリマーを溶解した溶液と、の相溶性を向上させることができる。また、使用する有機溶剤の種類や添加量により、生成される金属酸化物粒子の粒子径が変化する。例えば、メジアン径が10〜20nm程度の金属酸化物粒子を生成したい場合には、IPAとMEKとを、IPAのモル数/MEKのモル数=0.6程度になるように添加し、かつ、IPAの添加量を、使用した有機金属化合物のモル数の7〜10倍量にするとよい。水は、有機金属化合物の加水分解に必要な量を添加すればよい。
【0039】
以上説明したように、キレート化工程、イオン固定化工程を経て、イオン固定粒子および第二イオン成分を含むゾルが得られる。得られたゾルは、そのままイオン固定層の製造に用いてもよいが、さらにエージング処理を施してから、イオン固定層の製造に用いることが望ましい。エージング処理は、ゾルを40℃程度の温度下で、数時間静置して行えばよい。エージング処理を行うと、金属酸化物粒子内部に残存する水酸基の数を、減少させることができる。このため、ゾルの保存時におけるイオン固定粒子同士の凝集を、抑制することができる。
【0040】
イオン固定層は、イオン固定粒子および第二イオン成分を含むゾルと、エラストマーの架橋前ポリマーを溶解した溶液と、を混合した混合液を成膜して形成される。すなわち、混合液を基材(高抵抗誘電層を含む)上に塗布し、塗膜を加熱して架橋させることにより、イオン固定層を形成することができる。混合液には、必要に応じて、架橋剤等を配合してもよい。架橋時に、イオン固定粒子の表面の水酸基とエラストマーの官能基とが反応することにより、イオン固定粒子がエラストマーに化学結合される。
【0041】
イオン固定層において、イオン固定粒子の含有量は、エラストマーの100質量部に対して1質量部以上10質量部以下であることが望ましい。イオン固定粒子の含有量が1質量部未満の場合には、静電引力を大きくする効果が小さい。一方、イオン固定粒子の含有量が10質量部を超えると、静電引力を大きくする効果が飽和して、いわゆる漏れ電流が多くなる。
【0042】
<電極>
高抵抗誘電層およびイオン固定層を挟んで配置される一対の電極は、高抵抗誘電層およびイオン固定層の変形に追従して、伸縮可能であることが望ましい。この場合、高抵抗誘電層およびイオン固定層の変形が、電極により規制されにくい。したがって、本発明のトランスデューサにおいて、所望の出力を得やすくなる。
【0043】
電極の材質は、特に限定されない。例えば、オイル、エラストマー等のバインダーに導電材を混合した導電ペースト、あるいは導電塗料から形成することができる。導電材としては、カーボンブラック、ケッチェンブラック、カーボンナノチューブ、グラフェン等の炭素材料、銀等の金属粉末を使用すればよい。また、炭素繊維や金属繊維をメッシュ状に編んで、電極を形成してもよい。
【0044】
<トランスデューサの製造方法>
本発明のトランスデューサは、例えば、次のように製造することができる。まず、イオン固定層を形成するための混合液を基材上に塗布し、塗膜を加熱して架橋させることにより、イオン固定層を形成する。同様に、高抵抗誘電層を、エラストマーの架橋前ポリマー等の原料を所定の溶剤中に溶解した溶液を基材上に塗布し、塗膜を加熱して架橋させることにより形成する。次に、形成した高抵抗誘電層とイオン固定層とを貼り合わせ、基材を剥離することにより、高抵抗誘電層とイオン固定層との積層体を作製する。そして、作製された積層体の表裏両面に電極を貼着して、本発明のトランスデューサを製造すればよい。本発明のトランスデューサを使用する場合には、電極の極性と、電極に隣接するイオン固定層の第一イオン成分の電荷と、が同じになるように、電圧を印加する。
【実施例】
【0045】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0046】
<アクチュエータの製造>
[高抵抗誘電層]
次のようにして、高抵抗誘電層を作製した。まず、カルボキシル基変性水素化ニトリルゴム(ランクセス社製「テルバン(登録商標)XT8889」)100質量部と、シリカ(日本アエロジル(株)製「Aerosil(登録商標)380」)10質量部と、をロール練り機にて混練りした。次に、混練りした材料を、アセチルアセトンに溶解した。続いて、この溶液に、有機金属化合物のテトラキス(2−エチルヘキシルオキシ)チタン15質量部を混合して、液状のエラストマー組成物を調製した。調製したエラストマー組成物の固形分濃度は、12質量%である。ここで、アセチルアセトンは、カルボキシル基含有水素化ニトリルゴムを溶解させる溶媒であると共に、テトラキス(2−エチルヘキシルオキシ)チタンのキレート剤である。その後、エラストマー組成物を基材上に塗布し、乾燥させた後、150℃で約60分間加熱して、高抵抗誘電層を得た。高抵抗誘電層の膜厚は約20μm、体積抵抗率は2×1012Ω・cmであった。
【0047】
[陽イオン固定層]
次のようにして、陽イオン固定層を作製した。まず、有機金属化合物のテトラi−プロポキシチタン0.01molに、アセチルアセトン0.02molを加えてキレート化した。次に、得られたキレート化物に、上記式(1)に示した反応性イオン性液体0.002mol、イソプロピルアルコール(IPA)5ml(0.083mol)、メチルエチルケトン(MEK)10ml(0.139mol)、および水0.04molを添加して、陽イオンが固定されたTiO粒子(陽イオン固定粒子)、および陰イオンを含むゾルを得た。そして、得られたゾルを、40℃下で2時間静置して、エージング処理した。ゾル中のTiO粒子のメジアン径は、8nmであった。
【0048】
次に、エージング後のゾル20質量部と、高抵抗誘電層の作製に用いた、カルボキシル基変性水素化ニトリルゴムのアセチルアセトン溶液(シリカ含有)100質量部と、を混合し、さらに架橋剤として、テトラキス(2−エチルヘキシルオキシ)チタンのアセチルアセトン溶液(濃度20質量%)を3質量部添加して、混合液を調製した。そして、調製した混合液を基材上に塗布し、乾燥させた後、150℃で約60分間加熱して、陽イオン固定層を得た。陽イオン固定層の膜厚は約10μm、陽イオン固定粒子の含有量は、6.6質量部であった。また、陽イオン固定層の体積抵抗率は、9×1011Ω・cmであった。
【0049】
[陰イオン固定層]
反応性イオン性液体の種類を上記式(2)に示したものに変更した以外は、上記陽イオン固定層と同様にして、陰イオン固定層を作製した。作製過程で得られたゾルは、陰イオンが固定されたTiO粒子(陰イオン固定粒子)、および陽イオンを含む。ゾル中のTiO粒子のメジアン径は、10nmであった。また、陰イオン固定層の体積抵抗率は、2×1011Ω・cmであった。
【0050】
[実施例1のアクチュエータ]
高抵抗誘電層の表面に陽イオン固定層を、裏面に陰イオン固定層を貼着し、各々から基材を剥離することにより、三層構造の誘電層を作製した。また、アクリルゴムポリマー溶液にカーボンブラックを混合、分散させて導電塗料を調製した。そして、導電塗料を、作製した三層構造の誘電層の表裏両面にスクリーン印刷して、電極を形成した。このようにして、実施例1のアクチュエータを製造した。製造したアクチュエータは、本発明のトランスデューサに含まれる。
【0051】
[実施例2のアクチュエータ]
高抵抗誘電層の表面にのみ陽イオン固定層を貼着し、基材を剥離することにより、二層構造の誘電層を作製した。そして、実施例1と同じ導電塗料を、作製した二層構造の誘電層の表裏両面にスクリーン印刷して、電極を形成した。このようにして、実施例2のアクチュエータを製造した。製造したアクチュエータは、本発明のトランスデューサに含まれる。
【0052】
[比較例1のアクチュエータ]
陽イオン固定層および陰イオン固定層を用いずに、アクチュエータを製造した。すなわち、高抵抗誘電層の表裏両面に、実施例1と同じ導電塗料を直接スクリーン印刷して、電極を形成した。このようにして、比較例1のアクチュエータを製造した。
【0053】
<評価>
作製した三種類のアクチュエータについて、印加電圧に対する発生力を測定した。まず、測定装置および測定方法について説明する。図4に、測定装置に取り付けられた実施例1のアクチュエータの表側正面図を示す。図5に、図4のV−V断面図を示す。
【0054】
図4、図5に示すように、アクチュエータ5の上端は、測定装置における上側チャック52により把持されている。アクチュエータ5の下端は、下側チャック53により把持されている。アクチュエータ5は、予め上下方向に延伸された状態で、上側チャック52と下側チャック53との間に、取り付けられている(延伸率25%)。上側チャック52の上方には、ロードセル(図略)が配置されている。
【0055】
アクチュエータ5は、誘電層50と一対の電極51a、51bとからなる。誘電層50は、自然状態で、縦50mm、横25mm、厚さ約40μmの矩形板状を呈している。誘電層50は、高抵抗誘電層500と、陽イオン固定層501と、陰イオン固定層502と、からなる。陽イオン固定層501は、高抵抗誘電層500の表面の全体を覆うように、配置されている。同様に、陰イオン固定層502は、高抵抗誘電層500の裏面の全体を覆うように、配置されている。電極51a、51bは、誘電層50を挟んで表裏方向に対向するよう配置されている。電極51a、51bは、自然状態で、各々、縦40mm、横25mm、厚さ約10μmの矩形板状を呈している。電極51a、51bは、上下方向に10mmずれた状態で配置されている。つまり、電極51a、51bは、誘電層50を介して、縦30mm、横25mmの範囲で重なっている。電極51aの下端には、配線(図略)が接続されている。同様に、電極51bの上端には、配線(図略)が接続されている。電極51a、51bは、各々の配線を介して、電源(図略)に接続されている。電圧印加時には、電極51aがプラス極、電極51bがマイナス極になる。
【0056】
電極51a、51b間に電圧を印加すると、電極51a、51b間に静電引力が生じて、誘電層50を圧縮する。これにより、誘電層50の厚さは薄くなり、延伸方向(上下方向)に伸長する。誘電層50の伸長により、上下方向の延伸力は減少する。電圧印加時に減少した延伸力を、ロードセルにより測定して、発生力とした。
【0057】
次に、測定結果を説明する。図6に、各アクチュエータにおける電界強度と発生力との関係を示す。図6中、横軸の電界強度は、印加電圧を、誘電層の厚さで除した値である。図6に示すように、同じ電界強度で比較した場合、実施例1、2のアクチュエータの方が、比較例1のアクチュエータよりも、発生力が大きくなった。特に、三層構造とした実施例1のアクチュエータにおいては、大きな発生力が得られると共に、印加可能な電圧も大きくなった。以上より、耐絶縁破壊性が高い高抵抗誘電層に、イオン固定層を積層することにより、より大きな出力が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のトランスデューサは、機械エネルギーと電気エネルギーとの変換を行うアクチュエータ、センサ等、あるいは音響エネルギーと電気エネルギーとの変換を行うスピーカ、マイクロフォン、ノイズキャンセラ等として、広く用いることができる。なかでも、産業、医療、福祉ロボットやアシストスーツ等に用いられる人工筋肉、電子部品冷却用や医療用等の小型ポンプ、および医療用器具等に用いられる柔軟なアクチュエータ、として好適である。
【符号の説明】
【0059】
1:トランスデューサ、10:高抵抗誘電層、11:陽イオン固定層、12:陰イオン固定層、13:プラス電極、14:マイナス電極、110:エラストマー、111:陽イオン固定粒子、112:陰イオン成分、120:エラストマー、121:陰イオン固定粒子、122:陽イオン成分。
5:アクチュエータ、50:誘電層、51a、51b:電極、52:上側チャック、53:下側チャック、500:高抵抗誘電層、501:陽イオン固定層、502:陰イオン固定層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラストマーを含み体積抵抗率が1012Ω・cm以上の高抵抗誘電層と、
該高抵抗誘電層の表裏両側に配置される一対の電極と、
該高抵抗誘電層の表裏少なくとも一方において、該電極と該高抵抗誘電層との間に介装されるイオン固定層と、を備え、
該イオン固定層は、エラストマーと、金属酸化物粒子に第一イオン成分が固定化されてなるイオン固定粒子と、該第一イオン成分と反対の電荷を持つ第二イオン成分と、を有し、該イオン固定粒子は該エラストマーに化学結合されており、該第一イオン成分の電荷は隣接する該電極の極性と同じであることを特徴とするトランスデューサ。
【請求項2】
前記イオン固定層は、前記高抵抗誘電層の表裏両面に配置される請求項1に記載のトランスデューサ。
【請求項3】
前記金属酸化物粒子のメジアン径は、5nm以上100nm以下である請求項1または請求項2に記載のトランスデューサ。
【請求項4】
前記イオン固定粒子は、有機金属化合物の加水分解反応により得られる前記金属酸化物粒子に、固定化前の前記第一イオン成分および前記第二イオン成分を有する反応性イオン性液体を反応させて合成される請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のトランスデューサ。
【請求項5】
前記反応性イオン性液体に含まれる前記第一イオン成分は、アルコキシシリル基を有し、該アルコキシシリル基と前記金属酸化物粒子の水酸基との反応により該第一イオン成分が固定化される請求項4に記載のトランスデューサ。
【請求項6】
前記イオン固定粒子は水酸基を有し、
前記イオン固定層の前記エラストマーは、該水酸基と反応可能な官能基を有する請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のトランスデューサ。
【請求項7】
前記金属酸化物粒子は、チタン、ジルコニウム、およびケイ素から選ばれる一種以上の元素を含む請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のトランスデューサ。
【請求項8】
前記イオン固定層における前記イオン固定粒子の含有量は、前記エラストマーの100質量部に対して1質量部以上10質量部以下である請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のトランスデューサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−102422(P2013−102422A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−212511(P2012−212511)
【出願日】平成24年9月26日(2012.9.26)
【出願人】(000219602)東海ゴム工業株式会社 (1,983)
【Fターム(参考)】