説明

ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶

【課題】 ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶及びその三次元構造を提供する。
【解決手段】 ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドからなるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶であって、該ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが特定アミノ酸配列を有する結晶。本発明の結晶のX線結晶解析により、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼに関する詳細な三次元構造が得られるので、本発明の結晶はヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤の分子設計に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶に関し、より詳細にはヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ、S−アデノシル−L−メチオニン、マグネシウムイオンおよびリガンドの四成分からなるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
カテコールO−メチルトランスフェラーゼ(COMT)は、生体内において、神経伝達物質であるカテコールアミン類およびカテコール構造を有する種々の化合物の代謝に重要な役割を果たしている。例えば、COMTは、パーキンソン病の治療薬として用いられているL−ドパの代謝に関与している。L−ドパは、ドパミンの前駆物質であって、脳内でドパミンに代謝されて効果を示す薬剤であるが、血中半減期が非常に短い欠点を有する。そのため、L−ドパは、通常、L−ドパの代謝酵素阻害剤である、COMT阻害剤とともに使用されている。COMTは、マグネシウムイオンの共存下に、その補酵素であるS−アデノシル−L−メチオニンからカテコール基質へのメチル基の転送を触媒する酵素であり、この酵素を阻害することによりL−ドパから3−O−メチル−L−ドパへの代謝が阻害されることが知られている。
【0003】
近年、哺乳動物のCOMTに関して精力的な研究がなされている。COMTは、補酵素であるS−アデノシル−L−メチオニンを収容する部位、COMTの基質となるリガンドを収容する部位、およびマグネシウムイオンを収容する部位を含むことが知られている。
ラットCOMTに関しては、ラットCOMT、S−アデノシル−L−メチオニン、マグネシウムイオンおよびリガンド(例えば、ジニトロカテコールなどのCOMT阻害剤)の四成分複合体の共結晶が報告され(例えば、非特許文献1、2および3参照)、それぞれプロテインデータベースに、pdb1vid.ent、pdb1h1d.ent、pdb1jr4.entとして登録されている。一方、ヒトCOMTに関しては、Carola Tilgmanらが、大腸菌におけるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの発現および精製に関する研究を報告しているが、ここで精製されたヒトCOMTには、大腸菌由来の除去できない不純物が混在し、さらには蛋白質発現時に分子量の異なるヒトCOMT類似の蛋白質を共に発現するため均一なヒトCOMTは得られず、ヒトCOMTの結晶化には成功していない(例えば、非特許文献4参照)。
【0004】
今日まで、ヒトCOMTの結晶については報告されておらず、従ってヒトCOMTの詳細な三次元構造については知られていない。
【非特許文献1】Vidgren J.ら, 「Nature」, 1994年, 368巻, p.354
【非特許文献2】Bonifacio M.ら, 「Mol. Pharmacol.」, 2002年, 62巻, p.795
【非特許文献3】Lerner C.ら, 「Angew. Chem. Intern. Edition」, 2001年, 40巻, p.4040
【非特許文献4】Tilgmann C.ら, 「J. Chromatography」, 1996年, 684巻, p.147-161
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤の分子設計に有用である、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ、S−アデノシル−L−メチオニン、マグネシウムイオンおよびリガンドの四成分からなるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、結晶化が可能であるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼについて鋭意研究を重ねたところ、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼと、S−アデノシル−L−メチオニン、マグネシウムイオンおよびリガンドとの四成分複合体が予想外にも極めて良好な結晶として得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドからなるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶であって、該ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む結晶に関する。
【0008】
本発明の結晶は、空間群P321を有し、その格子定数は、aが50.58ű0.3Å、bが50.58ű0.3Å、cが167.24ű0.4Å、αが90.0°、βが90.0°、γが120.0°に等しい値を有し、さらに好ましくは、aが50.58Å、bが50.58Å、cが167.24Å、αが90.0°、βが90.0°、γが120.0°に等しい値を有する。
【0009】
また、本発明の結晶は、S−アデノシルメチオニンを収容するポケットを有し、このポケットは、好ましくは、S−アデノシルメチオニンから5Åの範囲に含まれる、Met42、Asn43、Val44、Leu67、Gly68、Ala69、Tyr70、Cys71、Gly72、Tyr73、Ser74、Ile91、Glu92、Ile93、Asn94、Cys97、Gly119、Ala120、Ser121、Gln122、Phe141、Asp143、His144およびTrp145を含むアミノ酸残基により形成される。
【0010】
さらに、本発明の結晶は、リガンドを収容するポケットを有し、このポケットは、好ましくは、Trp40、Met42、Asp143、Trp145、Lys146、Asp171、Asn172、Pro176、Leu200およびGlu201を含むアミノ酸残基により形成される。
【0011】
本発明の好ましい実施態様では、本発明の結晶は、リガンドを収容するポケット内に、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤を含み、そのヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤は、好ましくは、3,5−ジニトロカテコールである。
【0012】
本発明において、以下の用語は以下の意味を有する。
【0013】
「リガンド」とは、生体高分子に結合する、低分子量の化合物を意味する。このようなリガンドの具体例として、例えば、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの基質、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ基質のアナログ、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤などが挙げられ、好適にはヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤である。
【0014】
「ポケット」とは、生体高分子に結合する化合物(例えば、補因子、リガンドなど)の結合領域を意味し、結合部位、結合領域、結合ポケット、収容ポケットとも称される。このようなポケットの具体例として、S−アデノシルメチオニン収容ポケットおよびリガンド収容ポケットが挙げられる。
【0015】
配列番号1に記載の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼは以下のようにして調製することができる。
組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼをコードするDNAを増幅するためのプライマー類の設計および調製は、当該分野の当業者には周知である、一般的な方法に従って行うことができる。例えば、完全長の蛋白質からC末端部位および/またはN末端部位の長さが変更された蛋白質をコードするDNAを増幅するためのプライマーは、鋳型cDNAにアニーリングさせる位置を変更し、更に5’側および/または3’側に適切な制限酵素認識部位を含むプライマーとして設計することができる。このようなプライマーを用いて、PCR反応を実施することにより、任意の長さの組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼをコードするDNAを増幅することが可能である。本発明においては、プラスミドに組み込みやすくするため、制限酵素認識部位が付加されたプライマー類として、5’側にBamH I、3’側にEcoR Iの認識部位を含む、下記のような5’-プライマーおよび3’-プライマーを使用する。
5’−プライマー: 5’−tctggatccatgggtgacaccaaggag−3’(配列番号3)
3’−プライマー: 5’−gaggaattctcagcccttgtagatggccttctc−3’(配列番号4)
これらのプライマーは、鋳型としてヒト肝臓cDNAを用い、DNAポリメラーゼ(例えば、KOD plusなど)を使用して標準的なPCR反応を行うことができる。増幅されたPCR産物は、好適には、制限酵素 BamH IおよびEcoR Iを用いて消化され、所望のベクター(例えば、pGEX-2Tなど)に連結される。続いて、この連結混合物を用いてプラスミド増幅用宿主細胞(例えば、大腸菌JM109など)を形質転換する。この宿主細胞を適切な培地中で培養することにより大量の組換えプラスミドが得られる。増幅された組換えプラスミドは、精製後、組換えペプチドを発現するための宿主細胞(例えば、大腸菌BL21 codon plus (DE3) RPなど)の形質転換に用いられる。続いて、形質転換後の大腸菌を適切な濃度のイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドの存在下、LB−アンピシリン培地にて、好適には室温で6〜15時間程度の培養を行い大腸菌の培養懸濁液を得る。この培養懸濁液を遠心分離後、得られた大腸菌ペレットを溶菌させ、例えば、pGEX-2Tをベクターとして用いた場合にはグルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)を吸着可能なレジンを混合することで発現させたタンパクを固相上に吸着させることができる。次いでトロンビンを適切な濃度で加え、低温条件下(例えば約4℃)で約12時間〜15時間インキュベーションすることにより組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを遊離させることができる。得られた組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの精製は例えば、陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー等により行うことができる。
【0016】
本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドからなる四成分複合体の結晶化は次のようにして行うことができる。
まず上記のようにして調製した組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを含む溶液を、適切な濃度、好ましくは約1.0〜約10.0mg/mL、さらに好ましくは約5.0〜約7.0mg/mLとなるように濃縮する。この濃縮溶液に、S−アデノシルメチオニン(補因子)およびリガンドの溶液と、必要に応じてマグネシウムイオン源とを、好ましくは蛋白質:補因子:マグネシウムイオン:リガンドのモル比が約1:2:2:2となるように添加し、蛋白質:補因子:マグネシウムイオン:リガンド複合体の溶液を調製する。
次に、緩衝剤、イオン強度源、アルコール類などを含む沈殿溶液を調製する。沈殿溶液に用いられる緩衝剤としては、例えば、Tris、Hepes、カコジル酸、クエン酸、酢酸、イミダゾールなどが挙げられ、好ましくは約0.1〜約0.2Mの濃度範囲でpHが約4.0〜約9.0の範囲内である緩衝剤が用いられる。イオン強度源としては、例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、クエン酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、硫酸リチウム、酢酸マグネシウム、酢酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、リン酸2水素カリウム、酢酸亜鉛、蟻酸マグネシウム、蟻酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、酒石酸ナトリウムカリウムなどが用いられる。アルコール類としては、例えば、一価もしくは多価アルコール、ポリエチレングリコールなどが用いられる。
続いて、上記のように調製した四成分複合体溶液の液滴と、沈殿溶液の液滴とを混合し、得られた混合液滴を、沈殿溶液を入れたウェル上で、ハンギングドロップ、シッテイングドロップ等の方法により保持させ、四成分複合体の結晶がX線回折に適した大きさに成長するまで、長期にわたって4℃から25℃の範囲の一定温度の条件下で放置する。
次いで、得られた四成分複合体結晶を約10〜15%(V/V)となるように抗凍結剤を加えた沈殿溶液に約30秒から約1分浸し、0.5mmから0.7mm径のナイロン製のループにて掬い取り、液体窒素中に直漬けし急速凍結させる。この際用いる抗凍結剤としてはグリセロール、ポリエチレングリコール、トレハロースなどが挙げられる。次いで凍結させた四成分複合体結晶はクライオバイアルに封じ込め、X線を照射するまで液体窒素を充填したデュワービンにて保存する。
【0017】
このようにして得られた本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドからなる四成分複合体の結晶構造を解析することによって、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの詳細な三次元構造が得られる。このような三次元構造の座標データ、特にリガンドを収容するポケットの座標データは、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤の分子設計に極めて有用であり、当該リガンド収容ポケットと任意の化合物とのドッキングスタディーを行うことにより、当該化合物が候補化合物として適切であるか否かをスクリーニングすることができる。このようなドッキングスタディーは当該分野の当業者には周知であり、種々のコンピュータソフトウェア、例えば、ADAM(株式会社医薬分子設計研究所)、ADAM&EVE(株式会社医薬分子設計研究所)、DOCK(カリフォルニア大学サンフランシスコ)、FlexX(トライポス社)などを使用して行うことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシル−L−メチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドの四成分複合体結晶を解析することにより、これまで知られていなかったヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼに関する詳細な三次元構造が得られる。さらにはヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが酵素活性を発現する部位である、S−アデノシル−L−メチオニン収容ポケットおよびリガンド収容ポケットに関する詳細な三次元構造が得られるので、本発明の結晶は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤の分子設計に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の内容を以下の実施例でさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。
以下の実施例において、配列番号1は、組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの配列である;配列番号2は、配列番号1の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを発現するように配列番号3および4のプライマーを用いて増幅されたDNA配列を示す;配列番号3は、配列番号2のDNAを増幅するために使用された5’プライマーの配列である;配列番号4は、配列番号2のDNAを増幅するために使用された3’プライマーの配列である;配列番号5は、配列番号2に示すDNAがプラスミドに組み替えられたかどうかをゲル電気泳動にて簡便に確認するための5’プライマーの配列であり、さらに配列番号5は、配列番号2に示すDNAがプラスミドに組み替えられたかどうかをダイターミネーター法にて確認するためにも使用できる;配列番号6は、配列番号2に示すDNAがプラスミドに組み替えられたかどうかをゲル電気泳動にて簡便に確認するための3’プライマーの配列である;配列番号7は、配列番号2に示すDNAがプラスミドに組み替えられたかどうかをダイターミネーター法にて確認するためのヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼDNA配列内部の5’プライマーの配列である。
【実施例】
【0020】
実施例1
(結晶化可能な組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの調製)
1)結晶化可能な組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの設計
本発明の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;3,5−ジニトロカテコール;およびマグネシウムイオンの四成分複合体の結晶に用いる組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼとして、配列番号1記載の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを設計した。この配列番号1記載の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼは、完全長のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼのN末端にGly-Ser-残基が付加され、C末端から7個のアミノ酸が欠失したものである。
完全長のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼをコードする、NCBI(National Center for Biotechnology Information)上に登録されている受入番号BC011935のDNA配列に基づき、配列番号1記載の組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼをコードするDNA配列を増幅するために2つのオリゴヌクレオチドプライマーを設計した。5’プライマーの配列を配列番号3に、3’プライマーの配列を配列番号4に示した。これらのプライマーは、所望のベクター中に該当PCR産物を挿入しやすくするために制限酵素部位(5’側はBamHI, 3’側はEcoRI)を含んでいる。
これらのプライマーによって得られるインサートDNAを配列番号2に示した。このインサートDNAを、下記に示すように、pGEX−2Tベクターに組込み、蛋白をGST融合蛋白として発現させ、その後、トロンビンで処理して、配列番号1に示す組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを調製した。この組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの酵素活性を、文献記載の方法(例えば、G. Zurcher および M. Da Prada.ら, 「Journal of Neurochemistry」, 1982年,38巻, p.191-195 )に従って調べたところ、完全長のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの酵素活性とほぼ同等の活性を有することが確認された。
【0021】
2)組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを発現するためのインサートDNAのクローニングおよび発現
配列番号3記載の5’プライマーおよび配列番号4記載の3’プライマーの各々を、TE緩衝液で希釈して15 pmol/μL 溶液とした。HO(PCR用, 34.8μL), 25 mM MgSO (2.0μL), 2 mM dNTPs (5.0μL), 10倍濃縮のDNAポリメラーゼ KOD plus 緩衝液 (5.0μL,東洋紡)を混合し、PCR反応用混合物を調製した。次いでヒト肝臓cDNA(Invitrogen)(5.0μL)が、このPCR反応用混合物に加えられた。各々のプライマー対(1μL, 15 pmol)を上記混合物に加え、最後に1.0μLのKOD plusが加えられた。その後、PCR反応が行われた。PCR反応は94℃2分間、94℃15秒間、59℃30秒間、68℃1分間でこのサイクルを40サイクル行った。次いで68℃5分間、4℃10分間で終了した。PCR産物の一部1.0μLを分取し、10 x ローデイング緩衝液(1.2μL)とHO(5.8μL)を加えた後に電気泳動により分析した。PCR産物は増幅されていた。
PCR産物をQIAquick PCR 精製キット(Qiagen)にて精製した。所望のインサートDNAは同キットのEB緩衝液(30μL)により溶出された。次いで溶出されたDNA(1.0μL)はTE緩衝液(99μL)により希釈され濃度が決定された。当該組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを発現するためのインサートDNAは0.112 μg/μL, 260nm/280nm = 1.99であった。
【0022】
3)組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼインサートDNAおよびpGEX-2T ベクターの二重消化
組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼインサートDNA(1.5μg)に、10 x EcoR I 緩衝液 (New England Biolab社) (3.0μL), HO(11.1μL), BamH I (1.5μL, 15 U, 10 u/μL)とEcoR I (1.0μL, 15 U, 15 U/μL)を加え混合した。混合溶液は37℃で1.5時間加熱された。更にその溶液に10Xローデイング緩衝液を加えた。混合溶液を電気泳動にて分離し、当該消化断片を有するDNAを含むゲルの部分を切り出し、Qiagen Mini Elute ゲル 抽出キット(Qiagen)を使用して精製した。当該消化断片DNAの濃度は33.1 ng/μLであった。
pGEX-2T ベクターDNA(1.5μg,Amersham)に、10 x EcoR I 緩衝液 (New England Biolab社) (3.0μL), HO(21.5μL), BamH I (1.5μL, 15 U, 10 u/μL)とEcoR I (1.0μL, 15 U, 15 U/μL)を加え混合した。混合溶液は37℃で1.5時間加熱された。更にその溶液に10Xローデイング緩衝液を加えた。混合溶液を電気泳動にて分離し、当該消化断片を有するDNAを含むゲルの部分を切り出し、Qiagen Mini Elute ゲル 抽出キット(Qiagen)を使用して精製した。当該消化断片DNAの濃度は25.0 ng/μLであった。
【0023】
4)ライゲーションと大腸菌JM109の形質転換
二重消化したpGEX-2T ベクター(2.0μL, 50 ng, 25 ng/μL)およびインサートDNA(1.0μL, 33.1 ng, 33.1 ng/μL)を、2 x ライゲーション緩衝液(5.0μL, PGEM)およびHO(1.7μL)に加えて混合した。次いで、リガーゼ(1.0μL, 3 U/μL, PGEM)を混合溶液に加え、その混合物を25℃で1時間インキュベーションした。次に、大腸菌JM109(100μL)を0℃にて溶解し、リガーゼで反応させた上記混合溶液(5μL)をJM109懸濁液に加え、穏やかに混合し、強く振動させないようにしながら(0℃,20分間,42℃40秒間,0℃30分間)の熱ショックを加えた。次いで、450μLのSOC溶液を熱ショック後の溶液に加え37℃で1時間振盪した。振盪後、混合溶液の50μLと200μLを、LB-アンピシリン培地のプレート上(直径9cm, アンピシリン濃度: 100μg/mL)にそれぞれ蒔き、37℃で16時間の静置培養をおこなった。その結果、プレート上にはコロニーが出現していた。培養後のプレートは使用時まで4℃にて保存した。
【0024】
5)GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼのPCR法によるコロニーセレクション
以下に示す配列番号5記載の5’プライマーと、配列番号6記載の3’プライマーとを、それぞれTE緩衝液で希釈し、15pmol/μL溶液とした。
5’プライマー:5’−gaagctatcccacaaattgataag−3’(配列番号5)
3’プライマー:5’−ctgacgggcttgtctgctcc−3’(配列番号6)
次いで、5’プライマーの希釈溶液(20 μL, 15 pmol/μL)、3’プライマーの希釈溶液(20 μL, 15 pmol/μL)、 HO(460 μL)、2倍濃縮AmpliTaq Gold Master Mix (500 μL, アプライドバイオシステムズ)を混合し22本のPCRチューブ(45 μL x 22 tubes)に分割した。4)で得られたLB-アンピシリン培地のプレート上より得られたコロニーから22個を選択し、各々を上記の22個のPCR混合溶液に別々に加えPCR反応を行った。尚、PCR反応の条件は以下に示すとおりである。1)95℃,5分間、2)95℃,15秒間、3)61℃,15秒間、4)72℃,1分間、5)1)から4)を40回繰り返し、6)72℃,7分間、7)4℃,10分間。次いでPCR生成物の1.0μLを分取し10Xローデイング緩衝液2.0μLを加え電気泳動にて分析した。GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが導入されているコロニーを10mL LB-アンピシリン培地(アンピシリン濃度100μg/mL)に加え37℃で15時間の培養を行った。
【0025】
6)GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼプラスミドの大腸菌JM109からの抽出と精製
5)で得られたGST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの形質転換が確認されたJM109の培養液は一部(100μL)をグリセロールストックとし、残りの培養液は12,000rpmで10分間遠心を行い、大腸菌ペレットを得た。得られた大腸菌ペレットはQiagen plasmid mini kit(Qiagen)のインストラクションマニュアルにより精製し、GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼをコードするプラスミドDNAを得た。それらの濃度はOD260nmによって決定され、311ng/μL、DNAと蛋白質濃度の比はOD260/280=1.87となった。各々のプラスミド溶液はTE緩衝液で希釈し1ng/μLの溶液とした。得られたプラスミドDNAの配列は、配列番号5および以下に記載の配列番号7に示すプライマーを用い、ダイターミネーター法にて分析することによって配列番号2のDNA配列のうち、5番目〜655番目の塩基を含む配列であることが確認された。
5’−プライマー;5’−catcgagatcaaccccgactg−3’(配列番号7)
【0026】
7)GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼプラスミドDNAの大腸菌 BL21 CODON PLUS (DE3) RP への形質転換
精製したGST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼプラスミドDNA1.0μL(1.0ng/μL)を0℃で融解した大腸菌BL21 CODON PLUS (DE3) RP 細胞懸濁液50μLに加え、0℃で30分間静置した。この混合物に強く振盪すること無しに42℃で40秒間の熱ショックを与え、0℃で10分間冷却した。次いで、450μLのSOC培地を細胞懸濁溶液に加え、37℃で1時間振盪した。得られた混合物をLB-アンピシリン培地のプレート(直径. 9cm, アンピシリン濃度100μg/mL)に蒔き、37℃で15時間静置培養した。
【0027】
8)GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの発現
形質転換後の大腸菌BL21 CODON PLUS (DE3) RP のプレートからGST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを発現するためのプラスミドを保有している大腸菌のコロニーを拾い上げ、10mLのLB-アンピシリン培地(アンピシリン濃度100μg/ml)に投入した。上記混合物はOD600nm値が0.24になるまで37℃にて4時間振盪培養を行った。培養液の一部50μLはグリセロールストックとした。また1.0mLをイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド添加前サンプルとして分取した。分取後の残りの混合溶液に0.1Mイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドを9.0μL加え20℃で6時間振盪した。次いで、混合物を12,000rpmで15分間遠心し、大腸菌ペレットを回収し使用時まで−80℃で凍結保存した。
【0028】
9)GST融合組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼのトロンビン処理
8)から得られたセルペレットは1セルペレット当たり1.8mLのBugBuster溶液(Novagen)により15分間室温にて穏やかに撹拌しながら処理した。得られたライゼートを12,000rpmで15分間遠心し、上澄み液を回収した。次いで、予めD−PBS(DULBECCO’S PHOSPHATE BUFFERED SALINE)にて平衡化し、D−PBSで50%に再懸濁させた。400μLのグルタチオン4B Sepharoseの(レジンベッドボリューム200μL)を上記上澄み溶液に加え、得られた混合物を4℃にて30分間振盪した。振盪後の混合物をフィルターによりレジンと濾液に分別した。得られたレジンを500μLのD−PBSで5回洗浄し、300μLのトロンビン処理用緩衝液(150 mM NaCl, 50 mM Tris HCl, pH 8.0, 10 % glycerol, 2.5 mM CaCl2, 0.5 % β-オクチル−D−グルコピラノシド)で3回洗浄した。次いで、レジンにトロンビン処理用緩衝液を加え500μLとし、トロンビン(アマシャムバイオサイエンス)5ユニットを加えた。レジン混合液は4℃で15時間穏やかに撹拌し、その一部をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動にて分析したところ、トロンビン処理により組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼに該当するバンドが検出された。一部のレジン混合液をろ過して得られた蛋白質の濃度は258μg/mLであった。更にエレクトロスプレー四重極型質量分析器にて当該組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの分子量を測定したところ観測値=23994.97となり、配列番号1記載のペプチドから算出される理論値=23997.67と良い一致をみた。
【0029】
10)組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの固相抽出による精製と透析処理
トロンビン処理後のレジン懸濁液を空きカラムにロードしその濾液を回収した。次いでこの操作で得られた濾液をGSTrap FF(アマシャムバイオサイエンス)にぺリスタポンプでロードし、その濾液を回収した。この濾液を2.0リットルの緩衝液(10mM NaCl, 10% Glycerol, 20mM Tris pH7.0, 0.5%β−オクチル−D−グルコピラノシド, 4.0mM ジチオスレイトール)を用いて一晩透析した。
【0030】
11)Super Q-5PWカラムクロマトグラフィー
透析後のサンプル溶液を約10〜12mL(蛋白質の量として約10mg相当)を0.5mL/minの流速で予め緩衝液A(10mM NaCl, 10% Glycerol, 20mM Tris pH7.0, 0.5%β−オクチル−D−グルコピラノシド, 4.0mM ジチオスレイトール )にて平衡化されたSuper Q-5PWカラムにロードした。このカラムから目的蛋白質を0.5mL/minで緩衝液B (10% glycerol, 50mM Tris pH7.0, 4.0mM ジチオスレイトール, 0.2% β−オクチル−D−グルコピラノシド, 700mM NaCl )によりリニアグラジエントで溶出させた((0%の緩衝液Bで7分間(Super Q-5PWカラム体積の約4倍量相当)、0-20%の緩衝液Bで70分間(Super Q-5PWカラム体積の約40倍量相当)、20-100%の緩衝液Bで2分間(Super Q-5PWカラム体積の約1倍量相当))。その結果、開始から約50分の溶出により得られるピークをSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動にて分析し、組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの分子量を与える事を確認した。
【0031】
12)Superdex HR75 prep gradeカラムクロマトグラフィー
11)で得られたフラクションを合一し、YM-10膜(ミリポア社)により約4mLにまで濃縮した。緩衝液(10% glycerol, 50mM MES pH6.5, 1.0mM ジチオスレイトール,2.5mM MgCl)で予め2時間平衡化したSupedex HR75 prep gradeカラム(アマシャムバイオサイエンス)に1.0mLのサンプル溶液をロードし、流速1.0ml/minにて溶出を行った。70分後に溶出される分画を組変えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼとして採取した。また、この溶出された分画は組変えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの分子量を与えることをSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により確認した。得られた組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの分画をDevelosil C4カラム(野村化学株式会社)により分析し、95%以上の純度であることを確認した。
【0032】
実施例2
(組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;3,5−ジニトロカテコール;およびマグネシウムイオンの四成分複合体の結晶化)
実施例1で調整した組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼを含むフラクション10mLをYM-10膜(ミリポア社)により約1.5mLにまで濃縮し、その濃縮液を更にセントリコン-10膜(ミリポア社)にて最終濃度として5.0〜4.8mg/mLとなるように濃縮した。目的濃度にまで濃縮したヒトカテコールO-メチルトランスフェラーゼ溶液60μLに60mMのS−アデノシルメチオニン溶液を3.0μL加えて0℃で30分インキュベーションした。次いで20mM の3,5-ジニトロカテコール溶液を6.0μl加え、同様に0℃で30分インキュベーションした。結晶化のスクリーニングはハンプトンリサーチ社のCrystal Screen I, IIを使用し、ハンギングドロップ法にてセットアップし、20℃によりインキュベーションを行った。その結果、0.1M Hepes pH7.5, 2% (v/v)PEG400, 2.0M (NHSOで規定される条件から約4日で黄色の楔状結晶が得られた。
得られた結晶を図1に示す。これらの結晶は、格子定数a=50.584, b=50.584, c=167.240Åで、空間群P321に属する。それらは1非対称単位に当たり1分子を含み(Mw= 23.99kDa) 51.85%の溶媒含量であった。(Vm= 2.57 ; Matthews B.W., 「J. Mol. Biol.」, 1968年, 33巻, p.491-497)
【0033】
得られた四成分複合体結晶を10〜15%グリセロールを含む結晶化バッファーに約30〜60秒浸し、0.5〜0.7mm径クライオループ(ハンプトンリサーチ社)にて掬い取り、液体窒素中に直漬けすることにより急速凍結させた。
【0034】
実施例3
(組換えヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;3,5−ジニトロカテコール;およびマグネシウムイオンからなる四成分複合体結晶の三次元構造の解析)
1)結晶のデータ収集
実施例2で得られた四成分複合体の結晶の回折データの収集を、SPring−8大型放射光施設のビームラインBL32B2にて行った。予め凍結してある結晶を−173±1.0℃の冷却液体窒素気流中に浸すようにマウントし、波長1.0ÅにてジュピターCCD(株式会社リガク)を使用して測定した。CCD検出器と結晶との間の距離は150mmである。データセットは−60°〜60°までの範囲を振動角度1.0°〜1.2°にて計100〜120枚のイメージを取得した。X線の露出時間は40秒から60秒/イメージであった。
【0035】
2)回折データの処理
Mosflm Ver 6.2.1により得られたイメージファイルのデータセットの反射強度の積分を行った。得られたmtzファイルをプログラムsortmtz, プログラムscala, プログラムtruncate(Collaborative Computational Project:(1994) Acta Crystallogr. D50, 760-763 ; CCP4 suite Ver 4.2.2)にて順次処理することで分子置換法用のファイルに変換した。各データセットの統計を下記に示す。
全反射数=29525
独立反射の数=9033
データの完全性(全体/最外殻)=98.9/98.4 (%)
Rマージ(全体/最外郭)=0.085/0.205
リダンダンシー(全体)=3.3
【0036】
3)空間群の決定
分子置換はプロテインデータバンク(PDB)中のpdb1vid.entからS−アデノシルメチオニン、マグネシウムイオン、3,5−ジニトロカテコール、及び水分子を除いた蛋白質座標をサーチモデルとして使用し、ヒトとラットで種差に起因するアミノ酸の違いについてはアラニンに置換した。AMoRe(Navaza, J. (1994) AmoRe : 分子置換の為の自動パッケージ,Acta Cryst.D50,157-163 CCP4 Ver.4.2)パッケージにて回転と併進の位置を決定した結果、空間群はP321と決定できた。結果の詳細を下記に示す。
分解能の範囲:20.0〜3.0 (Å)
剛体R因子:0.429
【0037】
4)四成分複合体構造の精密化
構造の精密化はCNX2002 (アクセルリス株式会社)にて行った。テストセットとしては全反射の10%を使用した。主鎖及び側鎖のトレース、及びアミノ酸の置換はQUANTA2000(アクセルリス株式会社)を使用し、CNX2002で作成したオミットマップを参考にしながらモデルの修正を実施した。バルク水マスクはバビネットモデルを使用した。水分子はFo-Fc差フーリエマップを解釈しながらQUANTA2000のSolvation モジュールを使用し、マグネシウムイオン、S−アデノシルメチオニン等のリガンドはプログラム2-D sketcher, プログラムMolecular Editorを使用してモデリングを行い、Fo-Fc差フーリエマップの電子密度に合致するようにマニュアルフィッテイングによるモデリングを行った。個別温度因子精密化を実施した最終の精密化統計値は R=0.254となった。精密化された構造の質を評価する統計諸量を下記に示す。
最終精密化パラメータ
分解能の範囲:10.0-2.5Å
反射:9025
R因子:0.254
Rフリー因子:0.283
残基数:212
原子数:1660
RMS偏差(結合長):0.010
RMS偏差(結合角):1.445
平均温度因子(タンパク質):12.94
平均温度因子(水分子):21.15
【0038】
得られた四成分複合体結晶の原子座標を、生体高分子の座標を扱う際の標準的形式であるプロテインデータバンク(PDB)のフォーマットに準じて、下記の表1に示した。
【0039】
【表1】




































上記の表において、1〜13列目はそれぞれ以下:1列目の「ATOM」は原子座標の一つ一つを意味し、「HETATM」は蛋白質以外の化学種を意味する;2列目の数字は原子の通し番号を表す;3列目は各アミノ酸残基、S−アデノシルメチオニンまたは3,5−ジニトロカテコールにおける位置を表す;4列目は、その原子が属するアミノ酸残基の種類を表し、MGはマグネシウムイオン、SAMはS−アデノシルメチオニン、DNCは3,5−ジニトロカテコールを表す;5列目は蛋白質鎖の識別記号を表す;6列目は、そのアミノ酸残基のN末端からの番号を表す;7、8および9列目は、それぞれX座標、Y座標およびZ座標(Å単位)を表す;10列目は占有率を表す;11列目は等方性温度因子を表す;12列目はチェインアイデーを表す;13列目は原子を表す。
【0040】
5)リガンド収容ポケットの特性化
図2には、本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体結晶のうち、リガンドを収容するポケット近傍の構造を示した。
ヒトカテコールO-メチルトランスフェラーゼのリガンド収容ポケットには、リガンドとマグネシウムイオンとが収容され、活性中心に存在するマグネシウムイオンは、Asp143、Asn172、Glu201の3つのアミノ酸残基の側鎖と配位相互作用を形成し、さらに3,5−ジニトロカテコールの2つの水酸基とも配位相互作用を形成していることが確認された。さらに、Glu201の側鎖は3,5−ジニトロカテコールの片方のヒドロキシル酸素原子と水素結合を形成し、複合体を安定化していると考えられる。Trp40の側鎖であるインドール環は3,5−ジニトロカテコールのベンゼン環とEdge-to-FaceのCH−π相互作用を起こしていることが確認された。また、Pro176のγ位の炭素原子は3,5−ジニトロカテコールのベンゼン環とファンデルワールス相互作用を形成していた。さらにLys146の側鎖のNz原子は3,5−ジニトロカテコールのS−アデノシルメチオニン側のヒドロキシル酸素原子方向に向き、複合体を静電気的に安定化していると考えられる。
リガンド収容ポケットの近傍では、Arg203の側鎖はGlu36と水素結合を形成し、3,5−ジニトロカテコール側に配向していないことが明らかになった。本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶と、公知のラットカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体結晶の三次元構造とを比較したところ、ラットカテコールO−メチルトランスフェラーゼでは、Arg203に相当するアミノ酸残基が疎水性を有するメチオニンであって、このメチオニン残基の側鎖はリガンドの位置する方向に突き出ているのに対して、ヒトカテコール−O−メチルトランスフェラーゼでは、図2に示すようにArg203の側鎖がリガンドと反対方向に向いてGlu36と水素結合を形成しており、ヒトカテコール−O−メチルトランスフェラーゼは、ラットラットカテコール−O−メチルトランスフェラーゼに比べて広いリガンド収容ポケットを有することが明らかとなった。係る知見は、本発明の四成分複合体の結晶を解析することによって初めて明らかとされたものである。
【0041】
6)S−アデノシルメチオニン収容ポケットの特性化
図3には、本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体結晶のうち、S−アデノシルメチオニンを収容するポケット近傍の構造を示した。
S−アデノシルメチオニンを収容するポケットを以下のように特性化した。すなわち、QUANTA(アクセルリス社製)を用い、S−アデノシルメチオニンから5Åの範囲内に位置するアミノ酸残基を切り出したところ、以下のアミノ酸残基:Met42、Asn43、Val44、Leu67、Gly68、Ala69、Tyr70、Cys71、Gly72、Tyr73、Ser74、Ile91、Glu92、Ile93、Asn94、Cys97、Gly119、Ala120、Ser121、Gln122、Phe141、Asp143、His144およびTrp145が同定された。
Trp145は、S−アデノシルメチオニンのアデニン環とedge-to-faceの相互作用を起こし安定化していた。同様に、His144はS−アデノシルメチオニンのアデニン環とedge-to-faceの相互作用を形成していた。またIle93の側鎖はS−アデノシルメチオニンのアデニン環の環上に位置し、ファンデルワールス相互作用を成していた。Glu92はS−アデノシルメチオニンのリボース環上の2つの水酸基と水素結合を形成していた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシル−L−メチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドの四成分複合体結晶により、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼに関する詳細な三次元構造が得られるので、当該結晶は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ阻害剤の分子設計に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1は、本発明のヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体の結晶の写真を示す。
【図2】図2は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体のうち、リガンドを収容するポケット近傍の三次元構造を示す。黒いボールアンドステイックモデルはS−アデノシルメチオニンを示す。マグネシウムイオンを灰色の球として示す。灰色のボールアンドステイックモデルは3,5−ジニトロカテコールを示す。
【図3】図3は、ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;および3,5−ジニトロカテコール四成分複合体のうち、S−アデノイルメチオニンを収容するポケット近傍の三次元構造を示す。黒いボールアンドステイックモデルはS−アデノシルメチオニンを示す。マグネシウムイオンを灰色の球として示す。灰色のボールアンドステイックモデルは3,5−ジニトロカテコールを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼ;S−アデノシルメチオニン;マグネシウムイオン;およびリガンドからなるヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼの結晶であって、
該ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含み、
該結晶が、空間群P3221を有し、格子定数が、aが50.58ű0.3Å、bが50.58ű0.3Å、cが167.24ű0.4Å、αが90.0°、βが90.0°、γが120.0°に等しい値を有する、結晶。
【請求項2】
前記リガンドが、3,5−ジニトロカテコールである、請求項1記載の結晶。
【請求項3】
表1に記載される原子座標を有する、請求項2記載の結晶。
【請求項4】
前記ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが、S−アデノシルメチオニンを収容するポケットを有し、該ポケットが、S−アデノシルメチオニンから5Åの範囲に含まれる、Met42、Asn43、Val44、Leu67、Gly68、Ala69、Tyr70、Cys71、Gly72、Tyr73、Ser74、Ile91、Glu92、Ile93、Asn94、Cys97、Gly119、Ala120、Ser121、Gln122、Phe141、Asp143、His144およびTrp145、を含むアミノ酸残基により形成される、請求項1〜3のいずれか一項記載の結晶。
【請求項5】
前記ヒトカテコールO−メチルトランスフェラーゼが、リガンドを収容するポケットを有し、該ポケットが、Trp40、Met42、Asp143、Trp145、Lys146、Asp171、Asn172、Pro176、Leu200およびGlu201、を含むアミノ酸残基により形成される、請求項1〜4のいずれか一項記載の結晶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−23(P2006−23A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−177800(P2004−177800)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【Fターム(参考)】