説明

ヒメイタビ変異体の製造方法

【課題】窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビを提供する。
【解決手段】本発明に係るヒメイタビ変異体は、下記(i)〜(iii)の工程を含む製造方法により得られる。(i)親株であるヒメイタビ(Ficus thunbergii)の外植片に、イ
オンビームを照射する工程。(ii)イオンビームを照射した上記外植片を培養して、植物体を得る工程。(iii)上記植物体の中から、上記親株より高い窒素酸化物吸収能力を有
する、ヒメイタビ変異体を選抜する工程。これにより、二酸化窒素等の窒素酸化物吸収能力に優れた、屋上や壁等の壁面緑化に好適なヒメイタビ変異体を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒメイタビ変異体及びその利用に関するものである。さらに詳しくは、イオンビームを照射して変異させることにより作製した、窒素酸化物吸収能力に優れるヒメイタビ変異体及びそれを用いた窒素酸化物の浄化方法及び壁面緑化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、窒素酸化物、硫黄酸化物、揮発性有機炭化水素等による大気汚染が進み、植物、動物、ヒト等への悪影響が懸念されている。
【0003】
このような大気汚染の対策として、都市部では、ビルの屋上や壁面を緑化する壁面緑化が検討されている(例えば特許文献1〜3)。壁面緑化用の植物として検討されている植物の中でも、蔓性常緑植物は、壁面を足場として生育できる点で、都市部の緑化に優れた植物として注目されている。
【0004】
常緑蔓性植物の中でも、ヒメイタビは、クワ科イチジク属に属する植物であり、街路樹の1種である。ヒメイタビは、気根を壁面におろし、壁面を這うように生長する。また、葉が長さ1〜2cmと小さいため壁面緑化に適した蔓性植物である(特許文献1)。
【0005】
ヒメイタビについては、効率的な組織培養法(特許文献1)や、イオンビームを用いた変異体の作製方法(非特許文献1)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−233360号公報(2002年8月20日公開)
【特許文献2】特開平5−260849号公報(1993年10月12日公開)
【特許文献3】特開平7−109736号公報(1995年4月25日公開)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Takahashi, M., Kohama S., Kondo, K., Hakata, M., Hase, Y., Shikazono, N., Tanaka, A., Morikawa, H., Effect of ion beam irradiation on the regeneration and morphology of Ficus thunbergii Maxim, Plant Biotechnology, 2005, 22(1), 63-67.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、ヒメイタビは、窒素酸化物の吸収能力が極めて低いという問題を有する。
【0009】
そのため、ヒメイタビを用いて壁面緑化を行なっても、大気中の窒素酸化物を浄化することは困難であり、有効な窒素酸化物汚染対策とはならない。
【0010】
また、ヒメイタビは窒素酸化物に弱く、高濃度の窒素酸化物を曝露することにより生育阻害が観察される。よって、高濃度の窒素酸化物存在下で、ヒメイタビをスクリーニングすることは困難である。このため、従来、窒素酸化物の吸収能力が高いヒメイタビが得られたという報告は無い。
【0011】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るヒメイタビ変異体は、上記課題の解決のために、下記(i)〜(iii)の工程を含む製造方法により得られることを特徴としている:
(i)親株であるヒメイタビ(Ficus thunbergii)の外植片に、イオンビームを照射す
る工程;
(ii)イオンビームを照射した上記外植片を培養して、植物体を得る工程;
(iii)上記植物体の中から、上記親株より高い窒素酸化物吸収能力を有する、ヒメイタビ変異体を選抜する工程。
【0013】
上記の構成によれば、イオンビームを照射することで、ヒメイタビ変異体を作製することができる。そして、当該変異体の中から、親株より優れた窒素酸化物吸収能力を有する植物体が選抜される。
【0014】
従って、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を提供することができる。さらに、上記ヒメイタビ変異体を用いて壁面緑化を行なえば、大気中の窒素酸化物を極めて効果的に浄化することができるという効果を奏する。
【0015】
本発明に係るヒメイタビ変異体では、上記(iii)の工程は、窒素酸化物に上記植物体を曝露した後、当該植物体の窒素酸化物吸収量を測定することで、上記親株より、高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜することがより好ましい。
【0016】
上記の構成によれば、より確実に、高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜することができる。よって、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を、提供することができる。
【0017】
本発明に係るヒメイタビ変異体では、上記曝露する窒素酸化物は、0.1μl/l以上1.0μl/l以下の二酸化窒素であることがより好ましい。
【0018】
上記の構成によれば、ヒメイタビ変異体に与える、窒素酸化物の有害な影響を抑制した上で、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を、好適に選抜することができる。よって、優れた窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を提供することができる。
【0019】
本発明に係るヒメイタビの変異体では、上記親株に対して1.5倍以上の質量の二酸化窒素を、吸収する能力を有することがより好ましい。
【0020】
上記の構成によれば、上記ヒメイタビ変異体は、親株に比べて、極めて優れた二酸化窒素吸収能力を有している。よって、上記ヒメイタビ変異体を用いて壁面緑化を行なえば、大気中の二酸化窒素を極めて効果的に浄化することができる。
【0021】
本発明に係るヒメイタビ変異体では、植物体の乾燥重量1g当たり、500μg以上の二酸化窒素を吸収する能力を有することがより好ましい。
【0022】
上記の構成によれば、ヒメイタビの変異体は、極めて優れた二酸化窒素吸収能力を有している。よって、上記ヒメイタビ変異体を用いて壁面緑化を行なえば、大気中の二酸化窒素を極めて効果的に浄化することができる。
【0023】
本発明に係る窒素酸化物の浄化方法は、上記課題を解決するために、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いることを特徴としている。
【0024】
上記の構成によれば、窒素酸化物の吸収能力に優れた、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いているため、大気中の窒素酸化物を極めて効果的に浄化することができる。
【0025】
本発明に係る壁面緑化方法は、上記課題を解決するために、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いることを特徴としている。
【0026】
上記の構成によれば、本発明に係るヒメイタビ変異体を栽培する場所として、建築物の壁面を用いて、大気中の窒素酸化物を浄化することができる。つまり、空いた土地の少ない都市部においても、建築物の壁面を利用することによって、大気中の窒素酸化物を効果的に浄化することができる。
【発明の効果】
【0027】
上記のように、本発明に係るヒメイタビ変異体によれば、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を提供することができるという効果を奏する。
【0028】
さらに、本発明に係る窒素酸化物の浄化方法によれば、大気中の窒素酸化物を極めて効果的に浄化することができるという、さらなる効果を奏する。
【0029】
さらに、本発明に係る壁面緑化方法によれば、大気中の窒素酸化物を極めて効果的に浄化することができるという、さらなる効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0031】
〔本発明に係るヒメイタビ変異体〕
本発明に係るヒメイタビ変異体は、下記(i)〜(iii)の工程を含む製造方法により得られるヒメイタビ変異体であればよい。
【0032】
(i)親株であるヒメイタビ(Ficus thunbergii)の外植片に、イオンビームを照射する工程;
(ii)イオンビームを照射した上記外植片を培養して、植物体を得る工程;
(iii)上記植物体の中から、上記親株より高い窒素酸化物吸収能力を有する、ヒメイタビ変異体を選抜する工程。
【0033】
本明細書において「ヒメイタビ変異体」とは、DNA中の塩基が欠損している等の変異を有することによって、親株のヒメイタビとは異なる機能、性質を発現するヒメイタビを意図する。
【0034】
また、本明細書において「親株」とは、本発明に係るヒメイタビ変異体の、母体となる植物体であるヒメイタビを意図する。つまり、上記(i)の工程において、イオンビームが照射される外植片(切片)を採取したヒメイタビを意図する。
【0035】
上記(i)の工程で用いるヒメイタビは、特に限定されるものではない。例えば、成熟したヒメイタビ樹木でもよいが、ヒメイタビを無菌状態で挿し木して、発根させたものが好ましく、挿し木後4週間以上6週間未満のヒメイタビがより好ましい。なお、無菌状態でヒメイタビを挿し木する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、エタノール等で数時間、次亜塩素酸ナトリウムで数時間処理した後、滅菌水で洗浄した後に、クリーンベンチ等の中で挿し木すればよい。挿し木は、茎頂を含む先端約2cmの部位を採取したものを用いればよい。
【0036】
また、上記(i)の工程で用いるヒメイタビの外植片を、採取する組織としては、特に限定されるものではなく、例えば、茎頂、茎、葉、根、根端、胚細胞等を挙げることができるが、中でも茎頂、茎、葉、根、胚細胞が好ましい。
【0037】
上述の組織から採取したヒメイタビの外植片としては、採取した切片をそのまま用いてもよく、外植片を脱分化させたカルスや、無菌培養等した外植片を用いてもよいが、外植片を前培養して不定芽を誘導した外植片を用いることが好ましい。
【0038】
ヒメイタビの外植片から不定芽を誘導する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法で誘導すればよい。例えば、上述のヒメイタビの外植片を、サイトカイニンを含む培地で培養して得ればよい。サイトカイニンとしては、チジアズロン及び/又はベンジルアデニンを用いればよい。培地中のチジアズロンの含有量は、培養に用いる培地の種類、培養の条件等に応じて適宜設定すればよいが、1〜10000nMであることが好ましい。この範囲であれば、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。また、培地中のベンジルアデニンの含有量は、培養に用いる培地の種類、培養の条件等に応じて適宜設定すればよいが、1〜20000nMであることが好ましい。この範囲であれば、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。
【0039】
ヒメイタビの外植片から不定芽を誘導するときに用いる培地は、従来公知の植物細胞培養用の培地を用いればよく特に限定されるものではないが、WP培地(例えば、Lloyd, G., and McCown, B., Commercially-feasible micropropagation of mountain laurel, Kalmia latifolia, by use of shoot tip culture., Intern. Plant. Prop. Soc. Proc., 1980, 30, 421-427を参照)、MS培地(例えば、Murashige, T., and, Skoog, F., A revised medium for a rapid growth and bioassay with tabacco tissue culture., Physiol.Plant., 1962, 15, 473-497を参照)、ホワイト培地が好ましく、さらに好ましくはW
P培地である。WP培地を用いれば、不定芽の形成率が向上し、イオンビーム照射後の再分化率が向上する。
【0040】
ヒメイタビの外植片から不定芽を誘導するための培養期間は、特に限定されるものではなく、培養に用いる培地の種類に応じて適宜設定すればよいが、概ね、培養開始後約1ヶ月後には不定芽を得ることができる。なお、培養のときの温度は、特に限定されるものではないが、22℃以上28℃以下が好ましい。
【0041】
また、明所下、暗所下のいずれの光条件でも、ヒメイタビの不定芽を誘導することができる。本発明者らは、不定芽誘導のためにヒメイタビの外植片を置床して2日間培養した後、ペトリ皿をカプトンフィルムで覆った。イオンビーム照射後は、カプトンフィルムを外しペトリ皿の蓋で覆って培養した。
【0042】
なお、ヒメイタビから外植片を採取し、不定芽を誘導する方法としては、例えば、上記特許文献1及び非特許文献1に記載の方法を好適に用いることができる。
【0043】
上記(i)の工程において、イオンビームを照射する方法は、従来公知の装置、方法を用いればよく特に限定されるものではない。例えば、本発明者らは、AVF(Azimuthally Varying Field)サイクロトロンを用いた。
【0044】
上記(i)の工程において、照射するイオンビームのイオンの種類は、特に限定されるものではないが、例えば、総エネルギーが10〜5000MeVのヘリウムイオン、炭素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオン等を使用することができる。使用するイオンビームの線量は、特に限定されるものではないが、1〜500Gyの線量で照射することが好ましい。さらに好ましくは、320MeVまたは220MeVの炭素イオン、または50MeVのヘリウムイオンを5〜100Gyの線量で照射することが好ましい。
【0045】
本発明に係るヒメイタビ変異体を得るためには、上記(i)の工程の後に、上記(ii)の工程を行ない、次に上記(iii)の工程を行なえばよい。
【0046】
上記(ii)の工程において、イオンビームを照射した後のヒメイタビの外植片から、ヒメイタビ変異体の植物体を得る方法は、従来公知の方法を用いればよい。例えば、上記非特許文献1に記載の方法を好適に用いることができる。
【0047】
以下に、上記(ii)の工程の一実施形態を説明する。ここでは、ヒメイタビの外植片の一例として、不定芽誘導されたヒメイタビの外植片を用い、上記(i)の工程でイオンビームを照射した当該外植片から、植物体を得る方法について説明するが、これに限定されるものではない。
【0048】
不定芽誘導された外植片にイオンビームを照射した後は、サイトカイニンを含む培地、例えばチジアズロン及び/又はベンジルアデニンを含む培地を用いて、当該外植片を継代培養すればよい。これにより、当該外植片は不定芽形成し、ヒメイタビ変異体の多芽体を得ることができる。当該培地中のチジアズロン及び/又はベンジルアデニンの含有量は、上述の不定芽を誘導する方法において用いた培地のチジアズロン及び/又はベンジルアデニンの含有量に準じて調整すればよい。
【0049】
次に、上記多芽体を、発根させればよい。多芽体を発根させる方法としては、従来公知の方法を用いればよく、特に限定されるものではない。例えば、ショ糖等の糖分、及び、根の形成を促す3−インドール酪酸、3−インドール酢酸、ナフタレン酢酸等の植物ホルモンを添加したMS培地の成分を含む、ゲルライト培地やFlorialite(登録商標)培地を用いて、多芽体を培養すればよい。培養期間は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンビーム照射後3ヶ月以上培養すると、2cm位に伸長した個体が得られる。さらに、当該個体に対して、上述の発根させる方法を施して、10日から1ヶ月培養すると発根が認められる。また、培養温度は、特に限定されるものではないが、22℃以上28℃以下が好ましい。
【0050】
発根したヒメイタビ変異体は、従来公知の育苗箱等を用いて栽培することで、外気、土壌等に馴化させて、ヒメイタビ変異体の植物体を得ればよい。
【0051】
なお、ヒメイタビの不定芽から、植物体を得る方法としては、例えば、上記特許文献1に記載の方法を好適に用いることができる。
【0052】
上記(iii)の工程では、上記(i)の工程で用いたヒメイタビ(親株)より、高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜すればよい。
【0053】
高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜する方法は、従来公知の方法で行なえばよく、特に限定されるものではない。例えば、窒素酸化物に上記(ii)の工程で得たヒメイタビ変異体の植物体を曝露した後、当該植物体の窒素酸化物吸収量を測定することで、上記(i)の工程で用いたヒメイタビ(親株)より、高い窒素酸化物吸収能力を有するヒメイタビ変異体を選抜するとよい。
【0054】
ヒメイタビに曝露する窒素酸化物としては、特に限定されるものではなく、例えば二酸化窒素を用いればよい。また、15NOを含む二酸化窒素ガスを用いることが好ましい。ヒメイタビ変異体が吸収した二酸化窒素の量を、正確に測定できるからである。なお、ヒメイタビに窒素酸化物を曝露する方法としては、特に限定されるものではなく、従来公知のガスチャンバ等を用いればよい。
【0055】
また、上記(iii)の工程で曝露する窒素酸化物の濃度としては、選抜するヒメイタビ変異体の用途等に応じて適宜設定すればよく、特に限定されるものではないが、0.1μl/l以上4.0μl/l以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.1μl/l以上1.0μl/l以下である。この範囲であれば、ヒメイタビ変異体に与える、窒素酸化
物の有害な影響を抑制した上で、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を選抜することができる。ヒメイタビ変異体に、窒素酸化物を曝露する時間は、特に限定されるものではないが、4時間以上8時間以下が好ましい。また、曝露する間の温度条件は、特に限定されるものではないが、22℃以上28℃以下が好ましい。
【0056】
ヒメイタビ変異体の窒素酸化物吸収量を測定する方法としては、特に限定されるものではない。例えば、窒素酸化物を曝露する前後の、植物体中の窒素含有量を測定して、窒素酸化物吸収量を算出してもよく、上述の15NOを含む二酸化窒素ガスをヒメイタビ変異体に曝露した後に、当該ヒメイタビ変異体に含まれる、当該二酸化窒素ガス由来の窒素の含有量を測定して算出してもよい。
【0057】
植物体中の窒素含有量を測定する方法としては、ケルダール法を好適に用いることができる。例えば、Takahashi, M., Sasaki, Y., Ida, S., Morikawa, H., Enrichment of nitrite reductase gene improves the ability of Arabidopsis thaliana plants to assimilate nitrogen dioxide. Plant Physiol., 2001, 126, 731-741に記載のケルダール法
に従って行なえばよい。なお、当該ケルダール法の諸条件を適宜変更してもよい。例えば、消化反応液(digestion mixture)中の触媒試薬である、亜硫酸ナトリウム及び硫酸銅
を省いてもよい。また、植物中の窒素含有量を測定する方法として、元素分析装置を用いていもよい。
【0058】
また、ヒメイタビ変異体に対して、15NOを含む二酸化窒素ガスを曝露した場合、次式(1)
NO吸収量={(B−0.3663)/100}×A×100/C ・・・(1)
(上記式(1)において、Aは、二酸化窒素ガス曝露後のヒメイタビ変異体中に含まれる15N及び14Nの質量の総量を示し、Bは、試料中に含まれる全Nの質量中の、15Nの濃度(atom%15N)を示し、Cは、曝露した二酸化窒素中の15Nの濃度(atom%15N)を示す。また、上記式(1)において0.3663は、自然界に存在する全Nの質量中の15Nの存在比(atom%15N)である(Mariotti,A., Atmospheric nitrogen is a reliable standard for natural 15N abundance measurements, Nature, 1983, 303, 685-687.
参照)。)により、当該ヒメイタビ変異体が吸収したNOの吸収量を正確に算出することができる。
【0059】
上記式(1)におけるAを算出するためには、従来公知の方法により、ヒメイタビ変異体中の全窒素量を測定すればよい。例えば、ケルダール法を用いて、吸収された二酸化窒素のうち還元態窒素まで代謝された窒素量を算出してもよく、同位体質量分析計を用いて、ヒメイタビ変異体中の全窒素量を算出してもよい。
【0060】
また、上記式(1)におけるBは、当該ヒメイタビ変異体に含まれる15Nの質量を測定すれば、当該質量を上記Aの数値で除して百を乗ずることで算出できる。当該ヒメイタビ変異体に含まれる15Nの質量は、同位体質量分析計により測定すればよい。
【0061】
なお、上述の全窒素量及び15Nの質量を測定するときに用いる同位体質量分析計としては、従来公知のものを用いればよいが、例えば本発明者らは、質量分析装置(Thermo−Finnigan社製;Delta C)を直結した、元素分析装置(Fisons Instruments社製;EA1108 CHNS/O)を用いた。
【0062】
以上、ヒメイタビ変異体が吸収した窒素酸化物の測定方法について説明したが、当該測定方法としては、例えば、Morikawa, H., Takahashi, M., Sakamoto, A., Matsubara, T., Arimura, G., Kawamura, Y., Fukunaga, K., Fujita, K., Sakurai, N., Hirata, T., Ide, H., Nonoyama, N., Suzuki, H., Formation of unidentified nitrogen in plants:
an implication for a novel nitrogen metabolism, Planta, 2004, 219, 14-22.に記載の方法を好適に使用することができる。
【0063】
ヒメイタビ変異体が吸収した窒素酸化物を測定した方法と同様の操作を、上記(i)の
工程で用いたヒメイタビ(親株)に対しても行なうことで、当該親株、及び、当該ヒメイタビ変異体の窒素酸化物吸収量を比較することができる。そして、窒素酸化物吸収量を比較した上で、当該親株より窒素酸化物吸収量が高いヒメイタビ変異体を選抜すればよい。
【0064】
本発明に係るヒメイタビ変異体は、以上に説明した製造方法によって得ることができる。当該製造方法によれば、上記(i)の工程で用いた親株に対して、1.5倍以上の質量
の二酸化窒素を、吸収する能力を有するヒメイタビ変異体を好適に得ることができる。また、親株として用いるヒメイタビの種類等によって異なるが、例えば、植物体の乾燥重量1g当たり、500μg以上の二酸化窒素を吸収する能力を有するヒメイタビ変異体を好適に得ることができる。なお、ヒメイタビ変異体の二酸化窒素を吸収する能力は、高ければ高いほどよく、その上限値は特に限定されないが、例えば、上述の本発明に係るヒメイタビ変異体を、製造する方法によれば、親株に比して10倍、また、植物体の乾燥重量1g当たり3000μgの二酸化窒素吸収能力を有するヒメイタビ変異体を製造することができる。
【0065】
このように、高い二酸化窒素吸収能力を有するヒメイタビ変異体は、従来存在しない、全く新しいヒメイタビ変異体である。これは、二酸化窒素に対して弱いと考えられてきたヒメイタビに対して、強い変異をもたらすイオンビームを照射した上で、好適な濃度の二酸化窒素を曝露してスクリーニングするという、当業者といえども着想し得ない全く新しい技術的思想に基づいて、完成に到達したものである。つまり、窒素酸化物に対して弱いヒメイタビに、窒素酸化物を曝露してスクリーニングをすることすら、当業者は着想し得なかったところ、本発明者らは、ヒメイタビに対する窒素酸化物の有害な影響を抑制した上で、窒素酸化物吸収能力に優れたヒメイタビ変異体を選抜することが可能な窒素酸化物の濃度を見出した。本発明はこの新たな知見に基づいて成されたものである。
【0066】
〔本発明に係るヒメイタビ変異体の利用〕
本発明に係る窒素酸化物の浄化方法は、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いればよい。
【0067】
本発明に係るヒメイタビ変異体は、上述のように優れた窒素酸化物吸収能力を有するため、大気中の窒素酸化物の浄化に好適に用いることができる。
【0068】
ヒメイタビ変異体を用いて、窒素酸化物の浄化を行なう方法としては、特に限定されるものではなく、当該浄化を行なう目的の都市部等の地域で、本発明に係るヒメイタビ変異体を栽培すればよいが、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いて壁面緑化することが好ましい。
【0069】
本明細書において「壁面緑化」とは、屋上や壁等の建築物の外壁を、植物で覆うように栽培することを意図する。
【0070】
本発明に係るヒメイタビ変異体を用いて上記壁面緑化の方法としては、従来公知の方法を用いればよく、特に限定されるものではない。例えば、建築物の屋上を緑化する場合は、屋上に土壌や吸収性のシート等を敷いた上で、野生種のヒメイタビを栽培する方法と同様の方法で、本発明に係るヒメイタビ変異体を栽培すればよい。
【0071】
また、ヒメイタビは、蔓性の植物であり、枝から気根を出して、壁面に沿って這うように生長することができる。よって、地面に対して垂直方向の壁面など、土壌等を敷くことが困難な壁面であっても、壁面の周囲の土壌等に、本発明に係るヒメイタビ変異体を植えて栽培することで、当該壁面を緑化することができる。
【0072】
いずれの壁面緑化方法であっても、本発明に係るヒメイタビ変異体を用いているため、大気中の窒素酸化物を効率的に浄化することができる。
【0073】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0074】
また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0075】
(実施例1;ヒメイタビ外植片の調製)
まず、ヒメイタビを無菌培養した。培地には、Murashige, T., and, Skoog, F., A revised medium for a rapid growth and bioassay with tabacco tissue culture., Physiol.Plant., 1962, 15, 473-497に記載のMS培地に、スクロースを2重量%、インドール
−3−ブチル酸を0.1重量%となるように添加したもの(以下、単に「MS培地」と表記する)を用いた。また、培養は、人工気象器(日本医化学器械社製;TCR−5P)に設置したプラスチック製容器(キリン社製;アグリポット)中で、2ヶ月行なった。また栽培温度は25±1℃とし、光の照射条件は30〜40μmolphotons/m/sとした。
【0076】
約60mmに生長した茎の内、先端の50mmを、3つの節が含まれるように切り取った。切り取った茎は、それぞれ、先端から4mmの外植片、及び、節を含む2mmの長さの外植片に切断した。当該先端の外植片は、さらに長さ方向に2つの外植片に切断した。このように切断した外植片を、20個作製した。
【0077】
次に、当該20個の外植片を、ペトリ皿に作製した不定芽誘導培地上に置床して、2日間培養した。当該不定芽誘導培地は、Lloyd, G., and McCown, B., Commercially-feasible micropropagation of mountain laurel, Kalmia latifolia, by use of shoot tip culture., Intern. Plant. Prop. Soc. Proc., 1980, 30, 421-427に記載のWP培地に、スクロースを2重量%、ゲランガムを0.3重量%、ベンジルアデニンを1.78μM、チジアズロンを46.7μMとなるように添加して、pHを5.8に調整したものである。これにより、ヒメイタビの外植片20個を前培養して外植片を得た。なお、当該培養の開始以降、イオンビーム照射の間は、ペトリ皿をカプトンフィルム(東レデュポン社製)で覆った。ペトリ皿の蓋とカプトンフィルムとの取替えはクリーンベンチ内で行った。また、培養温度は25±1℃とし、光の照射条件は30〜40μmol photons/m/sとした。
【0078】
以上の操作を繰返し、不定芽誘導されたヒメイタビの外植片20個が置床され、カプトンフィルムで覆われたペトリ皿を20枚作製した。
(実施例2;イオンビームの照射及び不定芽形成)
実施例1で得た、不定芽誘導された20個の外植片を置床したペトリ皿20枚に対して、AVFサイクロトロン(独立行政法人日本原子力研究開発機構内)を用いてイオンビームを照射した。照射線量としては、126+(320MeV)を15Gy照射した。
【0079】
次に、イオンビームを照射した後の外植片を再分化させるため、多芽体形成培地を用いて、3ヶ月間培養した。多芽体形成培地としては、実施例1で用いた不定芽誘導培地と同じ組成のものを用いた。これにより、ヒメイタビの多芽体を得た。なお、当該培養の間、3週間毎に継代培養した。
【0080】
次に、多芽体の内、20mmに成長した芽を切り離し、実施例1で用いたものと同じ組成のMS培地の成分を含むFlorialite(登録商標)支持体(サンエイ社製)を入れた試験管(直径3cm、長さ20cm)に、植え替えた。当該Florialite(登録商標)支持体上で、25±1℃、10日から1ヶ月間培養することで、ヒメイタビの多芽体を発根させた。
【0081】
次に、屋外温室で育苗箱を用いて栽培を行なうことで、発根したヒメイタビを馴化させて、植物体のヒメイタビ変異体を得た。
(実施例3;二酸化窒素吸収能に優れた株のスクリーニング)
実施例2で得たヒメイタビ変異体から、二酸化窒素吸収能に優れた株のスクリーニングを行なった。
【0082】
まず、窒素ガスチャンバ(日本医化学器械社製;NC−1000−SC)を用いて、パーライトとバーミキュライトとを質量比1:1の割合で含む、プラスチックポット育苗箱に植えられた状態のヒメイタビ変異体を、1μl/lの二酸化窒素ガス(15Nの原子百分率は、二酸化窒素中51.6%)雰囲気下に8時間静置した。当該雰囲気下において、温度は22±1℃〜25±1℃、光の照射条件は70μmol photons/m/sとした。
【0083】
それぞれのヒメイタビ変異体が吸収した二酸化窒素の量は、上記式(1)により求めた。
【0084】
それぞれのヒメイタビ変異体に含まれる、15N及び14Nの質量の総量(上記式(1)におけるA)、並びに、15Nの質量(上記式(1)におけるB)は、次にようにして測定した。
【0085】
まず、それぞれのヒメイタビ変異体の葉を乾燥させて粉砕することで、それぞれのヒメイタビ変異体から、10〜70mgの粉末を得た。次に、H. Morikawa et al, Planta,2004,14-22に記載の方法に従い、同位体質量分析計(質量分析装置(Thermo−Finnigan社製;Delta C)を直結した、元素分析装置(Fisons Instruments社製;EA1108 CHNS/O))を用いて当該葉に含まれる全窒素量及び15Nの質量、即ち、上記式(1)におけるA及びBを算出した。
【0086】
また、上記式(1)におけるCは、曝露した二酸化窒素ガス中の15Nの原子百分率であり、本実施例では、上述の通り51.6%である。
【0087】
その結果、ヒメイタビ変異体の内、吸収した二酸化窒素の量が、最も高かった1株を選抜した(説明の簡単のため、当該株を以下「株1」と表記する)。さらに、株1から挿し木で増殖した7株について、同様に二酸化窒素の吸収量を測定した。その結果を表1に示す。
【0088】
【表1】

【0089】
(比較例1)
ヒメイタビの野生株を5株用いた以外は、実施例3に記載の方法と同様にして二酸化窒素吸収量を測定した。その結果を表1に示す。
【0090】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明に係るヒメイタビ変異体は、窒素酸化物吸収能力に優れているため、様々な建築物、特に、窒素酸化物により汚染されている都市の建築物の壁面緑化に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(i)〜(iii)の工程を含むことを特徴とするヒメイタビ(Ficus thunbergii)変異体の製造方法:
(i)親株であるヒメイタビの外植片に、イオンビームを照射する工程;
(ii)イオンビームを照射した上記外植片を培養して、植物体を得る工程;
(iii)0.1μl/l以上1.0μl/l以下の二酸化窒素に上記植物体を曝露した後、当該植物体の二酸化窒素吸収量を測定することにより、上記植物体の中から、上記親株より高い二酸化窒素吸収能力を有する、ヒメイタビ変異体を選抜する工程。

【公開番号】特開2011−120606(P2011−120606A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63212(P2011−63212)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【分割の表示】特願2006−328680(P2006−328680)の分割
【原出願日】平成18年12月5日(2006.12.5)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】