説明

バイオリアクター

【課題】微生物のバイオフィルムは産業的価値が高い。また、微生物を、バイオフィルムを形成する条件下で培養することにより二次代謝物を高濃度に得ることができる。本発明は、微生物バイオフィルムを形成する条件下で培養を行うためのバイオリアクターの提供を課題とする。
【解決手段】培養中に通気を行わず静的に枯草菌の培養を行うことを特徴とするバイオリアクターを提供する。さらには、上記バイオリアクターであって、形成されるバイオフィルムを分離する機構を有することを特徴とするバイオリアクターを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
培養中に通気を行わず静的に枯草菌(Bacillus subtilis)の培養を行うことを特徴とするバイオリアクターに関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を静置培養することにより得られる微生物の構造体をバイオフィルムいう。バイオフィルムは膜状の構造体である場合が多いが、そのほかの形状をとる場合もある。
【0003】
バイオフィルムは微生物の自然の状態と考えられ、バイオフィルム中で、微生物は固体または液体表面に存在する細胞外重合物質(EPS)内の共同体で生存すると考えられている。
【0004】
枯草菌のバイオフィルムについてこれまで特許文献1から4などの報告がされている。枯草菌はバイオフィルムとして培養することにより、高い細胞密度、および高い胞子密度で培養され、また、バイオフィルムを形成する条件で培養することにより、イチュリン(iturin)などの工業的に有用な二次代謝物を、通常の培養よりも、より効率よく培養液中に分泌することを本発明者らはこれまでに示してきた(非特許文献1−3)。
【0005】
また、出願人はこれまでにバイオフィルムに関する特許出願を行っており、特許文献1(PCT/JP2010/056128)では、バイオフィルムを用いた種子コーティングの有用性を示した。
【0006】
これまでに、微生物を静的に培養するバイオリアクターは多く存在するが、バイオフィルムを形成することを目的としたバイオリアクターは存在せず、当然、枯草菌のバイオフィルムを形成する条件で培養するリアクターは存在しなかった。従来のバイオリアクターでは、酸素あるいは酸素を含む大気を送り込む通気条件下で培養が行われている。
【0007】
一方、枯草菌(Bacillus Subtilis)は偏性好気性菌に分類されるが、近年、酸素の追加的供給がほぼ皆無の状態で増殖することが知られている。
本発明では、枯草菌のバイオフィルムを形成する条件下で、培養を行うための、酸素供給を行わず静的に微生物の培養を行うバイオリアクターを提供する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】PCT/JP2010/056128
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Journal of Biotechnology, 127, 503−507 (2007)
【非特許文献2】Journal of Environmental Science S24−S27 (2009)
【非特許文献3】Journal of Environmental Science S36−S39 (2009)
【非特許文献4】Journal of Bioscience and Bioengeneering,101, 1−8 (2006))
【非特許文献5】J. Gen. Appl. Microbiol.,38,635−640(1992).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
枯草菌のバイオフィルムを形成する条件下で培養を行うためのバイオリアクターの提供。
【課題を解決するための手段】
【0011】
通気を行わず静的に微生物の培養を行うためバイオリアクターを提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のバイオリアクターを用いると、枯草菌を1010個/ml以上の菌数に培養することができ、従来のバイオリアクターを用いた場合の10倍、胞子では10000万倍高い菌数を得ることができる。また、本発明のバイオリアクターで培養をすると枯草菌の培養の際の二次代謝物である、イチュリン(iturin)、サーファクチン(surfactin)、プリパスタチン(plipastatin)、アグラスタチン(agrastatine)、シデロフォアース(siderophores)、アミラーゼ(amylase)、セルラーゼ(cellulase)など、産業的に利用価値の高い物質を培養液中に高濃度で得ることができる。
【0013】
また、本発明のリアクターは、通気を行わず、さらに培養が静的であるため、培養にかかるエネルギーが非常に低い。したがって、環境への負担が少なく、低コストの培養が可能となる。一般的なバイオリアクターであれば、30KWの熱量を要する培養に、本発明のバイオリアクターであれば、1KWしか要さない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のバイオリアクターの培養庫の一例を示す図である。
【図2】本発明のバイオリアクターの培養容器の一例を示す図である。
【図3】本発明のバイオリアクターの培養庫の一例を示す図である。
【図4】本発明のバイオリアクターの培養庫の一例を示す図である。
【図5】本発明のバイオリアクターのバイオフィルム回収機構について例示する図である。
【図6】本発明のバイオリアクターの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、通気を行わず静的に枯草菌の培養を行うためバイオリアクターを提供する。
通気を行わないとは、具体的には、培養容器2が大気に開放されてはいるが、酸素あるいは酸素を含む大気をバブリング等により、積極的に培養液に送り込まないことをいう。
静的に培養するとは、培養の際、振とう、撹拌等を行わず、静置して培養することをいう。
【0016】
さらには、本発明は静地培養のための培養容器が設置されていることを特徴とする上記バイオリアクターを提供する。また、さらには、本発明は形成されるバイオフィムを分離する機構をと有する上記バイオリアクターを提供する。
【0017】
以下本発明のバイオリアクターの一例を図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0018】
図1は本発明のリアクターの培養庫1を示す。培養庫1には静地培養のための培養容器2が設置されている。培養容器2に培地と微生物が投入され、枯草菌が培養される。培養容器2は、加熱滅菌が可能であれば金属、ステンレス、ポリプロピレン、ポリマー、プラスチック、ガラス、セラミックス、陶器等、素材は問わない。また形状、大きさは適宜選択されるべきであるが、バイオフィルムを効率的に形成するためには深さに対してある程度開口面積が大きいものが好ましく、形状は、トレイ状、フラスコ状、ビーカー状、などであり得る。また多層のトレイが重ね合わさった形状であってもよい。培養庫1には通気口3があり、培養中は開放しているが、積極的に酸素あるいは酸素を含む大気を送り込む通気は行わない。
【0019】
なお、培養開始の際、庫内に培地投入口4を設け、ここから植菌済みの培地を培養容器2内に投入する機構としてもよい。また、培養庫1には、適宜、庫内の操作などのために用いる開閉可能な扉5、殺菌用紫外線灯6、温度制御装置7、湿度制御装置8、庫内大気の循環のためのファン9、温度センサー10、湿度センサー11、培養液回収用配管12を設置することができる。なお、培養の効率を上げるため、なお、図2に示すように、培養容器は、多層になっていてもよいし、また、培養庫1内に、図3の様に支持架13を用いて、複数の培養容器2が設置されていてもよい。さらに、図4のように、一の支持架中に複数の培養容器2を設置してもよい。
【0020】
さらに、本発明のリアクターはバイオフィルム回収機構を有することができる。これについて、図5を用いて説明する。図5は、バイオフィルム回収用具14を設置した培養容器2を示している。バイオフィルム回収用具14は、培養液を通過させるための穴が開いた構造体、たとえば網状の板である。この構造体は、加熱滅菌が可能な素材、ステンレス、ポリプロピレンなどでできている。また、バイオフィルム回収用具14の表面はバイオフィルムを効率的に捕捉するために、突起を持たせるなど、滑り止めの加工が施されてよい。培養中は図5(a)のように、バイオフィルム回収用具14は培養液液面15より下方に位置する。バイオフィルム形成後、図5(b)のように、培養液を培養液回収用配管12から回収することで、形成されたバイオフィルムはバイオフィルム回収用具14の上に回収される。また、バイオフィルム回収用具14に上下に動かせる機構を持たせ、バイオフィルム形成後に、図5(c)のようにバイオフィルム回収用具14を培養液液面より上に持ち上げ、バイオフィルムを回収することもできる。その後、再びバイオフィルム回収用具14を下げて、さらに形成されるバイオフィルムを回収することができる。まば、図5(d)に示すように、バイオフィルム回収用具14は傾斜する機構を持たせ、バイオフィルムをさらに収容することができる。なお、バイオフィルム回収用具14の表面は、バイオフィルムを効率的に捕捉するために、突起等の滑り止めがあってもよい。
【実施例2】
【0021】
本発明のリアクターはさらには作業を自動化することが可能である。自動化されたリアクターの概略図の例を図6に示す。以下図6について説明する。はじめに溶解・滅菌槽16に培地成分と湯(80度程度が好ましい)が投入され、培地成分が溶解され、培地が作製される。培地は加熱滅菌された後、冷却・植菌槽17に導入される。ここで、加熱滅菌できない無機塩類などを加熱以外の方法で滅菌したものが添加され、さらに、枯草菌の前培養液が投入される。なお、この段階で、一部試料を検査用に回収する場合もある。このように植菌された培地は、ポンプ19によって、培養庫1内の培養容器2に導入され、制御された温度および湿度の下、培養される。なお、リアクターは蒸気発生装置18を備えており、発生した蒸気をバルブ等を介して、リアクター全体あるいは目的の箇所に導入することで、リアクター内、培地等の滅菌が可能である。
【実施例3】
【0022】
以後、実際に、枯草菌を、通気を行わず、静的に培養を行った実験結果を示す。
培養に用いた枯草菌、および培養条件などは次のとおりである。
枯草菌として、枯草菌株RB14(非特許文献5)を用いた。RB14の凍結ストック溶液(10%グリセロール溶液に−80℃で保存)5mlをLB培地(1%ポリペプトン(日本化薬)、0.5%酵母抽出物(オリエンタル酵母)、0.5%NaCl、pH7.0)に加え、前培養のために1分間に120ストローク(spm)の振盪を加えながら、37℃で1晩培養を行ったものを前培養液として用いた。前培養した枯草菌RB14はその一部を、培養培地に接種して本培養を行った。培養培地の組成は8%ポリペプトンS(日本化薬),6.7% マルトース、0.5% KHPO、0.05% MgSO.7HO、25mg/l FeSO.7HO、22mg/l MnSO.7HO、184mg/l CaClである。鉄塩はフィルター滅菌し、その他はオートクレーブ滅菌を行った。
【0023】
菌数および、胞子数の測定は、バイオフィルムを含む培養液全体をホモジェナイズし、そのうちム500μlをワッセルマンチューブに無菌状態で回収して試料とした。ピペットでこれをさらに懸濁した後、100μlをプレート培養して、コロニー形成数(cfu)を測定した。一方、胞子形成数を確認するため、ワッセルマンチューブ中の残りの試料を80℃の温浴で20分加熱し、プレート培地に播種し、コロニー形成数を測定した。
【0024】
実験例1
100mlビーカーを培養容器として用いて、枯草菌株RB14の培養を通気を行なわず静的に行った。ビーカーは4重にたたんだアルミホイルで蓋をして、バブリング等の積極的な通気は行わなかった。用いたビーカーの底面積は19.6cmであった。1晩培養後、バイオフィルムが目視で確認できる程度に形成され、培養を続けることで、バイオフィルムは厚みを増した。バイオフィルムの厚さは7−8ミリメートル程度であった。バイオフィルムは折りたたまれながら稜線状に生育した。バイオフィルムの生育は3日間ほど続き、それ以上になると変性が起きた。
【0025】
バイオフィルムを含む培養液全体をよく撹拌してからファルコンチューブに移し、ボルテックスミキサーで1分間撹拌して、十分にホモジェナイズした。このうち1mlを菌数測定のために用いた。また同様の実験により、イチュリンAの濃度を経時的に測定した。イチュリンAの濃度は培養2日目以降に徐々に上昇し、6日目に3000mg/lと非常に高濃度になることが分かった。
【0026】
実験例2
培養容器として、10リットル容器(縦30cm横45cm高さ10cm)を用い、3リットルの上記と同様の培地を用い、枯草菌株RB14の培養を37℃で72時間、通気を行わず、静的に培養を行った。バイオフィルムを含む培養液全体をよく撹拌してからファルコンチューブに移し、ボルテックスミキサーで1分間撹拌して、十分にホモジェナイズした。このうち1mlを菌数測定、胞子数測定に用いた。菌数は1x1010個/mlであった。また、このうちのほとんど全てが胞子であった。
【0027】
比較例1
一般的なジャーファーメンターを用い、実験例2と同様の培養を行った。すなわち、培養容器として10リットル容器を用い、3リットルの上記と同様の培地を用い、枯草菌株RB14の培養を、1VVMの通気、および100rpmの振盪のもと、37℃で72時間培養を行った。培養液全体をよく撹拌してからファルコンチューブに移し、ボルテックスミキサーで1分間撹拌して、十分にホモジェナイズした。このうち1mlを菌数測定、胞子数測定に用いた。菌数は1x10個/mlであった。胞子数は10個/mlと、菌数の0.1%に過ぎなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養中に通気を行わず静的に枯草菌(Bacillus subtilis)の培養を行うことを特徴とするバイオリアクター。
【請求項2】
静地培養のための培養容器が設置されていることを特徴とする、請求項1に記載のバイオリアクター。
【請求項3】
形成されるバイオフィルムを分離する機構を有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のバイオリアクター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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