説明

ニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法

【課題】ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、S/(Ni+Co)モル比が、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくはNiS、CoSの化学量論組成である1近傍の値に制御された硫化物沈殿の回収方法を提供する。
【解決手段】反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とした後、前記水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持しながら硫化物を沈殿生成させることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法などによって提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法に関し、さらに詳しくは、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、S/(Ni+Co)モル比が、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくはNiS、CoSの化学量論組成である1近傍の値に制御された硫化物沈殿の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、不純物を含む酸性水溶液中に含有される重金属を選択的に沈殿させ回収する方法として、硫化剤を添加して、硫化反応によって該重金属を硫化物として沈殿させる方法が広く用いられている。例えば、硫化剤として硫化水素ガスを用いて、気相中の硫化水素濃度を調整して、重金属の硫化を制御する方法(例えば、特許文献1参照。)、又はニッケル、コバルトを含む酸性水溶液に、硫化剤として硫化アルカリを添加し、温度、pHを調整して、ろ過分離性の良好な硫化物沈殿を得る方法(例えば、特許文献2参照。)等が提案されている。しかしながら、いずれの提案においても、以下に示すように、実用上解決すべき課題を有していた。
【0003】
すなわち、硫化剤として硫化水素を用いる方法では、毒性ガスである硫化水素ガスを直接扱うことから実用面では安全に配慮した細かな反応制御が必要となるとともに、設備面でも制限を受けるという問題がある。また、硫化水素を用いる硫化反応は、下記の式(1)に示すように、反応により酸を発生し、反応液のpHを低下させる。
【0004】
MSO + HS = MS +HSO ………(1)
(式中のMは、重金属元素、例えばNi、Coを表す。)
【0005】
このため、硫化される元素に応じて、特定のpH以下になると硫化物の再溶解が起こり、硫化反応は進まなくなる。したがって、効率良く硫化反応を進めるためには、反応液の元素濃度を特定の濃度以下に調整することによってpHの低下を制御するか、または、発生する酸をアルカリの添加によって中和しながら硫化反応を行うことが行なわれる。
【0006】
一方、硫化剤として硫化アルカリを用いる方法では、硫化アルカリは硫化水素ガスをアルカリ水溶液に吸収固定したものであり化学的に安定であることから、大規模な除害設備を持たずに簡便に使用することができる。また、反応においては、硫化アルカリ自体がアルカリ性であるので、硫化水素を用いた場合と異なり反応液のpHの低下が起らず、これに伴なう硫化物の再溶解は起らないという利点を持つ。このように、硫化アルカリによる硫化反応は、取り扱い面で有利なため、簡便な重金属の硫化固定法としては広く用いられている。
【0007】
ところで、近年、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法として、硫酸を用いた高温加圧酸浸出法(High Pressure Acid Leach)が注目されている。この方法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱の製錬方法である乾式製錬法と異なり、還元及び乾燥工程等の乾式工程を含まず、一貫した湿式工程からなるので、エネルギー的及びコスト的に有利であるという利点を有している。このような湿式製錬法では、浸出生成液として、ニッケル、コバルトとともに、鉄、マンガン、マグネシウム、クロム、アルミニウム等の不純物元素を含む硫酸水溶液が得られ、必要に応じて、鉄等の不純物元素を浄液工程で除去した後、ニッケル、コバルトを硫化物として分離回収する方法が用いられる。
【0008】
しかしながら、一般的に、ニッケル及び/又はコバルトを含む硫酸水溶液から硫化アルカリを用いて生成された硫化物沈殿には、そのS/(Ni+Co)モル比が、例えば、1.1〜1.2程度であり、硫化水素を用いて生成された硫化物と比べて高い数値であるとともに、酸化されやすいという問題がある。すなわち、このような硫化物を中間生成物として用いてニッケル及び/又はコバルトを分離回収する工程においては、酸化に伴なう溶液中の硫酸イオンの増加とともに、イオウ含有量の過多によるイオウ処理負荷の増加が大きな問題となる。例えば、前記硫化物沈殿が塩素等の酸化剤を用いて浸出される工程では、浸出生成液へのイオウの溶解の防止が最も重要な浸出要件である。
【0009】
以上の状況から、硫化アルカリを用いて生成された硫化物沈殿の性状、特に、そのS/(Ni+Co)モル比を、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくは1近傍に改善することが望まれている。
【特許文献1】特開2003−313617号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献2】特開平6−81050号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、S/(Ni+Co)モル比が、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくはNiS、CoSの化学量論組成である1近傍の値に制御された硫化物沈殿の回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するために、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法について、鋭意研究を重ねた結果、硫化アルカリの添加に先だって、反応容器内を特定のガス雰囲気下とするとともに、硫化アルカリを添加して、水溶液の酸化還元電位を特定範囲に保持しながら硫化反応を行なわせたところ、S/(Ni+Co)モル比が、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、さらにNiS、CoSの化学量論組成である1近傍の値に制御された硫化物沈殿が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、
反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とした後、前記水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持しながら硫化物を沈殿生成させることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【0013】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)は、−300〜50mVであることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、前記非酸化性ガスは、中性ガスであることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第4の発明によれば、第1の発明において、前記硫化アルカリは、硫化ナトリウム又は水硫化ナトリウムであることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【0016】
また、本発明の第5の発明によれば、第1の発明において、硫化反応の温度は、70〜95℃であることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【0017】
また、本発明の第6の発明によれば、第1〜5いずれかの発明において、硫化アルカリの添加による硫化物の沈殿生成に先だって、前記水溶液中に硫化水素、又は硫化アルカリを添加して、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を100mV以下に調整することを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法は、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、得られる硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比を、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくは1近傍の値に制御することができ、これによって、得られた硫化物沈殿からニッケル及び/又はコバルトを回収する工程において、イオウ含有量の過多によるイオウ処理負荷の増加を防止することができるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法を詳細に説明する。
本発明のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法は、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とした後、水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持しながら硫化物を沈殿させることを特徴とする。
【0020】
本発明において、硫化アルカリの添加に先立ち、反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とすることと、硫化アルカリの添加後にニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持することとが重要である。これによって、生成する硫化物沈殿の酸化反応を防止して、S/(Ni+Co)モル比が低い、すなわち、硫化水素を用いて生成された硫化物なみの1.05以下、望ましくはNiS、CoSの化学量論組成である1近傍の値に制御された沈殿を得ることができる。
【0021】
ここで、反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とすることの作用を明らかにするため、ニッケル及び/又はコバルト硫化物の生成反応と酸化反応によるS/(Ni+Co)モル比の上昇について説明する。なお、S/(Ni+Co)モル比とは、例えば、ニッケル、コバルト混合硫化物中の、(Ni、Co)Sの形態でのイオウと単体イオウの合計量と、(Ni+Co)量との比率をモル比で表したものであり、このモル比が高いほどイオウは不安定な形態であるということができる。すなわち、S/(Ni+Co)モル比は、硫化物の安定性を測る指標の一つとして用いることができ、この値が大きいほど硫化物として不安定であり酸化され易いということができる。
【0022】
一般に、酸性水溶液中のニッケル(コバルトも同様である。)イオンは、下記の式(2)、又は(3)にしたがって、硫化アルカリ(NaHS、NaS)との反応によって、粒径の細かな硫化物粒子を生成する。
【0023】
Ni2++NaHS = NiS+H+Na ………(2)
【0024】
Ni2++NaS = NiS+2Na ………(3)
【0025】
この際、前記酸性水溶液中に酸素が存在すると、下記の式(4)にしたがって、酸化反応による硫化物粒子の再溶解が起こる。
【0026】
NiS+2H+1/2O = Ni2++S+HO ………(4)
【0027】
ここで、硫化ニッケル(コバルトも同様である。)中のイオウは、単体イオウまで酸化された形で沈殿中に残留するので、ニッケル、コバルト混合硫化物中のS/(Ni+Co)モル比は上昇する。
【0028】
このS/(Ni+Co)モル比の上昇を具体例で説明する。
本発明の方法にしたがって生成したニッケル、コバルト混合硫化物を用いて、酸化反応による硫化物のS/(Ni+Co)モル比を求めた。
まず、硫化反応始液として表1に示すコバルトを含む硫酸ニッケル水溶液を装入した反応容器内の気相部を非酸化性ガスとしてアルゴンガスを用いてガス置換後、常圧で昇温を開始し反応温度の80℃まで加熱した。なお、反応容器としては、ガス吹込みノズルを装備したものを用いた。
【0029】
【表1】

【0030】
次いで、水溶液中のニッケルとコバルトの全量をNiS、CoSとして硫化する反応当量に等しい水硫化ソーダを添加後、30分攪拌し、硫化物のスラリーを作成した。得られた硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比は、1.00であった。
【0031】
その後、反応容器のガス吹込みノズルを大気開放にして攪拌だけを行い、反応液の酸化還元電位(ORP、常温)と硫化物のS/(Ni+Co)モル比の経時変化を測定した。
結果を図1に示す。図1は、反応液のORPと硫化物のS/(Ni+Co)モル比の経時変化を示す。なお、図中の横軸、時間30分に対応するプロットは、水硫化ソーダを添加後、30分攪拌して得られた酸化反応前の硫化物を示す。
図1より、液のORP上昇、すなわち、酸化反応の進展とともに、硫化物のS/(Ni+Co)モル比が1.0から1.2程度まで上昇することが分かる。
【0032】
したがって、S/(Ni+Co)モル比の低い硫化物を得るためには、硫化物の酸化の原因となる水溶液中に溶存する酸素を除去することが肝要である。この手段として、反応容器内の気相部を非酸化性ガスで十分に置換することによって水溶液中に溶存する酸素を低減することが有効である。
この際、生成された硫化物の酸化反応が起らないので、添加されたイオウの反応効率も上昇する。すなわち、反応当量以上の余分の硫化アルカリの添加を節減することができるので効率的である。
【0033】
本発明に用いる非酸化性ガスとしては、特に限定されるものではなく、液中の酸化還元電位を低下することができる窒素、不活性ガス等の中性ガス、及び水素、亜硫酸ガス、硫化水素等の還元性ガスが用いられるが、この中で、特に、取扱上容易な中性ガスが好ましい。
【0034】
本発明に用いる非酸化性ガスの装入量は、特に限定されるものではなく、反応容器内の気相部を置換することができる量が用いられるが、硫化反応始液の履歴による液性、使用される反応容器の容量、形状等、非酸化性ガス種等により異なるので、事前の予備試験により、硫化反応において酸化還元電位を所定値に保持することができる適切な量が求められる。ここで、非酸化性ガスの装入量を節減するためには、ガス吹込みノズルを装備し容器内の気相部の雰囲気調整が行なえる密閉様式の反応容器、例えば、加圧雰囲気を形成することができる密閉容器を用いることができる。
【0035】
さらに、本発明において、水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位を所定値に保持しながら硫化物を沈殿させることに重要な意義を有する。すなわち、水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)は、−300〜100mV、好ましくは−300〜50mVに保持する。すなわち、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を100mV以下に保持することによって、得られる硫化物のS/(Ni+Co)モル比を1.05以下にすることができる。また、50mV以下に保持することで、得られる硫化物のS/(Ni+Co)モル比を1.00近傍にすることができる。一方、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300mV未満で保持しても、硫化物のS/(Ni+Co)モル比に対してこれ以上の効果は見られない。
【0036】
ここで、硫化アルカリ添加後の水溶液の酸化還元電位と共存する硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比の関係について、具体例を用いて詳細に説明する。
まず、硫化反応始液として表1に示すコバルトを含む硫酸ニッケル水溶液を装入した反応容器(内容積2L)内の気相部をアルゴンガス又は硫化水素ガスで置換し、気相中の酸素濃度を種々に調整後(結果的に、水溶液中のORPも調整される。)、常圧で昇温を開始し反応温度の80℃まで加熱した。なお、反応容器としては、ガス吹込みノズルを装備したものを用いた。次いで、所定の添加当量(反応当量に対する割合)の硫化アルカリを添加して硫化反応を行なった。反応時間は硫化アルカリ添加後30分とした。ここで、硫化水素ガスを用いた場合は、水溶液を昇温後、予め0.01MPa程度の硫化水素ガスを吹込み、ORP調整をした後、硫化アルカリを加えた。
【0037】
その後、硫化反応終了後のスラリーを常温まで冷却しpHとORPを測定した後、ろ過した。得られた沈殿を真空乾燥してニッケル、コバルト及びイオウを分析してS/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を図2に示す。図2は、ORP(Ag/AgCl電極規準)と硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比の関係を示す。また、図2には、硫化剤として硫化水素ガスを用いた場合も参考として示した。この際、硫化水素ガスとの反応終了後、反応容器の圧力がゲージで0.1MPaとなるようにガス圧を調整し、硫化水素が過剰になるようにした。
【0038】
図2より、液中のORP(Ag/AgCl電極規準)が100mV以下において、硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比は1.05以下に、また、液中のORP(Ag/AgCl電極規準)が50mV以下において、硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比が硫化水素ガスによる場合と同様に1.00近傍になることが分かる。
【0039】
本発明に用いるニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液としては、特に限定されるものではなく、種々の工程から産出されるニッケル及び/又はコバルトを含む硫酸、塩酸、硝酸等の酸性水溶液が挙げられるが、この中で、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法、例えば、硫酸を用いた高温加圧酸浸出法の浸出生成液として産出される、ニッケル、コバルトとともに、鉄、マンガン、マグネシウム、クロム、アルミニウム等の不純物元素を含む硫酸水溶液が好ましく用いられる。
【0040】
本発明に用いる酸性水溶液のpHとしては、ニッケルとコバルト沈殿率の上昇のためには、pHが1以上が好ましく、2以上がより好ましい。上記高温加圧酸浸出法から得られる硫酸水溶液のpHは1〜4であり、特に浄液(不純物元素を除去)処理後の硫化反応始液のpHは3〜4であるので、硫化アルカリを用いる硫化反応が支障なく行なえる。
【0041】
本発明に用いる硫化アルカリとしては、特に限定されるものではないが、市販品として容易に入手される硫化ナトリウム又は水硫化ナトリウムが好ましい。
【0042】
本発明に用いる硫化反応の温度は、特に限定されるものではなく、70〜95℃が好ましく、80℃程度の比較的低温度がより好ましい。すなわち、硫化反応自体は一般的に高温ほど促進されるが、70℃未満では、硫化反応の速度が遅いので反応時間が長くなる。一方、95℃を超えると、温度を上昇するためにコストがかかること等の経済性の問題点も多い。
【0043】
以下に、本発明の方法の工業的な実施方法の一例を説明する。下記の酸化還元電位の制御は、反応系への空気の進入を遮断する段階、溶液中の酸素も除去する段階、及び硫化反応で沈殿を生成する段階からなる。
(1)まず、反応容器として、加圧雰囲気を形成することができる密閉容器を使用し、ニッケル及び/又はコバルトを含む硫化反応始液を装入後、容器内を非酸化性ガスを用いてガス置換する段階。これによって、溶存酸素の供給を防止し、硫化時の溶存酸素による硫化物の酸化を抑制する。
(2)次に、所定の温度に昇温した後、硫化反応始液に少量の硫化水素、又は硫化アルカリを添加して、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を100mV以下、望ましくは50mV以下まで下げる段階。これによって、非酸化性ガスの置換による酸化還元電位の調整が不十分な場合には、酸化還元電位を所望値に調整することができる。
(3)その後、硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を100mV以下、望ましくは50mV以下に保持しながら硫化沈殿反応を行う段階。
以上のように、硫化アルカリの添加による硫化物の沈殿生成に先だって、硫化反応始液に硫化水素、または硫化アルカリを添加して、酸化還元電位を所望値に予備的に調整する段階を含むことができる。
【0044】
また、本発明の硫化アルカリを用いる硫化物沈殿の回収方法は、硫化水素を用いる硫化物沈殿の生成と組合せて用いることができる。例えば、まず、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液の反応当量の100%未満の硫化アルカリを用いて硫化反応を行ない、これに引き続いて、硫化水素による硫化物の沈殿生成を行なうこともできる。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で用いた金属の分析方法は、ICP発光分析法で行った。
【0046】
(実施例1)
硫化反応始液として表1に示すコバルトを含む硫酸ニッケル水溶液を用いた。また、反応容器としては、ガス吹込みノズルを装備したものを用いた。まず、反応容器(内容積2L)内に上記硫酸ニッケル水溶液1Lを装入した後、反応容器の気相部を予備試験から求められた十分量のアルゴンガスで置換した後、常圧で昇温を開始し反応温度の80℃まで加熱した。次いで、硫化アルカリとして、反応当量の33.3%の硫化ナトリウムを添加して硫化反応を行なった。反応時間は硫化アルカリ添加後30分とした。このときのpHとORPは、硫化アルカリ反応後のスラリーを常温まで冷却し測定した。その後、スラリーを0.45μmのメンブレンフィルターで固液分離して得られた沈殿を真空乾燥してニッケル、コバルト及びイオウを分析し、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0047】
(実施例2)
硫化アルカリとして、反応当量の66.7%の硫化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0048】
(実施例3)
硫化アルカリとして、反応当量の33.3%の水硫化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0049】
(実施例4)
硫化アルカリとして、反応当量の66.7%の水硫化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0050】
(実施例5)
硫化アルカリとして、反応当量の90.4%の水硫化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0051】
(実施例6)
硫化アルカリとして、反応当量の100%の水硫化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0052】
(実施例7)
硫化反応始液として表1に示すコバルトを含む硫酸ニッケル水溶液を用いた。また、反応容器としては、ガス吹込みノズルを装備したものを用いた。まず、反応容器(内容積2L)内に上記硫酸ニッケル水溶液1Lを装入した後、反応容器の気相部を予備試験から得られた十分量のアルゴンガスで置換した後、常圧で昇温を開始し反応温度の80℃まで加熱した。次に、液中に0.01MPa程度の硫化水素ガスを吹込み、ORP(Ag/AgCl電極規準)を−200mVに調整した。次いで硫化アルカリとして、反応当量の33.3%の水硫化ナトリウムを添加して硫化反応を行なった。反応時間は硫化アルカリ添加後30分とした。このときのpHとORPは、硫化アルカリ反応後のスラリーを常温まで冷却し測定した。その後、スラリーを0.45μmのメンブレンフィルターで固液分離して得られた沈殿を真空乾燥してニッケル、コバルト及びイオウを分析し、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0053】
(比較例1)
反応容器のガス吹込みノズルを大気開放した状態で行ない、非酸化性ガスでの置換を行なわなかったこと、及び硫化アルカリとして、水硫化ナトリウムを用いたこと以外は実施例1と同様に行ない、このときのpHとORPを求め、その後、S/(Ni+Co)モル比を求めた。結果を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
表2より、実施例1〜7では、反応容器内のガス置換及び硫化反応の酸化還元電位で、本発明の方法に従って行われたので、1.05以下の低いS/(Ni+Co)モル比が得られることが分かる。これに対して、比較例1では、反応容器のガス置換及び酸化還元電位がこれらの条件に合わないので、S/(Ni+Co)モル比によって満足すべき結果が得られないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
以上より明らかなように、本発明のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法は、ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液、特に、ニッケル酸化鉱の湿式製錬法から得られる硫酸水溶液から、イオウ含有量が低いニッケル、コバルト混合硫化物を効率的に回収する方法として好適である。この硫化物は、ニッケルとコバルトの分離回収用の湿式精錬法の原料として好ましく用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】反応液のORPと硫化物のS/(Ni+Co)モル比の経時変化を表す図である。
【図2】ORP(Ag/AgCl電極規準)と硫化物沈殿のS/(Ni+Co)モル比の関係を表す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル及び/又はコバルトを含む酸性水溶液に硫化アルカリを添加して、ニッケル及び/又はコバルト硫化物を沈殿させ回収する方法において、
反応容器内を非酸化性ガス雰囲気下とした後、前記水溶液に硫化アルカリを添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を−300〜100mVに保持しながら硫化物を沈殿生成させることを特徴とするニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)は、−300〜50mVであることを特徴とする請求項1に記載のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。
【請求項3】
前記非酸化性ガスは、中性ガスであることを特徴とする請求項1に記載のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。
【請求項4】
前記硫化アルカリは、硫化ナトリウム又は水硫化ナトリウムであることを特徴とする請求項1に記載のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。
【請求項5】
硫化反応の温度は、70〜95℃であることを特徴とする請求項1に記載のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。
【請求項6】
硫化アルカリの添加による硫化物の沈殿生成に先だって、前記水溶液中に硫化水素、又は硫化アルカリを添加して、酸化還元電位(Ag/AgCl電極規準)を100mV以下に調整することを特徴とする請求項1〜5に記載のニッケル及び/又はコバルト硫化物の回収方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−144102(P2006−144102A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−338960(P2004−338960)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】