説明

ファージ由来大腸菌溶菌遺伝子の宿主細胞致死性選択マーカー

【課題】薬物耐性変異体の出現、薬物耐性遺伝子の宿主細胞内への残存等のリスクを軽減しつつ、目的遺伝子を導入した形質転換体を選択する方法の提供。
【解決手段】特定の塩基配列を含有する溶菌遺伝子からなる選択マーカー、当該選択マーカーを含む組換えベクター。組み換えベクターに含まれる溶菌遺伝子と目的遺伝子とを置換するか、又は溶菌遺伝子中に目的遺伝子を挿入することにより、該ベクターに該目的遺伝子を導入する工程を含む、形質転換体の選択方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸菌を目的遺伝子で形質転換する遺伝子工学的方法に用いる選択マーカー、当該選択マーカーを含む組み換えベクター、これらを用いた目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子生物学において、遺伝子のクローニングやプラスミドベクターの構築の際に、目的遺伝子を持つものだけを選抜する方法として、薬物耐性遺伝子を用いる方法がよく知られている(非特許文献1)。
【0003】
従来の方法においては、例えば、テトラサイクリン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を含有するベクターの、当該薬剤耐性遺伝子に目的遺伝子を挿入する方法が用いられている。その後、当該組み換えベクターで大腸菌を形質転換し、形質転換体をテトラサキクリン含有培地で培養する。当該方法の場合、目的遺伝子が導入されていない大腸菌はコロニーを形成し、目的遺伝子が導入された大腸菌は、コロニー形成しない。これにより、形質転換体の選択をすることができる。
【0004】
しかし、このような従来の方法では、抗生物質を含有する培地で培養することによる薬物耐性変異体の出現や、遺伝子組換えを行った際の薬物耐性遺伝子の宿主細胞内への残存などの問題点がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sambrook et al. Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd edn. Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor, NY.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
薬物耐性変異体の出現、薬物耐性遺伝子の宿主細胞内への残存等のリスクを軽減しつつ、目的遺伝子を導入した形質転換体を選択することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記のような状況の下、本発明者らは、バクテリオファージの溶菌遺伝子を選択マーカーとして用いることにより、目的遺伝子の導入の有無を確認するために薬剤耐性遺伝子を用いることなく、形質転換体の選抜を行うことができることを着想した。ここで、溶菌遺伝子を選択マーカーとして用いようとした場合、溶菌遺伝子を導入した組換えベクターを大量に用意する必要がある。従来、組換えベクターを増幅するためには、大腸菌を用いる方法が簡便であり、汎用されている。しかし、通常の大腸菌を、溶菌遺伝子を含む溶菌ベクターで形質転換すると、当該形質転換体は溶菌されてしまうため、増殖させることができない。本発明者らは、試行錯誤の上、バクテリオファージとしてQbetaファージを用いた場合、当該Qbetaファージの溶菌遺伝子に対する耐性を有する大腸菌変異体を効率的に獲得できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0008】
本発明は、以下の項を提供する:
項1.配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子からなる選択マーカー。
【0009】
項2.項1に記載の選択マーカーを含む、遺伝子クローニングのための組換えベクター。
【0010】
項3. (1)項2に記載の組み換えベクターに含まれる溶菌遺伝子と目的遺伝子とを置換するか、又は溶菌遺伝子中に目的遺伝子を挿入することにより、該ベクターに該目的遺伝子を導入する工程;
(2)工程(1)で得られたベクターを用いて大腸菌を形質転換する工程;及び
(3)工程(2)で形質転換した大腸菌を培養する工程
を含む、目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法。
【0011】
項4
(1)宿主大腸菌及びQbetaファージを含む培地を、固化した栄養培地上に重層する工程、及び
(2)該宿主大腸菌及びQbetaファージを培養する工程
を含む、配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子に対し耐性を有する大腸菌変異株を得る方法であって、工程(1)において培地に含まれる宿主大腸菌の菌数とQbetaファージの個数との比率が1:4 〜 4:1である、方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の選択マーカー及び組換えベクターは、溶菌遺伝子を含んでいるにも関わらず、当該溶菌遺伝子に対する耐性を有する大腸菌変異株を効率よく得ることができ、当該大腸菌変異株を用いて組換えベクターを大量に生産することができる。従って、本発明を用いることで、薬物耐性変異体の出現、薬物耐性遺伝子の宿主細胞内への残存等のリスクを軽減しつつ、目的遺伝子を持つ大腸菌の効果的な選抜が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一つの実施形態における、選択マーカーとしての溶菌遺伝子の遺伝子工学的利用の模式図を示す。目的の遺伝子をサブクローニングする際、溶菌遺伝子と置換する形でプラスミド上に導入し、大腸菌を形質転換させる。目的の遺伝子を保持する大腸菌は生存するが、目的の遺伝子が組み込まれなかった大腸菌には溶菌遺伝子が存在するため生存できない。これにより目的遺伝子を持つ大腸菌のみを選抜できる。溶菌遺伝子をプラスミドに組み込む際は一般的な大腸菌を用いると生存できないため、溶菌遺伝子耐性の大腸菌変異体を用いることとなる。
【図2】図2は、pLacA2のプラスミドマップを示す。Lacプロモーターの制御下にQbetaファージの溶菌遺伝子であるA2遺伝子が存在する。複製開始地点としてp15A oriを持ち、カナマイシン耐性遺伝子であるaph遺伝子を持つ。
【図3】図3は、溶菌遺伝子を用いた、一般的に用いられる大腸菌株に対する負の選択マーカーとしての効果を示す、本願実施例の結果を示す。溶菌遺伝子を持たないプラスミドpLacと溶菌遺伝子を持つプラスミドpLac-A2をそれぞれ一般的に良く用いられている大腸菌株 DH5α (TOYOBO)、DH10B (Invitrogen)、TOP10 (Invitrogen)に導入し、 菌体を30μg/ml Kanamycinと 1% glucoseを含むLB寒天培地に撒き、37℃で終夜培養を行った。aはDH5α、bはDH10B、cはTOP10を用いたものである。それぞれ左がpLacを導入したもの、右がpLacA2を導入したものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
選択マーカー
本発明は、配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子からなる選択マーカーを提供する。ここで、配列番号1は、RNAファージQbetaの溶菌遺伝子の塩基配列を示す。当該選択マーカーは、目的遺伝子が導入された大腸菌を選択するために用いられるものである。本発明においては、目的遺伝子が導入された場合、当該選択マーカーに由来する溶菌作用が生じなくなることから、形質転換体を選別することができる。
【0015】
ここで、本発明において、「配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子」には、配列番号1で示される塩基配列からなる溶菌遺伝子だけでなく、配列番号1に示す塩基配列において1若しくは数個の塩基が欠失、置換、付加及び/又は挿入された塩基配列からなる溶菌遺伝子も含まれる。ここでの数個とは、上記改変が行われる位置や改変の種類によっても異なるが、例えば、2〜100個、好ましくは2〜50個、より好ましくは2〜10個である。本明細書中において、配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子を、単に、Qbetaファージの溶菌遺伝子と記載することもある。
【0016】
組換えベクター
本発明は、前記選択マーカーを含む、遺伝子クローニングのための組換えベクターを提供する。
【0017】
本発明において用いることができる組換えベクターは、大腸菌に用いられるベクターに前記選択マーカーを導入したものであれば特に限定されない。例えば、Morita et. al. FEMS Microbiol Lett 297 (2009) 234-240に記載のpLac等に前記選択マーカーを導入したものが挙げられる。上記組換えベクターには、選択マーカー導入部位以外の位置に、薬剤耐性遺伝子を含むものであってもよい。当該実施形態においては、後述する目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法において、耐性遺伝子に対応する薬剤を含む培地で培養することにより、ベクター自体が導入されていない大腸菌を除外することが可能になる。かかる場合であっても、従来技術において同様にして薬剤耐性遺伝子を利用しようとすると、目的遺伝子導入部位の薬剤耐性遺伝子と合わせ2種類の薬剤耐性遺伝子を含むベクターを用いる必要がでてくるのに対し、本発明の方法は1種類の薬事耐性遺伝子のみでよいという利点がある。従って、当該実施形態においても本発明の方法を用いることにより薬剤耐性付与等のリスクは大幅に軽減されるため非常に有用である。
【0018】
上記ベクターに選択マーカーを導入する方法としては、本発明の属する技術分野において通常用いられる方法を広く使用することができる。しかし、選択マーカーが大腸菌致死性を有するため、得られた組換えベクターを、後述する目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法に用いることができる程の量、得るためには、大腸菌変異株を使用する必要がある。本発明によれば、Qbetaファージの溶菌遺伝子を用いることにより、例えば、下記の方法により、効率よく、大腸菌変異株を取得できる。
【0019】
大腸菌変異株の取得方法
本発明は、
(1)宿主大腸菌及びQbetaファージを含む培地を、固化した栄養培地上に重層する工程、及び
(2)該宿主大腸菌及びQbetaファージを培養する工程
を含む、配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子に対し耐性を有する大腸菌変異株を得る方法であって、工程(1)において培地に含まれる宿主大腸菌の菌数とQbetaファージの個数との比率が1:4 〜 4:1である、方法を提供する。
【0020】
1.宿主大腸菌及びQbetaファージを含む培地の重層工程
本発明において、Qbetaファージの溶菌遺伝子に対して非許容性(ここでは便宜的に耐性と呼ぶ)を有する大腸菌変異体
本発明の方法においては、まず、宿主大腸菌及びQbetaファージを含む培地を、固化した栄養培地上に重層する。
【0021】
宿主大腸菌及びQbetaファージを含む培地を重層する対象となる栄養培地としては、大腸菌及びQbetaファージを増殖できるものであれば、特に限定されず、LB軟寒天番地、TY (1% Bacto-tryptone, 0.5% Bacto-yeast extract, 1% NaCl)培地等が挙げられる。
【0022】
宿主大腸菌は特に限定されず、例えば、Hfr株(Escherichia coli K12 Hfr J4, 国立遺伝研)等を使用することができる。
【0023】
本工程において培地に最終的に含まれる宿主大腸菌の菌数とQbetaファージの個数との比率が、1:4 〜 4:1となるよう調整する。最初に混合する宿主菌とQbetaファージの混合比、宿主菌の生理状態によって左右されるので、宿主大腸菌とQbetaファージとの比率を上記範囲に調整することが重要である。
【0024】
また、本工程において培地に最終的に含まれる宿主大腸菌の菌数を5×105〜2×106とするのが好ましい。また、本工程において培地に最終的に含まれるQbetaファージの個数を5×105〜2×106とするのが好ましい。
【0025】
Qbetaファージ粒子の計測は、軟寒天重層法(soft agar法)を用いて行われる。通常の寒天栄養培地 (通常のペトリ皿に25ml程度の1.5%の寒天を含む栄養培地を固化させたもの)の上に1.5mlの0.7%の寒天を含む栄養培地(これを軟寒天(soft agar)と呼ぶ)に~2x107程度の宿主菌培養液とファージ粒子を含む液(理想的にはペトリ皿あたり数十から数百個の溶菌班(プラーク)を生じるような量)を重層、固化して一夜培養して,得られたプラーク数よりファージ粒子数を計測する。
【0026】
本発明において、宿主大腸菌の数は、コロニー数の算定により計測することができる。
【0027】
前述の宿主大腸菌液及びQbetaファージ液を、範囲となるよう培地に添加し、それを固化した培地上に重層する。
【0028】
2.培養工程
次いで、宿主大腸菌液及びQbetaファージ液を培養する。培養条件としては、大腸菌を培養する際の通常の条件を用いることができる。例えば、温度は、通常35〜40℃の範囲で設定できる。また、培養時間は、通常12〜24時間の範囲で設定できる。例えば、Takahashi, H. et al. J. Mol. Biol., 96 (1975) 563-578.と同等の条件を採用することができる。
【0029】
かかる培養工程により、固化した培地中又はその表面に、Qbetaファージの溶菌遺伝子に対する耐性株のコロニーが生じる。得られたコロニーは、本発明の属する分野において通常用いられる方法に準じて、適宜、シングルコロニー分離法等により、コロニーを単離できる。また、溶菌単離したコロニーについてQbetaファージの増殖の有無をクロスストリーク法、スポットテスト法等で調べることもできる。本発明においては、Qbetaファージを用いることにより、他のファージを用いた場合よりも高い確率で溶菌タンパク質を含む変異株を得ることができる。
【0030】
本発明においては、さらに、Qbetaファージ耐性株のうち、溶菌遺伝子に対する耐性を有する株を選抜する工程を行ってもよい。例えば、溶菌遺伝子を組み込んだ組換えベクターをQbetaファージ耐性株に導入し、当該組換えベクターの導入されたQbetaファージ耐性株を培養し、当該培養で生育した株を溶菌遺伝子耐性株として選択することができる。
【0031】
目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法
本発明者らは、宿主大腸菌と溶菌ファージとを適当な濃度比で混合し、軟寒天層中で培養した生き残りコロニーより、溶菌耐性大腸菌の獲得に成功している。このことから、大腸菌に感染するRNAファージQbetaの溶菌遺伝子を宿主細胞致死性選択マーカーとして用いる遺伝子工学的利用法を考案した。目的の遺伝子をサブクローニングする際、本致死性溶菌遺伝子と置換する形でプラスミド上に導入し、大腸菌を形質転換させる。
【0032】
目的の遺伝子を保持する大腸菌は生存するが、目的の遺伝子が組み込まれなかった大腸菌には溶菌遺伝子が存在するため生存できない。これにより目的遺伝子を持つ大腸菌のみを効率的に選抜することが可能となる。
【0033】
従って、本発明は、
(1)前記組み換えベクターに含まれる溶菌遺伝子と目的遺伝子とを置換するか、又は溶菌遺伝子中に目的遺伝子を挿入することにより、該ベクターに該目的遺伝子を導入する工程;
(2)工程(1)で得られたベクターを大腸菌に導入する工程;及び
(3)工程(2)でベクターが導入された大腸菌を培養する工程
を含む、目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法
を提供する。
【0034】
ここで、本発明の一つの実施形態における、選択マーカーとしての溶菌遺伝子の遺伝子工学的利用の模式図を図1に示す。
【0035】
工程(1)
本発明方法においては、組み換えベクターに含まれる溶菌遺伝子と目的遺伝子とを置換するか、又は溶菌遺伝子中に目的遺伝子を挿入することにより、該ベクターに該目的遺伝子を導入する工程を行う。
【0036】
本発明においてベクターに導入される目的遺伝子は、特に限定されないが、例えば、酵素、抗体、受容体、ホルモン、細胞骨格・オルガネラなどの細胞内器官を構成するタンパク質をコードする遺伝子等が挙げられる。
【0037】
組換えベクターに目的遺伝子を導入する方法としては、自体公知の方法を広く使用することができる。例えば、制限酵素及びリガーゼを行う方法、リコンビナーゼを用いる方法等が挙げられる。当該工程は、遺伝子工学分野において公知のキット(例えば、In-Fusion Advantage PCR Cloning Kit (TaKaRa)等)利用して行うことができる。
【0038】
組換えベクターとしては、前述の溶菌遺伝子を含む組換えベクターを用いることができる。本工程を行うためには、溶菌遺伝子を含む組換えベクターが一定数必要になる。ここで、組換えベクターを増殖する方法としては、大腸菌を用いる方法が汎用されており有用である。しかし、本致死性溶菌遺伝子を組込んだベクターの増殖に一般的な大腸菌を用いると、当該大腸菌が生存できないため、前述の溶菌遺伝子耐性の大腸菌変異体を用いることが必要となる。
【0039】
工程(2)
本発明の方法は、工程(1)で得られたベクターを大腸菌に導入する工程を含む。当該工程は、大腸菌の処理方法、ベクター導入方法等、自体公知の方法を採用し、前記工程(1)で得られた組換えベクターを用いて行うことができる。
【0040】
工程(3)
本発明の方法においては、次に、工程(2)でベクターが導入された大腸菌を培養する。本発明においては、培地組成、温度、時間等の培養条件は、通常用いられている範囲内で適宜設定可能である。
【0041】
本工程において、大腸菌に目的遺伝子が導入されず、溶菌遺伝子を保持したままのベクターが導入されていた場合、当該大腸菌は増殖することができません。これに対し、大腸菌に導入されたベクターに目的遺伝子が導入されていた場合、溶菌遺伝子は作用しないため、大腸菌は増殖することができる。これにより、目的遺伝子の導入の有無を確認することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明する。ただし、本発明が本実施形態に限定されるものではない。
【0043】
溶菌遺伝子耐性大腸菌の獲得方法
Qbetaファージの溶菌遺伝子耐性の大腸菌変異体を獲得するために、以下の実験を行った。宿主大腸菌Hfr株(Escherichia coli K12 Hfr J4, 国立遺伝研)を37℃、TY (1% Bacto-tryptone, 0.5% Bacto-yeast extract, 1% NaCl)培地でOD660= 0.3~0.5まで培養した。この100μl(菌数およそ106を含む)と106粒子を含むQbetaファージ液10μl (108/mlQbetaファージ溶液)とを1.5mlのTY軟寒天(45℃で分注しておく)に加え、別途用意したTY寒天培地を含むペトリ皿に重層する。軟寒天が固化した後、37℃培養基で12時間〜一晩培養した。
【0044】
通常、軟寒天中あるいは表面に数百のコロニーを生じるのでシングルコロニー分離法により、コロニーを単離した。
【0045】
コロニーを形成した大腸菌にファージ耐性があるかを確認するためにクロスストリーク法とスポットテストを行った。クロスストリーク法は、50μlの1x105 pfu/mlのQbetaファージ液をLB寒天培地に直線状に引き、単離した大腸菌変異体のコロニーを50μlLB液体培地に懸濁したものをファージ液の線と垂直に交差させるように植菌し、37℃で一晩培養を行った。スポットテストは単離した大腸菌変異体のコロニーを3ml LB液体培地に植菌し、37℃でOD660=0.3~0.5になるまで培養した。150μlの培養液と溶解させた2.5mlのLB軟寒天培地を混合しLB寒天培地に重層した。その後5μlの1x106 pfu/mlのQbetaファージ液をスポットし、37℃で一晩培養を行った。獲得した大腸菌変異体を用いてクロスストリーク法とスポットテストを行った結果、Qbetaファージの溶菌遺伝子に耐性のある大腸菌変異体 (J4mut)を24サンプル獲得することができた。
【0046】
溶菌遺伝子を含有するプラスミドベクターの構築
次に、Lacプロモーターで制御された溶菌遺伝子を発現するプラスミドの構築を行った。まずインサートDNAとして溶菌遺伝子を増幅するためにPCRを行った。Qbeta phageのcDNAを鋳型とし、 A2_Nde_InFuse_5 (CACAGGAAACAGCATATGCCTAAATTACCGCGTGGTCT:配列番号2)と A2_Bam_InFuse_3 (GCTGAACGCCGGAGGATCCCCTCATCGGTACTACTATACTGCGTGAA:配列番号3) をプライマーとして使用した。PCRによる増幅はKOD -Plus- Ver.2 (TOYOBO)を使用した。条件は98℃ 10sec、68℃ 2minを30サイクル行った。PCR産物は Wizard(R) SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega)を用いて精製した。ベクターDNAは、Lac プロモーターを持つプラスミド pLac (Morita et. al. FEMS Microbiol Lett 297 (2009) 234-240) をNdeI、BamHIを用いて制限酵素処理を行い、 Wizard(R) SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製した。インサートDNAとベクターDNAはIn-Fusion Advantage PCR Cloning Kit (TaKaRa)を用いて連結し、CaCl2処理を行ったJ4mut株を形質転換した。形質転換を行った菌体を30μg/ml Kanamycinと 1% glucoseを含むLB寒天培地に撒き、23℃で2日間培養を行った。培養された菌体からプラスミドDNAを獲得し塩基配列を調べた結果、Lacプロモータの制御下に溶菌遺伝子が挿入されていることを確認した。このことから、J4mut株がQbetaの溶菌遺伝子に対する耐性を有することが確認できた。このプラスミドをpLacA2とした (図 2)。
【0047】
本致死性溶菌遺伝子が選択マーカーとして利用できるかどうかを調べるために致死性溶菌遺伝子を持たないプラスミドpLacと致死性溶菌遺伝子を持つプラスミドpLac-A2をそれぞれ一般的に良く用いられている大腸菌株 DH5α (TOYOBO)、DH10B (Invitrogen)、TOP10 (Invitrogen)に導入し、 菌体を30μg/ml Kanamycinと 1% glucoseを含むLB寒天培地に撒き、37℃で終夜培養を行った。その結果、pLacを導入したものは全てコロニーを確認できたが、pLac-A2を導入したものはコロニーを確認することができなかった (図 3)。
【0048】
この結果から、Qbetaファージの溶菌遺伝子を宿主細胞致死性選択マーカーとして利用できることが確認された。また、本致死性溶菌遺伝子を持つプラスミドを増幅させることのできる大腸菌変異体を獲得することができた。
【0049】
溶菌遺伝子含有プラスミドへの目的遺伝子の導入
溶菌遺伝子含有プラスミドへの目的遺伝子の導入は、「Molecular Cloning」(Maniatisら編、Cold Spring Harbor Laboratories, Cold Spring Harbor、New York(1982))に記載の方法に従って行うことができる:
(1) 目的のDNAを1つまたは2つの制限酵素で消化する
(2) 既知の場合目的のDNAセグメントをゲル精製する
(3) 溶菌遺伝子を除去するような形で、適切な制限酵素での切断、アルカリホスファターゼでの処理、ゲル精製など(適切なように)によりベクターを調製する
(4) 未切断および自己連結されたベクターのバックグラウンドを除去するための適切なコントロールを用いて、DNAセグメントをベクターに連結する
(5) 生じるベクターをE. coli宿主細胞中に導入し、選択培地上に撒き、37℃の条件下で一晩培養する。
(6) 除去されていない溶菌遺伝子を持つベクターを保持する大腸菌は溶菌し、コロニーを形成しない。溶菌遺伝子が除去され、目的遺伝子が挿入されたベクターを
保持する大腸菌のコロニーのみが生育する
(7) 選択されたコロニーをひろい、そして小培養物を37℃の条件下で一晩振盪培養させる
(8) DNAミニプレップを行い、アガロースゲル上で(しばしば診断的制限酵素消化の後)またはPCRにより、単離されたプラスミドを分析する。
【配列表フリーテキスト】
【0050】
配列番号2は、PCRプライマーである
配列番号3は、PCRプライマーである

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示される塩基配列を含有する溶菌遺伝子からなる選択マーカー。
【請求項2】
請求項1に記載の選択マーカーを含む、遺伝子クローニングのための組換えベクター。
【請求項3】
(1)請求項2に記載の組み換えベクターに含まれる溶菌遺伝子と目的遺伝子とを置換するか、又は溶菌遺伝子中に目的遺伝子を挿入することにより、該ベクターに該目的遺伝子を導入する工程;
(2)工程(1)で得られたベクターを用いて大腸菌を形質転換する工程;及び
(3)工程(2)で形質転換した大腸菌を培養する工程
を含む、目的遺伝子の導入及び形質転換体の選択方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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