説明

トリアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート及びトリアリルイソシアヌレートの製造方法

【課題】トリアリルイソシアヌレートの不純物の中から腐食原因物質を特定し、その原因物質の含有量の少ないトリアリルイソシアヌレートを提供する。
【解決手段】以下の化学式(1)で表される有機塩素化合物を含有し且つその含有量が100ppm以下であるトリアリルイソシアヌレート。
【化1】


(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を表し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート及びトリアリルイソシアヌレートの製造方法に関する。以下、トリアリルイソシアヌレート(イソシアヌル酸トリアリル)を「TAIC」と表記する。
【背景技術】
【0002】
TAICは、例えば、次の反応ルートに従い、2,4,6−トリクロロ−1,3,5−トリアジン(塩化シアヌル)とアリルアルコールとを反応させてトリアリルシアヌレート(以下、「TAC」と表記する)を得(非特許文献1)、これを転移反応させることにより得ることが出来る(特許文献1)。
【0003】
【化1】

【0004】
TAICは、耐熱性と耐薬品性に優れた架橋剤として有用であり、電子材料、液晶、半導体、太陽電池などの幅広い分野での使用が期待される。例えば、プリント配線基板、すなわち、集積回路、抵抗器、コンデンサー等の多数の電子部品を表面に固定し、その部品間を配線で接続することで電子回路を構成する板状またはフィルム状の部品においては、液体や気体などの物質が部品の内部に入り込まないようにするための封止材として、TAICの使用が提案されている(特許文献2)。斯かる提案において、TAICは、常温で粘性液体(融点26℃)であるため、液状封止材として使用されている。また、その濡れ性の向上のために、シランカップリング剤が添加されている。また、TAICは、架橋性高分子の架橋剤としても使用されている(特許文献3)。
【0005】
ところで、上記のTAC転移法で得られるTAICの不純物については未だ報告されていないようであるが、金属腐食の原因となるような不純物は可能な限り除去する必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】JACS.73巻.2986−2990(1951)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平4−6570号公報
【特許文献2】特開2007−115840号公報
【特許文献3】特開2006−036876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、その目的は、TAICの不純物の中から腐食原因物質を特定し、その原因物質の含有量の少ないTAICを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の目的を達成すべく鋭意検討した結果、次のような知見を得た。
【0010】
(1)TAIC中の不純物は原料であるTAC中の不純物に起因する。そして、TAC中に含まれる不純物は、以下の化学式(I)、(II)及び(III)で表される。
【0011】
【化2】

【0012】
化学式(I)のRおよびRは、塩素原子またはアリルオキシ基を表すが、少なくとも一つは塩素原子を表す。化学式(III)のR、R、Rのうちの任意の一つは塩素原子を表し、任意の二つはアリルオキシ基を表す。
【0013】
(2)化学式(I)及び(III)で表される化合物はバルビツール酸の塩素化物(2,4,5,6−テトラクロロピリミジン)のアリル体である。これらの生成原因は以下のように考えられる。すなわち、塩化シアヌルは、通常、青酸の塩素化で得られるクロルシアンの三量化で製造されるが、原料の青酸中にアセチレン等の不純物が存在する場合は以下の化学式(IV)のテトラクロロバルビツールが生成する。そして、上記の2,4,5,6−テトラクロロピリミジンとアリルアルコールの反応により、不純物として前述の化学式(I)及び(III)の有機塩素化合物が生成する。
【0014】
【化3】

【0015】
(3)化学式(II)の有機塩素化合物は、塩化シアヌルとアリルアルコールの反応副生成物と推定される。
【0016】
(4)化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物は、水中で除々に加水分解し、塩素イオンを生じるため腐食の原因になるのに対し、化学式(III)の有機塩素化合物は殆ど加水分解されないため腐食の原因とはならない。従って、TAC中の腐食原因物質は化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物であると特定される。
【0017】
(5)化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物を含むTACを原料としてTAICを製造すると、(I)はTAIC中に残存し腐食の原因となる。すなわち、化学式(II)の有機塩素化合物は、TAICの製造過程および精製工程で分解もしくは除去されるため、TAIC中の腐食原因物質は実質的に化学式(I)の有機塩素化合物のみとなる。そして、TAC中の腐食原因物質は水洗や蒸留で除去することは不可能であるが、特定条件下での加水分解により除去することが可能であり、除去した後に転移反応を行なうならば、腐食原因物質の少ないTAICが製造可能である。
【0018】
本発明は、上記の知見を基に完成されたものであり、相互に連関する複数の一群の発明から成り、各発明の要旨は次の通りである。
【0019】
すなわち、本発明の第1の要旨は、以下の化学式(I)で表される有機塩素化合物を含有し且つその含有量が100ppm以下であることを特徴とするトリアリルイソシアヌレートに存する。
【0020】
【化4】

(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を示し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)
【0021】
本発明の第2の要旨は、以下の化学式(1)及び(2)で表される有機塩素化合物を含有し且つその合計含有量が800ppm以下であることを特徴とするトリアリルシアヌレートに存する。
【0022】
【化5】

(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を示し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)
【0023】
本発明の第3の要旨は、上記のトリアリルシアヌレートを転移反応させることを特徴とする前記のトリアリルイソシアヌレートの製造方法に存する。
【0024】
そして、本発明の第4の要旨は、塩化シアヌルとアリルアルコールとを反応させてトリアリルシアヌレートを得、得られたトリアリルシアヌレートを、30〜80℃、0.5〜10重量%の強塩基水溶液中で撹拌処理した後に、転移反応させることを特徴とするトリアリルイソシアヌレートの製造方法に存する。
【発明の効果】
【0025】
本発明のトリアリルイソシアヌレートは、含有される不純物に起因する金属腐食を惹起することがないため、例えば、プリント配線基板の封止材として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0027】
先ず、説明の便宜上、本発明に係るTAC及びTAICの製造方法について説明する。
【0028】
TACの製造、すなわち、塩化シアヌルとアリルアルコールとの反応は、塩基性触媒(例えば水酸化ナトリウム)存在下に加熱することにより行われる。通常、反応溶媒量のアリルアルコールと所定量の塩基性触媒および水とから成る溶液に室温で塩化シアヌルを添加して所定時間撹拌を行ってTACを生成させる。反応条件の詳細は前述の非特許文献1の記載を参照することが出来る。ここで得られた粗TACは、前述の化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物を含む。通常、化学式(I)の有機塩素化合物の含有量は100〜250ppm、化学式(II)の有機塩素化合物の含有量は500〜1,000ppmである。
【0029】
本発明においては、TACを分解させずに前述の化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物のみを選択的に加水分解させるため、低濃度の強塩基水溶液中、比較的低い温度条件下で粗TACを処理する。具体的には次のように行う。
【0030】
すなわち、先ず、TACの生成反応液から、析出した塩(例えば塩化ナトリウム)を濾過し、回収した濾液を濃縮し、油状物として、粗TACを回収する。次いで、通常30〜80℃、好ましくは30〜60℃の温度条件下、通常0.5〜10重量%、好ましくは1〜5重量%の強塩基水溶液中で粗TAC(上記の油状物)を撹拌処理する。処理時間は、通常0.5〜10時間、好ましくは1〜6時間である。処理条件が上記の各範囲未満の場合は、前述の化学式(I)及び(II)の有機塩素化合物の加水分解が困難となり、処理条件が上記の各範囲未満の場合は、TACが加水分解される恐れがある。
【0031】
TAICの製造、すなわち、TACの転移反応は、触媒の存在下に加熱処理することにより行われるが、反応条件の詳細は前述の特許文献1の記載を参照することが出来る。本発明の好ましい態様においては、反応溶媒(例えばキシレン)中、銅触媒の存在下で転移反応を行なう。反応温度は、通常100〜150℃、好ましくは120〜140℃である。反応後、減圧下に反応溶媒を留去して油状物を回収し、この油状物を減圧蒸留することにより、TAICの結晶を得ることが出来る。
【0032】
次に、本発明のTACについて説明する。本発明のTACは、以下の化学式(1)及び(2)で表される有機塩素化合物を含有し且つその合計含有量が800ppm以下であることを特徴とする。
【0033】
【化6】

(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を表し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)
【0034】
本発明のTACにおける化学式(1)及び(2)で表される有機塩素化合物の合計含有量は、好ましくは500ppm以下、更に好ましくは100ppm以下である。本発明のTACは、例えばTAICの原料として好適に使用することが出来、金属腐食を惹起する不純物の含有量が少ないTAICを製造することが出来る。
【0035】
次に、本発明のTAICについて説明する。本発明のTAICは、上記の化学式(1)で表される有機塩素化合物を含有し且つその含有量が100ppm以下であることを特徴とする。化学式(1)で表される有機塩素化合物の含有量は、好ましくは50ppm以下、更に好ましくは30ppm以下である。本発明のTAICは、金属腐食を惹起する不純物の含有量が少ないため、プリント配線基板の封止材として好適である。また、本発明のTAICは、架橋性エラストマーと混合し、加熱、放射線などにより加硫し、電子材料、半導体、太陽電池材料の封止剤として使用したり、架橋性熱可塑性樹脂と混合して電子線などにより加硫して電線などの被覆に好適に使用される。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。以下の諸例における分析方法は次の通りである。
【0037】
(1)有機塩素化合物の分析:
この分析はガスクロマトグラフ(面積百分率法)によって行った。表1に分析条件を示す。なお、検出限界は10ppmである。
【0038】
【表1】

【0039】
比較例1:
アリルアルコール100g、NaOH12g、水10gの溶液に室温で塩化シアヌル18.4gを添加した。室温で2時間攪拌し、析出した塩化ナトリウムを濾過し、回収した濾液を濃縮し、油状物を得た。次いで、この油状物を、水洗した後、蒸留精製し、TACの結晶を得た(収率85%)。このTACには、化学式(I)において、Rがアリルオキシ基、Rが塩素原子である有機塩素化合物(2−アリルオキシー4,5,6−トリクロロピリミジン)と、Rが塩素原子、Rがアリルオキシ基である有機塩素化合物(4−アリルオキシー2,5,6−トリクロロピリミジン)との混合物(A)170ppm、化学式(II)の有機塩素化合物(2,6−ジアリルオキシー4−クロロトリアジン)740ppmが含まれていた。
【0040】
次いで、キシレン120g中に上記のTAC24.9gと塩化第2銅水和物3.4gを添加し、120℃で2時間撹拌して転移反応を行った。その後、冷却し、減圧下にキシレンを留去し、油状物を回収した。次いで、0.1Torrの減圧下、115℃で上記の油状物を蒸留し、TAICの結晶を得た(収率90%)。このTAICには前記の有機塩素化合物の混合物(A)120ppm、化学式(II)の有機塩素化合物10ppmが含まれていた。
【0041】
実施例1:
比較例1と同様して得た油状物を、5重量%NaOH水溶液中、50℃で2時間、加熱攪拌処理した。次いで、塩酸で中和した後、有機層を分離し、蒸留精製し、TACの結晶を得た(収率84%)。このTACには前記の有機塩素化合物の混合物(A)及び化学式(II)の有機塩素化合物は、何れも、検出されなかった(10ppm未満)。
【0042】
次いで、上記のTACを使用し、比較例1と同様に、転移反応以降の操作を行ってTAICを得た(収率90%)。このTAICには前記の有機塩素化合物の混合物(A)及び化学式(II)の有機塩素化合物は、何れも、検出されなかった(10ppm未満)。
【0043】
実施例2:
比較例1と同様して得た油状物を、1重量%NaOH水溶液中、50℃で6時間、加熱攪拌処理した。次いで、塩酸で中和した後、有機層を分離し、蒸留精製し、TACの結晶を得た(収率84%)。このTACには前記の有機塩素化合物の混合物(A)が40ppm、化学式(II)の有機塩素化合物が10ppm含まれていた。
【0044】
次いで、上記のTACを使用し、比較例1と同様に、転移反応以降の操作を行ってTAICを得た(収率90%)。このTAIC中には前記の有機塩素化合物の混合物(A)10ppmが含まれていた。化学式(II)の有機塩素化合物は検出されなかった(10ppm未満)。
【0045】
試験例1(TAICの加水分解試験):
前記の各例で得られたTAIC1gと水20gとをテフロン(登録商標)製耐圧容器に入れ、120℃で200時間加熱した後、水中の塩素イオン濃度を測定した。塩素イオン濃度の測定はイオナクロマトグラフ(使用カラム:「DIONEX Ion Pack AS12A」、溶離液:2.7mM−NaCO/0.3mM−NaHCO)で行った。検出限界は1ppmである。結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
試験例2(腐食原因物質の加水分解):
以下に記載の要領に従って、腐食原因物質を合成した後、加速条件下で加水分解を行った。
【0048】
<腐食原因物質:2−アリルオキシー4,5,6−トリクロロピリミジンの合成>
2,4,5,6−テトラクロロピリミジン(東京化成社製)54.04g(0.2361モル)、NaOH12.93g(0.3070モル)、1,4−ジオキサン280gの溶液に40℃でアリルアルコール18.01g(0.3070モル)を2時間かけて適下した。更に、40℃で2.5時間反応し、冷却後、ろ過してジオキサンを真空で留去した。シリカゲルカラムクロマトグラフィ(酢酸エチル/nヘキサン1/1)で精製し、2−アリルオキシー4,5,6−トリクロロピリミジン53.34g(収率93.5重量%)を得た。同定はGC−MS分析によって行った。参考までに、GC−MS分析の測定結果を以下の表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
<加水分解>
上記の腐食原因物質5gと水5gを耐圧容器中で140℃、6日間加熱した。得られた加水分解物の塩素イオン濃度は15重量%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式(I)で表される有機塩素化合物を含有し且つその含有量が100ppm以下であることを特徴とするトリアリルイソシアヌレート。
【化1】

(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を表し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)
【請求項2】
トリアリルシアヌレートの転移反応で製造される請求項1に記載のトリアリルイソシアヌレート。
【請求項3】
以下の化学式(1)及び(2)で表される有機塩素化合物を含有し且つその合計含有量が800ppm以下であることを特徴とするトリアリルシアヌレート。
【化2】

(化学式(I)のR及びRは塩素原子またはアリルオキシ基を表し、少なくとも一つは塩素原子を表す。)
【請求項4】
請求項3に記載のトリアリルシアヌレートを転移反応させることを特徴とする請求項1に記載のトリアリルイソシアヌレートの製造方法。
【請求項5】
トリアリルシアヌレートが塩化シアヌルとアリルアルコールとの反応で得られたものである請求項4に記載のトリアリルイソシアヌレートの製造方法。
【請求項6】
塩化シアヌルとアリルアルコールとを反応させてトリアリルシアヌレートを得、得られたトリアリルシアヌレートを、30〜80℃、0.5〜10重量%の強塩基水溶液中で撹拌処理した後に、転移反応させることを特徴とするトリアリルイソシアヌレートの製造方法。