説明

ナンセンス変異を起因とする遺伝子発現抑制による脂肪酸組成改変技術

【課題】
植物細胞のα-リノレン酸含量をより簡易で効率的に低減させる方法を提供すること。
【解決手段】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を、植物細胞内で発現させることにより植物細胞内のα-リノレン酸含量を低減させる方法とする。また、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が挿入されており、かつ該変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が発現している植物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナンセンス変異が導入された変異遺伝子、その変異遺伝子が挿入された植物、及び、その変異遺伝子の発現により植物の脂肪酸の組成を改変させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素は、脂質の脂肪酸側鎖であるリノール酸をα−リノレン酸に不飽和化する酵素である。植物脂質は食用油として重要でありその脂肪酸組成の改変は産業上大変重要である。またα−リノレン酸含量が変化した形質転換植物が作出され、その中でも特にα−リノレン酸含量が低下した植物では、高温環境下での耐性能力が向上していることが報告されている(例えば下記非特許文献1参照)。
【0003】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現を低減させる方法としては、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現プロモーターに接続して植物細胞に導入し、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現させることでコサプレッションと呼ばれる遺伝子発現抑制現象を誘導し、α−リノレン酸含量を低減させる方法がある(例えば下記非特許文献2参照)。
【0004】
また、ヘアピンRNAと呼ばれる2本鎖RNAを転写させることによる発現抑制(一般にRNA干渉、RNAiと呼ばれる)によっても、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現を抑制することができる。RNAiを用いる方法では、器官特異性を示さないプロモーター配列をヘアピンRNAの転写に用いれば、植物体全体で目的とする遺伝子の発現を抑制できる。事実RNAiを用いた方法による小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現抑制によって葉と根でα−リノレン酸含量の低減が可能であることが示されている(これについても例えば下記非特許文献2参照)。
【0005】
【非特許文献1】Murakamiら、Science、2000年、287巻、476〜479頁
【非特許文献2】Tomitaら、FEBS lett.、2004年、573巻、117〜120頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、コサプレッション法では得られた遺伝子導入植物の中からコサプレッション個体が得られる頻度が低く、特に小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の場合にはその頻度がわずか1〜2%程度である。さらにコサプレッション法による小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現低下は器官特異的であり、葉ではα−リノレン酸含量の低下が生じるが、根では生じない。つまり植物細胞器官によっては全くα−リノレン酸含量を低減させることができない。
【0007】
また、RNAiを用いる方法ではω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の塩基配列をスペーサー配列を挟んでセンス方向とアンチセンス方向に接続したものを高発現プロモーターの下流に接続したコンストラクト(これをRNAiコンストラクトと呼ぶ)を作製する必要がある。このコンストラクトから転写されたRNAはヘアピンRNAとなり、RNAiを用いる方法によるω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現を抑制することができる。しかしながらRNAiコンストラクトの作製には、サブクローニングのステップが多いため多くの日数と煩雑な操作が必要とされる。また、一般にこのような同一の配列をセンス方向−アンチセンス方向につないだものをinverted repeat配列とよぶが、大腸菌を宿主とした場合にinverted repeat配列を持つプラスミドは安定に保持されないため、クローニングなどの遺伝子操作が困難であるという問題もある。
【0008】
そこで本発明は、上記課題を鑑み、植物細胞のα-リノレン酸含量をより簡易で効率的に低減させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を植物細胞内で高発現させることで、植物細胞のα−リノレン酸含量が低減することを見出し本発明を完成させるに至った。ここで、「ナンセンス変異」とは、本来アミノ酸をコードしている塩基配列が塩基配列の変更によりストップコドンとなることで翻訳が終結する変異をいう。
【0010】
即ち、本発明に係る植物細胞内のα−リノレン酸含有量を低減させる方法は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を、植物細胞内で発現させることにより行う。なおここで「発現させる」とは、植物細胞内において遺伝子が転写されることをいう。
【0011】
また本発明に係る植物細胞内のα−リノレン酸含有量を低減させる方法において、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の430塩基以内であることが望ましく、より望ましくは250塩基以内、更に望ましくは100塩基以内、更に望ましくは61塩基以内である。
【0012】
また、本発明に係る植物は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が挿入されており、かつ変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が発現しているものである。
【0013】
また、本発明に係る植物において、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の430塩基以内であることが望ましく、より望ましくは250塩基以内、更に望ましくは100塩基以内、更に望ましくは61塩基以内である。
【0014】
また、本発明に係る変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入したものである。
【0015】
また、本発明に係る変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の430塩基以内であり、より望ましくは250塩基以内、更に望ましくは100塩基以内、更に望ましくは61塩基以内である。
【発明の効果】
【0016】
以上、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入することにより得られる変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を植物細胞内において高発現させ、植物細胞のα−リノレン酸含量を低減することが可能となる。これは遺伝子発現の抑制方法として広く使われるRNAiを用いる方法と比較して、変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現コンストラクトの作製は簡易であり、また変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を持つプラスミドはRNAiコンストラクトを持つプラスミドよりも大腸菌内において安定に保持されるために、クローニングなどの遺伝子操作が容易ともなる。特に、α−リノレン酸含量が低減した植物では高温環境下での耐性能力が向上すると期待されているため、より環境に適応する能力が向上した植物を得ることができ、更には植物油の脂肪酸組成の改変に本発明を適用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0018】
本実施形態ではω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入して変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とし、植物細胞内で発現させることにより植物細胞内のα-リノレン酸含量を低減させることを特徴の一つとしている。
【0019】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する方法としては、特に限られるわけではないが、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子へ点突然変異を導入し、その点突然変異が導入された部位のコドンをストップコドンとする方法が非常に好適である。また点突然変異を導入する方法についてもこれに限られるわけではないが、化学的に合成した変異を導入しようとする塩基配列のオリゴヌクレオチドを用いた一般的に用いられている点突然変異導入法を用いることが好適である。
【0020】
ナンセンス変異を導入する部位については、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンの近傍が望ましく、例えば翻訳開始コドンから3’側下流の430塩基以内が望ましく、より望ましくは250塩基以内、更に望ましくは100塩基以内である。なお後述の実施例では翻訳開始コドンから61塩基のところに塩基置換により同部位にストップコドンを創生した場合にα−リノレン酸含量が極めて顕著に低減していることを見出している。なお本明細書において、「翻訳開始コドンから3’側下流の250塩基以内」とは、例えば配列表の配列番号1に記載するタバコ小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の場合、配列番号1に記載の塩基配列の250番目の塩基よりも前であることを指す(なお、配列番号1に記載の塩基配列の最初の塩基3つatgが翻訳開始コドンである)。後述の実施例ではタバコの小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子について言及しているが、小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子自体は高等植物であればほぼ同じ長さの塩基配列を有しており、同様の効果を期待することができる。
【0021】
変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を植物細胞内で発現させる方法としては、これに限定されるわけではないが、遺伝導入用のバイナリーベクターのT−DNA内部にカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター配列やその配列に由来するE12Ω配列(Mitsuharaら、Plant Cell Physiol.、1996年、37巻、49〜59頁)などの植物細胞内で高発現を行うプロモーター配列を挿入し、その下流に塩基配列の変更によりナンセンス変異を導入したω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子をサブクローニングさせる。そして、作製したバイナリーベクターをエレクトロポレーション法によりアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens又はAgrobacterium rhizogenes)に導入し、バイナリベクターを保持するアグロバクテリウムを植物細胞に感染させることで植物細胞に遺伝子導入を行う方法が好適である。なお、高発現プロモーターを保持するバイナリーベクターとしては様々なものが採用可能であるが、pBI121(クロンテック社製)などが好適である。
【0022】
またこの場合において、バイナリーベクターのT−DNA内部にはさらに形質転換植物を選抜するための薬剤耐性遺伝子を挿入しておくことが好適である。遺伝子導入が行われた植物細胞は薬剤を含む植物組織培養用培地上で培養が可能であるため、T−DNAが植物ゲノムDNAに導入され薬剤耐性となった植物細胞を選抜することで、α−リノレン酸含量が低減した植物細胞を得ることができるようになる。なお具体的な効果の確認については以下記載の実施例により明らかになる。
【0023】
(実施例1)
翻訳開始コドンから61塩基3’側下流にある塩基を置換することにより同部位にストップコドンを導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を導入した植物細胞におけるα−リノレン酸含量への影響を検討した。
【0024】
(1)ナンセンス変異が導入された変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の作製
プラスミドpUC119(宝酒造社製)にタバコ小胞体局在型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子(以下、単にNtFAD3遺伝子)のcDNA(約1.4kb)をクローニングし(得られたプラスミドを以後、pUC119−NtFAD3という)、このpUC119−NtFAD3に対して点突然変異によりNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドン(atg)から61番目のgをtに置換することで、ストップコドン(taa)を創出した。なお以下の2つの合成オリゴヌクレオチドをプライマーとして用いた。
【0025】
プライマー1:ctttaacgagatggagttttaattcgacccgagtgcccc(配列番号2)
プライマー2:ggggcactcgggtcgaattaaaactccatctcgttaaag(配列番号3)
【0026】
プライマー1とプライマー2は相補的な配列となっている。プライマー1の第20番目の塩基(t)、及びプライマー2の第20番目の塩基(a)は、ともに変異を導入しようとするNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから61番目の塩基(g)に対応する。
【0027】
点突然変異はQuickChange XL Site−Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)の取扱説明書に従って行った。40ngのpUC119−NtFAD3、プライマー1および2をそれぞれ0.2μM、1×pfu
DNA polymerase buffer(ストラタジーン社製)、pfu polymerase 1.25U、0.25mM dNTPs、3% Dimethylsulfoxideからなる反応溶液25μlを調製し、95℃保温30秒間、55℃保温1分間、68℃保温9分間からなる保温過程を1サイクルとして20サイクル繰り返した。
【0028】
サイクル終了後、反応液に5UのDpnI(プロメガ社製)を加え37℃で60分間保温することでpfu DNA polymeraseの鋳型となったpUC119−NtFAD3を分解した。反応液5μlを100μlのEscherichia coli strain DH5αコンピテントセル(宝酒造社製)に形質転換し、10mlの液体培地(アンピシリン添加LB培地)中で形質転換細胞を増殖させた。これよりプラスミドを調製した。点突然変異の導入の有無は、得られたプラスミドの塩基配列を決定することで確認した。点突然変異が導入されたプラスミドを以後pUC−NtFAD3−61GTとした。
【0029】
(2)アグロバクテリウム用バイナリーベクターへの変異NtFAD3遺伝子のサブクローニング
アグロバクテリウム用バイナリーベクターであるpBI121(図1参照)のカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター配列をEl2Ω配列に置換したpEl2ΩGUSを作製した。NtFAD3遺伝子にナンセンス変異が導入されたプラスミド(以下「pUC−NtFAD3−61GT」という)をXbaIとSacIで制限酵素処理を行い、変異NtFAD3遺伝子をプラスミドから切り出し、XbaIとSacIで制限酵素処理を行ったpEl2ΩGUSプラスミドにサブクローニングした(以下、得られた変異NtFAD3遺伝子を持つプラスミドを「pTST61」という。図1参照)。本来NtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから1138〜1140番目にストップコドンがあるところが、pTST61ではNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから61番目の塩基を含むコドンがストップに変化したナンセンス変異が生じている。
【0030】
pTST61のT−DNAにより形質転換された植物細胞では、El2Ω配列によりナンセンス変異の挿入されたNtFAD3 RNAが植物細胞内で多く転写される。また一方でpUC119−NtFAD3からNtFAD3遺伝子をXbaIとSacIによる制限酵素処理を行い、pEl2ΩGUSのXbaIとSacIに挟まれた領域にサブクローニングすることによりpTPM1(図1)を得た。pTST61、pTPM1およびpBI121のT−DNAの部分が植物細胞のゲノムDNAに組み込まれると、同細胞はカナマイシン耐性となる。
【0031】
(3)毛状根の作出
変異NtFAD3遺伝子の導入による植物細胞のα−リノレン酸含量への影響の評価は、形質転換根を作出し、根のα−リノレン酸含量を測定することで行った。
pTST61、pTPM1およびpBI121をAgrobacterium tumefaciens strain R1000に形質転換した(以下「strain R1000」をいう)。strain R1000はRiプラスミドを保持している。strain R1000が植物に感染し、RiプラスミドのT−DNAにより植物細胞が形質転換すると、T−DNAに含まれるrol遺伝子と呼ばれる一群の遺伝子の作用によって毛状根と呼ばれる形質転換根を形成する。pTST61、pTPM1およびpBI121により形質転換したstrain R1000をカナマイシン添加LB培地で培養したのち、無菌状態で育てたタバコ(Nicotiana tabacum cv.SR1)の葉に感染させ、植物組織培養用培地(Murashige−Skoog培地、以後MS培地)に移し、24℃で3日間共存培養した。つづいてstrain R1000菌を除菌するために抗生物質であるクラフォランを含むカナマイシン添加MS培地に感染葉を移し、24℃で2週間培養した。感染部位から伸長したきた毛状根を根端から1.5cm程度のところで切り出し、クラフォランを含むカナマイシン添加MS培地に移植することで毛状根を継代培養し、カナマイシン耐性毛状根を伸長させた。
【0032】
(4)毛状根のα-リノレン酸含量の測定
得られた形質転換植物根である毛状根のα−リノレン酸含量を測定した。
根を1mlのメタノール性塩酸溶液(和光純薬工業社製)に浸し、80℃で60分間保温した。その後、0.9%NaCl溶液を1ml加え、さらにn−ヘキサン溶液を0.5ml加えたのち、激しく攪拌して、脂肪酸をn−ヘキサン層に抽出した。抽出液をガスクロマトグラフィーにより解析することで、脂肪酸組成を決定した。
【0033】
図2にpBI121を導入した毛状根のα−リノレン酸含量の分布を示す。25本の毛状根のα−リノレン酸含量を測定した結果、総脂肪酸に占めるα−リノレン酸の割合が10%より低いα−リノレン酸含量を示す毛状根はなく、すべての毛状根が10%以上30%未満のα−リノレン酸含量を示した。
【0034】
一方、図3にpTPM1を導入した29本の形質転換毛状根のα−リノレン酸含量の分布を示す。pTPM1を導入すると、正常なNtFAD3 mRNAが大量に転写されるためにα−リノレン酸含量が増加する。最も含量が高いものでは総脂肪酸の50%以上をα−リノレン酸が占めていた。逆に10%未満のα−リノレン酸含量を示す形質転換毛状根は得られなかった。
【0035】
図4にpTST61を導入した28本の毛状根のα−リノレン酸含量を示す。pTST61が導入された植物細胞ではナンセンス変異が生じたNtFAD3 RNAが大量に転写される。その結果、総脂肪酸に占めるα−リノレン酸の割合が10%未満である毛状根が全体の28%に当たる8本も得られた。pBI121を導入した毛状根では10%より低いα−リノレン酸含量を示す毛状根は得られないことから、pTST61を導入することでα−リノレン酸含量が低下した植物細胞を得ることができることが明らかになった。
【0036】
(実施例2)
翻訳開始コドンから3’側下流の234番目、430の番目の塩基置換によりストップコドンを創出した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を導入した植物細胞におけるα−リノレン酸含量への影響の検討を行った。
【0037】
(1)ナンセンス変異を導入したω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の作製
プラスミドpUC119−NtFAD3に対して点突然変異によりNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから234番目のcをgに置換することで、ストップコドン(tag)を導入した。以下の2つの合成オリゴヌクレオチドをプライマーとして用いた。
【0038】
プライマー3:ggatagttggttattttagccactttactgggctatc(配列番号4)
プライマー4:gatagcccagtaaagtggctaaaataaccaactatcc(配列番号5)
【0039】
なお、プライマー3の第19番目の塩基(g)、及びプライマー4の第19番目の塩基(c)は、ともに変異を導入しようとする塩基に対応する。これらのプライマーを用いて点突然変異を実施例1と同様な操作により導入した。点突然変異の導入の有無は、得られたプラスミドの塩基配列を決定することで確認した(点突然変異が導入されたプラスミドを「pUC−NtFAD3−234CG」という)。さらにpUC119−NtFAD3に対し点突然変異によりNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから430番目のgをtに置換することで、ストップコドン(tag)を創出した。なおプライマーとしては以下の2つの合成オリゴヌクレオチドを用いた。
【0040】
プライマー5:gaaccatggaaatgtgtagactgatgagtcttg(配列番号6)
プライマー6:caagactcatcagtctacacatttccatggttc(配列番号7)
【0041】
プライマー5の第17番目の塩基(t)、及びプライマー6の第17番目の塩基(a)は、ともに変異を導入しようとする塩基に対応する。これらのプライマーを用いて点突然変異を実施例1と同様な操作により導入した。点突然変異の導入の有無は、得られたプラスミドの塩基配列を決定することで確認し、点突然変異が導入されたプラスミドを以後、pUC−NtFAD3−430GTとした。
【0042】
(2)アグロバクテリウム用バイナリーベクターへの変異NtFAD遺伝子のサブクローニング
NtFAD3遺伝子にナンセンス変異が創出されたプラスミド、pUC−NtFAD3−234CGとpUC−NtFAD3−430GTをXbaIとSacIで制限酵素処理を行い、変異NtFAD3遺伝子をプラスミドから切り出し、XbaIとSacIで制限酵素処理を行ったpEl2ΩGUSプラスミドにサブクローニングした。(得られた変異NtFAD3遺伝子を持つプラスミドを、「pTST430」という。図1参照)。
【0043】
pTST234では本来NtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから1138〜1140番目にストップコドンがあるところが、234番目の塩基を含むコドンがストップコドンに変化したナンセンス変異が生じており、pTST234のT−DNAで形質転換された植物細胞内でナンセンス変異の挿入されたNtFAD3 RNAがEl2Ω配列により転写される。pTST430では430番目の塩基を含むコドンがストップコドンに変化したナンセンス変異が生じており、pTST430のT−DNAで形質転換された植物細胞内でナンセンス変異の挿入されたNtFAD3 RNAがEl2Ω配列により転写される。pTST234、pTST430のT−DNAの部分が植物細胞のゲノムDNAに組み込まれると、形質転換植物細胞となり同細胞はカナマイシン耐性となる。
【0044】
(3)毛状根の作出
変異NtFAD3遺伝子の導入による植物細胞のα−リノレン酸含量への影響の評価は、形質転換毛状根を作出し、毛状根のα−リノレン酸含量を測定することで行った。pTST234、pTST430によりstrain R1000を形質転換した。形質転換細胞をカナマイシン添加LB培地で培養したのち、無菌状態で育てたタバコ(Nicotiana tabacum cv. SR1)の葉に感染させ、実施例1と同様な操作によりカナマイシン耐性毛状根を得た。
【0045】
(4)毛状根のα−リノレン酸含量の測定
得られた形質転換植物根である毛状根のα−リノレン酸含量は実施例1と同様な操作方法により測定した。図5にpTST234を導入した形質転換毛状根のα−リノレン酸含量の分布を、図6にpTST430を導入した形質転換毛状根の結果を示す。
【0046】
α−リノレン酸含量が10%未満である毛状根の割合は、pTST234において26本中1本であり、他は10%以上30%未満のα−リノレン酸含量を示した。pTST430ではα−リノレン酸含量が10%未満である毛状根の割合は27本中1本で、他は10%以上20%未満であった。これらの結果からナンセンス変異を有するNtFAD3遺伝子の転写によるα−リノレン酸含量の低減には、ナンセンス変異がNtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンより3’側下流の430塩基以内にあることによりα−リノレン酸含有量の低減の効果が得られはじめることが確認できた。
【0047】
(比較例)
比較例として、RNAiを用いた方法によるNtFAD3遺伝子の発現抑制がα−リノレン酸含量に与える影響の検討を行った。
【0048】
NtFAD3遺伝子配列の一部をスペーサー配列を挟んでアンチセンス方向とセンス方向に接続したコンストラクト、pTF1AGS (Tomitaら、FEBS lett.、2004年、573巻、117〜120頁参照)をstrain R1000に導入した。形質転換strain R1000をカナマイシン添加LB培地で培養したのち、無菌状態で育てたタバコ(Nicotiana tabacum cv.SR1)の葉に感染させ、実施例1と同様な操作によりカナマイシン耐性毛状根を得た。得られた形質転換植物根である毛状根のα−リノレン酸含量は実施例1と同様な操作方法により測定した。その結果、α−リノレン酸含量が10%未満の低い値を示す毛状根が23本中に10本得られ、RNAi法によるα-リノレン酸含量の低減が可能であることが見出された。
【0049】
以上、NtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンから3'側下流の430塩基以内にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を植物細胞内において高発現させることにより、植物細胞のα−リノレン酸含量を低減することが可能であることが見出された。特に、100塩基以内、より望ましくは61塩基以内に変異を導入すればより顕著な効果を得ることができる。本方法では、遺伝子発現の抑制方法として広く使われるRNAiを用いた方法と比較しても非常に簡易に行うことができ、更に、変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を持つプラスミドはRNAiコンストラクトを持つプラスミドよりも大腸菌内において安定に保持されるため、サブクローニングなどの遺伝子操作が容易である。また、コサプレッション法も植物の遺伝子発現抑制方法として用いられているが、小胞体型ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のコサプレッションの場合、根では発現抑制が生じないことが報告されている(Tomitaら、FEBS lett.、2004年、573巻、117〜120頁参照)。本方法では毛状根と呼ばれる形質転換根でのα−リノレン酸含量の低減に効果があり、コサプレッションを誘導できない器官においても有効である。α−リノレン酸含量が低減した植物では高温環境下での耐性能力が向上していることが報告されているため、より環境に適応する能力が向上した植物の作出や植物油の脂肪酸組成の改変に本発明を適用することが可能であり、産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】タバコ毛状根に導入したコンストラクト。T−DNAの内部を示す。RBはライトボーダー、LBはレフトボーダーを示す。図中のXbaIおよびSacIはそれぞれ制限酵素XbaIおよびSacIの認識配列の部位を示す。NtFAD3遺伝子の翻訳開始コドンとストップコドンを示した。各コドンの隣にある括弧には翻訳開始コドンを1として点突然変異を導入した位置と本来のストップコドンの最初の塩基の位置を示した。
【図2】pBI121を導入したタバコ毛状根のα−リノレン酸含量。10%きざみのα−リノレン酸含量を示した毛状根の数を示している。
【図3】pTPM1を導入したタバコ毛状根のα−リノレン酸含量。10%きざみのα−リノレン酸含量を示した毛状根の数を示している。
【図4】pTST61を導入したタバコ毛状根のα−リノレン酸含量。10%きざみのα−リノレン酸含量を示した毛状根の数を示している。
【図5】pTST234を導入したタバコ毛状根のα−リノレン酸含量。10%きざみのα−リノレン酸含量を示した毛状根の数を示している。
【図6】pTST430を導入したタバコ毛状根のα−リノレン酸含量。10%きざみのα−リノレン酸含量を示した毛状根の数を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を、植物細胞内で発現させることにより植物細胞内のα-リノレン酸含量を低減させる方法。
【請求項2】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の250塩基以内であることを特徴とする請求項1記載の植物細胞内のα−リノレン酸含量を低減させる方法。
【請求項3】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の100塩基以内であることを特徴とする請求項1記載の植物細胞内のα−リノレン酸含量を低減させる方法。
【請求項4】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が挿入されており、かつ該変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が発現している植物。
【請求項5】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の250塩基以内であることを特徴とする請求項4記載の植物。
【請求項6】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異が導入された部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の100塩基以内であることを特徴とする請求項4記載の植物。
【請求項7】
ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入した変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子。
【請求項8】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の250塩基以内であることを特徴とする請求項7記載の変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子。
【請求項9】
前記ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子にナンセンス変異を導入する部位は、ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の翻訳開始コドンから3’側下流の100塩基以内であることを特徴とする請求項7記載の変異ω−3脂肪酸不飽和化酵素遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−223270(P2006−223270A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−44683(P2005−44683)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】