説明

ニラとギョウジャニンニクの雑種植物体の育種方法

【課題】ギョウジャニンニクとニラとの雑種植物体を作出することにより、両者の有用な形質であるアリチアミン効果による疲労回復やコレステロール抑制作用、抗血栓作用などの薬理効果を有し、かつ収量性が改善された新規な植物を提供すること。
【解決手段】ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉とを交配受粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体を移植して更に生育させ、あるいは、生育した幼植物体の組織を、植物ホルモンを添加した培地にて培養し、得られたカルスから不定芽が形成することにより得られた多芽体を、植物ホルモン無添加培地で培養することにより、得られた幼植物体を移植して更に生育させニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体を育種する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はニラとギョウジャニンニクを交配せしめて得られる雑種植物体及び該雑種植物体の育種方法や、かかる雑種植物体のアポミクシスによる増殖方法に関する。ここで、アポミクシスとは、複相の雌性配偶子が形成されかつそれが雄性配偶子と融合することなく胚発生を行う生殖様式をいい、種子が発芽して、母親と同一形質を発現することになる。
【背景技術】
【0002】
ギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス)は、北海道から岐阜県以北の本州に自生するユリ科ネギ属の4倍体の多年草で、アリチアミン効果による疲労回復やコレステロール抑制作用、抗血栓作用などの薬理効果を有するとして健康食品、機能性食品用の素材として種々の形で加工利用されている。近年の自然食品ブームともあいまってギョウジャニンニクに対する需要は飛躍的に高まっているが、ギョウジャニンニクはニラと異なり多収性がなく、収穫できるのは春に一回のみであり、その後は夏休眠し翌春までは発芽しない。また播種して収穫に至るまでに6〜7年を必要とし、一度収穫すると株が回復して再び収穫が可能になるまでに2〜3年を必要とする。株冷蔵によって休眠打破ができるが、その場合も収穫時期が早まるだけであり、栽培技術としては実用化していない。
【0003】
一方、ニラ(アリウム・チュベロサム)は、ユリ科ネギ属の多年草で北方でも南方でもよく育つが、やや高温域にかけての広い温度適応性を有する。また、ニラは生長が早く、播種1年以内に1〜2回の収穫ができ、2年後からは年に4〜5回の収穫が可能である。
【0004】
植物の改良は主に交配により種子を得、その種子より生育した植物体を選抜することにより行われてきた。しかし、ニラのようにアポミクシス(母親の遺伝子型だけが子供に伝わる生殖様式による無性的種子形成)を行う種は、雌雄の生殖細胞の融合による融合種子である交雑種子を得にくく、従来の性的交雑法による交雑種子による育種が困難とされてきた。ニラのアポミクシスは、複相大胞子偽受精生殖によるものであり、非減数性分裂による複相大胞子を形成する。すなわち減数分裂の直前又は第一分裂前期に染色体が倍加して四倍性の胚嚢母細胞を生じた後、減数分裂を行うことで結果的に二倍性の非減数性胚嚢を形成する。授粉すると、胚嚢の中心細胞(極核)は受精して胚乳形成をすすめ、卵細胞は受精することなく自立的に四倍性の胚発生を開始する単為発生である(例えば、非特許文献1及び2参照)。
【0005】
近年、植物組織培養の技術の進歩により、細胞融合技術が開発され、種子稔性のない植物の交雑に利用されてきた。また、ニラを含めたユリ科ネギ属植物における遠縁の種間の性的交雑による雑種植物体が多くの植物で報告されている。例えば、ネギ×ニラ種間雑種植物体(例えば、非特許文献3参照)、ラッキョウ×ニラ雑種植物体(例えば、非特許文献4参照)、タマネギ×ニンニク又はニラ雑種植物体(例えば、特許文献1参照)、タマネギ×ニンニク雑種植物(例えば、特許文献2参照)等が報告されている。また、四倍性のニラにおいてもまれに両性生殖を示し、性的交雑が起こる例があることが報告されている(例えば、非特許文献5参照)。さらに、ギョウジャニンニクの根茎基部を培養し不定芽を誘導させて増殖する方法も提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2000−350526号公報
【特許文献2】特許第3305307号公報
【特許文献3】特開平6−98650号公報
【非特許文献1】Kojima, A and Y. Nagato Pseudogamous embryogenesis and the degree of diprospory in Allium tuberosum. Sex. Plant Reprod.5:72-78.(1992)
【非特許文献2】Kojima, A and Y. Nagato Diplosporous embryosac formation and the degree of parthenogenesis in Allium tuberosum. Sex. Plant Reprod.5:79-85.(1992)
【非特許文献3】ネギとニラの種間雑種植物の育成 天谷正行、大橋一夫、木村栄、小栗尚子、小島昭夫、栃木農研報No.43;87〜94
【非特許文献4】野村幸雄、前田桝夫、土屋孝夫、真柄紘一 花粉の貯蔵と子房培養を用いたラッキョウと他の食用ネギ属植物との効率的な種間雑種作出 育種学雑誌 Vol44. No.2 pp151−155
【非特許文献5】中澤 佳子, 生井 潔, 小島 昭夫, 小林 俊一,田▲崎▼ 公久,天谷 正行.四倍体ニラにおける単為発生性の遺伝様式. 育種学研究8(3):89−98(2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記細胞融合技術による育種は、植物体の再生過程において、染色体数の変化など遺伝的な変異が生じることが多いことが知られている。また、ニラのようなアリウム属植物は一般に不定胚形成をしにくいことが知られており、融合細胞が再生しにくい等の問題がある(例えば、特許文献1参照)。また、上記種間雑種の植物体においては、いずれも種子の形成が行われていない。したがって得られた種間雑種植物体のアポミクト増殖は達成できていない。さらに、人工種子は自然に植物体から形成されるものではなく、組織培養において人為が加わり、斉一性に欠けたりするなどの問題があり、実際栽培にはいまだ用いられていない。ニラとギョウジャニンニクの雑種植物体については、交配法、融合法いずれにおいても報告されていない。
【0008】
本発明の課題は、ギョウジャニンニクとニラとの雑種植物体を作出することにより、両者の有用な形質であるアリチアミン効果による疲労回復やコレステロール抑制作用、抗血栓作用などの薬理効果を有し、かつ収量性が改善された新規な植物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
ニラとギョウジャニンニクの交配に基づく雑種植物体を開発するために、種々検討した。両者の開花時期が3ヶ月以上も離れており、通常では交配は不可能である。ギョウジャニンニクは早春植物であり、夏には葉が黄化して地上部が枯れて休眠期に入る。ニラの開花時期にはギョウジャニンニクは休眠のために地上に茎葉を展開していない。ギョウジャニンニクの開花を調節することは未だできていない。したがって、両者の開花時期を合わせるためには、ニラの開花を早めギョウジャニンニクの開花時期に合致させるべく、ニラを高温と長日条件下で早くから成育させて、通常の開花時期よりも3〜4ヶ月早く咲かせるという手段を採用した。また、ニラ小花の花弁が未展開であるときに、ニラの雌しべにニラの花粉が授粉されないように、前もって葯の切除を行わなければならないこともわかった。この時期ではギョウジャニンニクの花粉を授粉しても受精しないので、更に花の令が進んだ適期に授粉するなどのタイミングを図る必要があることがわかった。このようにして、ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉を交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を親の植物体から分離した後(胚珠摘出に関しては無傷で扱うこと、及び大きい胚珠の選別が肝要である)、植物組織培養用の培地で培養することによって発芽能及び分裂増殖能を有する雑種胚の取得に成功し、この雑種胚を発育させ雑種植物体が得られることを見い出し、また得られた雑種植物体がアポミクシス(無融合種子形成)を行うことを確認した。本発明はかかる知見により完成するに至ったものである。
【0010】
すなわち本発明は、(1)ニラ(アリウム・チュベロサム)の雌しべとギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス)の花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体を移植して更に生育させることを特徴とする、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の育種方法や、(2)ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養して生育した幼植物体の組織を、植物ホルモンを添加した培地にて培養し、得られたカルスから不定芽が形成することにより得られた多芽体を、植物ホルモン無添加培地で培養することにより、得られた幼植物体を移植して更に生育させることを特徴とする、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の育種方法や、(3)ニラの雌しべが、ニラを高温と長日条件下で早くから成育させて、通常の開花時期よりも3〜4ヶ月早く咲かせたニラの雌しべであることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の育種方法や、(4)ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体が、染色体数が32本である雑種植物体であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか記載の育種方法や、(5)ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体が、アポミクシスな種子が得られる雑種植物体であることを特徴とする前記(3)又は(4)記載の育種方法や、(6)植物ホルモンが、オーキシン類であることを特徴とする前記(2)〜(5)のいずれか記載の育種方法に関する。
【0011】
また本発明は、(7)ニラの香気成分前駆体とギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有し、染色体数が32本であるニラ(アリウム・チュベロサム)×ギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス)雑種植物体や、(8)アポミクシスな種子が得られることを特徴とする前記(6)記載の雑種植物体に関する。
【0012】
さらに本発明は、(9)前記(1)〜(6)のいずれか記載の育種方法により作出されるニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体、又は、前記(7)若しくは(8)記載のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体を栽培することを特徴とする雑種植物体の増殖方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、疲労回復やコレステロール抑制作用、抗血栓作用などのアリチアミンによる薬理効果を有し、かつ収量性が改善されたギョウジャニンニクとニラとの雑種植物体を作出することができ、この雑種植物体はアポミクシス(無融合種子形成)を行うことができる。このようなアポミクシスを利用する育種は、ギョウジャニンニクとニラとの交雑で得たヘテロシスをアポミクシスで固定し、種子繁殖で均一集団を育成するという育種法であり、この個体をアポミクトという。本発明の雑種植物体はアリウム属植物の種間雑種として、アポミクトで繁殖が可能になった初めての例であり、該雑種植物体を橋渡しや足がかり植物にしてアリウム属植物の新育種法に展開できる可能性がある。また、本発明の雑種植物の開花は両親の開花時期の中間になることから、本発明の雑種植物とニラ及びギョウジャニンニクとの開花時期の調節が容易になり、両種の形質改良が可能になる。すでに得られた本発明の雑種植物はニラと同様な成育相を示して冬に休眠するが、花芽分化要因はニラの日長反応性を有さず、緑植物体春化を示す。なお、ニラを花粉親にした種間雑種の成功例が種子親をネギ、ラッキョにした場合に報告されているが、不稔であり種子は得られていない。これに対して、本発明の雑種植物はニラの性質を保持していることから、ネギやラッキョとの交雑の可能性があり、本発明の雑種植物を交配親として用いる場合に、雑種個体が得られる可能性があり、その個体が無融合種子を形成する性質があればアポミクトとして繁殖できる可能性もある。またネギとタマネギとの交配では雑種はできるが不稔であり、ネギの病害抵抗性をタマネギに取り入れようとした育種は成功していない。しかし、本発明の雑種植物とネギの交雑が開けると、更にはタマネギとの交雑へと繋がる可能性があり、その雑種がアポミクトとして繁殖できる可能性もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のニラ(アリウム・チュベロサム:Allium tuberosum)とギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス:Allium victorialis)の香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の育種方法としては、ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体を移植して更に生育させる方法(以下、「本件育種方法I」ということがある。)や、ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養して生育した幼植物体の組織を、植物ホルモンを添加した培地にて培養し、得られたカルスから不定芽が形成することにより得られた多芽体を、植物ホルモン無添加培地で培養することにより、得られた幼植物体を移植して更に生育させる方法(以下、「本件育種方法II」ということがある。)であれば特に制限されず、また、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体としては、ニラの香気成分前駆体とギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有し、染色体数が32本である雑種植物体であれば特に制限されず、ここで植物体とは、植物全体、植物器官(例えば根、茎、葉、花弁、種子、等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物細胞、カルス、メリクローンのいずれをも意味する。
【0015】
本発明の育種方法により作出されるニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体や、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体としては、ヘテロシス(雑種強勢)の他、ヘテロシスがアポミクシスで固定された、アポミクシスな種子が得られるアポミクトを特に好適に例示することができる。
【0016】
本発明の育種方法におけるニラとギョウジャニンニクとの交配は、ギョウジャニンニクの花粉をニラの花の雌しべ柱頭部に接触させることにより行うことができ、例えば、筆などを用いて、ギョウジャニンニクの花粉を開葯したニラの花の柱頭部に付着させる方法により行うことができ、交配授粉の結果、ギョウジャニンニクの花粉が、ニラの柱頭上で発芽して花粉管を伸長させ、ニラの胚のうに達し受精すれば、受精した細胞は、胚発生能及び分化増殖能を有する、本発明の育種方法により得ることのできる雑種植物体の細胞を含む胚珠となる。その際、ニラの単為発生には授粉が必要とされるので、ニラの単為発生を防ぐために、花弁が未展開のうちに葯を全部切除しておくことが好ましく、単為発生を防ぐために交配授粉に用いる雌しべ(雌ずい)は培地で培養してもよいが、成育を確実にするために親植物に付けたままで生育させることが好ましい。また、ニラとギョウジャニンニクとの交配は、前記のように、ギョウジャニンニクの花粉をニラの花の雌しべ柱頭部に接触させ交配させることが必要であり、このような本発明の育種方法により、染色体数が32本で、アポミクシスな種子を確実に得ることができる雑種植物体を育種し得る点で好ましいので、以下、ギョウジャニンニクの花粉をニラの雌しべに接触させる交配を例にとって説明する。
【0017】
本件育種方法Iにおいては、上記受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体を移植して更に生育させる。胚珠から雑種胚、具体的には胚又は胚様体を取り出し、胚培養培地にて培養する方法も、本件育種方法Iに便宜上含まれる。より具体的には、胚珠をニラから摘出し、交配後から10日前後以内に植物培養用培地に置床して胚珠の培養を行い、数ヵ月後に、胚珠内部から発芽し、葉が展開し、根が出てきた幼植物体を鉢上げして更に生育して、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体(雑種第一代)を得る方法や、この雑種植物体(雑種第一代)を単為生殖してアポミクト植物体を得る方法を好適に例示することができる。胚珠の摘出に先立って、例えばエチルアルコール水溶液や次亜塩素酸水溶液等への浸漬などを行って、子房の殺菌処理を施すことが好ましい。
【0018】
上記胚珠の培養を行う植物培養用培地としては、植物培養に用いることができる培地であれば特に制限されず、具体的には、MS(ムラシゲ&スクーグ)培地、Gamborgの培地、B5培地、ホワイト培地、Nitsch&Nitsch培地、SH培地、LS培地、ヘラー培地等を挙げることができ、また、増殖率を向上させる観点から、上記培地の無機イオン濃度を適当量に改変した培地等の無機塩培地に、炭素源として、ショ糖、グルコース、果糖等を1〜150g/L、好ましくは5〜100g/L、さらに好ましくは10〜50g/L添加してもよい。また、安定性を高める点で、寒天又はジェランガム等で固めた固形培地を用いることが好ましい。上記胚珠の培養を行う培養条件としては、20〜30℃にて、光を照射した状態で培養することが好ましい。
【0019】
他方、本件育種方法IIにおいては、上記本件育種方法Iと同様に、受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養して幼植物体を生育させ、生育した幼植物体の組織を、オーキシン類等の植物ホルモンを含有する培地にて培養し、得られたカルスから不定芽が形成することにより得られた多芽体を、植物ホルモンを含有しない培地で培養することにより、得られた幼植物体を移植して更に生育させる。具体的には、上記受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体から切り出した基盤部位を、上記植物培養用の培地に植物ホルモンを添加した植物ホルモン添加培地で培養して細胞が集塊したカルスを誘導し、不定芽及び不定根の形成に引き続いて数ヶ月後に形成される多芽体を、植物ホルモン無添加培地で培養することにより得られた幼植物体を鉢上げして更に生育して、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体(雑種第一代)を得る方法や、この雑種植物体(雑種第一代)を単為生殖してアポミクト植物体を得る方法を好適に例示することができる。
【0020】
上記植物ホルモンとしては、オーキシン類、サイトカイニン類等を挙げることができ、オーキシン類としては、例えばナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキン酢酸(2,4−D)、インドール酢酸等を挙げることができ、なかでも2,4−ジクロロフェノキン酢酸(2,4−D)が好ましい。また、サイトカイニン類としては、ベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチン、2iP等を挙げることができ、なかでもベンジルアデニン(BA)が好ましい。オーキシン類とサイトカイニン類は、単独でも、組み合わせて添加することができる。また、例えば、2,4−ジクロロフェノキン酢酸濃度は0.2〜1.0mg/L、好ましくは0.6mg/L〜1.0mg/L、BA濃度は0.2〜2.0mg/L、好ましくは0.8mg/L〜1.6mg/Lとするのが好ましい。
【0021】
上記ニラとしては、無性的種子形成能を有し、卵細胞に稔性があるものであれば特に制限されず、具体的な品種としては、例えば、オオバニラ、グリーンベルト、テンダーポール、グリーンロード、ワイドグリーン、キングベルト、サンダーグリーンベルト、ワンダーグリーンベルト、スーパーグリーンベルト、パワフルグリーンベルト、吉林、海南、たいりょう、耐寒大葉等の栽培品種、岡山在来、大分在来、小山在来等の在来種、成都、津引一号等の中国種などを挙げることができる。また、上記ギョウジャニンニクとしては、花粉及び卵細胞に稔性があるものであれば特に制限されるものではなく、具体的な品種としては、アイヌねぎ、やまびるなどと呼ばれている野生の品種でもよく、また、かかる野生品種から作出された栽培品種であってもよい。
【0022】
本発明の育種方法により得られる雑種植物体が、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体であるか否かを判断するための雑種植物体判定方法としては、例えば、香気成分分析により確認する方法、形態観察により判断する方法、開花時期により判断する方法、RAPD法によるDNAフィンガープリント解析法等を挙げることができ、これらのうちの1つの方法により、又は複数の方法を組み合わせて判断することができる。上記雑種植物体判定方法において、両親の遺伝的形質をそれぞれ少なくとも一つずつは活性のある形で有しており、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有していると判定された場合に、本発明の雑種植物体であると判断することができる。
【0023】
上記香気成分分析により確認する方法としては、上記雑種植物体がニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するか否かを客観的に判断することができる方法であれば特に制限されず、GCオルファクトメーター(GC−O)法、GC−MS法、LC−MS法、MD−GC法等の公知の方法による分析を行うことができるが、GC−MS法が好ましい。また、NMRによる構造解析等を併用してもよい。かかる香気成分分析により、ニラの香気成分前駆体とギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有しているニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体を直接的に確認することができる。
【0024】
上記雑種植物体判定方法において、形態観察により判断するための指標としては、生鮮重量、草型、茎数、草丈、葉身長、分けつ数、茎径、葉の長さ、刃の幅若しくは葉の厚み、葉色、葉鞘径等を例示することができ、これら形態観察における指標と、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体の含有度との関係をあらかじめ検定しておくことにより、形態観察により簡便にニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有する雑種植物体であるか否かを判断することができる。形態観察における各指標は常法により測定できるが、葉色について、葉緑素計(例えば、SPAD502:ミノルタ社製)により葉緑素(クロロフィル)量を、非破壊で測定する等の機器による測定を行うこともできる。
【0025】
上記雑種植物体判定方法において、開花時期により判断する方法としては、ギョウジャニンニクの開花は通常5月、ニラの開花は通常8月であることから、例えば、雑種植物体の開花時期が5月末〜8月上旬、好ましくは6〜7月であれば、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有する、ニラとギョウジャニンニクの雑種植物体であると判断する方法を挙げることができる。
【0026】
上記雑種植物体判定方法において、DNAフィンガープリント解析法としては、公知の生物種などに特異的なDNA配列を検索することで個々の違いを検出する方法であれば特に制限されないが、任意の一種類のオリゴヌクレオチドをプライマーに用いて、低温度のアニーリング条件でのPCRによりDNAフィンガープリントを行うことができ、種間の遺伝的差異追跡などのDNA多型解析において有用な方法であるRAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)解析技術を具体的に示すことができる。上記雑種植物体が、任意のプライマーを用いたPCRを行った場合のニラの固有バンドとギョウジャニンニクの固有バンドとを両方を有する場合に、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有する、上記ニラとギョウジャニンニクの雑種植物体であると判断できる。
【0027】
また、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体としては、前記のように、ニラの香気成分前駆体とギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有し、染色体数が32本である雑種植物体であれば特に制限されないが、アポミクシスな種子が得られる雑種植物体が好ましく、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体は、例えば、前記本発明の育種方法により得ることができる。
【0028】
ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体(雑種第一代)が単為胚発生をして、雑種植物体(雑種第一代)である親と同じ種子を形成すると、アポミクトとして雑種第一代で種子繁殖ができることになる。単為胚発生の検定は、例えば、開花当日の小花から柱頭を除去し、未授粉で4乃至5日経過後の胚珠を観察材料とする方法により行うことができる。 かかる雑種植物体の種子が単為発生による無性的な無融合種子であることは、例えば、開花前の蕾を開いて雌しべの花柱を柱頭付の状態で除去し、花粉が付着して花粉管が伸長できない状態にしておき、開花数日後に子房から胚珠を取り出し、卵細胞が数細胞に分裂を開始した状態を顕微鏡下で染色体を観察し、染色体が32本である場合に、上記ニラとギョウジャニンニクの雑種植物体であると判断できる。
【0029】
本発明の雑種植物体の増殖方法としては、本発明の育種方法により作出されるニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体、又は、本発明のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体を栽培する方法であれば特に制限されず、雑種植物体(雑種第一代)を単為胚発生せしめ、雑種植物体(雑種第一代)である親と同じ種子を形成する単為生殖による増殖方法を好適に例示することができる。
【0030】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
[ニラとギョウジャニンニクの交配]
ニラ5株(品種:オオバニラ、カネコ種苗社製)及びギョウジャニンニク5株(採取地:北海道帯広市)を使用した。ニラの花芽形成要因は長日であることから、開花を早めるために、鉢植え株を1月に温室に搬入し、電灯照明下で長日環境(16時間照明あるいは終夜照明)で管理し、ギョウジャニンニクの開花時期に合致するようにした。花粉の混入を防ぐため、ニラ1株につき花序内の中位置の4小花のみの蕾を残して小花を切除し、蕾の花弁が白色で風船状になったとき、花弁を開いて葯をピンセットで取り除き、花序全体に交配袋を掛けた。開花時に各株の小花の柱頭へ、ギョウジャニンニクの花粉を筆で塗布して授粉させ、交配後の花序全体に再び交配袋を掛けた。授粉後10日目に、各小花の子房が緑色であれば交配授粉成功、黄化していれば交配授粉不成功と判定した。緑色の子房を70%エチルアルコールと1%次亜塩素酸水溶液で洗浄して滅菌し、胚珠を摘出し、無傷で大きい胚珠を選別して、MS培地(ショ糖6%、寒天0.8%、pH5.6)に置床し、25℃にて24時間/日、光照射して培養したところ、数ヶ月後に出芽した。出芽した幼植物体が、2〜3葉を出葉した時点で、小植物体の葉と根を切除して茎盤部だけとし、該茎盤部を、植物ホルモン(オーキシン及びサイトカイニン)を添加したMS培地(2、4−D1ppm、ベンジルアデニン1ppm、ショ糖3%、寒天0.8%、pH5.6)に置床したところ、カルスが誘導された(図1参照)。カルスの培養を継続したところ多芽体を形成した。該多芽体を植物ホルモン無添加のMS培地に移植すると発根したので、発根した幼植物体を集団のままバーミキュライト培地に鉢植えにし、生育し、本発明の雑種植物体の集団を得た。
【0032】
上記多芽体の系統から1系統を選別し、雑種植物体の特性調査に用いた。同一系統株の種子を発芽させて用意し、株数は全部で168株を用意したが、形態的にも開花特性にも変異は認められなかった。
【0033】
[形態観察]
ニラと該雑種植物体の1年株を栽培した。栽植密度は畝幅40cm、株間20cmの4条で1植え穴に2本植、施肥量は窒素・リン酸・カリウムの要素でともにアールあたり2kgとした。調査項目は草丈40cm程度に達すると収穫し、生鮮重量(収量)、茎数、草丈、葉身長、葉幅と葉厚、茎径、葉色、葉鞘径(長径)、葉鞘径(短径)、葉数などを計測した。葉色は葉緑素含量に相当する指標である葉緑素計(SPAD502、ミノルタ社製)の値で示した。調査は20株の3反復で行った。なお、該雑種植物体は3回刈を行うことができ、ニラと同様に連続して収穫が可能であることを確認した。該雑種植物体及びその親であるニラの品種オオバニラの収量を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
[香気成分分析]
ニラフレーバー及びギョウジャニンニクのフレーバーの主成分とされる含硫成分の分析を以下のように行った。該雑種植物体及びニラとギョウジャニンニクの葉をそれぞれ20g採取し、リン酸バッファー(pH7.5、0.1M)50mLを添加してホモジナイズした後、室温にて60分間放置後に、ジエチルエーテルを添加して混合し、その後に遠心分離(3分、3,000rpm)して、エーテル部分を回収し、水相画分(20mL)し、この一部をとって150倍に濃縮した。得られた濃縮液1μLをガスクロマトグラフィー質量分析装置:HP5971A型(ヒューレッドパッカード社製)を用いてGCMS分析を行った。内部標準として3−メチルチオイソプロピルイソチオシアネート(3MIPITC)を添加して、ピーク面積比をもとに各試料の定量を行った。ニラ(表2参照)、ギョウジャニンニク(表3参照)、雑種植物体(表4参照)についての含有比をそれぞれ示す。雑種植物体の主要な含硫成分は両親のそれよりも高く雑種強勢を示し、雑種植物体であることを確認した。
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
【表4】

【0039】
[開花時期]
上記雑種植物体及びニラとギョウジャニンニクの開花時期についてのグラフに示されるように(図3参照)、上記雑種植物体の開花は6〜7月であり、ギョウジャニンニクの開花は5月、ニラの開花は8月であることから本発明の雑種植物体の開花時期が両親の中間であることが確認された。
【0040】
[RAPD法によるDNAフィンガープリント解析]
上記雑種植物体のRAPD法によるDNAフィンガープリント解析を以下のように行った。上記雑種植物体及びニラとギョウジャニンニクの葉をそれぞれ0.2g採取し、Nucleonキット(Ready-To-Go(登録商標)、RAPD Analysis Beads:アマシャム社製)を用い、添付されたプロトコールにしたがってゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAを鋳型にして、アマシャム社のプライマー1〜5(RAPD Analysis プライマー1、(5’-d{GGTGCGGGAA}-3’)(配列番号1);プライマー2、(5’-d{GTTTCGCTCC}-3’)(配列番号2);プライマー3、(5’-d{GTAGACCCGT}-3’)(配列番号3);プライマー4、(5’-d{AAGAGCCCGT}-3’)(配列番号4);プライマー5、(5’-d{AACGCGCAAC}-3’)(配列番号5))を用いてPCR反応を行った。得られたPCR産物を、1×TAEバッファー中で、1.5%アガロースゲルを用いて電気泳動し、その後臭化エチジウム溶液で染色し、紫外線を照射して写真を撮影した。各プライマーにつき、オオバニラ(A)、雑種植物体(F)、ギョウジャニンニク(B)のDNAフィンガープリントを図4に示す。雑種植物体はニラと固有バンドパターンとギョウジャニンニクの固有バンドパターンとを有することが認められ、本発明の雑種植物体であることが確認された。
【0041】
[染色体数]
上記雑種植物体の根端を210mm程度切り取り、8−オキシキノリン水溶液(0.03%)に8時間、0.05%コルヒチン溶液に20℃にて4〜5時間浸漬し、その後エタノール/酢酸(3:1)で固定し、65℃にて95分間1N塩酸で処理した。染色体をシッフ試薬で染色し、押しつぶし法で細胞を展開した後、顕微鏡で観察した。その結果、染色体数は32本であることを確認した(図5参照)。
【0042】
[単為胚発生性]
前記のように、雑種植物体が単為胚発生をして、雑種植物体である親と同じ種子を形成すると、雑種第一代で種子繁殖ができることになる。単為胚発生の検定は以下の方法で行った。開花当日の小花から柱頭を除去し、未授粉で4ないし5日経過後の胚珠を観察材料とした。Kojima and Nagato (1992)の方法に従い、透明化処理を行い、ノマルスキー型微分干渉顕微鏡により卵細胞の観察を行った。胚珠観察は20個程度行い、卵細胞の分裂が確実に起きている割合が6割以上であることを確認して、単為胚発生性を保持していると判定した。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の多芽体形成前の茎盤由来の胚様体カルスを示す。
【図2】特性調査に用いた該雑種植物体の1系統の開花最盛期の6月の生育状態を示す。左側はニラであり、未だ花茎の伸長が見られない。
【図3】ニラとニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体開花時期を示す。
【図4】RAPD法によるDNAフィンガープリント;オオバニラ(A)、雑種植物体(F)、ギョウジャニンニク(B);各プライマーにつき、オオバニラ(A)、雑種植物体(F)、ギョウジャニンニク(B)のDNAフィンガープリントを示す。図4に示すとおり、被検植物はニラと固有バンドパターンとギョウジャニンニクの固有バンドパターンとを有することが認められ、雑種植物体であることが確認された。
【図5】ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の染色体(32本)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニラ(アリウム・チュベロサム)の雌しべとギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス)の花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養し、生育した幼植物体を移植して更に生育させることを特徴とする、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の育種方法。
【請求項2】
ニラの雌しべとギョウジャニンニクの花粉とを交配授粉して得られる受精細胞を含む胚珠を摘出して培地で培養して生育した幼植物体の組織を、植物ホルモンを添加した培地にて培養し、得られたカルスから不定芽が形成することにより得られた多芽体を、植物ホルモン無添加培地で培養することにより、得られた幼植物体を移植して更に生育させることを特徴とする、ニラとギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有するニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体の育種方法。
【請求項3】
ニラの雌しべが、ニラを高温と長日条件下で早くから成育させて、通常の開花時期よりも3〜4ヶ月早く咲かせたニラの雌しべであることを特徴とする請求項1又は2記載の育種方法。
【請求項4】
ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体が、染色体数が32本である雑種植物体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の育種方法。
【請求項5】
ニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体が、アポミクシスな種子が得られる雑種植物体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の育種方法。
【請求項6】
植物ホルモンが、オーキシン類であることを特徴とする請求項2〜5のいずれか記載の育種方法。
【請求項7】
ニラの香気成分前駆体とギョウジャニンニクの香気成分前駆体を含有し、染色体数が32本であるニラ(アリウム・チュベロサム)×ギョウジャニンニク(アリウム・ヴィクトリアリス)雑種植物体。
【請求項8】
アポミクシスな種子が得られることを特徴とする請求項6記載の雑種植物体。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか記載の育種方法により作出されるニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体、又は、請求項7若しくは8記載のニラ×ギョウジャニンニク雑種植物体を栽培することを特徴とする雑種植物体の増殖方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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