説明

ヒートセット型オフセット印刷インキ組成物

【課題】 保存時の皮張りが防止でき、且つヒートセット型オフセット輪転印刷機を用いて印刷を行った場合、低い紙面温度になる条件においても乾燥が可能な他、その印刷物にあっては、皮脂による擦れに対して良好な耐性を実現することの出来るヒートセット型オフセット輪転印刷用インキ組成物を提供する。
【解決手段】 (A)顔料と、(B)バインダー樹脂と、(C)石油系溶剤と、(D)植物油成分とを含有するヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物において、上記植物油成分は、乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種であり、上記インキ組成物は、更に、(E)金属石鹸型ドライヤーを、ドライヤーに含まれる金属の質量に基づいて0.01〜0.05質量%と、(F)アスコルビン酸の酸エステル化合物を3〜7質量%とを含有せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物に関し、更に詳しくは低温乾燥性と印刷紙面の耐油落ち性能に優れたヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷における乾燥方式として、従来からヒートセット型乾燥と酸化重合型乾燥が知られている。ヒートセット型乾燥とは、低沸点石油系溶剤を含むオフセット印刷用インキを印刷後、印刷紙面を加熱して当該溶剤を蒸発させることによって乾燥させる方式である。そして、この乾燥方式は、印刷後巻き取られるまでに速やかに乾燥することが要求される輪転印刷(以下、この乾燥方式と印刷方式とを組み合わせて「ヒートセット型オフ輪印刷(方式)」ともいう)に使用される。
【0003】
通常、ヒートセット型オフ輪印刷における乾燥システムは、印刷機に隣接される乾燥装置(熱風吹き付け型、直火バーナー型、及びそれらのコンビネーション等の方式が存在する)によって印刷物の紙面温度が100℃以上になるまで加熱し、強制的に低沸点石油系溶剤を蒸発させる。これにより、印刷媒体(多くは紙)にバインダー樹脂と着色剤等を短時間で固着させることができるため、非常に生産性の高い印刷システムである。
【0004】
しかしながら、上記のように紙面温度を100℃以上にすると、紙にしわが発生したり、エネルギーコストが多くかかる等の問題を有しており、それを防止するために乾燥時の紙面温度を極力低くして印刷したいとの要望がある。また、近年、印刷効率を向上させるために印刷の高速化が進んでおり、印刷物が乾燥機を通過する時間も短くなっている。したがって、このような印刷条件で良好な印刷物を得るために、より少ない熱エネルギーの付加で乾燥するヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物が要求されている。
【0005】
従来、ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物の乾燥性を向上させる方法として、沸点の低い溶剤の増量が図られてきた。しかし、沸点の低い溶剤の含有量が増加すると印刷機上での溶剤の揮発量が増大するため、インキの印刷機上での安定性が低下する等の問題が発生する。このため、沸点の低い溶剤の含有量の増加により乾燥性を向上させるには限界があった。
【0006】
また、ヒートセット型オフ輪印刷方式によって作成された印刷物に、長時間手が接触していると、手にインキが付着して汚れる、あるいは印刷された写真等の一部が消失するという点を指摘される場合がある。これは溶媒の蒸発により、一旦、印刷用紙に固着したインキのバインダー樹脂が、指の皮脂により再び溶解・溶出してしまうことが原因であり、溶剤を蒸発させるだけでバインダー樹脂を固着するヒートセット方式の宿命ともいえる。すなわち、溶媒の蒸発だけで固着したバインダー樹脂は、印刷後においても樹脂としての性質に変化は無く、油に対する溶解性が変化することは殆どないため、皮脂等の油分によって比較的容易に再溶解して、紙面から脱落してしまうのである。近年、印刷物に対する高品質化への要求が高まる中、写真等の印刷物でこの様な印刷された部分の消失が起こると、商品価値を著しく下げてしまうという問題があった。
【0007】
他方、酸化重合型乾燥方式は、インキに含まれる乾性油や不飽和結合を有するバインダー樹脂成分を、空気中の酸素を用いて酸化重合させることにより高分子量化した皮膜を形成させ、乾燥させる方式である。この乾燥方式では、溶剤を蒸発させる必要がないために常温での乾燥が可能であり、また、酸化重合による分子量効果(同一のモノマー等を重合させて得られるポリマーでは、一般に高分子量になるほど溶媒に対する溶解性が低くなる)として、バインダー樹脂が再溶解されにくくなるため、皮脂程度の油分では再溶解して図柄が消失することも無い。
【0008】
そこで、ヒートセット型乾燥方式インキに、酸化重合型乾燥方式を補助的に付加することにより、両印刷方式の良い部分を併せ持つような、いわばハイブリッドタイプのヒートセット型オフセット印刷用インキが得られると期待される。すなわち、ヒートセット型オフセット印刷用インキでありながら、通常のものよりも低温(100℃以下)で乾燥し、更には高い耐油落ち性能を有することへの期待である。
【0009】
ところで、酸化重合反応によって印刷物を乾燥させるために、一般に、酸化重合反応を促進する触媒として金属石鹸型のドライヤーが添加される。しかし、このような触媒を添加すると、インキの保存時においても酸化重合反応が促進され、空気と接するインキの表面部分で重合成分が高分子量して皮膜を生じる。これは「インキの皮張り」と呼ばれ、皮張りを生じたインキは印刷に使用することが不可能となる。そこで、このような保存時の皮張りを防止するために、フェノール系等の酸化防止剤を添加して保存安定性を高める方法(例えば、非特許文献1を参照。)も知られている。しかしながら、酸化防止剤は、保存安定性を向上させる一方で、印刷後の酸化重合反応を阻害して、乾燥を遅延させるという副作用も有する。この様に乾燥性と保存安定性とは相反する性能であるため、ドライヤーと酸化防止剤の添加量のバランスを図ることにより、可能な限りインキの保存安定性と乾燥性の両方を良くする方法が検討されてきた。その結果として、酸化重合型乾燥を採用する枚葉印刷方式では、印刷物を数時間程度放置して乾燥させるようにして、この時間内で乾燥することが出来る範囲に酸化防止剤の添加量を抑えて使用するようになっている。
【0010】
これに対して、ヒートセット型オフ輪印刷方式は、溶剤さえ蒸発してしまえば、印刷直後に断裁等の後加工工程に入ることが出来るという、蒸発乾燥方式によってもたらされる高い生産性が長所なのであり、時間をかけて乾燥させる枚葉印刷方式とは事情が異なる。このため、ヒートセット型オフ輪印刷方式では、乾燥に長時間を要する前記のような従来型の酸化重合方式をそのまま採用することはできない。といって、金属石鹸型ドライヤーを大量に添加してオフ輪印刷の生産性を損ねることの無い乾燥速度を得ようとすると、今度は皮張りの問題が発生し、実用的なインキ組成物を得ることができない。そこで、保存安定性を向上するために酸化防止剤を大量に添加すれば、今度は乾燥速度が遅くなって、オフ輪印刷の生産性を損ねることになる。結局のところ、ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物に、従来の酸化重合型の乾燥方式をそのまま付加しても、両乾燥方式の長所のみを得ることはできず、高い生産性を目的とするヒートセット型オフ輪印刷方式では、蒸発乾燥方式のみに依存せざるを得ない。
【0011】
以上のように、ヒートセット型オフ輪印刷の高い生産性と良好な保存安定性を維持しつつ、これに低温乾燥性能や、印刷物の耐油落ち性能を付与することができなかったのが実情である。
【非特許文献1】色材工学ハンドブック初版 p.1005(社団法人色材協会発行、1989年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このような背景に鑑み、本発明は、高い生産性を維持しつつ、より低温であっても乾燥性が良好で、且つ、枚葉印刷方式並みの耐油落ち性能を有し、更には良好な保存安定性を有するヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物を提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物中に金属石鹸型ドライヤーを使用した場合であっても、酸化防止剤としてアスコルビン酸の酸エステル化合物という特定の化合物を使用することによって、上記課題を解決できることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は、(A)顔料と、(B)バインダー樹脂と、(C)石油系溶剤と、(D)植物油成分とを含有するヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物において、上記植物油成分は、乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種であり、上記インキ組成物は、更に、(E)金属石鹸型ドライヤーを、ドライヤーに含まれる金属の質量に基づいて0.01〜0.05質量%と、(F)アスコルビン酸の酸エステル化合物を3〜7質量%とを含有することを特徴とするヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物に関するものである。
上記ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物は、フェノール系酸化防止剤の含有量が0.08質量%未満のものであることが好ましい。
【0015】
前記の通り、酸化重合型乾燥方式において、乾燥性を向上させるためには酸化重合を促進する材料が必要となり、一方、保存安定性を向上させるためには酸化重合を抑制する材料が必要となる。そして、通常、オフセット印刷用インキ組成物に酸化重合を促進する材料として金属石鹸型ドライヤーを使用する場合には、保存安定性を確保するために酸化防止剤を使用するが、酸化重合を促進する作用に対して、抑制する作用が勝れば保存安定性は向上する代わりに乾燥性は低下し、抑制する作用が劣れば乾燥性は向上する代わりに保存安定性は低下する。すなわち、酸化防止剤は、乾燥工程における酸化重合反応を阻害し、ゆえに、酸化防止剤によって保存安定性を高めることは乾燥速度を犠牲にすることであるともいえる。常温での乾燥を主とする通常の酸化重合型乾燥方式において、このような相反する性能を同時に向上させることは極めて困難である。
【0016】
それに対して、本発明はヒートセット型乾燥方式に、酸化重合型乾燥方式を付加しようとする試みである。本発明者らは、酸化防止剤の一種であるアスコルビン酸の酸エステル化合物が、熱によって酸化防止作用を失活することに着目して検討を進めた結果、保存時には酸化防止作用によって効果的に皮張りを抑制するが、乾燥工程ではドライヤーによる酸化重合反応を阻害しないことを見出した。すなわち、ヒートセット型オフ輪印刷の乾燥工程で加えられる熱風は、本来、溶剤を蒸発させるためのものであるが、この時の熱によって、アスコルビン酸の酸エステル化合物を失活させて、酸化重合反応を阻害しないものとすることが出来るのである。これにより、インキ中に金属石鹸型ドライヤーとアスコルビン酸の酸エステル化合物を大量に添加して、保存時はアスコルビン酸の酸エステル化合物の作用により安定性を高め、実印刷時の乾燥工程では金属石鹸型ドライヤーの作用によって速やかに乾燥させることが可能となる。つまり、オフ輪印刷の生産性を損なうことのない十分な量の金属石鹸型ドライヤーを酸化重合触媒として使用しても、それに見合う量のアスコルビン酸の酸エステル化合物を酸化防止剤として添加することにより、乾燥速度を犠牲にすることなく保存安定性を確保することが可能なことを見出し、本発明を完成するに至ったのである。従って、本発明のヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物は、低温乾燥条件下においても、高い生産性を有するとともに、保存安定性にも優れている。
【0017】
つまり、本発明のヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物は、金属石鹸型ドライヤーと、アスコルビン酸の酸エステルとをそれぞれ特定量含有し、かつ、乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種の植物油成分を含有するものであるため、溶剤成分の蒸発乾燥のみに依存する従来のタイプのインキに比較して、より低温で乾燥することができ、かつ耐油落ち性能の高いものとなる。
【0018】
なお、アスコルビン酸も、アスコルビン酸の酸エステル化合物と同様の酸化防止作用を有する。しかし、エステル化されていないアスコルビン酸は水溶性であるので、印刷時に湿し水中にアスコルビン酸が溶出すると、湿し水が変質して印刷適性を低下させる可能性がある。更に、アスコルビン酸は酸化されて着色するので、それを含む湿し水が転移する印刷物の無地部等が汚損されることになる。特に湿し水を循環供給するタイプでは、湿し水中のアスコルビン酸濃度が高くなる傾向があり、上記の理由から、本発明においてはエステル化されていないアスコルビン酸を使用することは適切でない。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0019】
本発明のヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物は、印刷後、加熱により溶剤を蒸発させる乾燥形態を有する印刷方式で利用され、金属石鹸型ドライヤーと、アスコルビン酸の酸エステルとをそれぞれ特定量含有し、且つ乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種の植物油成分を含有するものである。
【0020】
以下、本発明のヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物(なお、以下では「ヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物」を、単に「オフセット印刷用インキ組成物」と記載することもある)の構成材料について説明する。
【0021】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を得るために使用する顔料〔成分(A)〕としては、オフセット印刷インキに一般的に用いられる無色又は有色の、無機又は有機顔料が使用でき、具体的には、二酸化チタン、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、有機ベントナイト、二酸化珪素、酸化鉄、カーボンブラック等の無機顔料;アゾ顔料、レーキ顔料、フタロシアニン顔料、イソインドリン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料等の有機顔料等が例示できる。これらの顔料は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。上記オフセット印刷用インキ組成物中の顔料の含有量は5〜50質量%が適量である。
【0022】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を構成するバインダー樹脂〔成分(B)〕としては、オフセット印刷インキに一般的に用いられるバインダー樹脂が使用でき、具体的には、ロジン変性フェノール樹脂、石油樹脂変性フェノール樹脂等の各種フェノール樹脂、石油樹脂、各種アルキッド樹脂、ロジンエステル樹脂、ロジン変性マレイン酸樹脂、ポリエステル樹脂、これらの乾性油変性樹脂、ギルソナイト樹脂等が例示できる。これらの化合物は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0023】
上記バインダー樹脂のなかでも、ロジン変性フェノール樹脂、ロジン変性マレイン酸樹脂が好ましく、ロジン変性フェノール樹脂が特に好ましい。これにより、本発明の効果を良好に得ることができる。
【0024】
上記ロジン変性フェノール樹脂としては、例えば、ロジン類又はその誘導体と、フェノールアルデヒド付加縮合物(いわゆるレゾール)と、更に必要に応じて多価アルコールとの反応によって得られるものが挙げられる。ここで、上記ロジン類又はその誘導体としては、ロジン類又はそのカルボキシル基含有誘導体であることが好ましい。上記ロジン類としては、ガムロジン、ウッドロジン、トール油ロジン、不均化ロジン、水添ロジン又はこれらの重合物等が挙げられ、その誘導体としては、マレイン酸、イタコン酸、クロトン酸等の不飽和カルボン酸を添加したロジン誘導体等のカルボキシル基含有誘導体等が挙げられる。また、上記ロジン変性マレイン酸樹脂としては、通常オフセット印刷インキ用に用いられるものを使用することができる。
上記オフセット印刷用インキ組成物中のバインダー樹脂の含有量は10〜40質量%が適量である。
【0025】
上記バインダー樹脂は、必要に応じて、ゲル化剤の適量(バインダー樹脂に対して15質量%以下程度)を使用し、樹脂を架橋させることができる。このような場合に使用するゲル化剤としては、アルミニウムアルコラート類、アルミニウムキレート化合物等が挙げられ、好ましい具体例としては、アルミニウムトリイソプロポキシド、モノ−sec−ブトキシアルミニウムジイソプロポキシド、アルミニウムトリ−sec−ブトキシド、エチルアセテートアルミニウムジイソプロポキシド、アルミニウムトリスエチルアセトアセテート等が例示できる。
【0026】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を構成する石油系溶剤〔成分(C)〕としては、オフセット印刷用溶剤として使用されている水と相溶しない沸点160℃以上、好ましくは200℃以上のものが好適に使用できる。具体的には、n−パラフィン系溶剤、イソパラフィン系溶剤、ナフテン系溶剤、芳香族系溶剤、α−オレフィン系等の石油系溶剤;軽油、スピンドル油、マシン油、シリンダー油、テレピン油、ミネラルスピリット等の鉱物油が例示でき、これらの溶剤は、単独で又は2種以上を併用して使用できるが、近年の環境問題等から非芳香族系溶剤を使用することが好ましい。
上記オフセット印刷用インキ組成物中の石油系溶剤の含有量は20質量%以上で、好ましくは40〜53質量%である。
【0027】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を構成する植物油成分〔成分(D)〕としては、オフセット印刷インキに一般的に用いられている植物油のうち、乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種が使用できる。具体的には、大豆油、綿実油、アマニ油、サフラワー油、桐油、トール油、脱水ヒマシ油、カノーラ油等の乾性油又は半乾性油、これらの脂肪酸エステル、重合アマニ油等の重合植物油を挙げることができる。これらの植物油成分は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
上記脂肪酸エステルとしては、例えば、脂肪酸モノアルキルエステル化合物等が挙げられる。上記脂肪酸モノエステル化合物を構成する脂肪酸としては、炭素数16〜20の飽和又は不飽和脂肪酸が好ましく、ステアリン酸、イソステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸等が例示できる。上記脂肪酸モノエステル化合物を構成するアルコール由来のアルキル基としては、炭素数1〜10のものが好ましく、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、tert−ブチル、2−エチルヘキシル等のアルキル基が例示できる。上記植物油成分のなかでも、大豆油、アマニ油、及びこれらの脂肪酸エステルが好ましく、安価に入手できるという点では大豆油が、また、乾燥性を向上させるという点ではアマニ油が特に好ましい。これにより、本発明の効果を良好に得ることができる。
【0029】
上記オフセット印刷用インキ組成物中の植物油成分の含有量は、好ましくは0.1〜15質量%、より好ましくは7〜10質量%である。
尚、上記石油系溶剤と植物油成分の合計使用量は、上記オフセット印刷用インキ組成物中、30〜60質量%となるように使用することが好ましい。
【0030】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を構成する金属石鹸型ドライヤー〔成分(E)〕としては、オクチル酸、ナフテン酸、樹脂酸、トール油脂肪酸、大豆油脂肪酸、ヒドロキシ高級脂肪酸等と、コバルト、マンガン、鉛、亜鉛、銅、鉄、カルシウム、ジルコニウム、アルミニウム等との金属塩、又はセリウム等との希土類金属塩のようなオフセット印刷用インキに従来から使用されているものが使用できる。具体的には、オクチル酸マンガン、オクチル酸コバルト、オクチル酸ジルコニウム、オクチル酸カルシウム、オクチル酸鉄、オクチル酸銅、ナフテン酸マンガン、ナフテン酸コバルト、ナフテン酸ジルコニウム、ナフテン酸カルシウム、ナフテン酸鉄、ナフテン酸銅等が例示できる。なかでも、オクチル酸金属塩、ナフテン酸金属塩が好ましく、オクチル酸マンガン、ナフテン酸コバルトが特に好ましい。これにより、本発明の効果を良好に得ることができる。これらの化合物は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0031】
上記オフセット印刷用インキ組成物中の金属石鹸型ドライヤーの含有量は、ドライヤー中に含まれる金属の質量に基づいて、0.01〜0.05質量%、好ましくは0.02〜0.03質量%である。
【0032】
通常、ドライヤーは金属石鹸溶液の形態で添加される場合が多く、「ドライヤー中に含まれる金属の質量に基づく」とは、ドライヤー中の金属成分のみに換算した質量、すなわち、金属石鹸型ドライヤーの固形分の質量に、ドライヤー分子に占める金属の質量割合を乗じて計算される質量に基づくことを意味する。例えば、インキ100g中に、金属石鹸型ドライヤーとしてオクチル酸マンガン〔Mn(C15COOMn)、分子量341、Mn=55〕の10%溶液が2g含まれている場合、インキ中の「金属の質量に基づくドライヤーの含有量」は、
(2×0.1×55/341)/100×100≒0.032〔質量%〕
となる。
上記の含有量が0.01質量%未満では十分な乾燥速度を得ることができず、0.05質量%を超える量では保存安定性の面で問題が有る。
【0033】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を構成するアスコルビン酸の酸エステルとしては、〔成分(F)〕アスコルビン酸カルボン酸エステル、アスコルビン酸硫酸エステル等を挙げることができ、アスコルビン酸カルボン酸エステルが好ましい。
【0034】
上記アスコルビン酸カルボン酸エステルとしては、アスコルビン酸モノカルボン酸エステル、アスコルビン酸ジカルボン酸エステル等が好適に使用される。具体例としては、例えば、アスコルビン酸酢酸エステル等のアスコルビン酸低級脂肪酸エステル(炭素数1〜9);アスコルビン酸安息香酸エステル等のアスコルビン酸芳香族カルボン酸エステル;アスコルビン酸モノパルミチン酸エステル、アスコルビン酸ジパルミチン酸エステル、アスコルビン酸モノステアリン酸エステル、アスコルビン酸ジステアリン酸エステル等のアスコルビン酸高級脂肪酸エステル(炭素数10以上)等を挙げることができる。また、アスコルビン酸高級脂肪酸エステルを構成する高級脂肪酸としては、オレイン酸、リノール酸、リノレイン酸等の不飽和脂肪酸も使用することができるが、本発明の効果が良好に得られる点から、飽和脂肪酸が好ましい。
【0035】
また、上記アスコルビン酸の酸エステルとしては、炭素数10以上のアスコルビン酸高級脂肪酸エステルが好ましく、炭素数14〜22のものがより好ましく、炭素数15〜17のものが更に好ましく、アスコルビン酸のパルミチン酸エステル、アスコルビン酸のステアリン酸エステルが特に好ましく、アスコルビン酸のパルミチン酸エステルが最も好ましい。アスコルビン酸のパルミチン酸エステルは工業的に入手が容易である点でも望ましい。これらのアスコルビン酸の酸エステルは、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0036】
上記オフセット印刷用インキ組成物中のアスコルビン酸の酸エステルの含有量は3〜7質量%である。上記の含有量が3質量%未満では、オフセット印刷用インキ組成物が保存中に皮張りし、7質量%を超える量では、紙面温度を90℃より低くした条件での乾燥が不十分となる。好ましくは、アスコルビン酸のモノ酸エステルにあっては3〜6質量%、アスコルビン酸のジ酸エステルにあっては5〜6質量%である。
【0037】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物には、上記の構成材料以外に必要に応じて、顔料分散剤、整面助剤、耐摩擦性向上剤、裏移り防止剤、非イオン系界面活性剤等の添加剤を適宜使用することができる。
【0038】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物は、フェノール系酸化防止剤の含有量が0.08質量%未満のものであることが好ましい。フェノール系酸化防止剤を多く添加するにつれて、酸化重合反応が阻害されて、乾燥速度が低下する傾向がある。よって、上記フェノール系酸化防止剤の含有量は0.05質量%以下であることがより好ましく、まったく含まないものであるのが更に好ましい。
【0039】
次に、上記構成材料を含有するオフセット印刷用インキ組成物の製造法について説明する。
本発明のオフセット印刷用インキ組成物を製造するには、従来公知の製造方法(ドライグラインド法、フラッシング法等)が使用できる。
例えば、(1)バインダー樹脂、植物油成分及び/又は石油系溶剤、必要に応じてゲル化剤とを加熱することであらかじめ油性印刷インキ用ワニスを調整しておく。次いで、油性印刷インキ用ワニスに、乾燥した顔料、必要に応じて植物油成分、石油系溶剤、顔料分散剤を加え、ビーズミルや3本ロールミル等で練肉分散させることにより油性印刷インキ用ベースを得る。更に、油性印刷インキ用ベースに、金属石鹸型ドライヤー、アスコルビン酸の酸エステル化合物を添加し、必要に応じて油性印刷インキワニス、植物油成分、石油系溶剤、添加剤を加え所定の粘度に調整する方法、(2)バインダー樹脂、植物油成分及び/又は石油系溶剤、必要に応じてゲル化剤とを加熱することであらかじめ油性印刷インキ用ワニスを調整しておく。顔料の水懸濁液(含水ケーキ、又は乾燥顔料に水を加えて水懸濁液としたもの)に油性印刷インキ用ワニスを加えて、フラッシャー(ニーダー)又は脱溶媒する機構を有する攪拌装置等でフラッシングし、フラッシングした組成物中の水の含有量が、好ましくは2質量%以下となるまで、脱水させる。次いで、脱水した組成物に、必要に応じて、油性印刷インキ用ワニス等を加え、ビーズミルや3本ロールミル等で練肉分散させることにより油性印刷インキ用ベースを得る。更に、油性印刷インキ用ベースに、金属石鹸型ドライヤー、アスコルビン酸の酸エステル化合物を添加し、必要に応じて油性印刷インキ用ワニス、植物油成分、石油系溶剤、添加剤を加え所定の粘度に調整する方法が挙げられる。
【0040】
本発明のオフセット印刷用インキ組成物は、低温での乾燥性に優れているため、100℃以下の乾燥温度で好適に使用することができるものであり、より好ましくは60〜100℃、更に好ましくは70〜100℃の乾燥温度で使用することができる。
【発明の効果】
【0041】
このような構成材料と製造方法から得られた本発明のオフセット印刷用インキ組成物は、高い生産性を有するとともに、保存時の皮張りが防止でき、且つ良好な印刷機上安定性を有するもので、ヒートセット型オフ輪印刷機を用いて印刷を行った場合、90℃より低い紙面温度になる条件においても乾燥が可能なほか、印刷物にあっては皮脂等の擦れ防止の観点から要求される耐油落ち性能が良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「質量%」を意味し、「部」は「質量部」を意味するものとする。
【0043】
製造例1
<ヒートセットオフ輪印刷用インキ用ワニスの製造>
コンデンサー、温度計及び攪拌機を装着した四つ口フラスコに、ロジン変性フェノール樹脂、大豆油、石油系溶剤(新日本石油製アロマフリーソルベント7号)を下記配合となるように仕込み、200℃に昇温した後、同温度で1時間加熱攪拌し、ヒートセットオフ輪印刷用インキ用ワニスを得た。
(配合比率)
ロジン変性フェノール樹脂(KG−1804:荒川化学工業製):50部、大豆油:10部、石油系溶剤:40部 合計100部
【0044】
製造例2
<ヒートセットオフ輪印刷用ベースインキ組成物の製造>
カーミン6B(住化カラー製顔料)、製造例1で得られたヒートセットオフ輪用インキ用ワニスを下記配合で混合し、ビーズミル、3本ロールで順次混練した。次いで、大豆油、石油系溶剤を下記配合となるように仕込み、攪拌し、ヒートセットオフ輪印刷用ベースインキ組成物を得た。
(配合比率)
ヒートセットオフ輪印刷用インキ用ワニス:54.6部、顔料:16部、大豆油:1.5部、石油系溶剤:27.9部 合計:100部
【0045】
実施例1〜5、比較例1〜5
<ヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物の製造>
ヒートセットオフ輪印刷用ベースインキ組成物に、各種の金属石鹸型ドライヤー及び各種のアスコルビン酸の酸エステルを、得られるヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物中に表1の配合%となるように仕込み、攪拌し、実施例1〜5、比較例1〜5のヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物を得た。
【0046】
[皮張り試験]
実施例1〜5、比較例1〜5のヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物をメンタム缶(直径約3cm、深さ約1cm)に10g入れて蓋をして、100℃で保管し、表面に皮が張り、ヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物が指に付着しなくなったら、皮が張ったと判定した。皮が張るまでの日数を表1に示す。なお、参考までに、表1の皮張り時間については、比較例1の皮張り時間を標準とし、標準と同等又は標準よりも長いものを○で、標準よりも短い物を×でそれぞれ示している。
【0047】
[乾燥温度]
実施例1〜5、比較例1〜5のヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物の0.1ccをコート紙にRI展色機(明製作所製、機械番号RI−2)により展色した後、コンベアー式乾燥装置(旭科学機器製)内を2回通過させる。その後、コート紙の展色面に白紙をのせてRI展色機のゴムローラーと金属ローラーの間に挟み一定の圧力を2分間かけて、白紙にヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物が移らなくなったときの紙面温度を乾燥温度として判定した。結果を表1に示す。なお、参考までに、表1の乾燥温度については、比較例1の乾燥温度を標準とし、標準よりも低温で乾燥するものを○で、標準と同等又は標準よりも高い温度で乾燥するものを×でそれぞれ示している。
【0048】
[耐油落ち試験]
実施例1〜5、比較例1〜5のヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物の0.1ccをコート紙にRI展色機(明製作所製、機械番号RI−2)により展色した後、展色面にスクアレン(皮脂の主成分)を1滴滴下して1分間放置する。その後、滴下したスクアレンをキムワイプ(登録商標)で擦り、塗膜が剥がれるまでに要した擦り回数によって評価した。結果を表1に示す。なお、表1の耐油落ち試験については、比較例1を標準とし、標準と同等程度の回数で剥がれたものを×で、標準よりもインキ塗膜が剥がれにくいものを○でそれぞれ示している。
【0049】
表1に示す通り、実施例1〜5はいずれも皮張り時間、乾燥温度及び耐油落ち性能において比較例よりも優れていることを確認した。これらのことから、本発明の有効性を確認することが出来た。
【0050】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0051】
このような構成材料と製造方法から得られた本発明のヒートセットオフ輪印刷用インキ組成物は、保存時の皮張りが防止でき、且つヒートセットオフ輪印刷機を用いて印刷を行った場合、低い紙面温度になる条件においても乾燥が可能な他、その印刷物にあっては、皮脂による擦れに対して良好な耐性を実現することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)顔料と、(B)バインダー樹脂と、(C)石油系溶剤と、(D)植物油成分とを含有するヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物において、
前記植物油成分は、乾性油、半乾性油、これらの脂肪酸エステル及び重合油からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記インキ組成物は、更に、(E)金属石鹸型ドライヤーを、ドライヤー中に含まれる金属の質量に基づいて0.01〜0.05質量%と、(F)アスコルビン酸の酸エステル化合物を3〜7質量%とを含有する
ことを特徴とするヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物。
【請求項2】
フェノール系酸化防止剤の含有量が0.08質量%未満のものである請求項1記載のヒートセット型オフセット印刷用インキ組成物。