説明

ニトロレダクターゼを用いたカルボニル化合物の製造法

【課題】本発明の課題は、有機合成における原料として汎用性の高いカルボニル化合物の効率的かつ工業的な製造方法を提供することにある。
【解決手段】エノン化合物にニトロレダクターゼを有する微生物、その処理物、酵素、または該酵素を産生する能力を有する形質転換体及びその処理物を作用させて炭素−炭素二重結合を選択的に還元することによってカルボニル化合物を製造する方法を見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエノン化合物の二重結合をニトロレダクターゼにより還元することを特徴とするカルボニル化合物の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸菌にはニコチンアミド・アデニンジヌクレオチドリン酸(以下、NADPH)特異的ニトロレダクターゼとNADPH及びニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(以下、NADH)の両方に作用する2つのNAD(P)Hニトロ還元酵素が見出されている(非特許文献1)。NADPH特異的ニトロレダクターゼはnfsA遺伝子にコードされ、NAD(P)Hニトロレダクターゼの1つはnfsB遺伝子にコードされている(非特許文献2)。
【0003】
NfsBはニトロ化合物やキノンなど幅広い基質に対して還元酵素活性を有していることが知られている(非特許文献3、4)。ニトロ化合物の場合、NfsBはニトロ基を還元し、ヒドロキシアミノ基を生成する(非特許文献5)。また、NfsBはジヒドロプテリジンレダクターゼとも呼ばれ、ジヒロドプテリジンをテトラヒドロプテリジンに還元することも知られている(非特許文献6)。しかし、メチルビニルケトンのようなエキソメチレン基を有するエノン化合物の二重結合還元酵素活性についてはこれまでに報告はない。
【0004】
カルボニル化合物は、有機合成における原料として汎用性の高い化合物である。また、カルボニル化合物は医薬品中間体として有用な光学活性アルコール、光学活性アミンの原料としても重要である。これらのカルボニル化合物はエノン化合物の炭素−炭素二重結合を還元することにより製造できる。なお、エノン化合物はアルデヒドとケトンの縮合反応により容易に得られ、例えば、アセトアルデヒドと2−ブタノンの縮合により3−メチル−3−ペンテン−2−オンが調製できる(非特許文献7)。
【非特許文献1】Can.J.Microbiol.,27,81−86(1981)
【非特許文献2】J.Bacteriol.,133,10−16.
【非特許文献3】J.Biochem.,120,736−744(1996)
【非特許文献4】Appl.Environ.Microbiol.,69,3448−3455(2003)
【非特許文献5】J.Med.Chem.,43,3624−3631(2000)
【非特許文献6】Biochem.J.,255,581−588(1988)
【非特許文献7】J.Amer.Chem.Soc., 81, 1117−1119(1959)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、有機合成における原料として汎用性の高いカルボニル化合物の効率的かつ工業的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、カルボニル化合物の効率的な製造法を開発すべく検討を重ねた結果、微生物のニトロレダクターゼを用れば、エノン化合物のカルボニル基を還元することなく炭素−炭素二重結合のみを還元することができ、カルボニル化合物を効率良く製造する方法を発見し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、以下の1又は複数の特徴を有する。
即ち、本発明は、一般式(1);
【0008】
【化3】

(式中、R1は水素、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基を表す。R2は水素、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基もしくはアラルキル基を表す。)で表されるエノン化合物の二重結合をニトロレダクターゼにより還元することを特徴とする、一般式(2);
【0009】
【化4】

(式中、R1、R2は前記と同じ)で表されるカルボニル化合物の製造方法である。
【0010】
本発明の特徴としては前記ニトロレダクターゼが以下の(a)又は(b)で表されるポリペプチドである。
(a)配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列からなるポリペプチド
(b)配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失または付加されたアミノ酸配列からなり、かつニトロレダクターゼ活性を有するポリペプチド。
【発明の効果】
【0011】
本発明のニトロレダクターゼを用いることによって、有機合成における原料として汎用性の高いカルボニル化合物のカルボニル基を還元せず、炭素―炭素二重結合のみを選択的に還元して効率良く、かつ工業的に有利に製造できることが明らかとなった。また、本酵素は大腸菌で組換え発現する場合、宿主由来の酵素であるため、高発現が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施形態で詳細に説明する。本発明はこれらにより限定されるものではない。なお、本明細書において記述されている、DNAの単離、ベクターの調製、形質転換等の遺伝子操作は、特に明記しない限り、Molecular Cloning 2nd Edition(Cold Spring Harbor Laboratory Press,1989)、Current Protocols in Molecular Biology(Greene Publishing Associates and Wiley−Interscience)等の成書に記載されている方法により実施できる。また、本明細書の記述に用いられる%は、特に断りのない限り、%(w/v)を意味する。
【0013】
本発明は、ニトロレダクターゼを利用することにより、エノン化合物のカルボニル基を還元することなく、炭素−炭素二重結合のみを還元して、カルボニル化合物を効率的に製造する方法である
本発明において、原料であるエノン化合物は、一般式(1);
【0014】
【化5】

(式中、R1は水素、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基を表す。R2は水素、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基もしくはアラルキル基を表す。)で表される化合物であり、生成物であるカルボニル化合物は一般式(2);
【0015】
【化6】

(式中、R1、R2は前記と同様。)で表される化合物である。好ましくは、前記R1が直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜10のアルキル基、R2が水素である化合物、もしくは前記R1が水素、R2が直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜10のアルキル基、もしくは炭素数6〜15のアラルキル基である化合物のいずれかである。最も好ましくは、メチルビニルケトン、2−ブチルアクロレインまたはベンジルアクロレインである。
【0016】
本発明の「ニトロレダクターゼ」は、ニトロ基を還元し、ヒドロキシアミン基を生成する活性(以下、ニトロレダクターゼ活性と略記する)を有し、かつエノン化合物のカルボニル基を還元することなく炭素−炭素二重結合のみを還元する活性を有するポリペプチドである。好ましくはEC番号1.5.1.34のジヒドロプテリジンレダクターゼに分類される酵素であり、さらに好ましくはエシェリヒア属(Escherichia)の細菌由来のものである。最も好ましくはニトロレダクターゼNfsBである。NfsBは配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドである。また、配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列において1若しくは複数個(例えば、60個、好ましくは20個、より好ましくは15個、さらに好ましくは10個、さらに好ましくは5個、4個、3個、または2個以下)のアミノ酸が置換、挿入、欠失及び/または付加されたアミノ酸配列からなり、上記ニトロレダクターゼ活性を有するポリペプチドであってもよい。なお、ニトロレダクターゼ活性の検出方法としては、例えば J.Biochem.120,736−744(1996)に記載の方法がある。
【0017】
配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失及び/または付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドは、Current Protocols in Molecular Biology(John Wiley and Sons, Inc., 1989)等に記載の公知の方法に準じて調製することができ、ニトロレダクターゼ活性を有する限り上記ポリペプチドに包含される。
【0018】
配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列において、アミノ酸が置換、挿入、欠失及び/または付加される場所は特に制限されないが、高度保存領域を避けるのが好ましい。ここで、高度保存領域とは、由来の異なる複数の酵素ついて、アミノ酸配列を最適に整列させて比較した場合に、複数の配列間でアミノ酸が一致している位置を表す。高度保存領域は、配列番号1に示したアミノ酸配列と、前述した他の微生物由来のアミノ基転移酵素のアミノ酸配列とを、GENETYX等のツールを用いて比較することにより確認することができる。
【0019】
置換、挿入、欠失及び/又は付加により改変されたアミノ酸配列としては、1種類のタイプ(例えば置換)の改変のみを含むものであっても良いし、2種以上の改変(例えば、置換と挿入)を含んでいても良い。
【0020】
また、置換の場合には、置換するアミノ酸は、置換前のアミノ酸と類似の性質を有するアミノ酸(同族アミノ酸)であることが好ましい。ここでは、以下に挙げる各群の同一群内のアミノ酸を同族アミノ酸とする。
(第1群:中性非極性アミノ酸)Gly, Ala, Val, Leu, Ile, Met, Cys, Pro, Phe
(第2群:中性極性アミノ酸)Ser, Thr, Gln, Asn, Trp, Tyr
(第3群:酸性アミノ酸)Glu, Asp
(第4群:塩基性アミノ酸)His, Lys, Arg
【0021】
置換、挿入、欠失及び/または付加されるアミノ酸の数としては、改変後のポリペプチドがアミノ基転移酵素(A)の活性を有する限り、特に制限されないが、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列と、配列同一性が85%以上であることが好ましい。配列同一性90%以上がより好ましく、95%以上が更に好ましく、99%以上が最も好ましい。配列同一性は、前記の高度保存領域の確認と同様にして、配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列と改変されたアミノ酸配列とを比較し、両方の配列でアミノ酸が一致した位置の数を比較総アミノ酸数で除し、さらに100を乗じた値で表される。
【0022】
ニトロレダクターゼ活性を有する限り、配列番号1に記載のアミノ酸配列に、付加的なアミノ酸配列を結合することができる。たとえば、ヒスチジンタグやHAタグのような、タグ配列を付加することができる。あるいは、他のタンパク質との融合タンパク質とすることもできる。また、ニトロレダクターゼ活性の上記活性を有する限り、ペプチド断片であってもよい。
【0023】
反応に用いるニトロレダクターゼの酵素の純度あるいは形態については、目的とする活性を有していれば特に制限されるものではない。本発明の反応に用いるニトロレダクターゼとして、例えば精製酵素、または粗酵素の形態で用いることができる。また、酵素含有物、微生物培養液、培養物、菌体、培養液、酵素遺伝子が導入されることによって目的とする反応の活性を獲得した組換え微生物(形質転換体)、またはそれらの処理物など、種々の形態で用いることができる。ここで「処理物」とは、例えば、凍結乾燥品、アセトン乾燥品、摩擦物、自己消化物、超音波破砕物またはアルカリ処理物などを言い、目的とする活性が残存する限りは、本発明の反応に用いることができる。また、市販の酵素を用いても良いし、実験者が調製した酵素でも良い。
【0024】
ニトロレダクターゼの好ましい形態としては、配列表の配列番号1に記載のポリペプチドをコードするDNAを含む形質転換体、もしくは、配列表の配列番号1に記載のポリペプチドをコードするDNAおよび補酵素再生能を有するポリペプチドをコードするDNAの両者を含む形質転換体の培養菌体、その処理物をカルボニル化合物の製造に使用することができる。ここで言う形質転換体の処理物とは、例えば、界面活性剤や有機溶媒で処理した細胞、乾燥細胞、破砕処理した細胞、細胞の粗抽出液等のほか、公知の手段でそれらを固定化したものを意味する。
【0025】
上記の形質転換体に用いるベクターとしては、適当な宿主生物内でニトロレダクターゼをコードする遺伝子を発現できるものであれば、特に限定されない。このようなベクターとしては、例えば、プラスミドベクター、ファージベクター、コスミドベクターなどが挙げられ、さらに、他の宿主株との間での遺伝子交換が可能なシャトルベクターも使用できる。
【0026】
このようなベクターは、例えば大腸菌の場合では、通常、lacUV5プロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、lppプロモーター、tufBプロモーター、recAプロモーター、pLプロモーター等の制御因子を含み、本発明のDNAと作動可能に連結された発現単位を含む発現ベクターとして好適に使用できる。例えば、pUCN18(実施例2参照)、pSTV28(タカラバイオ社製)、pUCNT(国際公開第WO94/03613号パンフレット)などが挙げられる。
【0027】
本明細書で用いる用語「制御因子」は、機能的プロモーター及び、任意の関連する転写要素(例えばエンハンサー、CCAATボックス、TATAボックス、SPI部位など)を有する塩基配列をいう。
【0028】
本明細書で用いる用語「作動可能に連結」とは、遺伝子の発現を調節するプロモーター、エンハンサー等の種々の調節エレメントと遺伝子が、宿主細胞中で作動し得る状態で連結されることをいう。制御因子のタイプ及び種類が、宿主に応じて変わり得ることは、当業者に周知の事項である。
【0029】
各種生物において利用可能なベクター、プロモーターなどに関して「微生物学基礎講座8遺伝子工学」(共立出版、1987)などに詳細に記述されている。
【0030】
各酵素を発現させるために用いる宿主生物は、各酵素をコードするDNAを含む酵素発現ベクターにより形質転換され、DNAを導入した酵素を発現することができる生物であれば、特に制限はされない。利用可能な微生物としては、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、セラチア(Serratia)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリイウム(Corynebacterium)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、及びラクトバチルス(Lactobacillus)属など宿主ベクター系の開発されている細菌、ロドコッカス(Rhodococcus)属及びストレプトマイセス(Streptomyces)属など宿主ベクター系の開発されている放線菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、クライベロマイセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、ヤロウイア(Yarrowia)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属、ピキア(Pichia)属、及びキャンディダ(Candida)属などの宿主ベクター系の開発されている酵母、ノイロスポラ(Neurospora)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、セファロスポリウム(Cephalosporium)属、及びトリコデルマ(Trichoderma)属などの宿主ベクター系の開発されているカビ、などが挙げられる。また、微生物以外でも、植物、動物において様々な宿主・ベクター系が開発されており、特に蚕を用いた昆虫(Nature,315,592−594(1985))や菜種、トウモロコシ、ジャガイモなどの植物中に大量に異種タンパク質を発現させる系が開発されており、好適に利用できる。これらのうち、導入及び発現効率から細菌が好ましく、大腸菌が特に好ましい。
【0031】
ニトロレダクターゼコードするDNAを含むベクターは、公知の方法により宿主微生物に導入できる。例えば、宿主微生物として大腸菌を用いる場合は、市販のE. coli HB101コンピテントセル(タカラバイオ社製)を用いることにより、当該ベクターを宿主細胞に導入できる。
【0032】
ニトロレダクターゼをコードするDNAを含むベクターの例としては、実施例に示すpNNRが挙げられる。また、ニトロレダクターゼをコードするDNAを含む形質転換体の例としては、ベクターpNNRでE.coli HB101を形質転換して得られる、E.coli HB101(pNNR)が挙げられる。
【0033】
また、ニトロレダクターゼをコードするDNA、および、補酵素再生能を有するポリペプチドをコードするDNAの両者を含む形質転換体を本発明に用いることにより、より効率的にカルボニル化合物を製造することができる。ニトロレダクターゼをコードするDNA、および、補酵素再生能を有するポリペプチドをコードするDNAの両者を含む形質転換体は、ニトロレダクターゼをコードするDNA、および、補酵素再生能を有するポリペプチドをコードするDNAの両者を、同一のベクターに組み込み、これを宿主細胞に導入することにより得られるほか、これら2種のDNAを不和合性グループの異なる2種のベクターにそれぞれ組み込み、それら2種のベクターを同一の宿主細胞に導入することによっても得られる。
【0034】
補酵素再生能を有するポリペプチドとしては、NAD+もしくはNADP+をNADH、もしくはNADPHに変換する能力を有している酸化還元酵素が好ましい。
【0035】
このような酵素としては、例えば、ヒドロゲナーゼ、ギ酸脱水素酵素、グルコース−6−リン酸脱水素酵素及びグルコース脱水素酵素などが挙げられる。好適には、グルコース脱水素酵素、ギ酸脱水素酵素が使用される。
【0036】
ギ酸脱水素酵素としては、例えば、キャンディダ(Candida)属、クロイッケラ(Kloeckera)属、ピキア(Pichia)属、リポマイセス(Lipomyces)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、モラキセラ(Moraxella)属、ハイホマイクロビウム(Hyphomicrobium)属、パラコッカス(Paracoccus)属、チオバシラス(Thiobacillus)属、アンシロバクター(Ancylobacter)属、などの微生物、特にチオバシラス・エスピー(Thiobacillus sp.)から得られる酵素が挙げられる。
【0037】
グルコース脱水素酵素としては、例えば、バシラス(Bacillus)属などの微生物、特にバシラス・メガテリウム(Bacillus megaterium)から得られる酵素が挙げられる。
【0038】
得られた形質転換体の培養は、通常これらの微生物が資化できる栄養源を含む培地であれば何でも使用しできる。例えば、グルコース、シュークロース、マルトース等の糖類、乳酸、酢酸、クエン酸、プロピオン酸等の有機酸類、エタノール、グリセリン等のアルコール類、パラフィン等の炭化水素類、大豆油、菜種油等の油脂類、またはこれらの混合物等の炭素源;硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、尿素、酵母エキス、肉エキス、ペプトン、コーンスチープリカー等の窒素源;更に、その他の無機塩、ビタミン類等の栄養源;を適宜混合・配合した通常の培地を用いることが出来る。これら培地は用いる微生物の種類によって適宜選択すればよい。
【0039】
微生物の培養は通常一般の条件により行なうことができ、例えば、pH4.0〜9.5、温度範囲20〜45℃の範囲で、好気的に10〜96時間培養するのが好ましい。エノン化合物に微生物を反応させる場合においては、通常、上記微生物の菌体を含んだ培養液をそのまま反応に使用することもできるが、培養液の濃縮物も用いることができる。また、培養液中の成分が反応に悪影響を与える場合には、培養液を遠心分離等により処理して得られる菌体または菌体処理物を使用することも出来る。
【0040】
還元反応の際には、基質であるエノン化合物を反応の初期に一括して添加してもよく、反応の進行にあわせて分割して添加してもよい。反応時の温度は通常10〜60℃、好ましくは、20〜40℃であり、反応時のpHは2.5〜9、好ましくは、5〜9の範囲である。反応液中の酵素源の量はこれらの基質を還元する能力に応じ適宜決定すればよい。また、反応液中の基質濃度は0.01〜50%(W/V)が好ましく、より好ましくは、0.1〜30%(W/V)である。反応は通常、振とうまたは通気攪拌しながら行なう。反応時間は基質濃度、酵素源の量及びその他の反応条件により適宜決定される。通常、2〜168時間で反応が終了するように各条件を設定することが好ましい。
【0041】
還元反応を促進させるために、反応液にグルコース、エタノール、イソプロパノールなどのエネルギー源を0.5〜30%の割合で加えると優れた結果が得られるので好ましい。一般に生物学的方法による還元反応に必要とされているNADH、NADPH等の補酵素を添加することにより、反応を促進させることもできる。この場合、具体的には、反応液に直接これらを添加する。
【0042】
また、補酵素再生能有するポリペプチドをコードするDNAを含まない形質転換体を反応に用いる場合は、反応を促進させるために、NAD+もしくはNADP+をそれぞれの還元型へ還元する酵素、及び還元するための基質を共存させて反応を行うと優れた結果が得られるので好ましい。例えば、酵素としてグルコース脱水素酵素、還元するための基質としてグルコースを共存させる。
【0043】
また更に、トリトン(ナカライテスク株式会社製)、スパン(関東化学株式会社製)、ツイーン(ナカライテスク株式会社製)などの界面活性剤を反応液に添加することも効果的である。更に、基質または還元反応の生成物であるアルコール体による反応の阻害を回避する目的で、酢酸エチル、酢酸ブチル、イソプロピルエーテル、トルエン、ヘキサンなどの水に不溶な有機溶媒を反応液に添加してもよい。更に、基質の溶解度を高める目的で、メタノール、エタノール、アセトン、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシドなどの水に可溶な有機溶媒を添加することもできる。
【0044】
還元反応により生成したカルボニル化合物の採取は、特に限定されないが、反応液から直接、あるいは菌体等を分離後、酢酸エチル、トルエン、t−ブチルメチルエーテル、ヘキサン等の溶剤で抽出し、脱水後、蒸留あるいはシリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製すれば高純度のカルボニル化合物を容易に得ることが出来る。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。また、以下の記載において、「%」は特に断らない限り「重量%」を意味する。なお、以下の実施例において用いた組み換えDNA技術に関する詳細な操作方法などは、次の成書に記載されている:
Molecular Cloning 2nd Edition(Cold Spring Harbor Laboratory Press,1989)、
Current Protocols in Molecular Biology(Greene Publishing Associates and Wiley-Interscience)。
【0046】
(実施例1)エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)HB101からのメチルビニルケトン二重結合還元酵素の精製
以下の方法に従って、エシェリヒア・コリ(以下、E.coli)HB101株(タカラバイオ社製)より、メチルビニルケトンの二重結合を還元してメチルエチルケトンを生成する活性を有するポリペプチドを分離し、電気泳動的に単一に精製した。特に断りのない限り、精製操作は4℃で行った。
【0047】
メチルビニルケトンの二重結合に対する還元活性は以下の方法で測定した。2.8mMのメチルビニルケトン及び3.2mMの補酵素NADHを含む1Mリン酸緩衝液(pH5.5)に、粗酵素液を添加し、30℃で5分間反応させた後、反応液をジクロロメタンで抽出し、ガスクロマトグラフィー分析により、メチルエチルケトンの生成量を求めた。ガスクロマトグラフィーの分析条件を以下に示す。
【0048】
[ガスクロマトグラフィー分析条件]
カラム:GLサイエンス株式会社製 InertCap5(30m×0.25mm)
検出:FID
キャリアガス:ヘリウム
カラム温度:35℃
保持時間:メチルビニルケトン2.71分、メチルエチルケトン2.82分
本反応条件において、1分間に1μmolのメチルビニルケトンをメチルエチルケトンに還元する活性を、1unitと定義し、下記式より還元活性を算出した。
【0049】
メチルビニルケトンの二重結合に対する還元活性(U/ml)=メチルエチルケトンのエリア面積÷(メチルビニルケトンのエリア面積+メチルエチルケトンのエリア面積)×反応に用いたメチルビニルケトン量(μmol)÷反応時間(分)÷酵素液量(ml)
【0050】
(1)微生物の培養
5Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社製)に、肉エキス10g、ペプトン15g、酵母エキス5g、塩化ナトリウム3g、アデカノールLG−109(日本油脂製)0.1g(いずれも1L当たり)の組成からなる液体培地(pH6)3Lを調製し、120℃で20分間蒸気殺菌をおこなった。この培地に、予め同培地にて前培養しておいたエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)HB101株の培養液を30ml接種し、攪拌回転数400rpm、通気量0.9NL/min、37℃で24時間培養を行った。
【0051】
(2)無細胞抽出液の調製
上記の培養液から遠心分離により菌体を集め、0.9%塩化ナトリウム水溶液を用いて菌体を洗浄した。この菌体を、1mMのβ−メルカプトエタノールを含む10mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、SONIFIER250型超音波破砕機(BRANSON社製)を用いて破砕した後、遠心分離にて菌体残渣を除き、無細胞抽出液を得た。
【0052】
(3)プロタミン処理
無細胞抽出液の10分の1量の10%(w/v)硫酸プロタミン溶液を無細胞抽出液加えて4℃で2時間攪拌後、生じた沈殿を遠心分離により除去した。
【0053】
(4)ポリペプチドの精製
プロタミン処理後の無細胞抽出液を、10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で予め平衡化したDEAE−TOYOPEARL 650M(東ソー株式会社製)カラム(400ml)に供し、活性画分を吸着させた。同一緩衝液でカラムを洗浄した後、NaClのリニアグラジエント(0Mから0.2Mまで)により活性画分を溶出させた。この活性画分を集めて、次に10mM酢酸緩衝液(pH5.0)で予め平衡化したCM−TOYOPEARL 650M(東ソー株式会社製)カラム(70ml)に供し、活性画分を吸着させた。同一緩衝液でカラムを洗浄した後、NaClのリニアグラジエント(0Mから0.2Mまで)により活性画分を溶出させた。活性画分を集めて、さらに10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で予め平衡化したSuperQ TOYOPEARL 650S(東ソー株式会社製)カラム(400ml)に供し、活性画分を吸着させた。同一緩衝液でカラムを洗浄した後、NaClのリニアグラジエント(0Mから0.2Mまで)により活性画分を溶出させた。
【0054】
(5)ポリペプチドの同定
活性画分を集めて、UltrafreeMC(ミリポア株式会社社製)により酵素液を濃縮した。濃縮した酵素液についてSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った後、エレクトロブロッティングによってPVDF膜に転写し、クマシーブリリアントブルー染色によって可視化された約26kDa目的タンパクのバンドを切り出し、アミノ酸配列をABI492型プロテインシーケンサー(パーキンエルマー社製)により決定した。決定したN末端アミノ酸配列「MDIISVALK」について、The National Center for Biotechnology Informationが提供するブラストサーチを用いた相同性検索を行った。その結果、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)のニトロレダクターゼNfsBのN末端アミノ酸配列と100%一致した。
【0055】
(実施例2)ニトロレダクターゼNfsB高発現組換え大腸菌E.coli HB101(pNNR)の作製
ニトロレダクターゼNfsBを高発現する組換え菌を作製した。プライマー1(配列表の配列番号3):5'−GGAGTCCATATGGATATCATTTCTG−3'、プライマー2(配列表の配列番号4):5'−GGCAAGCTGCAGTTACACTTCGGTT−3'を用い、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)E.coli HB101株の染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。その結果、配列表の配列番号2に示す塩基配列からなる遺伝子の開始コドン部分にNdeI認識部位が付加され、かつ終始コドンの直後にEcoRI認識部位が付加された二本鎖DNAを得た。PCRは、DNAポリメラ−ゼとして、Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いて行い、反応条件はその取り扱い説明書に従った。
【0056】
上記のPCRで得られたDNA断片をNdeI及びEcoRIで消化し、プラスミドpUCN18(PCR法によりpUC18(タカラバイオ社製、GenBank Accession No.L09136)の185番目のTをAに改変してNdeIサイトを破壊し、更に471−472番目のGCをTGに改変することにより新たにNdeIサイトを導入したプラスミド)のlacプロモーターの下流のNdeI認識部位とEcoRI認識部位の間に挿入し、組換えベクターpNNRを構築した。この組換えベクターpNNRを用いて、E.coli HB101コンピテントセル(タカラバイオ社製)を形質転換し、E.coli HB101(pNNR)を得た。E.coli HB101(pNNR)、E.coli HB101(pUCN18)、E.coli HB101を実施例1に示した方法で培養し、得られた培養液のメチルビニルケトンの二重結合還元活性を実施例2に示した方法で測定した。結果を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
E.coli HB101(pNNR)はE.coli HB101(pUCN18)よりもメチルビニルケトンの二重結合還元活性が高かった、すなわちニトロレダクターゼNfsBはメチルビニルケトンの二重結合還元活性が高く、メチルビニルケトンをメチルエチルケトンへ変換することを確認した。
【0059】
(実施例3)組換え大腸菌E.coli HB101(pNNR)を用いたメチルエチルケトンの製造
E.coli HB101(pNNR)を200μg/mlのアンピシリンを含む2×YT培地(トリプトン1.6%、イーストエキス0.5%、NaCl1.0%、pH7.0)500mlに接種し、37℃で24時間振盪培養した。培養液100mlを超音波ホモジナイザーにより菌体破砕し、無細胞抽出液100mlを得た。この無細胞抽出液100mlに、グルコース脱水素酵素(商品名:GLUCDH”Amano”II、天野エンザイム社製)500U、グルコース2.8g、NAD+10mgを添加し、30℃で攪拌した。これにメチルビニルケトン1gを加え、5Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下することによりpH6.5に調整しながら、30℃で攪拌を続けた。24時間の反応ののち、実施例1に示したガスクロマトグラフィー条件で分析することによりメチルエチルケトンへの変換率を求めた。その結果、メチルエチルケトンへの変換率は100%であった。
【0060】
メチルビニルケトンのカルボニル基を還元した3−ブテン−2−オールを生成することなく、効率的にメチルエチルケトンが得られた。
【0061】
(実施例4)組換え大腸菌E.coli HB101(pNNR)を用いた2−メチル−1−ヘキサナールの製造
実施例3に示した方法で得られたE.coli HB101(pNNR)の培養液30ml、100mMリン酸緩衝液(pH6.5)195ml、55%グルコース水溶液25ml、NADP25mgを加えた。その後、基質2−ブチルアクロレイン1gをヘキサン100mlに溶解させ、25分間かけて反応系中に滴下した。5Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下することによりpH6.5に調整しながら、30℃で攪拌を続けた。24時間後、反応液を分液し、減圧下にてヘキサンを留去し、0.7gの2−メチル−1−ヘキサナールを取得した。なお、2−メチル−1−ヘキサナールの生成量は下記ガスクロマトグラフィー(GC)条件で分析することにより決定した。
【0062】
[GC分析条件]
キャピラリーカラム:Cyclodex−β φ0.25mm I.D.×60m(J&W Scientific社製)、キャリアーガス:He 300kPa、検出器:FID、カラム温度:45℃、検出時間:(R)−2−メチル−1−ヘキサナール 49.9分、(S)−2−メチル−1−ヘキサナール 51.5分、2−ブチルアクロレイン 44.6分。
【0063】
(実施例5)組換え菌E.coli HB101(pNNR)を用いた2−メチル−3−フェニルプロパナールの製造
実施例3に示した方法で得られたE.coliHB101(pNNR)の培養液900μl、1Mリン酸緩衝液(pH6.5)100μl、グルコース25mg、NAD及びNADP各0.5mg、グルコース脱水素酵素(天野エンザイム社製)5Uを加えた。その後、基質2−ベンジルアクロレインを10mg加え、30℃で20時間攪拌した。反応後、反応液を酢酸エチルで抽出し、有機層中の基質及び生成物量をガスクロマトグラフィー(GC)法により分析することで、反応変換率を求めた。その結果、2−メチル−3−フェニルプロパナールへの変換率は100%であった。
【0064】
[GC分析条件]
キャピラリーカラム:Cyclodex−β φ0.25mm I.D.×60m(J&W Scientific社製)、キャリアーガス:He 300kPa、検出器:FID、カラム温度:80℃、検出時間:(R)−2−メチル−3−フェニルプロパナール 113.9分、(S)−2−メチル−3−フェニルプロパナール 116.9分、2‐ベンジルアクロレイン 96.2分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1);
【化1】

(式中、R1は水素もしくは、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基を表す。R2は水素、直鎖状または分岐鎖状のアルキル基もしくはアラルキル基を表す。)で表されるエノン化合物の二重結合をニトロレダクターゼにより還元することを特徴とする、一般式(2);
【化2】

(式中、R1、R2は前記と同じ)で表されるカルボニル化合物の製造方法。
【請求項2】
前記R1が直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜10のアルキル基、R2が水素、もしくは前記R1が水素、R2が直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜15のアラルキル基である、請求項1記載の製造法。
【請求項3】
前記エノン化合物がメチルビニルケトン、2−ブチルアクロレインまたはベンジルアクロレインのいずれかである、請求項1または2のいずれかに記載の製造法。
【請求項4】
前記ニトロレダクターゼがエシェリヒア(Escherichia)属の微生物由来のものである請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記ニトロレダクターゼが以下の(a)又は(b)で表されるポリペプチドである請求項4記載の製造方法。
(a)配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列からなるポリペプチド
(b)配列表の配列番号1に示したアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、挿入、欠失または付加されたアミノ酸配列からなり、かつニトロレダクターゼ活性を有するポリペプチド。
【請求項6】
酸化型ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド、及び/または、酸化型ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチドリン酸をそれぞれの還元型へ還元する酵素と、該還元のための基質を、共存させることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
酸化型ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド、及び/または、酸化型ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチドリン酸をそれぞれの還元型へ還元する酵素がグルコース脱水素酵素もしくはギ酸脱水素酵素である請求項6に記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−110233(P2010−110233A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−283386(P2008−283386)
【出願日】平成20年11月4日(2008.11.4)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】