説明

トルク緩衝装置

【課題】入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を吸収できるトルク緩衝装置を提供すること。
【解決手段】スプラグ70は、内輪30及び外輪60に係合するロック方向に付勢力が付与されるので、第1入力部材11(入力部材)が所定方向に移動されると内輪30及び外輪60にスプラグ70が係合される。内輪30又は外輪60の少なくとも一方は、半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成されているので、スプラグ70の半径方向分力により弾性体が半径方向に弾性変形する。スプラグ70の傾動により弾性体が動力を吸収する時間を長くできるので、第1入力部材11に入力されたエネルギーが弾性体に吸収される。スプラグ70が傾動する角度が大きくなるにつれ弾性体に吸収されるエネルギーを大きくできる。よって、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を吸収できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はトルク緩衝装置に関し、特に、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を緩衝できるトルク緩衝装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、ねじりコイルバネ等の弾性体を利用して、軸回りのトルク変動(衝撃トルクやねじり振動等を含む)を緩衝する技術が知られている。例えば特許文献1には、相対回転可能に構成された対向する部材の一方にダンパー収納孔を設け、そのダンパー収納孔に、対向する部材の他方に装着したダンパーゴムを嵌合させることにより、軸回りのトルク変動をダンパーゴム(弾性体)の圧縮変形によって緩衝する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開平2−150425号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら特許文献1のように、単に弾性体の圧縮変形を利用してトルク変動を緩衝する技術では、ばね定数の比較的小さい(軟らかい)弾性体を採用した場合、小さいトルク変動を緩衝することはできる。しかし、エネルギーの大きな衝撃トルクが加わった場合、ばね定数の小さい弾性体は密着してしまい、トルク変動を緩衝しきれないという問題点があった。
【0005】
また、ばね定数の大きい(硬い)弾性体を採用した場合は、小さいトルク変動を緩衝できないだけでなく衝撃トルクの緩衝も不十分となるという問題点があった。
【0006】
本発明は、上述した問題を解決するためになされたものであり、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を緩衝できるトルク緩衝装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0007】
この目的を達成するために請求項1記載のトルク緩衝装置によれば、回転方向に相対回転可能に構成されると共に軸心回りに同心状に配置される入力部材および出力部材の一方に、断面円形状の外周面を有する内輪が連結される。また、入力部材および出力部材の他方に、断面円形状の内周面を有する外輪が連結される。内輪の外周面および外輪の内周面の対向間において円周方向に複数配設されるスプラグは、内輪の外周面および外輪の内周面の円周方向へ保持器により傾動可能に保持され、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合するロック方向に付勢部材により付勢力が付与される。
【0008】
出力部材に対して入力部材が所定方向に回転されると、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合される。内輪または外輪の少なくとも一方は、半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成されているので、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合されると、スプラグの半径方向分力により、内輪の外周面または外輪の内周面の少なくとも一方を構成する弾性体が半径方向に弾性変形する。弾性体が半径方向に弾性変形することにより、内輪の外周面と外輪の内周面との間隔が広がるので、スプラグのセルフロック角(外周面および内周面への係合面の各接点と軸心とを結ぶ各仮想線のなす角度)が変化し、スプラグはさらに傾動される。スプラグの傾動によって、弾性体が動力を吸収する時間(入力されたエネルギーが出力されるまでの時間)を長くすることができ、その結果、エネルギーが入力される時間(速度)を遅らせることができる。即ち、入力部材に入力されたエネルギーを弾性体に吸収させることにより、出力部材から出力されるピークトルクを小さくできる。
【0009】
ここで、弾性体が半径方向に弾性変形することにより傾動されるスプラグの角度(セルフロック角)は、入力されるトルクやエネルギーが小さいときは小さくなる一方、入力されるトルクやエネルギーが大きくなると大きくなる。スプラグが傾動する角度が大きくなるにつれ、弾性体が動力を吸収する時間が長くなるので、弾性体に吸収されるエネルギーを大きくできる。これにより、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらず出力部材から出力されるピークトルクを小さくできる。従って、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を緩衝できる効果がある。
【0010】
なお、請求項1記載の「弾性体」は、ばね鋼等の金属製部材、ゴムやエラストマー等の非金属部材など、弾性変形する部材であれば特に限定することなく採用できる。また、「弾性体の半径方向の弾性変形」としては、内輪や外輪の半径が増加または減少するもの、内輪の外周面や外輪の内周面がスプラグに押圧されて内輪や外輪の厚さが半径方向に薄くなるものの両方を含む。
【0011】
請求項2記載のトルク緩衝装置によれば、内輪および外輪は半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成されているので、内輪または外輪のいずれかが半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成されている場合と比較して、スプラグが傾動できる角度をより大きくできる。その結果、弾性体が動力を吸収する時間をより長くできるので、請求項1の効果に加え、さらに広範なトルク変動を緩衝できる効果がある。
【0012】
請求項3記載のトルク緩衝装置によれば、外輪は、半径方向のヤング率が、内輪の半径方向のヤング率より小さい値に設定されている。外輪は内輪の外側に位置するので、弾性体の容積を大きくできる。そのため、内輪の外周面の変位量に比べて外輪の内周面の変位量を容易に大きくできる。その結果、スプラグの外輪側における係合面の円周方向の傾動量を大きくできる。これにより、弾性体が動力を吸収する時間を効果的に長くすることができ、請求項2の効果に加え、トルク変動の緩衝効果を向上できる効果がある。
【0013】
また、請求項3記載のトルク緩衝装置によれば、外輪は、半径方向の厚さが、内輪の半径方向の厚さより小さい値に設定されているので、外輪のヤング率と内輪のヤング率とが同等であっても、外輪の剛性を内輪に比べて小さくできる。そのため、内輪の外周面の変位量に比べて外輪の内周面の変位量を容易に大きくできる。その結果、スプラグの外輪側における係合面の円周方向の傾動量を大きくできる。これにより、弾性体が動力を吸収する時間を効果的に長くすることができ、請求項2の効果に加え、トルク変動の緩衝効果を向上できる効果がある。
【0014】
請求項4記載のトルク緩衝装置によれば、入力部材および出力部材の一方に連結される内輪の連結面と入力部材および出力部材の一方の被連結面との間、入力部材および出力部材の他方に連結される外輪の連結面と入力部材および出力部材の他方の被連結面との間の少なくとも一方に隙間がある。隙間は、スプラグのセルフロック角が変化して内輪や外輪が半径方向に弾性変形し、内輪や外輪の連結面の半径が変化することにより次第に小さくなる。隙間がなくなるまで、連結面の半径が変化するような内輪や外輪の弾性変形を確保できる。
【0015】
ここで、隙間がない場合には、入力部材や出力部材に規制されて内輪や外輪の連結面の半径が変化できないので、内輪や外輪の厚さを小さくする弾性変形しか期待できない。これに対し、隙間を設けることで、隙間の分だけ連結面の半径を変化させることができる。その結果、請求項1から3のいずれかの効果に加え、内輪や外輪の弾性変形によって緩衝可能なトルク変動量を確保できる効果がある。
【0016】
請求項5記載のトルク緩衝装置によれば、弾性体は、同心円状に2つ以上配置されているので、弾性体が弾性変形することによって得られるトルクの緩衝特性を複合化することができる。これにより、請求項1から4のいずれかの効果に加え、要求特性に応じて緩衝特性を設計する自由度を向上できる効果がある。
【0017】
請求項6記載のトルク緩衝装置によれば、弾性体で構成される内輪または外輪は、以下の式(1)を満たすように設定されている。
【0018】
ΔR=R/tE・p …式(1)
但し、ΔRは内輪の外周面または外輪の内周面の半径の変化量であり、Rは内輪の外周面または外輪の内周面の半径であり、tは内輪または外輪の半径方向の厚さであり、Eは内輪または外輪のヤング率であり、pは内輪または外輪が受けるスプラグの圧力である。
【0019】
この式(1)から内輪や外輪の厚さや半径等を決定することができ、請求項1から5のいずれかの効果に加え、トルク変動の緩衝に適した内輪や外輪の設計を容易にできる効果がある。
【0020】
請求項7記載のトルク緩衝装置によれば、内輪または外輪が受けるスプラグの圧力は、入力部材と出力部材との間で伝達されるトルク値に比例し、入力部材と出力部材との間で緩衝可能なトルクの大きさは、隙間の大きさに応じて設定される。その結果、請求項4から6のいずれかの効果に加え、入力部材と出力部材との間で緩衝可能なトルクの大きさを容易に設定できる効果がある。
【0021】
請求項8記載のトルク緩衝装置によれば、内輪の外周面および外輪の内周面とスプラグの係合面とが係合不能となる相対回転方向にトルクが入力される場合には、内輪や外輪の弾性変形によるトルク変動の緩衝は生じない。しかし、内輪、スプラグ及び外輪と並列に入力部材および出力部材の間に介設される弾性部材を備えているので、その弾性部材により入力部材および出力部材の相対回転が緩衝される。そのため、請求項1から7のいずれかの効果に加え、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合する相対回転方向と反対方向のトルクが入力される場合でも、弾性部材の弾性変形によりトルク変動を緩衝できる効果がある。
【0022】
請求項9記載のトルク緩衝装置によれば、内輪、スプラグ及び外輪と並列に入力部材および出力部材の間に介設される復元部材を備え、その復元部材により、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合する相対回転方向の入力部材および出力部材の相対回転が復元される。その復元部材は、入力部材に入力されたトルクにより入力部材および出力部材が相対回転を開始してから、内輪の外周面および外輪の内周面にスプラグの係合面が係合することで相対回転が規制されるまでの入力部材および出力部材の相対回転量以上に変位可能な大きさが設定されている。これにより、内輪、スプラグ及び外輪によるトルク変動の緩衝効果が、復元部材が変位できなくなることで制限されることを防止できる。その結果、請求項1から8のいずれかの効果に加え、内輪や外輪の弾性変形によるトルク変動の緩衝効果を最大限にできる効果がある。
【0023】
請求項10記載のトルク緩衝装置によれば、内輪の外周面および外輪の内周面とスプラグの係合面とが係合不能となる相対回転方向の入力部材および出力部材の相対回転がトルク伝達部により規制される。その結果、請求項1から9のいずれかの効果に加え、内輪、スプラグ及び外輪では伝達できない相対回転方向の動力を、トルク伝達部により伝達できる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1実施の形態におけるトルク緩衝装置の軸方向断面図である。
【図2】トルク緩衝装置の入力部材および出力部材の部分組立図である。
【図3】図1のIII−III線におけるトルク緩衝装置の断面図である。
【図4】図1のIV−IV線におけるトルク緩衝装置の断面図である。
【図5】トルク緩衝装置の緩衝特性を示す図である。
【図6】第2実施の形態におけるトルク緩衝装置の断面図である。
【図7】トルク緩衝装置の緩衝特性を示す図である。
【図8】(a)はトルク緩衝装置の特性を調べる試験方法を示す模式図であり、(b)は実施例および比較例におけるトルク緩衝装置の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の好ましい実施の形態について添付図面を参照して説明する。図1は第1実施の形態におけるトルク緩衝装置1の軸方向断面図である。なお図1では、入力軸10及び出力軸20の軸方向の図示を一部省略している。
【0026】
図1に示すように、トルク緩衝装置1は、動力(トルク)が入力される入力軸10と、その入力軸10と同心状に配置されると共に入力軸10に対して軸線O回りに相対回転可能に構成される出力軸20との間を連結する装置である。本実施の形態では、トルク緩衝装置1は動力源から変速装置(いずれも図示せず)までの動力伝達経路に配設されており、入力軸10に動力源(図示せず)からの動力が伝達され、出力軸20は変速装置(図示せず)に動力を入力する軸(変速装置の入力軸)として構成されている。トルク緩衝装置1は、トルクが入力される入力部材(第1入力部材11及び第2入力部材40)と、それら入力部材のうち第1入力部材11に連結される内輪30と、その内輪30の外周側に配置される外輪60と、内輪30及び外輪60の間に介設されるスプラグ70と、外輪60及び出力軸20に連結される出力部材50とを主に備えて構成されている。
【0027】
第1入力部材11は、入力軸10のエネルギーをトルク緩衝装置1に入力するための部材である。本実施の形態では、入力軸10の一端に入力軸10と一体に第1入力部材11が形成されている。第1入力部材11は入力軸10の外周側に拡径形成されており、先端に出力軸20を受け入れる凹部11aが形成されている。第1入力部材11の凹部11aの内周面と出力軸20の外周面との間にベアリングB1が介設されているので、入力軸10(第1入力部材11)及び出力軸20は、軸線O回りの回転方向にスムーズに相対回転可能である。
【0028】
内輪30は、入力されたエネルギーを吸収する機能を担う部材であり、断面円形状の外周面31を備えている。本実施の形態では、内輪30は、半径方向に弾性変形可能なゴム状の弾性体で環状に形成されており、第1入力部材11の軸方向端部側の第1外周面12に固定されている。
【0029】
第2入力部材40は、第1入力部材11と一体に回転可能に構成される環状の部材であり、第1入力部材11と相対回転不能に第1入力部材11の外周面に固定され内輪30と並設されている。第2入力部材40は、第1入力部材11の外周面に固定される環状の位置規制部材15の軸方向端面が第2入力部材40の軸方向端面に当接されることにより、第2入力部材40の軸方向(図1右方向)の移動が規制される。
【0030】
出力部材50は、復元部材91及び弾性部材92(図2参照)を介して外周側が第2入力部材40と連係しつつ、内周側が出力軸20に外嵌固定される環状の部材であり、本実施の形態では、内側に外輪60が保持されている。また、出力部材50の軸方向端面と第1入力部材11の軸方向端面との間にベアリングB2が介設される。これにより出力部材50及び第1入力部材11の回転方向のスムーズな相対回転が可能となる。
【0031】
外輪60は、入力されたエネルギーを吸収する機能を担う部材であり、断面円形状の内周面61を備えている。本実施の形態では、外輪60は、半径方向に弾性変形可能なゴム状の弾性体で環状に形成されており、出力部材50に形成される孔部53に外輪60の側面に凸起する係止部63(図2参照)が挿入されて、出力部材50に対する外輪60の回転方向の移動が規制される。
【0032】
スプラグ70は、内輪30及び外輪60に荷重を付与するための部材であり、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にそれぞれ係合可能に構成される係合面71,72(図4参照)を備えている。図4に示すように、スプラグ70は、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61の対向間において、保持器80によって傾動可能に保持され、円周方向に等間隔で複数配設されている。
【0033】
付勢部材90は、スプラグ70に付勢力を付与するための部材であり、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にスプラグ70の係合面71,72が係合する方向に付勢力が付与される。本実施の形態では、付勢部材90は弾性により半径方向外側(図1上下方向)に拡径するガータスプリングにより構成され、軸線O側から円周方向に沿ってスプラグ70に形成された溝部73に係合される。
【0034】
次に図2を参照して、トルク緩衝装置1の入力部材(第1入力部材11及び第2入力部材40)及び出力部材50について説明する。図2は、トルク緩衝装置1の入力部材(第1入力部材11及び第2入力部材40)及び出力部材50の部分組立図である。なお、図2では、理解を容易にするため、第1入力部材11、内輪30、第2入力部材40、出力部材50及び外輪60の円周方向の図示を一部省略している。
【0035】
第1入力部材11は、内輪30及び第2入力部材40を固定するための部材であり、内輪30が固定される第1外周面12の軸方向に隣接して、第1外周面12より大径の第2外周面13が形成されている。第2外周面13はスプラインが形設されている。第2入力部材40の係合部41に形設されたスプラインを第2外周面13と噛合させることにより、第2入力部材40を第1入力部材11に相対回転不能にできる。
【0036】
第1入力部材11は、第2外周面13の軸方向に隣接して第2外周面13より小径に形成される小径部14を備えている。小径部14は、第2入力部材40の係合部41から軸直角方向内側に円周方向に沿って突設される凸起部42を受け入れるための部位である。
【0037】
位置規制部材15は環状に形成される部材であり、軸方向に沿って入力軸10側から外嵌される。位置規制部材15の軸方向端面15aが第2入力部材40の軸方向外側端面40aに当着することにより、第2入力部材40が第1入力部材11に相対回転不能に固定される。
【0038】
第2入力部材40は、軸方向外側端面40aの反対面である軸方向内側端面40bの内周側に円周方向に沿って段差状に支持部43が突設されている。支持部43は外周側を臨む面が形成されており、出力部材50との間で外輪60の内周面61を両側から支持するための部位である。第2入力部材40は、軸方向内側端面40bの外周側に軸方向を向いて突設される突部44と、その突部44の円周方向両側の軸方向内側端面40bに軸方向を向いて突き出し円周方向に沿って突条に形成される第1突条部45及び第2突条部46とを備えている。
【0039】
出力部材50は、第2入力部材40の軸方向内側端面40bと対向する軸方向内側端面50aの外周側に、第1保持部51及び第2保持部52が突設されている。第1保持部51は、復元部材91を保持しつつ第1突条部45を受け入れるための部位であり、第2保持部52は、弾性部材92を保持しつつ第2突条部45を受け入れるための部位である。
【0040】
復元部材91は、第1入力部材11に正方向のトルクが入力された場合に生じる第2入力部材40と出力部材50との捩れを復元するための部材であり、弾性部材92は、第1入力部材11に逆方向のトルクが入力された場合にトルク変動を緩衝するための部材である。本実施の形態では、復元部材91及び弾性部材92はコイルばねにより形成されており、ばね定数は、復元部材91が弾性部材92より小さく設定されている。
【0041】
第1保持部51は、出力部材50の軸方向内側端面50aの円周方向に沿って軸方向を向いて略平行状に立設され内側に復元部材91が収容される2本の突条51aと、それら突条51aの長手方向両端部の対向面から対向する突条51aを向いてそれぞれ鍔状に形成される鍔部51bとを備えている。第2保持部52も同様に、出力部材50の軸方向内側端面50aの円周方向に沿って軸方向を向いて略平行状に立設され内側に弾性部材92が収容される2本の突条52aと、それら突条52aの長手方向両端部の対向面から対向する突条52aを向いてそれぞれ鍔状に形成される鍔部52bとを備えている。なお、図2では、出力部材50の円周方向の図示を一部省略しているので、突条51a,52aの長手方向一端部に形成された鍔部51b,52bの図示を省略している。
【0042】
第1保持部51及び第2保持部52は、互いに向き合う保持部端面51c,52cの間隔が、第2入力部材40の突部44の円周方向の長さ(円周方向端面44a,44b間の長さ)より大きくなるように設定されている。これにより、第1保持部51及び第2保持部52の保持部端面51c,52c間に突部44を配置できる。また、第1保持部51及び第2保持部52は、鍔部51b,52bから各保持部端面51c,52cに向かって通路51d,52dが形成されている。各通路51d,52dは、第2入力部材40の第1突条部45及び第2突条部46を受け入れるための部位である。以上のように第1保持部51及び第2保持部52は、突部44、第1突条部45及び第2突条部46と相対する位置に設けられている。
【0043】
復元部材91及び弾性部材92は、それぞれ鍔部51b,52bにより長手方向に圧縮されつつ第1保持部51及び第2保持部52の突条51a,52a間に収容される。第2入力部材40と出力部材50とが連結される状態では、第2入力部材40の軸方向内側端面40bが突条51a,52aの軸方向に位置するので、復元部材91及び弾性部材92は各突条51a,52aと軸方向内側端面40bとの間に安定して収容される。
【0044】
次に図3を参照して、第2入力部材40と出力部材50との関係について説明する。図3は図1のIII−III線におけるトルク緩衝装置1の断面図である。なお、図3では第2入力部材40及び出力部材50の円周方向両側の図示を省略している。また、第1入力部材11(図2参照)に正方向のトルクが入力されると、第2入力部材40(突部44、第1突条部45及び第2突条部46)は図3反時計回りに回転し、逆方向のトルクが第1入力部材11に入力されると、第2入力部材40(突部44、第1突条部45及び第2突条部46)は図3時計回りに回転するものとする。
【0045】
第2入力部材40と出力部材50とが連結される状態では、第1突条部45及び第2突条部46は各通路51d,52dに挿入され、第1突条部45の円周方向端面45aと鍔部51bとは同一面内に位置し、第2突条部46の円周方向端面46aと鍔部52bとは同一面内に位置する。これにより、第1突条部45の円周方向端面45aは復元部材91に当接し、第2突条部46の円周方向端面46aは弾性部材92に当接する。
【0046】
この状態で正方向のトルクが第1入力部材11(図2参照)に入力されると、第2入力部材40(突部44、第1突条部45及び第2突条部46)は図3反時計回りに回転し、第1突条部45の円周方向端面45aにより復元部材91が圧縮される。突部44の円周方向端面44aが第1保持部51の保持部端面51cに当接するまで、復元部材91は圧縮変形が可能である。突部44の円周方向端面44aが第1保持部51の保持部端面51cに当接すると、第1入力部材11へ入力された正方向のトルクが、突部44、第1保持部51から出力部材50、出力軸20に伝達される。
【0047】
次いで、第1入力部材11へ正方向のトルクが入力されなくなると、圧縮された復元部材91の付勢力により、第1突条部45の円周方向端面45aが元の位置(中立位置)まで押し戻され復元される。そうすると第2突条部46の円周方向端面46aは弾性部材92に当接する。これにより第1入力部材91へ正方向のトルクが入力されない状態では、第2入力部材40(図2参照)は出力部材50に対して中立位置に維持される。
【0048】
一方、逆方向のトルクが第1入力部材11に入力されると、第2入力部材40(突部44、第1突条部45及び第2突条部46)は図3時計回りに回転し、第2突条部46の円周方向端面46aにより弾性部材92が圧縮される。この弾性部材92の圧縮変形により逆方向のトルク変動が緩衝される。突部44の円周方向端面44bが第2保持部52の保持部端面52cに当接するまで、弾性部材92の圧縮変形によるトルク変動の緩衝効果が得られる。突部44(入力部材側のトルク伝達部)の円周方向端面44bが第2保持部52(出力部材50側のトルク伝達部)の保持部端面52cに当接すると、第1入力部材11へ入力された逆方向のトルクが、突部44、第2保持部52から出力部材50、出力軸20に伝達される。
【0049】
次いで、第1入力部材11へ逆方向のトルクが入力されなくなると、圧縮された弾性部材92の付勢力により、第2突条部46の円周方向端面46aが元の位置(中立位置)まで押し戻される。そうすると第1突条部45の円周方向端面45aは復元部材91に当接する。これにより第1入力部材11へ逆方向のトルクが入力されない状態においても、第2入力部材40は出力部材50に対して中立位置に維持される。
【0050】
なお、第1突条部45の円周方向端面45aが復元部材91に当接し、第2突条部46の円周方向端面46aが弾性部材92に当接する中立位置では、突部44の円周方向端面44a及び軸線O(図1参照)を結ぶ直線と保持部端面51c及び軸線Oとを結ぶ直線とのなす角R1は、突部44の円周方向端面44b及び軸線Oを結ぶ直線と保持部端面52c及び軸線Oとを結ぶ直線とのなす角R2より大きくなるように設定されている(R1>R2)。また角度R1は、後述するように、スプラグ70が傾動することで相対回転する内輪30及び外輪60の相対回転角より大きくなるように設定されている。スプラグ70の傾動可能な範囲が、角度R1によって規制されないようにするためである。
【0051】
図2に戻って説明する。外輪60は、出力部材50側の軸方向端面の所定部から軸方向に向かって係止部63が突出されている。一方、出力部材50は、出力部材50の軸方向内側端面50aから軸方向外側端面50bに向かって所定部に孔部53が凹設されている。孔部53に係止部63が挿入されることにより、出力部材50に対する外輪60の円周方向の相対移動が規制される。
【0052】
出力部材50は、孔部53に外輪60の係止部63が挿入されると、外輪60の連結面62に相対して外側に内周面54が位置するように構成されている。出力部材50の内周面54は、第1入力部材11にトルクが入力されていない状態(外輪60が半径方向に弾性変形していない状態)では、出力部材50の内周面54と外輪60の連結面62との間にわずかに隙間が形成されるように設定される。また、出力部材50は、内周面54の下側の軸方向内側端面50aに軸方向に向かって段差状とされる段差部55が円周方向に沿って形成されている。段差部55は、出力部材50の底部50cが出力軸20(図1参照)に外嵌されたときにベアリングB2を収装するための部位である。
【0053】
次に、図4を参照して内輪30及び外輪60とスプラグ70との関係について説明する。図4は図1のIV−IV線におけるトルク緩衝装置1の断面図である。スプラグ70は、内輪30と外輪60との相対回転を規制するための機能を担う部材であり、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にそれぞれ接する係合面71,72を備えている。外周面31及び内周面61の対向間に配置された保持器80により、スプラグ70は、外周面31及び内周面61の対向間において円周方向に等間隔で複数配設されている。スプラグ70は、溝部73に係合された付勢部材90(ガータスプリング)により外周面31及び内周面61の円周方向に付勢されている。なお、本実施の形態では、内輪30及び外輪60はいずれも弾性体により構成されており、外輪60の半径方向のヤング率は、内輪30の半径方向のヤング率より小さい値に設定されている。
【0054】
付勢部材90は、スプラグ70に付勢力を付与して外周面31及び内周面61に係合面71,72が接するようにスプラグ70を図4の矢印L方向(以下「ロック方向」と称す)へ傾動させる部材である。付勢部材90によりスプラグ70に荷重が付与されることでスプラグ70がロック方向(図4矢印L方向)へ傾動され、外周面31及び内周面61に係合面71,72が接することで、内周面61と係合面72との接点A及び外周面31と係合面71との接点Bに摩擦力が発生する。第1入力部材11が、出力部材50との関係で出力部材50に対して図4の矢印Ri方向(以下「正方向」と称す)へ相対回転する場合には、外周面31及び内周面61の円周方向における各接点A,Bの位置ずれにより、内輪30及び外輪60にスプラグ70が係合して内輪30と外輪60との相対移動が規制される。
【0055】
第1入力部材11が正方向に相対回転することで内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にスプラグ70の係合面71,72が係合されると、スプラグ70はロック方向にさらに傾動しようとして、スプラグ70のセルフロック角αが漸次変化する。なお、セルフロック角αは、軸線(軸心)O(図1参照)及び接点Bを通る直線と、軸線(軸心)O及び接点Aを通る直線とのなす角である。スプラグ70のセルフロック角αが変化することで、内輪30及び外輪60が受けるスプラグ70の圧力が増加する。そのスプラグ70の半径方向分力により、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61が半径方向に弾性変形する。また、スプラグ70の係合面71,72の近傍では、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61がスプラグ70に押圧されて弾性変形し、内輪30及び外輪60の厚さが半径方向に薄くなる部分もある。
【0056】
ここで、外輪60の内周面61の半径R、外輪60の半径方向の厚さ(肉厚)t、外輪60の半径方向のヤング率Eとすれば、外輪60の内周面61にスプラグ70の圧力pが作用したときの外輪60の内周面61の半径Rの増加量ΔRは、式(2)で表される。
【0057】
ΔR=R/tE・p …式(2)
また、内輪30の外周面31の半径r、内輪30の半径方向の厚さ(肉厚)t、内輪30の半径方向のヤング率Eとすれば、内輪30の外周面31にスプラグ70の圧力pが作用したときの内輪30の外周面31の半径rの減少量Δrは、式(3)で表される。
【0058】
Δr=r/tE・p …式(3)
なお、圧力pは、以下の式(4)で表される。
【0059】
p=F・L・N/(π・D・B) …式(4)
ここで、F:スプラグ70の押し付け荷重(法線力)、L:スプラグ70の軸方向長さ、N:内輪30及び外輪60間に配置されたスプラグ70の数、D:内輪30の外周面31の直径または外輪60の内周面61の直径、B:内輪30又は外輪60の軸方向長さである。
【0060】
以上の式(2)より、増加量ΔRは、内周面61の半径Rに比例し、外輪60の肉厚およびヤング率に反比例する。式(3)より、減少量Δrは、外周面31の半径rに比例し、内輪30の肉厚およびヤング率に反比例する。また、R>rより、増加量ΔRを減少量Δrより容易に大きくできる。このように式(2)や式(3)を用いることで、内輪30や外輪60の厚さtや半径R,r等を決定することができ、トルク変動の緩衝に適した内輪30や外輪60の設計を容易にできる。
【0061】
ここで、弾性体(内輪30及び外輪60)が半径方向に弾性変形することにより、内輪30の外周面31と外輪60の内周面61との間隔が広がるので、スプラグ70はさらに傾動される(セルフロック角αが小さくなる)。スプラグ70の傾動によって、内輪30及び外輪60が動力を吸収する時間(入力されたエネルギーが出力されるまでの時間)を長くすることができ、その結果、エネルギーが入力される時間(速度)を遅らせることができる。即ち、第1入力部材11に入力されたエネルギーを弾性体に吸収させることにより、出力部材50から出力されるピークトルクを小さくできる。
【0062】
弾性体が半径方向に弾性変形することにより傾動されるスプラグ70の角度(セルフロック角)は、第1入力部材11に入力されるトルクやエネルギーが小さいときは小さくなる一方、入力されるトルクやエネルギーが大きくなると大きくなる。スプラグ70が傾動する角度が大きくなるにつれ、弾性体が動力を吸収する時間が長くなるので、弾性体に吸収されるエネルギーを大きくできる。これにより、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらず出力部材50から出力されるピークトルクを小さくできる。従って、入力されるトルクやエネルギーの大きさに関わらずトルク変動を緩衝できる。
【0063】
また、スプラグ70は、外周面31及び内周面61の対向間において円周方向に等間隔で複数配設されているので、入力されるエネルギーを各スプラグ70に分散させ、1個のスプラグ70が内輪30及び外輪60に加える荷重を小さくできる。これにより、内輪30及び外輪60を円周方向の全周に亘って略均等に弾性変形させることができると共に、内輪30及び外輪60に局所的に過大な荷重が加わることを防止できる。これにより弾性体の耐久性を向上できる。
【0064】
また、外輪60は内輪30の外側に位置するので、弾性体(外輪60)の容積を内輪30に比べて大きくできる。外輪60の半径方向のヤング率は、内輪30の半径方向のヤング率より小さい値に設定されているので、弾性体の容積との関係で、内輪30の外周面31の変位量に比べて外輪60の内周面61の変位量を容易に大きくできる。その結果、スプラグ70の外輪60側における係合面72の円周方向の傾動量を大きくできる。これにより、弾性体が動力を吸収する時間を効果的に長くすることができ、トルク変動の緩衝効果を向上できる。
【0065】
なお、外輪60が半径方向に弾性変形していない状態(自然長の状態)において、外輪60の連結面62(外周面)と出力部材50の内周面54(被連結面)との間には、円周方向に亘って半径方向に略一定の隙間Gが形成されている。隙間Gは、スプラグ70のセルフロック角αが変化して内輪30や外輪60が半径方向に弾性変形し、外輪60の連結面62の半径が増加することにより次第に小さくなる。隙間Gがなくなるまで、連結面62の半径が増加するような外輪60の弾性変形を確保できる。
【0066】
ここで、隙間Gがない場合には、出力部材50に規制されて外輪60の連結面62の半径が増加されないので、スプラグ70の押し付け荷重により内輪30や外輪60の半径方向の厚さを小さくする弾性変形しか期待できない。これに対し、隙間Gを設けることで、隙間Gの分だけ連結面62の半径を変化させることができるので、外輪60の連結面62の半径が増加するような弾性変形によるトルク緩衝効果を確保できる。
【0067】
また、内輪30又は外輪60が受けるスプラグ70の圧力(式(2)〜式(4)に示すp)は、第1入力部材11と出力部材50との間で伝達されるトルク値に比例し、第1入力部材11と出力部材50との間で緩衝可能なトルクの大きさは、隙間Gの大きさに応じて設定される。その結果、隙間Gの大きさを調整することにより、第1入力部材11と出力部材50との間で緩衝可能なトルクの大きさを容易に設定できる。
【0068】
次に、図5を参照して、トルク変動に対するトルク緩衝装置1の緩衝特性を説明する。図5はトルク緩衝装置1の緩衝特性を示す図であり、第1入力部材11の加速回転時の特性曲線を図示している。図5において、横軸は出力部材50に対する第1入力部材11の相対回転角を示し、縦軸はトルクを示している。図5に示すように、トルク緩衝装置1は領域A及びBの2つの機構によりトルク変動を緩衝する。
【0069】
領域Aは、第1入力部材11に逆方向(図3時計回り、図4反矢印Ri方向)のトルクが入力される領域である。第1入力部材11に逆方向(図4反矢印Ri方向)のトルクが入力されると、外輪60(図4参照)との相対回転で内輪30が逆方向(図4反矢印Ri方向)に回転する。この場合、スプラグ70は内輪30及び外輪60に係合できない。よって、内輪30、外輪60及びスプラグ70によるトルク緩衝効果は生じない。一方、第1入力部材11に逆方向(図3時計回り)のトルクが入力されるときは、第2入力部材40の第2突条部46(図3参照)が弾性部材92の付勢力に抗して移動する。従って、領域Aでは、弾性部材92が圧縮変形することにより、弾性部材92のばね定数に応じた緩衝効果を得ることができる。
【0070】
なお、第1入力部材11に入力される逆方向(図3時計回り)のトルクが大きく、突部44(入力部材側のトルク伝達部)の円周方向端面44bが第2保持部52(出力部材50側のトルク伝達部)の保持部端面52cに当接すると、第1入力部材11へ入力された逆方向のトルクが、突部44、第2保持部52から出力部材50、出力軸20に伝達される。これにより、出力部材50から出力される逆方向のトルクが急激に増加する(但し、図5では図示を省略する)。
【0071】
領域Bは、第1入力部材11に正方向(図3反時計回り、図4矢印Ri方向)のトルクが入力される領域である。このときは、第2入力部材40の第1突条部45(図3参照)が復元部材91の付勢力に抗して移動するので、復元部材91が圧縮変形することによる反力が生じる。但し、この反力は、内輪30及び外輪60が半径方向に弾性変形することによって生じる反力より小さくなるように設定されている。
【0072】
また、外輪60との相対回転で内輪30が正方向(図4矢印Ri方向)に回転するので、スプラグ70は内輪30及び外輪60に係合し、内輪30及び外輪60は半径方向に弾性変形する。外輪60は、外輪60の係止部63(図2参照)及び出力部材50の孔部53により回転方向の移動が規制されるので、外輪60に伝達された動力は出力部材50に伝達される。また、外輪60の連結面62が出力部材50の内周面54に密着するまで、内輪30の外周面31の半径が小さくなると共に、外輪60の内周面61及び連結面62の半径が大きくなる。このときの弾性変形量は大きい(スプラグ70のセルフロック角αの変化は大きい)ので、外輪60、内輪30及びスプラグ70によるトルク変動の緩衝効果が生じる。
【0073】
外輪60の連結面62が出力部材50の内周面54に密着した後は、スプラグ70の押し付け荷重により、半径方向の厚さを小さくする弾性変形が内輪30や外輪60にわずかに生じる。このときの弾性変形量は小さい(スプラグ70のセルフロック角αはほとんど変化しない)ので、外輪60、内輪30及びスプラグ70によるトルク変動の緩衝効果は小さい。即ち、外輪60の連結面62が出力部材50の内周面54に密着した後は、外輪60の連結面62から出力部材50にトルクが伝達されるので、出力されるトルクが急激に増加する。
【0074】
なお、第1入力部材11及び出力部材50が相対回転を開始してから、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にスプラグ70の係合面71,72が係合することで相対回転が規制されるまでの第1入力部材11及び出力部材50の相対回転量(相対回転角)以上に、復元部材91(図3参照)は変位可能な角度R1が設定されている。これにより、内輪30、外輪60及びスプラグ70によるトルク変動の緩衝効果が、復元部材91が変位できなくなる(突部44の円周方向端面44aが第1保持部51の保持部端面51cに当接する)ことで制限されることを防止できる。その結果、内輪30や外輪60の弾性変形によるトルク変動の緩衝効果を最大限に発揮させることができる。
【0075】
この場合、スプラグ70が傾動する角度が大きくなるにつれ、スプラグ70の係合面71,72と弾性体(内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61)との接触面積が増加するので、スプラグ70による単位面積当たりの弾性体の面圧が過大になることが防止される。従って、弾性体の耐久性を確保しつつ、外輪60、内輪30及びスプラグ70による大きな緩衝効果を確保できる。
【0076】
次に図6を参照して、第2実施の形態について説明する。第1実施の形態では、外輪60が単一の弾性体により構成される場合について説明した。これに対し第2実施の形態では、異なるヤング率を有する複数の弾性体の積層により外輪160が構成される場合について説明する。なお、第1実施の形態と同一の部分については、同一の符号を付して以下の説明を省略する。図6は第2実施の形態におけるトルク緩衝装置101の断面図である。
【0077】
図6に示すように、トルク緩衝装置101の外輪160は、スプラグ70に内周面161が接触し、出力部材50の内周面54(被連結面)と外周面(連結面162)との間に隙間Gが形成されている。その外輪160は、同心円状に配置された円環状の第1弾性体163及び第2弾性体164を有して構成されている。第1弾性体163は第2弾性体164の外周側に位置し、第1弾性体163及び第2弾性体164は界面で接着されている。本実施の形態では、第1弾性体163及び第2弾性体164はいずれもゴム状の弾性体により構成されており、半径方向のヤング率は、第2弾性体164が第1弾性体163より小さくなるように設定されている。
【0078】
次に、図7を参照して、トルク変動に対するトルク緩衝装置1の緩衝特性を説明する。図7はトルク緩衝装置101の緩衝特性を示す図であり、第1入力部材11の加速回転時の特性曲線を図示している。図7において、横軸は出力部材50に対する第1入力部材11の相対回転角を示し、縦軸はトルクを示している。図7に示すように、トルク緩衝装置101は領域A〜領域Cの3つの機構によりトルク変動を緩衝する。領域Aは、第1入力部材11に逆方向(図6反矢印Ri方向)のトルクが入力される領域である。これは第1実施の形態(図5参照)で説明したものと同様なので、説明を省略する。
【0079】
領域B〜Cは、第1入力部材11に正方向(図6矢印Ri方向)のトルクが入力される領域である。このときは、外輪160との相対回転で内輪30が正方向(図6矢印Ri方向)に回転するので、スプラグ70は内輪30及び外輪160(第2弾性体164)に係合し、内輪30及び外輪160(特に第2弾性体164)は半径方向に弾性変形する。領域Bは、第1弾性体163に対してヤング率が相対的に小さい第2弾性体164の弾性変形が支配的となる領域である。
【0080】
領域Cは、第2弾性体164が半径方向に弾性変形することにより、その外側に配置された第1弾性体163の弾性変形が支配的となる領域である。第1弾性体163は、第2弾性体164に対してヤング率が相対的に大きいので、領域Cの緩衝特性の傾きを、領域Bの緩衝特性の傾きに比べて大きくできる。なお、第1弾性体163の弾性変形により連結面162が出力部材50の内周面54に密着した後のトルク緩衝装置101の動作は、第1実施の形態で説明したものと同様なので、説明を省略する。
【0081】
以上のように、第1弾性体163及び第2弾性体164を同心円状に配置することにより、第1弾性体163及び第2弾性体164が弾性変形することによって得られるトルクの緩衝特性を複合化することができる。これにより、要求特性に応じて緩衝特性を設計する自由度を向上できる。また、スプラグ70が係合する第2弾性体164の半径方向のヤング率を、スプラグ70が係合しない第1弾性体163の半径方向のヤング率に対して相対的に小さくすることにより、回転角に対する緩衝特性の傾きを多段化することができる。これを応用することで、変位の初期から減衰力が強く発生しないように、変位量や変位速度に応じて減衰力が変化するようなトルク緩衝装置101を製造できる。
【0082】
次に図8を参照して、上記第1実施の形態のように構成されるトルク緩衝装置1(以下「実施例」と称す)の試験結果を説明する。なお、単なるダンパーゴム(弾性体)の縦弾性を利用したトルク緩衝装置(例えば特許文献1に開示されるもの)を「比較例」とした。図8(a)はトルク緩衝装置の特性を調べる試験方法を示す模式図であり、図8(b)は実施例および比較例におけるトルク緩衝装置の特性を示す図である。なお、比較のため、実施例の外輪60の半径方向のヤング率と、比較例のダンパーゴム(弾性体)のヤング率とは同一に設定した。
【0083】
図8(a)に示すように、トルク緩衝装置1の入力部材(第1入力部材11)に腕部2の一端を固着し、腕部2の軸線からL1(400mm)だけ離れた地点に、質量5kgの質量体Wを80mmの高さHから自由落下させた。これにより、トルク緩衝装置1の入力部材(第1入力部材11)に正方向(図3反時計方向、図4矢印Ri方向)の衝撃トルクを入力した。
【0084】
図8(b)に示すように、実施例は、比較例に比べてピークトルクに達するまでの時間を遅くできることが明らかとなった。具体的には、ピークトルクに達するまでの時間は実施例では0.024秒(T1)であり、比較例では0.059秒(T2)であった。これにより、実施例は、比較例に比べてピークトルクをDだけ小さくすることができた(ピークトルクを約半分にすることができた)。以上のことから実施例は、比較例に比べて、極めて優れたトルク緩衝効果を実現できることが明らかとなった。
【0085】
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。例えば、上記実施の形態で挙げた数値(例えば、各構成の数量や寸法等)は一例であり、他の数値を採用することは当然可能である。
【0086】
上記各実施の形態では、トルク緩衝装置1は動力源から変速装置までの動力伝達経路に配設される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、各種のトルク伝達部分に適用することは当然可能である。
【0087】
上記各実施の形態では、入力部材(第1入力部材11)に内輪30を連結する一方、出力部材50に外輪60,160を連結する場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、外輪60,160に入力部材(第1入力部材11)を連結する一方、内輪30に出力部材50を連結することは当然可能である。
【0088】
上記各実施の形態では、外輪60,160の連結面62,162(外周面)と出力部材50の内周面54(被連結面)との間に隙間Gが形成される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、内輪30の内周面を連結面として、その連結面と連結可能に構成された入力部材または出力部材の被連結面と、連結面との間に隙間Gを設けるようにすることは当然可能である。
【0089】
上記第2実施の形態では、第1弾性体163と第2弾性体164との間は密着しており隙間Gは形成されていない場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、要求される緩衝特性に応じて、第1弾性体163と第2弾性体164との間に隙間Gを形成することは当然可能である。これにより、第2弾性体164の半径方向外側への弾性変形量を大きくすることができるので、第2弾性体164によるトルク緩衝効果を大きくすることが可能である。
【0090】
上記各実施の形態では、付勢部材90をコイルばねにより構成されるガータスプリングとする場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他の弾性部材を採用することは当然可能である。他の弾性部材としては、例えばリボンスプリングが挙げられる。また、一端が保持器80に係止されてスプラグ70を付勢するばね鋼も採用できる。また、付勢部材90(ガータスプリング)の拡径方向にスプラグ70を傾動させる場合について説明したが、これに限られるものではなく、付勢部材の縮径方向にスプラグを傾動させて、内輪30の外周面31及び外輪60の内周面61にスプラグを係合させることは当然可能である。
【0091】
上記各実施の形態では、復元部材91及び弾性部材92が圧縮コイルばねにより構成される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他の弾性部材を採用することは当然可能である。他の弾性部材としては、例えばねじりコイルばね、ゴム状弾性体等が挙げられる。
【0092】
上記各実施の形態では、復元部材91が第2入力部材40と出力部材50との捩れを復元するために設けられる場合について説明したが、復元部材91は内輪30及び外輪60と並列に配置されているので、復元部材91のばね定数を大きくすることにより、内輪30及び外輪60と復元部材91とを協働させてトルク変動を緩衝するようにすることは可能である。
【0093】
上記各実施の形態では、内輪30及び外輪60,160がいずれも弾性体により構成される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、内輪30又は外輪60,160のいずれか一方を弾性体により構成して、他方を金属等の剛体により構成することは当然可能である。この場合も、スプラグ70が傾動することにより内輪30又は外輪60,160を半径方向に弾性変形させて、入力されるトルクやエネルギーに応じてスプラグ70が傾動する角度を変えられるからである。
【0094】
上記第1実施の形態では、内輪30の半径方向のヤング率が外輪60の半径方向のヤング率より大きく設定される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、外輪60と内輪30のヤング率が同等の場合に、内輪30の半径方向の厚さに比べて外輪60の半径方向の厚さを小さくする(外輪60を内輪30に比べて薄肉にする)ことが可能である。これにより、外輪60の剛性を内輪30に比べて小さくできる。そのため、内輪30の外周面31の変位量に比べて外輪60の内周面61の変位量を容易に大きくできる。その結果、スプラグ70の外輪60側における係合面72の円周方向の傾動量を大きくできる。これにより、上記実施の形態と同様に、弾性体が動力を吸収する時間を効果的に長くすることができ、トルク変動の緩衝効果を向上できる。
【0095】
上記第2実施の形態では、外輪160が2層構造の場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、要求される特性に応じて、3層、4層等のさらなる多層構造にすることは当然可能である。この場合に、半径方向の隙間Gを層間に形成することは当然可能である。
【0096】
上記第2実施の形態では、第1弾性体163の半径方向のヤング率が第2弾性体164の半径方向のヤング率より大きい値に設定されている場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、第1弾性体163の半径方向のヤング率を、第2弾性体164の半径方向のヤング率より小さい値に設定することは当然可能である。スプラグ70の係合面72と接する第2弾性体164のヤング率を第1弾性体163のヤング率より大きな値に設定することにより、スプラグ70の係合面72によって第2弾性体164が押圧されるときに、第2弾性体164(外輪160の内周面161)が損傷することを抑制できる。これにより外輪160の耐久性を向上できる。
【0097】
また、第2実施の形態では、同心円状に配置された第1弾性体163及び第2弾性体164のヤング率を異ならせる場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、第1弾性体163及び第2弾性体164のヤング率を同等に設定し、第1弾性体163及び第2弾性体164の半径方向の厚さを異ならせることは当然可能である。厚さを異ならせることにより剛性を変えられるので、トルク緩衝特性の設計の自在性を向上することが可能である。
【符号の説明】
【0098】
1,101 トルク緩衝装置
11 第1入力部材(入力部材の一部)
30 内輪
31 外周面
40 第2入力部材(入力部材の一部)
44 突部(トルク伝達部の一部)
50,150 出力部材
52 第2保持部(トルク伝達部の一部)
54 内周面(被連結面)
60,160 外輪
61,161 内周面
62,162 連結面
70 スプラグ
71,72 係合面
80 保持器
90 付勢部材
91 復元部材
92 弾性部材
α セルフロック角
A,B 接点
G 隙間
O 軸線(軸心)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転方向に相対回転可能に構成されると共に軸心回りに同心状に配置される入力部材および出力部材と、
その入力部材および出力部材の一方に連結され断面円形状の外周面を有する内輪と、
前記入力部材および出力部材の他方に連結され断面円形状の内周面を有する外輪と、
その外輪の内周面および前記内輪の外周面にそれぞれ係合する係合面を有し前記内輪の外周面および前記外輪の内周面の対向間において円周方向に複数配設されるスプラグと、
そのスプラグを前記内輪の外周面および前記外輪の内周面の円周方向へ傾動可能に保持する保持器と、
前記スプラグに付勢力を付与して前記内輪の外周面および前記外輪の内周面に前記スプラグの係合面が係合するロック方向にそのスプラグを付勢する付勢部材とを備え、
前記内輪または前記外輪の少なくとも一方は、半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成され、
前記スプラグは、前記出力部材に対する前記入力部材の所定方向の回転により前記内輪の外周面および前記外輪の内周面に前記係合面が係合され、前記外周面および前記内周面への前記係合面の各接点と前記軸心とを結ぶ各仮想線のなす角度であるセルフロック角が、前記弾性体の半径方向の弾性変形により変化することを特徴とするトルク緩衝装置。
【請求項2】
前記内輪および前記外輪は、半径方向に弾性変形可能な弾性体で構成されていることを特徴とする請求項1記載のトルク緩衝装置。
【請求項3】
前記外輪は、半径方向のヤング率が、前記内輪の半径方向のヤング率より小さい値に設定されているか、又は、半径方向の厚さが、前記内輪の半径方向の厚さより小さい値に設定されていることを特徴とする請求項2記載のトルク緩衝装置。
【請求項4】
前記入力部材および前記出力部材の一方に連結される前記内輪の連結面と前記入力部材および前記出力部材の一方の被連結面との間、前記入力部材および前記出力部材の他方に連結される前記外輪の連結面と前記入力部材および前記出力部材の他方の被連結面との間の少なくとも一方に隙間を有することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
【請求項5】
前記弾性体は、同心円状に2つ以上配置されていることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
【請求項6】
前記弾性体で構成される前記内輪または前記外輪は、以下の式(1)を満たすように設定されていることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
ΔR=R/tE・p …式(1)
但し、ΔRは内輪の外周面または外輪の内周面の半径の変化量であり、Rは内輪の外周面または外輪の内周面の半径であり、tは内輪または外輪の半径方向の厚さであり、Eは内輪または外輪のヤング率であり、pは内輪または外輪が受けるスプラグの圧力である。
【請求項7】
前記内輪または前記外輪が受ける前記スプラグの圧力は、前記入力部材と前記出力部材との間で伝達されるトルク値に比例し、前記隙間は、前記内輪または前記外輪が受ける前記スプラグの圧力に応じて大きさが設定されることを特徴とする請求項4から6のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
【請求項8】
前記内輪、前記スプラグ及び前記外輪と並列に前記入力部材および前記出力部材の間に介設されると共に、前記内輪の外周面および前記外輪の内周面と前記スプラグの係合面とが係合不能となる相対回転方向の前記入力部材および前記出力部材の相対回転を緩衝する弾性部材を備えていることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
【請求項9】
前記内輪、前記スプラグ及び前記外輪と並列に前記入力部材および前記出力部材の間に介設されると共に、前記内輪の外周面および前記外輪の内周面に前記スプラグの係合面が係合する相対回転方向の前記入力部材および前記出力部材の相対回転を復元する復元部材を備え、
その復元部材は、前記入力部材に入力されたトルクにより前記入力部材および前記出力部材が相対回転を開始してから、前記内輪の外周面および前記外輪の内周面に前記スプラグの係合面が係合することで相対回転が規制されるまでの前記入力部材および前記出力部材の相対回転量以上に変位可能な大きさが設定されていることを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載のトルク緩衝装置。
【請求項10】
前記入力部材および前記出力部材は、前記内輪の外周面および前記外輪の内周面と前記スプラグの係合面とが係合不能となる相対回転方向の前記入力部材および前記出力部材の相対回転を規制するトルク伝達部を備えていることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載のトルク緩衝装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−87895(P2013−87895A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230153(P2011−230153)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)