説明

バイオマーカー

【課題】 がんに対する化学放射線療法の治療効果、および、がん患者の予後を予測するためのバイオマーカーおよびその測定方法を提供すること。
【解決手段】 がんに罹患した脊椎動物から化学放射線療法による治療前に採取された血液中の、可溶性インターロイキン6受容体、MIP−1β、および、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型の濃度を測定することによって、その個体の有するがんに対する化学放射線療法治療効果を予測でき、可溶性インターロイキン6受容体の濃度を測定することにより、その脊椎動物の予後を判断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん患者に対する化学放射線療法の適用を判断するためのバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
腺癌および扁平上皮癌患者において、腫瘍除去手術前に化学放射線療法を行うことによって、手術単独により治療をする場合よりも癌患者の生存率が向上することが報告されている(例えば、非特許文献1および2参照)。しかしながら、がんに対する化学放射線療法の治療効果の高い患者と、治療効果の低い患者とが存在することが知られる。これらの患者を治療実施前に判別することができれば、患者にあった治療法を選択することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Thomas N. et al., New England Journal of Medicine, 1996 Aug, 15: 462-467.
【非特許文献2】Val Gebski et al., Lancet Oncol., 2007 Mar, 8(3): 226-234.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、扁平上皮癌に対する化学放射線療法の治療効果を予測するためのバイオマーカー、および、化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明に係るバイオマーカーは、扁平上皮癌に対する化学放射線療法の治療効果を予測するためのバイオマーカーであって、可溶性インターロイキン6受容体、マクロファージ炎症性タンパク質1β、および、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型から成る群から選択されることを特徴とする。
【0006】
本発明に係るバイオマーカーは、化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するためのバイオマーカーであって、可溶性インターロイキン6受容体であることを特徴とする。
【0007】
上記化学放射線療法の治療効果を予測するためのバイオマーカー、および、化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するためのバイオマーカーに関し、扁平上皮癌は、頭頚部扁平上皮癌あるいは食道扁平上皮癌であることが好ましい。
【0008】
また、化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するためのマーカーに関し、前記化学放射線療法が、術前化学放射線療法であることがより好ましい。
【0009】
本発明に係るバイオマーカーの濃度を測定する方法は、化学放射線療法前に採取された血液において、可溶性インターロイキン6受容体、マクロファージ炎症性タンパク質1β、および、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型の1種類以上のバイオマーカーの濃度を測定することを特徴とする。
【0010】
ここで、バイオマーカーの濃度を測定する方法に関し、血液が扁平上皮癌患者の血液であることが好ましい。また、バイオマーカーに対する特異的抗体を用いてバイオマーカーの濃度を測定することがさらに好ましく、扁平上皮癌が頭頸部扁平上皮癌あるいは食道扁平上皮癌であることが最も好ましい。
【発明の効果】
【0011】
がん患者に対する化学放射線療法の適用を判断するためのバイオマーカーおよびその測定方法を提供することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施例で、術前化学放射線療法による治療効果がグレード3であった食道扁平上皮癌患者群および治療効果がグレード1または2であった食道扁平上皮癌患者群における治療開始9年後までの生存率を示すグラフである。
【図2】本発明の一実施例で、術前化学放射線療法による治療効果がグレード1、2、3であった各患者群において、蛍光ビーズアレイシステムにより測定した血中可溶性インターロイキン6受容体(sIL6R)濃度を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施例で、術前化学放射線療法による治療効果がグレード1、2、3であった各患者群において、蛍光ビーズアレイシステムにより測定した血中マクロファージ炎症性タンパク質1β(MIP−1β)濃度を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施例で、術前化学放射線療法による治療効果がグレード1、2、3であった各患者群において、蛍光ビーズアレイシステムにより測定した血中プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型(PAI−1)濃度を示すグラフである。
【図5】本発明の一実施例で、術前化学放射線療法による治療効果がグレード1、2、3であった各患者群において、サンドイッチELISA法により測定した血中sIL6R濃度を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施例において、蛍光ビーズアレイシステムによる血中sIL6R濃度の30ng/mlを閾値として群分けした食道扁平上皮癌患者における、治療開始後生存率を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施例において、サンドイッチELISA法による血中sIL6R濃度の30ng/mlを閾値として群分けした食道扁平上皮癌患者における、治療開始後生存率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。
【0014】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0015】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0016】
==バイオマーカー==
本明細書において、がんに対する化学放射線療法による治療効果を予測するためのバイオマーカー(治療効果予測マーカーとも称する)は、化学放射線療法の治療効果が高いがんを有する患者(著効群)を抽出するためのバイオマーカー(著効マーカー)、化学放射線療法の治療効果が低いがんを有する患者(非著効群)を抽出するためのバイオマーカー(非著効マーカー)を含む。また、化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するためのバイオマーカー(予後予測マーカーとも称する)は、化学放射線療法後に外科的に癌除去手術を受けた患者において、予後が長い患者と短い患者を識別するためのバイオマーカーである。
【0017】
本明細書で、「化学放射線療法」とは、「化学放射線療法」のみを単独で行う治療法であっても、手術前に行う「術前化学放射線療法」や手術後に行う「術後化学放射線療法」であっても、手術以外のその他の治療法と組み合わせて行う化学放射線療法であってもよい。また、「化学放射線療法」は、抗がん剤投与等による「化学療法」と放射線照射による「放射線療法」の両方を組み合わせた治療法であることが好ましいが、化学療法、あるいは、放射線療法のどちらか一方による治療法であってもよい。化学療法における、抗がん剤の種類は特に制限されず、当業者に周知の抗がん剤であればよく、例えば、フルオウラシル、CDDP等であってもよい。抗がん剤の投与量、投与スケジュール等は、抗がん剤の種類や患者の条件によって選択され、複数種の抗がん剤が共投与されてもよい。放射線療法における、放射線強度、放射時間等はがんの治療に通常使用される範囲で特に制限されない。
【0018】
ここで、本明細書におけるがんは、上皮細胞由来の癌、非上皮細胞由来の腫瘍、血液のがんなどの新生物(neoplasm)を意味するものであり、その進行度により制限されない。化学放射線療法による治療効果の予測対象、および予後予測対象としては、扁平上皮癌であることが好ましく、頭頚部扁平上皮癌または食道扁平上皮癌であることがより好ましく、食道扁平上皮癌であることが最も好ましい。頭頚部扁平上皮癌として、例えば、鼻腔癌、上顎癌、上顎洞癌、舌癌、口腔底癌、歯肉癌、頬粘膜癌、上咽頭癌、中咽頭癌、下咽頭癌、喉頭癌が挙げられる。また、食道扁平上皮癌として、例えば、上部食道癌、中部食道癌等、下部食道癌が挙げられる。なお、口腔粘膜上皮と食道粘膜上皮は、発生学的および組織学的には同種に分類される上皮組織である。
【0019】
本発明に係る治療効果予測マーカーは、可溶性インターロイキン6受容体(sIL6Rとも称する)、マクロファージ炎症性タンパク質1β(MIP−1βとも称する)、および、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型(PAI−1とも称する)である。がんに罹患する脊椎動物から化学放射線療法による治療前に採取した血液中の治療効果予測マーカーの含有量を測定することにより、その個体の有するがんに対する化学放射線療法の治療効果を予測することができる。
【0020】
また、本発明に係る予後予測マーカーは、可溶性インターロイキン6受容体(sIL6R)である。従って、可溶性インターロイキン6受容体は、治療効果予測マーカーとしても予後予測マーカーとしても有効に使用できる。
【0021】
==バイオマーカーの測定方法==
バイオマーカーの測定の対象となる動物は、本発明に係るバイオマーカーが少なくとも1種類存在する脊椎動物であればヒトでもヒト以外でもよく、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウマ、ヒツジ、ウサギ、ブタ、サル等の哺乳動物であることが好ましく、ヒトであることが最も好ましい。また、脊椎動物の年齢、性別は制限されない。以下、ヒトの患者を例にして説明する。
【0022】
バイオマーカーの測定に先立って、測定に供する血液に前処理をしておくことが好ましい。例えば、静置や遠心分離などによって血液から血清または血漿を分離し、取り出した血清または血漿を測定に用いることが好ましい。
【0023】
本発明に係るバイオマーカーの測定は、いずれか1種類のみを測定しても、複数種のバイオマーカーを同時に測定しても、あるいは、複数種のバイオマーカーを順に測定してもよく、測定方法、血液の量などに従って、当業者が適宜決定することができる。また、本発明に係るバイオマーカー含有量と、1種類以上の他の物質の含有量や濃度を同時に測定しても構わない。
【0024】
採血された血液に含まれるバイオマーカーの含有量は、公知の方法によって測定することができる。例えば、バイオマーカーに特異的な抗体を用い、直接競合法、間接競合法、サンドイッチ法等のELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法、RIA(radioimmunoassay)法、フローメトリー法、イムノクロマトグラィー等の周知の方法によって、バイオマーカー含有量を測定してもよい。この場合、バイオマーカーに特異的な抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、由来する動物種により制限されない。なお、抗体は、免疫グロブリン全長からなる抗体、および、部分抗体を含む。部分抗体とは、抗原結合部位を含み、抗原結合活性を有する抗体の断片であって、Fab断片やF(ab’)断片を例示できる。また、抗体を標識物質で標識する場合、標識物質としては、例えば、蛍光物質(例えば、FITC、ローダミン、ファロイジン等)、金等のコロイド粒子、Luminex(登録商標、ルミネックス社)等の蛍光マイクロビーズ、重金属(例えば、金、白金等)、色素タンパク質(例えば、フィコエリトリン、フィコシアニン等)、放射性同位体(例えば、H、14C、32P、35S、125I、131I等)、酵素等(例えば、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、ビオチン、ストレプトアビジン等の物質を指すがこれらに制限されない。
【0025】
例えば、サンドイッチELISA法によって測定する場合の一例を挙げる。まず、バイオマーカーに特異的な抗体(抗体1)をマイクロプレート等の固相に固定化させておく。この固相に対し血清を添加すると、血清中のバイオマーカーが抗体に結合して免疫複合体が形成される。余剰の血清を除去した後、抗体1とは異なるエピトープを認識する、標識物質で標識された抗体(抗体2)を添加し、バイオマーカーに結合させる。余剰の抗体2を洗浄除去した後、マイクロプレートに残存する標識物質の量を測定する。予め、マイクロプレートに添加したマーカー量と残存標識物質量の関係を示す検量線を作成しておき、この検量線を用いて、血液中のマーカー量を算出することができる。
【0026】
また、フローメトリー法の一例として、蛍光ビーズアレイシステム Luminex(日立ソフト)によって測定する場合の一例を挙げる。まず、バイオマーカーに特異的な抗体(抗体1)を蛍光マイクロビーズにより標識しておく。この標識抗体と血清を混合すると、血清中のバイオマーカーが抗体に結合して免疫複合体が形成される。ここに、バイオマーカー特異的抗体1とは異なるエピトープを認識する、ビオチン標識されたバイオマーカー特異的抗体(抗体2)を添加すると、抗体2は、抗体1に結合したバイオマーカーにさらに結合する。さらに、アビジン化蛍光色素を添加すると、抗体2を標識するビオチンに結合し、アビジン−ビオチン複合体が形成される。この試料を、フローサイトメトリーに供すると、蛍光マイクロビーズの蛍光波長によりビーズが特定される。そして、特定されたビーズ表面の蛍光量の測定値から、バイオマーカー量が定量される。なお、本方法によると、異なる励起波長を有する蛍光色素によって、異なるバイオマーカーに特異的な抗体(抗体1)をそれぞれ標識することにより、複数種のバイオマーカーを同時に測定することができる。
【0027】
==バイオマーカーの使用方法==
本発明に係るバイオマーカーの使用方法には、例えば以下のような態様が含まれる。
【0028】
<化学放射線療法の治療効果を予測する方法>
がんに罹患した脊椎動物から化学放射線療法による治療前に採血して得られた血液中のバイオマーカーの含有量を測定することにより、その個体の有するがんに対する化学放射線療法の治療効果を予測することができる。
【0029】
ここで、バイオマーカーの含有量とは、バイオマーカーの絶対濃度が好ましいが、バイオマーカーの絶対濃度と相関して各個体の絶対濃度の比較ができる値であれば制限されず、相対濃度や、単に体積当たりの重量や、絶対濃度を知るために測定した生データなどでも良い。
【0030】
sIL6R、MIP−1β、及びPAI−1は、化学放射線療法が著効であるかどうかを予測するのに有効な治療効果予測マーカーである。例えば、ある患者群において、化学放射線療法前に血液中のバイオマーカーの含有量を調べておく。その後に化学放射線療法による治療効果を調べ、治療効果の高い著効群と治療効果の低い非著効群を分け、各群におけるバイオマーカーの血中含有量の範囲を設定する。ここで、「治療効果が高い」あるいは「治療効果が低い」との判断は、当業者が周知技術に照らし合わせて決定した所定の基準に従って行えばよい。例えば、食道扁平上皮癌に対する化学放射線療法の場合、病理組織学的判断基準(食道癌取扱い規約第10版)に定めるグレード3の治療効果が得られる場合に治療効果が高く、グレード2以下の治療効果しか得られない場合に治療効果が低いと判断してもよい。予測対象の患者に対して、バイオマーカーの血中含有量を調べ、どちらの範囲に入るかを調べる。その結果、例えば、著効群の範囲にある場合、化学放射線療法を適用することとし、非著効群の範囲にある場合、あるいは著効群の範囲にない場合、化学放射線療法を適用しないこととしてもよい。
【0031】
あるいは、範囲を設定するのではなく、著効かどうかを予測するための、化学放射線療法による治療前に採血した血液中のバイオマーカー含有量の閾値を決定してもよい。閾値の決定方法は、当業者の定法に従えばよく、特に限定されないが、著効患者が、閾値未満に第1の所定の割合含まれ、非著効患者が、閾値以上に第2の所定の割合含まれるように、閾値を決定すればよい。第1の所定の割合も第2の所定の割合も高くなるように閾値を設定することが好ましく、50%以上が好ましく、70%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましく、100%が最も好ましい。両方の値を高く設定すると、特異度(specificity)および感度(sensitivity)が高くなる。従って特異度および感度の両方が高くなるように閾値を設定することで、予測対象の患者に対し、著効と非著効を高い確率で判別することができるようになる。例えば、これらの値は、50%以上が好ましく、70%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましく、100%が最も好ましい。閾値の決定に際しては、あるいは、SAS社の統計ソフトJMPなどを用い、判別のカイ二乗値が最良となるような値を求めてもよい。具体的には、例えば、sIL6R血中濃度10〜35ng/mlに閾値を設けてもよいが、20〜30ng/mlに閾値を設けることがより好ましい。
【0032】
具体的には、例えば、sIL6R血中濃度10〜35ng/mlに閾値を設けて、閾値未満の患者群を著効群、閾値以上の患者群を非著効群としてもよいが、20〜30ng/mlに閾値を設けることが好ましく、30ng/mlに閾値を設けることが最も好ましい。また、MIP−1β血中濃度10〜200pg/mlに閾値を設けて、閾値未満の患者群を著効群、閾値以上の患者群を非著効群としてもよいが、50〜150pg/mlに閾値を設けることが好ましい。また、PAI−1血中濃度100〜60000pg/mlに閾値を設けて、閾値以上の患者群を著効群、閾値未満の患者群を非著効群としてもよいが、20000〜50000pg/mlに閾値を設けることがより好ましい。
【0033】
なお、治療効果予測の精度を考慮すると、マーカー量の範囲やマーカー量の閾値を設定するための測定に供する血液が由来する動物と、予測対象の動物は、動物種が同じであり、かつ、同種のがんに罹患していることが好ましい。
【0034】
なお、本発明に係るバイオマーカーは、2種類以上のマーカーを組み合わせて用いてもよい。また、本発明に係る治療効果予測マーカーによる治療効果の予測は、他のがん診断法と組み合わせて行ってもよく、簡便性から、他の血液マーカーと組み合わせることが好ましい。
【0035】
<治療後の予後の予測方法>
がんに罹患し、化学放射線療法前に採血した後、外科手術で癌を除去した脊椎動物において、採血した血液中のバイオマーカーの含有量を測定することにより、その個体の有する予後を予測することができる。
【0036】
がん患者の予後は、治療開始後の生存年数に反映するため、例えば、ヒトの場合、治療開始後5年間生存した場合に予後が良好、治療開始後5年未満に死亡した場合に予後が不良と判断してもよい。
【0037】
sIL6Rは、予後の長い患者及び予後の短い患者を効率よく識別することができる予後予測マーカーでもある。なお、予後予測マーカー血中濃度の範囲、あるいは閾値は、「化学放射線療法の治療効果を予測する方法」の記載と同様の方法にして設定し、それに基づき予後を予測すればよい。
【実施例】
【0038】
[実施例1] 本実施例では、癌組織に対する化学放射線療法の治療効果が患者の生存率に関連することを示す。
【0039】
東京医科大学病院消化器外科小児科にて、進行性食道扁平上皮癌患者(37名)に対し、術前化学放射線療法を行い、その4週間後に食道切除手術を行った。化学療法には、フルオウラシルおよびCDDPを用い、放射線療法はLinac(直線加速器)による電子線照射を行った。
【0040】
なお、化学放射線療法は4週間にわたり、各週1日目から5日目まで連続で行った。一日当たり、フルオウラシル(5−FU、協和発酵キリン株式会社)350mg/m(患者体表面積)、CDDP(日本化薬)5mg/m(患者体表面積)を投与し、全治療期間でそれぞれ計7000mg/mおよび計100mg/mを投与した。また、放射線を一日当たり2Gy照射し、全治療期間で計40Gyを照射した。
【0041】
食道切除手術時に切除された組織を、病理組織検査に供し、病理組織学的判定基準(食道癌取扱い規約 第10版、表1参照)に従って、術前化学放射線療法の治療効果を判定した。また、上記37名の食道扁平上皮癌患者について、最長治療開始9年後まで生存を追跡した。
【表1】

【0042】
37名の食道扁平上皮癌患者について、病理組織検査による化学放射線療法の治療効果がグレード3であった患者とグレード1または2であった患者に群分けし、各群における男女別、年齢、癌占拠部位、病期分類を表2に示す。
【表2】

(本表の「占拠部位」および「病気分類」については、Hayashida Y, Honda K, Osaka Y, Hara T, Umaki T, Tsuchida A, Aoki T, Hirohashi S, Yamada T. Possible prediction of chemoradiosensitivity of esophageal cancer by serum protein profiling. Clin Cancer Res. 2005 Nov 15;11(22):8042-7参照。)
【0043】
表2に示すように、化学放射線療法後、病理組織検査によりグレード3の判定を受けた患者は7名、一方、グレード1あるいは2の判定を受けた患者は30名であった。これらの患者について、最長約9年後までの生存率を示すグラフを図1に示す。
【0044】
図1に示すように、化学放射線療法によってグレード3の効果が得られた患者群は9年生存率が約80%であり、一方、グレード1または2の効果が得られた患者群では9年生存率は約20%であった。このように、化学放射線療法の治療効果は患者の生存率に相関を示す。
【0045】
[実施例2] 本実施例では、バイオマーカーsIL6R、MIP−1βおよびPAI−1により化学放射線療法の治療効果を予測できることを示す。
【0046】
上記食道扁平上皮癌患者から化学放射線療法前に採取しておいた血液について、蛍光ビーズアレイシステム Luminex(日立ソフト社)あるいはサンドイッチELISA法により、sIL6R、MIP−1β、PAI−1の3種類のバイオマーカーを測定した。
【0047】
==蛍光ビーズアレイシステム Luminexによる測定==
sILR6の測定についてはBiosource 社のExtracelular Luminex Kit sILR6 (品番LHR0061)、MIP−1βの測定についてはBiosource 社のExtracelular Luminex Kit MIP-1β (品番LHC1051)、PAI-1の測定についてはR&D 社のPAI-1, Human, Fluorokine MAP kit (商品コードLOB1359)を用い、日立ソフトにおいて委託解析を行った。
【0048】
図2A、Bにはグレード1、2、3の群の各患者におけるsIL6R濃度を示しているが、sIL6R濃度は、グレード1+2の患者群と比較し、グレード3の患者群において有意に低かった。
【0049】
図3には、グレード1、2、3の群の各患者におけるMIP−1β濃度を示しているが、MIP−1β濃度は、グレード1+2の患者群と比較し、グレード3の患者群において有意に低かった。
【0050】
図4には、グレード1、2、3の群の各患者におけるPAI−1濃度を示しているが、PAI−1濃度は、グレード1+2の患者群と比較し、グレード3の患者群において有意に高かった。
【0051】
==サンドイッチELISA法による測定==
Quantikine Human IL-6 sR Immunoassay(R&D systems 社)を用いたサンドイッチELISA法により、血中sIL6R濃度をSRLで委託測定した。
【0052】
図5に示すように、サンドイッチELISA法により測定した場合にも、著効群(グレード3)では、非著効群(グレード1、2)と比較して、sIL6R濃度が有意に低かった。
【0053】
このように、sIL6R、MIP−1β、および、PAI−1の血中濃度は、化学放射線療法の治療効果が著効である群(グレード3)と、非著効である群(グレード1、2)において、有意に差がある。よって、これらのバイオマーカーを用い、化学放射線療法の治療効果を予測することができる。
【0054】
しかしながら、sIL6RとMIP−1βについて、著効群における濃度分布は、非著効群における分布に重複している。従って、これらのマーカーは、特に化学放射線療法が非著効である個体を見つけるのに有効である。例えば、著効群におけるsIL6RおよびMIP−1βの濃度の最高値を閾値とし、その閾値より濃度が高い個体を特定することにより、効果的に、非著効である個体を識別することができる。その閾値より濃度が低い個体に関しては、化学放射線療法の効果がある確率が高くなるので、化学放射線療法を行ってもよいが、状況によって判断するのが好ましい。
【0055】
一方、非著効群におけるPAI−1の濃度分布は、著効群におけるPAI−1の分布に重複している。従って、このマーカーは、特に化学放射線療法が著効である個体を見つけるのに有効である。例えば、非著効群におけるPAI−1濃度の最高値を閾値とし、その閾値より濃度が高い個体を特定することにより、効果的に、著効である個体を識別することができる。その閾値より濃度が低い個体に関しては、化学放射線療法の効果がない確率が高くなるので、化学放射線療法を行わなくてもよいが、状況によって判断するのが好ましい。
【0056】
[実施例3] 本実施例では、本願に係るバイオマーカーによって、患者の予後が予測できることを示す。
【0057】
実施例2で蛍光ビーズアレイシステムまたはサンドイッチELISA法によって測定したsIL6R濃度について、30ng/mlを閾値とした。このとき、血中濃度が閾値より高い高sIL6R群と血中濃度が閾値より低い低sIL6R群について、治療開始最長6年後あるいは9年後までの生存率を示したグラフをそれぞれ図6と図7に示す。
【0058】
蛍光ビーズアレイシステムによる測定では、18症例が高sIL6R群、19症例が低sIL6R群と判定された。6年生存率は、高sIL6R群では約25%であったのに比較し、低sIL6R群では約90%と、有意に高かった(P=0.0012、long-rank 検定)。なお、6年後の著効マーカーとしての感度は77%、および特異度は89%となる。
【0059】
また、サンドイッチELISA法による測定でも、18症例が高sIL6R群、19症例が低sIL6R群と判定された。9年後生存率は、高sIL6R群では約15%であったのに比較し、低sIL6R群では約60%と、有意に高かった(P=0.042、long-rank 検定)。なお、9年後の著効マーカーとしての感度は78%、および特異度は57%となる。
【0060】
このように、本発明に係るバイオマーカーsIL6Rによって、患者の予後が予測できる。
【0061】
[実施例4] 本実施例では、sIL6Rが、食道扁平上皮癌患者における化学放射線療法による治療効果や予後のみを反映し、その他の要因を反映しないことを示す。
【0062】
表2に示した食道扁平上皮癌患者について、年齢、性別、癌占拠部位、病期分類の各要因が、sIL6Rの血中濃度に関連するかどうかを、コックスの比例ハザード回帰解析によって確認した。解析結果を表3および4に示す。
【表3】

【表4】

【0063】
以上の結果は、sIL6Rは、患者の年齢、性別、癌占拠部位からは独立したバイオマーカーであり、病期分類と関連があることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
扁平上皮癌に対する化学放射線療法の治療効果を予測するためのバイオマーカーであって、
可溶性インターロイキン6受容体、マクロファージ炎症性タンパク質1β、および、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子活性型から成る群から選択されることを特徴とするバイオマーカー。
【請求項2】
化学放射線療法を受けた扁平上皮癌患者の予後を予測するためのバイオマーカーであって、
可溶性インターロイキン6受容体であることを特徴とするバイオマーカー。
【請求項3】
前記扁平上皮癌が、頭頚部扁平上皮癌あるいは食道扁平上皮癌であることを特徴とする、請求項1または2に記載のバイオマーカー。
【請求項4】
前記化学放射線療法が術前化学放射線療法であることを特徴とする、請求項2に記載のバイオマーカー。
【請求項5】
バイオマーカーの濃度を測定する方法であって、
化学放射線療法による治療前に採取された血液において、請求項1に記載の1種類以上のバイオマーカーの濃度を測定することを特徴とする測定方法。
【請求項6】
前記血液が、扁平上皮癌患者の血液であることを特徴とする、請求項5に記載の測定方法。
【請求項7】
前記バイオマーカーに対する特異的抗体を用いて当該バイオマーカーの濃度を測定することを特徴とする、請求項5または6に記載の測定方法。
【請求項8】
扁平上皮癌が、頭頚部扁平上皮癌あるいは食道扁平上皮癌であることを特徴とする、請求項6または7に記載の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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