説明

バイオセンサおよび該バイオセンサの製造方法

【課題】本発明では、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔であっても脂質二重層に膜タンパク質を容易に融合でき、センサとしての機能を長期間維持できる、膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を電流の変化で計測するバイオセンサを目的とする。
【解決手段】膜タンパク質22を介して脂質二重層20を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサであって、導電性多孔質高分子16で修飾された電極18と、導電性多孔質高分子16に接し、膜タンパク質22が融合された脂質二重層20と、電流を検出する電流検出部30とを少なくとも有するバイオセンサ1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオセンサおよび該バイオセンサの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の神経細胞を構成する脂質二重層には、化学物質、電位、光や圧力などの外的環境の変化などに応答して、その形状を変化させたり、固有のイオンに対する透過性が変化したりする様々な膜タンパク質が存在している。近年では、人工的に脂質二重層を構成し、該脂質二重層に膜タンパク質を融合させ、これをバイオセンサに応用する様々な技術が提案されている。
【0003】
人工的に構成された脂質二重層としては、黒膜が知られている。黒膜は、脂質分子をn−デカンなどの有機溶媒に溶解し、水溶液中で該有機溶媒をプラスチック板等に設けられた小孔に塗りつけることにより、小孔を覆う平面上の膜として形成される。これは、脂質分子が水溶液中で自発的に脂質二重層を構成する性質を利用したものである。
また、その他の人工脂質膜としては、Langmuir−Blodgett膜なども知られている。
【0004】
このような人工の脂質二重層を用いた技術としては、小孔の上に形成した脂質二重層に融合させた膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を、パッチクランプ法(例えば非特許文献1)により電流の変化として計測する技術がある(特許文献1)。パッチクランプ法は、脂質二重層により隔てられた電解質溶液間の電位差を一定に保つために流れる電流を検出することにより、膜タンパク質のイオン透過性の変化を検出する方法である。
【0005】
膜タンパク質を脂質二重層に埋め込む方法としては、あらかじめ膜タンパク質が埋め込まれたベシクルを脂質二重層に融合させるベシクル融合法、DNAから膜タンパク質を直接合成して脂質二重層に融合させる方法(例えば、非特許文献2)、透析により膜タンパク質を脂質二重層へ融合させる方法(例えば、非特許文献3)、膜タンパク質と界面活性剤を混合し、膜タンパク質を覆う界面活性剤を多孔質ビーズ担体に吸着させることで該界面活性剤を除去して膜タンパク質を脂質二重層に融合する方法(ビーズ法)(例えば、非特許文献4)などが知られている。
【0006】
膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を計測する際の電流の変化は非常に小さいため、精密な計測を行うには電極の抵抗を小さくしてS/N比を大きくする必要がある。電流の抵抗を小さくする方法としては、電極を導電性多孔質高分子で修飾する方法が知られている(例えば、特許文献2)。特許文献2では、エチレンジオキシチオフェンと、ポリ(エチレンジオキシチオフェン)−ポリ(スチレン・スルフォン酸)の混合物を、多点微小電極上で電気化学的に重合することにより形成している。
【特許文献1】特開2008−275481号公報
【特許文献2】特開2007−205756号公報
【非特許文献1】B. Sakmann, E. Neher. Single-Channel Recording. 2nd ed.: Plenum Pub Corp; 1995.
【非特許文献2】R. Robelek, E. S. Lemker, B. Wiltschi, V. Kirste, R. Naumann, D. Oesterhelt, and E. K. Sinner. Angewandte Chemie-International Edition. 46 (2007) No. 4, 605.
【非特許文献3】K. Kasai, C. S. Ramanujan, I. Fujimoto, A. Shimada, J. F. Ryan, and K. Torimitsu. Neuroscience Research. 58 (2007) No., S193.
【非特許文献4】J.L Rigaud, G. Mosser, J.J Lacapere, A. Olofsson, D. Levy, J.L Ranck, J. Struc. Biol. 1997, 118, 226-235.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
小孔を覆う脂質二重層を用いたバイオセンサは、その小孔の開口面積が小さいほど脂質二重層が安定する。また、小孔の開口面積を小さくすることにより、同一工程で多数のバイオセンサを作成することが容易になる。
しかし、脂質二重層中に融合された膜タンパク質のイオン透過性の変化を、パッチクランプ法を用いて電流の変化として計測しようとする場合、小孔の面積を小さくするためには該小孔内に設置した計測用の電極も小さくする必要がある。このように計測用の電極を小さくすると、該電極の抵抗が大きくなるため、S/N比が悪化して微小電流の測定が困難になることがあった。
【0008】
また、小孔を覆う平面上の膜として形成される黒膜に膜タンパク質を融合させる場合、融合する確率は小孔の開口面積に比例する。そのため、小孔の開口面積が小さくなるほど膜タンパク質の融合が困難であった。
さらに、前記方法で膜タンパク質を脂質二重層に融合して作成したバイオセンサは、膜タンパク質が失活した場合に、膜タンパク質を再度同様の方法で融合しないと使用することができなかった。
以上の理由から、人工の脂質二分子膜を用いるバイオセンサにおいては、小孔内に設置した計測用の電極が小さくても微小電流の検出精度や、脂質二重層への膜タンパク質の融合の容易性に優れ、センサとしての機能を長期間維持できることが望まれている。
【0009】
そこで本発明では、膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を電流の変化で計測するバイオセンサであって、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔に形成された脂質二重層に対しても膜タンパク質を融合させることが容易で、センサとしての機能を長期間維持できるバイオセンサを目的とする。
また、本発明は、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔に形成された脂質二重層に対しても膜タンパク質を融合させることが容易で、センサとしての機能を長期間維持できるバイオセンサの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のバイオセンサは、膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサであって、導電性多孔質高分子で修飾された電極と、前記導電性多孔質高分子に接し、膜タンパク質が融合された脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有することを特徴とする。
また、本発明のバイオセンサは、前記導電性多孔質高分子に膜タンパク質が保持されていることが好ましい。
また、前記導電性多孔質高分子と脂質二重層が浸される電解質溶液を昇温させる昇温手段および前記導電性多孔質高分子に電圧を印加する電圧印加手段、または前記昇温手段若しくは前記電圧印加手段を有することが好ましい。
また、前記電圧は、直流電圧、交流電圧、または二相性の電圧であることが好ましい。
また、前記電圧印加手段を有し、前記膜タンパク質の等電点および前記電解質溶液のpHに応じて前記電圧印加手段の電圧を制御する電圧制御手段を有することが好ましい。
また、小孔が形成された絶縁体と、前記小孔の内部に位置する前記電極と、前記電極よりも前記小孔の開口側に位置する前記脂質二重層と、前記脂質二重層の前記電極と逆側に位置する他の電極と、前記電極と前記他の電極の間の電流を検出する前記電流検出部とを有するバイオセンサであることが好ましい。
【0011】
また、本発明のバイオセンサの製造方法は、導電性多孔質高分子で修飾された電極と、前記導電性多孔質高分子に接し、膜タンパク質が融合された脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有し、膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサの製造方法であって、電極を導電性多孔質高分子で修飾する工程(1)と、工程(1)の後に前記導電性多孔質高分子に膜タンパク質を保持させる工程(2)と、工程(2)の後に脂質二重層を形成する工程(3)と、工程(3)の後に電解質溶液の昇温および前記導電性多孔質高分子への電圧印加、または前記昇温若しくは前記電圧印加により、前記導電性多孔質高分子に保持された前記膜タンパク質を前記脂質二重層に融合する工程(4)とを含む方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のバイオセンサは、膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を電流の変化で計測するバイオセンサであって、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔に形成された脂質二重層に対しても膜タンパク質を融合させることが容易である。また、導電性多孔質高分子に膜タンパク質を保持させておくことができるため、脂質二重層中の膜タンパク質が失活しても膜タンパク質を脂質二重層に随時融合させることができ、センサの機能を長時間維持することができる。
また、本発明の製造方法は、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔に形成された脂質二重層に対しても膜タンパク質を融合させることが容易で、センサとしての機能を長期間維持できるバイオセンサを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
[バイオセンサ]
本発明のバイオセンサは、膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサであって、導電性多孔質高分子で修飾された電極と、膜タンパク質が融合され脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有することを特徴とする。以下、本発明のバイオセンサの実施形態の一例を示して詳細に説明する。
【0014】
本実施形態のバイオセンサ1は、図1に示すように、小孔12が形成された絶縁体10と、小孔12の内部に位置する導電性多孔質高分子16で修飾された電極18(以下、これらをまとめて「電極14」ということがある。)と、電極18よりも小孔10の開口12a側に位置する、膜タンパク質22が融合された脂質二重層20と、脂質二重層20の電極14と逆側に位置する他の電極24(以下、単に「電極24」という。)と、電極14と電極24の間の電流を検出する電流検出部30とを有している。また、小孔12には電解質溶液26が満たされており、電解質溶液26中に導電性多孔質高分子16、脂質二重層20、電極24が浸されている。
【0015】
絶縁体10の材質は、脂質二重層と親和性の高い材質であればよく、耐薬品性、生体膜との適合性に優れたものであることが好ましい。絶縁体10の材質の具体例としては、石英ガラス、シリコン酸化物などが挙げられる。
【0016】
絶縁体10の形状は特に限定されず、用途に応じた形状のものを使用することができ、例えば、平板状の絶縁基板などが挙げられる。
また、絶縁体10の厚みは、導電性多孔質高分子を形成できる厚みであれば特に限定されない。
【0017】
また、絶縁体10には小孔12が設けられている。小孔12の開口12aの形状は特に限定されず、円形またはそれに類似した形状であることが好ましい。小孔12は微細加工技術を用いることにより形成することができる。微細加工技術としては、例えばフォトリソグラフィ技術、ドライエッチング技術などが挙げられる。
絶縁体10に設けられる小孔12の数は特に限定されない。
【0018】
小孔12の開口12aの大きさ(小孔12の直径)は、脂質二重層20を形成することができる大きさであればよく、一般的な大きさは直径数十nm〜数百μm程度である。
また、小孔12の深さは、導電性多孔質高分子16、膜タンパク質22、電解質溶液26b(26)、電極24が、形成および設置できればよい。
【0019】
電極14は、電極18の表面に導電性多孔質高分子16が修飾されたものである。電極14の設置位置は、小孔12内の脂質二重層20よりも底部側であればよい。
電極18は、公知の金属電極や、金属化合物からなる電極を用いることができる。金属電極としては、例えば、銅、アルミニウム、金、銀、塩化銀、白金、クロム、ニッケルなどの金属からなる金属電極が挙げられる。金属化合物からなる電極としては、例えば、ITO(酸化インジウムスズ)などからなる電極が挙げられる。
【0020】
導電性多孔質高分子16は、金属電極に比べ抵抗値が低い導電性高分子であればよく、例えば、特開2007−205756号公報に記載のエチレンジオキシチオフェンと、ポリ(エチレンジオキシチオフェン)−ポリ(スチレン・スルフォン酸)の混合物から構成される導電性多孔質高分子などが挙げられる。
【0021】
また、バイオセンサ1では、脂質二重層20に膜タンパク質22が融合している状態で、さらに導電性多孔質高分子16に膜タンパク質22を保持させておくことが好ましい。導電性多孔質高分子16は、多孔質構造を有するため、ファンデルワールス力により膜タンパク質22を保持することができる。このように、導電性多孔質高分子16に膜タンパク質22を保持させておくことにより、脂質二重層20中の膜タンパク質22が失活したとしても、導電性多孔質高分子16の膜タンパク質22を順次脂質二重層20に融合させていくことができるため、センサとしての機能をより長期間にわたって維持することができるようになる。
【0022】
脂質二重層20は、導電性多孔質高分子16上に固定されている。
脂質二重層20を形成する脂質は、人工脂質膜を形成できるものであればよく、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトール−ホスフェイト(PIP)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)、スフィンゴシンなどが挙げられる。
これら脂質二重層20を形成する脂質は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
脂質二重層20に融合する膜タンパク質22は、外的環境の変化などでイオンを透過するものを用いることができ、例えば、イオンチャンネル型受容体が挙げられる。
イオンチャンネル型受容体としては、例えば、細胞間情報伝達や温度の感受、炎症や痛みに関与するTRP(Transient Receptor Potential)チャンネル(サブユニットはTRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4、TRPV5、TRPV6、TRPV8、TRPA1、TRPC1、TRPC2、TRPC3、TRPC4、TRPC5、TRPC6、TRPC7、TRPM1、TRPM2、TRPM3、TRPM4、TRPM5、TRPM6、TRPM7、TRPM8、TRPN1、TRPML1、TRPML2、TRPML3、TRPY1、TRPP1、TRPP2、TRPP3、TRPP4、TRPP5)、細胞間情報伝達や痛みに関与するATP受容体(サブユニットはP2X、P2X、P2X、P2X、P2X、P2X、P2X)、細胞間情報伝達や情動に関与するセロトニン受容体(サブユニットは5−HT1、5−HT2、5−HT4、5−HT6、5−HT7)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するNMDA受容体(サブユニットはNR1、NR2A、NR2B)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するAMPA受容体(サブユニットはGluR1、GluR2、GluR3、GluR4)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するカイニン酸受容体(サブユニットはGluR5、GluR7)、細胞間情報伝達や抑制性神経伝達に関与するGABA受容体(サブユニットはGABA、GABA)等が挙げられる。
【0024】
電極24は、参照電極を用いることができる。参照電極としては、特に限定されず、例えば、Ag/AgClなどが挙げられる。電極24の配置は、電極14と電極24とが脂質二重層20により隔てられる位置であればよく、脂質二重層20の電極14と逆側とする。
また、電極24の形状や大きさは特に限定されず、電流の検出に悪影響を与えすぎない範囲であればよい。
【0025】
本実施形態のバイオセンサ1では、小孔12に電解質溶液26が満たされており、導電性多孔質高分子16および脂質二重層20が浸されている。また、電解質溶液26は、脂質二重層20によって、脂質二重層20よりも底部側の領域を満たす電解質溶液26aと、脂質二重層20よりも開口12a側を満たす電解質溶液26bとに隔てられている。
【0026】
電解質溶液26a、26bは、膜タンパク質の測定などに通常用いられるものであればよい。例えば、100mMNaCl、5mMKCl、2mMCaCl、10mMTris−HCl(pH7.4)からなる電解質溶液などが挙げられる。
電解質溶液26aと電解質溶液26bは、同じ組成であってもよく、異なる組成であってもよい。
【0027】
電流検出部30は、イオンが膜タンパク質22を介して脂質二重層20を通過するのを電流として検出できるものであればよく、例えば、パッチクランプ装置が挙げられる。
この例の電流検出部30は、図1に示すように、電源32、オペアンプ34、および抵抗36を有する電流回路を有している。以下、このパッチクランプ装置を用いた場合について説明する。
電流検出部30を用いたパッチクランプ法により、膜タンパク質22のイオン透過性の変化が電流の変化として検出できる。パッチクランプ法では、脂質二重層22により隔てられた電解質溶液26aと26bの間の電位差Vcomを固定した時に流れる電流Iを、I=R/VOUTとして求めることができる。ここで、Rは抵抗36の抵抗値、VOUTはVcomとオペアンプ34の出力電圧との差を表す。
【0028】
バイオセンサ1は、導電性多孔質高分子16および脂質二重層20が浸される電解質溶液26a、26bを昇温させる昇温手段(図示せず)を有していることが好ましい。該昇温手段により電解質溶液26a、26bを昇温させることにより、導電性多孔質高分子16に保持させておいた膜タンパク質22が導電性多孔質高分子16から放出され、脂質二重層20に融合される。これは、導電性多孔質高分子16が、イオン結合や共有結合に比べて弱い相互作用であるファンデルワールス力で膜タンパク質22を保持しているため、温度を上昇させることにより、分子運動が激しくなり、一度吸着保持された膜タンパク質22が電解質溶液26中に放出されるためである。
該昇温手段としては、溶液の温度を所望の温度まで上昇させることができ、電流の検出に悪影響を与えないものを用いることができ、例えば、インキュベータなどが挙げられる。
【0029】
また、バイオセンサ1は、図3に示すような導電性多孔質高分子16に電圧を印加する電圧印加手段40を有することが好ましい。該電圧印加手段により導電性多孔質高分子16に電圧を印加することにより、帯電した膜タンパク質22を導電性多孔質高分子16に保持させたり、導電性多孔質高分子16から膜タンパク質22を放出させて脂質二重層20に融合させたりすることが容易になる。
電圧印加手段40としては、例えば、直流電圧、交流電圧、または二相性の電圧を印加することができるものを用いることができる。
【0030】
また、電圧印加手段40により電圧印加を行う場合には、膜タンパク質22の等電点および電解質溶液26(26a)のpHに応じて印加する電圧を制御する電圧制御手段(図示せず)が設けられていることが好ましい。電解質溶液26中の膜タンパク質22は、等電点(isoelectric point,pl)より低いpHでは正に帯電し、高いpHでは負に帯電している。従って、plより低いpHでは電極14(導電性多孔質高分子16)に正の電圧を、plより低いpHでは電極14(導電性多孔質高分子16)に負の電圧を印加することにより、膜タンパク質22の脂質二重層20への融合が容易になる。また、その逆に電圧を印加することで、電解質溶液26中で帯電した膜タンパク質22を容易に導電性多孔質高分子16に保持させることができる。
【0031】
以下、図1に例示したバイオセンサ1の作用について説明する。
バイオセンサ1では、導電性多孔質高分子16で修飾された電極18(電極14)を用いて、導電性多孔質高分子16上に固定された脂質二重層20に融合した膜タンパク質22のイオン透過性の変化を計測する。
以下では、膜タンパク質22としてリガンド依存性イオンチャンネルの一種であるAMPA型グルタミン酸受容体を使用した場合について説明する。AMPA型グルタミン酸受容体は、リガンドとしてのグルタミン酸が結合すると、ナトリウムイオンやカリウムイオンを脂質二重層22の両側のイオンの濃度勾配と電位差に応じて透過させる性質を有する。
【0032】
電解質溶液26中にグルタミン酸が存在する場合、脂質二重層22中のAMPA型グルタミン酸受容体(膜タンパク質22)はナトリウムイオンやカリウムイオンに対する透過性が上昇する。ただし、Vcom=0mV、すなわち脂質二重層20の両側に電位差がない場合は、イオンの移動が実質的に生じないため電流Iは0A(アンペア)となる。これに対し、例えば、Vcom=100mVとして脂質二重層20の両側に電位差を生じさせると、この電位差を打ち消す向きに、すなわち電解質溶液26bから電解質溶液26aへとナトリウムイオンやカリウムイオンが膜タンパク質22を介して移動し、電流Iが流れる。
【0033】
本実施形態のバイオセンサ1では、電極18が導電性多孔質高分子16で修飾されている電極14は、電極18単体に比べて抵抗が小さいため、S/N比が大きくなり計測精度に優れている。そのため、バイオセンサ1により電流Iが微量であっても高い精度で膜タンパク質22のイオン透過性を計測することができる。これにより、例えば、電解質溶液26b中の化学物質の有無を検出することが可能となる。また、小孔12の開口12aの面積が小さいことで電極14が小さくなる場合であっても、導電性多孔質高分子16の抵抗が小さいことでS/N比が大きくなるため、微小な電気信号の計測が可能となる。
【0034】
[バイオセンサの製造方法]
本発明のバイオセンサの製造方法は、導電性多孔質高分子で修飾された電極と、前記導電性多孔質高分子に接し、膜タンパク質が融合された脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有し、膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサの製造方法である。
【0035】
本発明の製造方法は、以下の工程(1)〜(4)を含む方法である。
工程(1):電極を導電性多孔質高分子で修飾する工程。
工程(2):工程(1)の後に前記導電性多孔質高分子に膜タンパク質を保持させる工程。
工程(3):工程(2)の後に脂質二重層を形成する工程。
工程(4):工程(3)の後に電解質溶液の昇温および前記導電性多孔質高分子への電圧印加、または前記昇温若しくは前記電圧印加により、前記導電性多孔質高分子に保持された前記膜タンパク質を前記脂質二重層に融合する工程。
【0036】
以下、本発明の製造方法の一実施形態例として、図1に例示したバイオセンサ1を例にした製造方法について説明する。
工程(1)では、電極18に導電性多孔質高分子16を修飾することにより電極14とする。
電極18に導電性多孔質高分子16を修飾する方法としては、例えば、エチレンジオキシチオフェンと、ポリ(エチレンジオキシチオフェン)−ポリ(スチレン・スルフォン酸)の混合物を、金属電極18上で電気化学的に重合することにより形成する方法などが挙げられる。
【0037】
工程(2)では、導電性多孔質高分子16に膜タンパク質22を保持させる。
導電性多孔質高分子16を修飾して得られた電極14を、絶縁体10の小孔12の底部に設置し、小孔12を電解質溶液26で満たす(図2)。ここで、導電性多孔質高分子16を浸す電解質溶液26は、電解質溶液26aと異なる組成の電解質溶液であってもよいが、電解質溶液26aを用いることが好ましい。
【0038】
導電性多孔質高分子16に膜タンパク質22を保持させる方法としては、電解質溶液26中に、膜タンパク質22や、膜タンパク質22が埋め込まれたベシクルや、膜タンパク質22が固定化されたアフィニティービーズ(以下、これらを「膜タンパク質22等」という。)を混合し、導電性多孔質高分子16と膜タンパク質22の物理吸着を利用する方法が挙げられる(図2)。
【0039】
また、電解質溶液26に膜タンパク質22等を混合した後、電圧印加手段40により、電極14と電極24間に電圧を印加して、膜タンパク質22を導電性多孔質高分子16中に取り込ませてもよい(図3)。電解質溶液26中の膜タンパク質22は、plとpHの関係により正に帯電したり負に帯電したりするが、膜タンパク質22が正に帯電している場合は電極14(導電性多孔質高分子16)に負の電圧を、膜タンパク質22が負に帯電している場合は電極14(導電性多孔質高分子16)に正の電圧を印加することにより、膜タンパク質22を容易に導電性多孔質高分子16に保持させることができる。
印加する電圧としては、直流電圧、交流電圧、二相性の電圧が挙げられる。なかでも、電極14および電極24表面に生じる水素ガスの発生を抑えることができる点から、交流電圧または二相性の電圧を印加することが好ましい。
【0040】
工程(3)は、導電性多孔質高分子16上に脂質二重層20を形成する工程である。
脂質二重層20を形成する方法としては、例えば、一度電解質溶液26bを除き、脂質分子をn−デカンなどの有機溶媒に溶解し、該有機溶媒を導電性多孔質高分子16上に塗りつけた後、再度電解質溶液26bを注入する方法が挙げられる。脂質分子は、自発的に脂質二重層を形成する性質を有するため、これを利用することにより脂質二重層20を形成することができる。
【0041】
工程(4)では、導電性多孔質高分子16に保持されている膜タンパク質22を脂質二重層20に融合させる。
膜タンパク質22を脂質二重層20に融合させる方法としては、昇温手段を用いて電解質溶液26の温度を上昇させることにより、導電性多孔質高分子16に保持されていた膜タンパク質22放出させる方法が挙げられる(図4)。導電性多孔質高分子16は、イオン結合や共有結合に比べて弱い相互作用であるファンデルワールス力で膜タンパク質22を保持しているため、電解質溶液26の温度を上昇させることにより一度吸着保持された膜タンパク質22が電解質溶液26中に放出される。そして、脂質二重層20が導電性多孔質高分子16上に接して形成されているため、放出された膜タンパク質22が脂質二重層20に融合することができる。
電解質溶液26を昇温させる際の温度は、膜タンパク質22の種類によっても異なるが、膜タンパク質は多くの場合50℃以上で失活することから、50℃以下であること好ましい。
【0042】
また、図5に示すように、さらに電極14と電極24間に電圧を印加することにより、導電性多孔質高分子16から膜タンパク質22を放出させて脂質二重層20に融合させてもよい。印加する電圧としては、直流電圧、交流電圧、二相性の電圧が挙げられる。なかでも、電極14および電極24表面に生じる水素ガスの発生を抑えることができる点から、交流電圧または二相性の電圧を印加することが好ましい。
【0043】
また、本発明の製造方法では、前述の電解質溶液26を昇温させる方法と、電圧を印加する方法を併用して、導電性多孔質高分子16から膜タンパク質22を放出させて脂質二重層20に融合させることが好ましい。前記2つの方法を併用することにより、膜タンパク質22が脂質二重層20に融合する効率がより向上する。
また、これらの導電性多孔質高分子16に保持された膜タンパク質22の脂質二重層20への融合は、脂質二重層20における膜タンパク質22が失活して、次なる膜タンパク質22を融合させる際にも同様にして行うことができる。
【0044】
以上説明した本発明のバイオセンサは、低抵抗な導電性多孔質高分子を電極に用いることにより、S/N比の優れた電極を実現することができ、微小電流であっても高い精度で検出することができる。そのため、膜タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を高い精度で計測することができ、小孔の開口面積を小さくし、絶縁体10における小孔12の数を多くすることで、同一工程で多数の膜タンパク質に適用できるバイオセンサを作成することができる。
【0045】
また、本発明のバイオセンサの製造方法では、膜タンパク質を導電性多孔質高分子に保持させてから、該膜タンパク質を導電性多孔質高分子上に形成された脂質二重層に対し融合させることで、小孔に形成された脂質二重層であっても膜タンパク質を容易に融合させることができる。
さらに、導電性多孔質高分子に膜タンパク質を保持させておき、順次膜タンパク質を脂質二重層に融合させることができるため、脂質二重層中の膜タンパク質が失活したとしても、別の膜タンパク質を脂質二重層へ融合させることが可能となり、センサの機能を長時間維持することができる。
尚、本発明のバイオセンサは、図1に例示したバイオセンサ1には限定されない。例えば、電圧印加手段を備えていないものであってもよく、昇温手段を備えていないものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のバイオセンサは、優れたS/N比を有し微小電流の検出精度が高く、小孔に形成された脂質二重層に対しても膜タンパク質を融合させることが容易で、センサとしての機能を長期間維持できるため、タンパク質の電解質溶液中におけるイオン透過性の変化を電流の変化で計測するバイオセンサとして好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明のバイオセンサの実施形態の一例を示した概念図である。
【図2】導電性多孔質高分子に膜タンパク質を吸着させている様子を示した概念図である。
【図3】導電性多孔質高分子に電圧を印加して、導電性多孔質高分子に膜タンパク質を吸着させている様子を示した概念図である。
【図4】導電性多孔質高分子に保持されていた膜タンパク質を脂質二重層に融合させる様子を示した概念図である。
【図5】導電性多孔質高分子に電圧を印加して、導電性多孔質高分子に保持されていた膜タンパク質を脂質二重層に融合させる様子を示した概念図である。
【符号の説明】
【0048】
1 バイオセンサ 10 絶縁体 12 開口 14 電極 16 導電性多孔質高分子 18 電極 20 脂質二重層 22 膜タンパク質 24 他の電極 26、26a、26b 電解質溶液 30 電流検出部 40 電圧印加手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサであって、
導電性多孔質高分子で修飾された電極と、前記導電性多孔質高分子に接し、膜タンパク質が融合された脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有するバイオセンサ。
【請求項2】
前記導電性多孔質高分子に膜タンパク質が保持されている、請求項1に記載のバイオセンサ。
【請求項3】
前記導電性多孔質高分子と脂質二重層が浸される電解質溶液を昇温させる昇温手段および前記導電性多孔質高分子に電圧を印加する電圧印加手段、または前記昇温手段若しくは前記電圧印加手段を有する、請求項1または2に記載のバイオセンサ。
【請求項4】
前記電圧が、直流電圧、交流電圧、または二相性の電圧である、請求項3に記載のバイオセンサ。
【請求項5】
前記電圧印加手段を有し、前記膜タンパク質の等電点および前記電解質溶液のpHに応じて前記電圧印加手段の電圧を制御する電圧制御手段を有する、請求項3または4に記載のバイオセンサ。
【請求項6】
小孔が形成された絶縁体と、前記小孔の内部に位置する前記電極と、前記電極よりも前記小孔の開口側に位置する前記脂質二重層と、前記脂質二重層の前記電極と逆側に位置する他の電極と、前記電極と前記他の電極の間の電流を検出する前記電流検出部とを有する、請求項1〜5のいずれかに記載のバイオセンサ。
【請求項7】
導電性多孔質高分子で修飾された電極と、前記導電性多孔質高分子に接し、膜タンパク質が融合された脂質二重層と、電流を検出する電流検出部とを少なくとも有し、膜タンパク質を介して脂質二重層を通過するイオンを電流として検出するバイオセンサの製造方法であって、
電極を導電性多孔質高分子で修飾する工程(1)と、
工程(1)の後に前記導電性多孔質高分子に膜タンパク質を保持させる工程(2)と、
工程(2)の後に脂質二重層を形成する工程(3)と、
工程(3)の後に電解質溶液の昇温および前記導電性多孔質高分子への電圧印加、または前記昇温若しくは前記電圧印加により、前記導電性多孔質高分子に保持された前記膜タンパク質を前記脂質二重層に融合する工程(4)と、を含むバイオセンサの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−122115(P2010−122115A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297023(P2008−297023)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)