説明

ハンター症候群の治療剤

【課題】ハンター症候群の患者の脳障害の進行を防止するためにヒトイズロン酸2−スルファターゼを患者の脳内に供給する方法を提供すること。
【解決手段】ハンター症候群の患者の脳室内に投与するヒトイズロン酸2−スルファターゼを含有する治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ハンター症候群の治療剤に関し,より詳しくは,ハンター症候群に伴う脳障害の進行を防止するためのヒトイズロン酸2−スルファターゼを含有する治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ハンター症候群(ムコ多糖症II型)は,イズロン酸2−スルファターゼ(I2S)の遺伝子変異を原因とする遺伝病であり,リソソーム病の一種である。I2Sは,グリコサミノグリカンに属するヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の硫酸エステル結合を加水分解する活性を有する。ハンター症候群の患者では,本酵素の遺伝子変異により,その基質であるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の代謝異常が起こり,これらの不完全な分解産物が全身組織に蓄積し,その結果,骨格異常,心拡大等の諸症状を呈する。また,患者の尿中にヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸が多く排出される。ハンター症候群には,臨床経過が比較的短く進行の速い重症型(IIA型)と極めて経過の長い軽症型(IIB型)がある。重症型(IIA型)と軽症型(IIB型)の2つ型は,I2S遺伝子の変異タイプの違いにより生じる。前者は予後不良で15〜16歳までに死亡する。
【0003】
ハンター症候群の患者ではI2Sの活性が低いことは1970年代には既に知られており,本疾患がI2Sの先天的な欠損によるものであることは予想されていた。また,I2S遺伝子がX染色体上に存在することは,本疾患が伴性遺伝することから古くから予想されていたが,1990年に豪州のウィメンズアンドチルドレンズホスピタルのHopwoodらのグループが本酵素をコードする遺伝子の単離に成功し,本酵素の変異がハンター症候群の原因であることをあらためて証明した(非特許文献1参照)。
【0004】
上述したように,ハンター症候群はI2Sの欠損に起因することが予想されたことから,1970年代にはハンター症候群患者に対する本酵素の補充による療法が開始されており,本酵素を発現するマクロファージの移植(非特許文献2参照)や正常血清の点滴注入による本酵素の補充(非特許文献3参照)が患者を対象に試みられた。その結果,これらの補充療法により,患者の症状改善までには至らなかったが,ヘパラン硫酸等の尿中排泄の減少が観察され,その有効性が示唆された。しかし酵素自体を補充する補充療法(酵素補充療法)は,必要量の酵素の確保が困難なこともあり実施はされていなかった。
【0005】
酵素補充療法を実施するためには,大量の酵素の確保が不可欠と考えられていたが,本酵素をコードする遺伝子が1990年に単離されたことは(非特許文献1参照),遺伝子組換え技術による本酵素の大量合成を可能とし,それによる酵素補充療法の道を拓くものとして大きな意義を有した。
【0006】
現在,遺伝子組み換え技術により製造されたI2Sを有効成分として含有する製剤が日本で販売されているが,その用法用量は,1回体重1kgあたり0.5mgを週1回点滴静脈内投与することとなっている。
【0007】
ハンター症候群は,知能障害を伴うことがあり,脳の萎縮,水頭症等の重篤な脳障害が観察されることもある。しかし,高分子物質のタンパク質であるI2Sは,静脈内投与した場合,血液脳関門により,ほとんど脳内に到達できない。従って,I2Sの点滴静脈内投与では,ハンター症候群患者の脳障害に対する有効な治療は期待できないという問題点があった。リソソーム病に伴う脳障害に対処するため,ハーラー症候群(ムコ多糖症I型)の患者の髄腔内にヒトα−L−イズロニダーゼを投与する方法(特許文献1参照),ニーマン−ピック病の患者の脳室内にヒト酸スフィンゴミエリナーゼを投与する方法(特許文献2参照)が報告されている。しかし,ハンター症候群患者の脳障害に対処する具体的な方法に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2007−504166号公報
【特許文献2】特表2009−525963号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Wilson PJ et al.,Proc Natl Acad Sci USA(1990)87,8531−5
【非特許文献2】Dean MF et al.,J Clin Invest.(1979)63,138−45
【非特許文献3】Brown FR 3▲rd▼ et al.,Am J Med Genet.(1982)13,309−18
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記背景の下で,本発明の目的は,ハンター症候群の患者の脳障害の進行を防止するためにヒトイズロン酸2−スルファターゼ(hI2S)を患者の脳内に供給する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,hI2Sを,I2S遺伝子を欠失するノックアウトマウス脳室内に投与することにより,脳内におけるI2S活性を上昇させ且つ維持できることを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を提供する。
(1)ヒトの脳室内に投与されることを特徴とする,ヒトイズロン酸2−スルファターゼを有効成分として含有する,ハンター症候群の治療剤。
(2)ハンター症候群が,脳障書を伴うものである,上記(1)に記載の治療剤。
(3)留置カニューレ,留置カテーテル,又は留置針を用いて投与される,上記(1)又は(2)に記載の治療剤。
(4)ヒトイズロン酸2−スルファターゼが,1回当たり10〜800μg/kg体重の量を3週〜2ヶ月毎に投与される,上記(1)〜(3)のいずれかに記載の治療剤。
(5)ヒトイズロン酸2−スルファターゼが,1回当たり100〜600μg/kg体重の量を3週毎に投与される,上記(1)〜(3)のいずれかに記載の治療剤。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の治療剤と、該治療剤を投与するためのカテラン針とを含む、キット製剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,ヒトの脳室内にヒトイズロン酸2−スルファターゼを投与することにより,脳内のI2S活性を上昇させ且つ維持することができ,脳内に蓄積したヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸を分解,排除できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において,「ヒトイズロン酸2−スルファターゼ」というときは,野生型のヒトイズロン酸2−スルファターゼのみならず,生物学的な活性を有する限り,ヒトイズロン酸2−スルファターゼを構成する1つ又は複数のアミノ酸残基を,置換,欠失,挿入させたヒトイズロン酸2−スルファターゼの類似物も含む。hI2Sも同義である。ヒトイズロン酸2−スルファターゼ(hI2S)は遺伝子組換え技術を用いて製造することができる。例えば,hI2Sをコードする遺伝子を発現ベクターに組み込み,これを用いて形質転換させた宿主細胞を培養することにより,培養液中又は宿主細胞内にhI2Sが生産される。このとき宿主細胞として用いられる細胞には特に限定はないが,哺乳動物細胞,昆虫細胞,酵母が好適に用いられる。哺乳動物細胞を用いる場合,ヒト,マウス,ハムスター由来の細胞が好適であり,特にチャイニーズハムスター卵巣細胞由来のCHO細胞が好適に用いられる。
【0014】
hI2Sを発現ベクターに組込み,CHO細胞を形質転換し,形質転換細胞を培養することにより,生物学的に活性なhI2Sを製造する方法は,当業者に周知である(米国特許公報5932211)。
【0015】
本発明において,治療対象とされるハンター症候群の患者は,特に限定はないが,特に脳障害を伴う患者である。脳障害には,知的障害,脳の萎縮,水頭症等が含まれる。知的障害等の発生を未然に防止するうえで,脳障害が引き起こされる前に治療を開始することも,非常に重要である。従って,脳障害が未発生の患者であっても,将来脳障害を引き起こすおそれがあると診断された患者も特に対象となる。脳障害を引き起こすか否かを予測するための診断は,患者のみならず全乳幼児に対して実施することが,脳障害の未然防止の観点から望まれる。そのような診断方法として遺伝子診断を用いることができる。遺伝子診断によりヒトイズロン酸2−スルファターゼの変異を特定することにより,脳障害の発生を予測できる。遺伝子診断と本発明の治療剤とを組み合わせることにより,ハンター症候群の患者の治療をより有効に実施できる。
【0016】
本発明の治療剤は,頭部から脳室内に投与される。例えば,頭皮を切開し,次いで頭蓋骨に穴を開けて,当該穴に,長い注射針,例えばカテラン針を挿入して脳室内に投与される。持続的に複数回に渡って投与する必要がある場合,当該穴に,留置針,留置用のカニューレ,又は留置カテーテルを設置することにより,これらを通じて所望のタイミングで脳室内に投与できる。
【0017】
脳室内に投与されるヒトイズロン酸2−スルファターゼの1回当たりの量は,好ましくは10〜800μg/kg体重であり,より好ましくは100〜800μg/kg体重であり,更に好ましくは100〜600μg/kg体重である。持続的に複数回に渡って投与される場合,その投与間隔は,好ましくは3週〜2ヶ月毎であり,より好ましくは3週である。しかし,患者の症状に合わせて,投与間隔は2週〜6ヶ月毎に1回と適宜調整できる。
【0018】
本発明の治療剤は,凍結乾燥品として,又は水性液剤として医療機関に供給することができる。水性液剤の場合,ヒトイズロン酸2−スルファターゼを,安定化剤,緩衝剤,等張化剤を含有する溶液に予め溶解したものを,バイアル又は注射器に封入した製剤として供給できる。注射器に封入された製剤は,一般にプレフィルドシリンジ製剤と呼称される。
【0019】
水性液剤として供給される場合,水性液剤に含有されるヒトイズロン酸2−スルファターゼの濃度は,好ましくは1〜4mg/mLであり,より好ましくは2〜3mg/mLである。また,水性液剤に含有される安定化剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,非イオン性界面活性剤が好適に使用できる。このような非イオン性界面活性剤としては,ポリソルベート,ポロキサマー等を単独で又はこれらを組合せて使用できる。ポリソルベートとしてはポリソルベート20,ポリソルベート80が,ポロキサマーとしてはポロキサマー188(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール)が特に好適である。また,水性液剤に含有される非イオン性界面活性剤の濃度は,0.01〜1mg/mLであることが好ましく,0.01〜0.5mg/mLであることがより好ましく,0.1〜0.5mg/mLであることが更に好ましい。水性液剤に含有される緩衝剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,リン酸塩緩衝剤が好ましく,特にリン酸ナトリウム緩衝剤が好ましい。リン酸ナトリウムの濃度は,好ましくは0.01〜0.04Mである。また,緩衝剤によって調整される水性液剤のpHは,好ましくは5.5〜7.2である。水性液剤に含有される等張化剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,塩化ナトリウム,マンニトールを単独で又は組み合わせて好適に使用できる。
【0020】
本発明の治療剤は,その投与に使用する専用の注射針、例えばカテラン針と共に包装したキット製剤として流通させることにより,医療機関における利便性を向上することができる。
【実施例】
【0021】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。なお,全ての動物実験は,東京慈恵会医科大学の学内ガイドラインに従って実施した。
【0022】
〔ヒトイズロン酸2−スルファターゼ(hI2S)の脳室内投与〕
イズロン酸2−スルファターゼ遺伝子を破壊しイズロン酸2−スルファターゼを完全に欠失したノックアウトマウスを,水とエサを自由に摂取させて飼育した。エサは通常食を与えた。ノックアウトマウスを2群に分け,そのうちの1群をhI2Sを投与するhI2S投与群(3匹),他の群を生理食塩水を投与するコントロール群(4匹)とした。また,野生型マウスに生理食塩水を投与する群(4匹,野生型群)をおいた。
【0023】
hI2Sは,hI2S遺伝子で形質転換させたCHO細胞を培養する周知の方法を参考にして作成したものを用いた(米国特許公報5932211)。
【0024】
21週齢の雄マウスをジエチルエーテルで満たした麻酔瓶に入れて吸入麻酔させた後,10倍希釈した200〜300μLのネンブタール注射液(大日本製薬)を30ゲージの注射針を用いてマウスの皮下に投与して完全に麻酔させた。麻酔したマウスの頭部に脳定位固定装置(株式会社成茂科学器機研究所,Type SR−5)の付属部材である脳固定具を取り付けてから,マウスを当該脳定位固定装置に固定した。
【0025】
マウス頭部の体毛を鋏で切り取り頭皮を露出させた。頭皮をイソジンで消毒した後,拡大ルーぺ存在下,頭皮を鋏で切開し冠状縫合と失状縫合の交点(ブレグマ)を露出させた。マウスを正面から見てプレグマから奥3mm,左2mmの位置の頭蓋骨にカテラン針18G(テルモ株式会社)を用いて直径0.5mmの穴を開け,これをアクセスポイントとした。脳定位固定装置の目盛りガイドに従って,アクセスポイントから深さ3mmの位置に,20μg(6.7μL)のhI2Sを,約30秒かけて投与した。投与は,マイクロシリンジ(イトーマイクロシリンジ10μL用:型番ITS MS−NG10,株式会社伊藤製作所)に注射針(互換針イトーマイクロシリンジ用30G 20mm 22度,株式会社伊藤製作所)を取り付けたものを用いて行った。投与後,注射針を1分間固定し,その後ゆっくりと1.5mm抜いてそこで更に1分間固定し,次いでゆっくりと完全に抜き取った。コントロール群には6.7μLの生理食塩水を同様にして投与した。イソジンを用いて切開部を消毒した後,瞬間接着剤(アロンアルファA,第一三共)を用いて頭皮を張り合わせた。投与は,3週毎に4回,すなわち21週齢時,24週齢時,27週齢時及び30週齢時に行った。
【0026】
hI2Sの投与前に,マウスを計量し,体重1kg当たりのhI2Sの投与量を算出した。hI2Sの投与量は,hI2S投与群3匹の平均で,1回目(21週齢時)が698.7μg/kg体重,2回目(24週齢時)が661.2μg/kg体重,3回目(27週齢時)が681.8μg/kg体重,4回目(30週齢時)が645.2μg/kg体重であった。
【0027】
最終投与から3週間後(33週齢)に,マウスを解剖して組織を摘出した。マウスをジエチルエーテルで満たした麻酔瓶に入れて吸入麻酔させた後,マウスの胸部を切開して右心耳を切断し,次いで右心室に翼状注射針(テルモ翼状注射針27G X 1/2,テルモ)を挿入し50mLのシリンジ(テルモシリンジ50mL,テルモ)を用いてゆっくり1XD−PBS(−)(和光純薬工業)を還流させた。還流後,脳,目,肺,心臓,肝臓,腎臓,脾臓及び精巣を摘出した。脳は摘出後,大脳前部,大脳後部及び小脳に分割した。各組織は,重量を測定した後,サンプルチューブに封入して液体窒素中で保存した。
【0028】
〔ヒトイズロン酸2−スルファターゼ活性の測定〕
凍結した臓器を解凍し,それぞれ20mgずつはかり取り,1.5mLのサンプリングチューブに入れた。各サンプリングチューブに純水を400μL加えて卓上ホモジナイザー(Handy micro homogenizer Physcotron:型番Centrifuge NS−310 EII,MicroTec社)を用いてホモジネートし,次いで卓上小型冷却遠心機(Centrifuge 5415R,エッペンドルフ社)を用いて13200rpm,10分間,4℃で遠心し,上清を回収した。
【0029】
上清中に含まれるタンパク質の濃度をBCA Protein Assay Kit(Thermo社)を用いて,当該キットに添付のプロトコールに従って測定した。すなわち,96穴マイクロプレート(ヌンク社)中で上清25μLとBCA混合液(A液:B液=50:1)200μLを混ぜ,37℃で30分間反応させた後,マイクロプレートリーダー(1420 Multilabel Counter ARVO MX,パーキンエルマー)を用いて吸光度(560nm)を測定し,この測定値を同時に作成した検量線に内挿して定量を行った。なお、蛋白質の濃度の測定に際しては,Smith PK et al.,Anal Biochem.(1985)150,76−85に記載の方法を参考にした。
【0030】
タンパク質の濃度の測定値から,各上清についてタンパク質15μgを含む液量を算出し,その液量を各々0.2mLチューブに採取した。各チューブに基質液(1.25mM 4−methylumbelliferyl−α−L−iduronide−2−sulphate(MU−α Idu−2S,Moscerdam Substrates社)を基質バファー(0.1M Na−acetate/acetic acid buffer,10mM Pb−acetate(pH5.0))に溶解したもの)を20μL加え,更に純水を加えて30μLとした。これを37℃で4時間静置した(第1反応)。次いでPi/Ciバファー(0.4M NaHPO,0.2M CNa.2HO,0.02%(w/v)NaN(pH4.5))を40μL加えて攪拌し,更にLEBT(ウシ精巣由来精製リソソーム酵素,Moscerdam Substrates社)を10μL加えて攪拌した後,37℃で24時間静置して反応させた(第2反応)。静置後,反応液の全量をRIAチューブ(RIAチューブ3,梁瀬産業)に移し,これにストップバファー(0.5M NaHCO/NaCO buffer,0.025% Triton X−100(pH10.7))を3.92mL加えて反応を停止させた。反応停止後,各溶液の吸光度(励起波長360nm,測定波長448nm)を,紫外可視吸光光度計(RF−5300PC,島津製作所)を用いて測定した。イズロン酸2−スルファターゼ活性を、4時間の第1反応中に分解された基質量を、上清中のタンパク質量で除した値(nmol/4h/mgタンパク質)として算出した。なお,ヒトイズロン酸2−スルファターゼ活性の測定は,Friso A et al.,J Gene Med.(2005)7,1482−91に記載の方法を参考にして実施した。
【0031】
測定値を表1に示す。hI2S投与群と生理食塩水を投与したコントロール群で脳内のイズロン酸2−スルファターゼ活性を比較すると,hI2S投与群ではコントロール群と比較して小脳で約60倍,前脳と後脳で約500〜1000倍の活性を示した。酵素活性の測定は酵素の最終投与から3週間経過後に行われているので,この結果は,脳室内に投与されたhI2Sが,投与後も3週間以上脳内でその酵素活性を持続することを示す。また,hI2S投与群と生理食塩水を投与した野生型群で脳内のイズロン酸2−スルファターゼ活性を比較すると,小脳では同等レベルであったが,前脳と後脳ではhI2S投与群が野生型群と比較して3倍以上の酵素活性を示した。この結果は,hI2S活性を完全に欠失するマウスに,1回当たり600〜700μg/kg体重の量で,3週毎にhI2Sを投与することにより,脳内,特に前脳と後脳のhI2Sの酵素活性を,野生型と同等,若しくはそれ以上に維持することができることを示す。hI2Sは,動物種に拘わらず体内で同一の酵素活性を示すことを考慮すると,1回当たり600〜700μg/kg体重の量で3週毎に投与するhI2Sの投与スケジュールは,ヒトにもそのまま適用できる。また,hI2S投与群で前脳と後脳の酵素活性が野生型の3倍を示すこと,及びhI2Sが治療効果を発揮するには,脳内における酵素活性が野生型レベルにまで上昇すれば十分であることを考慮すると,1回当たりの投与量を10〜600μg/kg体重程度としても,十分な治療効果を得ることが可能である。また,投与3週間後も脳内での酵素活性が高値に維持されていることから,投与間隔を3週間以上,例えば,1ヶ月〜2ヶ月毎とすることも可能である。
【0032】
脳以外の組織についてみると,hI2S投与群の酵素活性は,概ね野生型と比較して0.7〜1.7倍の値の酵素活性を示しており,hI2Sを脳室内に投与することにより,他の臓器にもhI2Sが効率良く取り込まれることがわかった。このことは,ハンター症候群の患者へhI2Sを全身投与する手段としても,hI2Sの脳室内投与が極めて優れていることを示す。
【0033】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば,脳障害を伴うハンター症候群に用いるためのヒトイズロン酸2−スルファターゼ含有医薬品を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの脳室内に投与されることを特徴とする,ヒトイズロン酸2−スルファターゼを有効成分として含有する,ハンター症候群の治療剤。
【請求項2】
ハンター症候群が,脳障害を伴うものである,請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
留置カニューレ,留置カテーテル,又は留置針を用いて投与される,請求項1又は2に記載の水性液剤。
【請求項4】
ヒトイズロン酸2−スルファターゼが,1回当たり10〜800μg/kg体重の量を3週〜2ヶ月毎に投与される,請求項1〜3のいずれかに記載の治療剤。
【請求項5】
ヒトイズロン酸2−スルファターゼが,1回当たり100〜600μg/kg体重の量を3週毎に投与される,請求項1〜3のいずれかに記載の治療剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の治療剤と、該治療剤を投与するためのカテラン針とを含む、キット製剤。

【公開番号】特開2012−62312(P2012−62312A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186533(P2011−186533)
【出願日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(310018940)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】