説明

ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体及び/又は神経幹細胞の培養方法

ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体を神経幹細胞に分化させる方法が提示され、その方法は、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞から胚様体を作製する工程と、LIFを含有する培地で胚様体を培養して神経幹細胞に分化させる工程と、を含む。その結果、神経幹細胞を複数回継代した後にin vitroで分化させたときでも、主として神経細胞に分化するが、実質的にグリア細胞には分化しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体及び/又は神経幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子が導入された線維芽細胞等の体細胞から、Fbxo15遺伝子を発現する細胞を選択することにより、胚性幹細胞(以下、ES細胞とも称する)に似た多能性(pluripotency)を有する細胞を得ることができるようになった(例えば、非特許文献1及び特許文献1参照)。再生医療において、このようにして得られる、体細胞由来の多能性幹細胞を用いれば、患者に自己の細胞を移植することができるようになるために、ES細胞を用いる場合より拒絶の問題が少ないだろうと考えられている。
【0003】
Fbxo15遺伝子をマーカーに用いて樹立された体細胞由来誘導多能性幹細胞(以下、induced pluripotent stem cells又はiPS細胞とも称する)は、細胞形態や増殖能、分化能力などにおいてES細胞と極めて良く似ていたが、遺伝子の発現パターンや、DNAメチル化のパターンなどの性状では、ES細胞と異なる部分もあった。そこで、Nanog遺伝子の発現を指標にして細胞を選択したところ、さらにES細胞に類似した多能性を持ったiPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
その後、Fbxo15遺伝子やNanog遺伝子の発現を指標とせず、細胞の形態変化を指標としてiPS細胞が単離されたり(例えば、非特許文献3参照)、c-mycの代わりにN-mycを用いてiPS細胞が樹立されたり(例えば、非特許文献4参照)、マウスおよびヒトにおいて、c-myc遺伝子を用いずにOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子の3つの遺伝子を導入することによりiPS細胞が樹立されたりするようになった(例えば、非特許文献5及び6参照)。加えて、線維芽細胞以外にも、肝臓細胞や胃の上皮細胞から、iPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献7参照)。
【0005】
一方、ヒトの細胞を用いた研究も盛んに行われ、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、
Nanog遺伝子、lin28遺伝子の4遺伝子を線維芽細胞に導入することによって、
ヒトiPS細胞が樹立されたり(例えば、非特許文献8参照)、マウスiPS細胞樹
立で使用されたのと同じ組み合わせの遺伝子であるOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、
Klf4遺伝子、及びc-myc遺伝子を、線維芽細胞や線維芽様滑膜細胞に導入する
ことにより、ヒトiPS細胞が樹立された(例えば、非特許文献9参照)。
【0006】
iPS細胞は治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製することができるため、再生医学の領域において、iPS細胞を用いた拒絶反応のない人工臓器等の作製が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2007/069666号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Takahashi K, Yamanaka S.(2006)."lnduction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors." Cell 126, 663-676.
【非特許文献2】Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S.(2007)."Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells."Nature448:313-317
【非特許文献3】Meissner A, Wernig M, Jaenisch R.(2007)."Direct reprogramming of genetically unmodified fibroblasts into pluripotent stem cells."Nat Biotechnol 25:1177-1181
【非特許文献4】Blelloch R, Venere M, Yen J, Ramalho-Santos M. (2007). "Generation of induced pluripotent stem cells in the absence of drug selection". Cell Stem Cell 1:245-247
【非特許文献5】Nakagawa M, Koyanagi M, Tanabe K, Takahashi K, Ichisaka T, Aoi T, Okita K , Mochiduki Y, Takizawa N, Yamanaka S. (2008)."Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts". Nat Biotechnol 26:101-106.
【非特許文献6】Wering M, Meissner A, Cassady JP, Jaenisch R. (2008)."c-Myc is dispensable for direct reprogramming of mouse fibroblasts". Cell Stem Cell 2:10-12.
【非特許文献7】Aoi T, Nakagawa M, Ichisaka T, Okita K, Takahashi K, Chiba T, Yamanaka S. (2008)."Generation of pluripotent stem cells from adult mouse liver and stomach cells." Science (February14,2008) (published on line)
【非特許文献8】Yu J, Vodyanik MA, Smuga-Otto K, Antosiewicz-Bourget J, Frane JL, Tian S, Nie J, Jonsdottir GA, Ruotti V, Stewart R, SlukvinI I, Thomson JA. (2007). "Induced Pluripotent Stem Cell Lines Derived from Human Somatic Cells". Science 318:1917-1920.
【非特許文献9】Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. (2007). "lnduction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors." Cell 131:861-872.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、神経幹細胞の神経分化に適した、iPS細胞に由来する胚様体及び/又は神経幹細胞の培養条件を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施態様において、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体及び/又は前記胚様体に由来する神経幹細胞の培養剤は、LIFを含有する。
本発明の他の一実施態様において、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体を神経幹細胞に分化させる方法は、前記胚様体を、LIFを含有する培地で培養して神経幹細胞に分化させる工程を含む。この方法において、前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で継代培養する工程をさらに含んでもよい。
本発明の他の一実施態様において、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を培養する方法は、前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で培養する工程を含む。
本発明の他の一実施態様において、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を含有する、神経損傷を治療するための薬剤を調製する方法は、前記ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体を、LIFを含有する培地で培養して神経幹細胞に分化させる工程と、前記神経幹細胞を用いて、前記薬剤を調製する工程と、を含む。この方法において、前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で継代培養する工程をさらに含んでもよい。
本発明の他の一実施態様において、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を含有する、神経損傷を治療するための薬剤を調製する方法は、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を、LIFを含有する培地で培養する工程と、前記神経幹細胞を用いて、前記薬剤を調製する工程と、を含む。
上記いずれの実施態様においても、LIF濃度が、10から100ng/mLであることが好ましい。
==関連出願に対するクロスリファレンス==
本出願は、2009年2月3日に出願された米国仮出願61/206711の優先権の利益を主張し、これを本明細書に援用する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1A】本発明の一実施例において、ヒトiPS細胞由来のニューロスフェアの形態を示す顕微鏡写真である。
【図1B】本発明の一実施例において、ヒトiPS細胞由来のニューロスフェアのin vitroでの分化能を示す顕微鏡写真である。
【図2】本発明の一実施例において、ヒトiPS細胞由来のニューロスフェアにおける未分化細胞の存在を調べたFACS解析の結果を示す図である。なお、赤線はnegative controlを示す。
【図3】本発明の一実施例において、移植マウスのBBBスコアによって評価された運動機能解析の結果を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施例において、LIF有りまたはLIF無しで培養されたヒトiPS細胞由来の1次、2次、3次ニューロスフェアの分化能を示す顕微鏡写真である。
【図5】本発明の一実施例において、LIF有りまたはLIF無しで培養されたヒトiPS細胞由来の1次、2次、3次ニューロスフェアの形態を示す顕微鏡写真である。
【図6】本発明の一実施例において、LIF有りで培養されたヒトiPS細胞201B7に由来する3次ニューロスフェアから分化したニューロンのサブタイプを示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
==ヒト分化細胞由来多能性幹細胞==
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞とは、生殖系列にある細胞(例えば、卵細胞、精子細胞、卵原細胞や精原細胞等それらの前駆細胞)または発生初期胚由来の未分化細胞(例えば、胚性幹細胞)以外の分化細胞を初期化することにより、人工的に誘導された多分化能及び自己増殖能を有するヒト細胞のことであり、分化細胞は、胚由来であっても胎児由来であっても成体由来であってもよい。分化細胞の性状としては、本来、受精細胞が有する全分化能を一部でも失った細胞であれば特に限定されず、例えば、線維芽細胞、上皮細胞、肝細胞などが例示できる。
【0013】
分化細胞の初期化方法は特に限定されないが、核初期化因子を導入することにより、多分化能及び自己増殖能を有するように誘導することが好ましい。例えばTakahashiらの論文(Cell 2007 vol.131, p.861-872)に記載された初期化方法を用いることができる。本刊行物を引用することにより、本明細書に含めるものとする。
【0014】
核初期化因子は、特に限定されないが、Oct遺伝子群、Klf遺伝子群、Sox遺伝子群のそれぞれの遺伝子群から選択された遺伝子の遺伝子産物の組み合わせであることが好ましく、iPS細胞樹立の効率という点では、myc遺伝子群の遺伝子産物をさらに含んだ組み合わせとすることがより好ましい。Oct遺伝子群に属する遺伝子としては、Oct3/4、Oct1A、Oct6などがあり、Klf遺伝子群に属する遺伝子としては、Klf1、Klf2、Klf4、Klf5などがあり、Sox遺伝子群に属する遺伝子としては、Sox1、Sox2、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、Sox18などがある。myc遺伝子群に属する遺伝子としては、c-myc、N-myc、L-mycなどがある。myc遺伝子群の遺伝子産物は、SCFやbFGFなどのサイトカインやアザトシチジンやバルプロ酸ナトリウム(VPA)のような化合物で置換することができる場合がある。
【0015】
核初期化因子の例としては、上記組み合わせ以外にも、Oct遺伝子群の遺伝子、Sox遺伝子群の遺伝子に加え、Nanog遺伝子及びlin-28遺伝子を含む組み合わせが挙げられる。また、細胞に導入する場合、上記組み合わせの遺伝子に加え、他にも遺伝子産物を導入してもよく、例えば、TERTのような不死化誘導因子などが挙げられる。
【0016】
上記遺伝子は、いずれも、脊椎動物で高度に保存されている遺伝子であり、本明細書では、特に動物名を示さない限り、ホモログやオーソログを含めた遺伝子を表すものとする。また、polymorphismを含め、変異を有する遺伝子であっても、野生型の遺伝子産物と同等の機能を有する限り、含まれるものとする。
【0017】
==ヒト分化細胞由来多能性幹細胞の調製方法==
核初期化因子を用いてヒト分化細胞由来多能性幹細胞を調製するには、核初期化因子が細胞内で機能する蛋白質である場合は、その蛋白質をコードする遺伝子を発現ベクターに組み込み、対象とする体細胞などの分化細胞に発現ベクターを導入し、細胞内で発現させることが好ましい(遺伝子導入法)。使用される発現ベクターは特に限定されないが、ウイルスベクターを用いることが好ましく、特にレトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いることが好ましく、センダイウイルスベクターを用いることが最も好ましい。また、ProteinTransductionDomain(PTD)と呼ばれるペプチドを蛋白質に結合させ、培地に添加することにより、核初期化因子を細胞内に導入してもよい(ProteinTransduction法)。細胞外に分泌される蛋白質の場合は、分化細胞由来多能性幹細胞の調製段階で、分化細胞の培地にその因子を添加すればよい。なお、初期化すべき分化細胞で、核初期化因子の一部が発現している場合は、その蛋白質に関しては外部から導入する必要が無い。また、特定の核初期化因子の機能を代替できる化合物があれば、その核初期化因子の代わりに使用してもよい。そのような化合物には、トラニルシプロミン、CHIR99021、SB431542、PD0325901、チアゾビビンなどがあるが、これらに限定されない。
【0018】
その後、核初期化因子を導入した分化細胞から、形態的に未分化状態を保っている細胞コロニーや、Fbxo15遺伝子やNanog遺伝子などの未分化マーカー遺伝子を発現しているコロニーを、細胞が生きたまま選択する。あるいは、マーカーとして分化細胞にGFP(緑色蛍光タンパク)やdsRed(赤色蛍光タンパク)などを発現するレトロウイルスを同時に感染させておき、このマーカーの発現がサイレンシングされているコロニーを選択してもよい。
【0019】
いずれかの前記マーカーを用い、核初期化因子を導入したヒト分化細胞から、リプログラミングされ、未分化状態を保っている細胞を選択し、単離する。そして、得られた細胞集団をヒト分化細胞由来多能性幹細胞として用いることができる。
【0020】
==神経損傷治療薬==
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞は、神経損傷治療薬を製造するのに用いることができる。神経損傷治療剤の製造方法は、ES細胞を神経損傷治療剤として用いる際に開発された方法(Okada et al. Stem Cells vol.26, pp.3086-3098, 2008)を適用することができる。本刊行物を引用することにより、本明細書に含めるものとする。
【0021】
この神経損傷治療剤は、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞以外に、塩及び/又は抗生物質を含んだ緩衝溶液等の他の要素を含有してもよい。治療対象となる神経組織は特に限定されず、中枢神経系(脳や脊髄)でも末梢神経系でもよい。また、治療する疾患は、神経細胞が損傷している疾患あるいは病理学的状態である限り、特定の症状に限定されず、脊髄損傷などの外傷性疾患;筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上性麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患;脳梗塞、脳内出血等による神経細胞の壊死を含んでも良く、また、特定の原因に限定されず、外傷や脳梗塞などによる一次的原因、感染、腫瘍などによる二次的原因を含んでもよい。
【0022】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞は、ヒトに対してそのまま投与してもよいが、神経細胞への分化能力を高めるため、予めembryoid body(EB)を形成させて、EBの細胞を投与してもよく、そのEBが神経幹細胞を含むことが、好ましい。また、EB中の神経幹細胞を神経幹細胞の培養条件下で増幅して投与することがさらに好ましい。
【0023】
embryoid body (EB)を形成させる培地は、特に限定されないが、DMEM/F12 (KSR (Knockout serum replacement), NEAA(non-essential amino acid), 2-ME(2−メルカプトエタノール)含有)を用いてもよい。KSR、NEAA、2-MEの濃度は特に限定されないが、それぞれ5%以下、0.1mM、0.1mMであることが好ましい。形成されたEBを、FGF-2(10〜100ng/ml)を添加した無血清培地のような分化培地で培養することによって、ニューロスフェアとして神経幹細胞を分化させることができる。なお、ニューロスフェアの培地は特に限定されないが、FGF-2(10〜100ng/ml)を添加した同じ無血清培地を用いてもよい。1次神経幹細胞を含む1次ニューロスフェアは、解離して、培養皿に再度播種することによって継代することができ、その結果、1次神経幹細胞は増殖して、2次神経幹細胞を含む2次ニューロスフェアを形成する。この継代工程は、高次神経幹細胞を含む高次ニューロスフェアをつくるために繰りかえすことができる。こうして形成された神経幹細胞は、ヒトに投与できるが、ニューロスフェアを解離した後で投与するほうが好ましい。投与する神経幹細胞は、in vitroでグリア細胞への分化能を有していても、有していなくてもよい。EBと神経幹細胞の一方あるいは両方の培地にLIFを添加してもよい。当業者は、その適切な濃度を決めることができるが、1ng/ml以上が好ましく、5ng/ml以上がより好ましく、10ng/ml以上がもっとも好ましく、また、1000ng/ml以下が好ましく、500ng/ml以下がより好ましく、100ng/ml以下がもっとも好ましく、そして、1-1000ng/mlが好ましく、5-500ng/mlがより好ましく、10-100ng/mlがもっとも好ましい。
EBまたは神経幹細胞をLIF無添加の培地で培養すると、神経幹細胞は神経細胞とグリア細胞に分化する能力を得る。しかしながら、EB及び神経幹細胞をLIF添加の培地で培養すると、神経幹細胞は主に神経細胞への分化能を持つが、実質的にグリア細胞への分化能を持たない。神経幹細胞は、LIF添加の培養条件では、何度も継代培養した後でも、in vitroで主に神経細胞に分化するが実質的にグリア細胞に分化しないという分化能力を保つ。神経幹細胞は、CNSにおける発生過程で、増殖期、神経形成期(neurogenic phase)、グリア形成期(gliogenic phase)を、この順番で経ることが知られている(Temple, S., Nature vol.414, p.112-117, 2001)。従って、神経幹細胞は、LIF存在下で培養することにより、in vitroでは、初期段階の分化能を維持することができるということである。その上、こうして得られた神経幹細胞由来の神経細胞には、TH陽性ニューロンやIsl陽性ニューロンのような、初期に発生するニューロンを含む。こうしたニューロンは、LIF無しで培養した神経幹細胞や妊娠中期以降の胎仔から得られる神経幹細胞に由来するニューロンには、通常含まれないものである(Nature neurosci. vol.11, p.1014-1023, 2008)。このことは、LIF存在下では、神経幹細胞が初期段階の分化能を保ち得るという事実と整合する。さらに、LIF有りで培養した神経幹細胞は、LIF無しで培養した神経幹細胞より平均的に大きなニューロスフェアを形成する。おそらく、前者の方が、増殖が良いためであろう。
【0024】
ここで、in vitroでの分化方法は特に限定されず、ニューロスフェアを、周知の分化誘導培地で培養すればよい。例えば、分化誘導培地としては、グルコース、グルタミン、インスリン、トランスフェリン、プロジェステロン、プトレシン、塩化セレンを含むDMEM:F12培地、(すなわち、神経幹細胞増殖用培地からFGFとヘパリンを除いた培地)を用いるのが好ましい。このとき、ソニックヘッジホッグ蛋白質は存在しても、存在しなくてもよい。培養は5% CO2条件下、35〜40℃で、5〜7日間行うのが好ましい。
【0025】
分化細胞由来多能性幹細胞、EB細胞、または神経幹細胞の投与は、直接投与でも間接投与でもよく、例えば、直接投与として、細胞を神経損傷部位に移植してもよく、間接投与方法として、静脈注射や髄腔内投与によって血液・脳脊髄液の循環に乗せて細胞を患部に運ばせてもよい。
【実施例】
【0026】
==細胞==
本実施例において、分化細胞由来多能性幹細胞とは、ヒト胚線維芽細胞に対してOct3/4、Sox2、Klf4の組み合わせを核初期化因子として用いて得られた細胞 (253G4, 253G1)、またはOct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4の組み合わせを核初期化因子として用いて得られた細胞(201B7,201B6)(Yu J et al., Science Vol.318: pp1917-1920 2007; Nakagawa et al., Nat Biotech. Vol.26, pp101-106, 2008)であり、これらは全て京都大学から供与された。コントロールとして、ヒトES細胞(KhES1)(Suemori et al,. Biochemical and Biophysical Research Communications vol.345, pp.926-932, 2006)を用いた。
【0027】
<実験例1>神経幹細胞の作製
これらの細胞の、神経系細胞への分化能力を高めるため、5%KSRを添加された胚様体用培地下でバクテリア用培養皿中に分化細胞由来多能性幹細胞を、約30日間浮遊培養してembryoidbody(EB)を形成させた。その後、形成されたEBを解離し、FGF-2(20ng/ml)及びLIF(10ng/ml)を添加した無血清培地で培養した。培養12日後には、EB由来の細胞は、ニューロスフェア(以下、このニューロスフェアを1次ニューロスフェアまたはiPS-PNSと称する。)を形成した。このiPS-PNSを解離し、同じ条件下で再度ニューロスフェアを形成させることは、繰り返し可能であった。本明細書では、少なくとも1度継代されたニューロスフェアを高次ニューロスフェアと称し、具体的に、(N-1)回継代されたニューロスフェアをN次ニューロスフェアと称する。
【0028】
図1Aに光学顕微鏡を用いたニューロスフェアの形態観察像を示すが、1次ニューロスフェア(1st)、2度継代された3次ニューロスフェア(3rd)、5度継代された6次ニューロスフェア(6th)のいずれも、ニューロスフェアを形成した。
【0029】
このようにして得られた1次〜3次ニューロスフェアを、TrypLESelect(またはトリプシン溶液)およびピペッティングにより分散し、分化誘導培地で満たしたポリ−L−オルニチン、フィプロネクチンでコートした培養皿に播種し、7〜12日間培養することによって分化させた。ここで分化誘導培地としては、グルコース、グルタミン、インスリン、トランスフェリン、プロジェステロン、プトレシン、塩化セレンを含むDMEM:F12培地にB27supplementを2%で加えた培地、(すなわち、神経幹細胞増殖用培地からFGFとヘパリンを除いた培地)を用い、細胞を5% CO2条件下、35〜40℃で、10日間インキュベートした。その後、ニューロンのマーカーである抗βIIIチューブリン抗体(マウスlgG、Sigma社T8660、1000分の1希釈)(緑色蛍光)、アストロサイトのマーカーである抗GFAP抗体(ウサギIgG、DAKO社ZO334、400分の1希釈)(赤色蛍光)で免疫染色し、細胞形態と染色を蛍光顕微鏡で観察した。なお、細胞核をHoechst33258(青色蛍光)で同時染色した。
【0030】
図1Bに示すように、1次〜3次のいずれのニューロスフェアにおいても、事実上ニューロンのみが分化し、グリアはほとんど分化しなかった。このヒトiPS細胞の性質は、マウスiPS細胞の性質と大きく異なり、マウス細胞では、1次ニューロスフェアを同様の分化条件で培養すると、ヒト細胞と同様に、ニューロンしか分化しないが、一度でも継代したマウス高次ニューロスフェアを同様の分化条件で培養すると、ニューロンのみならず、グリア細胞を分化するようになる。
【0031】
<実験例2>ニューロスフェア中の未分化細胞の存在
以下、ヒトiPS細胞由来の3次ニューロスフェア(以下、iPS-TNSと称する)には、未分化細胞が検出できないことを示す。
3次ニューロスフェアをTrypLESelect(またはトリプシン溶液)およびピペッティングにより分散し、未分化細胞で発現する細胞表面抗原(TRA-1-60, TRA-1-81, CD56, CD133)に対する抗体で、FACS解析を行った。なお、TRA-1-60-PE, TRA-1-81-PE, CD56-Alexa488はBD社製で、1x106個細胞/50μ1中で5μ1を使用し、CD133-APCはMiltenybiotechnology社製で、1x106個細胞/50μ1中で2μ1を使用した。その結果、図2に示すように、TRA-1-60,TRA-1-81の発現が、ヒトES細胞と同様に、ヒトiPS細胞由来の3次ニューロスフェアでも検出されなかった上に、ほとんどの細胞が神経幹細胞のマーカーであるCD56を発現していた。
このように、ヒトiPS細胞から作製した高次ニューロスフェアは、未分化細胞を含まず、たとえ混入があったとしてもその数が非常に少ないので、癌化の懸念が低く、移植細胞として有利である。
【0032】
<実験例3>脊髄損傷マウスの作製と細胞の移植、及び移植マウスの解析
本実施例では、下述するように、マウスの脊髄神経Th10において、外傷性脊髄損傷を負わせることによって脊髄損傷モデルマウスを作製し、ヒトiPS細胞由来の3次ニューロスフェアを移植に用い、回復が促進されることを示した。
まず、8-9週齢のメスNOD/SCIDマウス(体重20-22g)をケタミン(100mg/kg)とキシラジン(10mg/kg)で麻酔した。Th10の椎弓切除手術後、硬膜の背側表面を露出させ、Infinite Horizon Impactor (60kdyn; Precision Systems, Kentucky, IL)を用いて外傷性脊髄損傷を負わせた。
損傷した脊髄に細胞を移植するため、損傷後9日目に損傷部位を再度露出させ、stereotaxic injector (KDS310, Muromachi-kikai, Tokyo, Japan)に取り付けられたグラスマイクロピペットを用い、欠損部分の中心に5x105個/2μ1の細胞を0.5μ1/分の速度で導入した。本実施例では、iPS-TNSとして253G1及び201B7クローンを、ES-SNSとしてKhES1クローンを用い、移植前にそれらのニューロスフェアを部分的に解離させた。コントロールとして、PBS(vehicle)を細胞移植と同様に注入した。
7日ごとに42日目まで後肢の運動機能をBasso-Beattie-Bresnahan(BBB)スコア(Bassoetal. J.Neurotrauma vol.12, pp.1-21, 1995)で評価した。図3にその結果を示す。
4群とも、脊髄損傷を与えた当初は、完全な麻痺が生じたが、全てが次第に回復した。しかし、BBBスコアを比較したところ、手術後3週目以降で、iPS-TNSとES-SNSを移植した群は同程度の回復が観察され、細胞を含まない培地を導入した群とは有意に差が認められた。臨床的知見からも、iPS-TNSを移植したマウスでは、体重を支えて足底で歩けるまでの回復が顕著であった。
このように、ヒトiPS細胞は、in vitroでグリア細胞を分化しない状態であ
っても、神経損傷マウスに対して移植することにより、神経損傷を治療することが可能である。
【0033】
<実験例4>LIF有りとLIF無しについての、EBから分化するニューロスフェアの分化能及び増殖能の比較
実験例1と同様に、1次、2次、3次ニューロスフェアを作製し、神経系細胞に分化させ、その細胞タイプを解析した。
図4に示すように、結果として、3つのクローンすべてが、緑色蛍光で示されたニューロンに、LIFの有無に関わらず分化したが、赤色蛍光で示されたアストロサイトには、LIF無しでは分化したが、LIF有りでは分化しなかった。このように、EB及び神経幹細胞は、LIF入りの培地で培養することによって、事実上神経細胞のみに分化するがグリア細胞に分化しないという分化能を維持する。
なお、LIF無しの培地より、LIF入りの培地のほうが、ニューロスフェアはより早く増殖した。201B7を用いた例を図5に示す。LIF有りで培養したニューロスフェアは、一般に、LIF無しで培養したニューロスフェアより大きいことは明らかである。
【0034】
<実験例5>LIF含有培地で培養した高次ニューロスフェアから分化するニューロンのサブタイプ
ヒトiPSクローン201B7及びヒトESクローンKhES1(コントロール)の3次ニューロスフェアを形成し、神経系細胞に分化させ、実験例1と同様の方法で、マーカー抗体を用いて分化したニューロンのサブタイプを解析した。本実験で用いられた抗体は、以下の通りである:抗Islet-1抗体 (Developmental Studies of Hybridoma Bank: DSHB 39.4D5, マウスIgG2b, 1:200希釈), 抗βIIIチューブリン抗体(SIGMA T8660 マウスIgG2b, 1:1000希釈), 抗CNPase抗体(SIGMA C5922, マウスIgG1, 1:1000希釈), 抗GFAP抗体(DAKO ZO334, ウサギIgG, 1:4000希釈), 抗TH-1抗体(Chemicon AB152, ウサギIgG, 1:100希釈)。
CNPaseとGFAPは、それぞれオリゴデンドロサイト及びアストロサイトに対するグリアマーカーで、Islet-1とTH-1は、初期ニューロンのマーカーである。
図6に示すように、分化したニューロンは、ほとんど全てがβIIIチューブリン陽性の神経細胞で、CNPaseまたはGFAPが陽性のグリア細胞は3次ニューロスフェアから分化しなかった。神経細胞のサブタイプについては、Islet-1またはTH-1が陽性のニューロンは分化したことから、分化したニューロンが分化初期段階のニューロンであることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によって、神経幹細胞の神経分化に適した、iPS細胞に由来する胚様体及び/又は神経幹細胞の培養条件が開発された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体及び/又は前記胚様体に由来する神経幹細胞の培養剤であって、LIFを含有する培養剤。
【請求項2】
前記LIF濃度が、10から100ng/mLである、請求項1に記載の培養剤。
【請求項3】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体を神経幹細胞に分化させる方法であって、前記胚様体を、LIFを含有する培地で培養して神経幹細胞に分化させる工程を含む方法。
【請求項4】
前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で継代培養する工程をさらに含む。請求項3に記載の培養剤。
【請求項5】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を培養する方法であって、前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で培養する工程を含む方法。
【請求項6】
前記LIF濃度が、10から100ng/mLである、請求項3〜5のいずれか1項に記載の培養剤。
【請求項7】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を含有する、神経損傷を治療するための薬剤を調製する方法であって、前記ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する胚様体を、LIFを含有する培地で培養して神経幹細胞に分化させる工程と、
前記神経幹細胞を用いて、前記薬剤を調製する工程と、を含む方法。
【請求項8】
前記神経幹細胞を、LIFを含有する培地で継代培養する工程をさらに含む。請求項7に記載の薬剤。
【請求項9】
ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を含有する、神経損傷を治療するための薬剤を調製する方法であって、ヒト分化細胞由来多能性幹細胞に由来する神経幹細胞を、LIFを含有する培地で培養する工程と、
前記神経幹細胞を用いて、前記薬剤を調製する工程と、を含む方法。
【請求項10】
前記LIF濃度が、10から100ng/mLである、請求項7〜9のいずれか1項に記載の薬剤。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−516675(P2012−516675A)
【公表日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−532358(P2011−532358)
【出願日】平成22年2月3日(2010.2.3)
【国際出願番号】PCT/JP2010/000640
【国際公開番号】WO2010/090007
【国際公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】