説明

ヒドロキシフェニル架橋高分子ネットワークおよびその用途

人工組織および組織工学用途,例えば,人工または合成の軟骨において有用なジヒドロキシフェニル架橋高分子ネットワークが提供される。このネットワークは,まずポリアミンまたはポリカルボキシレート高分子(分子の長さ方向に沿って結合しているそれぞれ複数のアミンまたはカルボン酸基を有する)を用意し,この高分子を,ポリアミンの場合には遊離カルボン酸基を,またはポリカルボキシレートの場合には遊離第1アミン基を有するヒドロキシフェニル化合物と反応させ,そしてカルボジイミド媒介性反応経路により高分子上にヒドロキシフェニル化合物を置換して,ヒドロキシフェニルで置換された高分子を得ることにより製造される。次にこの高分子を,代謝条件の温度およびpHの下で,酵素により触媒される,それぞれ異なる高分子に結合している2つのヒドロキシフェニル基の間の二量体化反応により,他のそのような高分子と連結させる。好ましい態様においては,ジチラミン結合により連結されているチラミン置換ヒアルロナン分子から高分子ネットワークを作成して,所望の物理学的特性を有する安定な凝集したハイドロゲルを得る。そのようなネットワークを製造する方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
発明の背景
関節軟骨は,健康な関節において必須の機能を果たす。これは,負荷を骨からそらして骨を損傷から保護するために,衝撃および摩擦負荷を吸収し放散させることを担う。軟骨は,負荷力をアグリカン分子の三次元ネットワーク中の液相に移動させ,それ自身が関節空間中に拘束されることにより(次節で説明する),その機能を行う。アグリカン分子は,コア蛋白質に結合した100個程度の硫酸コンドロイチン鎖を有し,各硫酸コンドロイチン鎖はその長さ方向に沿って多数の負に荷電した硫酸基を有する。これらのすべての硫酸基の効果は,1つのアグリカン分子中の硫酸コンドロイチン鎖のそれぞれが互いに反発するようにすること(このためアグリカン分子は静止時に最大可能な体積を有する),および軟骨凝集体中の隣接するアグリカン分子が互いに反発するようにすることである。
【0002】
健康な軟骨においては,アグリカン分子は長いヒアルロナン鎖に結合しており,一方これは,細胞外コラーゲン原線維マトリクスにより大きい軟骨凝集体中の関節空間中に拘束されている。すなわち,各アグリカン分子中の隣接する硫酸コンドロイチン鎖(および同じまたは異なるヒアルロナン鎖に結合している隣接するアグリカン分子)は互いに反発するが,これらはそれでもなおコラーゲンマトリクス中に拘束されている。正常な健康な軟骨を示す図1を参照。硫酸コンドロイチン鎖は非常に反発性であるため,休息時ではヒアルロナン−アグリカンネットワーク(または高分子ネットワーク)はコラーゲンマトリクスの拘束の中で可能な限り大きく拡張して,可能な限り低いエネルギー状態を達成する。すなわち,隣接する負に荷電した硫酸基の間には可能な最大の空間がある。その結果,ネットワーク分子は,隣接するネットワーク分子に近づくことを回避するために,転位または転置させることに非常に抵抗性である。これらの大きい軟骨凝集体は,その自由溶液体積の5分の1でコラーゲン線維の網の中にトラップされており,これはさらに膨潤することに抵抗する。高い負の電荷密度を有する軟骨凝集体は,大きい溶媒ドメインを結合し,軟骨が負荷を吸収し変形に抵抗する能力に寄与する。圧縮されると,プロテオグリカン上の固定された負電荷基の間の距離が減少し,これは電荷対電荷反発力ならびに自由に浮遊する正のカウンターイオン(例えばCa2+およびNa+)の濃度を増加させる。両方の効果が軟骨の粘弾性的性質および変形に抵抗し圧縮負荷を吸収する能力に寄与する。このことは以下にさらに説明する。
【0003】
高分子ネットワーク中には,実質的に連続する液相を提供する水分子が存在する。高分子ネットワークは,以下のようにして,衝撃および摩擦負荷を連続液体(水)相に伝達することにより,骨から衝撃および摩擦負荷をそらす。関節に負荷がかかると,力はまず高分子ネットワークにより吸収され,ここで力はネットワークに作用してこれを変形させるか圧縮する傾向を示す。力は,負荷によるネットワークの変形または圧縮に適応するために液体流れを誘導するため,液相中で圧力勾配を形成する。しかし,液体は,ネットワーク分子を転位または転置することなしには,反発性の硫酸コンドロイチン鎖で充填された密な高分子ネットワークを大量の水の流れに適応するよう十分に通り抜けることができない。したがって,個々の水分子はネットワーク中で拡散しうるが,大量の液体相がネットワークを通って流れることは実質的に抑えられており,ネットワーク分子の転置に対する耐性のため,はるかに遅い速度で流れる。水分子は圧力勾配に逆らって容易に流れることができないため,衝撃または摩擦負荷からのエネルギーは液相に伝達されてここで吸収され,液相は水がネットワークコンフォメーションに適応して圧力勾配が減退するのに十分に転置されることができるまで,液体の水を圧縮することに寄与する。全体的な結果は,有害である可能性のある負荷を軟骨が吸収し,このことによりこれを骨からそらすことである。
【0004】
この優雅なメカニズムにより,正常な軟骨は,高分子ネットワーク中に拘束されている液相に大部分の負荷力を伝達することにより,大きな負荷を吸収することができる。これまでこの組み合わせは,従来技術の人工または合成手段によっては適切に複製されていない。したがって,関節炎等の軟骨変性性疾患については,アグリカン分子がそのヒアルロナン鎖から分離され,消化されるかまたは軟骨凝集体から運び出されるような,適切な治療法は存在しない。
【0005】
変形性関節症および慢性関節リウマチは,それぞれ2070万人および210万人のアメリカ人に影響していると見積もられる。変形性関節症だけでも1年間におよそ700万人が医師を訪れている。重症の身体障害関節炎に対しては,現在の治療は総関節置換を含み,米国だけで平均で1年間に168,000件の総股置換および267,000件の総膝置換が行われている。関節軟骨の欠陥は,軟骨細胞が軟骨を修復する能力が限定されているため,複雑な治療問題を示す。これまでの治療戦略は,培養で増殖させた自己軟骨細胞の使用,または走化性または有糸分裂の促進剤によるインビボでの間葉性幹細胞のリクルートに焦点をあててきた。これらの戦略の意図は,正常な健康な関節軟骨表面を再合成するために,軟骨細胞集団を増加および/または活性化させることである。これらの戦略に伴う1つの主要な困難性は,これらの薬剤を欠陥の部分に維持することができないことである。ヒアルロナンは,その独特の特性,例えば,優れた生体適合性,分解性,およびレオロジー特性および物理化学的特性のため,軟骨細胞または生物学的に活性な薬剤の局所デリバリー用の生体材料の開発の候補として提唱されてきた。しかし,組織培養ヒアルロナンマトリクス中に懸濁させた軟骨細胞が,正常な健康な関節軟骨に匹敵する機械的特性を有する新たな軟骨マトリクスを合成することができるか否かは不明である。これは,ヒアルロナンから作成された慣用の生物材料が,細胞の生存性の維持と適合しない化学により形成されるためである。マトリクス形成の後にマトリクス中に軟骨細胞を導入しなければならないが,その結果は様々であり,通常はあまりよくない。
【0006】
したがって,当該技術分野においては,効果的な様式で骨から負荷力を有効にそらすことができる人工または合成のマトリクスが求められている。好ましくは,そのようなマトリクスをインシトゥーまたはインビボで提供して,整形外科手術の間に関節軟骨を修復または置換することができる。最も好ましくは,人工または合成のマトリクスを液体または複数の液体としてインシトゥーまたはインビボで標的部位に提供して,その場で患者の現存する軟骨組織および/または身体組織と実質的に継ぎ目のない一体化を構築することができる。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明の概要
以下の構造:
【化2】

[式中,R1およびR2は,それぞれ,ポリカルボキシレート,ポリアミン,ポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される構造であるかこの構造を含み,R1およびR2は,同じ構造であっても異なる構造であってもよい]
を含む高分子ネットワークが提供される。
【0008】
また,複数のチラミン置換ヒアルロナン分子を有し,少なくとも2つの隣接するヒアルロナン分子はジチラミン結合により連結されていることを特徴とする高分子ネットワークが提供される。
【0009】
また,ヒアルロナン分子間のジチラミン結合により架橋されたチラミン置換ヒアルロナン分子の高分子ネットワークを含むハイドロゲルが提供される。
【0010】
また,高分子ネットワークを製造する方法が提供され,この方法は,ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート,ヒドロキシフェニル置換ポリアミン,他のポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される第1の高分子種を用意し,そしてそれぞれ第1の高分子種の隣接する基種に結合した2つのヒドロキシフェニル基の間に少なくとも1つのジヒドロキシフェニル結合を形成する,の各工程を含む。
【0011】
また,ハイドロゲルを製造する方法が提供され,この方法は,
a)ペルオキシダーゼ酵素または過酸化物のいずれかを有するが両方は有しない第1の溶液,ならびにヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート,ヒドロキシフェニル置換ポリアミン,他のポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される高分子種を用意し;
b)ペルオキシダーゼ酵素または過酸化物のうち第1の溶液中で提供されていない方を有する第2の溶液を用意し;そして
c)第1の溶液および第2の溶液を混合して,ジヒドロキシフェニル架橋を開始させて,ハイドロゲルを形成する,
の各工程を含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図面の簡単な説明
図1は,正常な健康なヒト軟骨の概略図である。
【0013】
図2は,本発明にしたがう,ジヒドロキシフェニルで架橋された高分子ネットワークの概略図である。
【0014】
図3は,ヒアルロナン分子の構造式である。
【0015】
図4は,本発明にしたがうT−HAハイドロゲルと,関節軟骨プラグについての公表されている結果との,制限圧縮試験における機械的試験の比較の結果を示すグラフである(平衡応力対適用された歪)(実施例3)。
【0016】
図5は,T−HAハイドロゲル(1.7%および4.7%T−HA)中に包埋された軟骨細胞のグルコース利用を,組織培養プラスチック(対照)上で培養したものと比較した比較データを示すグラフである。
【0017】
発明の好ましい態様の詳細な説明
本明細書において用いる場合,ポリカルボキシレートとの用語は,少なくとも2つの官能基または単位の鎖長を有する分子,構造または種を意味し,ここで,鎖の少なくとも2つのそのような基または単位は,本明細書に記載されるように求核置換反応に立体的にアクセス可能であるカルボン酸基であるかまたはこれを含む。また,本明細書において用いる場合,ポリアミンとの用語は,少なくとも2つの官能基またはユニットの鎖長を有する分子,構造または種を意味し,ここで,鎖の少なくとも2つのそのような基またはユニットは,求核置換反応に利用可能な第1アミン基であるかまたはこれを含む。また,本明細書において用いる場合,ポリヒドロキシフェニル分子とは,少なくとも2つの官能基またはユニットの鎖長を有する分子を意味し,ここで,鎖の少なくとも2つのそのような基またはユニットは,別のヒドロキシフェニル基とC−C結合により連結することができるヒドロキシフェニル基であるかまたはこれを含む。また,本明細書において用いる場合,ハイドロゲルとは,組織置換または工学用途において,例えば,人工関節として,手術機械をコーティングして組織の刺激を防止する材料として,または人工腎臓等で用いるための半透膜を提供するために用いられるかまたは有用である高分子ネットワークを含むよう製造される材料である。
【0018】
本発明は,隣接する長鎖高分子に結合したヒドロキシフェニル基を連結させ,その結果,高分子を効率的に架橋させて大きなネットワークを得ることにより形成される高分子ネットワークの新規な構造を含む。ネットワークの基本的な架橋構造は以下に示される:
【化3】

[式中,R1およびR2はそれぞれ長鎖高分子である]。R1およびR2は同じ分子であってもよく,異なる分子であってもよいが,適当なネットワークを提供するためには,本発明にしたがうネットワーク中のジヒドロキシフェニル結合の少なくとも一部については,R1およびR2が異なる分子であることが理解されるであろう。R1およびR2は同じ種の分子であることが好ましいが,必要ではない。
【0019】
隣接する高分子間に複数のこれらのジヒドロキシフェニル結合を提供することにより,図2にその概略図が示されるように,ジヒドロキシフェニル架橋高分子のネットワークが得られる。図面においては,高分子は,その長さ方向に沿って少なくとも2つのヒドロキシフェニル基が結合している円柱状の鎖により図解的に示されている。すべてのヒドロキシフェニル基が別のヒドロキシフェニル基と連結していなければならないわけではないことに注意すべきである。
【0020】
簡単には,ここに開示される発明は,カルボジイミドにより媒介される反応により,ヒドロキシフェニル含有化合物(例えば,限定されないが,チラミン)を,その第1アミン(またはカルボキシル)基を介して,種々の高分子足場材料,例えば,限定されないが,ヒアルロナンまたは硫酸コンドロイチン(例えば,アグリカンの形態で)のカルボキシル(または第1アミン)基と共有結合させることを含む。ヒドロキシフェニルで置換された高分子の足場を単離し精製した後,非常に希薄な過酸化水素の存在下で西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)によりヒドロキシフェニル残基を選択的に架橋して,ハイドロゲルを形成する。
【0021】
高分子ネットワークを提供する第1の工程は,ヒドロキシフェニル基が周期的に結合した長鎖高分子を製造または用意することである。1つの態様においては,高分子は,多数のまたは周期的なヒドロキシフェニル基を既に有するポリヒドロキシフェニル分子,例えばポリフェノールである。適当なポリフェノールには,ポリアミノ酸(例えば,ポリチロシン),エピガロカテキン(EGC),および緑茶から単離される没食子酸エピガロカテキン(EGCG),およびあまり好ましくないが他のポリフェノールが含まれる。
【0022】
さらに別の態様においては,化学反応により,高分子にヒドロキシフェニル基をその長さに沿って周期的にまたはランダムに付加することができる。高分子にヒドロキシフェニル基を付加する好ましい方法は,カルボジイミドにより媒介される置換反応経路を利用して,ヒドロキシフェニル基を有する第1アミンと高分子に結合したカルボン酸基との間にアミド結合を形成させることである。この方法においては,長鎖高分子は,好ましくはその長さに沿って周期的なカルボン酸基を有するポリカルボキシレート分子である。ヒドロキシフェニル基は,カルボジイミド経路を介して長鎖高分子上のカルボン酸基のカルボキシル炭素原子に結合させることができる第1アミン基を有するより小さい分子の一部として与えられる。反応は以下のように進行する:
【化4】

式中,
構造Aはカルボジイミドであり;
構造Bはポリカルボキシレートであり(ただし1つのCO2H基のみが示されている);
構造Cは反応Aの生成物である,活性化O−アシルイソウレアであり;
構造Dは,ヒドロキシフェニル基を有する第1アミンであり;
構造Eは,ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレートであり;および
構造Fは,アシルウレア副生成物であり;
ここで,それぞれのRは,独立して,直鎖または分枝鎖のアルカンまたはアシル基,または上述の構造Eで示される,NH2とCO2H基との間のアミド結合を与えるカルボジイミド反応経路を妨害しない他の任意の構造であるように選択することができ,互いに同じでも異なっていてもよい。
【0023】
上で図解した経路においては,反応Aは,カルボキシル基をカルボジイミドで活性化して活性化O−アシルイソウレア中間体を与える反応を示す。この中間体の電気的に陽性の炭素原子は,ヒドロキシフェニル基が結合した隣接する第1アミン分子の窒素原子上の孤立電子対による求核攻撃を受けることができる。この求核置換反応(反応B)の生成物はヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレートおよびアシルウレア副生成物であり,これを透析により除いて,実質的に純粋なヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート生成物を得ることができる。
【0024】
上述のカルボジイミド反応経路の化学においてある種の副反応が可能であり,当業者はこれを考慮しなければならない。第1に,カルボジイミドは,所望のO−アシルイソウレア(反応A)を形成するために必要なポリカルボキシレート分子のカルボキシレート酸素原子以外の求核基と反応することができる。そのような求核基には,上で図解した構造Dのアミンおよび/またはヒドロキシフェニル基が含まれる。特に,反応Aについては,カルボジイミドおよびヒドロキシフェニル基を有する第1アミン(構造AおよびD)の有効濃度を低下させ,ポリカルボキシレート(構造B)上に望ましくない負荷物を形成することにつながる可能性のある3つの可能な副反応がある:
【化5】

【0025】
カルボジイミドとのアミン反応(反応C)の生成物は,O−アシルイソウレアとの反応に利用可能なチラミンの量を有効に低下させる遊離アミン基を有しないであろう。この反応はまた,所望のO−アシルイソウレアを形成するために利用可能なカルボジイミドの量を低下させる。ヒドロキシフェニル反応(反応D)の生成物はUV吸収剤ではなく,最終的なヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート生成物中でUV分光分析により検出することがより困難である(以下に説明する)。しかし,これらの生成物はなお遊離のアミン基を含むため,反応Bによりポリカルボキシレート分子とアミド結合を形成することができる。このことから,2つの非生産的なヒアルロナン置換構造が生じ,これらはいずれも本発明にしたがう架橋ネットワークの製造の第2工程においてペルオキシダーゼ架橋反応に関与することができない(以下に説明する)。フリーラジカルを生成するのに必要な引き抜き可能なフェノール性ヒドロキシル水素原子がないためである(これも以下に説明する)。最後に,カルボジイミドは水と非生産的に反応して(反応E),反応Bの副生成物として上に示したものと同じアシルウレアを生成するが,所望の生成物である構造Eは生じない。
【0026】
反応Aにおいて一旦所望のO−アシルイソウレア生成物が形成されると,再び,ある種の追加の副反応の可能性がある:
【化6】

【0027】
O−アシルイソウレア(構造C)は,反応Fに示されるように加水分解して,元の修飾されていないポリカルボキシレート(構造B)およびカルボジイミドのアシルウレア(構造F)を放出する。これは反応Eと同様の非生産的な反応であり,カルボジイミドの有効濃度を低下させる。O−アシルイソウレアはまた,分子内再配置(反応G)を起こして,2つの非反応性N−アシルウレアを生成する。これらの構造は,カルボキシレート分子上に非生産的な付加物を形成し,これは本発明にしたがうネットワークを製造するためのペルオキシダーゼ触媒架橋反応に寄与しない(上述した工程2)。O−アシルイソウレアはまた,同じまたは別のポリカルボキシレート分子上の第2のカルボキシル基と反応して,酸無水物を形成しうる(反応H)。次にこの分子は構造Dと反応して,所望のアミドを形成し,第2のカルボキシル基を再生することができる。すなわち,O−アシルイソウレアについては2つの可能な副反応があり,これらはカルボジイミドの有効濃度を低下させることができ(反応FおよびG),およびポリカルボキシレート分子上に望ましくない付加物を形成することにつながる可能性がある。
【0028】
これらの副反応の負の効果は,過度の実験をすることなく慣用の手法により解決可能である。
【0029】
高分子(構造B)がポリカルボキシレートである上述した経路とは別に,高分子はその長さ方向に沿って多数のまたは周期的なアミン基を有するポリアミンであってもよい。この場合には,ヒドロキシフェニル基をより小さいカルボン酸分子の一部として提供する。適当なポリアミンとしては,ポリヘキソースアミン,例えば,キトサン(ポリグルコサミン);ポリアミノ酸,例えばポリリジン;ポリデオキシリボヌクレオチド,例えば,ポリ(dA)(ポリデオキシアデニル酸),ポリ(dC)(ポリデオキシシチジル酸),およびポリ(dG)(ポリデオキシグアニル酸);およびポリリボヌクレオチド,例えば,ポリ(A)(ポリアデニル酸),ポリ(C)(ポリシチジル酸),およびポリ(G)(ポリグアニル酸)が挙げられる。カルボジイミドにより媒介される反応経路は,上で説明したものと全く同じく進行して,アミン基とカルボン酸基との間にアミド結合が形成されるが,ただし,当業者には理解されるように,得られる生成物は,ポリカルボキシレートではなく,ヒドロキシフェニル置換ポリアミンである。その長さに沿って配置されたヒドロキシフェニル基を有するか,または,本明細書に記載される置換反応によりその上にヒドロキシフェニル基を提供することができる他のペプチドおよび/または蛋白質も,本発明において高分子として用いることができる。例えば,既に本明細書に開示されているペプチドに加えて,ポリアルギニンを高分子として用いることができる。
【0030】
ポリカルボキシレート分子上で置換する場合には,本発明において用いるのに適当なヒドロキシフェニル含有化合物としては,多数のまたは周期的なCO2H基を有する足場材料を修飾するために用いることができる遊離第1アミンを有するもの,例えば,チロシン(2−アミノ−3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸)およびチラミン(チロサミンまたは2−(4−ヒドロキシフェニル)エチルアミン)が挙げられる。ポリアミン上で置換する場合には,適当なヒドロキシフェニル含有化合物としては,多数のまたは周期的な1級NH2基を有する足場材料を修飾するために用いることができる遊離CO2H基を有するもの,例えば,チロシン,3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸および4−ヒドロキシフェニル酢酸が挙げられる。
【0031】
本発明にしたがう架橋された高分子ネットワークを製造する第2工程は,得られた高分子,すなわち1またはそれ以上のヒドロキシフェニル基が結合している高分子をジヒドロキシフェニル結合構造を介して連結させることである。この工程においては,異なる高分子に結合しているヒドロキシフェニル基を,ペルオキシダーゼの存在下で過酸化物試薬を用いて,以下に示される反応メカニズムにより連結させる:
【化7】

(同じ分子上の異なるヒドロキシフェニル基の間にも,ある程度のジヒドロキシフェニル結合が生じうることに注意すべきである)。ペルオキシダーゼは,希薄な過酸化物(好ましくはH22)の存在下で,ヒドロキシフェニル含有化合物(例えばチラミン)からフェノール性ヒドロキシル水素原子を引き抜いて,1つの非共有電子を有するフェノール性ヒドロキシル酸素,すなわち非常に反応性の高いフリーラジカルを離脱することができる。フリーラジカルは,オルト位置の2つの同等の炭素の一方に異性化し,次に2つのそのような構造が二量体して,構造を効果的に架橋する共有結合を形成し,これはエノール化の後,ジヒドロキシフェニル二量体を生成する(ジヒドロキシフェニル結合,例えば以下に説明されるジチラミン結合)。
【0032】
上では,明確化のため1つのジヒドロキシフェニル結合反応のみが示されているが,ヒドロキシフェニル基が結合している高分子をこの反応条件(過酸化物およびペルオキシダーゼ)に供したときには,いくつかのまたは多数のそのような結合が生成することが理解されるであろう。上述のメカニズムでは過酸化水素が示されているが,他の適当な過酸化物を用いることができる。また,ペルオキシダーゼは,好ましくは西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)である。あるいは,ヒドロキシフェニル基を含む足場材料を架橋するために,フリーラジカルを生成しうる他の任意の適当な酵素(または他の試薬)を,好ましくは以下に記載される通常の代謝条件下で,用いることができる。
【0033】
ジヒドロキシフェニル架橋高分子ネットワークは,架橋反応が酵素(ペルオキシダーゼ)により推進されるため,慣用の軟骨または他の組織の補充または置換の方法および製品より優れている。これは,架橋反応が通常のインビボまたは代謝条件の温度,例えば35−39℃(例えば約37℃),pH6−7の範囲(例えば約6.5),試薬(架橋反応に必要な試薬は過酸化水素等の過酸化物のみである)で行われることを意味する。すなわち,架橋反応をインビボで行って,架橋されたハイドロゲルを手術の現場,例えば,整形外科の手術の現場で提供して,ハイドロゲルと天然の組織,例えば骨および軟骨の組織との間に継ぎ目のない最大限の一体化を促進することができる。ヒドロキシフェニル置換高分子足場は,架橋の前に現存する軟骨マトリクス中に急速に浸透し,他のヒドロキシフェニル置換高分子足場材料とのみならず,現存する軟骨マトリクス中に存在する蛋白質のチロシン残基とも架橋しうるため,新たなハイドロゲル足場と天然の軟骨マトリクスとの一体化はただちに起こるであろう。このことにより,予め形成されたマトリクスのプラグにおいて見いだされる,天然の軟骨組織とよく一体化しないという典型的な問題を排除することができる。関節表面上で直接ハイドロゲルを架橋することができることは,その化学が毒性を有するかまたは患者の内部でこれを形成することができないようなハイドロゲルの場合に必要とされる,予め成形されたプラグを適合させるために欠陥を外科的に広げるという必要性を排除する。関節炎の結果として生ずるほとんどの軟骨の障害は,関節表面の様々な菲薄化として存在し,輪郭をもつ形状の穴として存在するのではないことに注意すべきである。
【0034】
架橋反応は過酸化物とペルオキシダーゼ(好ましくは西洋ワサビペルオキシダーゼ)との両方を必要とするため,手術部位に適用するのに便利なように,これらの成分の1つを除き全てを含む溶液を調製することができる。例えば,チラミン(または他のヒドロキシフェニル含有種)で置換されたポリカルボキシレート(例えば,チラミン置換ヒアルロナン等)およびペルオキシダーゼを含む溶液を調製し,過酸化物を含む第2の溶液を調製することができる。あるいは,過酸化物およびペルオキシダーゼを第1の溶液および第2の溶液で入れ替えてもよく,ここで重要なことは,架橋反応を行うまで過酸化物とペルオキシダーゼとを別々にしておくことである(すなわち別々の溶液中で)。次に,第1の溶液を適用し(例えば,インビボの手術現場に),第2の溶液を第1の溶液にインビボで適用するかまたはスプレーして,チラミン残基のインシトゥー架橋を引き起こす。架橋反応はインビボで生ずる。本発明の開示から明らかな他の組み合わせも当業者の通常の能力の範囲内であろう。
【0035】
さらに,架橋反応は通常の代謝条件下で生ずるため,追加の生きた細胞,例えば軟骨細胞,先祖細胞,幹細胞等を,架橋されていないヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレートまたはポリアミン(またはポリフェノール)を含む培地,すなわち上の段落に記載される第1の溶液または第2の溶液に直接入れることができ,ここで,細胞を含有する培地を高分子とともにインビボの部位に適用し,次にペルオキシダーゼおよび過酸化物を加えることにより分子を架橋させることができる。その結果得られるものは,その中に所望の細胞が分散している架橋高分子ネットワークである。そのような細胞含有ネットワークは,慣用の組織置換マトリクスではこれらを製造する温度およびpHの条件が過酷であるために不可能である。さらに,以下の実施例5に記載されるように,上述のようにして本発明のマトリクス中に入れた細胞は,チラミン置換ヒアルロナンを架橋して本発明にしたがうネットワークを製造した後でも生存可能なままであることが示された(これも以下に説明する)。
【0036】
合成軟骨ならびに他の合成もしくは人工組織を製造するのに特に適した好ましい態様においては,本発明にしたがうネットワークを製造するために用いられる高分子はヒアルロナンまたはヒアルロン酸(HA)であり,ヒドロキシフェニル基はチラミンの形で供給される。
【0037】
HAは,図3に示されるように,β1,3グリコシド結合により連結したグルクロン酸残基(glcA)とN−アセチルグルコサミン残基(glcNAc)との反復する対から構成される。各ヒアルロナン鎖について,この単純な二糖が10,000回も反復され,各反復二糖はβ1,4グリコシド結合により連結されている。各glcA残基はグルコース環の5位の炭素原子に結合したカルボン酸基(CO2H)を有する。チラミンはベンゼン環のOH基のパラ位に結合したエチルアミン基を有するフェノール性分子である。これらの分子種を用いると,HA上のCO2H基の単結合酸素原子へのチラミン置換のメカニズムは,上述のカルボジイミド媒介性反応メカニズムにより進行し,これは以下に説明する。好ましいカルボジイミド種は,以下に示される1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)である:
【化8】

[式中,
構造AはEDCであり;
構造Bはヒアルロナン(ただし1つのCO2H基しか示していない)であり;
構造Cは反応Aの生成物である1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)イソウレアであり;
構造Dはチラミンであり;
構造Eはチラミン置換ヒアルロナンであり;および
構造Fは1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)ウレア(EDU)である]。
【0038】
上述の経路において,ヒアルロナン分子のカルボキシル基の負に荷電した酸素原子は,求核反応メカニズムにより,カルボジイミド分子(EDC)上の電子不足ジイミド炭素原子を攻撃して,活性化されたO−アシルイソウレアを形成する(反応A)。その結果,HAカルボキシレート基の炭素原子は十分に電子不足となり,チラミン分子のアミン基上の非共有電子対による求核攻撃を受けやすくなる(反応B)。反応Aは,好ましくは,反応Aの間に活性エステルを形成し,したがって,反応を実質的に中性のpH(例えばpH=6.5)で行うことができる適当な触媒により触媒される。適当な触媒としては,より高いpHにおけるカルボジイミドの非生産的な加水分解を最小にするために,N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)が挙げられ,より劣るが好ましくは1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)またはN−ヒドロキシスルホスクシンイミド(NHSS),より劣るが好ましくは活性エステルの形成によりカルボジイミド反応を促進するのに有効な別の適当な触媒またはこれらの組み合わせが挙げられる。より劣るが好ましくはEDC以外の他のカルボジイミド,例えば,1−シクロへキシル−3−[2−(4−メチルモルホリノ)エチル]カルボジイミド(CMC),およびジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を用いることができる。
【0039】
上述の反応Aの結果得られるものはO−アシルイソウレアで置換されたヒアルロナンである。本質的に,EDC分子はHA分子からのglcA残基のカルボン酸基上に一時的に置換され,カルボン酸基の炭素原子をわずかに正に荷電させる。次に,チラミン分子の末端アミン基からの電子対が,上の節で説明したように求核置換反応により炭素原子上に置換される(反応B)。反応Bの結果得られるものはチラミン置換HA分子(T−HA)および副生成物であるアシルウレアである。ここでは,簡潔さと明瞭さのために1つの置換が示されているが,反応AおよびBによりHA分子の周期的なglcA残基上で複数のチラミン置換が生ずることが理解されるであろう。
【0040】
T−HAを形成した後,上で説明し図解したように,複数のT−HA分子を過酸化物およびペルオキシダーゼ酵素により反応させて,T−HA分子を架橋させる。すなわち,HA分子に結合しているチラミン残基上のヒドロキシフェニル基を,ペルオキシダーゼの存在下で過酸化物(好ましくはH22)と反応させて,フェノール性水素原子を除去して,フェノール性酸素原子に附随した不対電子を有するチラミンフリーラジカルを得る。このフリーラジカル種は異性体化または共鳴して,フェノール環上のオルト炭素原子に附随している不対電子との共鳴構造(またはフリーラジカル異性体)が得られる。この位置においては,不対電子は別のチラミンフリーラジカル上の同様な状況の不対電子と速やかに反応して,これらの間に共有結合が形成される。その結果,同じまたは異なるHA分子の異なるglcAsに結合している別々のチラミンフリーラジカル残基の間にフリーラジカル推進性の二量体化反応が生ずる。この二量体化された種は,さらにエノール化して,現在結合しているチラミン残基をもとに戻し,ジチラミン結合構造が生成する。本明細書に記載されているような複数の反応が隣接するチラミン残基の間に生じて,以下の架橋構造:
【化9】

を有する本発明にしたがうT−HA分子の架橋された高分子ネットワークが得られることが理解されるであろう。
【0041】
架橋されたT−HAネットワークは,慣用の方法で,例えば結合蛋白質を介してアグリカン分子とともに提供して,HA鎖に結合したアグリカン分子を有する架橋T−HAネットワークを得ることができる。すなわち,本発明にしたがって,正常な軟骨凝集体に見いだされるものと類似したネットワークを提供し,ジチラミン結合がネットワークを一緒に保持して,このことにより正常な軟骨におけるコラーゲン原線維ではなく,含有されるアグリカンネットワークを拘束することができる。
【0042】
本発明から,本明細書に記載される架橋されたネットワークを生成するための高分子として他のグルコサミノグリカン,多糖類およびポリカルボン酸を用いることができることが理解されるであろう。例えば,HAの他に適当なグルコサミノグリカンとしては,コンドロイチン,硫酸コンドロイチン,デルマタン硫酸,ヘパラン硫酸およびヘパリンが挙げられる。他の適当なポリカルボキシレートとしては,ベルシカン,アグリカン等のプロテオグリカン,およびアグリカン,ヒアルロナンおよび連結蛋白質から構成される軟骨凝集体;ポリウロン酸,例えば,ポリペクチン酸(ポリガラクツロン酸),ポリグルクロン酸,ペクチン(ポリガラクツロン酸メチルエステル),コロミン酸(ポリ[2,8−(N−アセチルノイラミン酸)]),およびアルギン酸塩(ポリ[アルギン酸−co−グルクロン酸]);および上述のポリカルボキシレートの定義に合致するアミノ酸(少なくとも2アミノ酸ユニットを有する),例えば,ポリアスパラギン酸およびポリグルタミン酸が挙げられる。これらはすべて,当業者であれば,本明細書に開示されるカルボジイミド媒介性反応経路を用いて過度の実験なしに1または複数のヒドロキシフェニル基で置換することができる。
【0043】
上述したように,本明細書に記載される酵素触媒化学を用いて架橋することができる2またはそれ以上のヒドロキシフェニル基を既に有する天然のポリフェノール化合物を,化学反応により付加されたヒドロキシフェニル基を有していなければならない上述のポリカルボキシレートおよびポリアミンの代わりに用いることができることも理解されるであろう。
【0044】
別の好ましい態様においては,正常な軟骨を模倣または置き換えるための,チラミンで架橋された硫酸コンドロイチン分子(単独でまたはアグリカンの一部として与えられる)のネットワークが提供される。硫酸コンドロイチンは以下の点を除いてヒアルロナンと同一である:1)反復二糖構造はglcNAcではなくN−アセチルガラクトサミン(galNAc)を含み,これは4位の炭素(図3で丸で囲まれる)に結合したヒドロキシル基の位置のみが異なる;2)galNAc残基の4位および/または6位および/またはglcA残基の2位のヒドロキシル基上のO−硫酸化の存在(図3);および3)硫酸コンドロイチン鎖のサイズはヒアルロナンより小さく,20−100個の反復二糖類単位を含む。(アグリカン分子は,各鎖の還元末端に位置する連結糖を介してコア蛋白質に結合している多数の(およそ100個の)硫酸コンドロイチン鎖から構成される)。この態様においては,隣接する(架橋した)硫酸コンドロイチン分子の負に荷電したSO42-基が,ネットワーク凝集体の圧縮耐性に寄与する主要な反発力を提供し,一方,チラミン架橋は硫酸コンドロイチンネットワークが破壊または崩壊することを抑える。その結果得られるものは,正常な軟骨と同様に非転置性である(同時に水不浸透性である)が,正常な軟骨に見いだされる細胞外コラーゲン原線維マトリクスまたはHA鎖を有しない硫酸コンドロイチンネットワークである。実際,硫酸コンドロイチン分子を直接架橋させることにより(上述した態様におけるようなそのコアHA分子ではなく),隣接する硫酸コンドロイチン分子間の反発力を強くすることができ,正常な軟骨と比較してさらに強い液体流動耐性を得ることができる。このことにより,間質の液相が流動からさらに拘束されるため,正常な軟骨より強い負荷力吸収および放散能力を得ることができる。硫酸コンドロイチン分子が直接架橋しているこの態様においては,ある種の軟骨変形条件,例えば,正常な軟骨において硫酸コンドロイチン分子が通常結合しているコア蛋白質がHA結合ドメイン(G1)と第2の球状のドメイン(G2)との間で切断され,したがって硫酸コンドロイチンに富む領域が軟骨凝集体から拡散して外に出ることが可能となる条件を完全に回避することができる。この態様においては,硫酸コンドロイチン分子はアグリカンまたは他のプロテオグリカン分子と結合せずに互いに直接架橋しているため,これらは正常な軟骨におけるように切断されるかまたは外に運ばれることができない。
【0045】
いずれにしても,チラミン架橋T−HAネットワーク(結合したアグリカン分子を有するHA主鎖を有し,この分子は硫酸コンドロイチン鎖を含む)はHAの利用可能性が高いため好ましい。これは,移植されたチラミン架橋T−HAネットワーク上に軟骨を生成する身体の正常な代謝経路を直接構築することができるため,本発明を用いる軟骨置換または修復の場合に有益であろう。これは以下に説明される。
【0046】
上述したジチラミン架橋T−HAネットワークは,人工もしくは合成の軟骨を製造するのに特に有用である。軟骨の移植は,外傷後のまたは先天性異常において頭頚部を再構成して軟骨または骨の欠陥を修復する方法においてしばしば用いられる。耳に特異的な用途には,耳形成術および耳介再構成が含まれ,これらは,外傷,新生物(すなわち,扁平上皮癌,基底細胞癌,および黒色腫),および先天性欠陥,例えば小耳症による軟骨の欠陥を修復するためにしばしば行われる。鼻に特異的な用途には,鼻および鼻中隔の美容外科および再構成方法が含まれる。背側こぶ増大,先端,シールドおよびスプレッダー移植はしばしば美容鼻形成術において用いられる。外傷,新生物,自己免疫疾患,例えば,ヴェーゲナー肉芽腫症の後,または先天性欠陥の鼻再構成においては,修復のための軟骨が必要である。中隔穿孔は管理が困難であり,しばしば治療に失敗する。これらの用途には軟骨移植が理想的であるが,自己移植またはドナーの軟骨はしばしば利用できない。咽喉に特異的な用途には,喉頭気管再構成が含まれ,これは小児では通常肋軟骨を回収することを必要とするが,これは病原性でないわけではない。耳介軟骨および鼻中隔軟骨はしばしばこの目的には不適当である。したがって,本明細書に記載される架橋HAネットワークから加工された軟骨は,これらの問題の管理に大きな影響を有しうる。喉頭気管の再構成は,通常は声門下または気管の狭窄による気道狭化について行われる。病因は,外傷(すなわち,気管チューブ挿入外傷または気管切開術)または突発性でありうる。
【0047】
他の可能性としては,多くの脳顔面頭蓋用途に加えて,おとがいおよび頬の拡大,および低い眼瞼の外反修復における使用が含まれる。これらの用途は関節軟骨の厳密な機械的特性を有する軟骨を必要としないことに注意すべきである。細胞集団または生物学的に活性な薬剤を含ませることも望ましい。
【0048】
本発明にしたがう架橋ネットワークが実質的な有用性を有するであろう1つの特別の用途は,人工腎臓の製造におけるものである。腎臓は2つのメカニズムにより血液を濾過する:一方はサイズ排除であり,他方は電荷排除によるものである。MEMSデバイスは,人工腎臓デバイスにおいて用いるために設計されており,これは腎臓に特徴的なサイズ排除のみを有効に模倣することができる,精密に規定されたミクロ多孔を含む。健康な腎臓においては,電荷排除に関連する濾過は,基底膜に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンの結果であり,これは,他の腎臓関連機能に重要な2つの異なるタイプの細胞を分離する。MEMS工学による人工腎臓においてこの荷電バリアを模倣するためには,ハイドロゲルを,本明細書に記載されるジヒドロキシフェニル(ジチラミン)結合により架橋されているヘパラン硫酸またはヘパリンから構成されるように製造し,これをMEMSデバイスの孔の中に入れることができる。次に,このヘパリン/ヘパラン硫酸ハイドロゲルを,本明細書に記載される2つのヒアルロナン誘導ハイドロゲル(例えば,上述したT−HA)の間にサンドイッチし,正常に機能している腎臓に通常見いだされるそれぞれの細胞タイプの1つを含ませることができる。中心のヘパリン/ヘパラン硫酸ハイドロゲルはデバイスの荷電排除特性を与える。外側の2つのヒアルロナンハイドロゲル層は,免疫系および通常の細胞および分子の残骸による付着物からの保護を与える。濾過バリアの反対側に2つの細胞タイプを含めることにより,正常な生理学的な方向で細胞成分を提供することができる。
【0049】
別の有望な用途においては,本発明にしたがうハイドロゲルは,人工膵臓の開発に応用することができる。人工膵臓の開発における問題点は,検出器電極のインビボでの付着物のため,MEMS工学によるグルコースセンサーの半減期が短いことである。これらの検出器の表面を本明細書に記載されるヒアルロナンハイドロゲル(例えばT−HA)でコーティングすると,センサーがこれを検出するよう設計されている低分子量のグルコース分子の拡散を許容し,一方,免疫系および通常の細胞および分子の残骸による付着物からの保護を与えることができる。
【0050】
まとめると,上の記載から,ハイドロゲルを形成するための足場材料として有用な高分子には,限定されないが,ポリカルボキシレート(遊離カルボキシレート基を含む),ポリアミン(遊離第1アミン基を含む),ポリフェノール(遊離ヒドロキシフェニル基を含む)およびこれらのコポリマーが含まれることが明らかであろう。これらの例は上に記載されている。ポリフェノールを用いる場合には,ポリフェノールは多数のまたは周期的なヒドロキシフェニル基をすでに含むため,上述の本発明にしたがうネットワークを製造する第1工程を省略することができる。それ以外の場合には,ポリカルボキシレートおよびポリアミンの両方とも,好ましくは上述したカルボジイミド反応経路により,その長さ方向に沿って付加または置換されたヒドロキシフェニル基を有しなくてはならない。ネットワークを製造する第2工程は,架橋された構造を提供するために,隣接する高分子(ポリカルボキシレート,ポリアミンまたはポリフェノールのいずれか)に結合している2つのヒドロキシフェニル基の間で酵素により推進される二量体化反応を行うことである。この工程は,過酸化物試薬(好ましくは過酸化水素)を用いて,適当な酵素(好ましくはHRP)の存在下で,代謝条件の温度およびpHで行う。
【0051】
好ましいジチラミン架橋T−HAネットワークの場合には,第1工程において高分子ヒアルロナン(HA)上のカルボキシル基をチラミンで置換して,反応性ヒドロキシフェニル基をHA分子中に導入する。このチラミン置換反応は,好ましくはカルボジイミド,1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)により媒介され,HA上のチラミン置換の程度は,反応混合物中で用いられるチラミン,EDCおよびHAのモル比および絶対濃度により制御する。次に,過剰な試薬,例えば,利用されなかったチラミンおよびEDCを透析により除去することにより,高分子量のチラミン置換HA(T−HA)を単離し回収する。各T−HA調製物中のチラミン置換のパーセントは,以下を測定することにより容易に計算することができる:1)調製物中に存在するチラミンの濃度,これはチラミンの275nmにおける独特のUV吸収特性に基づいて分光光学的に定量する(以下の実施例2を参照);および2)HA調製物中の総カルボキシル基の濃度,これは標準的なヘキスロン酸アッセイにより分光光学的に定量することができる。この手法により,わずか4−6%のチラミン置換パーセントを含むT−HA調製物を実験室で日常的に合成した。このレベルのチラミン置換では,HA分子のほとんど(好ましくは少なくとも60,70,80,90,または95パーセント)は化学的に変更されないまま残り,したがって生物学的に機能性である。このプロセスの第2工程において用いられるT−HAの濃度を単に変化させることにより,T−HAのこの処方(すなわち4−6%チラミン置換)から,種々の物理学的特性を有する多様な生体材料を製造することができる。
【0052】
架橋反応においては,隣接するHA分子上の2つのチラミン付加物の間に共有結合を形成して単一のジチラミン架橋を生成させることを触媒する酵素(ペルオキシダーゼ)により推進される反応により,T−HAの溶液を架橋させてハイドロゲルを形成する。これらのジチラミン架橋がHA分子1つあたり数百個形成されるため,安定な3次元の足場もしくはハイドロゲルが形成される。ペルオキシダーゼ酵素の実際の基質は−HAではなく過酸化物であるため,架橋反応を開始させるためには,非常に希薄な過酸化物(好ましくはH22)を加えることが必要である。ペルオキシダーゼ酵素の過酸化物に対する反応の生成物はフリーラジカルであり,これはチラミンのヒドロキシフェニル環により優先的に捕獲されて,その結果ジチラミン架橋が形成される。ジチラミンにより連結された構造は,青色蛍光を生じ(実施例2を参照),その特性をハイドロゲルのイメージングおよびハイドロゲル中の架橋の程度の定量の両方に用いる。架橋反応は酵素により推進されるため,ハイドロゲルは生理学的条件下で形成することができ,したがって,ハイドロゲルは含まれる細胞または生物学的に活性な薬剤の存在下で形成することができ,または細胞および組織の生存性を維持しながら生きている組織に直接隣接させて形成することができる。
【0053】
得られるハイドロゲルは,任意に透明であってもよく,初期T−HA濃度に依存して広範な範囲の物理学的特性を有する。例えば,6.25,12.5,25,50および100mg/mlのT−HAのT−HA溶液から形成されるハイドロゲルは,それぞれ,ゼリー,ゼラチン,パン生地,弾力性ゴム様の組成物(ゴムボールと類似),および関節と同様の材料の物理学的特性(剛性,レオロジーおよびテクスチャー)を有することが実験的に示されている(実施例3を参照)。これらの材料は,広範な範囲の臨床設定,例えば,整形外科的組織(すなわち,軟骨,骨,腱,半月,椎間円板等)および非整形外科的組織(腎臓,肝臓,膵臓等)の両方の組織工学,遺伝子および薬剤のデリバリー,非生物学的デバイスのインビボ移植用のコーティング(すなわち,グルコースセンサー,人工心臓等),創傷修復,バイオセンサー設計,および声帯再構築において潜在的な用途を有する。
【0054】
本明細書に記載されるハイドロゲルの有利な特徴には以下のものが含まれる:1)特性決定と質の管理が容易である;2)現存する組織マトリクスと一体化することができる;3)新たに形成されるマトリクスに直接取り込まれることができる;4)細胞および生物活性因子を直接含むことができる;5)生体適合性を維持することができる;6)生体吸収を制御することができる;7)複雑な解剖学的形状に容易に成形することができる(以下の実施例6を参照);および8)天然の組織,例えば関節軟骨の機械的特性を示すことができる。
【実施例】
【0055】
例示のために提供される以下の実施例の1またはそれ以上に関連して,本発明のさらに別の観点が理解されるであろう。
【0056】
実施例1
実験に用いる量の,本発明にしたがうジチラミン架橋を有するチラミン置換ヒアルロナンハイドロゲルは,以下のようにして製造した。HAを,HAのカルボキシル基のモル濃度に対して10倍モル過剰のチラミンを含む,250mM 2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸(MES),150mM NaCl,75mM NaOH,pH6.5中に,ヘキスロン酸に基づいて1mg/mlで溶解した。次に,HAのカルボキシル基のモル濃度に対して10倍モル過剰のEDCを加えることにより,カルボキシル基のチラミン置換を開始する。EDCのモル量に対して1/10のモル比のN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)を反応液に加えて,活性エステルの形成により,EDCにより触媒されるアミド化反応を助ける。反応は,室温で24時間行い,その後,150mM NaCl,続いて超純水に対して徹底的に透析し,次に凍結乾燥することにより,未反応低分子量反応物,例えば,チラミン,EDC,NHS,およびMESから高分子画分を回収する。凍結乾燥の後,チラミン置換HA(T−HA)生成物を5−100mg/mlの作業濃度でPBS(細胞懸濁液,インビボ組織接触および架橋反応に適合性の緩衝液)に溶解して,最終的なハイドロゲルの所望の剛性によって種々の濃度の調製物を得る。あるいは,溶媒は,実質的に酵素活性に負に影響せず,酵素により生成したフリーラジカルの選択的取り込みにより架橋反応を妨害しないであろう,PBS以外の他の任意の適当な溶媒であってもよい。別の適当な溶媒には,水,慣用の生物学的組織培養用培地,および細胞凍結溶液(一般に約90%の血清および約10%のジメチルスルホキシドから構成される)が含まれる。細胞を懸濁するか(実施例5を参照),またはインビボで組織と接触させる前に,T−HAを0.2μmのフィルターを通して濾過すべきである。次に,10U/mlのタイプII西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を各T−HA調製物に加えることにより,チラミン−チラミン架橋を行う。架橋は,少量の(1−5μl)希釈過酸化水素溶液(0.012%−0.00012%最終濃度)を加えることにより開始させ,所望の剛性を有する最終的なハイドロゲルを得る。より大量のまたは大きな体積の所望のハイドロゲルを調製するためには,当業者はこの節で提供される試薬の量を適宜スケールアップすることができる。
【0057】
実施例2
本発明にしたがうT−HA高分子ネットワークのチラミン置換(およびその結果としてのジチラミン架橋)の程度を決定するために実験を行った。最初に,(未架橋)チラミン置換ヒアルロナン(T−HA)の,0X,1Xまたは10Xと称される3つの処方を上述のようにして調製した。0X処方は,EDCなしで調製した(すなわち,カルボジイミドを含まない)。これは,チラミン上のNH2基とHA分子上のCO2H基との間にアミド結合を形成するための反応を媒介するカルボジイミドが存在しないことを意味する。すなわち,0X処方は,対照と考えることができる。1X処方は,反応混合物中のHA分子上に存在するCO2H基の量に基づいて1:1の化学量論比のEDCを含むものであった。10X処方は,反応混合物中のHA分子上に存在するCO2H基の量に基づいて,10:1の化学量論比(または10倍過剰)のEDCを含む。3つすべての処方において,HA上のCO2H基の量に対して化学量論的過剰量のチラミンを用いた。3つすべての処方(0X,1Xおよび10X)において,処方用の反応物と適量のEDCをバイアル中で混合し,撹拌してチラミン置換反応を促進させた。3つすべての処方は,室温で24時間反応させ,その後に,バイアルの内容物を透析して,未反応チラミン分子,EDCおよび反応の副生成物であるアシルウレア(EDU)を除去した。チラミン,EDCおよびEDUのサイズが高分子HAより比較的小さいため,これらの分子は,透析によりHAおよび形成されたT−HA分子から容易に分離された。未反応チラミンおよびEDCを除去した後,各処方についての残りの内容物を分析して,HA分子上に存在する利用可能なCO2H部位の総数に対するチラミン置換の比率を決定した。
【0058】
チラミンは,275nmにUV吸収ピークを示すため,チラミンの滴定曲線を用いてチラミン置換の程度を容易に検出することができる。上述の3つのT−HA処方のUV分光光度分析に基づいて,EDCの非存在下(処方0X)で行ったHA−チラミン置換反応では,HA分子上へのチラミン置換は実質的にゼロであったことが見いだされた。このことから,チラミン置換反応においてカルボジイミド反応経路を用いることの重要性が確認される。しかし,チラミン置換反応において1:1のEDC:CO2H化学量論比を用いて調製したT−HA処方(処方1X)のチラミン吸収は,HA鎖上のすべての利用可能なCO2H基に対して約1.7%のチラミン置換率を示した。10X処方(10:1EDC:CO2H比)では,約4.7%の置換率が得られた。
【0059】
次に,3つの透析したHA/T−HA処方(0X,1Xおよび10X)のそれぞれに過酸化水素および西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を5mg/mLで加え,得られた処方の反応を完了させた。過酸化物およびHRPの存在下で反応させた後,0X処方は完全に液体のままであり,強いメニスカスを有し,ゲル形成は認められなかった。このことから,チラミン置換反応においてEDCを用いなかった場合には,チラミン置換が全くまたは実質的に全く起こらなかったことが確認された。1X処方については,非常に弱いメニスカスのみが認められ,バイアルの内容物はゲル化し,チラミン置換および架橋の両方が起こったことが確認された。10X処方については,比較的堅いゲルが形成し,実際には容器中の液体の最初の体積と比較して収縮し,若干の液体(メニスカスを有する)が上部に残った。10X処方(4.7%チラミン置換率を有する)から製造したゲルは,1.7%チラミン置換率を有する1X処方から製造したゲルよりも堅く,より剛性が高かった。
【0060】
ジチラミン構造は,UV光に曝露すると青色蛍光を示す。上述の処方のそれぞれの生成物をUV光に曝露して,ジチラミン架橋の存在を検出した。予測されたように,1Xおよび10Xハイドロゲルは両方とも青色蛍光を示したが(10Xハイドロゲルの蛍光は1Xハイドロゲルの蛍光より強かった),0X処方は青色蛍光を全く示さなかった。このことから,両方のハイドロゲルにおいてジチラミン架橋が存在すること,およびより剛性の高いハイドロゲル(10X)におけるジチラミンの出現率はより剛性の低いハイドロゲル(1X)におけるより高いことが確認された。
【0061】
全体的な結果は,カルボジイミド媒介性反応経路の重要性が示されたこと,および本発明にしたがう架橋されたT−HAネットワークから形成されたハイドロゲルの相対的剛性はジチラミン架橋の程度に比例すること,さらにこれはHA上へのチラミン置換の程度に比例することが確認されたことである。本発明にしたがって,1.7%のチラミン置換率(および続いてジチラミン結合を形成する架橋比)でさえ,適切に堅いT−HAゲル(またはハイドロゲル)を与えたことは,非常に驚くべきかつ予測されなかったことである。4.7%置換(および架橋)比率からはさらに堅いT−HAゲルが得られた。さらに驚くべきことには,反応混合物中に存在するカルボン酸基の量に対して10倍の化学量論的過剰量のカルボジイミド(EDC)(処方10X)から,わずか約4.5−4.7%のチラミン置換率しか得られなかったが,それでもなお,安定かつ凝集性のチラミン架橋T−HAネットワークが達成された。
【0062】
このことは,HA分子上のカルボン酸基の大部分は置換されず,チラミン架橋されず,本質的に天然のHA分子におけるものと同じままであるが,得られるネットワークは凝集性かつ安定なハイドロゲルであることを意味する。したがって,本発明のT−HAネットワークまたはゲル中のHA分子の大部分は正常な軟骨中のHAと比較して本質的に変更されていないため,インビボで軟骨代替物として用いる場合,身体の天然の代謝経路(T−HAネットワーク中で提供される細胞により助けられるかまたは助けられずに)は本発明のネットワークを天然の生物学的材料として認識して,これに対して通常の合成および代謝機能を行うことができるであろうと考えられる。さらに,HAは身体中に非常に普遍的に存在する材料であり,ヒトにおいて免疫原性がないことに注目すべきである。その結果,変更されていない天然のHAの大部分を含む本発明の架橋高分子ネットワークは,ヒト身体において合成組織を提供するのに望ましいかまたはこれが必要である広範な範囲の組織工学用途において実質的な用途を有するであろうと考えられる。この点は,従来技術と比較して顕著な利点である。したがって,非常に驚くべきことに,高い程度の,例えば,約10−20%より高いチラミン置換は望ましくないかもしれない。上述の実験は,適切なT−HAネットワークを提供するためには,そのような高い程度の置換は必要ではないことを示した。好ましくは,本発明にしたがう,ジヒドロキシフェニル(例えば,ジチラミン)で架橋されたポリカルボキシレート(例えば,HA)ネットワークは,ポリカルボキシレート(HA)分子上に存在するCO2H基の総量に基づくパーセントとして,50未満,好ましくは40未満,好ましくは30未満,好ましくは20未満,好ましくは15未満,好ましくは10未満,好ましくは9未満,好ましくは8未満,好ましくは7未満,好ましくは6未満,好ましくは5未満のヒドロキシフェニル(チラミン)置換率を有する。
【0063】
実施例3
伝統的には,天然の軟骨は,主としてアグリカンマトリクス中に存在する隣接する硫酸コンドロイチン鎖上の負に荷電したSO42-基の間の反発力の結果として,その粘弾性的特性および変形に抵抗しかつ圧縮負荷を吸収するその能力を示すと考えられてきた。本発明にしたがう,ジチラミン架橋ヒアルロナン分子のみから構成される(すなわち,アグリカンまたは硫酸コンドロイチンを含まない)高分子ネットワークが,SO42-基がないにもかかわらず天然の軟骨と比較して変形に抵抗し圧力を吸収する効力を有するかを判定するために実験を行った。約5%のチラミン置換率を有する架橋していないT−HAの処方を調製し,実施例1に記載されるように精製した。このT−HA処方から5つの異なるT−HA濃度を調製した:
濃度1:6.25mgT−HA/mLPBS
濃度2:12.5mgT−HA/mLPBS
濃度3:25mgT−HA/mLPBS
濃度4:50mgT−HA/mLPBS
濃度5:100mgT−HA/mLPBS
【0064】
次に上述の調製物のそれぞれを,過酸化水素および西洋ワサビペルオキシダーゼの存在下で,これも実施例1と同様にして反応させて,T−HA分子の間にジチラミン架橋を形成させて,それぞれハイドロゲル1,2,3,4および5を得た。これらの5種類のハイドロゲルのそれぞれは,驚くべきことにかつ予測されなかったことに,作製した調製物中のT−HAの濃度と相関して様々に異なる各ハイドロゲルの物理学的特性を有する,安定な実質的に凝集性の材料であることが見いだされた。例えば,定性的には,濃度1からは,ワセリンまたはゼリーの特性と匹敵する剛性およびレオロジー特性を有するハイドロゲル1が得られた。このハイドロゲルは安定であり凝集性であるが,例えばスパチュラまたは他の慣用の道具からの外力を適用したときになお流れまたは広がりを引き起こすことができた。ハイドロゲル1は非常に優れた接着特性を示し,このため,眼科手術などの手術の間の手術装置のアレルゲン性のないコーティング材料として理想的な候補である。ハイドロゲル2は,これを製造した調製物中のT−HAの濃度がより高かったため,ハイドロゲル1より剛性が高かった。この結果は,T−HA濃度の増加に伴う分子内架橋の減少および分子間架橋の増加の結果であると予測される。ハイドロゲル2は,ゼラチンの特性を有するレオロジーおよび剛性特性を示し,外部負荷に対してある程度の粘弾性的反発性を有していた。負荷を高くすると,ハイドロゲル2は流れるのではなく破断してより小さい片になることが認められ,これもゼラチン性材料の特性である。ハイドロゲル3は,パン生地または延ばすことができるパスタの特性および粘稠度を有しており,これもまた,外部負荷力を適用しても流動しなかった。この材料はまた,ハイドロゲル1および2と比較して実質的により高い粘弾性的特性を示した。ハイドロゲル4は非常に剛性が高く,凝集性のゲルであり,外部負荷力を適用したときに,破断に対して強く抵抗した。ハイドロゲル4は非常に弾力性のゴム様の組成物であり,実際に突然の圧縮(例えば床に落下)に対して実質的なバネ力を生じた。ハイドロゲル4は,突然の圧縮に応答してそのようなバネ力を生ずる能力のため,この材料は関節に繰り返しの周期的な圧縮負荷がかかるある種の関節置換/修復用途(例えばくるぶしの関節)に理想的である。ハイドロゲル5は,ハイドロゲル4について記載した特性に加えて,関節と同様の特性を有しており,関節軟骨の外観および手術用ナイフで切断したときに軟骨の感覚を有していた。
【0065】
制限圧縮試験を実施して,上述の5つの異なるハイドロゲルについて,圧縮の機械的特性を定量的に決定した。特注のポリカーボネート制限チャンバおよび多孔質ポリプロピレンフィルター板(孔径20μm,多孔度20%)を用いて,制限圧縮試験を行った。制限チャンバおよび以下の実施例4に記載される凍結融解手法を用いて,各ハイドロゲル濃度の5つの円筒形のプラグ(直径7.1mm,厚さ約3mm)を作成した。制限圧縮における一連の応力緩和試験のために以下の試験プロトコルを実施した。すべての試験はInstron5543装置を用いてコンピュータ制御下で行い,10Hzの周波数で時間−変位−負荷データを記録した。±5Nまたは±50N負荷セル(Sensotec)を用いて,各試験全体の負荷をモニターした。1%の歪を示す30μm(30μm/sec)のステップをサンプルが平衡に達するまで与えた。これは,10mNmin-1より低い値まで示した緩和速度として定義し,このとき,自動的に次のステップを開始し,これを20サイクル(約20%の歪)が完了するまで行った。制限圧縮において試験した各サンプルの厚さは,圧縮応答を開始したときのチャンバの底に対する転位をInstron5543装置で測定することにより機械的に決定した。測定した厚さを用いて,各ステップについての歪パーセンテージを計算した。
【0066】
5種類のハイドロゲルの圧縮機械的特性を先の節に記載されるようにして判定した。負荷データはサンプル断面積(39.6mm2)により標準化して,応力を計算した。各材料処方について,平衡応力を適用した歪に対してプロットした。各工程における凝集係数は,平衡応力を適用した歪で割った値として定義した。各材料について,凝縮係数は,最も直線的な範囲における平衡応力−歪データの傾きとして定義した。制限圧縮試験の結果は図4に示される。5つすべてのハイドロゲルは制限圧縮において試験することが可能であり,二相性材料(例えば軟骨)に典型的な特徴的な応力緩和応答を示した。6.25mg/mlおよび12.5mg/mlのT−HAハイドロゲルの凝集係数は関節軟骨より1−2桁低かった。25mg/mlのT−HAハイドロゲルは,関節軟骨について報告されている値の約半分の凝集係数を示した。50および100mg/mlのT−HAハイドロゲルは,直線範囲全体にわたって関節軟骨について報告されている値より低い凝集係数を示したが,15−20%の歪では関節軟骨より高い係数を有していた。これらのデータは,標準的な機械的アッセイを用いてハイドロゲルを特徴づけることができること,および関節軟骨と類似する機械的特性を有するハイドロゲルを生成しうることを示す。
【0067】
上述の実験に基づいて,驚くべきことにかつ予測されなかったことに,ジチラミン架橋ヒアルロナンネットワークを用いて,チラミン基を架橋させる前にT−HA濃度を様々にして特定の用途に適合させることにより,その剛性および他の物理学的(レオロジー)特性を調節することができる凝集性のハイドロゲル材料を製造しうることが発見された。これらのハイドロゲルの凝集性および弾力性の特性は,電荷対電荷の反発力を供給して材料の圧縮耐性および弾力性を生成するSO42-基をネットワーク中に全く(または実質的に全く)供給しない場合であっても認められた。これは,組織工学用途において実質的に正の結論を有する,非常に驚くべきことであり予測できない結果であった。ヒアルロナンはヒトにおいて見いだされる非常に普遍的な,非免疫原分子である。したがって,ジチラミン架橋ヒアルロナンネットワークから構成されるハイドロゲルは,用途に応じてその剛性を調節することができる,ヒトの身体中に移植しうる非常に適切な組織置換材料を提供することができる。これらの材料は非免疫原性である変更していないヒアルロナンから主として構成され,このため免疫応答がゼロまたは実質的にゼロとなると考えられる。このことは,多くの慣用の組織工学材料は,これを形成する化学の苛酷な反応条件または試薬のためにインビボでの適用ができないため,およびその最終的な化学構造が免疫応答を誘導しそうであるため,これらと比べて重要な利点である。
【0068】
実施例4
実施例3に記載されるもの等のハイドロゲルを製造して,ハイドロゲルを予め決定された三次元形状に成形または形成するための多くの方法が開発されている。このことは,患者の天然の組織の欠陥または空隙に充填するための人工組織材料を提供することが必要である,多くの組織工学用途において重要である。
【0069】
第1の方法は,ハイドロゲルをその場で,すなわち,その最終的な適用および構造の位置および形状で形成するインシトゥー形成手法を用いる。以下のようにしてインシトゥー形成方法を実験的に行った。本明細書に記載されるカルボジイミド媒介性経路によりチラミン置換ヒアルロナン(T−HA)を調製した。透析して未反応チラミン,EDC,NHS等を除去し,所望の濃度でPBSに溶解した後(上記実施例1を参照),T−HA液体調製物に少量の西洋ワサビペルオキシダーゼ酵素を加えて,第1の溶液を形成した。この第1の溶液を特定の内部幾何学を有する実験室容器(インビボの現場を模倣するために)に入れた。次に,非常に希薄な過酸化水素(0.012%−0.00012%の最終濃度)を含有する第2の溶液を調製した。次に,第1の溶液に対して少量のこの第2の溶液を,既に第1の溶液を含む容器に注入して,ジチラミン架橋反応を開始させ,ハイドロゲルを得た。この手法により調製されたハイドロゲルを,実施例3で上述したように,種々の剛性およびレオロジー特性を有するように,これらを形成する容器の内部表面輪郭とよく適合するように製造した。主な試薬(H22,ヒアルロナンおよびペルオキシダーゼ)はアレルゲン性がないか拡散可能な分子であるため,および架橋反応は代謝条件の温度およびpHで進行するため,この手法は,手術の手順としてインビボで患者の手術場所で実施して,欠陥に適合した形のハイドロゲルを製造することができる。この方法は,架橋されていないT−HA調製物(ペルオキシダーゼを含む)を注入し,外科医が皮下で操作して所望の顔輪郭を生成し,次に少量の過酸化水素溶液を注入することによりハイドロゲルを架橋させる,顔の再建手術に特に魅力的である。
【0070】
第2の方法は,多孔質金型手法であり,ハイドロゲルをより複雑な三次元構造に形成するのに適している。この手法においては,最初に多孔質の中空の金型を,意図する最終的な構造の形状および輪郭に適合するように成形する。例として,立方形の形状のハイドロゲルが望まれる場合には,立方形の形状の内部表面を有する金型を用意することができる。金型は,例えば,パリプラスター,多孔質または焼結したプラスチックまたは金属等の慣用の多孔質材料から慣用の手法により製造または成形することができる。特に好ましい態様においては,金型は,セルロースの透析膜を用いて製造する。第1の溶液および第2の溶液を上述のようにして調製し,第1の溶液を多孔質金型の中空の金型キャビティー中に入れる。次に,充填された金型を非常に希薄な過酸化物の浴に浸漬する。高分子T−HAおよびペルオキシダーゼ分子はそのサイズのため多孔質金型から外に拡散することができないが,非常に小さい過酸化物分子(H22)は内部に拡散することができ,ペルオキシダーゼ酵素の存在下で反応して,ジチラミン架橋が得られる。この方法に特有のことは,架橋が外側から内側に向かって起こって,完成したハイドロゲル形状が生成すること,および過酸化物浴への最適なまたは十分な浸漬時間を決定するためにはある程度の試行錯誤が必要であることである。これらの時間の決定は当業者の通常の能力の範囲内である。この多孔質金型手法により実験台上で首尾よく完成した三次元ハイドロゲル形状を製造した。
【0071】
第3の方法は,凍結乾燥手法であり,これは本発明にしたがうハイドロゲルを非常に複雑な三次元形状,例えばヒトの耳などの内部のひだを有するものに成形するのに適している。この手法においては,金型を柔軟な柔らかい材料,例えば,低いガラス転移温度,例えば−80℃より低い温度を有する高分子材料から製造する。好ましい金型材料は,低いガラス転移温度を有するシリコーン,例えば,−127℃のガラス転移温度を有するポリジメチルシロキサンであるが,他の適当に低いガラス転移温度(例えば−80℃より低い)のシリコーン,ならびに他のポリマーを用いることができる。まず,任意の慣用のまたは適当な手法(すなわち,プレス成形,彫刻等)により,シリコーン(好ましい材料)を,所望のハイドロゲルの部分の表面形状,輪郭および体積に適合する内部金型キャビティーを有するように製造する。第1の溶液および第2の溶液を上述のようにして調製し,第1の溶液をシリコーン金型の内部金型キャビティーの中に入れる。次に,充填されたシリコーン金型を固体CO2(ドライアイス)と接触させることにより約−80℃に冷却する。第1の溶液は主として水であるため,これは凍結して,内部金型表面の形状および輪郭に適合した形の固形状の氷となる。しかし,−80℃より低いガラス転移温度を有するシリコーン金型は柔らかく柔軟なままであり,第1の溶液の固形状の氷を容易に取り出すことができる。第1の溶液は凍結するにつれて膨張するため,適当な機械的ハードウエアを用いて,溶液が凍結するにつれてシリコーン金型が変形または膨張しないことを確実にしなければならない。好ましくは,金型に蒸気口を設けて,凍結プロセスの間に第1の溶液が膨張するにつれてこれが膨張し排出されるようにする。
【0072】
第1の溶液の固形状氷を取り出した後,適当な道具で彫刻することにより三次元構造中の微細な欠陥またはきずを修復し,さらに液体の第1の溶液を加えて表面の空隙を充填する。この液体は接触している固形状氷上で直ちに凍結する。また,所望の場合には加えられた第1の溶液材料について均一な温度および凍結を確実にするために,氷形をドライアイス表面に戻すことができる。氷形の三次元形状がいったん完成したら,これを液体過酸化物溶液中に浸漬して,外側から内側に凍結した水の融解およびジチラミン架橋を開始させる。架橋反応の早い速度論のため,これが可能である。形成されつつあるハイドロゲル形の中心で最後の残存した凍結水が融解したとき,架橋が完了したと判定する。形成されつつあるハイドロゲルは実質的に透明であるため,これは容易に観察することができる。
【0073】
実験はこの凍結乾燥手法にしたがって非常に首尾良く行うことができ,本発明にしたがう固体のハイドロゲルをヒトの耳の形状で製造することができた。当業者には他の構造,例えば,椎間円板,半月等をこの方法により形成することができることが明らかであろう。この凍結乾燥手法においては,第1の溶液が凍結して固形状の氷が生成するときに金型材料がもろくならないことを確実にするために,金型材料について,ほぼ固体CO2(ドライアイス)の表面温度に対応するよう,−80℃の閾値ガラス転移温度を選択することに注意すべきである。しかし,CO2以外の別の冷却材料を用いる場合には,適当な金型材料についての閾値ガラス転移温度はそれにしたがって調節することができる。
【0074】
上述したハイドロゲル形成の3つの方法について,第1の溶液はペルオキシダーゼおよびT−HAの両方を含み,一方,第2の溶液は過酸化物を含むものであった。それぞれ第1の溶液と第2の溶液中のペルオキシダーゼと過酸化物を交換することは可能であるが,過酸化物を第1の溶液中でT−HAとともに提供することはあまり好ましくない。これは,過酸化物,ペルオキシダーゼおよびT−HAが一旦混合されると,T−HAは急速に架橋された高分子ネットワークを形成し始めるためである。ペルオキシダーゼ(これは高分子である)がT−HAとともに既に均一に分布していなければ,これは形成されつつあるハイドロゲルの孔構造を通って拡散して,T−HA/過酸化物溶液全体にわたって均一な架橋を形成することができないか実質的に妨げられる。その結果得られるものは,均一でないか,および/またはT−HAの不完全な架橋および不均一なハイドロゲルであろう。逆に,比較的小さい過酸化物分子(過酸化水素は水より1つの酸素原子が多いだけである)は,比較的容易にハイドロゲルの構造を通って拡散することができ,均一なハイドロゲル構造が得られる。
【0075】
さらに,高分子サイズのペルオキシダーゼは,T−HAと同様に,多孔質金型中に残留するであろう。この金型は,金型および新たに形成されつつある高分子ネットワーク(すなわちハイドロゲル)の両方を通って容易にかつ均一に拡散する低分子量の過酸化物に対してのみ多孔質である。これらの理由のため,第1の溶液中にT−HAとともに均一に分布したペルオキシダーゼを用いて出発し,別に過酸化物を第2の溶液で提供することが好ましい。
【0076】
第4の方法は,交互のスプレーまたはブラシ重層手法である。第1の溶液は上述したように用意し,ペルオキシダーゼおよびT−HAの両方を含む。しかし,第2の溶液は,上述したように過酸化物を含むのみならず,T−HAを第1の溶液と同じ濃度で含む。次に,第1の溶液の薄膜を所望の位置に塗布し(インシトゥー),次に第2の溶液の薄膜を重層する。欠陥または適用場所が完成するまで第1の溶液と第2の溶液の交互の層が連続的に塗布されるように,この手順を繰り返す。第1の溶液と第2の溶液の非常に薄い交互の層は,事実上完全なジチラミン架橋を促進して,高度に凝集性の最終的なハイドロゲルが2つの溶液の最初のT−HA濃度に基づいて所望のレオロジー特性を有することを確実にする。層が薄いという特性は,第1の溶液層中のペルオキシダーゼにより生成されるフリーラジカルが隣接する第2の溶液層に完全に浸透しうること,および第2の溶液層へのペルオキシダーゼの拡散とは無関係に完全な架橋が形成されることを確実にするために望ましい(上を参照)。T−HAを両方の溶液中に含ませることにより,最終的なハイドロゲル全体で均一なT−HA濃度を確実にする。この手法を実験室の実験台で実施して,輪郭に従いかつ体積の充填した凝集性のハイドロゲルを得た。この手法は,患者の移植部位に天然の健康な軟骨があったとしてもわずかに残っている変形性関節症の露出した関節の表面などの,薄いチラミン架橋HAの可変の層を提供することが望まれる場合に非常に適用可能である。
【0077】
上述の4つの手法はすべてジチラミン架橋ヒアルロナンに関して記述してきたが,本発明の範囲内の他の組み合わせ(他のジヒドロキシフェニル架橋高分子,例えば,ポリカルボキシレート,ポリアミン,ポリヒドロキシフェニル分子およびこれらのコポリマー)を上述の手法により成形することができることが理解されるであろう。
【0078】
実施例5
ラット軟骨細胞を(架橋)T−HAハイドロゲル中に包埋して,これらが架橋反応に耐える能力を測定した。これらの生きた細胞を第1の溶液に入れてT−HAおよびペルオキシダーゼとともに分散させ,次に過酸化物を含有する第2の溶液を導入してジチラミン架橋を開始させることにより,実施例2に記載される1.7%および4.7%T−HAハイドロゲル中に単離された軟骨細胞を懸濁した。軟骨細胞を包埋した1.7%および4.7%のT−HAハイドロゲルは,均一に分布した軟骨細胞を示し,ゲルは光学的に透明であって,ゲル全体を見ることができた。軟骨細胞はグルコース消費が旺盛であり,24時間以内に培地のグルコースを涸渇させるため,架橋してハイドロゲルを形成した後に細胞生存性を指示するものとしてグルコース利用を用いた。結果は,T−HAハイドロゲル中に包埋された軟骨細胞が24時間にわたり単層で培養した同じ軟骨細胞と本質的に同じグルコース消費プロファイルを示すことを示した(図5)。これは7日間まで続き,これは細胞が生きており代謝的に活性であることを示す。培地のグルコースは標準的なヘキソキナーゼアッセイにより測定した。
【0079】
軟骨細胞および軟骨組織の両方を含むT−HAハイドロゲルの凍結切片の蛍光画像も作成した。ハイドロゲル足場および軟骨マトリクスの両方からのHAサンプルをビオチン化HA結合蛋白質(b−HABP)試薬で蛍光染色することにより可視化し,細胞の核は標準的なDAPI染色により可視化した。b−HABP試薬は,精製した軟骨アグリカン(G1ドメインのみ)および結合蛋白質から調製し,これは,通常は軟骨においてアグリカンおよび結合蛋白質により結合しているストレッチと同等の天然のHAのストレッチを認識しこれに不可逆的に結合する。結果は,軟骨よりT−HAハイドロゲルでb−HABPによるより強い染色を示した。これは,組織中のヒアルロナンが既に天然のアグリカンおよび結合蛋白質により占められているためである。ハイドロゲルのT−HA足場と懸濁した軟骨組織のマトリクスとの間に目に見える区別はなく,このことは継ぎ目のない一体化を示唆する。これらの結果は,ハイドロゲル架橋反応の間に軟骨細胞の生存性を維持することの実用可能性,およびハイドロゲルが現存する軟骨マトリクス中に継ぎ目なく一体化しうることを示した。これらはいずれも,軟骨修復への適用に有利である。この結果はまた,T−HAの十分なストレッチが化学的に変化しないまま残っており,インシトゥーで新たに合成されたアグリカンおよび結合蛋白質との結合に利用可能であることを示す。この結果はまた,酸素,二酸化炭素,グルコースおよびインスリンが軟骨細胞の代謝を制限しない速度で本発明にしたがうT−HAハイドロゲルを通って拡散可能であることを示す。このことは,軟骨代替物の開発のみならず,他の用途,例えば,グルコースセンサーの設計および人工腎臓の開発においても重要である。
【0080】
実施例4に記載される凍結乾燥手法を用いて軟骨細胞等の細胞を複雑な解剖学的形状に成形されたハイドロゲル中に含有させるためには,酵素により推進される架橋反応が,標準的な細胞凍結溶液,例えば,10%ジメチルスルホキシド(DMSO)/90%ウシ胎児血清(FBS)を含む溶液の存在下で進行することが望ましい。実施例3に記載されるすべてのT−HAハイドロゲル処方について,実験室でこのことが示された。90%FBSを含む溶液を直接取り込むことができることはまた,生物活性因子,例えば成長因子,ホルモンおよび細胞分化を制御する因子を取り込むことができることを示す。これらはFBSの通常の成分であるためである。
【0081】
上述の態様は好ましい態様を構成するが,特許請求の範囲に記載される本発明の精神および範囲から逸脱することなく,これに種々の変更または改変をなすことができることが理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】図1は,正常な健康なヒト軟骨の概略図である。
【図2】図2は,本発明にしたがう,ジヒドロキシフェニルで架橋された高分子ネットワークの概略図である。
【図3】図3は,ヒアルロナン分子の構造式である。
【図4】図4は,本発明にしたがうT−HAハイドロゲルと,関節軟骨プラグについての公表されている結果との,制限圧縮試験における機械的試験の比較の結果を示すグラフである。
【図5】図5は,T−HAハイドロゲル中に包埋された軟骨細胞のグルコース利用を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式:
【化1】

[式中,R1およびR2は,それぞれ,ポリカルボキシレート,ポリアミン,ポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される構造を含み,ここで,R1およびR2は同じ構造であっても異なる構造であってもよい]
を含む高分子ネットワーク。
【請求項2】
1がポリカルボキシレートである,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項3】
1がポリアミンである,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項4】
1がポリフェノールである,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項5】
1がペプチドおよび蛋白質からなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項6】
1がグルコサミノグリカンからなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項7】
1がヒアルロナンを含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項8】
1が硫酸コンドロイチンおよびデルマタン硫酸からなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項9】
1がヘパラン硫酸およびヘパリンからなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項10】
1がアルギン酸塩,ポリグルクロン酸,ポリガラクツロン酸,ペクチンおよびコロミン酸からなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項11】
1がポリアスパラギン酸およびポリグルタミン酸からなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項12】
1がポリチロシンを含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項13】
1がポリリジンおよびポリアルギニンからなる群より選択される構造を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項14】
1がプロテオグリカンを含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項15】
1がアグリカンを含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項16】
さらに高分子ネットワーク中に生きた細胞の集団を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項17】
さらに高分子ネットワーク中に生物活性因子を含む,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項18】
前記ネットワークが,ヒドロキシフェニル化合物で置換されているポリカルボキシレート分子を含み,ここで,隣接するポリカルボキシレート分子にそれぞれ結合している2つのヒドロキシフェニル基の間に少なくとも1つのジヒドロキシフェニル結合が形成されている,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項19】
前記ネットワークが,ヒドロキシフェニル化合物で置換されているポリアミン分子を含み,ここで,隣接するポリアミン分子にそれぞれ結合している2つのヒドロキシフェニル基の間に少なくとも1つのジヒドロキシフェニル結合が形成されている,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項20】
前記ネットワークが,ヒドロキシフェニル化合物で置換されているペプチドおよび/または蛋白質を含み,ここで,隣接するペプチドおよび/または蛋白質にそれぞれ結合している2つのヒドロキシフェニル基の間に少なくとも1つのジヒドロキシフェニル結合が形成されている,請求項1記載の高分子ネットワーク。
【請求項21】
前記ヒドロキシフェニル化合物がチラミンまたはチロシンである,請求項18記載の高分子ネットワーク。
【請求項22】
前記ヒドロキシフェニル化合物が,チロシン,4−ヒドロキシフェニル酢酸,または3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である,請求項19記載の高分子ネットワーク。
【請求項23】
前記ポリカルボキシレート分子が,前記ポリカルボキシレート分子上に存在するCO2H部位のモル量に基づいて50パーセント未満のヒドロキシフェニル化合物置換率を有する,請求項18記載の高分子ネットワーク。
【請求項24】
前記ポリアミン分子が,前記ポリアミン分子上に存在する1級NH2部位のモル量に基づいて50パーセント未満のヒドロキシフェニル化合物置換率を有する,請求項19記載の高分子ネットワーク。
【請求項25】
複数のチラミン置換ヒアルロナン分子を含み,少なくとも2つの隣接するヒアルロナン分子がジチラミン結合により結合している高分子ネットワーク。
【請求項26】
前記ヒアルロナン分子上のチラミン置換比率が,前記ヒアルロナン分子上に存在するCO2H部位のモル量に基づいて50%未満である,請求項25記載の高分子ネットワーク。
【請求項27】
前記ヒアルロナン分子上のチラミン置換比率が,前記ヒアルロナン分子上に存在するCO2H部位のモル量に基づいて10%未満である,請求項25記載の高分子ネットワーク。
【請求項28】
さらに高分子ネットワーク中に生きた細胞の集団を含む,請求項25記載の高分子ネットワーク。
【請求項29】
さらに高分子ネットワーク中に生物活性因子を含む,請求項25記載の高分子ネットワーク。
【請求項30】
ヒアルロナン分子間のジチラミン結合により架橋されているチラミン置換ヒアルロナン分子の高分子ネットワークを含むハイドロゲル。
【請求項31】
ゼリーの剛性およびレオロジー特性を有する,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項32】
ゼラチンの剛性およびレオロジー特性を有する,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項33】
パン生地の剛性およびレオロジー特性を有する,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項34】
弾力性ゴム様組成物の剛性およびレオロジー特性を有する,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項35】
関節と同様の剛性およびレオロジー特性を有する,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項36】
さらに高分子ネットワーク中に生きた細胞の集団を含む,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項37】
合成もしくは人工の関節として提供される,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項38】
さらに高分子ネットワーク中に生物活性因子を含む,請求項30記載のハイドロゲル。
【請求項39】
高分子ネットワークを作成する方法であって,
ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート,ヒドロキシフェニル置換ポリアミン,他のポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される第1の高分子種を用意し,そして隣接する前記第1の高分子種にそれぞれ結合している2つのヒドロキシフェニル基の間に少なくとも1つのジヒドロキシフェニル結合を形成する,
の各工程を含む方法。
【請求項40】
ポリカルボキシレートと,第1アミン基およびヒドロキシフェニル官能基を含む第2の分子種との間の化学反応を実施することにより前記ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレートを製造することをさらに含む,請求項39記載の方法。
【請求項41】
ポリアミンと,CO2H基およびヒドロキシフェニル官能基を含む第2の分子種との間の化学反応を実施することにより前記ヒドロキシフェニル置換ポリアミンを製造することをさらに含む,請求項39記載の方法。
【請求項42】
前記第2の分子種がチラミンまたはチロシンである,請求項40記載の方法。
【請求項43】
前記第2の分子種が,チロシン,4−ヒドロキシフェニル酢酸,または3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である,請求項41記載の方法。
【請求項44】
前記ポリカルボキシレートがヒアルロナンである,請求項40記載の方法。
【請求項45】
前記ポリカルボキシレートが硫酸コンドロイチンである,請求項40記載の方法。
【請求項46】
前記第2の分子種がチラミンであり,および前記ポリカルボキシレートがヒアルロナンであり,得られる高分子ネットワークがチラミン置換ヒアルロナン分子のジチラミン架橋ネットワークである,請求項40記載の方法。
【請求項47】
前記化学反応がpH6−7の範囲で実施される,請求項40記載の方法。
【請求項48】
前記化学反応が,以下の経路:
a)前記ポリカルボキシレートのカルボン酸基をカルボジイミドと反応させて,O−アシルイソウレアで置換されたポリカルボキシレートを形成し,そして
b)前記O−アシルイソウレアで置換されたポリカルボキシレートを前記第2の分子種の第1アミン基と反応させて前記ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレートを形成する,
により実施される,請求項40記載の方法。
【請求項49】
前記化学反応が,以下の経路:
a)前記第2の分子種の前記CO2H基をカルボジイミドと反応させて,O−アシルイソウレアで置換された第2の分子種を形成し,そして
b)前記O−アシルイソウレアで置換された第2の分子種を前記ポリアミンの第1アミン基と反応させて,前記ヒドロキシフェニル置換ポリアミンを形成する,
により実施される,請求項41記載の方法。
【請求項50】
前記カルボジイミドが1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドである,請求項48記載の方法。
【請求項51】
工程(a)が活性エステル形成触媒の存在下で実施される,請求項48記載の方法。
【請求項52】
前記触媒がN−ヒドロキシスクシンイミドである,請求項51記載の方法。
【請求項53】
さらに,前記ヒドロキシフェニル基を酵素の存在下で過酸化物と反応させて,隣接するヒドロキシフェニルフリーラジカル種を得,前記フリーラジカル種を二量体化反応により二量体化させて前記ジヒドロキシフェニル結合を得ることにより前記ジヒドロキシフェニル結合を形成することを含む,請求項39記載の方法。
【請求項54】
前記過酸化物が過酸化水素であり,前記酵素が西洋ワサビペルオキシダーゼである,請求項53記載の方法。
【請求項55】
ハイドロゲルを製造する方法であって,
a)ペルオキシダーゼ酵素または過酸化物のいずれかを含むが両方は含まず,かつ,ヒドロキシフェニル置換ポリカルボキシレート,ヒドロキシフェニル置換ポリアミン,他のポリヒドロキシフェニル分子,およびこれらのコポリマーからなる群より選択される高分子種を含む第1の溶液を用意し;
b)前記ペルオキシダーゼ酵素または過酸化物のうち前記第1の溶液中で提供されていない方を含む第2の溶液を用意し;そして
c)前記第1の溶液および第2の溶液を混合してジヒドロキシフェニル架橋を開始させて,前記ハイドロゲルを形成する,
の各工程を含む方法。
【請求項56】
さらに,所望のハイドロゲル部分の形状,輪郭および体積に適合した形の内部金型キャビティーを有する非孔質の金型を用意し,そして,前記第1の溶液および第2の溶液を前記内部金型キャビティー中で混合して,その形状の前記ハイドロゲルを形成することを含む,請求項55記載の方法。
【請求項57】
さらに,
d)多孔質材料から製造され,所望のハイドロゲル部分の形状,輪郭および体積に適合した形の内部金型キャビティーを有する金型を用意し;
e)前記第1の溶液を前記金型の前記内部金型キャビティーに入れ;そして
f)前記第1の溶液をその中に有する前記多孔質金型を前記第2の溶液の浴に浸漬し,このことにより前記ジヒドロキシフェニルの架橋および前記ハイドロゲルの形成を開始させる,
の各工程を含む,請求項55記載の方法。
【請求項58】
さらに,
d)柔軟な材料から製造され,所望のハイドロゲル部分の形状,輪郭および体積に適合した形の内部金型キャビティーを有する金型を用意し;
e)前記第1の溶液を前記金型の前記内部金型キャビティーに入れ;
f)前記金型を冷却して前記第1の溶液をその内部金型キャビティー中で凍結させて,前記内部金型キャビティーの形状の固形状氷を形成し;そして
g)前記固形状氷を前記第2の溶液の浴に浸漬して,このことにより,凍結した水の融解およびジヒドロキシフェニルの架橋を開始して,前記ハイドロゲルを形成する,
の各工程を含む,請求項55記載の方法。
【請求項59】
前記柔軟な材料が約−80℃より低いガラス転移温度を有する高分子材料である,請求項58記載の方法。
【請求項60】
前記冷却工程が,前記金型およびその内容物をドライアイスと接触させることにより実施される,請求項58記載の方法。
【請求項61】
さらに,前記固形状氷を浸漬する前に前記固形状氷を前記成形から取り出すことを含む,請求項58記載の方法。
【請求項62】
前記柔軟な材料が,前記冷却工程において前記第1の溶液が凍結する温度より低いガラス転移温度を有する,請求項58記載の方法。
【請求項63】
前記第2の溶液が前記高分子種をさらに含み,方法が,第1の溶液および第2の溶液の層を現場に交互に適用することにより前記ジヒドロキシフェニルの架橋および前記ハイドロゲルの形成を開始させることをさらに含む,請求項55記載の方法。
【請求項64】
前記第1の溶液がペルオキシダーゼを含む,請求項55記載の方法。
【請求項65】
前記高分子がチラミン置換ヒアルロナンである,請求項55記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公表番号】特表2006−517598(P2006−517598A)
【公表日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−500869(P2006−500869)
【出願日】平成16年1月9日(2004.1.9)
【国際出願番号】PCT/US2004/000478
【国際公開番号】WO2004/063388
【国際公開日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【出願人】(504291867)ザ クリーヴランド クリニック ファウンデーション (11)
【氏名又は名称原語表記】THE CLEVELAND CLINIC FOUNDATION
【Fターム(参考)】